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2014年3月

2014年3月28日 (金曜日)

352.DP-CF40)公正価値:売却可能なノウハウや研究、データ~STAP細胞研究の測定(1)

2014/3/28

今回のテーマは“売却可能なノウハウや研究、データ”だが、このテーマを見て、ふっと「小保方晴子さんの STAP 細胞の研究なら、どのように評価されるだろう?」と思い浮かべた方は、少なくあるまい。「ちょっと酸性溶液に漬けただけで簡単に万能細胞が作れるなんて、この研究には素晴らしい価値があるに違いない」と。もちろん、その後、研究の信頼性について問題が発覚していることは僕も知っている。しかし、だからこそ、面白い。例えば・・・

 

 もし、1/28 の記者会見時点と、その後発覚した問題の検証中である現在の2時点で公正価値測定をしたら、評価額は極端に変わるのか。

 

変わるとすれば、それは財務情報(=資産計上対象)として相応しいか、即ち、有用な財務情報の基本的な特性である目的適合性と忠実な表現を満たした情報といえるか?

 

1/28 や現時点で財務情報に相応しくない(=資産計上しない)とすれば、今後のどのタイミングで相応しくなるか?

 

理化学研究所(以下「理研」と略す)によって行われている調査が確定することが最低条件だろう。恐らく、その後論文は修正され、第三者的な研究者によって追試が行われる。その結果が確定したときだろうか?

 

WhatsApp 社からすっかり離れてしまったが、僕は 2/7 の記事で「WhatsApp 社には、計上すべき“売却可能なノウハウや研究、データ”はないかもしれない」と書いている。したがって、このテーマではWhatsApp 社は出てこない。このテーマは、WhatsApp 社とは全く関係のない内容になることをご了解いただきたい。

 

 

さて、このディスカッション・ペーパー「財務報告に関する概念フレームワークの見直し」がそのまま認められれば、資産は“資産の定義”に合致したものすべてが資産計上される(正確には、“IASBが資産に計上すべきでないと判断したもの以外は”という条件が付いている。4.26~)。その提案されている資産の定義とは、次のようなものだった。

 

資産の定義:過去の事象の結果として企業が支配している現在の経済的資源2.11

 

経済的資源:権利又は他の価値の源泉で、経済的便益を生み出す能力があるもの(同上)

 

したがって、企業内で行われている研究開発は、“経済的便益を生み出す能力がある”と判断されれば、(IASBが個別に否定しない限り)資産の定義に合致するので、資産計上されることになる。例えば、M&Aの規準では(取得企業という買い手があったという理由で)研究開発プロジェクトは、経済的便益を生み出す能力があると判断される(IFRS3.BC152)。STAP 細胞の研究は、1/28 の時点なら、買い手がいたかもしれない(理研がこの研究を売ろうとしているかどうかは関係ない)。或いは、「この研究に対し巨額の補助金や投資があるだろう」と予想することは、この研究の経済的便益を生み出す能力を認めることになる。

 

 

ここで、ちょっと立ち止まって整理してみよう。

 

お気付きのように、最初のシンプルな疑問(以降“前者”と記載)と、その後に記載したディスカッション・ペーパーに沿った考え方(以降“後者”と記載)では大きな開きがある。前者は、研究プロセスにはいくつかの区切りがあって、そのどこかに資産計上のタイミングがあると考えている。一方、後者は、研究プロセスの区切りには関係なく、買い手が現われるとか、補助金や投資を受けられるといった外部からお金を引出す能力の有無に関心を集中させている。

 

この違いは大きい。これを意識しないと、ディスカッション・ペーパーの意味するところを理解できないに違いない。

 

我々は、前者の考え方に馴染みがあるので、自然とそういう思考をしがちだ。しかし、それは後者とは相容れない。後者は、市場参加者目線で最有力使用の仮定を使用する公正価値測定の考え方だ。仮に、理研が「現時点でこの研究には価値がない。むしろ、損失を生む」と考えているとしても、もし、市場参加者の中に買いたい人がいると分かれば資産計上されることになる。逆にいえば、1/28 の時点で、理研が「この研究には極めて大きな価値がある」と考えていたとしても、それだけでは資産計上の根拠にはならない。誰か外部にお金を出す人がいるかどうかこそが重要だ。即ち、徹底的に第三者目線であることが求められている。

 

僕は、この“徹底的な第三者目線”は、経営に必要な視点だと思う。これは、顧客のニーズや技術動向を探る、業界での位置を把握する、社会の未来像を想像するといった経営戦略立案に不可欠な要素であり、自己の希望や楽観を介入させてはいけないところだ。部門や個人レベルの予算・目標管理にも必要だ。第三者目線を強く意識しなければ甘えてしまう。しかし、これを苦手とする企業は多いのではないか。もし、会計規準がこの“徹底的な第三者目線”を通じて、企業の経営戦略の策定やもっと日常的な管理の精度を上げることに役立つとすれば、その意義は大きいと思う。

 

一方で、不確実性への対処は実務的に非常に困難な問題だ。しかし、IFRS13号「公正価値測定」では、それを“市場参加者の想定”みたいな簡単な言葉で片付けている。例えば、次のような書き振りだ。

 

・・・。用いる評価技法に関係なく、企業は、適切なリスク・プレミアムを含めなければならない。これには、市場参加者が資産又は負債のキャッシュ・フローに固有の不確実性に対して対価として要求するであろう金額を反映するリスク・プレミアムが含まれる(B17項参照)。そうしないと、その測定は公正価値を忠実に表さない。場合によっては、適切なリスク・プレミアムを決定するのは困難である。しかし、困難の度合いだけは、リスク調整を除外する十分な根拠とはならない。リスク調整は、現在の市場の状況下での測定日における市場参加者間の秩序ある取引を反映するものでなければならない。IFRS13.B39

 

要するに、「市場参加者はいつも不確実性を評価して行動しているのだから、企業(=作成者)も同じようにやればいいでしょ」と言われているようで、面白くない。それが一番難しいのに「みんなやってるじゃん」と言われてるように感じる。「そんなに簡単じゃない!」と、叫びたくなる。「経営は正にその不確実性と戦ってるんだ!」と言いたい。

 

しかし、ちょっと冷静になってみると、「その最も難しいチャレンジを首尾よくこなすコツは“徹底的な第三者目線”を持つことだ」とIASBが言っているようにも思える。小難しい計算理論や技法ではなく、“徹底的な第三者目線”こそが、問題の本質であり、重要な解決策だ。

 

 

ということで、今回は、市場参加者目線、第三者目線の重要性を強調することに留め、次回は STAP 細胞の研究について、さらに突っ込んで考えてみたい。

2014年3月25日 (火曜日)

351.DP-CF39)公正価値:一般より有利な契約等~ブラック企業は資産が増える?

2014/3/25

先週の「激論!クロスファイア」(3/21(土)BS朝日10:00~)は、とても良かった。ゲストの冨山和彦氏の話は実に興味深かった。特に、農業が GDP に占める割合がとても少ないこと、円安の好影響を直接受けられない7割の企業(この比率が何による比率かは分からないが、サービス業等ローカルな事業を展開する企業の経済規模のイメージだと思う)の経営改革・廃業と起業の促進、医療業界のイノベーションを促進する規制緩和、雇用流動化の本当の影響。いずれ機会があれば紹介させていただきたい。

 

今回は、WhatsApp 社がもし、自己創設無形資産を資産計上するとしたらどうなるか、経営にどのような影響があるかについて考えたい。既に、何が資産計上の対象になるかについては検討済みであり、それらを公正価値評価することで、経営に何が起こるかが、僕の興味の対象だ。(この数回分の振返りについては、前回 3/20 の記事をご参照願いたい。) 公正価値で評価するには、市場参加者の中から、最有効使用してくれそうな相手を想定し、なるべく見積り要素の影響を減らせるように観察可能な情報に基づくことが必要になる。果たして、コストを上回る貢献を経営にもたらすだろうか。

 

 

(一般より有利な契約等)

 

例えば、借上社宅などの賃貸契約で一般より有利な内容を含む契約を公正価値で評価して資産計上することが考えられる。

 

まずは、「一般の賃貸契約の内容」をどのように把握するかが課題だが、例えば、「不動産流通近代化センター」という公益財団法人が運営しているサイト(不動産ジャパン)があるので、限定的ではあるが、相場の動向を知ることができる。さらに、ネットの賃貸物件紹介会社の空き部屋情報は、株でいえば“売気配値”なので注意が必要だが、より具体的な物件内容や取引条件を知ることができる。しかしそれでも、賃貸物件は個性が強いので厳密に「一般より有利か不利か」という比較は困難だ。

 

実務的には、恐らく「一般」に対し幅を持たせて、その幅を超えたもののみ“有利”と判断することになるのだろう(逆に“不利”と判断して負債を計上することもありえる)。しかし、この“幅を持たせる”という考え方は可能だろうか。

 

関連しそうなIFRSの規程としては、複数の評価技法による評価額の差の範囲について、「公正価値測定は、その範囲の中の、その状況において公正価値を最もよく表す一点である。」(IFRS13.63)とする規程、そして気配値情報について「公正価値を測定するために、ビッド・アスク・スプレッドの範囲内でその状況における公正価値を最もよく表す価格を用いなければならない。」(同.53)というものがある。共通するのは、範囲内のある1点を状況に応じて決定し、公正価値測定に使用するということだ。すると“幅を持たせる”のは無理か?

 

いや、そうではあるまい。これらの規定で1点に決定するとしているのは、決定しないと計算上公正価値が算定できないためであるように思う。だとすれば、「有利な場合は幅の上限を、不利な場合は幅の下限を超える部分を将来キャッシュ・フローとして扱う」という評価モデルはありえるように思う。これでも1点を決めていることには違いはないし、市場参加者が想定する不確実性を考慮したモデルと考えられないこともない。これらについては、IFRS13号の結論の根拠の「評価調整」というセクション(BC143~)に記載されていることが該当し、“幅を持たせる”根拠になると思う。

 

しかし、借上げ社宅1件ごとにこの手間をかけるのか? もし、IASBが企業に重要性の判断を許容しないのであれば、やらなければならなくなる。WhatsApp 社は従業員が 50 人程度だから、やろうと思えばやれるが、そのまま一般化するのは無理だろう。特に、情報収集が大変だ。果たして、この評価作業は、手間に見合う経営的な価値があるだろうか。

 

もしあるとすれば、「家賃相場の下落時に、賃貸契約改定交渉を行うべき時期を知る」ことか。しかし、それなら個別評価する前に、相場の動向やその他の環境条件の変化に注意を向けていれば足りる話だ。契約時には幅の範囲にあると仮定すると、契約時から相場や環境条件が大きく変わった物件についてのみ、公正価値評価を行えばよい。これは暗に企業に重要性の判断を容認することになるが、このような考え方が認められるだろうか。というか、認められるようにしなければならないだろう。

 

以上から得られた教訓は次の通り。

 

 契約時の内部統制の改善

 

契約時には、“一般の幅”の範囲にあるか否かを確認するステップを設ける必要がある。普通は不利な契約ではないことが承認手続で確認されるが、有利な場合には資産計上へつなげられる仕組みも必要になりそうだ。(事前にこのような仕組みを作っておくと、IFRSに自己創設無形資産を計上する規定が追加されても、慌てる必要がなくなるかもしれない。)

 

 契約後のフォロー

 

相場や環境条件が変動した場合に、新たに負債計上せざるえなくなることを防止するため、個別契約の改定を促す仕組みや、新たに資産計上すべきものがないかを確認するため、公正価値測定の試算を促す社内管理の仕組みが必要になりそうだ。

 

 企業の重要性の判断

 

しかし、「無条件にすべての個別契約の測定をやらなければならない」というようなIFRSにはなってもらいたくない。僕が借上げ社宅を例に挙げたこともあり、みなさんも経営への貢献があまり感じられないのではないかと思う。やはり、もっとはっきりと、資産計上の対象を経営上重要なものに絞るべきではないか。即ち、企業に重要性の判断を認めて欲しい。

 

 

ところで、これを書きながら心配になったことが一つある。借上げ社宅などの不動産賃貸契約は、一例に過ぎず、その他にも色々な契約が対象になるに違いない。例えば、労働契約はどうだろう。「一般より安い給料(労働契約)」は企業の資産に計上されるのだろうか?

 

Wikipedia の「同一労働同一賃金」を見ると、EUや米国は、基本的には「同一労働同一賃金」となっているため、“一般”が明確になっているし、そもそも(雇用主にとって)一般より有利・不利は、あまりなさそうだ。しかし、日本は・・・

 

もう少し具体的には、EU諸国では法律で「同一労働同一賃金」の枠組みが定められているので、仮に、対象になる雇用契約があっても公正価値測定を行いやすそうだ。しかし、そもそも評価の対象になるような雇用契約がないかもしれない。米国でも基本的に同一労働で大きな格差が生じるケースは少なそうだが、一部の雇用形態は法制化されていない。したがって、“一般より有利”な契約はあるかもしれない。しかし、日本よりは明確に評価対象となる契約を識別できそうだし、公正価値測定もできそうだ。

 

(違法でない)有利さがあれば、公正価値による資産計上の対象になる。日本では職務内容より、個人の属性(学歴や勤続年数、正社員・非正社員)の影響が大きいので、欧米流の「同一労働同一賃金」でない例がたくさんありそうだ。もしかしたら、それらは、資産計上の対象になるかもしれない。上記の Wiki に竹中平蔵氏の言葉として次のようにされている。

 

たとえば竹中平蔵は、著書の中で「安倍晋三内閣で同一労働同一賃金の法制化を行おうとしたが、既得権益を失う労働組合や、保険や年金の負担増を嫌う財界の反対で頓挫した」と述べ、社会正義のためにも改革が急務であると主張している。

 

「同一労働同一賃金」は、国際労働機関(ILO)を中心に展開されてきた基本的人権の一つなのだそうだ。国際人権法にも明記されているという。日本でも、IFRS云々の前に、その良し悪しについて社会的な議論が必要かもしれない。アベノミクスの雇用流動化にも関連するだろう。その結果、もし、日本の現行制度が維持されるのであれば、どのように「一般的な雇用契約」を把握するのか、検討が必要かもしれない。職種別の雇用条件統計といった情報の取り纏めと公表が必要かもしれない。しかし、そのような資産がB/Sにど~んと計上されている企業の株を、欧米の投資家は買うだろうか。日本の投資家は?

 

いや、欧米にも強欲な企業はあるから、域外・国外にどのような雇用契約があるか分からない。もしかしたら、より巨額の資産が計上されるかもしれない。

 

ん~、しかし、やはりそれはあまりないか。昨年、バングラディッシュの縫製工場の火災で大勢の従業員が亡くなったが、その労働条件の劣悪さに発注元の欧米企業が大きな批判にさらされた。これだけではない。インドの綿花労働者、アフリカや南米の貴金属採掘・精製労働者など、欧米では、サプライチェーン・レベルのコンプライアンス管理が求められている。そうであれば、海外であってもグループ会社の労働条件には気を使うだろう。

 

しかし、国によって物価(=生活費)は違うし為替レートも変動する。厳格に欧米と発展途上国を同一賃金にしたら、経営も労働者の生活も反っておかしくなる。したがって、(通貨圏や)国ごとの賃金格差は当然存在する。すると、この格差を、欧米のグローバル企業は資産計上するのかもしれない。

 

いやいや、ちょっと待て。そもそも、現行のM&Aの規準でも、買収された会社の労働条件が有利(=低コスト)だとして、買収を行った会社の連結財務諸表に計上される資産というのは、僕は知らない(勉強不足かもしれないが)。このシリーズは、「M&Aの規準と同様の規準で、のれんを除く自己創設無形資産を計上したらどうなるか」という検討なので、M&Aで資産計上されてないのであれば、この検討でも、やはり、資産計上の対象外かもしれない。

 

ただ、対象外となる根拠を探すために、IFRS3号「企業結合」やIAS38号「無形資産」をざっと眺めてみたが、僕にははっきりとは分からなかった。おかしいなあ、と思いながら、さらにIFRS3号の結論の根拠まで読み進めてみると、なんと、雇用契約が資産計上の対象となると明記されていた。やはり、低コストな雇用契約は資産計上の対象になる。但し、「同一労働同一賃金」は、市場内で比較するようだ。この規程を以下に引用する(IE37)。

 

契約の価格が市場の条件と比較して有利であることにより、雇用主の立場からみて有利である雇用契約は、契約に基づく無形資産の1つのタイプである。

 

恐らく、この“市場”は、通貨圏や国を単位とする市場とか、もし、ローカルに事業を行っている企業であれば、その範囲における賃金相場かもしれない。そうなると、(通貨圏や)国ごとの賃金格差は資産計上の対象にならないが、その市場内で「同一労働同一賃金」になっていなければ、対象になる可能性がある。ということで、IFRSの場合は、企業に有利な労働条件は、無形資産として資産計上される可能性があることが分かった。(と同時に、僕の勉強不足も露呈してしまった。)

 

そこで気になるのは、現行の日本の基準だ。すでにIFRSとコンバージェンスが済んだとされているが、日本の「同一労働同一賃金」ではない労働契約はどうなるだろうか。企業結合会計基準(平成25913日改正)【リンク先はASBJのHP】の 100 項(結論の背景)に次のような記載がある。

 

・・・。したがって、例えば、当該無形資産を受け入れることが企業結合の目的の 1 つとされていた場合など、その無形資産が企業結合における対価計算の基礎に含められていたような場合には、当該無形資産を計上することとなる。

 

これを読むと、低賃金の従業員を抱える会社を買収した場合は、低賃金の雇用契約に相当する経済価値が資産計上の対象になりそうだ。仮にブラック企業を買収した場合は、その企業がブラックであればあるほど、多額の無形資産が計上されるかもしれない(もちろん、適法な範囲で)。しかし、一方で、企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(平成25913日改正)【同上】の 58 項「法律上の権利」には、次のような記載がある。

 

企業結合会計基準第 29 項にいう「法律上の権利」とは、特定の法律に基づく知的財産権(知的所有権)等の権利をいう。特定の法律に基づく知的財産権(知的所有権)等の権利には、産業財産権(特許権、実用新案権、商標権、意匠権)、著作権、半導体集積回路配置、商号、営業上の機密事項、植物の新品種等が含まれる。

 

資産計上される法律上の権利の範囲は、「特定の法律」に限定されており、労働基準法など労働契約に関する法律は上記に含まれていない。労働法の臭いも感じない。したがって、日本の場合は、有利な(=低コストな)雇用契約は、資産計上の対象外と思われる。したがって、もしブラック企業を買収しても、そのブラック資産は計上されないのではないかと思う。

 

 

さて、冒頭で“WhatsApp 社について考えたい”と言いながら、ほとんどが同社から離れた内容になってしまった。しかし、WhatsApp 社のケースに限れば「米国のベンチャー企業に借上げ社宅はない」で終わってしまうだろう。それでは話がしぼんでしまうし、やはり日本の状況に照らして考える方が面白い。ということで、次回は「売却可能なノウハウや研究・データ」になるが、同様に進めていきたい。

2014年3月20日 (木曜日)

350.DP-CF38)公正価値~公正価値の定義と評価技法

2014/3/20

プーチン大統領はクリミアのロシア編入を決めてしまった。ロシアは 18 日、米国やEUから突きつけられた制裁をよそに、クリミア自治共和国を併合する条約に署名した。早い! それに比べてこのシリーズの進み具合は・・・。

 

このブログは実にマイペースだ。しかも今回のタイトルも、驚かれたか、呆れた方が多かったと思う。「いまさら定義か!?」と。しかし、すでに重要な要素を説明済みで、それらが定義とどういう関係にあるかを確認するためなので、ご容赦いただきたい。ということで、過去数回分の流れをざっと振り返ってから定義へ入りたい。記憶に自信のある方は、定義の段落まで、飛ばしていただいても良いかもしれない。

 

 

(過去数回分の流れ)

 

まず、2/27 の記事 WhatsApp 社の買収に係る Facebook 社の企業結合会計による仕訳を想像し、どのような項目にどのような価値がつくかを記載した。その結果、Facebook 社の連結財務諸表に資産計上されるのは、一般より有利な契約等が少々、ユーザー・リストが最大で 1千億円、のれんが 1.8 兆円ぐらいということになった。

 

次の 3/5 の記事では、IASBが無形資産の資産計上をさらに推し進めるとすれば、企業結合会計と同じような規準になると想像し、想像の上にさらに想像を重ねてみた。その結果、自己創設のれんや顧客リスト(=ユーザー・リスト)は資産計上はされないが、一般より有利な契約等や売却可能なノウハウや研究・データについては、資産計上されると予想した。但し、公正価値を計算する際の仮定の置き方が難しく、また、財務諸表作成者(=企業)が重要性の判断を行えないのは問題がありそうだ、とした。

 

3/7 の記事からは、IFRS13号「公正価値」の検討に入った。この回では、“市場参加者の仮定”に含まれる外部者の目線が、経営戦略や事業計画策定に役立つかもしれないと、僕の希望的観測を書いた。

 

3/11 の記事では、“最有効利用の仮定(非金融資産)”がテーマだった。この仮定は、「誰が最も高い値段をつけるかを想定すること」と書いた。しかも、この“誰か”は、その資産を最有効利用するための、補完的なその他の資産や負債(例えば資金)の調達が可能と仮定することができる。かなり都合の良い仮定だ。

 

3/13の記事では、“最有効利用の仮定と不確実性”がテーマだった。この仮定は、3/11 の記事で見たように都合の良い仮定なので、見積った公正価値は、均衡価格や平均価格ではなく、“売却可能な最も高い値段”のイメージになる。しかし、仮定には“不確実性”の考慮が必要だ。(教科書的な“市場”ではなく現実の市場、即ち、取引参加者は個性を持っている点を強調するために、自衛隊の海外活動に対する中国政府と韓国政府の反応の違いを例にした。かなり強引な結びつけだが。)

 

そして前回(3/18 の記事)は、“秩序ある取引”を取上げた。市場が秩序を失った異常な状況にある場合、市場価格に調整を加えることを要求するものだが、秩序を失ったと判断するハードルが高過ぎて、逆に市場価格重視を強調しているかのようだった。(そのハードルの高さを「クリミア介入をロシアが正当化するようなもの」と表現した。しかし、上記のようにプーチン大統領は早くもクリミアのロシア編入を決めてしまった。その正当化の主張は WSJ の無料記事に詳しく書いてある。が、果たしてハードルを越えられただろうか。)

 

 

(公正価値の定義)

 

本基準は、公正価値を、「測定日時点で、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取るであろう価格<>」と定義する。IFRS13.9 但し、単純化のために、負債に関連するところを省略した。)

 

このうち、このブログでは“市場参加者”と“秩序ある取引”について検討してきたが、上記の“最有効利用”は、非金融資産の公正価値を見積る場合に、“市場参加者”に含意される仮定だ(同.27)。このシリーズでは、WhatsApp 社の非金融資産である自己創設無形資産の測定が目標なので、この仮定が重要になる。

 

このほかに、資産の公正価値測定に関連して説明されている主な項目は、次の通り。

 

 公正価値の測定対象になるのは特定の資産(同.11~)

 

“特定の”資産なので、その状況・個性に合わせた評価を行う。

 

 市場の選択(同.16~)

 

複数の市場で取引できる資産に関するルール。いつも使っている市場か、そういうものがなければ最も有利な市場の価格を使用する。例えば、マグロ漁船のマグロは、港ごとの相場で水揚げする港を決めるので、いつもの市場ではなく、最も有利な市場の方に該当する。

 

 出口価格(同.24~)

 

見積るのは購入価格ではなく、売却を前提とした価格。取引コストによる調整は行わない。これが必要な場合は、それぞれのIFRSで規定する(例えば、減損会計では回収可能額を見積る際に“処分費用控除後の公正価値”と規定している。IAS36.6 など。)

 

いずれも、今回の自己創設無形資産の例ではあまり該当しないか、当然の前提であり、追加の説明は不要と思われるが、もし必要になったらその都度補うことにする。さらに、IFRS13号には、負債や自己株などの企業自身の資本制金融商品に関する規定、評価技法に関する規定がある。

 

 

(評価技法)

 

このうち、評価技法に関しては、今回の無形資産のテーマにはあまり関連しないと思って、今まで触れずにいたが、改めて読んでみるとなかなか興味深い。そこでちょっと詳しく書きたい。僕が重要と思うのは、次の通り。

 

 インプットと評価技法の選択(複数技法の組合せを採用するケースを含む)

 

評価技法(=評価モデル)に入力するデータ(“インプット”と呼んでいる)は、なるべく観察可能な情報を優先し、見積りは最小限にする。または、見積りの影響を最小にできるような評価技法を選択する、又は、評価技法の組合わせを決める(同.61 など)。

 

 評価技法の改善

 

状況に変化があれば評価技法にも改善を加える。即ち、一貫すべきだが、継続性より実態の反映を優先する(同.65 など)。評価技法の改善も、会計上の見積り方法の変更の一種なので、会計方針や会計上の見積りの考え方と一貫している(同.66 但し、変更の開示については後述)。

 

 改善した評価技法の検証(インプットに見積りを使用するケース)

 

当初測定(=取得時の資産価額)が公正価値の資産について、その後の決算時の測定(=事後測定)で見積り値をインプットとして使用する評価技法を採用する場合は、その新しい評価技法で当初測定時の公正価値を計算し、検証し、評価技法を調整する(同.64 など)。要するに評価技法の改善が状況の変化に対応したものであり、考え方が一貫していることを確認する。

 

 評価技法変更の開示

 

会計上の見積りを変更すれば一定の開示が必要になるが(IAS8号)、評価技法の改善については開示不要(同.66)。

 

「え、なぜ?」と思われるかもしれないが、例えば、現行の日本の会計実務でも、貸倒引当金の見積りにおいて、ある得意先が実積率の対象から個別引当の対象に遷移しても(=その得意先に対する評価技法の変更・改善)、見積りの変更として注記されない。それと同じ考え方だと思う。貸倒引当金の場合は、どのような技法を用いても「回収不能額を見積る」という点で一貫している。逆にいえば、評価技法の改善にはそのような一貫性が必要ということだと思う。

 

 

さて、IFRS13号は、“最有効利用の仮定”で作成者(=企業)に自由・裁量の余地を与える一方で、“市場参加者の仮定”という枠をはめた。そして、“秩序ある取引”では市場価格を重視し、評価技法では観察可能なインプット重視と考え方の一貫性を強調し、ここでも作成者の自由・裁量にタガをはめている。IASBとしては、これで作成者の裁量と規制のバランスをとったということだろう。

 

しかし、現実に無形資産の公正価値を見積るにあたって、観察可能な情報だけで評価モデルが組めるだろうか? もちろん、無理だ。むしろ、その企業特有の“特定の”資産、しかも自己創設の無形資産を評価するのだから、見積りによるインプットがかなり測定値に大きな影響を与えるのではないかと思う。

 

果たして、自己創設の無形資産の測定においても、バランスが取れるか? これは WhatsApp 社を例に具体的に見ていくしかない。というわけで、次回こそは、WhatsApp 社のケースで検討したい。

 

 

ところで、僕が今回評価技法について興味を持ったのは、上記の WSJ の無料記事にあるロシアの主張を読んだからだった。というのは、プーチン大統領は、過去の最高指導者フルシチョフ氏の決定を覆し、現在のチェチェンに対する政策と矛盾する主張をし、条件が違い過ぎて比較にならないコソボ紛争を根拠にした。過去や現在の状況と一貫性がない。しかし、これでは見積りのインプットを使用する評価技法へ変更する際に要求される検証に耐えられない。ロシアの主張はIFRSでは通用しないと直感できたからだった。

 

意外なところでIFRSが役立った。そして、この一貫性のタガは、意外に強力かもしれないと思った。ただ、WhatsApp 社の例でこのタガが、どのような役割を果たせるかは、まだ分からないが。

2014年3月18日 (火曜日)

349.DP-CF37)公正価値~秩序ある取引

2014/3/18

クリミア半島住民によるロシア編入の是非を問う住民投票は、開票率 75% の段階で 95.7%が賛成したという。(3/17 朝日) 投票率は 83% と、意外と高い。(3/17 ロイター) 但し、いずれもクリミア自治共和国の選挙委員会の公表値であり、第三者によるチェックが適切に行われているかは不明だ。一応、国際監視団はあるが、本来その役割を果たすべき「欧州安全保障協力機構;OSCE」(リンク先は外務省HPは、ウクライナ憲法に反するとして参加を拒否した。(3/12 読売) ちなみにOSCE は、かつてヤヌコビッチ氏が大統領に当選したときの選挙でも監視団を派遣し、敗れた対立候補のティモシェンコ氏(親 EU 派)に敗北を受入れるよう促すなど(2010/2/9 ロイター)、権威がある組織だ。

 

欧米が国際法違反と言い、ロシアは完全に合法と言っている。15 日(NY 時間)、国連安保理では、クリミア住民投票の無効を宣言する決議案が討議された。無効の根拠は「ウクライナ政府が是認しない住民投票だから」だそうだ。結果は、理事国 15 か国のうち、13 か国の賛成を集めたが、拒否権を持つロシアの反対により否決された。中国は棄権した。(3/16 産経

 

この産経ニュースによれば、討議のあとロシアの国連大使は次のように述べたという。

 

われわれは(クリミアの)住民の意思を尊重する

 

そういえば、“民族自決の権利”なるものを、学校で学んだ。みなさんもご記憶にあると思う。これにより、多くの国が植民地支配を脱して独立を果たした。この権利は、水戸黄門の印籠のように、正義の光で輝いている印象がある。というわけで、実は、僕はロシアの主張の方が分かりやすい。みなさんはいかがだろうか。

 

しかし、15 か国中 13 か国が無効決議に賛成しているのだから、なにか理由があるのだろう。ということで、記事を探してみると、下記の記事に当たった。

 

[FT]クリミア住民投票は違法(社説)3/14 日経無料、Financial Times 翻訳)

 

ここでは、次の4つのポイントを挙げている。

 

1.ウクライナ憲法に違反している。

 

73 条で、ウクライナの国境は“全土の”国民投票で決まると定められているそうだ。即ち、クリミアだけの住民投票では国境を変えられない、クリミア共和国は独立できないということだ。

 

なるほど、これが無効決議案の「ウクライナ政府が是認しない」に意味を与えているのか。しかし、この憲法第 73 条は実質的に民族自決権を否定しているのではないか。そもそも、この憲法が国際法に違反しているのでは?と思えてしまう。

 

ちなみにこの記事でも、ロシア側の違法ではないとする法解釈?を紹介するとともに、過去の例はそれぞれの状況に左右されるとしている。最終的には、国際社会の判断が重要になるようだが、それに影響を与えるのは、残りの3つなのだろう。

 

2.ロシア軍の威嚇

 

ロシアの軍事的プレッシャーの下では、市民の自由意思による投票は期待できないとしている。

 

3.ロシア系住民の弾圧なし

 

コソボ紛争のときの“民族浄化の犠牲”ようなものはないとしている。

 

4.ロシア政策の矛盾

 

チェチェンの独立を弾圧している一方で、クリミアの独立を支持するのは矛盾している。

 

独立運動は世界中にあるが、ヨーロッパでは、みなさんもご存じのように、英国のスコットランド、スペインのカタルーニャ地方、バスク地方(一部フランス領にもかかる)が話題になる。

 

スコットランドでは、英国政府の協力の下、今年 9 月に住民投票が予定されている。最近は、そのまま英国ポンドを使い続けられるかとか、EUにそのまま加盟できるかといった論点が話題になっていた。しかし、確か英国もEUも、スコットランドにつれない対応をしていたように記憶している(独立後ポンドは使えない、EU加盟手続も特別扱いされない)。

 

一方、スペインでは、カタルーニャが今年の 11 月に住民投票を予定している。しかし、スペイン政府は憲法違反を理由に阻止しようとしている。カタルーニャはEUに助けを求めたようだが、やはり、EUはつれない対応だったと思う(スペイン政府を支持)。

 

どうやら、民族自決権は、ケースバイケースらしい。水戸黄門の印籠とは違うようだ。また、EUの立場は、“不介入”で一貫しているように思う。

 

基本的には、独立問題は当事者間、即ち、その国と独立を目指す地域との話し合いで解決するということのようだ。即ち、原則として国内問題だ。しかし、もしそこに人権弾圧や民族差別のような問題があれば、民族自決権を国際社会が後押しする、というイメージに思えてきた。

 

ということで、このイメージで、改めて、クリミア問題を考えてみると・・・

 

・クリミアの独立は、クリミアが独立するまでの間は、基本的にウクライナの国内問題。よって、ロシアの介入は独立国に対する侵害。しかも、軍事力を使っている。したがって、FTの社説の2の指摘は、選挙結果を歪める可能性を高めるし、それ以前になぜそこにロシアがいるのか、という問題になる。

 

・外国の介入が正当化されるには、クリミアにおける重大な人権問題が発生しているなどの国際社会が理解できる理由が必要。上記の3の指摘の状況では、ロシアの介入の正当化は困難。

 

・外国が介入するにしても、誰が介入するかが問題になる。国連か、EUか、CIS(=独立国家共同体。旧ソ連 15 か国のうちの 12 か国で構成)か。ロシア単独介入が国際社会から認められるには高いハードルがあると思うが、上記4の指摘のように、チェチェンと正反対の対応をしていては、理解は得られない。特に、独立後にクリミアをロシアに併合しようというのだから、下心が見え過ぎる。

 

ということにならないだろうか。

 

もし、この理解で正しいとすると、欧米の主張や無効決議の意味も分かってくる。国内問題なので、ウクライナ憲法が重要になるし、人権侵害などの重大な問題がない場合は、他国の干渉は余計なお世話ということになる。

 

考えてみれば、一地域が独立するのは協議離婚のようなもので、色々な経済的なものや精神的なものの取扱いを決めなければならない。当事者による長期間に渡る冷静な話合いが必要になるだろう。たった2週間後の住民投票で、すべてを一方的に決められるようなものではない。今回のロシアの介入は、離婚協議の場に浮気相手が刃物をちらつかせて座っているようなもので、これじゃ、ウクライナの立場はない。やはり、肩を持つならウクライナだろう。

 

 

う~む、今回は、公正価値の“秩序ある取引”の仮定をテーマにしようと思っていたが、話が全く逸れてしまった。ここから本題に入ると、非常に長文になると心配される方がいらっしゃるかもしれない。しかし、なるべく簡潔に記載したい。まず、“秩序ある取引”についてIFRS13号の記載(用語の定義)を紹介しよう。

 

秩序ある取引(orderly transaction

 

当該資産又は負債に係る取引に関する通常の慣習的なマーケティング活動ができるように、測定日前の一定期間にわたる市場へのエクスポージャーを仮定する取引。すなわち、強制された取引(例えば、強制清算又は投売り)ではない。

 

ぱっと読んで「エクスポージャーってなに?」と思われた方が多いと思う。この言葉が全体の意味を難しくしている。しかし、実際は難しいことはないと思う。「exposure」とは、晒すとか陳列するなどという意味で、商品を店の棚に並べておくことをイメージすればよい。全体としては、「通常なら売却できる十分な売込期間を想定する」という意味だと思う。それが、強制清算や投売りを想定から除外することに繋がっている。

 

この売込期間は、対象となる資産(や負債)によって異なり、例えば、事業を売却するなら、金融商品を売却するより相当長い期間を想定することになる。また、金融商品でも組成が複雑な合成証券は、金融危機のような特殊な時期には評価に時間がかかることがある。例えば、リーマン・ショック後の金融危機で、一部の金融商品市場が機能マヒして、適切な資産評価ができないことが問題になった。通常は豊富な取引量があるのにそれが著しく低下し、たまに成立する取引や気配値を参考にして無理して評価すれば、投売価格や強制清算を仮定したような価格しか付けられなくなってしまった。このような場合、明らかに合理的に価値があるはずなのに、評価額はそれを著しく下回ってしまう。そういう時には、単純に市場価格を公正価値にするのではなく、調整することを要求しているのが、この“秩序ある取引”の仮定だ。

 

しかし、「どのようになったら秩序を失ったと判断するのか」は難しい。単に、市場価格が急落したというだけ、取引量が急減したというだけでは、秩序を失ったとはされない。しかし、そうなった理由は判断材料になる。例えば、観察された著しい低価格の取引が、清算会社の管財人によって行われたためだったなど(IFRS13.B43 に例示列挙されている)。そういう判断材料がない限り、秩序を失ったと判断することはできない(IFRS13.B44(C)BC181)。

 

したがって、「秩序を失った」という判断は、安易にできないレア・ケースになる。正直言ってかなりハードルが高いと思う。どのくらい高いかというと、ロシアのクリミア介入の正当性を証明するくらい、即ち、離婚協議の席に浮気相手が同席することが正当化されるくらい、と思っておいた方が良いと思う。

 

但し、たまたま、そういう情報を入手している場合は「秩序を失っている」と判断し、必要な調整を行わなければならない(B44最終段落)。

 

最後に、もう1点付け加えさせていただきたい。この“秩序ある取引”の仮定は、市場が混乱して取引量が激減したようなケースを扱っているが、逆に、バブルで通常ではありえないような高価格がつくケースを扱っていない。僕が思うには、これも市場が“秩序を失う”一つの形だと思う。例えば、WhatsApp 社の買収価格は、過去に急成長してきた米国のIT業界が包まれている強気と熱気のなかで、Google 社と競ったバブル的な価格ではなかったか。これについては、再三予告している「WhatsApp 社が、もし、自己創設無形資産を計上するとしたら」の検討の中で扱ってみたい(かするだけだが)。

2014年3月17日 (月曜日)

348.【番外編】浦和レッズに対する無観客試合処分

2014/3/17

ご存じの方が多いと思うが、Jリーグは、浦和レッズのサポーターが人種差別的な横断幕をスタジアムに掲げた問題で、浦和レッズに対し、観客なしで試合を開かせる無観客試合1試合(3/23)と譴責の処分を下した。従来のJリーグの処分は譴責や制裁金にとどまっており、無観客試合は初めてとのこと。(差別的横断幕問題でJ1浦和に初の無観客試合処分 3/13 日経)これにより失われる入場料収入は1億円相当に上るという。(スポーツの理想を覆う「日本人だけ」の横断幕 3/16 日経)

 

浦和レッズのサポーターといえば、熱狂的で大音量の応援で有名だ。浦和がアウエーでも、ホームのサポーターの応援を圧倒するほどなのだ。僕も、スタジアムでその応援に驚かさるとともに、密かに尊敬してきた。あんなに熱心な応援は、本当に好きでなければできない。

 

しかし、当然のことながら、今回のことは大反省が必要だし、Jリーグの処分も重すぎることはないと思う。とはいえ、気になることがある。この無観客試合は、清水エスパルスとの試合だが、もしかしたら、清水エスパルスも入場料収入を失うことになるのではないか。そう心配してネットを検索してみたら、次の記事があった。

 

入場料やグッズ販売など2億円近い損害 浦和レッズ「無観客試合」の影響と重みJ-CAST ニュース 3/14

 

J1のチームといえども、エスパルスの台所事情は楽ではない。Jリーグのホームページに掲載されている資料によると、エスパルスの年間売上高は34億円(平成24/1期)で、純利益は1億円だ。しかし、利益剰余金はマイナスの 13 百万円。仮にこの無観客試合の入場料収入の半分が失われるとすると 50 百万円になるが、この影響は大きい。実際には、エスパルスにどのような影響があるのだろうか。エスパルスは、今回の人種差別的な横断幕に一切関係ない。

 

「スポーツにおける人種差別」がどんなに愚かであるかは、あまりに当然過ぎて、僕が語るような話ではない。加えて、日本にとって一つもよいことがない。誰の気も晴れない。おまけに、贔屓チームに損害が及ぶと思えば、心中穏やかでいられない。この横断幕に関係のない浦和レッズのサポーターも、同じ思いだろう。

 

僕は、このJリーグの処分だけで問題が片付いたとしてはいけないように思う。もちろん、浦和レッズは、関係したサポーターに無期限入場禁止にするとか、当面横断幕を禁止するとか、役員報酬の減額なども決めている。(差別垂れ幕サポーターら、無期限入場禁止に 3/14 読売) しかし、「~をしない」という消極的な決め事だけでなく、スタジアムやホームページなどで積極的な人種差別反対の教育活動を永続的に展開してほしい。他のJリーグのチームも、同様だ。もちろん、エスパルスに対しても望む。さらに、エスパルスに関して付け加えれば、失われる入場料収入については、浦和レッズに補償してもらいたい。

 

なお、興味のある方のために、この処分に関するJリーグのニュース・リリースを紹介する。

 

ホームゲームにおける差別的な内容の横断幕掲出に対し浦和レッズに制裁を決定

2014年3月13日 (木曜日)

347.DP-CF36)公正価値~最有効使用と不確実性

2014/3/13

最近は、世界が狭く感じられることが多い。例えば、インターネットでは(言語の問題さえ克服できれば)世界と繋がれるし、Skype のように個別のコミュニケーションもできる。東日本大震災では世界中から義捐金(=義援金)が寄せられたし、フィリピンの台風被害のように日本からも外国へ義捐金を送る。

 

しかし、そんな中で、久しぶりに「まだまだ世界は広いなあ」と感じさせるニュースがあった。マレーシア航空機の消息不明事件だ。8日に 238 人を乗せ、連絡を絶ったままレーダーからも機影が消え、その後近隣諸国も捜索に協力しているのに、まだ所在が明らかになっていない。理由は、捜索範囲が広すぎるからだという。

 

これに対し、日本も自衛隊機派遣を決めた。消息不明の航空機に 150 人以上の自国民が搭乗していた中国政府から、間接的ではあるが謝意が示されたという(3/12 ロイター)。これで思い出されるのは、昨年末の国連南スーダン派遣団に参加している自衛隊が、同じ活動をしている韓国軍の要請に応じて銃弾1万発を提供したときの韓国政府の反応だ。謝意どころか「政治利用している」と強い遺憾の意が日本政府へ伝えられた(2013/12/25 日経無料記事)。

 

僕は、韓国政府の反応を批判したいのではなく(もちろん、残念な反応だと思うが)、同じような人道的なサポートであっても、相手の反応は一様でないことを強調したい。良い、悪い、を言っているのではない。相手はそれぞれ異なる状況を抱えており、それに応じた反応をする。色々な考え方を持つ政府がある。ある意味、世界は広いのだ。それを「人道的サポートだから」と一括りにすると、思わぬクレームを頂戴する。

 

同じように、市場参加者も、色々な反応をする可能性がある。僕は“市場価格”というと、需要と供給が一致した価格なので、みんながそれで取引するというイメージを持っていた。したがって公正価値もそういうものと思っていたが、どうやら、それは狭い見方のようだ。

 

前回(3/11の記事)記載した公正価値を見積る際の“最有効使用の仮定”は、市場参加者の多様性を認め、誰が一番高く購入するかを想定する。その結果、見積られた公正価値は、いわゆる均衡価格や平均価格ではない。売却可能な最も高い値段だ。そのために、市場参加者をそれぞれ異なる個性・属性を持つものと見る。市場参加者の平均像ではなく、個別の姿を捉える。ある意味、市場を広く、深みを持ったものとして捉えているように思う。

 

但し、一番高く買ってくれるその相手は他社であり(当たり前だが)、その他社の考え方や状況をすべて把握できることはない。そのため、“最有効使用の仮定”を使うにあたっては、想定したその他社の考え方や状況が外れる可能性を考慮する必要がある。そう、“不確実性”だ。したがって、公正価値を見積るためには、“不確実性”が必須の考慮事項になる。

 

上記の韓国政府の反応は、不幸にもこの不確実性が実現してしまった例といえるかもしれない。「リスクへの対応には、リスクの回避、低減、移転、受容又はその組み合わせ等がある(企業会計審議会「内部統制の枠組み」平成19215日)」とされるが、日本政府の対応はどれだったのだろう。僕は正直びっくりして思わず眉間に皺がよったが、政府までが「考慮外の反応でびっくりした」というのでは心許ない気がする。

 

前回、WhatsApp 社のケースを深掘りすると予告したが、それは次回へ繰越させていただく。

2014年3月11日 (火曜日)

346.DP-CF35)公正価値~“最有効使用”の仮定(非金融資産)

2014/3/11

3年前のこの日、僕は3度驚かされた。最初は揺れ、次は津波の映像、最後は原発事故のニュースだ。これに加え、首都圏のみなさんは、帰宅困難で異常な状況に疲労困憊だっただろうと思う。さらに被災地では、自分と親族・友人、或いはたまたま居合わせた人々の命のために、神仏に祈る思いをされたと思う。しかし、段々、世の中の東日本大震災への思いが薄れてきたと言われる。それじゃ、まずいということで、最近では「被災地は東北じゃない、日本だ」と言われるようになった。「みんなで当事者意識を持とう」ということだろうと思う。

 

僕は、この言葉は言い得て妙だと思う。確かに、被害を受けたのは日本全体だ。例えば、円安になっても輸出が伸びないのは、被災地企業と共通の原因があるようだ。被災地企業の多くは、震災後に操業を再開できても、すでに顧客が別の仕入先に切替えてしまい、以前のような売上を上げられない。日本企業も、リーマン・ショック後の需要蒸発と円高に加え、東日本大震災による供給不安が加わり、世界のサプライ・チェーンから弾き出されてしまった、或いは、従来より不利な立場に立たされたと、当時報道されていた。そして現実にも、“日本企業の製品には代替品がある、強力な競争相手がいる”という事実を突き付けられた。

 

東北では、“元に戻る”復旧ではなく、“新しく興す”復興が行われているという。農水産系の製品であっても、従来とは異なる生産方法、販売方法・経路、協業体制を開発し、がんばっている人たちがいるのだそうだ。また、東北を“日本社会が抱える課題の先進地域”と捉えて、イノベーションを起こそうとしている企業もあるという。

 

Biz+ サンデー 復旧から復興へ/東北被災地発の新ビジネス

NHK オンラインの HP にジャンプ)

 

最近は、こういう視点の番組を時々見るようになった。だが、注意深く見ていると、どうも、まだ成功例というには時期早尚のようだ。試行錯誤の最中、或いは、ようやくあるべき姿らしきものが見えるようになった、ぐらいの感じかもしれない。イノベーションは、簡単に、短時間でなされるものではない。しかし、チャレンジしないことには新しいものは生まれない。

 

日本企業にとっても同じことかもしれない。新興国経済が急成長し、米国経済がリーマン・ショック前の規模を上回り(2011 年の実質 GDP )、欧州経済の危機も去ろうとしているが、アベノミックスで円安になっただけでは、日本企業の輸出は簡単には増えない。円高対策や供給能力分散のために海外生産が進んでいるし、なにより、イノベーションには時間がかかる。日本企業も、今、チャレンジの真っ最中ということかもしれない。

 

 

さて、前置きが長くなったが、前回(3/7の記事)は、市場参加者の視点の重要性がテーマだった。今回は、公正価値の見積りにおける“最有効利用”の仮定だ。これについてIFRS13号「公正価値」の 27 項には次のように記載されている。

 

非金融資産の公正価値測定には、当該資産の最有効使用を行うこと又は当該資産を最有効使用するであろう他の市場参加者に売却することにより、市場参加者が経済的便益を生み出す能力を考慮に入れる。

 

これは、平たく言えば、“誰が、最も高い値段をつけるか”を想定することだと思う(但し、関連当事者を除く。あくまで市場参加者、自己の利益を最大化する第三者のイメージ)。

 

加えて、その最有効利用を行うために必要なその他の資産・負債(=補完的な資産及び関連する負債)は、その“誰か”がすでに保有している、或いは、独自に調達できると仮定する(IFRS13.31(a))。したがって、その資産がその企業特有の特殊な環境で使用されており、それが最有効利用の方法だとしても、その“誰か”は、その特殊な環境を持っていると仮定できる(IFRS13.BC78)。その代り、企業が特殊な環境を実現するその他の資産・負債をセットで売却できるとしても、そのプレミアム分を公正価値に上乗せすることはできない(IFRS13.BC77 )。

 

これを、このシリーズの前々回(3/5 の記事)の「WhatsApp 社が自己創設無形資産を計上する場合の公正価値の見積り」で考えたらどうなるか。前々回の結論だけ要約すると次のようになる。

 

(顧客リスト)

 

WhatsApp 社は、ユーザーとの契約上外部へ販売できないから、自己創設無形資産に計上することはできないと判断した。(M&Aのときは買収側が購入すると仮定できる。)

 

・仮に契約上外部販売ができるとしても、市場参加者の資金調達能力やビジネス・モデル(ユーザー当たりの収益性や新規ユーザー獲得確率など)に、どこまで都合の良い仮定を置けるのか。

 

(一般より有利な契約等…借上げ社宅)

 

・あまり重要な金額にはならないが、計上する可能性はある。

 

・但し、個々の物件に個性があるので、有利・不利、或いは、その程度を厳密に測定するのは困難かもしれない。

 

(売却可能なノウハウや研究、データ)

 

・企業ごとに個性があるが、都合の良い特別な買い手を想定することは可能か、疑問がある。

 

 

ん~、なんとなく、疑問を呈したところは、最有効使用の仮定でなんとかなりそうな気がしてきた。しかし、前回の市場参加者目線という制約がある。もう少し深化させる必要がありそうだが、それは次回にさせていただきたい。それに、このような公正価値を見積りと経営の関係、そして重要性の判断についても、検討していきたい。第三者目線と最有効使用の仮定は、被災からの復興を目指す日本と日本企業のイノベーションに役立つだろうか。

 

2014年3月 7日 (金曜日)

345.DP-CF34)公正価値~市場参加者目線の経営への役立ち

2014/3/7

タイトルをご覧になって「なんじゃ、こりゃ」とお思いになった方は多いだろう。“会計上の不確実性”シリーズはどこへ? 急に“公正価値”へ変えられては困る、と。

 

まず、目的地はあくまで“会計上の不確実性”であると改めて確認申し上げる。ただ、ちょっと公正価値の奥が深そうなので、数回続く可能性がある。そこでタイトルの付け方をちょっといじったということをご了解いただきたい。

 

そして今回は、公正価値と不確実性の関係と、公正価値の見積りは、(IFRS13号「公正価値」の規定の仕方によっては)経営との関係が深いかもしれないということを説明したい。

 

 

まず、公正価値と不確実性の関係について。IASBは、不確実性は資産等の“定義”や“認識”というより、“測定”の問題と考えている。そして“測定”とは、財務諸表に計上する際の“金額の決め方”のことなので、“原価か、公正価値か”というようなことだ。

 

さらにIASBは、次のように公正価値には不確実性が反映されていると考えている。

 

・市場価格には、市場参加者の将来予想が反映されている(不確実性も考慮されている)。

 

・市場価格がなくそれを見積る場合は、上記と同様の不確実性が考慮されなければならない。

 

即ち、市場で売買が成立している価格は、購入者がその財・サービスを利用・転売して利益が出せるという将来予想に基づいた価格であり、利益が出せるかどうかという不確実性は、購入者によって考慮されている。公正価値を見積る作業は、そういう(企業外部の)市場参加者目線に立つことなので、公正価値と(企業外部者にとっての)不確実性は関連していることになる。

 

 

しかしみなさんは、「IASB目線の話は分かったが、それは市場参加者という外部者の話だろう。それと企業自身、即ち、経営がどう関わるのかと、それがどう役立つのかを説明してくれ」と思われているかもしれない。

 

公正価値には、「市場価格がある場合」と、「ないので見積る場合」があるが、前者にはあまり深みはないように思う。しかし、後者は実に深い。その理由は、前者は不確実性を市場参加者が考慮した結果の価格を企業が入手できるが、後者は不確実性を企業自身が考えなければならないからだ。しかも、その不確実性は、その企業が認識する不確実性ではなく、市場参加者にとっての不確実性だ。即ち、企業が資産を売却する場合に、相手(=第三者)はその資産(とその不確実性)をどう考えるかという第三者目線で自らの資産を考えることになる。

 

「相手(=顧客)から自分(=我社)がどう見えるか」を直接考える機会は、あるようでないと思う。特に管理部門はそうではないか。しかも、このシリーズで話題にしているのは、自己創設ののれんや無形資産だ。資産計上されていないし人的要素の側面が強いので、企業の公式な仕組みとして意識されることは、通常、あまりない分野だと思う。しかし、相手(=顧客)はそれを企業イメージとして感じているし、企業価値の重要な部分を占めることもある。

 

個人のレベルでは、“自分を客観視する”ことの重要性はしばしば強調される。一時、“サラリー・マンの市場価値”が随分話題になったが、これもその一形態といえるだろう。また、配偶者から厳しい指摘を受けて反省した経験を多くの人が持っているようだ。反省したということは、指摘を受けて良かったと感じたのだと思う。そのとき配偶者から「他の人からどう見えるかを意識しなさい」と(クドクド)言われた方も多いだろう。しかし、実際にはなかなか難しい。

 

企業でも同じだ。重要なのに難しいので、監査法人から提出される“マネジメント・レター”に期待をかけている会社は多いし、お金をかけて外部の診断を受けることもある。しかし重要なのは、そのような外部の指摘を受けて「企業自身がどう行動するか」だ。外部者に見てもらえるのはほんの一部だし、ある一時点の姿に過ぎない。そこで、その他の部分については、企業が自らを客観的かつ継続的に観察できるようになることが必要になると思う。

 

どうも、“自分を客観視する”精神においては、公正価値の見積りと企業経営には関係がありそうだ。(ちょっと話題が逸れるが、“外部取締役制度”にも、同じような意味があるのかもしれない。“配偶者からの厳しい指摘”が、ちょうどイメージに合う。だから嫌がってるのか・・・)

 

事業レベルで考えると、自らの事業を客観視できることが、良い戦略、良い事業計画を策定する基礎になるのではないか。また、企業レベルでそれができれば、ブランディングにおおいに役立つ。日本企業はしばしば戦略不足とか、ブランディングが苦手と言われるが、公正価値の見積りに関連付けてこれらをもっと上手にできるようにならないだろうか。もしなるなら、経営に役立つことになる。コストをかけてやる価値がある。

 

僕は、公正価値の見積りがそういう役立ち方をするのであれば、自己創設無形資産の評価に適用されるのは、受け入れられるように思う。むしろ、どんどん推進したいと思うかもしれない。しかし、そうでないならば、経営にとって無駄なコストになりかねない。財務報告のためだけに公正価値を見積るとすれば、企業はコストをなるべくかけないようにするので、仮に最初は良くても段々形骸化していく。目的適合性のない情報、投資家にとってさえ役立たない、むしろ害になりかねない情報になると思う。

 

公正価値の見積りが経営に役立つかもしれない。だが、これは僕の希望に過ぎない。問題は、IFRS13号がどのような規定になっているかだ。次回こそ、それを見てみたい。

2014年3月 5日 (水曜日)

344.DP-CF33)会計上の不確実性~立ち上る黒雲

2014/3/5

どんよりとした雲がにわかに空を覆い始めた。いや、もともとシリアやエジプト、中央アフリカ、東シナ海や南シナ海、朝鮮半島など、あちこちに雲はあったが、ウクライナに立ち上った雲は密度が高く日光を遮り、空全体を暗くしたようだ。しかし、そんな気分に一筋の光が差した気がした。次の記事だ。

 

W杯観戦の日本人をブラジル日系団体が支援3/3 日経電子版 無料記事)

ブラジルワールドカップ日本人訪問者サンパウロ支援委員会(公式HP

 

1908 年に初めての移民船「笠戸丸」が日本から出航し、その後、13 万人がブラジルに渡った。いまや、日系人は 150 万人に達しているとされている。日本人移民や日系人は、ブラジルの発展に大きく貢献し、「勤勉で信用できる」と高い評判を得ているという。ブラジルでは、日本或いは日系人のブランド、のれんの価値が非常に高い。

 

しかし、元々日本人は、貧困から脱出するために、ブラジルに渡った。しかも、そのブラジルで待っていたのは、“奴隷の代用”としての待遇だった。第二次世界大戦のときには日本語による出版や新聞の発行は禁じられ、一部は強制移住させられ、さらには、移民同士の内部抗争もあった(日本の敗戦を信じない“勝ち組”とそうでない“負け組”の血の抗争。日本語による情報がなかったため、日本語しか分からない世代にこのような混乱が生まれた)。そんな苦難の歴史の末に勝ち取ったのが、この「のれん」だ。(以上は Wikipedia の「日系ブラジル人」を参考にした。)

 

上記の記事は、その「のれん」の価値の一端が垣間見られるような気がする。(W杯へ渡航する)日本人の立場を慮ってくれる日系団体の優しい心遣いが感じられるが、そこに日系人が信用される一面が現われているように思う。

 

 

さて、このシリーズでは、ASBJのコメントに刺激を受けながらIASBの「不確実性に関する言及を、資産等の定義や認識規準から削除する。資産等の認識に関する重要性の判断を企業に任せない」という提案について、検討している。前々回(2/25 の記事)では「M&Aのときと同様に自己創設無形資産を資産計上することの経営的な意味」に焦点を当てる方針を決め、前回(2/27 の記事)では、それを受けた事例として「Facebook による WhatsApp 買収」を取上げ、その会計処理を想像した。今回は、その経営的な意味を検討することになる。

 

要するに、「経営的に価値のない会計処理、即ち、開示のためだけに行われる会計処理には信頼性がない」と僕が考えているので、自己創設の無形資産を資産計上する会計処理が、経営的に価値があるか、役立つかについて考えたいということだ。最終的には、それを踏まえて、会計上の不確実性の定義や認識規準での扱いに、僕としての結論を出したい。

 

 

まず、前回の分析のポイントを要約してみよう。

 

・買収額のほとんどは WhatsApp の「のれん」であり、「その他の無形資産」に計上されるのは、顧客リストが Max 1000 億円と一般より有利な契約等が少々であった。

(これはあくまで、 WhatsApp 買収に際して、Facebook 社が行うであろう会計処理を、僕がラフな想像したものであり、実際には異なるかもしれない。)

 

では、もし、IASBが自己創設の無形資産についても、M&Aのときと同様の会計規準を設定したらどうなるだろうか。WhatsApp 社自身が、「顧客リスト」と「一般より有利な契約等」を資産計上するだろうか。もし、これらの資産を計上できるなら、少なくとも財務面で大きな助けになりそうだ。資金調達が容易になる。

 

 

まず、「顧客リスト」について。

 

僕の考えでは、これは資産計上されない。これは、買収して親会社になる Facebook 社のみが購入できる資産であり、WhatsApp 社が一般に販売できる情報ではないからだ。もし、WhatsApp 社が一般に販売しようとしても、恐らくユーザー利用規約に反するだろうし、仮に反しないとしても、そのような情報(ユーザーの電話番号)を勝手に販売されたとユーザーが知れば、このサービスから去っていくだろう。要するにそんなことをすれば、WhatsApp 社の事業が成り立たない。識別可能で、公正価値も見積れるが、事業と分離して販売することはできない。

 

また、公正価値の見積りにしても、Facebook 社だから 1000 億円出すかもしれないのであって、他の企業であればもっと違う値段をつけるかもしれない。例えば、競争相手の LINE 社なら、(資金調達できれば)もっとたくさん出すかもしれない。LINE 社が弱い欧米地域のユーザーが多いし、市場での競争上の地位を確固たるものにすることができる。或いは逆に、WhatsApp 社の広告なしの事業モデルに価値を感じているユーザーが多いとするば、LINE 社にとっては、それほど利用できる価値はないかもしれない。

 

そもそも、WhatsApp 社が LINE 社の希望買取価格や資金調達能力を知りえようか。それは想像するのも難しい、きわめて個性の強い値段であるような気がする。LINE 社が買い手になると仮定して良いのだろうか。もし良くないとすると、買い手のビジネス・モデルや1ユーザー当たりの収益性、新規ユーザーの獲得へ結び付けられる確率、資金調達能力等によって、個々の買い手企業の評価額は変わってくる。

 

また、恐らく、WhatsApp 社が特定の買収案件と関係なく自己創設の顧客リストを評価するのは無理だと思う。第三者に鑑定を依頼したとしても、売買される名簿は闇取引が多く、公正価値の定義に合うような評価ができるか疑わしい。

 

僕の結論としては、WhatsApp 社の「顧客リスト」は、M&Aを前提としなければ販売可能資産にならないので、自己創設の場合は資産計上されないということになる。また、公正価値を見積るにあたっては、実際には買うか買わないか分からない会社を勝手に購入者に想定し、その個性も想像して、それらを見積り上の仮定に反映させることになる。公正価値は市場取引ベースというが、「そこまで想像上の取引相手に勝手に個性を与えて良いのだろうか」という疑問が僕にはある。(勉強不足でIFRS13号「公正価値」は、まだよく読んでいないのだが。)

 

 

次に「一般より有利な契約等」について。

 

こちらは計上されると思う。ただ金額的には「少々」のレベルであり、財務的には大きな助けにはならない可能性が高いと思う。とはいえ、資産計上できることで、個々の契約に際して、多くの企業が従来以上にその内容や方法を真剣に検討するようになるかもしれない。いわゆるコスト意識が高まる可能性がある。

 

例えば、会社の借上げ社宅契約について考えてみると、まとまった件数を一括して契約することで、一般的な契約条件より礼金(や敷金・保証金の不返済分)をディスカウントできるかもしれない。ただ、それが一般化すれば、「一般的より有利な条件」を失うため、「資産計上できる」というメリットは失われる。しかし、キャッシュ・アウトが減るので経営の助けになる。これは重要なメリットだ。(もちろん、立場を変えればディメリットもある。個人大家さんとの直接契約は減少して、そのような条件を提示できるエージェントや多数の物件を持つ大規模な不動産会社がシェアーを伸ばしていく可能性がある。市場環境・慣行に変化を及ぼす。その結果、個人の大家さんの経営は厳しくなるし、社員が自分で自由に住いを選ぶ機会を失うかもしれない。)

 

しかし、そういうメリットがあっても、僕は実務的に心配だ。「礼金が少ない分家賃が高い」ケースをどうやって識別するのか。家賃には、広さや利便性以外に、階数、日当たり、間取り、土地柄など様々な要素がある。また、礼金が多い・少ないなどの取引慣行に地域性もあるし、その慣行(一般的な取引条件)自体も、時と共に変化するだろう。そうすると、(礼金を考慮したうえで)家賃が一般より高いか低いかを厳密に判断するのはかなり難しそうな気がする。重要性を作成者(=企業)が判断できないので、少しでも一般より有利と結論されれば、その契約は経済資源を生み出す能力があることになり、資産として認識される。このため、企業には厳密・精密な判断が求められると思うが、果たしてそれは可能か。正しい資産の識別ができるだろうか。やはり、重要性の判断を企業に任せる必要があるのではないか。

 

これは現行のM&Aの会計規準でも同じ状況があるが、現在は、作成者(=企業)が重要性を判断することができる。そこが違う。

 

僕は、コスト意識を高めることの重要性と、それを浸透させる難しさに悩む経営者の両方を知っている。もし、「一般より有利な契約等」の評価がコスト意識を高めることにつながるなら、それを実現するために何かをやる価値があると思う。しかし、それが公表する財務諸表の資産計上と結びついている必要があるか。即ち、厳密な方法が必要かどうか。やるなら、財務会計と切り離された簡便的な方法でもよいのではないか。

 

 

最後に「売却可能なノウハウや研究、データ」について。

 

このシリーズの前回では、「売却可能なノウハウや研究、データ」について計上するものはないとしたが、それは、僕が想像する WhatsApp 社がそうであるだけで、一般に該当する話ではない。むしろ、これらは経営にとって非常に重要な項目だ。もし、ノウハウなどを一定の方法で評価できれば、経営にとっては非常に有用なツールになるかもしれない。これらを第三者にも分かりやす形で蓄積し、継承し、さらに発展させることの重要性を、具体的に分かりやすく社内に理解させ、浸透させることができる。特に、各企業の経営理念や行動規範に結び付けられるような形で評価できると、経営に与える効果はとても大きいと思う。社内の意識を企業価値を高める方向へ向けやすくなる。

 

但し、これも、個々の企業によって個性があるので、多数の企業が採用する会計規準に落し込むことは難しそうな気がする。しかし、健全だが特別な嗜好性のある買い手を適当に想像して、その買い手がどのように評価するか、という程度のことなら可能かもしれない。ただ、そのような見積りを公正価値として扱うことが可能かどうか。

 

 

ということで、以上についてまとめてみると、次のようになる。

 

無形資産に注目することは経営的なメリットが大きいが、会計規準を開発したり財務会計に関連付けることは、次の点で困難があると思われる。

 

・資産(又は負債)の認識に関する重要性の判断をIASBのみが行う(=企業は行えない)とする点

 

・公正価値を見積る際、どこまで“仮定”が許されるか(勉強不足で)明確でない点

 

後者については、IFRS13号「公正価値」に記載があるかもしれないので、次回はそれを見てみたい。IASBは、不確実性は測定の問題と主張しているので、IFRS13号が不確実性をどのように扱うかにも興味がある。しかし、少なくとも前者については、現時点においても、IASBの提案には問題があると考えてよさそうだ。

 

 

なんとなく僕は「IASBのみが資産や負債の認識における重要性を判断する(但し、注記については企業の判断を認める)」というこのディスカッション・ペーパーの提案には、クリミアに立ち上った黒雲のような強圧的なものを感じていた。(IASBはロシアなのか?)

 

しかし、もしかしたら黒雲の向こうには、従来会計では扱えなかったゆえに経営者の悩みとなっていた、企業自らの強みや弱みの評価、企業自身が持つ無形の価値を把握するヒントがあるのかもしれない。即ち、自己創設のれんや自己創設無形資産の形が見えるのかもしれない。さらには、多くの日本企業が苦手とされる“ブランディング”を上手に行うヒントがあるのかもしれない。(いや、IASBはブラジルの日系団体なのか?)

 

どうも、カギは公正価値を見積る際の“仮定”にありそうだ。こう考えると、IFRS13号を読む楽しみが俄然増してくる。(が、このシリーズはまだ続く。)

2014年3月 3日 (月曜日)

343.企業会計基準委員会(1/27、2/7)、クリミア半島(余談)

2014/3/3

今日はひな祭りだが、ご存じのようにウクライナはキナ臭い状況になっている。ひな壇に行儀よく納まっていると大怪我をしそうな感じだ。

 

さて今回は、1/271/7 に開催された企業会計基準委員会(ASBJ)の webcast を視聴したので(いずれの日もIFRSに関連しそうなところのみ視聴)、その報告を簡単にしよう。ポイントは次の2点だ。

 

1/27の日経の朝刊に報道されたのれんの非償却化について

 

この時点では、未だ、そのような話は聞いていないということだった。2/7 については、視聴した範囲では具体的な言及はなかった。また、日本版IFRSの検討を行っている作業部会の報告では、2/7 はのれんの償却に関する検討が時間切れでできなかったそうだ(時間切れ? ん~、何かあったのだろうか)。

 

・IASBのリース会計基準の開発状況

このブログでも取上げたリースの2013公開草案(以下 ED)には、600ものコメントが寄せられ、IASB(とFASB)では、大幅な変更が検討されているようだ。方向性としては、従来のオペレーティング・リースの会計処理(いわゆる賃貸借処理)を適用できる範囲が広がるようなので、根本的な方針変更と考えてよさそうだ。詳細は、また別の機会としたい。

 

 

ところで、余談だが、話をウクライナに戻させていただきたい。

 

2/22 にヤヌコビッチ氏が大統領を解任され逃亡したのも、あまりに急展開で驚きだったが、2/27 に南部のクリミア半島で武装したロシア系住民(もしかしてロシア軍?)が議会など主要施設を制圧したというのはもっと驚きだった。すでに幹線道路の検問まで実施しているという。これは、あまりにタイミングが良いし、なんてスムーズなんだろう。3/1 にはロシア上院が軍事介入を承認している。

 

同じ黒海沿岸でクリミア半島の東南東方向にあるソチでは、オリンピックが 2/23 まで開催されていたが、その裏で綿密な“リスク管理計画”が練られていたのかもしれない。

 

クリミア半島の住民、即ち、クリミア共和国(ウクライナに属する自治共和国)の住民の6割はロシア語を話すロシア系住民という。次に多いのはウクライナ系で2割程度。このクリミアの地は、15 世紀にタタール人(モンゴル系・イスラム教徒)の国となり、オスマン帝国を後ろ盾としてロシアやウクライナへ侵略・略奪(奴隷狩り)を繰返したようだ。しかし、オスマン帝国が帝政ロシアに敗れると一転してロシアに併合され、それ以降のロシア系・ウクライナ系住民の大量移住と、タタール人への迫害で、今やクリミア・タタール人の人口はわずか十数パーセント程度だという。モンゴル帝国以前も、色々な民族が入替り立代り征服していたので、とても複雑な歴史を持つ土地だ。(以上、Wikipedia のクリミアやタタール関係の数項目を参考にして記載した。)

 

欧米は、ウクライナを分断させてはいけないと言っているが、ロシアは分割したいらしい。最も重要なのは住民の意思だが、上述の通り、ロシア系、ウクライナ系、クリミア・タタール人が入り乱れており、それぞれ他の民族に対して複雑な、或いは、厳しい感情を持っている。多数派のロシア系に他の民族が従うとは思えない。もともとクリミア・タタール人は民族意識が強く、クリミアを「第二のチェチェン」と称するような状況もあるらしい。では内戦か。或いは、クリミア共和国国内やウクライナ国内に留まらず、NATOやロシアを巻き込む戦争になるのか。ウクライナがこれからどうなるか予断を許さない。

 

これに比べると、東アジア情勢は単純に思えてくる。とはいえ、日本と大陸・半島の間にも、2度の元寇、豊臣秀吉の朝鮮出兵、それから明治以降の戦争がある。もし、ウクライナが3者の共通の利益を探し出すことに成功し、迫害や暴力なしにクリミアを納められたら、日中韓にも道があると思えるような気がする。そう考えると、遠くユーラシア大陸の反対側の出来事も、関心を持ってみられるし、上手く納まって欲しいと願う気持ちも強くなるように思う。

 

 

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