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2014年8月 6日 (水曜日)

383.修正国際基準(JMIS)の公開草案~OCIリサイクリング

2014/8/6

修正国際基準は、ピュアIFRSに必要最小限の修正をASBJが加えたもの(381. 8/1の記事)であり、その必要最小限に選ばれたのは、のれんの償却とOCIリサイクリングであった。前回(382. 8/4の記事)は、のれんの償却について記載したので、今回はOCIリサイクリングに関して修正を行う“その他の包括利益の会計処理(案)”だ。

 

修正の内容だが、これものれんの償却と同様に、日本基準に戻すイメージとなっている。対象となった項目は以下のとおりで、いずれも、「いったんOCIに計上したものを、特定のタイミングと方法により、純損益へ振替える処理」(=リサイクリング)を追加することが、主な内容となっている。

 

A.“OCIを通じて公正価値の変動を測定すると指定した資本性金融商品”の公正価値の変動 <4>

 

これは従来、日本基準で“その他有価証券評価差額金”として資本直入していた処理に対応するものだが、IFRSではリサイクリングが禁止されるので、減損処理が不要となるが、同時に、売却しても売却損益を純損益に計上することができない。

 

この修正では、減損処理を復活させるとともに(減損時にリサイクリングを要求=減損損失が純損益に計上される)、売却時にもリサイクリングを要求している(売却損益が純損益に計上される)。

 

想像だが、IASBとしては、例えば持合い株式のようなものの事業上の必要性とか、事業目的に対する正当性が納得できず、むしろ、利益の平準化(=スムージング)のような不当な目的に利用されているのではないかという疑いから、売却損益を純損益に計上させていないのではないか(=リサイクリング禁止)と、374. 7/2の記事 376. 7/16の記事へ記載した。

 

これに対して、ASBJは全く違う観点からリサイクリングを正当化している。これは、この公開草案が公表されたために中断している“純損益とOCIシリーズ”のASBJペーパーでの主張と、恐らく共通するのではないかと思われる。この観点については、後述の“結論の背景”の中で記載したい。

 

 

B. 金融負債の発行者自身の信用リスクに起因する公正価値の変動 <5>

 

これは、373. 6/27の記事に記載した、リーマンショック後に欧米の巨大金融機関が計上した不可解な利益計上~信用悪化が利益になる~処理を是正する会計基準(の改正)に関連したものだ。例えば、社債を発行した企業が、のちに信用力を悪化させ社債の市場価格が下落すると、この企業がその社債を公正価値で測定すると指定していた場合は負債の額が減少するので、その分(純損益に)利益計上されるという会計処理が、この当時は行われていた。

 

その後 2010年にIFRSは改正され、信用力の悪化による公正価値の変動部分については、純損益ではなくOCIへ計上するとされた。よって、今では「信用を無くすことで利益を生む」会計処理は行われないとされている。

 

ASBJが修正したのはこの部分ではなく、この“価格が下落した社債”がこの企業のB/Sから消滅する場合、例えばこの社債を市場から買入消却するようなケースで生じる利益の扱いだ。(額面金額から買入金額を控除した残額。価格が下落しているので、額面金額より安価に買入できる。)

 

IFRSはこのような場合でも、なお、リサイクリングを禁止している(資本の部の中で直接利益剰余金へ振替ることはできる)。ASBJはここを修正して、例えば買入消却にリサイクリング(=純損益に計上)を要求した。

 

「5年後に 元本100 円払いますから、お金を貸してください」と言って借りたお金を、自己の信用力が低下したとして、例えば 90 円で3年目か4年目に買入消却すると、貸してくれた人に損害を与えることになる。それを利益計上するというのは、借りる側の倫理観としていかがなものか? それを正当化するような会計処理で良いのか? という意見もある。それでもASBJがリサイクリング(=利益計上)を要求する理由は、上記と同じ“全く違う観点”による。

 

 

C. 退職給付の“確定給付負債又は資産(純額)”の再測定 <6項、第8>

 

ご存じのとおり、確定給付の退職年金制度に係る資産及び負債は、専用の計算技法を用いて毎期現在価値ベースの金額に洗い替えられる(その過程で、勤務費用等の退職給付に関するコストが予定額ベースで計算され、純損益へ計上される)。この洗い替えで発生する損益(=数理計算上の差異等)は一括してOCIへ計上されるが、IFRSではこれに対するリサイクリングが禁止されている。

 

ASBJは、「これでは数理計算上の差異等が純損益に計上されないため純損益の有用性が低下する」として、リサイクリングするよう修正した。リサイクリングの方法は、平均残存勤務年数にわたって期間配分する方法による。

 

 

D. 上記に関連する表示 <7項~第11>

 

詳細は省略するが、例えば、リサイクリングを行うことで資本の部の中で直接の振替を行わなくなった場合に、その振替に関する注記を要求しているIFRSの条項を削除したり、リサイクリングを行うために必要となった“数理計算上の差異等を純損益に振替える年数”の開示などを追加している。

 

 

 

“結論の背景”の“リサイクリング処理の必要性”について

 

“結論の背景”は、次のような構成になっている。

 

最初に簡単に経緯を述べた後、まずこの“リサイクリング処理の必要性”を記載し、その後に上記 AC の個別テーマごとに特有の状況を記述している。

 

これからわかるように、“リサイクリング処理の必要性”には、OCIリサイクリングが必要最小限の「修正又は削除」項目として、のれんの償却とともに残された理由と、我が国の会計基準の基本的な考え方、即ち、日本の主張が記載されている。

 

以下このブログでは、この“リサイクリング処理の必要性”について紹介するが、この後に記載されている各個別テーマの状況については省略させていただく。

 

さらに、この“リサイクリング処理の必要性”の構成をみると、まず、IASBがOCIリサイクリングを禁止している理由を個別項目ごとに紹介し、次にASBJがOCIリサイクリングを必要と考えている理由を記載している。面白いのは、ASBJがIASBの意見に個別の反論をするのではなく、まったく別の観点を提示し、一括して反論していることだ。

 

(IASBがOCIリサイクリングを否定する理由)

 

上記 AC 、及び、有形固定資産と無形資産の再評価モデルに係る再評価剰余金(資本の部のOCIの内訳項目)の計4項目について、IASBの主張を各IFRSの記載に基づいて紹介している。これらについては、すでにこのブログの“純損益とOCI”シリーズに記載したこととダブるが、ここに記載されているIASBがOCIリサイクリングを禁止した理由を簡単に紹介する。(なお、再評価モデルに係る再評価剰余金については、実態資本維持の議論(物価変動会計)もあるので「削除または修正」の対象から外したとされている。)

 

A. “OCIを通して公正価値で測定すると指定した株式等”の公正価値の変動

 

 投資に対する利得及び損失の認識は一度だけとすべき。

 

OCIリサイクリングを行うと、いったんOCIで認識されたものが、再び純損益にも認識されるので禁止。

 

 OCIリサイクリングを適用すると会計基準(や会計実務)が複雑になる。

 

OCIリサイクリングを行うと、金融商品の分類が増えるし、これまでも実務上の問題が指摘されていた株式等に対する減損処理が引続き必要になる。禁止すれば不要になって、財務報告が改善され、複雑性が減少する。

 

B. 金融負債の発行者自身の信用リスクに起因する公正価値の変動

 

OCIに関する統一的な会計処理は、まだ確立していない。ならば、(これに対応しそうな資産側の項目である)A と整合的になる方法が良い。

 

C. 退職給付の“確定給付負債又は資産(純額)”の再測定

 

OCIリサイクリングに関する一貫した方針は確立されておらず、かつ、確定給付負債又は資産(純額)について、リサイクリングするための適切な基礎が識別できていない状況である。

 

D. 有形固定資産と無形資産の再評価モデルに係る再評価剰余金

 

OCIリサイクリングを禁止する理由は、IAS16号「有形固定資産」や38号「無形資産」に記載されていない。

 

これに対するASBJの“全く別の観点からの反論”とは、「純損益は包括的な指標であるべきであり、その他の包括利益に含まれた項目はすべて、その後、純損益へのリサイクリング処理が必要である。」(17項)という“当期純利益観”に基づいている。これは、「財務諸表利用者が企業業績を評価するにあたって当期純利益を最も重視する」となるような当期純利益を計算・開示すべきという考え方、会計観だと思う。(参考までに、これに対応するIASBの考え方を簡単に記載すると、「企業業績や企業価値は財務情報や非財務情報のすべてから判断されるべきもの」となる。詳しくは、363. 5/21の記事をご参照いただきたい。)

 

(1) 将来キャッシュ・フローの見通しと純損益の整合性

 

リサイクリングを行わない項目があると、企業の全生涯を通じたキャッシュ・フローの合計額と純損益の合計額は一致しないこととなる。このようなキャッシュ・フローの裏付けのない純損益では、業績指標としての有用性が低下する。

 

(2) 包括利益では純損益の代替にならない

 

この点、包括利益はキャッシュ・フローの裏付けがあるが、財政状態の観点が重視されている未実現損益などを含む損益であり不確実性が高く、純損益に代わるような業績指標にはならない。

 

(3) この包括利益の欠点をリサイクリング(した純損益)で補える

 

全てにリサイクリングを行えば、包括利益と純損益の企業全生涯に渡る合計額は一致する。(不確実性が十分減少した段階で純損益へリサイクリングする。)

 

(4) このような純損益は、業績評価だけでなく、経営者の受託責任の評価にも有用

 

リサイクリングすることで、すべての取引が純損益に計上されるので、包括的な経営者の評価が行いやすくなる。

 

なるほど~っ! 実に綺麗な論理展開。エクセレントだっ。キャッシュ・フローと結びつかない業績指標、企業の全取引を網羅しない業績指標では、確かに心許ない。という気にさせられる。純損益の会計上の地位向上を図りたいというASBJの思いが、ヒシヒシと伝わってくるようだ。

 

(但し、業績評価や企業価値評価の実際は、“すべての取引”とか“企業全生涯のキャッシュ・フロー”は、あまり意識されないかもしれない。むしろ、過去の実績からノイズを除外することが大事かもしれない。問題は、上記の AC が、その“ノイズ”であるかどうかだ。)

 

 

ということで、今回の公開草案の紹介は以上だが、最後に一つ付け加えたい。それは、この修正国際基準(JMIS)の適用時期とピュアIFRSとの差異を開示するかどうか、及び、開示する場合の方法だ。これについては、「コメントの募集及び概要」の末尾に「修正国際基準が金融庁により制度化される段階で定められる見込みである。」と記載されている。

 

本来であれば、会計基準設定主体であるASBJが決めることだが、このJMISは金融庁の審議会「企業会計審議会」によって導入が提案されたものなので、適用時期(=導入開始時期)や、採用企業数に影響を与えそうな開示コストの問題に関しては、企業会計審議会の判断が必要ということかもしれない。

 

昨年6月までに、すっかり「企業会計審議会」に悪いイメージを持ってしまった僕は、また“決められない”審議が続けられるのではないかと心配だが、しかし、今度はスッキリ決めて欲しい。

 

ちなみにピュアIFRSとの差異に関しては、JMISを日本基準と考えるなら開示は不要と思うが、「JMIS採用企業は実質的なIFRS採用企業」とIASBに認めて欲しいという下心があるなら開示すべきと思う。しかし、いずれにしても会計基準が乱立する状況には変わりはないので、少しでも利用者の負担・戸惑いを軽く・少なくさせようとするなら、差異は開示されるべきだろうと思う。

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コメント

論文試験対策で本質を理解するために日本基準とIFRS等を比較してます。勉強になります。
どうでもいいことなんですけども、大原のテキストではリサイクリングの必要性を実現利益の計算と包括利益の二重計上の防止としています。
リサイクリングしなければ純利益に計上しないのだから、二重計上防止を必要性に挙げるのは論理的におかしいと大原に質問したのですが、会計の本ではそのように書いてあるから試験では間違いなく正解になるとの回答でした。論理的に誤った文章書いて正解もらえるんでしょうかねえ。

会計士受験生さん、コメントをありがとうございます。
その回答、思わず笑ってしまいました。回答されたのは若い先生ですか?

論理的に誤った文章は恐らくダメでしょうね。僕は、試験委員の見解と違っていたとしても、筋の通った意見を記載した方が、点数につながりやすいと思います。でも、”包括利益の二重計上”が論理的に誤っている、と決め付けることもできません。

包括利益は、市場価格の変動で簡単に増えたり減ったりします。それを繰返すことを二重計上と表現しているかもしれませんね。とりあえず、僕はそう思いました。もう少し考えて、何か良い例が浮かんだら、またコメントさせていただきます。

はみだしさん、早速のコメントありがとうございます。
あくまで純利益ありきだから(過年度計上包括利益が純利益に加算されている状態が前提)
2重計上回避が強調されてしまうのかなと考えますが、
まだモヤモヤしますので”会計の本”をさまざま見比べてみてまた考えてみたいと思います。

会計士受験生さん、確かに“二重計上”は、適切な表現・単語なのか悩みますね~。

384-2014/8/8 の記事で紹介した ASBJ ペーパーをもう一度読んでみましたが、直接“リサイクリングの必要性”は記載されてませんでした。でも、会計士受験生さんに役立つかもしれないので、一部を紹介させてもらいます。

・測定基礎が企業の財政状態の報告の観点と財務業績の報告の観点とで異なる場合に、リサイクリングは…発生する…。(P13 第4章:リサイクリング」の46)
・…包括利益と純損益との間の相違は本質的には時点の相違であり、概念上、全会計期間の純損益の累計額は、全会計期間の包括利益の累計額と等しくなるべきである。(P2 要約の第1章の最後の文章)

これは、ASBJの意見ですが、ASBJペーパーはASAFでASBJが世界に対して主張したものですから、権威があります。何か関連する問題が出た場合は、この辺りや定義のところを議論のスタートにし、ご自分の意見を積上げられると良いと思います。

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