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2015年2月

2015年2月26日 (木曜日)

445.【リース'15/2】新基準、今年中にリリースの予定

2015/2/26

このところ、適切なタイミングを逸した延びたラーメンのような話題続きで申し訳ないが、今回は違う。昨日、eIFRSのアラート・メールで届いたばかりのホットな話題、“Definition of a Lease (February 2015)”だ(IASBのホームページのリース・プロジェクトのページに掲載されている18ページの小冊子)。

 

リースについては、IASBとFASBの共同プロジェクトとして新基準を開発中だが、すでに 2009 年にディスカッション・ペーパーが公表され、その後、公開草案も2回(20102013)公表されている。このブログで最後に扱ったのは 2014/5/6の記事“361.【リースED】基準改定の途中経過~20143月の暫定決定”で、2013公開草案に対して寄せられたコメントを受けて、公開草案の内容が大幅に変更されそうな状況を紹介した。

 

いよいよ、IASBとFASBは数か月のうちに審議を終わらせ、IASBは今年中に新基準をリリースしようとしている。この“Definition of a Lease (February 2015)”は、IASBのスタッフが新基準の核心となる「資産計上の対象となるリースとは何か」について、審議の様子を踏まえて、現段階の状況でまとめたものらしい。それをちょっと覗いてみようというのが、この趣旨だ。

 

但し、残念ながら、以下の制約があるので注意してほしい。

 

・この内容についてIASBは関知していない。あくまでスタッフが作成したものに過ぎない。

 

・英語なので、それでなくても僕の乏しい理解力が、さらに低下する。それをみなさんがご覧になる。

 

「それじゃ、読む意味ないじゃないか!」と、怒りのあまり、壁をドツキたくなるかもしれないが、心を大らかにして、ご容赦願いたい。

 

壁ドンは ダメよダメダメ ブログでしょ!! …“火に油”だろうか?

 

 

さて、とりあえず今回は全体像をざっと見ることにしたい。以下に、大見出しを紹介する。

 

What is a lease?(リースとは?)

 

- リースとは、賃料と引換えに、一定期間ある資産を使用する権利を顧客に与える契約。顧客はその特定の資産について、その期間独占的な使用権を持ち、用途を決定することができる。

 

Services are not brought on balance sheet(サービスは資産計上されない)

 

- サービスの会計処理は何も変わらないこと(他の基準で規定される)、及び、1つの契約にリースとサービスの両方を含む場合は、サービス部分は資産計上されないとしている(但し、サービスがスモールな場合は、すべてを一括で資産計上する方法も容認される。奨励はされてない)。

 

Redeliberations of the 2013 ED definition proposals2013ED 以降の再審議状況)

 

- 受取ったコメントの概略と、それらに対する対応の概略が記載されている。

 

Summary of decisions made about the definition of a lease during redeliberations(リースの定義に関する審議結果の要約)

 

- 仮決定された事項の要約がリストアップされている。2013ED からの簡単な変更理由も記載されている。

 

Examples(設例)

 

1 Retail rental contract(ショッピングセンターのテナント契約)

 

2 Airport concession(空港運営事業者とのテナント契約)

 

3 Truck rental contract(冷蔵トラックの賃借契約)

 

4 Oil tanker contract(タンカーの賃借契約)

 

5 Outsourcing agreement(製造委託契約)

 

6 Telecommunications contract(通信回線契約)

 

 

議論の焦点は、リースとサービスの区分に集中しているようだ。これは「資産か、費用か」という意味ではない。当然ながら、サービスでも前払で未経過のものや未払いで経過しているものは、資産や負債に計上される。それより「有形固定資産(に近い)かどうか」というイメージで眺めた方が良いと思う。

 

ざっと見ただけだが、いくつか突っ込むべき壁がありそうだ。特に細かいところに色々疑問が湧いてくる。しかし、これは要約なので、細かい部分に熱くならないで、全体のイメージを把握することが重要だろう。それに気を付けて、次回から各大見出しの個別の内容へ入りたい。

 

壁ドンは ダメよダメダメ 細かいでしょ!! …全然、面白くない。(T_T)

2015年2月24日 (火曜日)

444. ASBJら、のれんの償却再導入に関するフィードバック・ステートメントを公表

2015/2/24

すでに、20日も前のことで恐縮だが、ASBJ(企業会計基準審議会)・EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)・OIC(イタリアの基準設定主体)(=この3者を“リサーチ・グループ”と呼ぶ)は、今月4日、2014/7/22 に公表したディスカッション・ペーパー「のれんはなお償却しなくてよいか―のれんの会計処理及び開示」に寄せられたコメントをまとめたフィードバック・ステートメントを共同で公表した。

 

ASBJEFRAG及びOICが、ディスカッション・ペーパー「のれんはなお償却しなくてよいかのれんの会計処理及び開示」に寄せられた回答に関するフィードバック・ステートメントを公表(ASBJのHP)

 

昨年7月22日に公表されたディスカッション・ペーパーに関しては、このブロクでもお伝えした(3792014/7/28)。そこでは、のれんに償却制度を再導入するのが適当と結論付け、さらに、のれんの減損テストの改善、開示の改善、無形資産の会計処理にも言及している。

 

このディスカッション・ペーパーに寄せられたコメントから、リサーチ・グループが読み取った事項について要約されているが、それをさらに、僕流に要約すると次のようになる。

 

・大半1のコメント提出者は、“償却再導入+減損テストの改善”に同意したが、“のれんの最長償却期間をIASBが示すべきか否か”については、意見が分かれた。

 

・少数1のコメント提出者は、「償却モデルに意味はない」と、減損のみのアプローチを支持した。

 

・多数のコメント提出者は、もし、償却再導入となる場合は、耐用年数を確定できない無形資産にも同様の償却と、現行ののれんと無形資産の厳格な区別についての見直しを求めた。

 

本フィードパック・ステートメントは、上記ディスカッション・ペーパーに寄せられたコメントの正式な記録であり、上記リサーチ・グループを構成する3者のインプットとなる、としている。

 

 

以上が、このステートメントの概略だ。以下は、僕の感想を記載させていただきたい。

 

 

・現実的な解決策

 

減損のみのモデルを支持した 1 名のコメント提出者は、償却に賛成する概念的な議論もあり、最善の解決策は、被取得企業のその後の業績に関する情報を提供することであろうと指摘した。P8

 

僕は償却アプローチ支持者だが、このコメントには(当初)ガッテンだった。要は、重要なのは投資が回収できるかどうかの見通しなので、これについてもっと豊富な財務情報を読み手に提供しよう、ということだろう。そうすれば、読み手に誤解を引起す可能性を、低めることができそうだ。

 

しかし、良く考えてみると、いくら情報を増やしたとしても、経営者と同等の質と量は望めない。圧倒的に経営者が多くの良質の情報を持っている。先週まで、このブログで記載していたソフトバンクの件を振返ってもそうだ。

 

スプリントの財務情報は、スプリントが上場会社なので“その後の業績に関する情報”は豊富に提供されている。そのスプリントが自ら減損を計上したのに、ソフトバンクはそれを取消した。その本当の理由は、随分考えてみたものの、僕には分からなかった。やはり、“その後の業績に関する情報”だけでは、十分ではない。やはり、これだけで減損のみモデルを支持する気持ちにはなれない。

 

とはいえ、“その後の業績に関する情報”は、確かに重要だ。注記でもよいので、回収が順調だとか、順調ではないが回収軌道に乗せられる戦略と見通しがあるとか、経営者の判断を書いてもらえれば心強い。間違っても“会計基準のせい”にはしないでもらいたいと思う。(くどいが…)

 

 

・耐用年数の見積り

 

大半のコメント提出者は、見積耐用年数にわたるのれんの規則的な償却におおむね同意した」とのことだが、その耐用年数の決め方、規定の仕方については、大別すると、次のような意見があったという。

 

・最長の償却期間を示した上でのれんを償却

・最長の償却期間を示さずのれんを償却

・償却期間をどのように決定すべきかを示した上でのれんを償却

 

これには、“のれん”が何であるか、どういう経済的効果があるか、なぜ減価するのか、などという会計的な基本事項にも関係者の合意形成ができていない状況が反映されている。実際は、「これは回収できる」、「これだけの価値がある」との経営者の判断があって投資が決まる。しかし、この判断の内容が十分言語化・分析されていない。のれんは、計算式のような定義の文章は作れても、本質がまだ理解されていないということだと思う。

 

ちなみに、この問題に関する僕の意見は以前記載した通り(2013/1/10 の記事など)、のれんは人の要素を現わしたものと思うが、このステートメントでは、そういう意見は皆無だった。(T_T)

 

 

・減損テストの改善

 

多数のコメント提出者は、IASB がのれんの償却の要求を再導入する場合には、のれんの減損テストの目的適合性が大幅に減少し、したがって、ガイダンス及び開示の改善の必要性は大幅に減少するであろうと強調した」そうだ。確かにそうだ。

 

それでも、多数のコメント提出者は、IAS 36 号「資産の減損」のガイダンスには改善の余地があるというリサーチ・グループの予備的見解に同意した」という。

 

ん~、この書き出しは、どんな改善提案があるのだろう、と期待させる。しかし、僕が期待していた内容のものはなかった。僕がピンボケしているのか? やはりそうか?

 

僕の期待は、M&Aの時に期待していたシナジーの内容を明確にしておく要求と、そのシナジー効果の実績管理を要求することだった。まあ実際は、M&Aの時点で、買収する会社の内容を正確に把握できるとは限らないので、M&Aのあとの暫くの期間は、シナジーの内容を変更してもよいと思う。しかし、正確に把握した結果、「高い値段で買い過ぎた」ということになれば、その時点ですぐその分を減損してほしい。そうではなく、「これなら十分なシナジー効果を期待できる」ということであれば、それを実現する計画を立てて、実績管理してほしい。それを減損テストに生かせるようにしてほしい。

 

もし、ソフトバンクがスプリントを買収したとき、シナジー計画に“Tモバイル買収による(トップ2に迫る)規模の拡大”があったとすれば(これを開示しないとしても)、Tモバイルの買収を断念した時点で減損損失を計上していた可能性が高かっただろう。その方が分かりやすい。

 

ところで、IAS36号「資産の減損」には、使用価値を見積る際の将来キャッシュフローの見積りに含めて良いもの、悪いものを次のよう規定している。

 

・資産の性能の改善・拡張は含めない。2

・資産の日常的な保守であれば含める。3

 

これについて、のれんの“シナジー効果で構成される部分”についてはどう考えるのだろうか。それが明確でない。「いや、明確だ。ここに書いてある通りにやれば良い」というなら、シナジー効果を将来キャッシュフローに見込むことは、かなり厳しくなる。日常的な活動だけでシナジー効果の成果が得られるなんて、そんな理想的なM&Aはなかなかない。実際にはM&Aのあとに色々追加投資(人材投資を含む改善・拡張投資)をやって、ようやく、のれんの回収が見込める経営体制になるケースの方がほとんどだと思う。その場合、この規程では将来キャッシュフローに、シナジー効果を見込めないことになりかねない。

 

それでものれんが計上され続けるのは、のれんが“期待”という資産だからだ。物理的・法的には何もないが、シナジー効果を成果として獲得できる期待は高い(だから、プレミアムを払った)。元々そういう性質の資産だから、“資産の性能の改善・拡張”であっても“期待の現状維持”にすぎない。

 

しかし、限度はあるに違いない。期待の中身が変化してもよいのだろうか。変化して良いとしたら、どこまで許されるのか。例えば、Tモバイルの買収がダメでもB案があれば良いのだろうか。その限度がよく分からない。

 

上述したように、のれんはまだ内容が良く解明されていない資産だ。おまけに“期待”という管理が難しいものからできている。だから、少なくとも計画という形で管理可能な姿にすべきだと僕は思う。それで、ようやく、減損テストがやれる条件がそろうのではないか。

 

 

・処分価値にプレミアムを考慮させないようにすべき(市場価格のある株式)。

 

これは、まさにソフトバンクが子会社スプリントが計上した減損を、ソフトバンクの連結財務諸表で取消したときに使った方法を禁止しようとするものだ。ソフトバンクは、支配権(プレミアムの一種)を考慮し減損を回避した。

 

これについては、4402/13 の記事に、このブログの読者の方からコメントを頂いた。その方は、規定の解釈論ではなく本質論として「支配権を考慮して良いのか」と疑問を感じられたようだが、その疑問の通り、流れは禁止の方向へ向かっている。このステートメントでも、そういう意見が紹介されているし、IASBも、禁止する公開草案を公表していて、ASBJもそれに賛成しているようだ(IASB公開草案「子会社、共同支配企業及び関連会社に対する相場価格のある投資の公正価値での測定」に対するコメント(2015.1.14)。

 

ただ、僕には腑に落ちないこともある。

 

・なぜ、相場価格のある株式(レベル1)だけが禁止されるのか。

・M&Aのうわさや報道で買収される会社の株価が上昇することは良くあるし、TOB価格はその時点の相場より高い値段が設定される。それは、無視して良い現象なのか。プレミアムは現実に存在するのではないか。

 

IASBは、概念フレームワークのディスカッション・ペーパーで、資産の定義と認識基準の変更を提案している。そこでは、資産は経済的便益を生み出す能力があるものとされており、そういう能力があれば資産として認識するとしている(それをどう評価するか(100%0%)とするかは測定規準として、各個別基準で決めるとしている)。

 

現実に存在するプレミアムという経済的便益を生むものが、一律に測定しないと規定されれば、現実の中で決断を強いられる経営はやりづらくなる。財務情報の読み手にしても、現実に起こりうるを無視される点、同じだと思う。確かに客観的で確実性の高い見積りは難しいのかもしれないが、実態として存在が認められる場合は(例えば、過去数か月以内にそのようなオファーがあったなどの場合)、測定の対象にしてもよいような気がした。

 

 

さて、IASBも、のれんを償却するか否かの検討を始めると報道されているが、日・欧が、概ね償却に賛成し、米国でも非上場会社については既に償却制度があり、上場会社へも適用を広げる検討されているという。IFRSでも、償却制度が再導入される可能性が高まってきた、と考えて良いのかもしれない。

 

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1 P7 のグラフでは、次のようになっている。

・のれんの償却アプローチを支持  66% ・・・作成者やその企業団体が多い。

・両方のモデルをさらに検討すべき 24%

・減損のみのアプローチを支持   10% ・・・主に利用者。

 

“のれんの償却アプローチを支持”というのは、取得したのれんのコストをその消費期間に配分することに合理的な意味を認めたという積極的な支持から、“減損のみのアプローチ”よりはマシというコメントまでを含んでいるようだ。それに対して“両方のモデルをさらに検討すべき”というのは、償却アプローチも、減損アプローチも、まだ、見解を統一できるほど研究が進んでいないとか、実務に十分耐えうる域に達していないとか、さらにはこの2つのアプローチに限定できないなどのコメントがあったという。

 

2 資産の性能を改善又は拡張することとなるキャッシュ・アウトフローが企業に生じるまで、将来キャッシュ・フローの見積りには、当該キャッシュ・アウトフローに関連する経済的便益の増加から生じると見込まれる将来キャッシュ・インフローの見積りは含めない(IAS36.48)

 

3 将来キャッシュ・フローの見積りには、現在の状態での資産から生じると見込まれる経済的便益の水準を維持するために必要な将来キャッシュ・アウトフローを含める。資金生成単位が見積耐用年数の異なる資産で構成されていて、そのすべてが当該単位の継続的な営業に不可欠なものである場合には、耐用年数が短い資産の取替えは、当該単位に関連するキャッシュ・フローを見積る際に、当該単位の日常的な保守の一部とみなされる。同様に、単一の資産が見積耐用年数の異なる構成要素で構成されている場合には、耐用年数が短い構成要素の取替えは、当該資産が生成する将来キャッシュ・フローを見積る際に、当該資産の日常的な保守の一部とみなされる。(IAS36.49)

 

 

2015年2月19日 (木曜日)

443.【番外編】中国監査問題、課題を残しつつも決着

2015/2/19

もう、2週間も前の話で恐縮だが、一応顛末を報告したい。この件、すでにご存知の方も多いと思うが、以下のとおりの内容で、4大監査法人(=Big4)と SEC は和解した1

 

Big4 の中国部門それぞれが、50万ドルを SEC(米国証券取引委員会)へ支払う。

 

SEC Big4 の中国部門に命じていた半年間の米国上場企業の監査禁止措置は(発効前に)解除。

 

Big4 は、4年間で、SEC の書類提出要請に対応するための具体策を講じる。

 

中国が中国企業の監査調書を国家機密として扱っているため、監査法人が中国の同意なしに SEC へ監査調書を提出すると、中国の国家機密法を犯すことになる。監査法人は、SEC 2012年に不正会計が疑われる中国企業の監査調書の提出を求めた際に、このことを理由に拒んでいた2

 

もし、SEC の監査禁止措置が発効されると、90を超える中国企業が直接の影響を受けるところだった。また、中国で事業展開する米国の多国籍企業にも、影響が心配されていた3

 

しかし、“書類提出要請に対応するための具体策”って、なんだろう? 

 

中国企業って、やはり、国家機関の一部なのだろうか?

 

ちなみに僕は、(米国政府と同様に)HUAWEI の通信機器を使わないようにしている。そして、Baidu も。でも、lenovo は使うかもしれない。やはり、良いものは良い。

 

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1 WSJ 2/7 「4大会計事務所、中国企業の監査めぐりとSECと和解」

2 REUTERS 2/7 「4大会計事務所、米SECと和解 中国企業の不正会計問題で」

3 WSJ 2/5 「米SECと4大会計事務所、中国監査めぐり和解間近」

WSJの記事には、有料と無料がある。REUTERSはすべて無料。

 

ちなみに、この問題を最初に報じた記事には、次のようなものがある。

 

中国当局、4大会計事務所への罰則めぐり米SECと協議 WSJ 2014/1/26

米国市場上場の中国銘柄が急落、会計の透明性めぐる懸念嫌気REUTERS 2014/1/24

米会計事務所の中国業務禁止、商業会議所が外交解決求めるREUTERS 2014/1/24

中国証監会、米会計事務所めぐるSECの禁止決定に「大変遺憾」REUTERS 2014/1/24

2015年2月18日 (水曜日)

442.ソフトバンクのスプリント減損の不計上~補筆~なぜ、固定資産の減損テストに子会社株式の公正価値を使うのか

2015/2/18

このシリーズは、前回(4412/17)終了するつもりで“あと書き”とした。しかし、その原稿を書き上げたタイミングで、読者から大切なポイントを突いた質問があることに気が付いた。その質問は、すっぽり僕の記述から抜け落ちており、しかも、議論の前提として欠くべからざる内容を問うものだったので、丁寧な説明が必要と考え、この記事を追加することにした。ただ今回は、いつもに増して、理屈っぽい。

 

(テーマ)

 

ソフトバンクは、スプリント事業の固定資産およびのれんの減損テストのために、スプリント株式の取得価額と市場評価額の持分相当額(+支配権)を比較した。

 

しかし、通常なら、固定資産やのれんから獲得される将来キャッシュフローの現在価値を計算するか、固定資産やのれんの売却価値を計算するのではないか。株式の市場評価額なんぞでスプリント事業の固定資産とのれんの価値が下がっているかどうかが分かるのか?

 

これはもっともな疑問だ。確かに、株式市場が固定資産やのれんに焦点を当てて会社を評価しているとは思えない。単純に、純資産と市場評価額を比較するというなら意味は分かるが、これで固定資産やのれんを評価できるのか? そう思われた方は多いかもしれない。

 

しかし、ソフトバンクが採用したこの方法は、簡便法ではあるものの、減損テストの単位(=資金生成単位)が、対象となる会社全体である場合には、通常の固定資産やのれんの売却価値を計算する方法と、概ね同じ効果が期待できる(簡便法だから、正確に減損損失の算定まで行うのは難しいかもしれない)。そうなる理由を説明したい。

 

 

まず、理屈っぽくならないよう、直感的な説明を試みたい。

 

減損会計は、投資額を十分回収できる見込みがあるかどうかを確認する手続だ。子会社全体が資金生成単位の場合、親会社の投資額は子会社株式の取得価額であり、売却することでそれを上回る対価が得られるのであれば、投資額を全額回収できる。したがって、企業評価額(=売却額)を利用する方法は、簡便法ではあるが、減損が生じていないことを、概ね、確認できる。これが今回のソフトバンクのケースだ。

 

 

以上の説明で十分という方は、この先へ進まなくてもよいかもしれない。「いや、全然しっくりこない」という方は、申し訳ないが、ちょっとややこしいことを覚悟して、続けてお読みいただきたい。では、この企業評価額を利用する方法が、のれんや固定資産を抜き出して評価する通常の手続と、概ね、同じ効果があることを説明する。

 

もし、買い手がこの子会社を50と評価した場合、50は次のように分解される(単純化している)。

 

50=60+10-20

 

60:子会社の事業から得られる将来キャッシュフローの現在価値(≒買い手の使用価値)

10:基準日時点の子会社のB/Sに計上されていた流動資産の現金流入額

20:基準日時点の子会社のB/Sに計上されていた負債の現金支出額

 

即ち、企業評価額=使用価値+流動資産-負債  …①

 

使用価値は、基準日以降に固定資産の使用により見込まれる将来キャッシュフローの現在価値。この将来キャッシュフローには、基準日以降の事業活動の成果が見積もられる。基準日以前の事業活動の結果、基準日時点ですでにB/S計上されている流動資産や負債から生じる現金の動きは含まれていない。したがって、これらを加味して、企業評価額となる。

 

みなさんご存じのとおり、「純資産=流動資産+固定資産-負債」なので、この式の両辺を①の両辺からそれぞれ引いて整理すると、次の式が得られる。

 

企業評価額-純資産=使用価値-固定資産  …②

 

この②式の右辺は減損テストの式だ。すると、企業評価額がこの会社の純資産を上回る限り右辺もプラスになるから、(資金生成単位がこの会社全体である場合は)固定資産に減損は生じていないことになる。(この会社に資金生成単位が複数ある場合は、単位ごとにそれぞれプラスもあれば、マイナスもありえる。したがって、この式では頼りがいのある減損テストにならない。)

 

親会社から見ると、「子会社株式簿価=取得時の純資産+のれん」なので、この式の両辺を②式の両辺からそれぞれ引いて整理すると次のようになる。

 

企業評価額-子会社株式簿価=(使用価値-固定資産-のれん)+(純資産-取得時の純資産) …③

 

すると、左辺の企業評価額が子会社株式の簿価を上回っていれば右辺もプラスだから、買い手が見積もった使用価値が、固定資産とのれんを上回っていることになる(但し、純資産が取得時から増えていない場合。スプリントは赤字続きだから増えていないと思う)。したがって、企業評価額が子会社株式簿価を上回っている限り、スプリントの固定資産とのれんに減損は生じていないことになる。ソフトバンクは、これを減損が生じていない根拠とした。

 

 

実は、このような、企業評価額と固定資産の減損を関連付ける考え方は、日本基準やIFRSにも見られる。ただ、ソフトバンクのように「減損がないことを確認する方法」ではなく、減損の兆候を示す例として出てくる。僕が知っている範囲では、次の規定がある。

 

(日本基準)

 

減損会計適用指針76

 

被取得企業の時価総額を超えて多額のプレミアムが支払われた場合」が、減損の兆候とされるケースがあるとされている。これは、企業評価額(=被取得企業の時価総額)と子会社株式の簿価(≒多額のプレミアム+取得時の純資産)を比較する考え方なので、上記の③式に当たる。

 

(IFRS)

 

IAS36号「資産の減損」12.(D)

 

減損の兆候の例として「報告企業の純資産の帳簿価額が、その企業の株式の市場価値を超過している」が挙げられている。これは、ちょうど、上記の②式に当たる。

 

 

今回は、理屈っぽいものをそのまま理屈っぽく記載した。何か良い比喩でも使えれば、と思ったが、思い浮かばなかった。それに、下手に比喩を使うと、余計に分かりにくくなる。例えば、4402/13 の記事では、公正価値や処分価値の見積りに関して“気温”の比喩を使ったが、不評だったようだ(アクセス数が少なかった。僕は気に入ってたのだが・・・)。というわけで、今回はこれで勘弁願いたい。

2015年2月17日 (火曜日)

441.ソフトバンクのスプリント減損の不計上~あと書き

2015/2/17

このニュースを目にしてから、IFRSやUS-GAAPを読んで、2時間ぐらいで大筋が見えた。「よし、やれる」と思って始めたが、この時点では、4回も重ねる長い記事になるとは思ってなかった。もっと簡単だと思っていた。しかし、長い記事になったお陰で、IFRSのこと、ソフトバンクのことを色々考えることができた。今回はそれらを書き足したい。下記の事項だ。

 

・ソフトバンクが“会計基準の相違”を理由にしたことの意味

 

・減損テストで、“使用価値”ではなく、“処分コスト控除後の公正価値”を使用したことの意味

 

・僕は、ソフトバンク株を売らないと決めたこと

 

 

(ソフトバンクが“会計基準の相違”を理由にしたこと)

 

ソフトバンクは、“US-GAAPとIFRSの相違”を挙げた。僕は、そうではなく“連結の見地”による資金生成単位見直しの結果だとした。さて、どっちだろう。

 

もちろん、みなさんが信じるべきは、“US-GAAPとIFRSの相違”の方だ。僕は、US-GAAPにも疎い。しかし、そうであれば、僕はブログを訂正すべきだ。しかし、訂正しなかった。なぜだろう。自分でも、はっきり理由が分かっているわけではない。とにかく、それも考えたがそうしなかった。

 

それでも強いて言えば、理由が2つある。一つは、“連結の見地”の方がIFRSの教材として面白かったので、IFRSを勉強するこのブログにはふさわしかったという理由だ。IFRSに記述のない“連結の見地”を、その記述のある日本基準と比較しながら掘下げることができた。例えば、以下の項目だ。

 

僕は、IFRSと日本基準の相違を狭く捉え、子会社と親会社で資金生成単位が異なっていても、親が子の判断を覆す理由を持っていない限り、子の判断を引継ぐべきとした(4382/9 の記事の最後の方など)。しかし、もしかしたら正しい理解は、「親と子の資金生成単位が異なる場合は、連結財務諸表作成時に自動的に資金生成単位を見直すべし」ということかもしれない。こう理解する場合は、日本基準とIFRSの“連結の見地”には、相当大きな相違があることになる。

 

実は、このニュースを目にしてからの2時間は、僕は自動的に見直すのだろうと考えていた。しかし、記事を書き始めてから考えを変えた。

 

その理由は、日本基準もIFRSも、“経営管理の実情”を重視しており、形式的な判断は歓迎されないからだ。形式的な判断とは、例えば、「○○規程・マニュアルでは、資金生成単位はこうなってます」みたいなものより、取締役会で実際に使用されている管理資料の業績管理単位の方が重視される(と思う)。また、IFRSは、財務情報で将来キャッシュフローの見通しを示すために見積りを多用するので、経済実態を忠実に表現することへの要求が強い。形式より実態を優先させる。

 

そう考えると、IFRSで機械的な減損テストのやり直しはないだろうと思った。なにより、実態として減損があるかないかの判断こそが、経営的にも会計的にも重要だ。

 

二つ目は、「ソフトバンクには、言いたくても言えない事情があるのではないか」と思われる節も無きにしも非ずではないかと思われることだ。…まどろっこしい。

 

 

(減損テストで“使用価値”ではなく、“処分コスト控除後の公正価値”を使用したこと)

 

減損テストでは、“使用価値”と“処分コスト控除後の公正価値”のどちらか高い方と簿価を比較する。ソフトバンクは後者が簿価を上回っているとして、この第3四半期決算で減損しなかった。僕はここにも引っかかっていた。なぜなら、使用価値は、ソフトバンクがスプリント事業から得られる将来キャッシュフローの見通しから計算されるものなので、使用価値より売却価値の方が高いのなら、売却した方が良いと(外部から)見られるからだ。これではソフトバンクに、スプリント事業の価値を向上させるアイディアや能力がないと疑われてしまう。

 

こんな疑いを持たれたら、嬉しいはずがない。でも、そういうリスクを冒した。これも何か事情があるに違いない。僕にそれが分かるはずもないが、一応、可能性のありそうなパターンを考えてみた。

 

A. 会計的な判断に利用できる使用価値が計算できなかった。

 

a. 使用価値があまりに大胆な戦略に基づいており、ソフトバンクとしても、現時点では実現可能性の高いものと判断できなかった。(実際に行動に移している戦略であるならば、使用価値の算定に考慮されると思う。一方、決定前・開始前であれば、もちろん、使用価値に含めるべきでないと思う。)

 

b. 効果的で実行可能な戦略を構築中だが、使用価値を計算できるほどの具体性がない。

 

c. 簿価を上回るような使用価値が計算できなかった。(この場合は、上述の外部の見方に妥当性が出てくる。即ち、事業売却が経営上の最有力な選択肢となる。)

 

B. 使用価値は計算できたが、その根拠を外部へ説明することが困難だった。売却価値の方が説明しやすかった。

 

a. 説明が困難な複雑な事業規制や技術上の問題に関連していた。

 

b. 機密性の非常に高い案件に関連していた。

 

これらのうち、A の各ケースであれば、売却価値がスプリント事業の簿価を上回っていたとしても、残念ながら、資金生成単位の見直しをすべきではなかったと思う。即ち、スプリントが計上した減損損失をソフトバンクの連結決算に受け入れるべきだったと思う。なぜなら、使用価値が計算できない状態では、子会社の判断を覆すような根拠をソフトバンクは持ちえないと思うからだ。だから、B のいずれかではないかと想像した。(但し、B だとすると、開示上の印象は悪い。)

 

 

(僕は、ソフトバンク株を売らない)

 

ソフトバンクが“会計基準の相違”を減損損失不計上の理由に挙げている以上、それを信じるべきだ。一方、僕は全くの部外者であり、ソフトバンクの事情は分からない。恐らく“連結の見地”は、勉強の材料としては良くても、実際のソフトバンクの状況の理解としては適切でないのだろう。(但し、僕にはどこにその“相違”があるのか分からない。)

 

しかし、もし、ソフトバンクが本気で「本来は減損すべきなのに、会計基準に妨げられで損失計上できなかった」2 と考えているなら、僕はソフトバンクの株を売ると思う。いかに「本質的には減損すべきだと思っており、経営陣としては減損したつもりで受け止めている3 などと言い連ねても、それは無責任だ。本当にそうなら、IFRSから離脱する道もある(IAS1.19)。

 

僕は、「実態として減損には至っていない」という判断があったからこそ、減損をしなかったと考えたい。何か事情があって公にできないが、実は、苦境を打開できる戦略が既に開始されている、と考えたいのだ。

 

もしかしたら、その戦略は「米スプリントの孫会長、周波数帯域を売却か-高価値との認識」の記事(Bloomberg 2/6)に関係するかもしれない。「ブルームバーグ・インテリジェンスの試算によると、旺盛な需要で同社の2.5ギガヘルツ帯の価値は860億-1150億ドル(約101000億-135000億円)の範囲に高まっている可能性もある。これはスプリントの企業価値全体の480億ドルを大きく上回る。」というから、スプリントは、とんでもなく価値のある会社なのかもしれない。株価では過小評価されているということだ。ちなみに、スプリントの株式市場の評価(=時価総額)は、2/6 時点で1兆96百億円(194億ドル。換算レートは支配獲得日 2013/7/10 のレート)だ1

 

ブルームバーグ・インテリジェンスは、この周波数帯域を事業に有効活用できた場合の価値を計算していると思われるが、スプリントの時価総額がそれを遙かに下回るのは、逆に「有効活用できてないから」ということと思われる。孫正義氏が、この価値に注目を集めるような発言をしたということは、ここに着目した戦略が既に始まっていると、僕は考えたい。きっと、近いうちにこの戦略が明らかになるに違いない。

 

ということで、僕はソフトバンク株を売らない。次の一手を楽しみに待っていようと思う。

 

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1 公表されている数字を用いて、スプリントの時価(=公正価値)の推移を推定してみた。完全な計算はできないので、概算値であることをご了解願いたい。また、簡略化のため、為替レートはスプリントに対する支配獲得日(2013/7/10)で固定し(101.14円/ドル、2014/3 期有報 P112)、持ち分比率もすべての基準日において 79.9%2014/3 期有報 P7)であったと仮定している(この表は、4402/13 の記事から移動したもの)。

 

(スプリント)   2014/9E  2014/12E 2015/2/6E:月末) 

   株価      6.34$ 4.15$ 4.92$BloombergReuters

 A 時価総額a   253   166    196(百億円)

 B 支配持分b   202   132    157(百億円)

 C 簿.価.c   187   187    187(百億円)

 D=B-C     +15   -54    -30(百億円)

 D/C      +8.0%  -29.2%  -16.17%

 

最も目を惹くのは、ソフトバンクの第3四半期決算日である 2014/12 の“-29.2%”だ。ソフトバンクが支配権として時価に上乗せした3割と妙に符合する(4372/7 の記事に記載したロイター 2/6 の記事)。しかし、これについては、これ以上突っ込む材料が入手できない。恐らく、過去に3割程度のプレミアムで取得の打診があったとか、なんらかの根拠があってのことだと思われる。このような決算のキーとなる項目は、レビュー手続でも、通常の監査と同様に詳細にチェックされているはずだ。いずれにしても、スプリントの株価が 2014/12E を下回れば、今度こそ、ソフトバンクも減損損失を計上すると思われる。

 

a 時価総額は、2/6 の金額(Bloomberg の銘柄詳細情報)しか分からなかったので、それを各基準日の株価で調整した。即ち、発行済み株式総数が固定されている(本文中にあるように、為替レートも支配獲得日のレートに固定されている)。

 

b この金額(=時価総額のうちのソフトバンク持分相当額)が、ソフトバンクが保有するスプリント株式の公正価値になる。本文中にあるように、すべての基準日で 79.9% に固定して計算している。実際には、ストックオプションの行使などにより、多少の変動はあったかもしれない。また、この期間において、自己株式の買取をスプリントが行ったかは、調べていない。

 

c ソフトバンクが計上している簿価は、下記の2014/3 期有報 P111 記載のデータに基づいて計算した。実際には、これ以外にも取得をしていて、もう少し多いかもしれない。

 

a. のれんのB/S価額 27(百億円)

b. 純資産額/うち、非支配持分/ソフトバンク持分 206/46/160(百億円)

c. 現金支出額と転換社債の転換(=Sprint 株式の取得価額) 218(百億円)

d. 為替差益 31

推定による Sprint 株式の簿価(為替換算調整勘定分を除く) 187(百億円)=a+b 又は c-d

 

その他、参考までに。(Reuters HPより)

 

2013/7/10 5.85USD(支配獲得日)

2/5 の終値  4.82USD(スプリントの減損公表日)

スプリントの株価は、解約率などの下げ止まりを好感して、減損公表後も上昇している。

 

2 正確には「形式上、減損したくても計上できないということだ。」と孫正義氏は述べたという。(日経電子版 2/10 有料記事:ソフトバンクの孫社長「スプリントの経営改善、長い戦いになる」)

 

3 上の2と同じ記事に、孫正義氏の発言として記載されている。

2015年2月13日 (金曜日)

440.ソフトバンクのスプリント減損の不計上~検証~減損テストの支配権

2015/2/16 スプリント株式の公正価値とソフトバンクの簿価を比較した表が、文章の流れから浮いていたので、4412/17(予定) の記事へ移動した。

 

2015/2/13

月曜の晩、二人で長居したレストランを出ると、夜気が突き刺さるように冷たかった。スマホで気温を調べるとゼロ度。「これでもゼロ度?」と思ったが、ちょっと待った。スマホに温度計がついてるわけではない。ネットで公表されているどこかの計測値を表示しているだけだ。すると、この場所の温度は、本当はもっと低いかもしれない。風の分も考慮しよう。例えば風速5mで湿度30%だと、体感温度で零下10度となる*1。加えて、連れの分も負担したレストランの支払で、懐も急激に寒くなった。僕にとってこの夜気は、恐らく零下20度ぐらいの寒さに匹敵する。

 

「う~、寒い。いま零下20度だよ」と僕が言った。さて、僕の隣人は、どんな反応をしただろうか?

 

最初のものは、公表されている客観的な気温だが、この場所特有の条件(=風)が考慮されてなかった。次は、一般的なモデルでこの風の影響を調整した気温、そして最後は、僕固有の感覚でさらに調整を加えた気温。言ってみれば、最初の2つはそれぞれ、レベル1の公正価値(=市場価格を無修正で適用した公正価値)、レベル2の公正価値(=市場価格ベースのインプットで調整した公正価値)に相当する。最後のやつは、どうなるだろう。レベル3の公正価値(=市場価格ベースではないインプットで調整した公正価値)か、それとも、もはや公正価値とはいえないか。

 

答えは「公正価値とはいえない」だ。なぜなら、最後のやつは、僕の個人的な事情が考慮されているからだ。

 

公正価値は、基本的には評価対象そのものの価値なので、誰にとっても同じものとなる。そこには取引参加者の個別事情は含まれない。例えば、あるものを1万円で売却するのに、Aさんは電車賃が500円かかるが、Bさんは歩いていけるので無料という場合、その違いは公正価値測定では考慮されない。Aさんにとっても、Bさんにとっても、公正価値は同じ1万円だ。気温でいえば、僕にだけ感じられる懐の寒さは、公正価値を構成しない。

 

ところで、僕の隣人の反応はこうだった。「あら、意外。もっとお金持ちかと思った。」 僕は凍りついた。不用意な一言で懐具合を見抜かれた。僕の体感温度は、さらに10度ほど下がったようだった。(みなさんも、お気を付けを。)

 

 

そういえば、ソフトバンクも、スプリント株式の減損テストで同じような調整を行った。スプリントはニューヨーク証券取引所に上場しているので、株式には相場価格がある。しかし、相場価格をそのまま使用せずに3割上乗せの調整をしてから、減損テストを行った。その調整は支配権の価格を考慮したものだそうだ(4372/7のロイターの記事)。実は、この支配権の調整が「公正価値測定なのか、それとも公正価値測定以外の(認められた)調整なのか」が、今回のテーマとなる。

 

 

詳細に入る前に、前回までの復習をざっとしておこう。

 

(初回:疑問の提示 4372/7

 

初回は、次の2点を疑問として提示した。

 

(減損の資金生成単位の見直し)

・ソフトバンクは、連結の見地から資金生成単位を見直し、スプリントの減損を取消しているようだが、この資金生成単位の見直しはやってよいことだったのか。

 

(減損テストで支配権を考慮)

・ソフトバンクは減損テストにスプリント株式の時価の見積りを使っているが、その時価には支配権(=コントロール・プレミアム)が考慮されている。考慮して良いのか。

 

(前々回と前回:検討結果とその説明 4382/9 439-2/11

 

2つの疑問のうち、最初のものについて検討結果とその説明を記載した。前々回は A, B について、そして前回は C について記載した。

 

(検討結果)

 

A. 今回の処理は、US-GAAPのとIFRSという会計基準の差異によるものではなさそう。

 

各基準の書き振りを提示しながら説明した。

 

減損テストは、個別資産ごとに実施可能なものは個別資産が資金生成単位となるが、それができないものは資産グループを資金生成単位とする。資金生成単位は、各基準とも「独立したキャッシュフローを生成する最小単位」というような書き振りであり、内容は概ね同じと思われる。

 

B. 今回の処理は、親会社と子会社という経営階層の違いで生じたものだと思う(≒連結の見地)。

 

“連結の見地”というキー・ワードを中心に説明した。

 

日本基準でもIFRSでも、親会社が連結財務諸表を作成するにあたって、“連結の見地”から減損テストの評価単位である資金生成単位を見直し、減損テストをやり直すケースがある(US-GAAPも同じ)。IFRSは日本基準より“連結の見地”が若干だが広いと思われる。そこに、今回のソフトバンクのケースが入る可能性がある。

 

C. IFRSにおいてソフトバンクがこの見直しをするためは、以下の条件をクリアする必要があると思う。

 

・資金生成単位は“判断”されるものであり、そこに不正な意図があってはならない。

 

・親会社が、子会社が計上した減損を否定できる、経済実態に関わる根拠を持っていること。

 

僕は、“進行中のM&A”のようなケースで実現可能性がありそうなら、根拠になり得るとした。概念フレームワークの資産の定義に照らすと既に進行中であることが必須だ。それが目的適合性や実態の忠実な表現につながると僕は考えている。

 

以上のうち、茶色の太字にした2つ目の疑問が今回の範囲だ。

 

 

ということで、今回は、減損テストにおいて支配権を考慮して良いかどうかを検討する。そのために、IAS36号「資産の減損」の関係する規定をもう一度おさらいしよう(IAS36.6)。

 

減損損失とは、資産又は資金生成単位の帳簿価額が回収可能価額を超過する金額をいう。

 

回収可能価額とは、資産又は資金生成単位の処分コスト控除後の公正価値と使用価値のいずれか高い金額をいう。

 

要するに、簿価が、以下のいずれか高い方を上回っている場合は減損損失を計上する。

 

・処分コスト控除後の公正価値(=公正価値-処分コスト)

・使用価値

(これについて、4372/27 の記事で間違った箇所を参照してしまったので、訂正しました。)

 

今回、ソフトバンクは“処分コスト控除後の公正価値”を選んだ。公正価値はIFRS13号「公正価値測定」に規定されているが、IFRS13号では、相場価格のあるものについて支配権を考慮することを認めていない(IFRS13.69)。そこで問題になるのは“処分コスト”だ。もし、処分コストが支配権を含む概念であれば、“処分コスト控除後の公正価値”に支配権を考慮したソフトバンクの処理は正当化される。

 

みなさんは、「処分コストに支配権? 含むわけないでしょ。」と思われると思う。僕もそう思う。でも念のために調べてみよう・・・。

 

 

むむっ、まさか、こんな記述があるとは!!

 

大口保有要因は、企業が資産又は負債についての取引をどのように行うのかに左右されるという点で、取引コストに概念上類似している。IFRS13.BC157の一部)

 

ここで大口保有要因とは、この記述の手前にある BC153 のなかで、支配プレミアム(=支配権による上乗せ)を含むものとして扱われている。そして取引コストは、もっと手前の BC60 で、資産の売却時に生じるコストとされている。以上を考慮すると、上の記述は次のように読める。

 

大口保有要因(支配権を含む)は、処分コストに概念上類似している。

 

しかし、“類似”といってるのであって、“含まれる”といってるわけではない。恐らく、似ているところと、異なるところがあるのだろう。それは何か。

 

まず、似ているところを見てみよう。取引コストに関する記述と、支配権に関する記述(この BC157 の前の BC156 )を読むと、両者とも、冒頭の気温の話と同じ議論をしていることが分かる。

 

取引コストの記述(IFRS13.BC61 の一部):

 

一部のコメント提供者は、取引コストは資産又は負債に関する取引を行う際に不可避なものであると述べた。しかし、IASBは、取引コストは個別の企業がどのように取引を行うかに応じて異なる可能性があることに留意した。したがって、IASBは、取引コストは資産又は負債の特徴ではなく、取引の特徴だという結論を下した。

 

表現を平易にすると、次のようになる。

 

公正価値は、資産又は負債の特徴に基づいて測定される。しかし、取引コストは、取引する企業や取引の状況で異なるので、取引の特徴である。(=取引コストは、公正価値測定の要素ではない。公正価値の見積りには含めない。) 

 

支配権の記述(IFRS13.BC156 の一部):

 

両審議会の考えでは、規模が資産又は負債の特徴であることと、規模が企業の保有の特徴であることとの間には相違がある。したがって、両審議会は、大口保有要因は後者を含んだものであり、公正価値測定においては関連性がないことを明確にした。

 

両審議会とは、IASBとFASBのこと。これも表現を平易にすると、次のようになる。

 

支配権の有無は、資産の特徴ではなく企業の特徴(=保有状況)なので、公正価値測定では考慮しない。

 

即ち、両者とも、資産の特徴ではないという理由で、公正価値測定では考慮されないとしている。

 

次に、異なるところを見てみよう。これは、支配権に関してのみ記述がある(IFRS13.157 158)。パラグラフにまたがった記述であるうえに、それぞれが長い。引用すると冗長になり過ぎるため、僕の勝手な要約・意訳のみで勘弁いただきたい。興味のある方は、直接これらのパラグラフを参照願いたい。

 

上記にも関わらず、以下の両方を満たす場合は、公正価値測定にプレミアム(支配権を含む)やディスカウントを考慮する。

 

・市場参加者が、プレミアム(支配権を含む)やディスカウントを考慮する場合

・レベル2やレベル3の公正価値測定の場合

 

ここでは、公正価値測定は資産の特徴に加えて、会計単位(=一挙に大量に取引されるか否か)も、考慮すべきとされている。しかし、企業が株式等を大量保有していても、通常は、それを一挙に大量に売却するとは想定されない。特にレベル1の場合は、活発な市場の価格が最も信頼性が高いとされている。

 

以上を総合すると、支配権は資産の特徴ではないため、通常は公正価値測定で考慮されないという点で取引コストと同じだが、一括して大量に売却する場合は公正価値測定で考慮されるという点で、取引コストと異なるということになる(但し、レベル1以外)。したがって、支配権は、取引コスト(処分コストを含む)より、むしろ、公正価値測定の要素に近い。

 

ということであれば、レベル1の場合でも、処分コストを考慮できるケース(=減損テスト)に支配権を考慮することは、問題なさそうだと思われる。即ち、ソフトバンクが、子会社であるスプリント株式をすべて処分する仮定で将来キャッシュフローを見積るのだから、減損テストで支配権を考慮しても問題ないと考えられる。

 

 

さて、また冒頭の気温の話に戻るが、取引相手と、大量売却という条件を共有した場合、その条件は公正価値測定にも考慮されることが分かった。では、僕の懐具合が隣人と共有されている場合、即ち、隣人が妻だった場合はどうだろうか。冷え込みの感じ方に多少の個人差はあるかもしれないが、まあ、同じぐらいだろう。これなら、零下20度は、レベル3の公正価値といえそうだ。すると、「あら、意外。もっとお金持ちかと思った。」は、妻のジョークだ。逆に笑顔がこぼれて心も温まる。体感温度は、もう少し上がるかもしれない。(どちらにしても、作り話だが。)

 

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*1 次のHPで気温0、湿度30%、風速5mで計算すると、体感温度は-9.6度になる。ke!san 体感温度

 

2015年2月11日 (水曜日)

439.ソフトバンクのスプリント減損の不計上~検証~資金生成単位の見直し②

2015/2/11

始めた当初、この件はもっと簡単に片付くと思っていた。しかし、やってみると意外と奥が深くて手間がかかる。そして何より大変なのが、説明をシンプルに平易にすること。直感を言葉に直すことは、本当に難しい。久しぶりに、審査をパスするための監査調書を作成しているような気分になった。

 

前置きが長いと、それでなくても長文になりがちなこの件が増々冗長になるので、早速、前回までの復習に入ろう。

 

(前々回:疑問の提示 4372/7

 

次の2点を疑問として提示した。

 

(減損の資金生成単位の見直し)

・ソフトバンクは、連結の見地から資金生成単位を見直し、スプリントの減損を取消しているようだが、この資金生成単位の見直しはやってよいことだったのか。

 

(減損テストで支配権を考慮)

・ソフトバンクは減損テストにスプリント株式の時価の見積りを使っているが、その時価には支配権(=コントロール・プレミアム)が考慮されている。考慮して良いのか。

 

(前回:検討結果とその説明の一部 4382/9

 

前回は、2つの疑問点のうち、最初のものについて検討結果とその説明を記載した。但し、検討結果には下記 A, B, C の3つがあるが、長文になり過ぎるので、A, B についてのみ記載し、C については今回記載する。

 

(検討結果)

 

A. 今回の処理は、US-GAAPのとIFRSという会計基準の差異によるものではなさそう。

 

各基準の書き振りを提示しながら説明した。

 

減損テストは、個別資産ごとに実施可能なものは個別資産が資金生成単位となるが、それができないものは資産グループを資金生成単位とする。資金生成単位は、各基準とも「独立したキャッシュフローを生成する最小単位」というような書き振りであり、内容は概ね同じと思われる。

 

B. 今回の処理は、親会社と子会社という経営階層の違いで生じたものだと思う(≒連結の見地)。

 

“連結の見地”というキー・ワードを中心に説明した。

 

日本基準でもIFRSでも、親会社が連結財務諸表を作成するにあたって、“連結の見地”から減損テストの評価単位である資金生成単位を見直し、減損テストをやり直すケースがある(US-GAAPも同じ)。日本の減損基準はこの“連結の見地”を、親会社が設定した資金生成単位が子会社の事業領域より大きい場合、即ち、複数のグループ企業にまたがる場合に限定しているが、IFRSにはそのような記載はない。ということは、IFRSは日本基準より“連結の見地”が広いのではないか、とも思われるが、以下の限定があるので、結局、概ね、同じだと思う。

 

・資金生成単位は“最小単位”と定義されている。

 

原則として、子会社が親会社より狭い範囲を設定していれば、それを優先すべき。ただ、それを覆す“事実や状況”があれば、“連結の見地”による見直し(=親会社が設定している資金生成単位へ見直すこと)が可能。

 

・その“事実や状況”の代表例は、日本基準の“連結の見地”だ。

 

もし、“事実や状況”の例が日本基準の“連結の見地”以外にないとすると、ソフトバンクが今回行った「資金生成単位の見直し及び減損の不計上」は否定されてしまうかもしれない。だが、それ以外の例もあるかもしれない。それを今回みなさんに提示する。そして、その例は下記 C の条件を満たす必要がある。

 

C. IFRSにおいてソフトバンクがこの見直しをするためは、以下の条件をクリアする必要があると思う。

 

資金生成単位は、減損会計の“見積りの前提”だ。これは、関連する事実や状況に基づいて“判断”されるもの。

 

・当然だが、この判断に不正な意図があってはならない。

 

上述のように、この“連結の見地”に関してIFRSには具体的な規定がない。このような場合、概念フレームワークを参照して判断することになる。ソフトバンクの連結財務諸表では、スプリントが損失計上した資産が再計上されるので、この部分について次の検討が必要だ。

 

・財務情報の質的特性(特に、目的適合性や忠実な表現)や資産の定義・認識規準を満しているか。

 

 

以上のうち、茶色の太字部分が今回の範囲だ。(ふぅ~、復習なのに、長い。)

 

ということで、今回は、例として「未だ表に出てない親会社主導のM&Aが密かに進行している事実、或いは、状況」を挙げ、それが C の条件(主に2つ目)を満たしているかを検討する。満たしていれば、目出度く、ソフトバンクの今回の資金生成単位の見直しは、正当化される(あくまで、僕の妄想の中での話だが)。

 

まず、子会社の計上した減損損失を親会社の連結決算に反映させたくない、親会社の連結決算を実態より良く見せたい、などという不正な目的がある場合は、アウトだ。これは言うまでもない。典型的には、資金生成単位を子会社が減損損失を計上したタイミングで変更するようなことがあれば、不正の意図が疑われる。しかし、ソフトバンクは前回見たように、スプリントを買収した 2014/3 期から、すでにスプリント全体を一つの資金生成単位としており、ここにきて変えようとしたわけではない。少なくともこの点からの不正の意図は認められない。

 

そして、もう一つ。こちらが問題だが、概念フレームワークの財務情報の質的特性や資産の定義・認識規準といった記載と、上記の例を照らし合わせてみたい。その準備として、僕が妄想している例のストーリーをもう少し詳しく記載しよう。

 

それは、その子会社の経営者にはできない経営戦略を親会社が持っていること、即ち、親会社だからできる経営戦略がすでに動いていて、親会社が、子会社が作成した事業計画より良い見通しを持っていることだ。言い換えれば、その子会社と親会社(及びその企業グループ)とのシナジー効果を具体的に見込める見通しがあることだ。

 

今までも妄想だが、ここからは“完全妄想モード”になる。

 

具体的例としては、「スプリント事業を盛上げる新たなM&Aがソフトバンク主導で密かに進行している」などということが考えられる。もちろん、米独禁法規制当局(FCC)の壁を越えられず、昨夏、断念した形になっているTモバイル買収のことではない。その他に、スプリントの高速移動通信サービスの革新的向上に貢献できる相手はいないだろうか。(或いは、Tモバイル買収に関して FCC を説得できる新たな材料を入手したのでもよいが、この可能性は低そう。)

 

ソフトバンクは米国事業1を、ベライゾンやAT&Tといった通信会社に加え、ケーブルTV大手のコムキャストをも競争相手やターゲットとして捉え、その主戦場はインターネット通信事業と考えているようだ。ネットフリックス2のような映像コンテンツをインターネット上でオンデマンド配信する企業が存在感を増して来れば、通信会社だけでなく、ケーブルTV会社も同じ市場に巻き込んだ競争が始まる。(ワンセグ放送が始まった頃だろうか、“放送と通信の融合”が将来の構想として話題になったが、現在は、そのステップがどんどん進行しつつある。)

 

これらの競争相手は多額の固定通信設備を持っているが、一方、スプリントはあまり持っていない。ソフトバンクは、これを逆に強みにしようと考えたようだ。もし、ソフトバンクの目論み通りに移動通信が著しくその地位を高めれば、固定通信設備は逆に減損リスクを抱えることになるからだ。

 

確かに、通信品質が良く、セキュリティーの問題をクリアできるのであれば、固定通信より移動通信の方が便利だ。程好いコストなら固定通信サービスの顧客を移動通信サービスへ惹きつけることができる。固定通信設備をあまり持たないスプリントは、移動通信サービスを強化・展開するのにうってつけの器だったわけだ。(ということは、スプリントの固定通信サービスは、ソフトバンクにとってはあまり重要ではない。よって、ソフトバンクが、買収当初からスプリント全体を移動通信サービスの資金生成単位と考えていたことに違和感はない。)

 

以上が、僕の考えた例だが、ちょっとがっかりされた方も多いかもしれない。あまりに具体性がない。買収候補となるような会社名や買収後の絵を示せればよいのだが、しかし、僕の知識と能力では、妄想といえどもこれが限界だ。しかも、移動通信事業の研究開発は、Google3 など他の米国企業も熱心に行っている。アジア・カップどころか、ワールド・カップで優勝するぐらい難しい。簡単に良い見通しが得られる分野ではない。

 

そうはいっても会計のブログとして重要なのは、この例が、概念フレームワークの規定に照らして、資産測定に考慮すべき要素として相応しいものかどうかだ。ということで、このまま次のステップ(=概念フレームワークの検討)へ進みたい。

 

 

ここで、はっきりさせておきたいのは、今回は、進行中のM&Aプロジェクトが資産かどうかを検討しようというのではないことだ。資産でないことは明らかだ。そういう問題設定ではない。今回の問題は、すでに計上している資産が減損しているかどうかを判断する際に、進行中のM&Aプロジェクトをどう扱うかだ。これを将来キャッシュフローの見積りの要素に加えて良いかどうかという問題だ。良いのであれば、減損テストの結果が変わる可能性があるので、資金生成単位を見直す価値がある。良くないのであれば、資金生成単位を見直すことはない。

 

したがって、概念フレームワークの財務情報の質的要素や資産の定義・認識規準のすべてを検討する必要はない。では何を検討するか。僕が最も重要と思うのは、下記の資産の定義の色を赤く変えた部分だ。あとは、このことが、目的適合性や忠実な表現といった観点からどう見えるかを考えてみよう。

 

(資産の定義)

 

資産とは、過去の事象の結果として企業が支配し、かつ、将来の経済的便益が当該企業に流入すると期待される資源をいう。

 

僕は、上記において「“進行中の”M&Aプロジェクト」という表現を多用したが、既に(水面下であっても)進行中でないと“過去の事象の結果”にはならないと思う。このことは、以前、のれんの減損シリーズで詳しく書いた(2013/2/13 の記事やその直前の 2013/2/11 の記事など)。

 

したがって、既に進行している具体的なプランがないのであれば、或いは、そのプランの実現可能性があまり高くないようであれば、ソフトバンクはスプリントが作成した事業計画をそのまま受け入れるしかない。その場合は、資金生成単位の見直しはできないと思う。これが妄想で、ソフトバンクとの特別な利害関係によって僕が甘い判断をしているとしても、譲れないところだ。逆にいえば、既に進行中なら、資金生成単位の見直しにつながる。

 

次に、目的適合性と忠実な表現の観点から考えてみよう。

 

財務情報の読者は、財務情報から、その企業が獲得する将来キャッシュフローの見通しを得ることを目的にしている(とIASBは考えている)。そして、資産の減損は「獲得できる将来キャッシュフローが減少しそうだ」という企業の告白だ。もし、この告白の時期や内容が不適切であれば、読者は、財務情報を読む目的が果たせない。企業も責任を果たせない。そして、告白の適切さは、それが経済実態に合っているかどうかで決まる。

 

今回は、子の告白を親が否定した。そこには、当然、単なる会計技術的なペーパー上の話だけではない実態を伴う裏付けがあるはずだ。「この子はまだ知らないんですけど、実は・・・」みたい実態の話がなければ、親こそが信用を失う。

 

このことは、当然ソフトバンクも知っている。しかし、ソフトバンクは、両社の会計基準と連結手続という会計技術的な説明しかしていない。そこには恐らく説明できない事情(=実態上の理由)があるのだろう。きっと、明かすと、株主やその他の利害関係者にも不利益が及ぶ経営上の秘密が絡んでいるに違いない。しかし、相当重要な秘密でないと許されるものではない。だが、M&Aなら、そういう秘密の典型といえる。

 

ということで、この例であれば、“連結の見地”からの資金生成単位の見直しができるのではないか、というのが僕の意見だ。したがって、ソフトバンクの資金生成単位の見直しは、これに類する事実や状況があれば正当化できると思う。

 

なお、孫正義氏は、2/10 の決算発表の記者会見で「会計の形式上、減損したくても計上できないが、実質的には減損すべきだと思っている」と述べたという(2/10 日経電子版無料記事)。ん~~~。がんばってください。

 

 

とにかくこれで、ようやく最初の疑問が終わって、次回は2つ目の疑問へ進むことができる。2つ目の疑問は、減損テストの具体的な方法、回収可能額の具体的な計算要素に関する問題だ。実は、こちらも、かなり頭が痛い。だが、論点は絞られているので、1回で終わると思う。

 

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1 ソフトバンクの米国事業戦略については、主に以下の記事を参考にした。

 

スプリントの超高速ブロードバンド構想、米メディア業界一変も (WSJ 2014/3/24無料記事)

ソフトバンク社長、米市場の競争について当局と議論深めたい (Bloomberg 2014/6/17

 

2 ネットフリックス社については、以下の記事に紹介されている。自社製作ドラマが人気を博しているらしい。今年中に日本でもサービスを開始するとのこと。

 

ユーチューブを凌ぐ、ネットフリックスの今 (東洋経済ONLINE 2014/3/29

テレビ震撼!「ネットフリックス上陸」の衝撃 (東洋経済ONLINE 2015/2/5

 

もはや、TV番組は、TV局から受けるものとはいえなくなる。インターネット経由のチャンネルが、従来のTVチャンネルと同じように選択できる時代になりつつある。まさに、通信会社とケーブルTV会社の市場は統合されていく。

 

3 Google については、以下の報道がある。

 

グーグルが無線通信の新興企業買収、高速ネットサービス拡大へ (WSJ 2014/6/20 有料記事)

 

この記事には「このほか気球、無人機、衛星を利用したネット接続プロジェクトも進めている。」とある。

2015年2月 9日 (月曜日)

438.ソフトバンクのスプリント減損の不計上~検証~資金生成単位の見直し①

2015/2/9

前回(4372/7)の記事では、日経電子版、ロイター、そしてソフトバンクのニュース・リリースから、ソフトバンクが米国子会社スプリントの計上した巨額の減損損失を計上しないとした理由について、僕なりに整理してみた。その結果、以下の疑問が残った。

 

(減損の資金生成単位の見直し)

・ソフトバンクは、連結の見地から資金生成単位を見直し、スプリントの減損を取消しているようだが、この資金生成単位の見直しはやってよいことだったのか。

 

(減損テストで支配権を考慮)

・ソフトバンクは減損テストにスプリント株式の時価の見積りを使っているが、その時価には支配権(=コントロール・プレミアム)が考慮されている。考慮して良いのか。

 

今回は、最初の疑問について公表されている有価証券報告書等の情報に基づいて具体的に検証し、前回想定しきれなかったソフトバンクの考え方をもっと深く探ってみたい。但し、思いのほか長文になってしまったため、下記 A, B, C のうち、今回は A, B のみとし、C 及び2つ目の疑問は後日としたい。(=今回は太字で色が変わってる部分のみ。)

 

以下を読むにあたって、気を付けていただきたいことが2つある。一つ目は、僕の想像力と知識では本当のソフトバンクの判断過程に肉薄することはできない。あくまで以下は、僕の単なる妄想に過ぎないこと。もう一つは、僕はソフトバンクの株主だ。即ち、いわゆる“特別な利害関係”を持っている。それに、ソフトバンク携帯の使用者であり(株主優待割引あり)、かつ、孫正義氏のファンだ。甘い判断をするかもしれない。

 

 

ということで、最初の疑問“減損の資金生成単位の見直し”について検討してみよう。まず、その検討結果を要約する。そのあとで、そのプロセスや根拠を説明する。

 

(検討結果)

 

A. 今回の処理は、US-GAAPのとIFRSという会計基準の差異によるものではなさそう。

 

“資金生成単位”は、日本基準、IFRS、US-GAAPで、概ね同じものであり、このケースで大きな差が出るとは思われれない。したがって、今回のソフトバンクの処理は、報道にあるようなソフトバンクとスプリントの適用する会計基準の相違によるものではないと思う。

 

B. 今回の処理は、親会社と子会社という経営階層の違いで生じたものだと思う。

 

このケースにおける資金生成単位の見直しは、(会計基準の相違ではなく)“連結の見地”から行われたものと思う(子会社スプリントは移動通信サービスと固定通信サービスを分けたが、ソフトバンクは親会社の立場から、スプリント全体を一つの資金生成単位としている)。しかし、この資金生成単位の見直しは、日本基準であれば行われなかったかもしれない。だが、IFRSでは、下記 C の条件はあるが、行える可能性があると思った。(“連結の見地”は、日本基準とIFRSで微妙に違うのかもしれない。)

 

C. IFRSにおいてソフトバンクがこの見直しをするためは、以下の条件をクリアする必要があると思う。

 

資金生成単位は、減損会計の“見積りの前提”だ。これは、US-GAAPの表現を借りれば、「関連する事実や状況に基づいて判断されるもの」ということになる(Topic 350-30-35-221)。

 

・当然だが、この判断に不正な意図があってはならない。

 

実は、この“連結の見地”に関してIFRSには具体的な規定がない。このような場合、概念フレームワークを参照して判断することになる。ソフトバンクの連結財務諸表では、スプリントが損失計上した資産が再計上されるので、この部分について次の検討が必要だ。

 

・財務情報の質的特性(特に、目的適合性や忠実な表現)や資産の定義・認識規準を満しているか。

 

 

では、上記に至ったプロセスを説明する。まずは、A の会計基準の相違によるものかどうか、という問題だ。

 

減損テストにおける評価単位は、どの基準でも“資金生成単位”、または、“資産又は資産グループ”であり、個別の資産ごとに減損テストができない場合は、資産グループを資金生成単位として減損テストを行うことになっている。そして資金生成単位は、概ね「独立したキャッシュフローを生成する最小単位」といった感じで規定されている。以下、それぞれの会計基準の書き振りを紹介するので、基本的には同じものであることを感じていただきたい。

 

日本基準

 

(減損会計意見書 四 2.(6)①)

 

・・・資産のグルーピングに際しては、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行うこととした。実務的には、管理会計上の区分や投資の意思決定(資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を含む。)を行う際の単位等を考慮してグルーピングの方法を定めることになると考えられる。

 

IFRS

 

IAS36.6

 

資金生成単位とは、他の資産又は資産グループからのキャッシュ・インフローとはおおむね独立したキャッシュ・インフローを生成する最小の識別可能な資産グループをいう。

 

IAS36.69

 

・・・資産(又は資産グループ)からのキャッシュ・インフローが、他の資産(又は資産グループ)からのキャッシュ・インフローからおおむね独立しているかどうかを識別する際に、企業は種々の要因を考慮する。それには、経営者が企業の営業をどのように監視しているのか(例えば、製品系列別、事業別、場所別、地方別又は地域別)や、経営者が企業の資産及び営業を継続するか処分するかに関する意思決定をどのように行うのかが含まれる。・・・

 

US-GAAP

 

例えば、Topic 350-30-35-23241 があるが、その文章をそのまま引用することが憚られるので、大変申し訳ないが、僕の拙い簡略化した意訳でご勘弁願いたい。書き振りの雰囲気を感じていただきたい。

 

Topic 350-30-35-241 

 

以下は、それぞれ別の資金生成単位として減損テストすべき。

 a. それぞれの無形資産が、他から独立したキャッシュ・フローを生成している場合。

 b. ・・・

 

日本基準やIFRSでは、資金生成単位を識別する際のポイントとして“経営上の管理区分”を挙げているが、US-GAAPでは、耐用年数を確定できない無形資産(indefinite-lived intangible assets)に関して、このような規定はない。この点が、ソフトバンクやロイターが「US-GAAPの方が資金生成単位が細かく、“会計基準の相違”と説明する根拠なのかもしれない(前回を参照)。スプリントの減損損失(21億ドル)の大半は、耐用年数を確定できない無形資産(商標権 19億ドル)の減損らしい。

 

しかし、“経営管理”という表現ではないが、実質的に同じような結果となる記述がUS-GAAPにもある。即ち、個別の資産より、それを他の資産とグループにした方が良い使い方ができるとか、高く売れる場合は、その資産グループを資金生成単位とする根拠になりうるとされている(Topic 350-30-35-23c1)。

 

例えば、商標権を単独で売買したり賃貸するより、自ら商標権を使用して製品を生産・販売する方が多くのキャッシュフローを生み出すのであれば、その製品の生産設備なども含めて一つの資金生成単位とすることができる。これならば、US-GAAPがIFRSなどとそう違うとは思えない。したがって、僕には、今回のスプリントの件で、決定的な違いを生む原因となるような違いが、IFRSとUS-GAAPの間にあるとは思われない。

 

よって、僕の考えでは、資金生成単位がスプリントと親会社のソフトバンクで異なるのは、会計基準の相違ではなく、独立したキャッシュフローを生成する最小単位の考え方の違い、即ち、“見積りの前提”が、スプリントとソフトバンクで異なるため、ということだと思う。

 

このように書くと、続いて、次のような追加の疑問が浮かぶかもしれない。

 

・「会計方針をグループ内で統一しましょう」と耳にするが、“見積りの前提”は異なってもよいのだろうか。

 

・資金生成単位が「~を生成する最小単位」であるならば、ソフトバンクは、より小さな資金生成単位を設定しているスプリントに合わせるべきではないのか。

 

 

これらの疑問に答えるためにも、次の B の説明へ進もう。まずは“連結の見地”とは何か。これを考えるには、次の日本基準の規定を読むと分かりやすい。

 

(減損適用指針 10

個別財務諸表上は、資産のグルーピングが当該企業を超えて他の企業の全部又は一部とされることはないが、連結財務諸表においては、連結の見地から、個別財務諸表において用いられた資産のグルーピングの単位が見直される場合がある(減損会計意見書 四2.(6)①なお書き参照)。これは、管理会計上の区分や投資の意思決定を行う際の単位の設定等が複数の連結会社(在外子会社を含む。)を対象に行われており、連結財務諸表において、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位が、各連結会社の個別財務諸表における資産のグルーピングの単位と異なる場合をいう(第 75 項参照、[設例 1-6])。

 

(減損適用指針 75 後段)

このように、連結財務諸表における資産のグルーピングの単位の見直しは、必ず行わなければならないものではなく、また、管理会計上の区分や投資の意思決定を行う単位の設定等が複数の連結会社を対象に行われていない場合には、見直されるわけではない。

 

即ち、親会社が設定する資金生成単位が個別子会社の事業領域より広い場合に限って、連結財務諸表作成時に資金生成単位を見直すことができる。その結果、個別子会社が自らの事業領域の範囲内で設定していた小さな資金生成単位で認識した減損損失が、親会社が資金生成単位を拡大したことで回収可能となり、連結決算で計上されなくなる場合がある。

 

これを今回のケースに当てはめると、ソフトバンクが設定している資金生成単位が、スプリント(及びその配下の企業)の事業領域より大きい場合は、“連結の見地”から、資金生成単位の見直しが行われることになる。

 

そうなっているだろうか。これを検証するにはどうれば良いか。まずは、有報のセグメント情報を見てみよう。なぜなら、資金生成単位がいくら大きくても、セグメント情報で開示される事業セグメントを超えることはないからだ(IAS36.80(b))。もし、セグメント情報の事業セグメントがスプリントの事業領域より大きければ、連結で資金生成単位が見直される可能性がある。しかし、事業セグメントがスプリントの事業領域以下であれば、連結で見直すことはない。

 

スプリントを支配下に入れて最初に提出されたソフトバンクの有価証券報告書(2014/3期)の P124 には、次のように記載されている。

 

「スプリント事業」においては、スプリントが、米国における移動体通信サービスの提供や、同サービスに付随する携帯端末やアクセサリー類の販売、固定通信サービスの提供を行っています。

 

「スプリント事業」は、スプリントを2013年7月に子会社化したことに伴い、2014年3月31日に終了した1年間より新設しました。

 

さらに、P136(のれん)を見てみよう。ここには資金生成単位に関する記述もある。

 

報告セグメント    :スプリント事業

資金生成単位グループ :スプリント(注5

(注5)当該資金生成単位グループは、Sprint Corporationおよびのその傘下の会社から構成されています。

 

これを見る限り、事業セグメントは、スプリントの事業領域そのものだ。かつ、それがそのまま資金生成単位となっている。したがって、上記の日本基準の“連結の見地”は適用できない。ソフトバンクが設定した資金生成単位がスプリントの事業領域を超えていないので、ソフトバンクは連結決算において資金生成単位を見直すことはない。即ち、スプリントが計上した減損損失をそのまま連結決算に反映させるはずだ。

 

では、なぜソフトバンクは見直したのか。そして、スプリントが計上した減損損失を連結で取消したのか。僕は日本基準とIFRSがこの“連結の見地”が微妙に違うためだと思う。IFRSでは、「親会社が設定している資金生成単位が、子会社と異なる」ことのみで、連結決算時に資金生成単位を見直せる場合があるのではないかと思う。

 

その理由は、前回も記載したようにIFRSでは、連結における減損の見直し規定がないからだ。IAS36号「資産の減損」にもないし、IFRS10号「連結財務諸表」にもない。そうなると、連結財務諸表であろうが、あたかも個別財務諸表を作成するが如く、(親会社の)経営上の管理単位などを考慮しながら、資金生成単位を設定することになる。親会社と子会社では企業グループ全体の経営階層が違うので、それを反映して資金生成単位が変わってくることはありえる。親会社はグループ企業全体を管理するので、グループ各個社ほど細かく見ていないケースは多いだろう。US-GAAPがいうように、それが“関連する事実や状況”であるならば、それに基づいて資金生成単位を判断することになる。

 

したがって、上記の追加の疑問の一つ目である「親子会社間で“見積もりの前提”が異なってもよいのか」については、「異なってもよい」というのが僕の考えだ。

 

一方、2つ目の追加の疑問「小さい方に合わせるべきではないか」は、もっと難しい。これの詳細は、冒頭の(検討結果)の C に関連するので、後日に譲る。だが、簡単にちょっとだけ記載すると、原則的には「小さい方に合わせるべき」だと僕は思う。なぜなら、子会社が細かく管理して減損があると判断したものを、大雑把に見ている親会社が否定することは難しいからだ。否定するなら、子会社の判断を覆せる理由が必要だ。

 

その判断を覆すには、子会社には見えてないが親会社には見えている“事実や状況”の存在が必要だ。例としては、日本基準の“連結の見地”のように、他の子会社Bが行っている事業が、その減損を計上した子会社Aの事業と密接に関連しているケースがある。具体的には、生産子会社Aの製品を販売子会社Bが売っているケースが分かりやすい。親会社には子会社のAもBも見えているが、減損を計上した生産子会社Aには販売子会社Bが見えない。こういう場合は親会社が設定したAとBの両子会社を含む資金生成単位の方が、減損テストに適している。もしかしたら、生産子会社Aでは赤字の製品も、販売子会社Bでそれを打消すような黒字を出しているかもしれない。グループで見れば、生産子会社Aの製造設備に減損は生じていない。

 

しかし、上述したように、今回のケースは日本基準の“連結の見地”には該当しない。もっと、違う例が必要だ。そういう例があるのか。上記の検討結果の B に書いたように、その可能性はあると思っている。C を満たす場合だ。だが、それについては、次回としたい。

 

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

1 US-GAAPのこのインデックス(Topic 350-30-35-22)は、僕が参照を入れた規定が、次のような位置づけにあることを表わしている。

 

350 Intangibles-Goodwill and Other:無形資産-のれん、その他

30 General Intangibles Other Than Goodwill:のれん以外の無形資産

35 Subsequent Measurements:事後測定(≒評価)

xx 段落の番号

 

即ち、僕はUS-GAAPの、無形資産の事後測定の規定から必要な個所を紹介している。さらに詳しく言えば、“耐用年数を確定できない無形資産”の規定を参照している。これは、スプリントが計上した減損損失の大半が、商標権から生じたものであるため。

2015年2月 7日 (土曜日)

437.ソフトバンクのスプリント減損の不計上~疑問

2015/2/13 IAS36号の適用箇所を間違えたので訂正した。訂正箇所は赤の太字で示した。

 

2015/2/7

関心のある方は少ないかもしれない。でも、僕は中国発の株式相場大暴落の兆候を何を見て判断すればよいか、ずっと考えていた。しかし、なかなか頭の整理がつかない。そんな時に、次のニュースが目に入った。

 

ソフトバンク、米子会社の減損損失「反映せず」 4~12月決算 (日経電子版 2/6有料記事)

 

むむ、面白そうだ。しかも、スプリント(ニューヨーク証券取引所の上場会社)が計上した減損損失は、25百億円にも上る。非常に多額だ。中国問題が行き詰っているので、ちょっとこちらへ寄り道をしてみよう。

 

 

上の記事によると、米国子会社スプリントが計上した減損損失25百億円を、親会社のソフトバンクが連結決算に計上しないという。その理由は、スプリント全体を時価評価すると、ソフトバンクが保有するスプリント(株式)の簿価を上回るためだという。

 

あれれっ? スプリントは同業上位のAT&Tやベライゾン・コミュニケーションズ、下位のTモバイルに劣勢で、もともと冴えない業績がさらに悪化してたのではなかったか? それに、スプリントとTモバイルを統合し、上位2社と対等に競争するという孫正義氏の戦略も、米国独禁法規制当局の壁を越えられず頓挫した形になっている。当然株価も下落している。

 

要するにソフトバンクがスプリント買収時に描いていたであろう計画は、今のところ上手くいっていない。ソフトバンクがスプリントを買収したのは 2013年7月なので、もう1年半が過ぎた。この状況でもまだ、時価が取得価額を上回り続けているのだろうか。

 

そして、これ。さらに疑問は深まる。

 

ソフトバンクはスプリントの減損処理せず、会計基準の違いで (ロイター 2/6

 

こちらは、ソフトバンクが減損損失を計上しない理由を、子会社スプリントは米国会計基準だが、ソフトバンクはIFRSだから、としている。具体的には、米国会計基準では個別資産ごとに減損するが、IFRSでは資産全体で実施するためとし、ソフトバンクはスプリントの価値が簿価を上回ったと判断したという。しかも、ソフトバンクはスプリントの時価を見積る際に、支配権を考慮し3割ほど上乗せしたという。

 

僕は米国会計基準に疎い。しかし、このように書かれても「ふ~ん」と思うが、「うん、なるほど!」とは思えない。減損テストの対象となる資金生成単位、或いは、個別資産は、両会計基準でそれほどの差はないように思う。本当に会計基準の差なのだろうか。そして、IFRSの減損テストでは“支配権”の価値を考慮するのだろうか。

 

もっと詳しい説明が必要だ。そこで、ソフトバンクのHPでニュースリリースを探してみると、あった。

 

スプリント(米国会計基準)の減損損失の計上、並びに当社連結決算(国際会計基準)でのスプリントに係る減損損失の不認識とその理由に関するお知らせ

 

ここには次のようなことが記載されている。

 

スプリントは、米国会計基準に従って減損した(商標権等の一定の資産を個別に、有形固定資産を資金生成単位ごとに減損テストした)。一方、ソフトバンクはIFRSに従って減損テスト(資金生成単位に属する資産全体=スプリント全体で実施)した結果、減損は不要だった(スプリントの見積り公正価値が簿価を上回ったため)。なお、このページにリンクが掲示されている参考資料では、株価(=公正価値)に“コントロールプレミアム”(=支配権)を考慮したことが示されている。

 

なるほど。以上について、ちょっと僕なりに整理してみよう。

 

・ソフトバンクは連結の見地から減損を見直した。しかし・・・

 

日本基準では、連結する際に資金生成単位を連結ベースに直して再度減損テストを行うことがある(減損会計意見書 四 2.(6)①なお書き参照)。これと同じことをソフトバンクが行ったのではないか。

 

IFRSは「連結財務諸表を作成する際に資金生成単位を連結の見地から見直せ」とは規定していないが、資金生成単位が複数の会社にまたがる場合は、当然、このような見直しが行われる(例えば、IAS36の設例7C)。ちなみに、米国基準でも同様だと思う(例えば、Topic 350-30-35-26-c )。ということで、会計基準の違いというより、ソフトバンクは連結手続の一環として当然の処理をしたということではないだろうか。

 

ただ、スプリントがこのケースに該当するかどうか、即ち、資金生成単位は、スプリント以外の会社にもまたがっているのだろうか、という疑問が残る。スプリント自身も連結決算をして減損損失を計上したはずであり、それがそのままソフトバンクの資金生成単位であれば、ソフトバンクにおける連結上の見直しは不要だ。即ち、スプリントが計上した減損損失はそのままソフトバンクの減損損失になるはずだ。

 

ちなみに、ソフトバンクの 2014/3 期の有価証券報告書(P136)には、次のように記載されている。

 

当該資金生成単位グループは、Sprint Corporationおよびその傘下の会社から構成されています。

 

これだと、スプリントの連結財務諸表がそのままソフトバンクの資金生成単位になると読めないこともない。もしそうなると、ソフトバンクの連結手続で資金生成単位が見直されるということはなくなるはずだ。即ち、ソフトバンクでも減損損失が計上されるはずだ。

 

・ソフトバンクが行った減損テストは正しい?

 

IFRSの減損テストは、簿価と、以下のどちらか高い金額を比較する(IAS36.6)。即ち、どちらか高い金額が、回収可能価額となるわけだ。そして、簿価より回収可能価額が上回っていれば、減損損失の計上は不要ということになる。

 

a. 処分コスト控除後の公正価値(測定可能な場合)

b. 使用価値(算定可能な場合)

c. ゼロ(←間違い)

 

恐らく、a が最も高かったのだろう。そして、ソフトバンクは a を計算するにあたって、スプリントの株価から時価総額を計算し、さらに、それに支配権を加算したようだ。

 

しかし、活発な市場における相場価格がある場合は、相場価格を調整することなしに公正価値を測定しなければならない(IFRS13.69)。即ち、スプリント株式の公正価値測定には、相場価格をそのまま使用する必要がある。支配権の調整は行えない。

 

ふ~む、これはどう考えたらよいのだろう。

 

以上を踏まえたうえで、実際に公表されている数字を拾って検証してみよう。そうすれば、もっと具体的にいろいろイメージが湧いてくるかもしれない。しかし、これには手間がかかりそうだ。

 

というわけで、申し訳ないが、続きは次回に繰越させていただきたい。多分、お待たせはしないと思う。

 

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