2015/7/8
「480【番外編】ギリシャの言い分」(6/21)では、ドイツ・バイアスのかかったマスコミ報道のなかで存在感の薄いギリシャ側の見方を紹介した。しかし、その元ネタは 5/21 放送の“BS世界のドキュメンタリー”であり、NHKオンデマンドでも見られない。「もっと正確に知りたいのに残念」と思われた方が多かったと思う。
その後、ギリシャの国民投票で債権者たちに“No”が突きつけられてから、比較的多様な報道・意見が出されるようになり、そのなかに、上記“480”に通ずるものが2つあったので、改めて、紹介したいと思う。リンクを辿っていただければ、今度は正確な内容を確認することができる。
ギリシャ再建、絞られたシナリオ 日経ビジネス(7/7)
これは、元IMFシニア・エコノミストの植田健一氏が、バイアスのかからない“中立的な立場で”寄稿したもの。“480”では、次のように記載したところを、植田氏は下記のように解説している。
“480”
特に、IMFはこの時、それまでの融資基準を曲げて「ギリシャは返済可能」と判断したという。即ち、IMFは、2010年時点で「ギリシャは(従来のルールでは)債務返済能力なし」と判断すべきところを融資したらしい。
植田氏(1Page目の下から2段目の段落)
この原則に従えば、ギリシャは、2010年の第1次ローンの時点で債務削減を実行するべきであった。しかし当時はリーマンショックによる世界的な金融危機が発生しており、ギリシャが債務削減を進めると他の南欧諸国にも飛び火し、債権者である独仏を中心とした銀行団がさらに弱体化する危険があった。こういった側面もあり、債務削減なしの資金融資があくまで特例でなされたのである。
IMFの内情を知る植田氏が、「2010年の第1次ローンの時点で債務削減を実行するべきであった」と述べている。そして、「債務削減なしの資金融資があくまで特例でなされた」とも。
さらに、その次の段落では、2012年に債務削減が行われたが、(独仏などの)銀行団が保有していた多額の債権は、すでにECBなどの公的機関へ振替って、債務削減の対象に含まれていないことが記載されている。これは、ギリシャの債務が、あまり削減されていないことを示している。
IMFは、7/2にギリシャに関する「債務持続可能性分析」を公表した(上記植田氏のコラムの3Page目の「落としどころは?」)。ここで IMF は、ようやく“債務減免、棒引きが必要”と認めた。理由は「(チプラス政権になってから)債務が持続不能になったから」だ。(実は、2010年から持続不能だったのに!)
しかし、最大援助国であるドイツが債務削減を非常に嫌がっている。政治家も大多数の国民も、ドイツ国民の血税がギリシャの借金棒引きに使われることに嫌悪感を示している。「借りたものは返すのが当たり前だ」というのだ。(繰り返し報道されているので、みなさんも、ご存知と思う。)
ピケティ氏、ドイツのかたくなな姿勢を非難 ギリシャ債務問題 WSJ (7/7)
(有料記事だが、リンク先で下記に紹介した文章までは読むことが可能)
これについて、昨年「21世紀の資本論」で一躍有名になったピケティ氏が次のように噛み付いた。
フランスの著名経済学者トマ・ピケティ氏は、ギリシャの債務減免の検討を拒否しているドイツを激しく非難した。
ドイツは第1次世界大戦後の対外債務も、第2次世界大戦後の債務も返済しなかったと指摘、「他の国に説教できるような立場にはない」と述べた。
多くの報道では、「国民投票の結果を受けてもギリシャの窮地は変わらず、結局、債権者たちの要求を受け入れるしかない」ことを前提とした、あるいは、そのような角度から書かれることが多い。例えば、7/20のECBが保有するギリシャ国債の償還期限を示して「もう時間がない」などとする記事だ。しかし、「返せないものは返せない」のであり、「無理強いされれば植民地になる、ドイツ人の奴隷にされる」というギリシャ人の悲鳴こそが、経済実態であるように思う。
ということで、「ギリシャ問題が解決されるには、債務減免を避けて通れない」というのが、僕の見立てだ。ギリシャ首相のチプラス氏は、国民投票の結果を受けて、ドイツにそこを認めさせることができるだろうか。多くのマスコミ報道にあるように、簡単ではない。というか、無理かもしれない。
もし、頑固なドイツから何の妥協も得られず、「国民投票の成果は、バルファキス財務相辞任のみ」なんてことになったら、ギリシャは本当にEUからも脱退するだろう。ドイツ人の過半数は、ギリシャのユーロ離脱を望んでいる*1が、プライドをズタボロにされたギリシャ人の気持ちを想像すれば、ユーロ離脱はEU脱退に繋がる。そして、ヨーロッパの団結はカードで組んだ城のように脆い。ギリシャというカードを取り除けば、全体が崩れる*2。
そういえば、以前から「バルファキス財務相は、ブルース・ウィリスに似てる」と思っていたが、すでにいろいろなところで話題になっているようだ。ブルース・ウィリス氏は、映画「ダイ・ハード」シリーズで「世界一ツイていない不死身の刑事ジョン・マクレーン」役で有名なハリウッド俳優だ。
ジョン・マクレーンは、なぜかいつも、テロや凶悪組織犯罪に巻き込まれ(=世界一ツイてない)、一度は追い込まれ、捜査から外されたりもするが、驚異的な粘り強さで敵の前に再登場し、最後には紙一重で勝利を収める、そんなヒーローだ。
その性格は、「相手を怒らせることにかけては世界一」だ。(確か、マクレーン刑事の奥さんや娘さんがそんなセリフを言っていた。) そんなところも、バルファキス氏と共通している。バルファキス氏の財務相辞任理由は、「交渉相手に嫌われた」だ*3。
財務相辞任で、現場を去ることになったバルファキス氏。果たして、それでも「驚異的な粘り強さで再登場し、最後には勝利を収める」ところまで似られるか。
そんな非現実的なことにまで期待を寄せたくなるほど、この問題は難しい。ギリシャ問題を裏側から見れば、ドイツ問題(=融通が利かない頑固なドイツ人)だ。恐らく、このままでは、ヨーロッパはこの先ずっとこの問題に悩まされ続けるような気がする。
別にドイツ人に悪意があるわけではない。ドイツ人は筋を通したいだけだ。ただ、それが行き過ぎると相手を追い詰めすぎて、問題を余計大きくしてしまう。しかし、人間、自分自身の問題には気がつかないものだ。だから、ドイツ人に気がつかせてあげられれば、きっと良い方向が見えてくるように思う。誰かが、鈴をつけねば。それはフランスか、イタリアか、イギリスか、或いは、米国か*4。ここからの展開は、ギリシャ、ドイツ以外の新しい主役がいつ登場するかにかかっている。
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*1 「ギリシャのユーロ圏離脱、ドイツ世論調査で賛成過半数」 REUTERS (6/13)
この記事は、先月12日にドイツの公共放送ZDFが公表した世論調査に基づいている。最近はもっと先鋭化しており、例えば、次のような記事もある。
『アングル:「ユーロ圏から出ていけ」、ギリシャ見放す独産業界』 Newsweek(7/2)
*2 ギリシャ財務相(当時)のバルファキス氏の次の言葉を拝借した。
ユーロ圏はぜい弱で、カードで城を作っているようなものだ。ギリシャのカードを取り除けば、全体が崩れる。「ギリシャが離脱すればユーロ圏は崩壊=バルファキス財務相」 REUTERS (2/9)
*3 「ギリシャ財務相が辞任、債権団との交渉のためと首相が判断」 REUTERS (7/6)
要するに、ドイツのジョイブレ財務相などを、異常に怒らせたということだろう。両者の確執は、以前から取りざたされている。例えば、次の記事。冒頭に、バルファキス氏がドイツに中指を突き立てたことが記載されている。これは怒る。
「ナチスの歴史を巡るドイツとギリシャの確執」The Economist(日経ビジネス3/26)
*4 とりあえず、Financial Times のコラムニスト Edward Luce 氏は、新しい主役を米国に求めている。
「[FT]米国、ギリシャを傍観する無力な巨人 」 (日経電子版7/7)無料記事
どうも、イギリスではさなそうだ。キャメロン首相は、自国のことしか頭になさそうだから。
「英国がユーロ離脱たきつける公算 自国経済への波及嫌い」 産経ニュース(7/6)
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