357.DP-CF43)公正価値:売却可能なノウハウや研究、データ~STAP細胞研究の測定(4)公正価値の推移
2014/4/15
このシリーズの前回は 4/4 の記事で、冒頭に「このところ、“円安株高”傾向が復活してきた。」と書いた。しかし、その直後に"円高株安”に転じ、昨日までに日経平均が 1,054 円も下落しているから驚きだ。3月決算会社のなかには、これが4月で良かったと胸をなでおろしているところもあるだろう。市場価格というのはこれほど変動が大きい。この期間、それほど日本経済に大きな影響を与えるようなニュースもなかったと思うのだが・・・。
公正価値はこんな不安定な市場価格をベースにしているので、不安を覚える方も多いだろう。しかし、それでも将来キャッシュフローの流入を測定するうえで、他に説得力のある価格がないのだから、IFRSや他の会計規準が公正価値を捨てることはないだろうと思う。(これについて興味のある方は 2013/6/2 の記事の後半をご参照ください。)
むしろ期待すべきは市場参加者の熟成か。市場価格は市場参加者によって決められるので、価格が不安定なのは市場参加者の力量の反映ともいえる。市場参加者の判断にブレがなくなれば価格も安定する。しかし、市場価格の変動が激しければ激しいほど喜ぶ悪趣味な市場参加者もいるので、これも期待薄かもしれない。
この観点から見ると、市場価格からワン・クッション会計上の見積りが介在する“見積られる公正価値”というのは、B/S計上額として意外と良い価格になるかもしれない。特に非金融商品資産について、“最有効使用が見込める市場参加者の評価”という仮定は、特定の状況を除き、実際の市場価格より安定的な価格をサポートすると思う。恣意性を排除しなければならないので、なるべく市場価格要素を優先してインプットに使う必要があるが、この仮定が過度な変動を緩和してくれることが多くなると思う。
さて、今回はいよいよ、研究プロジェクトについて、時の経過とともに(見積られる)公正価値がどのように変化していくかを考えていきたい。一応、公正価値の教育文書もざっと見たが、あまり参考になる記述はなく、僕の勝手な憶測を書くので、その点はご容赦願いたい。
予め僕の感想を書くと、研究プロジェクトがプラスの公正価値を持つには、かなり、不確実性が軽減されなければならないだろうということ、そして、そこ(=不確実性の大きさの判断)にいわゆる保守主義が働く余地があるということだ。IFRSでは概念フレームワークから保守主義が削除されたが、不確実性を考慮する段階では、IFRSなど会計規準とは無関係に、経営上当然に必要なレベルで、それを働かせるべきだ。(詳しくは 2012/9/4 の記事をご覧ください。)
では、STAP 細胞の研究を念頭に、研究が進むごとに公正価値の大きさがどのように変化するか考えてみよう。なお、公正価値測定の対象となるネットの将来キャッシュ・インフローについては、このシリーズの前回記載したちょっと特別な仮定(=理研の支出を埋没原価と見做す)を置いている。
① 仮説を実験等で検証する期間、試行錯誤の期間
STAP 細胞の研究が成果をあげれば、容易に万能細胞を得られるようになる。これは iPS 細胞の研究に勝るとも劣らないほど再生医療に大きなインパクトを与える可能性がありそうだ。iPS 細胞の山中伸弥教授によれば、細胞をリセットして万能細胞に戻すのに必要な4つの遺伝子を特定した iPS 細胞の研究と、特定の刺激でリセットした STAP 細胞の研究は、お互い相乗効果が狙えるという(YAHOOニュース 2/16)。
しかし、このように、社会的なインパクトが大きい革新的な研究は、常識外れの研究であり、常識外れということは、有意義な成果が得られない可能性(=不確実性)も高い。結局、いろいろ将来の経済的便益の流入が期待されても、それを不確実性の高さが打消すので、公正価値はゼロになるのではないか。
小保方さんの協力者であった山梨大学の若山照彦教授は、この研究のことを「誰もがあり得ないと思うことにチャレンジ」(2/3 読売新聞の記事)と表現している。また、この読売新聞の記事には、若山教授が最後まで「できっこない」と思っていたことが記載されている。(みなさんは「後にいち早く論文の撤回を呼びかけた人」と、若山教授を記憶されているかもしれない。) STAP 細胞の研究の常識外れの度合いが見て取れる。革新的な研究とはこういうものなのだろうと思う。
とはいえ、もしかしたら、この段階でも個別の補助金や共同研究の申入れといった形で、経済便益の流入が確実に見込まれるようなケースがあるかもしれない。そういうものは、将来の研究の成否に関係なくもらえるものであれば、測定の対象となると思う。したがって、この段階でも公正価値がプラスとなっていた可能性はある。但し、STAP 細胞の研究については、そういう可能性は低いと思う。Wikipedia の記事によれば、留学先のハーバード大学では小保方さんに協力する人さえなかなか見つからなかったらしいから、補助金や共同研究の申入れの可能性は極めて低いだろう。
したがって、会計実務としては、即ち、決算作業としては、この段階で社会的なインパクトの大きさから予想される期待便益を見積ることさえ必要なさそうだ。但し、理研の経営としては、この段階でも社会的インパクト大きさを把握することは重要だろう。即ち、(不確実性を反映した割引率による)割引前の将来キャッシュフローの大きさを、経営として試算しておく価値があるだろうと思う。
② 主な実験がほぼ終了し、「あとは論文にまとめるだけ」の期間
基本的には上記の期間と一緒だが、主な実験が終了し研究の成果が見えているので、その分、研究の不確実性が減っている。するとその分、公正価値がプラスになる可能性がある。計算的には、不確実性が減った分、割引率が低くなるイメージ。
しかし、実際にはここからのまとめ作業で新たな課題が見つかったり、実験の追加が必要となったりすると思うので、恐らくそれほど割引率は低下させられないのではないか。STAP 細胞の研究も、2011年の年末の段階で初めて万能細胞の作成に成功したという(前出の若山教授の記事による。この記事の頃はまだ疑惑が発覚する前)が、この段階では、まだプラスの評価はできなかっただろう。そこから、どんな刺激が成功の条件になるか具体的に特定する必要があったし、その過程で実験にミスが見つかって結果がひっくり返る可能性も相当高かったと思う。
事実、2011年の年末から2014年まで論文が公表されなかったというのは、その間にも様々な課題に対処していたからだと思う。(小保方さんは他の仕事も担当していて、そちらが忙しかったという理由かもしれない。だが、そうだとすると、理研経営者や小保方さんの上司のプライオリティの付け方や管理能力が疑われる。)
また、STAP 細胞のように本当に常識外れの研究は、競争相手が乏しかったかもしれないが、通常は同じ研究を競っている外部の研究者がいるはずだ。誰が早く成果を出すかで、期待される経済的便益は変わってくるに違いない。そういう意味でも、この時点では、割引率を小さくしにくいだろう。
このように考えると、やはりこの段階の初期においては、割引率が十分に低下しておらず、公正価値はプラスにならなかったのではないか。では、いつごろプラスに転じるか。
③ 論文公表時
今回の小保方さんの会見で分かったのは、小保方さんは、理研がSTAP 細胞の研究の関連特許を押さえられるようにするためか、或いは、自身の研究者としてのポジションを確保するためか、詳細な STAP 細胞作製条件(“コツ”とか“レシピ”とか言われているもの)の公表を避けていることだ。逆にいえば、論文の公表はこの研究の一里塚に過ぎず、まだ、ゴールではない。関連特許を取得したり、次のステップの研究プロジェクトへつなげることが、この研究のゴールなのかもしれない。
僕は会見以前は、他の研究者によって追試され、小保方さんの論文が正しいと外部に認められることがゴールと思っていた。したがって、この時点で残るリスクは次のものだけと思っていた。
・外部の研究者の追試で論文が否定されるリスク(或いは、正しいと納得されないリスク)
しかし、見込みが甘かった。まだ研究プロジェクトが終わるまでに先があったということだ。ということで、論文が正しいとしても、この時点ではまだ次のようなリスクもある。
・他の研究機関が先に最適作製条件を発見するなどして、次の段階の研究の主導権を奪われるリスク
・他の研究機関より先に十分な特許を取得できないリスク
STAP 細胞の研究は理論面で高い革新性があるだけでなく、万能細胞作製の“簡単さ”にも特徴であるため、このようなリスクが他の研究より大きいのだろう。小保方さんが、今回の騒動で“研究が遅れる”と心配していたのは、こういう事情もあったからに違いない。(但し、このような理研の戦術が容認されるには、理研が主導し特許を取得した方が、より世のため人のためになるという前提がなければならない。理研のエゴが行き過ぎるようなことがないと期待したい。)
しかし、いずれにしても、論文公表時には、公正価値はプラスとなっているに違いない。上記に挙げた3つのリスクが残るにしても、論文発表前に最も意識される“仮説が自らの実験で否定されるリスク”はゼロになっているし、その結果、外部の研究者に納得されないリスクも、減っているからだ。加えて、今回明らかになったように、論文は、次の段階でも主導権を握れるよう、そして、他に先駆けて特許が取れるよう情報のレベルを調節しているようだ。したがって、追加した2つのリスクについてもコントロールできる状況にあると思われる。
ということは、研究をまとめる段階から論文公表に至る段階のどこかで公正価値がプラスになるので、この間、研究内容が確実に正しいことを、理研は組織として確認する必要がある。そして、その確認の程度、言い換えれば、理研が不確実性が減少したと確信する程度が、割引率に反映されることになると思う。したがって、この間の不確実性の減少を確認する内部統制は極めて重要な役割を果たすことになる。
・理研に必要な内部統制
これについては、すでに番外編ではあるが、4/8 の記事の最後の方で触れたので繰返さない。研究者以外の第三者が上手に関与する仕組みをマネジメントが整備・運用することが重要だ。
それから、理研の組織的な問題については、別途“研究の不正防止のための改革委員会”が立ち上がっているようだ(NHKニュース 4/10)。メンバーは外部の研究者及び弁護士となっているが、組織風土まで検討対象に含めて改善策を期待したい。
・重要性と保守主義
僕の勝手な妄想による研究プロジェクトの公正価値測定モデルは、将来キャッシュフローの見積りを4つの割引率で割引くものになった。いや、これ以外に時間の経過を反映させる割引率があるから5つだ。これは意外なスタイルかもしれない。なぜなら、一般には一種類の割引率を同種の多くの評価対象に適用するのに、個別の対象に対して5つも割引率がある。しかも、それぞれの割引率は、個々の研究内容によって個性があるに違いない。これでは、その決定・選択に手間がかかって仕方がない。
すると、すべての研究プロジェクトにこの手間をかけるのは、現実的ではないだろう。やはり、公正価値測定の対象になるのは、重要なものに限るのではないだろうか。その重要性の判断は、経営上の判断、即ち、財務諸表の作成者の判断ということになる。ということで、IASBが目論んでいるように、すべての資産・負債を計上するとの大方針のもとに、重要性の判断を企業に行わせないというのは、無理があるように思う。
だが、そもそも、研究プロジェクトの重要性の決定は、どんな指標に基づいて行われるか。この指標は同時に、研究資源の配分や研究者の評価、若手の育成など経営上の重要な機能に役立ちそうだ。恐らく、それは将来キャッシュフローの見積り(=研究の社会的影響の大きさ)に、その実現可能性を考慮したイメージになるのではないか。この“実現可能性の考慮”は、これも一種の割引率に他ならない。では、上記の公正価値測定の割引率と同じだろうか?
僕は恐らく異なると思う。理由は2つある。
・公正価値測定の割引率を使用すれば、上述の通り、仮説の検証段階以前では指標がゼロになってしまい、研究資源配分や研究者の評価、若手の育成といった経営の役に立たない。
・この指標は、なるべくすべての研究プロジェクトに適用したいが、上述の通り、公正価値測定の割引率は手間がかかり過ぎる。
ということで、この指標に使われる割引率は、もっと直感的で簡易なものになるに違いない。そして、公正価値測定の割引率は、もっと慎重なものとなるが、この両者の違いが、いわゆる保守主義と称される部分になるのではないだろうか。即ち、公正価値測定の割引率の方が、不確実性に対してより厳密に対処している。
さて、このシリーズは、3/28の記事で、2つの疑問を提起して始まった。1つは、論文公表時と現時点で、STAP 細胞研究の公正価値に極端な差があるか。もう一つは、いつになったら STAP 細胞研究は、資産計上が認められるかだ。
その後、理研から論文に不正があると公表され、小保方さんから反論の会見がなされた。現時点では、不正かどうかはともかくも、論文に重大な欠陥があり、研究の価値は STAP 細胞があるのかないのかという段階、即ち、仮説の検証段階まで後退してしまった感じだ。そうなると、論文公表段階ではプラスの公正価値、即ち、貸借対照表に載せられるような価値があったものの、現時点では、取消されゼロになったことになる。
この研究は、非常に革新的で社会的にも重要な研究だから、恐らく、貸借対照表上の価値も、大きなものとなっていたに違いない。それが間違いだったということは、上場会社でいえば、重要な内部統制の欠陥があったとして、内部統制報告書で自らの非を公表する状況にある。したがって、上述のような委員会が立ち上がったことは当然の成り行きなのだろう。
では、いつ再びこの研究が資産計上されるか。理研は1年かけて STAP 細胞の存在を検証するとしているので、その結果が出たときが、タイミングなのだろう。現在の論文が撤回され再提出されるのか、差し替えられるのかは分からないが、どちらであっても、なるべく早い方が好ましい。その方が、その後の研究の主導権を維持しやすいし、特許の取得にも有利になり、社会の役に立つのが早まると期待するからだ。
小保方さんに不正があったかどうかの判断とは別に、そこに小保方さんがいた方が良いかという観点も、あるかもしれない。即ち、小保方さんの不正を認めたうえで、その後の研究にも参加させるという選択肢を理研が持つことを指す。但し、それには小保方さんが理研の判断を受け入れ、自分の甘さに対する真摯な反省をすることが前提になる。科学者、特に生命科学のように利用の仕方で恐ろしい結果を生みかねない分野の研究者は、強い責任感・倫理感が必要だ。それは、小保方さんにとっては厳しいことでも、次のような決心をすることだと思う。
意図的かどうかは別として、不正と見做されるような重大なミスをした事実は一生変わらない。しかし、その悪評を、今後の努力と今回学んだ慎重さで地道に挽回する覚悟を持つ。
もしそうなるなら、僕は、小保方さんの勇気を拍手で讃えたいと思う。しかし、今回の論文の杜撰さを考えると、逆に、不正でないとして研究を続けさせることには賛成できない。(部外者の勝手な意見だが。)
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