440.ソフトバンクのスプリント減損の不計上~検証~減損テストの支配権
2015/2/16 スプリント株式の公正価値とソフトバンクの簿価を比較した表が、文章の流れから浮いていたので、441-2/17(予定) の記事へ移動した。
2015/2/13
月曜の晩、二人で長居したレストランを出ると、夜気が突き刺さるように冷たかった。スマホで気温を調べるとゼロ度。「これでもゼロ度?」と思ったが、ちょっと待った。スマホに温度計がついてるわけではない。ネットで公表されているどこかの計測値を表示しているだけだ。すると、この場所の温度は、本当はもっと低いかもしれない。風の分も考慮しよう。例えば風速5mで湿度30%だと、体感温度で零下10度となる*1。加えて、連れの分も負担したレストランの支払で、懐も急激に寒くなった。僕にとってこの夜気は、恐らく零下20度ぐらいの寒さに匹敵する。
「う~、寒い。いま零下20度だよ」と僕が言った。さて、僕の隣人は、どんな反応をしただろうか?
最初のものは、公表されている客観的な気温だが、この場所特有の条件(=風)が考慮されてなかった。次は、一般的なモデルでこの風の影響を調整した気温、そして最後は、僕固有の感覚でさらに調整を加えた気温。言ってみれば、最初の2つはそれぞれ、レベル1の公正価値(=市場価格を無修正で適用した公正価値)、レベル2の公正価値(=市場価格ベースのインプットで調整した公正価値)に相当する。最後のやつは、どうなるだろう。レベル3の公正価値(=市場価格ベースではないインプットで調整した公正価値)か、それとも、もはや公正価値とはいえないか。
答えは「公正価値とはいえない」だ。なぜなら、最後のやつは、僕の個人的な事情が考慮されているからだ。
公正価値は、基本的には評価対象そのものの価値なので、誰にとっても同じものとなる。そこには取引参加者の個別事情は含まれない。例えば、あるものを1万円で売却するのに、Aさんは電車賃が500円かかるが、Bさんは歩いていけるので無料という場合、その違いは公正価値測定では考慮されない。Aさんにとっても、Bさんにとっても、公正価値は同じ1万円だ。気温でいえば、僕にだけ感じられる懐の寒さは、公正価値を構成しない。
ところで、僕の隣人の反応はこうだった。「あら、意外。もっとお金持ちかと思った。」 僕は凍りついた。不用意な一言で懐具合を見抜かれた。僕の体感温度は、さらに10度ほど下がったようだった。(みなさんも、お気を付けを。)
そういえば、ソフトバンクも、スプリント株式の減損テストで同じような調整を行った。スプリントはニューヨーク証券取引所に上場しているので、株式には相場価格がある。しかし、相場価格をそのまま使用せずに3割上乗せの調整をしてから、減損テストを行った。その調整は支配権の価格を考慮したものだそうだ(437-2/7のロイターの記事)。実は、この支配権の調整が「公正価値測定なのか、それとも公正価値測定以外の(認められた)調整なのか」が、今回のテーマとなる。
詳細に入る前に、前回までの復習をざっとしておこう。
(初回:疑問の提示 437-2/7)
初回は、次の2点を疑問として提示した。
(減損の資金生成単位の見直し)
・ソフトバンクは、連結の見地から資金生成単位を見直し、スプリントの減損を取消しているようだが、この資金生成単位の見直しはやってよいことだったのか。
(減損テストで支配権を考慮)
・ソフトバンクは減損テストにスプリント株式の時価の見積りを使っているが、その時価には支配権(=コントロール・プレミアム)が考慮されている。考慮して良いのか。
(前々回と前回:検討結果とその説明 438-2/9 439-2/11)
2つの疑問のうち、最初のものについて検討結果とその説明を記載した。前々回は A, B について、そして前回は C について記載した。
(検討結果)
A. 今回の処理は、US-GAAPのとIFRSという会計基準の差異によるものではなさそう。
各基準の書き振りを提示しながら説明した。
減損テストは、個別資産ごとに実施可能なものは個別資産が資金生成単位となるが、それができないものは資産グループを資金生成単位とする。資金生成単位は、各基準とも「独立したキャッシュフローを生成する最小単位」というような書き振りであり、内容は概ね同じと思われる。
B. 今回の処理は、親会社と子会社という経営階層の違いで生じたものだと思う(≒連結の見地)。
“連結の見地”というキー・ワードを中心に説明した。
日本基準でもIFRSでも、親会社が連結財務諸表を作成するにあたって、“連結の見地”から減損テストの評価単位である資金生成単位を見直し、減損テストをやり直すケースがある(US-GAAPも同じ)。IFRSは日本基準より“連結の見地”が若干だが広いと思われる。そこに、今回のソフトバンクのケースが入る可能性がある。
C. IFRSにおいてソフトバンクがこの見直しをするためは、以下の条件をクリアする必要があると思う。
・資金生成単位は“判断”されるものであり、そこに不正な意図があってはならない。
・親会社が、子会社が計上した減損を否定できる、経済実態に関わる根拠を持っていること。
僕は、“進行中のM&A”のようなケースで実現可能性がありそうなら、根拠になり得るとした。概念フレームワークの資産の定義に照らすと既に進行中であることが必須だ。それが目的適合性や実態の忠実な表現につながると僕は考えている。
以上のうち、茶色の太字にした2つ目の疑問が今回の範囲だ。
ということで、今回は、減損テストにおいて支配権を考慮して良いかどうかを検討する。そのために、IAS36号「資産の減損」の関係する規定をもう一度おさらいしよう(IAS36.6)。
減損損失とは、資産又は資金生成単位の帳簿価額が回収可能価額を超過する金額をいう。
回収可能価額とは、資産又は資金生成単位の処分コスト控除後の公正価値と使用価値のいずれか高い金額をいう。
要するに、簿価が、以下のいずれか高い方を上回っている場合は減損損失を計上する。
・処分コスト控除後の公正価値(=公正価値-処分コスト)
・使用価値
(これについて、437-2/27 の記事で間違った箇所を参照してしまったので、訂正しました。)
今回、ソフトバンクは“処分コスト控除後の公正価値”を選んだ。公正価値はIFRS13号「公正価値測定」に規定されているが、IFRS13号では、相場価格のあるものについて支配権を考慮することを認めていない(IFRS13.69)。そこで問題になるのは“処分コスト”だ。もし、処分コストが支配権を含む概念であれば、“処分コスト控除後の公正価値”に支配権を考慮したソフトバンクの処理は正当化される。
みなさんは、「処分コストに支配権? 含むわけないでしょ。」と思われると思う。僕もそう思う。でも念のために調べてみよう・・・。
むむっ、まさか、こんな記述があるとは!!
大口保有要因は、企業が資産又は負債についての取引をどのように行うのかに左右されるという点で、取引コストに概念上類似している。(IFRS13.BC157の一部)
ここで大口保有要因とは、この記述の手前にある BC153 のなかで、支配プレミアム(=支配権による上乗せ)を含むものとして扱われている。そして取引コストは、もっと手前の BC60 で、資産の売却時に生じるコストとされている。以上を考慮すると、上の記述は次のように読める。
大口保有要因(支配権を含む)は、処分コストに概念上類似している。
しかし、“類似”といってるのであって、“含まれる”といってるわけではない。恐らく、似ているところと、異なるところがあるのだろう。それは何か。
まず、似ているところを見てみよう。取引コストに関する記述と、支配権に関する記述(この BC157 の前の BC156 )を読むと、両者とも、冒頭の気温の話と同じ議論をしていることが分かる。
取引コストの記述(IFRS13.BC61 の一部):
一部のコメント提供者は、取引コストは資産又は負債に関する取引を行う際に不可避なものであると述べた。しかし、IASBは、取引コストは個別の企業がどのように取引を行うかに応じて異なる可能性があることに留意した。したがって、IASBは、取引コストは資産又は負債の特徴ではなく、取引の特徴だという結論を下した。
表現を平易にすると、次のようになる。
公正価値は、資産又は負債の特徴に基づいて測定される。しかし、取引コストは、取引する企業や取引の状況で異なるので、取引の特徴である。(=取引コストは、公正価値測定の要素ではない。公正価値の見積りには含めない。)
支配権の記述(IFRS13.BC156 の一部):
両審議会の考えでは、規模が資産又は負債の特徴であることと、規模が企業の保有の特徴であることとの間には相違がある。したがって、両審議会は、大口保有要因は後者を含んだものであり、公正価値測定においては関連性がないことを明確にした。
両審議会とは、IASBとFASBのこと。これも表現を平易にすると、次のようになる。
支配権の有無は、資産の特徴ではなく企業の特徴(=保有状況)なので、公正価値測定では考慮しない。
即ち、両者とも、資産の特徴ではないという理由で、公正価値測定では考慮されないとしている。
次に、異なるところを見てみよう。これは、支配権に関してのみ記述がある(IFRS13.157 と 158)。パラグラフにまたがった記述であるうえに、それぞれが長い。引用すると冗長になり過ぎるため、僕の勝手な要約・意訳のみで勘弁いただきたい。興味のある方は、直接これらのパラグラフを参照願いたい。
上記にも関わらず、以下の両方を満たす場合は、公正価値測定にプレミアム(支配権を含む)やディスカウントを考慮する。
・市場参加者が、プレミアム(支配権を含む)やディスカウントを考慮する場合
・レベル2やレベル3の公正価値測定の場合
ここでは、公正価値測定は資産の特徴に加えて、会計単位(=一挙に大量に取引されるか否か)も、考慮すべきとされている。しかし、企業が株式等を大量保有していても、通常は、それを一挙に大量に売却するとは想定されない。特にレベル1の場合は、活発な市場の価格が最も信頼性が高いとされている。
以上を総合すると、支配権は資産の特徴ではないため、通常は公正価値測定で考慮されないという点で取引コストと同じだが、一括して大量に売却する場合は公正価値測定で考慮されるという点で、取引コストと異なるということになる(但し、レベル1以外)。したがって、支配権は、取引コスト(処分コストを含む)より、むしろ、公正価値測定の要素に近い。
ということであれば、レベル1の場合でも、処分コストを考慮できるケース(=減損テスト)に支配権を考慮することは、問題なさそうだと思われる。即ち、ソフトバンクが、子会社であるスプリント株式をすべて処分する仮定で将来キャッシュフローを見積るのだから、減損テストで支配権を考慮しても問題ないと考えられる。
さて、また冒頭の気温の話に戻るが、取引相手と、大量売却という条件を共有した場合、その条件は公正価値測定にも考慮されることが分かった。では、僕の懐具合が隣人と共有されている場合、即ち、隣人が妻だった場合はどうだろうか。冷え込みの感じ方に多少の個人差はあるかもしれないが、まあ、同じぐらいだろう。これなら、零下20度は、レベル3の公正価値といえそうだ。すると、「あら、意外。もっとお金持ちかと思った。」は、妻のジョークだ。逆に笑顔がこぼれて心も温まる。体感温度は、もう少し上がるかもしれない。(どちらにしても、作り話だが。)
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*1 次のHPで気温0、湿度30%、風速5mで計算すると、体感温度は-9.6度になる。ke!san 体感温度
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不勉強でしっくり来ないのですが、連結対象であるスプリントの商標権等の固定資産の減損判定において、固定資産の公正価値ではなく、株式の公正価値を用いているということでしょうか。
連結と個別でグルーピング単位が異なり得ること、株式の公正価値算定に支配権プレミアムを考慮し得ることはそれぞれイメージ出来たのですが、なぜ株式の公正価値が連結子会社の固定資産の減損判定に影響するのか理解が及んでおりません。ご教授頂けますと幸いです。
投稿: daito | 2015年2月16日 (月曜日) 22時09分
daito さん、質問をありがとうございます。もしかしたら、ブログをやられてますか? 楽しまさせていただいてます。
確かに、その点、欠落してました。失礼しました。
“資金生成単位=会社全体” の場合は良く使う手なのですが、説明はちょっと複雑になりそうです。そこで、もう1回、追加の記事を書くことにしました。できれば、2/18にアップロードしたいと思います。とりあえず概略は・・・
・流動資産+固定資産-負債=純資産
・企業評価額=使用価値+流動資産-負債(使用価値は、基準日以降の使用で獲得するキャッシュフローの現在価値なので、基準日に既に計上されている流動資産や負債は考慮されていません。その分を調整しないと企業全体の価値になりません。)
この関係を利用すると、この件のように時価総額で減損テストができるんです。詳細後日、ということで、ご了解をお願いします。
投稿: はみだし | 2015年2月17日 (火曜日) 07時39分
はい、一応ブログ書いております。会計士なのに理解が及ばずお恥ずかしいです。時価総額から逆算で使用価値を算出したりするのですね。。。
しかし次は、使用価値に支配権プレミアムが含まれそうな所が消化出来ず、また思考ストップです。続編楽しみにしております。
投稿: daito | 2015年2月17日 (火曜日) 21時22分
やはり。(o^-^o)
最近、再開されましたね。また、楽しみにしてます。
この件は、確か、先輩に教わったのだと思います。ただ、何の機会だったかが思い出せません。減損会計というより、財務分析に使っていたような気がします。特定の業務の必要があって、たまたま、知ってたに過ぎませんよ。
やはり、支配権の説明は分かりにくいですか? ん~。一言で書くと、IAS36には、“処分価値=公正価値-処分コスト” で計算せよと書いてありますが、IFRS13の結論の根拠では、処分価値に処分コストを含めてよいなら、支配権を含めるのは問題ないと読める、ということです。
公正価値は、レベル1だとプレミアム(支配権を含む)を考慮することはできません。レベル2以下だと、一括で売却する仮定が実態に則しているなら、考慮することが可能です。これは、僕の想像では、活発な市場がある場合は、一括で売却する仮定が実態に則することがレアだから、という理由ではないかと思います。
確かに、レベル2やレベル3の株式(=未公開株式)は、少量ずつ小分けに取引されるより、一括で取引される機会の方が多そうですね。それに比べると、レベル1の株式(=上場株式)は、少量ずつならいつでも取引可能ですが、プレミアムが付くような大量な取引は、それを望む相手が現われない限り、行えません。これは、プレミアムが株式の性質というより、取引の固有事情によるものということですね。
一方、取引コスト(処分コストを含む)は、どの場合でも、公正価値の見積り要素として考慮されません。それは、取引コストが取引対象固有の特徴というより、取引者固有の事情によるものなので、取引者ごとに異なるからです。そういうものは、公正価値を構成しません。
このように考えると、資産測定の要素に適するのは、“公正価値>プレミアム>取引コスト” の順になると思います。ということで、IAS36は、「処分コスを差引いた公正価値」で、処分価値を計算せよと、取引コストの考慮を強制しているのですから、プレミアム(支配権を含む)を考慮することは許されるように思います。
投稿: はみだし | 2015年2月18日 (水曜日) 07時33分
続編&コメントありがとうございます。
支配権プレミアムに関しては、はみ出しさんの説明は分かりやすかったのですが、そんなルールで良いのかっていうところで引っかかってしまいまして。それをきっかけに監査法人の解説記事も読み、良い勉強になりました。
IASBで議論になってるんですね。下記リンクによると近い将来プレミアムを考慮出来なくなるのでしょうか。
http://www.shinnihon.or.jp/services/ifrs/issue/ifrs-developments/2014-09-02-90.html
これからも楽しみにしてます。
投稿: daito | 2015年2月18日 (水曜日) 23時03分
daitoさん、そうですね。
“あるものは測定する。自己創設のれん以外は”というのが、IASBに対する印象でしたが、レベル1のプレミアムは新しい例外になりそうですね。
投稿: はみだし | 2015年2月19日 (木曜日) 07時03分