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2015年10月 9日 (金曜日)

518【税効果17】まとめ〜日本基準のゆくえ

2015/10/9

先日、渋谷から皇居手前の最高裁判所まで、青山通りを一気に歩く機会があった。お天気は申し分なく、ちょっと早足だったが、熱を持った体に当たる風は涼しかった。田舎にはない景色の連続なので、退屈もしなかった。道は、途中、赤坂見附で少しうねった以外、ほとんど真っ直ぐだった。

 

妙な考えが頭に浮かんだ。「青山通りって、税効果会計の日本基準みたいだなあ。」

 

若者文化を代表する街、渋谷。そこから、最高裁判所までのハイソで落ち着いた街道、青山通り。最高裁判所は、社会的な欲望の対立や矛盾を収める典型的な大人の世界だ。青山通りは、まるで、若者が大人の振る舞いを勉強して成長していく過程のようだ。(ただ、行き着くところが裁判所というのはいただけないが。)

 

一方、2000年の会計ビックバンで欧米の会計レベルに追いつこうと導入された金融商品会計、減損会計、退職給付会計、そして税効果会計。最初の3つは税務上の処理と著しく異なるので、税効果会計なしには導入できなかった。そういう意味で、税効果会計は日本の会計基準がグローバル基準に追いつく基盤だった。グローバル基準を“大人”とすれば、まだ幼かった当時の日本基準を一応一人前にさせたのが、税効果会計だった。

 

さて、それから十数年が経ち、グローバル社会とますます関係を深めた(一部の)日本企業は、日本の会計基準にもう一段の成長を求めている。もっと使いやすい会計基準をと。それが、今回の繰延税金資産の回収可能性に関する基準の改定へと繋がった。

 

僕は、今回のシリーズで、この公開草案をIAS12「法人所得税」と比較することで、その成長ぶりを確認したいと思ったが、ちょっと不満を持つことになった。定着している実務を大きく変更しない配慮により、従来の監査委員会報告第66号の枠組みを踏襲したことで、会社分類やスケジューリングに関する細かい規定が残ったからだ。

 

しかし一方で、公開草案のその会社分類の方法は、従来より将来思考的になり、企業が責任を持って作成した業績見通しを反映しやすくなっている。企業が将来思考的になることは戦略的になることだから、企業経営の進化であり、歓迎すべきことだ。当然、会計はそれをサポートしたり、促したりする役割が期待される。それに貢献しそうな進化を確認できた。

 

それにしても、日本基準はIAS12と違いすぎる。

 

企業に自由と責任を与え、その見積りに全面的に依拠しているように見えるIAS12に対して、日本基準は箸の上げ下ろしまでを指示している。まるで細則主義の基準だ。IFRSとのコンバージェンスやIFRSへの移行が検討されているのに、ASBJは、この差は解消するつもりがないのだろうか。

 

この疑問を解消するために、今度はUS-GAAPを見てみることにした。IFRSUS-GAAPは、かつて、熱心にコンバージェンス・プロジェクトを進めていたし、細則主義的な日本基準の将来の方向性を見るのに、細則主義のUS-GAAPが役立つと思ったからだ。

 

結果は、予想外のものとなった。US-GAAPでは、意外なことに、企業分類は要求されないし、スケジューリングも必要最小限の場合にしか要求されない。積極的証拠とか消極的証拠とか、MLTN基準といった日本基準にはない概念はあるものの、それらは抽象的なことであり、結局、繰延税金資産の回収可能性の見積りは、企業の判断に任されている。

 

結局、日本基準の規定が細かいのは、日本の税法に原因がありそうだということになった。日本の税法の、税の繰戻しや繰越欠損金の使用期限に係る規定が、繰延税金資産の回収可能性の見積りを難しくしている。米国連邦税の規定に比べると、税効果の実現が遥かに困難で不安定なのだ。そのために、日本基準は細かい規定を設けざる得ないのだろうと感じた。

 

即ち、単なる“会計基準のコンバージェンス”では越えられない壁がある。この会計基準を進化させるには、日本の税法を変えるしかない。

 

日本は、国家財政難の折、増税は議論されても減税は難しい。しかし、税効果会計の不安定さ(企業の業績が悪化すると、繰延税金資産が取り崩され、損失を大幅に拡大させる)は、経営上大きな問題であり、それに対処するため日本企業は、他国企業に比べて余分なエネルギーが必要となる。

 

消費税率を上げるために、そして法人税率を下げるために、税収を下げない工夫がされているが、そのために税効果会計は益々不安定になっていく。繰越欠損金は益々税効果の実現が不安定になっていく。結局、“法人税率の引下げ”という形式だけを求めて、企業経営の負荷を重くするというよく分からない税制改革が行われている。経済のパイを大きくするとか、経済成長率を上げる政策は、骨抜きにされたり、効果を相殺させられたりしている。

 

税の繰戻し制度や繰越欠損金制度は、企業の生涯納税額を負担能力に応じて平等にするものだが、それを制限する現行の税法は、経営が失敗した企業に冷たい制度になっている。納税負担が軽減されず、再起する資金を減らされてしまうからだ。これは個人所得税も同様で、事業や投資を失敗したり、災害や病気で思わぬ費用負担を強いられたりした個人にも冷たい。

 

経済的弱者となった企業や個人を税制上どのように扱うかについては、社会的な議論が必要かもしれないが、「払過ぎとなっている税金を取戻す(=繰戻し)権利」や、「払過ぎにならないように課税所得を調整する(=繰越欠損金による課税所得控除)権利」は、もっと大切に扱ってもらった方が良いように思う。もっと企業や個人がリスクを取りやすい社会にするために、必要な考え方ではないかと思う。

 

ということで、日本基準の一層の進化は、このような税制の社会的議論の有る無しや、そのゆくえに掛かっている。とはいえ、会計の世界からの問題提起が行われていないのは寂しい(少なくとも、僕はそのような問題提起が行われているのを知らない)。

 

 

青山通りは最高裁判所の脇で皇居にぶつかって終点を迎える。それ以上まっすぐ伸びることはない。税効果会計はどうだろうか。果たして、税法が皇居のように神聖にして犯すべからざるものなのか、それとも、その壁を越えてもう一段進化できるのか、もちろん、僕は後者となることを望んでいる。

 

ところで、青山通りには、羊羹で有名な“とらや”の本店がある*1。その有名な羊羹は少々高くて手が出なかったので、それはお土産用にして、自分用に“栗ごよみ”という季節限定の和菓子をバラで購入した。これが大正解。みなさんも、機会があったらお試し願いたい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 本社ビル建替えのため、10/7をもって約3年間休業するとのこと。

 

https://www.toraya-group.co.jp/toraya/shops/

 

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