528【CF4-08】“親会社説”と“経済的単一説”
2015/11/10
2つの対立する意見がある時、それを解決するには、次のパターンが考えられる。
A. どちらかの意見を採用する。
B. 両方の折衷案・妥協案を採用する。
C. もっと基本的なところへ視点を移す(その基本的な問題を解決する過程で解決する)。
IASBは、今回のEDで報告企業に関する章の追加を提案している。そのうち、“報告企業の境界”に関連して、“連結の範囲”という角度から前回(528ー11/9)記載したが、今回は、“親会社説”と“経済的単一体説”、即ち、「連結財務諸表は誰に向けて報告するものか、或いは、どういう立場で作成するものか」という対立する会計上の考え方に着目してみたい。
これに関して、日本の企業会計基準第 22 号「連結財務諸表に関する会計基準」の第51項には、次のような記載がある。
連結財務諸表の作成については、親会社説と経済的単一体説の 2 つの考え方がある。いすれの考え方においても、単一の指揮下にある企業集団全体の資産・負債と収益・費用を連結財務諸表に表示するという点では変わりはないが、資本に関しては、親会社説は、連結財務諸表を親会社の財務諸表の延長線上に位置づけて、親会社の株主の持分のみを反映させる考え方であるのに対して、経済的単一体説は、連結財務諸表を親会社とは区別される企業集団全体の財務諸表と位置づけて、企業集団を構成するすべての連結会社の株主の持分を反映させる考え方であるという点で異なっている。
平成 9 年連結原則では、いずれの考え方によるべきかを検討した結果、従来どおり親会社説の考え方によることとしていた。これは、連結財務諸表が提供する情報は主として親会社の投資者を対象とするものであると考えられるとともに、親会社説による処理方法が企業集団の経営を巡る現実感覚をより適切に反映すると考えられることによる。
平成 20 年連結会計基準においては、親会社説による考え方と整合的な部分時価評価法を削除したものの、基本的には親会社説による考え方を踏襲した取扱いを定めている。
<要点>
- 我が国の基準は、基本的には親会社説だが、経済的単一体説的なところもある(部分時価評価法の削除)。
- これらは、資本の部の表示に関する考え方の相違であって、資産・負債・収益・費用についての表示については相違はない。
- “親会社説”は、親会社の株主等へ報告するために、親会社の株主に帰属する持分のみを資本の部に置く。
- “経済的単一体説”は、子会社の外部株主を含めた企業集団全体の株主等へ報告するために、非支配持分(=少数株主持分)も資本の部に置く。
純粋理論的には、“親会社説”は資本の部だけでなく資産や負債など他の財務所表項目にも関係する。その典型例は、「子会社であることを維持したまま子会社株式の一部を外部へ売却した場合の処理」だ。
“親会社説”で親会社の立場で連結財務諸表を作成すれば、資産の外部への売却だから、シンプルにP/Lに子会社株式売却益を計上する。
しかし、“経済的単一体説”で連結グループ全体の立場で連結財務諸表を作成すれば、子会社株式の売却は連結グループへの出資とみなされ、売却益は(P/Lを通さず)資本の払込プレミアムとなって資本剰余金に計上される。
現在では、日本基準でも、IFRSでも、後者の処理を採用しており、資本の部以外では“経済的単一体説”が確定したといって良いと思う。この他に、当期純利益の表示も同様だ。P/L上、当期純利益は、親会社株主に帰属する分と非支配株主に帰属する分の合計を示し、内訳を脚注する。
したがって、上記の<要点>の2の記載は、“経済的単一体説”に押されまくってるが、資本の部の表示だけは“親会社説”を譲らないぞ、という宣言に他ならない。
いや、違う。実は資本の部も、“経済的単一体説”だ。なぜなら、
“親会社説”なら子会社の外部株主の持分は外部者の請求権(=残余財産分配権を表象するもの)だから、負債の部に“少数株主持分”として表示されるべきだ(ずっと昔はそうしていた)。
しかし、実際には“非支配株主持分”として資本の部の中に表示される(企業会計基準第 5 号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」の第7項(2))。これは、子会社の外部株主を内部者として扱い、単に、“支配”か“非支配”かで区別したにすぎない。
これについても、IFRSも同様の扱いだ(IAS1.54(q))。
じゃ、一体何が“親会社説”なのだろうか? 基準の現実は「一体、どこに“親会社説”の処理が残っているのだろう?」という状況だ。この点について、上記に引用した日本基準を再掲すると、次のように言っている。
連結財務諸表が提供する情報は主として親会社の投資者を対象とするものであると考えられるとともに、親会社説による処理方法が企業集団の経営を巡る現実感覚をより適切に反映すると考えられることによる。
要するに、「“経済的単一体説”は、(理屈は良くても)実感に合わない」ということなのだろう。しかし、「基本的には親会社説による考え方を踏襲」と主張している企業会計基準第 22 号の第51項は、非常に寂しい思いをしているのではないか。
では、状況が同じIFRSはどう言ってるのだろうか。それが今回のEDで追加された次の部分だ。
3.24 親会社の連結財務諸表は、子会社の財務諸表の利用者に情報を提供することを意図していない。子会社の投資者、融資者及び他の債権者は、子会社の財務諸表から、子会社の資源及び子会社に対する請求権に関する情報を求める。
日本基準と同じだ。あくまで“親会社説”を主張している。これはどういうことだろうか?
ここで、冒頭の「対立する意見を解決するパターン」を思い出すと、実質はAで“経済的単一体説”を採用しているが、表面上は“親会社説”を取り繕っている。ということは、Bだろうか? いや、僕はCじゃないかと思っている。「C. もっと基本的なところへ視点を移す(その基本的な問題を解決する過程で解決する)」だ。
その基本的な問題とは、財務情報の質的特性である“目的適合性”と“忠実な表現”だ。
“親会社説”は、親会社の立場で親会社の株主等のために連結財務諸表を作成する。これは実感・実態に合っている。例えば、子会社の利害関係者は、親会社の連結財務諸表を見せられても困惑するだろう。子会社の数字が見たい。だから、“経済的単一体説”は連結財務諸表の利用実態に合わない。
ところが、“親会社説”を突き詰めていくと、B/SもP/Lも親会社持分に相当するネットの金額しか表示されなくなる。極論すれば、現金でさえ、子会社の現金は親会社の持分比率分しか連結財務諸表に計上されない。これでは資金管理もできないし、財政状態の実態はわからない。
或いは、10年前の日本の連結財務諸表であれば、総資産はグロスでP/L末尾の当期純利益は少数株主持分損益を控除したネット金額だった。これでは総資産利益率等の経営指標を計算しても意味がない。そんな数字では経営者は企業(及び企業グループ)を経営できないし、株主等の利害関係者も企業実態の把握が困難だ。
要するに、“親会社説”は、連結財務諸表を作成する目的は良いのに、目的適合性がなく経済実態の忠実な表現にもなっていない。
一方、“経済的単一体説”は連結財務諸表をどういう立場で誰のために作成するかについて受け入れがたいが、子会社の外部株主の持分も含んだグロスの金額を表示するので、企業グループの自然な姿が表現され、利用者が利用しやすい。即ち、目的適合性があるし、忠実な表現になっている。
そこで、「“親会社説”か“経済的単一体説”か」ではなく、目的適合性と忠実な表現の観点からこの問題を解決しようとしたのだと思う。その結果が、連結財務諸表はあくまで親会社の立場から親会社の利害関係者のために作成するが、その会計処理はグロス金額になるし、非支配持分は資本の部に置くし、子会社株式の売却益は払込プレミアム扱いということになったのではないか。
僕は、以前の記事(521-10/20)に、「報告企業についての記載は、連結財務諸表の持分に関する2つの考え方(=“親会社説”と“経済的単一説”)に決着をつけるものかもしれない」と書いたが、確かに決着していると思う。但し、それは“親会社説”でも“経済的単一体説”でもないし、その折衷案でもない。利用者が使いやすい連結財務諸表を意図したということだと思う。
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コメント
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今までモヤモヤしていたことに、ズバッとお答え頂いた感じです。
とても腹に落ちました。ありがとうございます。
投稿: うさふみ | 2017年3月 6日 (月曜日) 08時11分
うさふみさん、コメントをありがとうございます。過分にお褒めいただき身にあまる光栄です。
投稿: はみだし | 2017年3月 6日 (月曜日) 14時56分