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2015年11月

2015年11月25日 (水曜日)

529【番外編】13日の金曜日のこと

2015/11/25

このブログは、時々、1週間以上も更新が止まることがある。今回も、前回の記事が11/10なので、2週間も更新が止まっていた。楽しみにしていただいている方々には大変申し訳ない。用事が詰まって書けないこともあるが、単なるスランプのこともある。さて、今回は・・・

 

 

今月13日(金曜日)、パリで同時多発テロ事件が発生した。悲惨な事件だ。これについて「ISがキリスト教の不吉な日を狙ってテロを引き起こした」と考える向きがあるようだ。しかし、Wikipedia によると、13日の金曜日が不吉とされるのは、英語圏の多くと、ドイツ、フランスなど、キリスト教国の中でも一部地域に限られるようだ。例えば、イタリアでは17日の金曜日が不吉とされるらしい。よく耳にする「キリストが磔刑に処された日が金曜日」といった話には、根拠がないらしい。

 

そもそも、イエス・キリストはイスラム教でも重要な預言者の一人であり、本当にキリストの受難の日なら、ムスリムに取っても厄日だろう。この日を狙ってテロを起こすのは天に唾するようなものだ。逆に、キリストの厄日でないなら、即ち、単なる迷信で英語圏やドイツ、フランスで信じられているにすぎないなら、テロの効果を高めようと狙った可能性がある。

 

実際には迷信にすぎないことでも、それが繰り返されると、本当の厄日になっていく。今回のテロ事件で、英語圏やドイツ、フランスなどでは、宗教とは関係なく、ますます13日の金曜日が不吉に感じられていくだろう。

 

僕が「13日の金曜日は不吉」というイメージを持ったのは、映画「13日の金曜日」のせいだ。第1作は1980年に公開されている。恐らく、僕は大学時代に見たのだと思う。エクソシストを喜んで見ていたホラー好きの僕でも、これは心臓に悪い映画だった。和やかな場面に突然ジェイソンが出てきて殺戮を繰り返していく。この印象が「13日の金曜日」へ結びついている。

 

元々は、僕の縁起の悪い数字は“31”だった。小学校3年か4年の時、1年間で2度左腕のほぼ同じ箇所を骨折した。それが両方31日に起こったので、それからしばらくの間、31日になるたびに、母から「今日は気をつけなさい」と言われ続けた。“13”と“31”は、数字をひっくり返しただけでよく似ている。

 

というわけで、今でもなんとなく13日の金曜日は、気味が悪い。

 

 

ところで、いつもこのブログを書いているファミレスが、全面禁煙となった。これには衝撃を受けた。レストランで禁煙が広がっているのは知っているが、なぜか、僕はこのファミレスに関して全く警戒していなかった。だから、いつものように「灰皿をいただけますか」とウェイトレスにお願いすると、「実は、全面禁煙になったんです」と言われて、まさに、驚愕した。

 

この日は、「529CF4-09】財務情報の質的特性ー慎重性の復活」というタイトルの記事を途中まで書いて帰宅した。

 

これが、13日の金曜日に起こったことである。未だに、この記事は完成していない。

 

ちなみに、驚愕の事実を知った後に店外の喫煙所へタバコを吸いに出ると、そのウェイトレスが花壇を整えていた。以前にはなかったものだ。傍に「今日から全面禁煙です」と書いたのぼり旗があったので、「本当だね、全面禁煙って書いてある」と話しかけると、申し訳なさそうに「禁煙と聞いてそのまま帰ってしまわれるお客様もいるんです」と言って、また下を向いて作業を始めた。

 

僕は、花壇に「喫煙者も歓迎しています」というメッセージが込められている気がして、その後も通っている。(が、記事は完成していない。)

 

2015年11月10日 (火曜日)

528【CF4-08】“親会社説”と“経済的単一説”

 

2015/11/10

2つの対立する意見がある時、それを解決するには、次のパターンが考えられる。

 

A. どちらかの意見を採用する。

B. 両方の折衷案・妥協案を採用する。

C. もっと基本的なところへ視点を移す(その基本的な問題を解決する過程で解決する)。

 

IASBは、今回のEDで報告企業に関する章の追加を提案している。そのうち、“報告企業の境界”に関連して、“連結の範囲”という角度から前回(528ー11/9)記載したが、今回は、“親会社説”と“経済的単一体説”、即ち、「連結財務諸表は誰に向けて報告するものか、或いは、どういう立場で作成するものか」という対立する会計上の考え方に着目してみたい。

 

これに関して、日本の企業会計基準第 22 号「連結財務諸表に関する会計基準」の第51項には、次のような記載がある。

 

連結財務諸表の作成については、親会社説と経済的単一体説の 2 つの考え方がある。いすれの考え方においても、単一の指揮下にある企業集団全体の資産・負債と収益・費用を連結財務諸表に表示するという点では変わりはないが、資本に関しては、親会社説は、連結財務諸表を親会社の財務諸表の延長線上に位置づけて、親会社の株主の持分のみを反映させる考え方であるのに対して、経済的単一体説は、連結財務諸表を親会社とは区別される企業集団全体の財務諸表と位置づけて、企業集団を構成するすべての連結会社の株主の持分を反映させる考え方であるという点で異なっている。

平成 9 年連結原則では、いずれの考え方によるべきかを検討した結果、従来どおり親会社説の考え方によることとしていた。これは、連結財務諸表が提供する情報は主として親会社の投資者を対象とするものであると考えられるとともに、親会社説による処理方法が企業集団の経営を巡る現実感覚をより適切に反映すると考えられることによる。

平成 20 年連結会計基準においては、親会社説による考え方と整合的な部分時価評価法を削除したものの、基本的には親会社説による考え方を踏襲した取扱いを定めている。

 

<要点>

 

  1. 我が国の基準は、基本的には親会社説だが、経済的単一体説的なところもある(部分時価評価法の削除)。

 

  1. これらは、資本の部の表示に関する考え方の相違であって、資産・負債・収益・費用についての表示については相違はない。

 

  1. “親会社説”は、親会社の株主等へ報告するために、親会社の株主に帰属する持分のみを資本の部に置く。

 

  1. “経済的単一体説”は、子会社の外部株主を含めた企業集団全体の株主等へ報告するために、非支配持分(=少数株主持分)も資本の部に置く。

 

純粋理論的には、“親会社説”は資本の部だけでなく資産や負債など他の財務所表項目にも関係する。その典型例は、「子会社であることを維持したまま子会社株式の一部を外部へ売却した場合の処理」だ。

 

“親会社説”で親会社の立場で連結財務諸表を作成すれば、資産の外部への売却だから、シンプルにP/Lに子会社株式売却益を計上する。

 

しかし、“経済的単一体説”で連結グループ全体の立場で連結財務諸表を作成すれば、子会社株式の売却は連結グループへの出資とみなされ、売却益は(P/Lを通さず)資本の払込プレミアムとなって資本剰余金に計上される。

 

現在では、日本基準でも、IFRSでも、後者の処理を採用しており、資本の部以外では“経済的単一体説”が確定したといって良いと思う。この他に、当期純利益の表示も同様だ。P/L上、当期純利益は、親会社株主に帰属する分と非支配株主に帰属する分の合計を示し、内訳を脚注する。

 

したがって、上記の<要点>の2の記載は、“経済的単一体説”に押されまくってるが、資本の部の表示だけは“親会社説”を譲らないぞ、という宣言に他ならない。

 

いや、違う。実は資本の部も、“経済的単一体説”だ。なぜなら、

 

“親会社説”なら子会社の外部株主の持分は外部者の請求権(=残余財産分配権を表象するもの)だから、負債の部に“少数株主持分”として表示されるべきだ(ずっと昔はそうしていた)。

 

しかし、実際には“非支配株主持分”として資本の部の中に表示される(企業会計基準第 5 号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」の第7項(2))。これは、子会社の外部株主を内部者として扱い、単に、“支配”か“非支配”かで区別したにすぎない。

 

これについても、IFRSも同様の扱いだ(IAS1.54(q))。

 

じゃ、一体何が“親会社説”なのだろうか? 基準の現実は「一体、どこに“親会社説”の処理が残っているのだろう?」という状況だ。この点について、上記に引用した日本基準を再掲すると、次のように言っている。

 

連結財務諸表が提供する情報は主として親会社の投資者を対象とするものであると考えられるとともに、親会社説による処理方法が企業集団の経営を巡る現実感覚をより適切に反映すると考えられることによる。

 

要するに、「“経済的単一体説”は、(理屈は良くても)実感に合わない」ということなのだろう。しかし、「基本的には親会社説による考え方を踏襲」と主張している企業会計基準第 22 号の第51項は、非常に寂しい思いをしているのではないか。

 

では、状況が同じIFRSはどう言ってるのだろうか。それが今回のEDで追加された次の部分だ。

 

3.24 親会社の連結財務諸表は、子会社の財務諸表の利用者に情報を提供することを意図していない。子会社の投資者、融資者及び他の債権者は、子会社の財務諸表から、子会社の資源及び子会社に対する請求権に関する情報を求める。

 

日本基準と同じだ。あくまで“親会社説”を主張している。これはどういうことだろうか?

 

 

ここで、冒頭の「対立する意見を解決するパターン」を思い出すと、実質はAで“経済的単一体説”を採用しているが、表面上は“親会社説”を取り繕っている。ということは、Bだろうか? いや、僕はCじゃないかと思っている。「C. もっと基本的なところへ視点を移す(その基本的な問題を解決する過程で解決する)」だ。

 

その基本的な問題とは、財務情報の質的特性である“目的適合性”と“忠実な表現”だ。

 

“親会社説”は、親会社の立場で親会社の株主等のために連結財務諸表を作成する。これは実感・実態に合っている。例えば、子会社の利害関係者は、親会社の連結財務諸表を見せられても困惑するだろう。子会社の数字が見たい。だから、“経済的単一体説”は連結財務諸表の利用実態に合わない。

 

ところが、“親会社説”を突き詰めていくと、B/SP/Lも親会社持分に相当するネットの金額しか表示されなくなる。極論すれば、現金でさえ、子会社の現金は親会社の持分比率分しか連結財務諸表に計上されない。これでは資金管理もできないし、財政状態の実態はわからない。

 

或いは、10年前の日本の連結財務諸表であれば、総資産はグロスでP/L末尾の当期純利益は少数株主持分損益を控除したネット金額だった。これでは総資産利益率等の経営指標を計算しても意味がない。そんな数字では経営者は企業(及び企業グループ)を経営できないし、株主等の利害関係者も企業実態の把握が困難だ。

 

要するに、“親会社説”は、連結財務諸表を作成する目的は良いのに、目的適合性がなく経済実態の忠実な表現にもなっていない。

 

一方、“経済的単一体説”は連結財務諸表をどういう立場で誰のために作成するかについて受け入れがたいが、子会社の外部株主の持分も含んだグロスの金額を表示するので、企業グループの自然な姿が表現され、利用者が利用しやすい。即ち、目的適合性があるし、忠実な表現になっている。

 

そこで、「“親会社説”か“経済的単一体説”か」ではなく、目的適合性と忠実な表現の観点からこの問題を解決しようとしたのだと思う。その結果が、連結財務諸表はあくまで親会社の立場から親会社の利害関係者のために作成するが、その会計処理はグロス金額になるし、非支配持分は資本の部に置くし、子会社株式の売却益は払込プレミアム扱いということになったのではないか。

 

僕は、以前の記事(521-10/20)に、「報告企業についての記載は、連結財務諸表の持分に関する2つの考え方(=“親会社説”と“経済的単一説”)に決着をつけるものかもしれない」と書いたが、確かに決着していると思う。但し、それは“親会社説”でも“経済的単一体説”でもないし、その折衷案でもない。利用者が使いやすい連結財務諸表を意図したということだと思う。

 

2015年11月 9日 (月曜日)

527【CF4-07】報告企業の境界

2015/11/9

秋らしくなると早いもので、先月下旬ぐらいから、日なたにいても薄着では寒くなった。季節はもう晩秋へ向かおうとしている。今年の秋はいつに増してもの悲しく感じられるので、なぜだろうと考えていたら、清水エスパルスのJ1降格へ行き当たった。やはり、ショックは大きいのだ。

 

J1でいるためには、リーグ戦で18チーム中15位以上の成績を維持しなければならない。このJ1の境界を決めるルールは極めて明快なため、どんなエスパルス贔屓の人でも疑問を挟む余地がない。悲しいほどに文句のつけようがない。だが、会計では、こんな明快なルールを定めることが難しいことが多い。例えば“連結の範囲”だ。

 

“連結の範囲”は、過去に様々な問題を引き起こしてきた。思い浮かぶものだけでも、次のようなものがある。

 

・山一証券の経営破綻につながった不良資産の飛ばし。

・カネボウの不良子会社の連結外し。

・エンロンの非連結子会社の特別目的事業体*1等を利用した不良資産隠し。

・オリンパスの不良資産の飛ばしファンド。

・サブプライム問題で CDO(=Collateralized Debt Obligations、債務担保証券)を組成した米金融機関が揺さぶられた特別目的事業体*1

 

このうち、山一証券からオリンパスまでの連結外しは粉飾。最後のサブプライム問題については、会計基準の拡大解釈や趣旨からの離脱という批判はあっても、明確に会計基準違反とはされなかったようだ(US-GAAPの細かい規定に、形式的には収まっていたらしい)。しかし、ご存知の通り、ベアー・スターンズやリーマン・ブラザーズを破綻させ、シティグループなどの米金融機関の屋台骨を揺るがすことになった。粉飾も恐ろしいが、粉飾じゃないのに突然財務状況が一変するのもなお怖い。結局、米金融機関は、簿外資産に生じた損失を、連結の範囲に取り込んで多額の損失を計上した。

 

実は、これには当時のUS-GAAPの連結範囲の規定が絡んでくる*2。特別目的事業体の一部を連結させない(当時の)細かい例外規定が利用(悪用?)されたのだ。サブプライム問題が米国で起こったことは、決して、偶然ではなさそうだ。

 

このように連結の範囲はとても重要なのだが、今回のテーマはタイトルにあるように“報告企業の境界”だった。みなさんはもうお気づきと思うが、連結の範囲と報告企業の境界は同じことだ(と僕は思う)。この報告企業の境界は、現行の概念フレームワークには記載がなく、今回のEDで初めて追加されるもので、面白い特徴がある。

 

シンプル。“支配”の一言に尽きている。このシリーズの前回(524ー10/30)の“測定基礎の選択”の記載とは、全く、対照的だ。これぞ、“原則主義”という感じ。例えば、一部の規定を抜粋すると次のような感じ。

 

3.21 連結財務諸表では、報告企業は次のものについて報告する。

(a) 親会社が直接的に支配している経済的資源及び子会社の支配を通じて間接的に支配している経済的資源

(b) 親会社に対する直接的な請求権及び子会社に対する請求権を通じての親会社に対する間接的な請求権

 

(a)は資産のこと、(b)は負債のことだ。企業は、直接・間接を問わず、支配しているものは全て連結財務諸表に含めることになる。

 

確かに、Jリーグの降格ルールのような数値基準ではないため、個々の事例では迷う場面もあるかもしれない*3。しかし、昔のUS-GAAPのような形式基準ではないから、この“支配”は、もちろん、経済実態に基づいて判断される。これからは、リーマン・ショックの重みを感じながら、連結範囲を判断することが求められるだろう。即ち、違反すれば容赦ない批判が注がれる。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 エンロンの時は、この特別目的事業体をSPE(= Special Purpus Entities)と呼んだ。サブプライムのときは、SIV(=Structured Investment Vehicle)や VIE(= Variable Interest Entities)などと呼んだ(以下、“SIV等”と記載する)。しかし、呼び名は変わっても、抱える問題は変わらなかった。

 

なお、サブプライム問題に関しては、連結の範囲(或いは、オフ・バランス)より公正価値会計が問題視されることが多い(=取引がほどんどない場合の市場価格の信頼性など)。これは、組成された金融商品の評価に関わるものなので、金融商品の内容・複雑性や格付け会社の役割が合わせて問題にされた。この方が馴染みのある方が多いと思う。

 

しかし、僕は、より根源的な問題は、連結の範囲(或いは、オフ・バランス)の問題にあると思う。複雑な商品性でリスクの所在が分かりにくくなる(金融危機時に買い手がいなくなった)のは、VIESIVの作り方に問題があるからで、もし、銀行の連結財務諸表に載せる前提でSIV等を組成していたら、こんないい加減なリスク管理はしなかったと思う。

 

SIV等は、信用の低い長期性のサブプライム・ローンを短期資金であるコマーシャル・ペーパーで調達した資金で大量に購入した上で、そのサブプラム・ローンを組み替えて、利息や元本の回収金を優先的に割当てたり劣後させたりして、リスクの異なる新しい金融商品(=CDO)を合成し、販売した。リスクの低いCDOは販売できるが、リスクの高いCDOは売れ残る。売れ残ったCDOを集めて、新しいSIV等を組成し、そこからまた優先・劣後の関係を合成し新しいCDOを組成する、ということを繰り返していった。何度やっても優先部分には高いの格付けがつけられたので(ここに格付会社が関与していた)、サブプライム・ローンという信用の低い債権が、合成を繰り返すたびに高格付けのCDOへ変化していくことになる。そのうち、銀行もリスクの所在が分からなくなったとされる。

 

しかし、最初のローンがサブプラムであったことに変わりはない。高い確率で貸倒が発生する。そうなれば、劣後債として合成されたCDOを大量に購入したSIV等の資金繰りが厳しくなる。そういうSIV等が発行するコマーシャル・ペーパーは引き受け手がいなくなる。もし、SIV等が資金破綻すれば、そこから外部へ販売された高格付けのCDOも債務不履行となる。高格付けのCDOが債務不履行となれば、その種のCDO市場に激震が走る。それは一大事なので、銀行が資金サポートせざる得なくなる(SIV等がコマーシャル・ペーパーを発行するために、銀行は信用供与に関する契約上の義務も負っていたようだ)。しかし、これで万事窮す。せっかく簿外にしてあったのに、ついに、銀行本体に損失が及ぶことになる。(この2つの段落は、NIRAモノグラフシリーズ基礎データ編を参考にしつつ書いた。)

 

これは、SIV等を簿外にする前提があったために生まれたスキームだと思う。特に、合成を繰り返してリスクの所在が分からなくなるプロセスは、銀行本体では考えられない杜撰なリスク管理だ。ここに問題の本質があると思う。

 

もし、SIV等を簿外にできなければ(=連結の範囲に含まれれば)、貸倒リスクを階層化したCDOの発行はできなかったはず。CDOは低コストで仕入れたサブプライム・ローンを高価格の債券へ作り変える魔法の産物で、SIV等はその製造設備だった。これが儲かったので、米銀はサブプライム・ローンをたくさん欲しがり、その手先となった住宅ローン会社がますます条件の悪いローンを増やしていった。そして、ローン申請手続きをごまかすなどの不正が常態化し、本来はローンなど組めない人々に対し、多くのサブプライム・ローンが組まれていった。

 

一方、CDOは信用格付が高い割に利率が良いので、有利な金融商品として欧米の金融機関を中心に需要が高かった。しかし、ご存知の通り、一旦信用不安が高まると買い手がつかなくなり、取引が枯渇し、時価の算定が困難となった(これが、公正価値会計の問題として取り沙汰された)。これが金融機関同士で疑心暗鬼を生み、欧州の銀行間取引市場は麻痺状態になったようだ。一部の金融機関では、取付騒ぎも起こり、資金繰り問題へ発展した。こうなると、それまで内在していたその他の問題(アイスランドの信用バブルやスペインなどの不動産バブル、さらにはユーロという通貨制度の欠陥、のちにはギリシャ国家財政の粉飾)も露呈し、一層の混乱につながった。この状態が、我々に“欧州金融危機”として報道された。

 

即ち、CDOを合成するためにはSIV等を連結外にすることが必要で、もし、それができなかったとすれば、サブプライム・ローンへの需要は高まらなかっただろうし、CDOが有利な金融商品として広く販売されることもなかったはず。したがって、サブプライム問題は起こらなかったかもしれない(過剰流動性によるバブルは、他の形になったと思う)。

 

*2 サブプラム・ローン問題が発生した2007年当時のUS-GAAPでは、以下の規定により、一部のSPE(=適格SPE=QSPE)を連結から除外することになっていた。

 

SFAS140「金融資産の譲渡及びサービス業務並びに負債の消滅に関する会計処理」(2000/9公表)

改訂解釈書第46号「変動持分事業体の連結-会計研究広報第51号の解釈書」(2003/12公表)

 

その後改訂され、適格SPEは廃止された。即ち、IFRSと同様に、SPEはすべて連結される。(以上は、明治大学渡辺雅雄氏の「オフバランス会計と目的指向会計会計基準設定」から)

 

*3 “支配”については、IFRS10「連結財務諸表」に具体的な規定があるが、数値基準はない。

 

2015年11月 3日 (火曜日)

526【番外編】文化とのれん

2015/11/3

今日は“文化の日”。Hatena Keyword の一部を引用すると次のようなものだそうだ。

 

「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」として定められた。

 

なんか違和感。(-; ) 借り物だな、これ。と思ったら、続いて次のように記載されている。

 

1946年11月3日に平和と文化を尊重する「日本国憲法」が公布されたことに由来する。

 

なるほど、憲法に関連してるのか。前文や第9条、国民の権利及び義務を記した第3章などの、日本国憲法の特徴をシンボリックに表したのが「自由、平和、文化」ということか。だが、自由や平和については感覚的に意味を理解できるものの、“文化”って捉えどころがない。“文化”って、なに?

 

ちょっと使用例を挙げてみよう。

 

安土桃山“文化”、マスメディアに登場する“文化”人、高校のクラブ活動では運動部に対して“文化”部、さらには“文化”包丁に“文化”鍋。オタク“文化”というのもある。

 

ますます、捉えどころがない。

 

そこでネット辞書(コトバンク)で意味を調べてみると、次のようにある。

 

人間の知的洗練や精神的進歩とその成果,特に芸術や文学の産物を意味する場合もあるが,今日ではより広く,ある社会の成員が共有している行動様式や物質的側面を含めた生活様式をさすことが多い。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

 

安土桃山文化は、安土桃山時代の(知的に洗練された人々の)生活様式。マスメディアに登場する文化人は知的に洗練された人や精神的に進歩した人。高校時代のクラブ活動は芸術や文学などのクラブ。包丁や鍋は、ありきたりのものではない革新的な製品なのだろう(特に発売当時は)。

 

ここまで考えて、ふっと思った。そう、これは無形資産のことだ。例の、実態が分からず金額評価や耐用年数の決定が困難な“のれん”だ。そういえば、企業“文化”などという言い方もある。“(企業)ブランド”と言っても良いだろう。

 

企業評価をするにあたって、最も重要な部分。しかし、最も難しい部分。経営者が最も注意を注いで大事に育てなければいけないものだが、不要不急のものなので簡単に無視したり粗末に扱えるものでもある。企業の最も核心的で革新的な部分だが、センスのない人には無駄に見える。

 

そう考えると、今日はとても大切な日だ。日本の最も核心的で革新的な部分とはなんだろう。

 

僕は以前、のれんシリーズで「のれん=人の評価」と書いた*1。やはり、日本にとって最も核心的で革新的なのは、日本に住む人々だろう。我々が(部分的であっても)共有している行動様式や物質的側面を含めた生活様式、知的洗練や精神的進歩とその成果が重要だ。そういったものは、オタク文化のように世界から共感を得、経済的な価値さえ生まれる。

 

ここまで書いて頭に浮かぶのは、522ー10/23 の記事に記載した“大学文系不要論”だ。実用から程遠いところ、常識の及ばないところに革新性は隠れている。文化と文系には何か面白い関係があるかもしれない。522ー10/23 の記事では、あまり突っ込まずにお茶を濁したが、いずれしっかり考えてみたい。

 

ちなみに、“文系”を“ぶんかけい”とも呼ぶが、それは“文化系”ではなく“文科系”で、漢字が違う。文化と文系は多少共通点があっても別物だ。したがって、「文化が重要なら文系も重要」みたいな安易な結論にはならないと思う。

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 もう、古い記事だが、以下のところなどに記載した(いずれも2013/1の記事)。

 

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(18)ついに「のれん=人の評価」!

のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(19)企業は生き物

 

 

2015年11月 2日 (月曜日)

525【投資】台風一過、晴れはいつまで?

2015/11/2

投資をやられている方は、先月末の日経平均株価が19,000円台を回復して、ホッとされていると思う。僕も、短期目的の投資銘柄を中心に、一時は大変な含み損を抱えたが、ひたすら売らずに耐えた。その結果、まだ含み損の解消には至ってないが、一方、台風の最中に購入したものもあり、今は「いつ損切りするか」ではなく、「いつ利益確定するか」を考えることもある。

 

その際、最も注目しているのは、次のことだ。

 

12月16日*1のFOMC(=米国・連邦公開市場委員会)による利上げに向けて、市場の反応はどっちに向かうか(強気か弱気か)。

 

僕は12月に米国は利上げするだろうと思っている*2。しかし、証券アナリスト等は、利上げは来年へ先送りされるという予想・意見の人が多いようだ。これらの人たちによれば、米国経済は、以下の理由でそれほど強くないとされている。

 

・7-9月の米国GDP成長率が4-6月の3.9%から1.5%へ大きく減速した。

・物価上昇率も上昇の兆候が見えない。

・雇用統計の新規雇用者数の増加ペースが減速している。

・中国経済など新興国経済への不安(一時期の過度な悲観は去った)。

 

米国の投資家が「米国経済は強い」と思っていれば、利上げはお祝い事になる。投資家たちの思いをFRBが追認することで、投資家たちの(明るい)予想に自信を与えるからだ。そして株価は上昇する。逆に、「米国経済は弱い」と思っていれば、利上げは厄災になる。まさに「泣きっ面に蜂」になって、株価は下落する。

 

10月末の株価を見ると、日経平均はまだ回復途上だが、米国のDOW30種平均はチャイナ・ショック前の6月末や7月末の水準まで概ね回復している。その回復の過程で、上記の米国の投資家の思いを垣間見られる象徴的な出来事があった。

 

・米国の投資家が「経済は弱い」と思っていることを象徴する出来事

 

10/2から10/12までDOW307連騰したが、その間、10/2の雇用統計をはじめ、年内利上げを否定するような悪い経済指標の公表が続いた。悪い指標なのに株価が上がるのは、利上げが遠のくことを投資家が期待するからで、その裏には投資家が米国経済に自信を持っていないことがあると考えられる。

 

・米国の投資家が「経済は強い」と思っていることを象徴する出来事

 

10/28FOMCは12月利上げを示唆する声明文を公表した。これに対して株式市場は急落後に急騰するという反応を見せた。結局、DOW30は前日より200ドル弱上昇して終えた。

 

10月上旬の悪い指標もあって、米国の投資家は年内利上げの可能性は低いと思っていたので、FOMCの声明文にまず悲観的な反応を見せた。しかし、すぐに切り返して上昇して終えたのは、中国経済に対する報道に肯定的なものが増えてきていた(製造業は悪いがサービス業は良いなど)ことや、10/2の雇用統計も、労働市場が悪化して新規雇用者数の増加ペースが減速したのではなく、むしろ、労働市場が引き締まったからとの新解釈が提示されるようになっていたことがあると思われる。そこにFOMCの声明文が強気に転じたので、投資家の米国経済に対する自信が強まった可能性が考えられる。

 

米国では、上旬に悲観的だったものが、下旬に楽観的に変わったように見える。しかし、状況は揺れ動いており、すぐに悲観に逆戻りするかもしれない。これは日本も同じで、9/29には17,000円を維持できなかった日経平均が、冒頭に記載した通り、10月末には19,000円を回復した。しかし、まだ2万円を超えるほどの勢いではないし、また、いつ逆戻りを始めても不思議はない。

 

しかし、台風の最中に「風雨はいつ弱まるのか、それともさらに強まるのか」と悩むことと、今のように「この晴天はいつまで続いてくれるのか」と悩むのでは、全然違う。不安は不安でも、なんてポジティブなんだろう。

 

このシリーズの前々回(507ー9/6)は神頼み、前回(512ー9/19)は子供騙しで自分自身を慰めたが、今回は天に感謝したい気分だ。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 日本時間では翌17日の午前4時頃に声明文が公表される予定。

 

*2 金利先物市場から推定すると、市場関係者(市場参加者)の半分ぐらいが12月の利上げを見込んでいることになるらしい。

 

12月米利上げ予想増加、FOMC声明受け=金利先物 REUTERS 10/29

 

但し、僕が知る限りでは、証券会社等のアナリストや経済学者などは、12月に利上げを予想したり或いは、12月に利上げすべきとの意見を持っている人は、それほど多くないようだ。

 

 

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