520.【CF4−02】気になる背景
2015/10/16
秋分の日から、もう、3週間が経った。日が落ちるのが早いせいか、妙に感傷的な気分になる。
先日、僕の馴染みのファミレス(そこで、このブログをよく書いている)で、可愛らしいお嬢さんからご挨拶をいただいた。「実は、今日が最後なんです。このバイトをやめます。」と、伏し目がちに。彼女は薬学部の学生で、来春、薬剤師試験を受験する。試験勉強に集中するのだ。「最後にお話ができてよかったです。」と、今度は僕の目を覗き込むように。
同様の境遇の学生は過去に何人もいたが、こんな挨拶をされたのは初めてだ(異動する店長から挨拶されたことはある。但し、目を覗き込まれはしなかったが)。みなさんも、不思議に思われるだろう。アルバイトからわざわざお別れの挨拶をされるなんて。
実は、これには訳がある。背景説明が必要だ。
う〜む、背景説明は重要だ。もし、背景説明がないと、唐突で、実感がわかず、そして、現実味のない話になってしまう。概念フレームワークの場合も同様だ。公開草案の中身だけ見るのと、その背景を知って見るのでは、大きく印象が異なってくるに違いない。
ということで、今回は、公開草案の冒頭や結論の根拠、その他に記載されている、この公開草案公表に至る経緯などを簡単に振り返ってみたい。
(始まり-国際会計基準委員会時代)
最初は、「財務諸表の作成及び表示に関するフレームワーク*1」として、1989年、国際会計基準委員会(=IASC、IASBの前身)によって開発・公表された。
(FASBとの共同プロジェクト時代)
2004年に開始したFASBとの共同プロジェクトによって2010/9に改定し、「財務報告に関するフレームワーク*2」と改名もした(=現行の概念フレームワーク)。改定箇所は、一般財務報告の目的(第1章)、及び、有用な財務情報の質的特性(第3章)で、このブログでは、1989年版が残った部分も含めて最初のシリーズ(2011/11/1〜)で扱った。
ご存知の方も多いと思うが、現行の概念フレームワークの目次を見ると、目次のみで中身が未完成な項目がある。実は、開発フェーズが段階的に8つ予定されていて、この時点で、1つしか完了していなかった(もう一つ、報告企業に関するフェーズが2010/3に公開草案の公表まで進んだが、そこで中断)。
(IASB単独時代)
アジェンダ協議2011で、IASBが自ら優先順位を下げていた概念フレームワークへの要望が意外と多いことが分かり、プロジェクトを急遽再開。上記の段階的なアプローチを止めて、2013/7に広範な内容のディスカッション・ペーパーを公表し、意見を募った。このブログでは、2013/10/7〜のシリーズとして扱った。その結果を受けて、今回の公開草案の公表となった。
なお、IASBは、このプロジェクトにおいて、ASAF(=会計基準アドバイザリー・フォーラム)を協議グループとしており、そのASAFのメンバーであるFASBやASBJを含む世界の主要な会計基準設定主体からインプットを受けている。
以上は、事実の羅列で面白くないと感じられた方も多いと思う。そこで、それぞれの時代の特徴を、僕の独断と偏見で述べてみたい。
(始まり-国際会計基準委員会時代)
1989年というと、(IASBの前身の)IASCがIOSCO(=証券監督者国際機構)から尻を叩かれ始めた時期だ*3。IOSCOがIASCへ要求したのは、会計処理の統一(=複数の代替的会計処理を容認することをやめて、比較可能性を高めること)と、金融商品や減損など不足している分野の会計基準開発だった。
したがって、この当時のフレームワークは、会計の根本概念を整理することで、それまで容認されていた代替的会計処理の統一や、未開発分野の会計基準開発の方向性を検討する上で、重要な役割を果たすことが期待されたことが想像できる。
2000/5月、IOSCOは、IASの30の基準を財務諸表の作成・表示の基礎となるコア・スタンダードとして承認し、外国企業にIASの使用を認めるようメンバー各国の規制組織へ勧告した。これが一応の区切りとなり、2001/4月からIASCはIASBへ改組し、国際会計基準(=IAS)は国際財務報告基準(=IFRS)と呼ばれるようになった。IASBの使命は、国内企業が使用する会計基準(=各国の会計基準)をIFRSへコンバージェンス(=収斂)させることだ。2005年には、EUがIFRSを採用した*4。
(FASBとの共同プロジェクト時代)
2010概念フレームワークには、US-GAAPとのコンバージェンスの基礎となることが期待されていたと思う。IASBにとって、会計先進国の先頭を走る米国を取込むことは、夢のまた夢だったに違いない。それが実現するかに思えた時期だった。IFRSが、本当に、世界統一の会計基準となることが具体的に想像できた時代に、2010概念フレームワークは開発された。
改定された一般財務報告の目的(第1章)、及び、有用な財務情報の質的特性(第3章)は、8つの開発フェーズの第1段階に過ぎないが、しかし、会計の最も根本部分を扱っていると思う。IASBとFASBの本気度が伺える。しかし、具体的な会計基準に結びつきやすい、したがって意見がバラつきやすい測定や認識の中止などについては先送りされた。まずは、合意しやすいところで合意する、という様子も垣間見える。
しかし、みなさんもご存知の通り、両基準のコンバージェンス・プロジェクトは、このあと、中断してしまった。
(IASB単独時代)
そして、今回の公開草案。IASBとFASBは喧嘩別れというわけでもない(FASBはASAFには参加している)が、「同じ場所へ行く目標はなくなった*5」としている。大人の別れだ。両ボードが互いの会計基準のコンバージェンスに区切りをつけたのちに、IASBは、このプロジェクトを再開させ、ディスカッション・ペーパーと公開草案が公表された。
段階的アプローチを止めて広範な改定となったのは、上述したようにアジェンダ協議2011とも関連するが、FASBとの綿密な調整が不要になったことが大きいと思われる。この方針は、ディスカッション・ペーパーの回答でも、一応、支持されたようだ(公開草案BCIN.16)。
この結果、概念フレームワークの開発は、FASBとの共同プロジェクト時代に比べると、格段にスピードを上げたことになる。
このように3つのフレームワークには、それぞれの時代背景からくる目的がある。最初はIOSCOの要求に応えるため、次にFASBと共通の枠組みを持ってUS-GAAPとの調和を図るため。では今回は?
今回は、初めて外部からの要求ではなく、自らの必要性で開発されるフレームワークになった。IASBは、IFRSのグローバル・スタンダードとしての位置付けに自信を深めるとともに、その責任を強く自覚し、基準開発のスピードを上げようとしているのではないか。そのために、概念フレームワークはこれまで以上にIASBに活用され、基準開発に大きな影響を与えていくと思われる。
したがって、概念フレームワークは、ますます基準開発における重要性を増してくる、というのが僕の予想だ。
今回の公開草案の“はじめに”の記載ぶりは、概念フレームワークが「IASBの、IASBによる、IASBのための」ものであるとの印象が強かった。現行のフレームワークではこの部分が、色々な関係者に役立つもの、即ち、「みんなのもの」のように記載されている。僕は、この変化が「IASBが概念フレームワークを使い倒そう、そして、基準開発をスピードアップさせよう」としている証拠のように思えるのだ。
ところで、冒頭の女子大生の件だが、みなさんは背景説明を知りたいだろうか。もし、このまま何も書かずに終われば、みなさんには次のようなイメージが残るに違いない。
「(IASBとFASBのように)お互いの調和を図ろうとしたが、結局、それぞれの道を歩むことにした。お互いの健闘を祈り合いながら。」
美しい。文章構造的には、概念フレームワークの背景に絡んだ美しい展開となる。しかも、落ち葉舞う分かれ道、秋のイメージも感じられて、内容的にも美しい。但し、みなさんから、僕が“色ボケおやじ”と思われる可能性がある。相手は娘ぐらいの年齢なのだから。“妄想会計士”というご批判なら甘んじて受けるが、“色ボケ”はちょっと…
だが、事実を明かすと、みなさんをがっかりさせてしまうかもしれない。概念フレームワークには背景説明が必要と思ったが、こちらは、敢えて、省かせていただこう。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 英語:The Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements
*2 英語:The Conceptual Framework for Financial Reporting
*3 下記のJICPAのホームページによると、IOSCOは1987/9からIASCの諮問グループへ参加し、1988/11には、IASCの活動を支持するとの声明文を公表した。
第2章 国際財務報告基準(IFRS)への収斂の国際的動向 01
それまで“夢”でしかなかった国際会計基準が、ここで一挙に実現性を帯び、脚光を浴びた。IASCにとっては、「頑張れば、各国の証券取引監督機関が承認しますよ」と、鼻先にニンジンをぶら下げられた格好になった。
*4 これは、*3の次のページに記載されている。
*5 これは、元FASB議長 Robert H. Herz 氏が講演で述べた言葉。詳しくは下記をご覧いただきたい。
422.【米FASB】同じ場所へ行く目標はなくなった 2014/12/9
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