483【番外編】ギリシャの選択
2015/6/30
僕は、6/21の記事(480【番外編】ギリシャの言い分)で、『今度こそ「ギリシャが修羅場を選択する」』と書いたが、ギリシャの選択は“国民投票”だった。相変わらず、両者の議論は噛み合っていない。この結果、欧州の団結は崩れるかもしれない。
国民投票では、債権者たちの提案を受け入れるかどうかを投票してもらうという。本来、民主主義国家が重要な意思決定を行う前に、国民の意見を聴くことは良いことのように思えるが、EU諸国など債権者たちの評判は異常に悪い*1。もともと厳しい姿勢だったドイツだけでなく、より融和的な姿勢を見せていたフランスのような国でも同様だ。その理由には、次のようなことがあるらしい。
・国民投票(7/5実施)は、交渉がまとまりそうな段階で、突然公表された*2。
・チプラス首相は、債権者たちの提案を拒否するよう国民に呼びかけている*3。
・債権者たちに、国民投票のため交渉期限(=ギリシャ救済プログラム)1ヶ月延長を要請*4。
ギリシャとの妥協点を探すために一生懸命で、疲労困憊の債権者たちにとって、このギリシャの仕打ちは“裏切り”と受け止められたようだ*1。しかも、期限延長という虫のいい要請には、腹わたが煮えくり返っただろう。これに対して、債権者たちの姿勢は次の通り。
・上記の期限延長の要請は、拒否*5。
・今後の対応をギリシャ抜きで協議*6。
・29日にもう一度緊縮策を提案*7。
・30日まで交渉の扉は開かれているという姿勢を維持*8。
当初、カッとしたものの、その後は大人の対応をしていると言えるかもしれない。しかし、ギリシャとは噛み合っていない。恐らく、ギリシャにとっての根本問題は、“債務減免が受け入れられないこと”なのではないか。ここに、ギリシャ側の怒りの根源があるような気がする。だが、債権者たちはそこを避ける。次の記事だ。
「ギリシャの債務減免は不要、EUが分析」 REUTERS 6/27
この記事によれば、EUは、26日、現行の救済プログラムの目標を達成することは無理だが、今後、3年間の金融支援を行えば、その後の債務返済は可能と結論付けた。
上記480の記事のギリシャの見方を思い出すと、現行の救済プログラム自体に無理があって、経済成長も政府債務削減も、結局目標通りにならなかった。そもそも、2010年のギリシャ危機の時点で、債務返済は無理だったのだ。その後、国民に緊縮政策への大変な忍耐を強いた。それに加えて、この半年間の混乱で、さらにギリシャ経済の基礎体力は悪化した。それでも、債務減免は不要とEUは言う。いったいどこまで耐えろというのか。ギリシャ国民は、こんな具合に思っているかもしれない。
どんなに土地が痩せて収穫が減っても、年貢は取り立てられ続ける。これでは、ギリシャは永遠に借金返済に追われ、ギリシャ国民が幸福追求することは不可能になる。いつか、一揆が起こる。
みなさんもご存知の通り、ギリシャの世論調査では、EUの緊縮策を受け入れるべきという意見の方が多いとされている。しかし、日経電子版の豊島逸夫氏氏のコラムには、「これは相対的に余裕のある人の回答だ。年金カットなどでギリギリの生活を強いられている人たちに世論調査に答える余裕などない」とある*9。だとすれば、国民投票の結果を予想するのは難しい。
事実としては、今日中に合意される可能性も全くないわけではないし、国民投票の結果がどうなるかも分からない。しかし、債権者たちの姿勢は、すでにギリシャ国民の心に修復し難い傷を残したかもしれない。「ギリシャ人は永遠に借金のために働け」と、EUに侮辱されたと。であるとすれば、楽観は禁物だ。もしかしたら、チプラス政権は、ユーロ離脱、そしてEU脱退という修羅場を、すでに選択しているのかもしれない。
チプラス政権は、常々、交渉姿勢・態度が幼稚・稚拙と、欧州諸国から批判されてきた。それは、服装や言葉遣い、提案のやり方・資料作成などに向けられたものだが、どうも、それだけではないようだ。実は、“債務減免”という最も重要な要求を、2月時点で取り下げている(或いは、債権者たちに取り下げさせられた)。その結果、年金や最低賃金・消費税などのフロー項目が、その後の主要な論点となった。
会計的に言えば、本当はB/Sに問題があるのに、フロー項目のみを交渉対象とした。これでは、議論が問題の本質まで至らないのは当然だ。これでは、両者が腹に落ちる議論にならない。交渉決裂は、この2月時点で決まっていたのかもしれない。僕は、これこそが、チプラス政権の最も稚拙な点だったように思う。
或いは、逆に、百戦錬磨の債権者たちのやり方がうまかったというべきか。但し、結末としては最悪の方向へ向かっているのかもしれない。欧州の団結に危機が訪れている。
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*1 「ギリシャ国民投票、欧州各国で批判噴出」WSJ 6/29
この記事には、各国指導者の反応だけでなく、新聞紙面の見出しなどの反応が記載されている。このほかに、EU委員長の“裏切られた”という発言を伝える記事もある(『欧州委員長が異例の批判、ギリシャ改革案拒否に「裏切られた」』REUTERS 6/29)。
*2 「寝耳に水だった国民投票-ツイッターで知り交渉の雰囲気が一変」 Bloomberg 6/29
*3 「ギリシャ議会、7月5日の国民投票実施を承認」 REUTERS 6/28
「チプラス首相は採決に先立ち演説し、国際債権団の「侮辱的な」支援条件を国民投票で拒否するよう国民に呼びかけた」という。
*4 「ギリシャ首相、金融支援延長を再度要請」 WSJ 6/29
当初の1ヶ月延長要請は、27日にユーログループ(ユーロ圏財務相会合)から、一旦、拒否されている(下記*5参照)。しかし、ギリシャは、28日に、相手を変えて再要請したという。今度は“ユーロ圏諸国の指導者らとECB理事ら、欧州委員会、欧州議会”へ向けた。この結果は、まだ報じられていないようだが、あまりに多数に向けすぎており、回答を得られないのではないか。
*5 「ユーロ圏財務相会合、ギリシャの支援延長要求を拒否」 WSJ 6/28
*6 「ギリシャ、未知の領域に踏み込む」 WSJ 6/29
なんと、「つまり、ギリシャは既に、ユーロ圏の資格を一時停止になっているようなものだ」とまで記載されている。
*7 「欧州委、ギリシャ問題で29日に新提案へ=モスコビシ委員」 WSJ 6/29
これが、上記*4に対するEU側の回答なのかもしれない。ただ、期限延長という話はない。加えて、その後、「新提案は行わない」という報道(「UPDATE 1-欧州委、29日にギリシャについて新たな提案せず」REUTERS 6/29)も流れた。どうやら、後の方の報道が正しいらしい。
*8 「ギリシャとの合意努力、あと数時間残されている=仏大統領」 REUTERS 6/29
ここには、オランド大統領の言葉として、29日中ならまだ合意可能、30日であっても「国民投票へのギリシャの反応による」と含みを残したことが記載されている。このほか、「交渉の行き詰まり、対応はギリシャ次第=独首相」(REUTERS 6/29)には、「この問題に関する決断は1日ごとに下さざるを得ない」とのメルケル首相の言葉を伝えている。これも、交渉の余地が、完全になくなったわけではないことを示している。
*9 「ギリシャ騒乱、想定外の影響も」 日経電子版 6/29 有料記事
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