2015/11/9
秋らしくなると早いもので、先月下旬ぐらいから、日なたにいても薄着では寒くなった。季節はもう晩秋へ向かおうとしている。今年の秋はいつに増してもの悲しく感じられるので、なぜだろうと考えていたら、清水エスパルスのJ1降格へ行き当たった。やはり、ショックは大きいのだ。
J1でいるためには、リーグ戦で18チーム中15位以上の成績を維持しなければならない。このJ1の境界を決めるルールは極めて明快なため、どんなエスパルス贔屓の人でも疑問を挟む余地がない。悲しいほどに文句のつけようがない。だが、会計では、こんな明快なルールを定めることが難しいことが多い。例えば“連結の範囲”だ。
“連結の範囲”は、過去に様々な問題を引き起こしてきた。思い浮かぶものだけでも、次のようなものがある。
・山一証券の経営破綻につながった不良資産の飛ばし。
・カネボウの不良子会社の連結外し。
・エンロンの非連結子会社の特別目的事業体*1等を利用した不良資産隠し。
・オリンパスの不良資産の飛ばしファンド。
・サブプライム問題で CDO(=Collateralized Debt Obligations、債務担保証券)を組成した米金融機関が揺さぶられた特別目的事業体*1。
このうち、山一証券からオリンパスまでの連結外しは粉飾。最後のサブプライム問題については、会計基準の拡大解釈や趣旨からの離脱という批判はあっても、明確に会計基準違反とはされなかったようだ(US-GAAPの細かい規定に、形式的には収まっていたらしい)。しかし、ご存知の通り、ベアー・スターンズやリーマン・ブラザーズを破綻させ、シティグループなどの米金融機関の屋台骨を揺るがすことになった。粉飾も恐ろしいが、粉飾じゃないのに突然財務状況が一変するのもなお怖い。結局、米金融機関は、簿外資産に生じた損失を、連結の範囲に取り込んで多額の損失を計上した。
実は、これには当時のUS-GAAPの連結範囲の規定が絡んでくる*2。特別目的事業体の一部を連結させない(当時の)細かい例外規定が利用(悪用?)されたのだ。サブプライム問題が米国で起こったことは、決して、偶然ではなさそうだ。
このように連結の範囲はとても重要なのだが、今回のテーマはタイトルにあるように“報告企業の境界”だった。みなさんはもうお気づきと思うが、連結の範囲と報告企業の境界は同じことだ(と僕は思う)。この報告企業の境界は、現行の概念フレームワークには記載がなく、今回のEDで初めて追加されるもので、面白い特徴がある。
シンプル。“支配”の一言に尽きている。このシリーズの前回(524ー10/30)の“測定基礎の選択”の記載とは、全く、対照的だ。これぞ、“原則主義”という感じ。例えば、一部の規定を抜粋すると次のような感じ。
3.21 連結財務諸表では、報告企業は次のものについて報告する。
(a)
親会社が直接的に支配している経済的資源及び子会社の支配を通じて間接的に支配している経済的資源
(b)
親会社に対する直接的な請求権及び子会社に対する請求権を通じての親会社に対する間接的な請求権
(a)は資産のこと、(b)は負債のことだ。企業は、直接・間接を問わず、支配しているものは全て連結財務諸表に含めることになる。
確かに、Jリーグの降格ルールのような数値基準ではないため、個々の事例では迷う場面もあるかもしれない*3。しかし、昔のUS-GAAPのような形式基準ではないから、この“支配”は、もちろん、経済実態に基づいて判断される。これからは、リーマン・ショックの重みを感じながら、連結範囲を判断することが求められるだろう。即ち、違反すれば容赦ない批判が注がれる。
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*1 エンロンの時は、この特別目的事業体をSPE(= Special Purpus Entities)と呼んだ。サブプライムのときは、SIV(=Structured Investment Vehicle)や VIE(= Variable Interest Entities)などと呼んだ(以下、“SIV等”と記載する)。しかし、呼び名は変わっても、抱える問題は変わらなかった。
なお、サブプライム問題に関しては、連結の範囲(或いは、オフ・バランス)より公正価値会計が問題視されることが多い(=取引がほどんどない場合の市場価格の信頼性など)。これは、組成された金融商品の評価に関わるものなので、金融商品の内容・複雑性や格付け会社の役割が合わせて問題にされた。この方が馴染みのある方が多いと思う。
しかし、僕は、より根源的な問題は、連結の範囲(或いは、オフ・バランス)の問題にあると思う。複雑な商品性でリスクの所在が分かりにくくなる(≒金融危機時に買い手がいなくなった)のは、VIEやSIVの作り方に問題があるからで、もし、銀行の連結財務諸表に載せる前提でSIV等を組成していたら、こんないい加減なリスク管理はしなかったと思う。
SIV等は、信用の低い長期性のサブプライム・ローンを短期資金であるコマーシャル・ペーパーで調達した資金で大量に購入した上で、そのサブプラム・ローンを組み替えて、利息や元本の回収金を優先的に割当てたり劣後させたりして、リスクの異なる新しい金融商品(=CDO)を合成し、販売した。リスクの低いCDOは販売できるが、リスクの高いCDOは売れ残る。売れ残ったCDOを集めて、新しいSIV等を組成し、そこからまた優先・劣後の関係を合成し新しいCDOを組成する、ということを繰り返していった。何度やっても優先部分には高いの格付けがつけられたので(ここに格付会社が関与していた)、サブプライム・ローンという信用の低い債権が、合成を繰り返すたびに高格付けのCDOへ変化していくことになる。そのうち、銀行もリスクの所在が分からなくなったとされる。
しかし、最初のローンがサブプラムであったことに変わりはない。高い確率で貸倒が発生する。そうなれば、劣後債として合成されたCDOを大量に購入したSIV等の資金繰りが厳しくなる。そういうSIV等が発行するコマーシャル・ペーパーは引き受け手がいなくなる。もし、SIV等が資金破綻すれば、そこから外部へ販売された高格付けのCDOも債務不履行となる。高格付けのCDOが債務不履行となれば、その種のCDO市場に激震が走る。それは一大事なので、銀行が資金サポートせざる得なくなる(SIV等がコマーシャル・ペーパーを発行するために、銀行は信用供与に関する契約上の義務も負っていたようだ)。しかし、これで万事窮す。せっかく簿外にしてあったのに、ついに、銀行本体に損失が及ぶことになる。(この2つの段落は、NIRAモノグラフシリーズ基礎データ編を参考にしつつ書いた。)
これは、SIV等を簿外にする前提があったために生まれたスキームだと思う。特に、合成を繰り返してリスクの所在が分からなくなるプロセスは、銀行本体では考えられない杜撰なリスク管理だ。ここに問題の本質があると思う。
もし、SIV等を簿外にできなければ(=連結の範囲に含まれれば)、貸倒リスクを階層化したCDOの発行はできなかったはず。CDOは低コストで仕入れたサブプライム・ローンを高価格の債券へ作り変える魔法の産物で、SIV等はその製造設備だった。これが儲かったので、米銀はサブプライム・ローンをたくさん欲しがり、その手先となった住宅ローン会社がますます条件の悪いローンを増やしていった。そして、ローン申請手続きをごまかすなどの不正が常態化し、本来はローンなど組めない人々に対し、多くのサブプライム・ローンが組まれていった。
一方、CDOは信用格付が高い割に利率が良いので、有利な金融商品として欧米の金融機関を中心に需要が高かった。しかし、ご存知の通り、一旦信用不安が高まると買い手がつかなくなり、取引が枯渇し、時価の算定が困難となった(これが、公正価値会計の問題として取り沙汰された)。これが金融機関同士で疑心暗鬼を生み、欧州の銀行間取引市場は麻痺状態になったようだ。一部の金融機関では、取付騒ぎも起こり、資金繰り問題へ発展した。こうなると、それまで内在していたその他の問題(アイスランドの信用バブルやスペインなどの不動産バブル、さらにはユーロという通貨制度の欠陥、のちにはギリシャ国家財政の粉飾)も露呈し、一層の混乱につながった。この状態が、我々に“欧州金融危機”として報道された。
即ち、CDOを合成するためにはSIV等を連結外にすることが必要で、もし、それができなかったとすれば、サブプライム・ローンへの需要は高まらなかっただろうし、CDOが有利な金融商品として広く販売されることもなかったはず。したがって、サブプライム問題は起こらなかったかもしれない(過剰流動性によるバブルは、他の形になったと思う)。
*2 サブプラム・ローン問題が発生した2007年当時のUS-GAAPでは、以下の規定により、一部のSPE(=適格SPE=QSPE)を連結から除外することになっていた。
・SFAS140「金融資産の譲渡及びサービス業務並びに負債の消滅に関する会計処理」(2000/9公表)
・改訂解釈書第46号「変動持分事業体の連結-会計研究広報第51号の解釈書」(2003/12公表)
その後改訂され、適格SPEは廃止された。即ち、IFRSと同様に、SPEはすべて連結される。(以上は、明治大学渡辺雅雄氏の「オフバランス会計と目的指向会計会計基準設定」から)
*3 “支配”については、IFRS10「連結財務諸表」に具体的な規定があるが、数値基準はない。
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