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2016年1月

2016年1月29日 (金曜日)

546【番外編】財政再建は、消費税より政治献金

 

2016/1/29

昨日、甘利明経済財政・再生相が、不正な金銭授受を認めて辞任した。甘利氏といえば、TPP交渉でも活躍が伝えられていただけに残念だ。ところが、Wikipedia の甘利氏の記載を見ると、すでに金銭に絡むいくつもの問題を起こしていたようだ。要するに、今回が“うっかりの初犯”ではない。全く残念だが、これが普通の政治家の感覚・姿勢なのだろうか。だとすれば日本の政治も腐敗している。

 

そういう目で、日経電子版の下記の記事を読むと「なるほど、甘い」と思えてくる。

 

甘利氏、現金授受認める 「きちんと処理 秘書に指示」  日経電子版 1/28無料記事

 

この記事に次のような記載がある。

 

2013年11月に大臣室で建設会社の社長らから菓子折りの入った紙袋をもらったことを認めた上で「秘書からのし袋が入っていたとの報告を受けた。政治資金としてきちんと処理するように指示した」と述べた。

 

菓子折りの入った紙袋に“のし袋”が入ってるって、怪しい。これが政治家の世界では普通なのだろうか。一般人なら、即座に違法性を疑うとか、違法でないとしても倫理的に問題がないか確認するのではないか。しかも、これが翌年にも繰り返されている。別の記事*1によれば、甘利氏は「自分自身なんら恥じることはしていなくても」と述べているが、その感覚・認知力を恥じてほしい。

 

そういえば、“世界腐敗度ランキング”なるものが27日に公表された*2。日本は168カ国中18位だそうだが、こういう金銭感覚の人が政権中枢に入ってる状況はどうなのだろう。入閣するにあたって身辺調査をするというが、甘利氏は上述のWikipediaにさえ、社会保険料の未納とか、複数のお金の問題を繰り返していることが書かれている。

 

日本は、官僚が“省益”に腐敗している。その“省益”は、最終的には自らの退職後の天下りにつながっているのだから、完全なる腐敗だ。このことは、もう、何十年も言われ続けている。それによる国民の損害・不効率は、国の借金という形で積み上げられ、もしかしたら数百兆にも及んでいるかもしれない。しかし、政治家がこのような感覚では、官僚の腐敗を止められない。

 

みなさん、政治家を監視しよう。いや、応援しよう。4年に1度の選挙だけでなく、普段から政治献金をして政治家に有権者の意思を伝えよう。そして、政治家がお金の問題を起こしたり、官僚に甘い判断をしたら、その政治献金を止めて別の政治家へ振替えよう。選挙区に関係なく政治家に意思を伝えられる。

 

この方が、消費税を払うより、よっぽど国の財政再建に役立つ。それに安い。政治家が厳しく自己を律することで政治資金が集まると分かれば、官僚の監督にも力が入るし、特定の利益団体への口利きもやめるのではないか。そうすれば、税金がもっと有効活用され、財政再建も進むのではないだろうか。

 

それにしても、甘利さん、期待していただけに残念だ。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 秘書が300万円を私的に消費 甘利氏が説明  日経電子版 1/28 無料記事

 

*2 世界腐敗度ランキング、ブラジルが大幅悪化 最悪は北朝鮮 REUTERS 1/27

 

2016年1月27日 (水曜日)

545【CF4-17】資産等の定義の前に、基本的な質的特性

2016/1/27

U23サッカー日本代表は、悲劇の地ドーハでアディショナル・タイムに決勝ゴールを決めイラクを破り、オリンピック出場を決めた。よかった! 劇的。でも、ハラハラさせすぎですよ、手倉森監督。

 

 

さて、ここまで、概念フレームワークの公開草案(=ED)についてつまみ食いしてきた。そして、概ね、「521【CF4-03】公開草案の質問項目の概要ー2015/10/20」の記事であげた僕の関心事項が終了し、あとは、資産等の定義に関連する問題(資産等の定義から不確実性の閾値が削除されたことなど、定義と認識基準が直結されたこと)を残すのみとなった。

 

今回は、これに進む前に改めて、概念フレームワークの基礎概念である「有用な財務情報の基本的な質的特性」を考えたい。この「基本的な質的特性」とは、“目的適合性”と“忠実な表現”の2つだ。これらは、現行の概念フレームワークも同じなので以前もこのブログに似たような記載をしたが、僕は次のような関係があると思っている。

 

目的適合性:利用者 ー (利用者から見た)財務情報の価値を高める

 

忠実な表現:作成者 ー (作成者に)経済実態を忠実に反映した財務情報の作成を要求

 

上記について、僕の考えていることを、改めて書かせていただきたい。

 

(目的適合性:利用者思考ー財務情報の価値を高める)

 

IASBが“目的適合性”という言葉を使った場合、「利用者の立場になって考えよ」とか、「利用者が求めているものを提供せよ」と言っているように僕は感じている。みなさんが概念フレームワークを読むときは、「目的適合性がある」を、「利用価値がある」とか「利用価値が高い」などと読み替えると分かりやすくなると思う。

 

例えば、“重要性”の記述は“目的適合性”の中にあるが、これは「手間がかかるから」などと作成者側の都合のみで“重要性”を考えるのではなく、「利用者サイドに立って財務情報の価値が上がるかどうかにもっと注目せよ」というメッセージに思える。

 

財務情報の価値を高めるとは、財務情報作成に携わる者の価値を高めることに他ならない。IFRSは外部公表用の情報だが、もちろん内部経営資料としても利用されるだろう。財務情報の価値を高めれば、経営者による評価も上がり、作成者である経理マンの価値も高まる。

 

“目的適合性”は、このED(結論の根拠を含む)で、資産等の定義や認識基準に関する記載でよく使われている。(一方、“忠実な表現”は、測定基準に関する記述によく出てくる。)

 

(忠実な表現 ー 作成者志向 ー 経済実態を忠実に反映した財務情報の作成を要求)

 

IASBが“忠実な表現”という場合、財務情報の作成者に「(形式ではなく)実態を確認せよ」と要求したり、「何が実態か、理解しているか」と問いかけているように思える。概念フレームワーク等で、“忠実な表現”が出てきたら、頭の中で「実態、実態」と唱えてみると良いと思う。

 

利用価値のある財務情報は、当然、架空の作り話であってはならず、実態を反映したものでなければならない。ということは、“忠実な表現”は、“目的適合性”の前提になる質的特性だ。一方で、“忠実な表現”は、「何が実態か」という価値判断を含む。その価値判断には、利用者の立場からの“目的適合性”が絡んでくる。よって、両者は車の両輪のように、2つ揃って機能する。

 

例えば、ある資産をB/Sに載せる際、「利用者はこの資産を取得価額で見たいだろうか、それとも時価で見たいだろうか」という価値判断が働く。金融商品のように、その資産が直接将来キャッシュフローに置き換わるものであれば時価の方が実態と思えるし、ある固定資産が事業に利用され、将来キャッシュフローがその事業から生み出されるのであれば、取得原価をベースにした方が実態と思えるだろう。

 

資産の測定(=評価額を決めること)には、会計上の見積りが多用されている。恐らく、IASBとしては、その際、作成者に「実態、実態」と唱えながら作業して欲しいと思っているだろう。判断が偏ったり、「前期と同じ処理をしとけばいいや」などと安易に考えないで欲しい、と思っているに違いない。

 

 

「実態を忠実に描写し、利用価値の高い情報を提供する」と書くのは簡単だが、多用されている会計上の見積りは、作成者の判断が重要となるため、作成者に重圧がかかる。判断がブレれば利用価値が削がれる。したがって、作成者には実態の理解や会計上のテクニックに加え、強いメンタルが必要だ。

 

U23日本代表にも重圧がかかっていたが、やり遂げてくれた。とても励まされる。1/30、23:45キックオフの決勝戦(韓国戦)も楽しみだ。

 

ということで、次回は、資産等の定義に関連するテーマを、今回の基本的な質的特性の観点から眺めていきたい。

 

 

 

 

2016年1月22日 (金曜日)

544【CF4-16】純利益を勝手に定義

2016/1/22

リオ五輪最終予選に出場しているサッカー日本代表チームは、日本時間で20日へ日付が変わった頃、2-1でサウジを破り、3連勝でグループ・リーグを終えた。次の試合は、今日深夜キック・オフの決勝トーナメント準々決勝イラン戦となる。

 

サウジ戦で手倉森誠監督は、またも大幅に先発メンバーを入れ替えてきた。これで代表メンバー23人全員が出場したことになるらしい。首尾よくオリンピック出場権を得られた場合、本番のオリンピックのためになるべく多くの選手が代表の試合を経験していることは、戦略的に重要かもしれない。

 

いやその前に、日本がオリンピック出場権を手にするために、この決勝トーナメントでトップ3に入る必要がある。あと2勝必要だ。手倉森監督はグループ・リーグの各選手の活躍から貴重な情報をたくさん入手できたことだろう。まずは、今夜の采配に注目したい。

 

 

さて、前回(543-1/19)の記事では、IASBが純利益とOCIを区分する明確な定義を先送りし、しかも、それに決着をつけることにあまり前向きでないのではないかと記載した。理由は「世の見解が定まってないから」ということらしい。では、今回は、どういう純利益が理想か、僕の勝手な意見を書いてみたい。

 

すでに、ASBJ(=日本の企業会計基準委員会)は、我々日本の実務家に馴染みやすい“実現利益”に近いイメージの「企業活動の成果が不可逆的に確定した利益」を純利益とする提案を行い、一方FASB(=米国財務会計基準委員会)は、米国企業が任意に開示している“非GAAP利益”の実務を背景にした議論を紹介している。

 

僕の印象では、ASBJの提案は、評価損益のような将来再評価されて変動する損益の一部をOCIへ追い出し、純利益を、その期間の確定した(不可逆の)数字として表現しようとしている。理論的で美しいが、財務報告の読者の要望・ニーズに合っているかどうか(=目的適合性)については、まだ確認ができていない。

 

一方FASBの議論は、異常項目や特殊要因を除いた企業本来の実力を表現した利益を投資家が求めているが、それをルールに落とし込んで規定化することは、非常に難しいという印象を持っている。何が異常で特殊であるかを一律に決めることは困難だ。

 

どちらも、一長一短あるが、じゃあどうするか? もちろん、今までも繰り返してきたように、“目的”へ戻ってそこから考える。IASBFASBは、一般財務報告の目的として次の2項目を挙げている。

 

 将来キャッシュ・フローを生み出す企業の能力の評価

 

 経営者の受託責任遂行能力の評価

 

これらの目的は、“純利益”のような特定の指標によって単純に達成されるものではなく、財務報告の利用者が財務報告全体から読み取り評価することで達成されるもの、としている。(前回記載したように、IASBは、“純利益”が財務業績を表す主要な指標であると提案しているが、それが全てではなく、財務報告の他の情報にも注意を向けてほしい、という意味。)

 

このような目的を持つ財務報告のうち、P/Lの役割は、「企業が当期中に自らの経済的資源に対して得たリターンを描写する」ことだ。IASBは“経済的資源”とか“リターン”などと表現するが、まあ、簡単に書けば、「当期中の企業活動の成果」で良いと思う。

 

まず、この①と②を見ると、これらが同じ利益ではないことに気付く。そして、財務報告の利用者がこれらの評価をするためには、数字だけでなく文章による説明が不可欠なことにも気付く。

 

 

(①と②が同じ利益ではないことについて)

 

①を評価するには、異常項目や特殊要因を排除した、翌期以降も獲得可能な利益が表示されることが望まれる。例えば、大規模なリストラによる減損などの損失や、多額の資産売却による損益は、翌期以降に繰り返し計上される可能性が低いので排除してほしい。これは、FASBの議論にあった非GAAP利益に近いかもしれない。

 

しかし、②を評価するには、リストラや資産売却の合理性も重要な評価対象になるから、排除されては困る。さらに言えば、経営者を評価するにあたって、P/Lから除くべき取引・損益などあるのだろうか?

 

例えば、当期発生した多額の損失が前任者の負の遺産だったとしても、そう評価・解釈するのは読み手であって、経営者が主張してよいものかどうか。災害損失にしても、他の企業に比べて多すぎるとか、軽微だとかの評価は行われるだろう。市場変動に対する対応も、経営者の役割であることは、今や一般的な認識となっていると思う。やはり、除いてよいものを特定するのは難しい気がする。

 

以上から、①は非GAAP利益のようなものだが、②は包括利益なのかもしれない。何れにしても、両者は異なる利益だ。純利益を定義するなら、①に役立つ利益を目指すべきだろう。

 

(文章による説明が不可欠なことについて)

 

①を評価するには、事業環境の説明が欠かせない。需要像が見込める環境なのか、競争が厳しさを増しているのか、相場変動の影響を受けやすい環境なのか、コスト増につながる規制強化の動きがあるのか、といった事業の将来に関わる情報が必要だ。

 

②を評価するには、環境変化に対する企業の戦略的対応の説明が必要だ。例えば、リストラや資産売却も、経営戦略の一環として前向きな動きなのか、それとも環境変化に後手をとって受動的に強いられた行動なのかを評価したいだろう。それには、数字だけでは不十分で、文章による説明が必要になる。

 

しかし、これらの説明は、有価証券報告書を見ても“経理の状況”には書いてない。財務報告ではなく、非財務報告を見なければ分からない。さらに言えば、例えば“事業の状況”を見ても、将来の見込みについては抽象的な表現しかなく、読み手はアナリストなどの第三者の解説や新聞などから自分で情報を入手した上で分析するしかない。

 

このように考えてみると、IASBFASBが想定している一般財務報告の目的は、特に①についてはかなり理想的というか究極のものであり、現実の財務報告とはだいぶ距離が遠いことが分かる(IASBもそれは認識している)。したがって、もう少し近いところに目的を設定し直した方が考えやすいかもしない。すなわち、財務報告は、利用者が入手する情報の一部でしかなく、かつ、純利益以外にも色々な箇所を分析しなくてはならない。そういう中で、純利益が最も有用になるには、どういう純利益であるべきか。

 

②の目的には(純利益にOCIを加えた)包括利益が役立つだろう。するとやはり、純利益は ①の目的に役立つものを考えた方が良い。ただ、将来キャッシュ・フローの予測にそのまま使える平準化された純利益をルール化・規定化することは難しい。むしろ、利用者が財務情報以外から入手する将来情報を利用して、自ら異常・特殊項目を除く加工・分析することを容易にする純利益が良い。

 

そこで考えられるのは、包括利益を以下の2つに分けることだ。

 

A. 対象期間に確定した利益(=実現した取引から生じる損益)

B. 市場要因で将来変動する利益(=期末における資産・負債の評価損益)

 

Aは、ASBJのいう不可逆な企業活動の成果に近いかもしれない。僕は、これを純利益にするのが良いと思う。Bは、分析者が自己の相場観で将来を予想しやすいようにAから分離する。例えば、退職給付債務は市場金利が低下すると増加するので費用が発生するが、それはBとして扱う。期末外貨建資産の為替レート変動による影響や、売買目的のものを含めた金融資産の評価損益も同様だ(この点はASBJの純利益とは異なる)。ただ、売却・決済するなどB/Sから消滅したものは、その際の損益をA、即ち、純利益へ計上する。

 

企業は(金融商品取引や商品取引を事業とする場合を除き)顧客との製品・サービス市場で社会的役割を果たし、主要な稼ぎを得ている。企業の事業目的は顧客や製品・サービス市場へ繋がっている。金融市場や商品市場は、この事業目的を果たすための手段として利用しているにすぎない。だから、この製品・サービス市場から得る利益と、金融市場や商品市場から一時的に生じる評価損益を分けたいのだ。それによって、企業が事業目的を首尾よく追求できているかがわかる。また、Bを見ると、事業を遂行するために、どのようなタイプの市場リスクを負っているかが分かりやすくなると思う。

 

このような純利益は、FASBの議論に出てくる非GAAP利益のように異常項目や特殊項目を除いたものではないため、①の目的のためには、財務報告の利用者が自分で異常性や特殊性を判断して除く必要がある。それは手間になるが、異常性や特殊性を一律に規定することが困難なので、利用者の判断に委ねるしかない。あとは企業がそういうものを容易に分離できるようP/Lの表示や注記を分かりやすくするのが良いと思う。

 

ということで、僕がイメージする純利益は、ASBJ型の純利益に近い。定義もASBJ式に「当期中の企業活動の不可逆な成果」とするのが良いと思う。要するに、基本的にはASBJの純利益の考え方に賛成なのだ。

 

ただ、このような純利益が、財務報告の利用者に歓迎されるかどうかは、実際に調査する必要がありそうだ。異常項目・特殊項目の開示の仕方を含めて利用者の反応を確かめ、欠点があれば改善したり、啓蒙活動も必要かもしれない。その上で IASB へ再提案すれば、ASBJ式の純利益が採用されるかもしれない。グループ・リーグでの手倉森采配と同様に、実践的にテストしてブラッシュ・アップするのが良さそうだ。

 

 

 

 

2016年1月19日 (火曜日)

543【CF4-15】“純利益とOCIの区分”を先送り。で、いつまで?

2016/1/19

リオ五輪のサッカー・アジア最終予選(=ドーハ・ラウンド)で、日本は2連勝でグループ・リーグ突破を決めた。手倉森誠監督は、第1戦の北朝鮮戦と第2戦のタイ戦で先発メンバーを大きく入れ替えたが、入れ替えられた選手がそれぞれ活躍したので、レビューラー争いは熾烈を極めていると思われる。要するに、代表チーム23名のそれぞれが優劣つけがたく、先発組とベンチ組に容易に分けられない。我々にとって喜ばしい状況にある。

 

IASBも、このED(=公開草案)で、純利益とOCI(=その他の包括利益)を分けられなかった。ただ、我々と違って、苦々しい思いを抱いているだろう。純利益やOCI(或いは包括利益)は、財務業績を表示する最も重要な要素であるにもかかわらず、それを明確に定義できなかったのだから。

 

この経緯は、このEDの結論の根拠に詳しく記載されている。今回は、それを辿ってみようと思う*1

 

 

まず、IASBの結論から見てみよう。

 

…、IASB は、純損益の堅牢かつ適切な定義は、「概念フレームワーク」では実行可能ではないであろうと考えた。BC7.41

 

その理由は、「世の見解が定まっていないから」ということだと思う。それは、次のような記載から読み取ることができる。

 

IASBは、DP(=ディスカッション・ペーパー)でのIASBの提案の要約や、それに対する様々なコメント(=フィードバック)を紹介し、「コメント提出者は、提案の大半について賛否両論を示した」(BC7.29)、「多くのコメント提出者が、純損益及びOCI の使用にはさらに思考と分析が必要であると述べた」(BC7.31)などと記載した。

 

コメント提出者ばかりでなく、「投資者及びアナリストが表明した見解も賛否両論に分かれ、寄せられた他のフィードバックとおおむね整合的であった」とした(BC7.32)。

 

DP作成時などに行った現行基準の分析や理論的な検討から、「すべての基礎にある単一の概念的根拠はない」とも記載している(BC7.35)。

 

それでも、IASBは、コメント提出者やその他の多くの人が、「IASB が純損益又はOCI を定義するか又はより適切に記述すること、あるいは財務業績を定義することを一貫して要望してきた」(BC7.34)ことに鑑み、次の方針でEDを開発した。

 

BC7.38 本公開草案では、「概念フレームワーク」は次のようにすべきであると提案している。

 

(a) 純損益計算書を企業の当期の財務業績に関する情報の主要な源泉として記述する。

 

(b) 純損益に係る合計又は小計を要求する。

 

(c) 純損益計算書の目的は次の両方を行うことである旨を明記する。

 

(i) 企業が当期中に自らの経済的資源に対して得たリターンを描写する。

 

(ii) 将来キャッシュ・フローの見通しの評価及び企業の資源についての経営者の受託責任の評価に際して有用な情報を提供する。

 

ということで、「“明確な定義”はできなかったけども、現時点で可能なかぎり、多くのみなさんの要望に応える最善の努力はした」と、IASBは主張しているようだ。確かに、現行の概念フレームワークが純利益に全く言及していないことに比べれば、改善したのかもしれない。

 

 

以下は、ちょっと余分なことを書く。完全な僕の主観・感想だ。

 

改善かなあ? 現状のIFRSを追認しただけの、あってもなくてもどちらでも良い記述、という気もしないではない。もしかしたら、IASBは、この問題の解決に、あまり乗り気でないのかもしれない。

 

IASBは、この問題に関するASBJ(=企業会計基準委員会)の美しい提案*2を「例えば、あるコメント提出者は、純損益を不可逆な成果の包括的な測定値として記述することを提案した」(BC7.31)としか記載しなかった。

 

その一方で、「こうした定義を開発することの困難さを認め、こうした定義の作成に向けての数十年間の調査研究や数多くの試みが満足のいく成果を生み出していないことを指摘したコメント提出者もいた」と、恐らく、たった一名の後ろ向きなコメントをわざわざ紹介している。

 

もしかしたら、IASBは、上記の当たり障りのない記述が確定したら、この“純利益とOCIの区分”の議論を当面封印しようとしているのではないか。財務業績という会計の“超”基本テーマだけに、もっと深めてほしいのだが。

 

 

さて、手倉森監督は、今夜のサウジ戦までは先発メンバーを試すことができる。しかし、その後は負けたら終わりの決勝トーナメントなので、もう、先発組・ベンチ組を固めなければならない。IASBと異なり、時間を区切られているのだ。とりあえず、手倉森監督のアイディアに注目しよう。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 「財務業績に関する情報(7.19 項から7.27 項)」というタイトルがついたBC7.24BC7.57の段落に記載されている(“BC”は結論の根拠の段落番号)。日本語版だと約6ページに渡っている。

 

*2 ASBJの提案の詳細については、521-2015/10/20 の記事の欄外*2に参照先が示されている。

 

2016年1月14日 (木曜日)

542【CF4-14】重要性とコスト制約の記述に見える概念フレームワークの役割

 

2016/1/14

ようやく冬らしい寒さになってきた。おかげで、539-1/5の記事に記載したタンポポや菜の花は枯れてしまった。残念なことだ。僕としては、寒いのは嫌いだが、地球温暖化を考えればそうも言ってられない。むしろ、寒いことを喜ばなくてはならない。

 

さて、以上の文章には次の判断が働いている。

 

僕の個人的な寒さを嫌う感情より、人類の将来が脅かされる温暖化の脅威の方が重要。

 

これは、人々が普通に行っているメリットとディメリットを比較衡量する選択だ。みなさんも、何か行動を起こす際にはその価値があるかどうか意識して、或いは、無意識のうちに考えているだろう。これと同じことを「財務情報を開示・作成するかしないか」という局面で行うのが、会計における重要性の判断だ。

 

財務情報作成者にとっては面倒なことでも、その情報の有用性が上回るのであれば重要性ありと判断され、作成・開示されることになる。要するに情報の有用性が作成コストを上回れば重要なのだ。このことは、企業会計原則にも重要性の原則として、注解1に記載されている*1

 

IASB は、以前から概念フレームワークにこれと同趣旨の重要性(=Materiality)に関する記載を行っているが、企業会計原則とは多少ニュアンスが異なっている。また、これとは別に有用な財務報告に対するコストの制約(=The cost constraint on useful financial reporting)についても述べている。今回は、このニュアンスの違いとコスト制約の記述の2点に焦点を当てる。

 

 

  1. IFRSの重要性(ED2.11

 

今回ED=公開草案)は、現行の概念フレームワークとほとんど同じ文章になっている。そこには2つのことが書いてある。

 

 財務情報の主要な利用者*2の意思決定に影響を与えるなら重要性あり。

 重要性は企業ごと、開示項目ごとに固有のもの。量的基準はない。

 

 は日本基準*1と大差ないが、② 原則主義の IFRS の特徴を示している。

 

①については、重要性は財務情報の基本的な質的特性である目的適合性に関連しており、目的適合性は財務情報の利用者の意思決定に違いを生じさせるものとされているので、上記のような表現になる。日本流に言えば、財務情報の利用者の判断を誤らせるものは重要性がある、というところか。

 

②については、重要性の判断は、企業の状況や開示項目の性質などに固有のものであり、一律に決められるものではないと強調されている。その結果、IASBが会計基準の中で統一的な量的基準(=閾値)を決定することはないとしている。この点は、会計基準に重要性の量的基準を規定する日本基準とは異なる。

 

どうやら IFRS の重要性は、その性質上「財務諸表作成者が判断するもの」という特徴がある。①も②も、企業が役割を果たすことが期待されている。

 

 

  1. コストの制約(ED2.38-2.42)

 

一方、会計基準を開発する際にも、上記と同じような重要性の判断が行われる。どのような財務情報を財務諸表作成者へ要求するかを決定するために、その情報の有用性とコストが比較考慮される。但し、この判断は企業ごとの状況に基づくものではなく、より一般的な状況を想定したものだ。

 

IASB は、財務情報が有益かどうかや企業のコスト負担が大き過ぎないかを、自らが評価するとしている。(この手続きは、IASBの上部機関であるIFRS財団評議会が定めるデュー・プロセスに基づく基準開発段階のリサーチや基準発効後の適用後レビューなどによって行われると思われる。)

 

この部分の文章も現行の概念フレームワークとほとんど変わらない。企業会計原則にはこのような記述はない。

 

 

以上を合わせて、次のように読むことができると思う。

 

IASBは一般的な状況に基づいて財務情報の重要性を判断し、会計処理や開示を決めて IFRS を開発していく。それを受けて財務諸表作成者は、自らの状況に照らして判断し、読者の判断に違いを生じさせるような重要な財務情報を開示する。

 

 

いずれも現行の概念フレームワークから大きな変更はない。では、なぜ敢えて取り上げたかというと、この重要性とコスト制約の記述から、今まであまり気にしていなかった概念フレームワークの性格・役割に気付かされたからだ。

 

概念フレームワークの役割は、企業会計原則が財務諸表作成者の判断を要求する 1 の①の記述しかないのに対し、概念フレームワークは、1 の②や IASB への要求事項である 2 をも記述していることに現れている。概念フレームワークの最も優先される目的は、IASBの基準開発をサポートすること、逆に言えば、IASBの判断に枠をはめることだ。上記にはそれが表れていると思う。

 

我が国でも、企業会計原則を「会計基準の憲法」など説明することがある。それは、企業会計原則が我が国の会計基準の最上位に位置するものだからだ。しかし、憲法が「国の権力行使に縛りをかける」役割があることを考慮すると、そこまでは強くなさそうだ。ところが、上記の 1 の②や 2 の記述がある概念フレームワークは、まさに「IFRS の憲法」というに相応しいような気がする*3

 

 

日本時間の14日、サッカー・オリンピック代表チームは北朝鮮に辛勝した。僕は個人的には、サンフレッチェ広島のスーパー・サブ浅野拓磨選手の活躍を見たかったが、手倉森誠監督はその機会を与えなかった。次のタイ戦を楽しみにしたい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 企業会計原則 注解1、重要性の原則の適用について

 

企業会計は、定められた会計処理の方法に従って正確な計算を行うべきものであるが、企業会計が目的とするところは、企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにあるから、重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも正規の簿記の原則に従った処理として認められる。

 

*2 財務情報の主要な利用者

 

“財務情報の主要な利用者”とは、このED1.5 によれば「現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者の多く」のこと。

 

*3 とはいえ、概念フレームワークと不整合な個別基準を作ってはいけない、というほどは強くない。この点は企業会計原則と同じだ。もし、これが憲法なら憲法が優先され、個別の法律が修正される。

 

 

2016年1月12日 (火曜日)

541【投資】撤収〜っ! か?

2016/1/12

新年の株式相場は、みなさんもご存知の通り、最悪のスタートとなった。頼みの綱だった金曜日の米国雇用統計は絶好調だったのに、その日の米国株式は大幅に下落し、円高も進んだ。今やマーケットは完全にリスクオフに支配されている。

 

上海株式マーケットのサーキットブレーカー発動と人民元相場に見える資金逃避の動き、サウジアラビアのイランとの断交に現れている中東情勢の混迷、北朝鮮の水爆実験、原油価格の下落等々、悪い材料が、モグラ叩きのモグラのようにピョコピョコでてくる。これじゃ、株価が下落しても仕方ない。

 

ん〜、だが、マーケットは正しい反応をしているのだろうか。

 

と、ここまで書いたら、みなさんもお分かりの通り、僕は売り時を逃した。マーケットが正しいかどうかは、負け惜しみの言い訳に過ぎない。正しくないとしても、僕の運用資産が目減りしたことは間違いない。

 

とはいえ、上海市場に世界中の株価が揺さぶられている今の状況に、納得がいかない。上海市場の投資家が、中国企業や中国経済の見通しを踏まえて株を売買していると思えない。その日その日の相場の動きに惑わされ、右往左往しているようにしか見えない。

 

僕は、中国経済はもう少し小康状態を保つと思っているので、慌てず急がず、でも、他の新興国リスクに注意しつつ、しばらくしてから徐々に現金比率を上げていきたいと思う。

 

撤収といえば撤収だが、まだ、戦闘を諦めたわけではない。

2016年1月 7日 (木曜日)

540【CF4-13】改めて、リスクと不確実性〜不確実性があっても見積りを利用

2016/1/7

昨日午前、北朝鮮で地震があった。なんと、水爆実験が成功したらしい。ようやく、中韓と日本の政治的な緊張が一部解け始めているが、「一難が去らないうちに、また一難」だ。北朝鮮は、まるで、耐性菌の狂犬病にかかった犬のよう。やたら吠えるし、嚙み付かれれば取り返しがつかないことになる。果たして、被害者を出さずに治療できるだろうか。

 

ここで、みなさんに伺いたい。

 

北朝鮮が核を使用する可能性はどれぐらいあると思いますか。或いは、そんな可能性は全く想像ができず、見積り不能ですか?

 

もちろん、真面目に答える必要などない。今回のテーマは、再び「リスクと不確実性」。北朝鮮のようなコントロール不能な国のことなど「見積もれない」と考えるか、それとも、確かにコントロール不能だが予想はできるので、リスクを「見積もれる」と考えるか。それを考える材料にしたいのだ。そして、前回の「リスクと不確実性」の記事(=12/8の532【CF4-10】リスクと不確実性)を補足したい。というか、訂正だ。

 

 

さて、12/8の記事に記載した通り、ネット辞書Webiloには、不確実性が次のように表現されていた。

 

<流通用語辞典>

一般に、不確実性とは、意思決定者のコントロールし得ない事象の生起の仕方…。決定理論では、確実性のもとでの意思決定、リスクのもとでの意思決定、不確実性での意思決定の3つに区分される。

 

そこで僕は、次のようにリスクと不確実性を整理した。

 

  1. 確実なもの  会計上、測定に問題なし。
  2. ある程度確率の分かっているもの (リスクの状態)会計上の見積りによる測定が可能。
  3. やってみなければ分からないもの (不確実性の状態)発生確率さえ不明。見積り不能。

 

しかし、これでは、12/10の記事(533【CF4-11】不確実性の引越し)の欄外に引用した概念フレームワークの記述が理解できない。概念フレームワークでは、不確実性が高い場合に限って、見積もりが有用でなくなる場合があるとしているから、高くない不確実性がある状態なら見積もりが要求される。「リスクなら見積もるが、不確実性なら見積もれない」という上記の僕の整理ではマッチしないのだ。

 

即ち、IASBは、明らかに、不確実性があっても見積もりを要求する。ただ、不確実性の程度が高いと、目的適合性の観点から見積もれないと判断することもある。(不確実性の程度が高い場合とは、結審前の訴訟による損害賠償額の見積り等、ほんの一部に限定されると考えてよさそうだ。)

 

 

冒頭の北朝鮮の問いに戻ると、「コントロール不能で不確実性の高い北朝鮮のことを、“予測不能”と思考停止することなかれ。あらゆる手を尽くして対応する必要がある。その“手”のうちには、不確実性をリスクに変換し、見積り可能とすることが含まれる」ということになるのではないだろうか。

 

企業経営においても、不確実性を放置せず、戦略・戦術を練ってリスクへ変換し、主体的に対応することが求められる。経営環境は常に変化し不確実性が発生しているので、それを分析し評価する必要がある。不確実性こそが、経営が対処すべきメインテーマなのだと思う。

 

そもそも、経営とは未来への働きかけであり、未来には不確実がつきまとう。それと表裏一体であるべき会計が、不確実性の存在を理由に、思考停止に陥ってはいけないのだろう。

 

IASBが資産の定義や認識規準から不確実性の閾値を外し、測定規準においては、歴史的原価の使用が妥当でない場合は、できる限り会計上の見積りを利用しようとするのは、そういう事情や意図があるのかもしれない。

 

2016年1月 5日 (火曜日)

539【番外編】新聞報道

2016/1/5

新年早々、中東はキナ臭い。今度は、サウジアラビアがイランと断交した。しかし、日本は暖かで穏やかな正月を迎えた。昨日は散歩中に、菜の花とタンポポが咲いているのを見つけた。まるで3月下旬か4月上旬の景色だ。ん〜、しかし、これはこれで問題かもしれない。もし今が4月なら、半年後の夏場は何月の陽気になるのか? 少なくとも涼しい10月ではあるまい。

 

ということで、ここから、あたかも地球温暖化問題が展開されていくかのごとく始まったが、実はそうではない。今回のテーマは、「新聞記事のタイトルと内容の違い」についてだ。

 

みなさんは「こんな風に、記事のタイトルや書き出しと記事のテーマや内容が関係ないのは、非常識だ」とお怒りになるかもしれない。そうなのだ。しかし、現実は、しばしばそういうケースに遭遇する。

 

例示するのは日経電子版の記事だが、他のメディアも同様かもしれない。「新聞も、時々、週刊誌みたいなことをやるので気をつけましょう」ということと、しかも、「内容が疑わしい場合がある」ということを説明したい。

 

 

僕は、主に、WSJREUTERS、そして日経をネットで読む。ネットでは、タイトルで記事を選択し、内容へ入っていくので、タイトルが内容を反映していない記事は非常に困る。WSJREUTERSではそれほど気にならないが、日経ではしばしば遭遇する。特に編集委員が書く記事は要警戒だ。

 

ピケティ氏の警句、株式市場を揺らした3つの不均衡 2014/12/28 日経電子版有料記事

 

僕は編集委員のコラムは原則としてパスしているので、読むのを止めれば良かったのだが、“ピケティ氏の警句”というタイトルに惹かれて、ついつい、読んでしまった。しかし、それが間違いだった。

 

記事の内容は、“ピケティ氏の警句”とは、全く、何も、関係ないものだった。それでも、内容が面白ければ良かったが、それも期待外れだった。

 

ピケティ氏は昨年日本でも話題になった「21世紀の資本論」を書いたフランスの経済学者。各国の税務資料を可能な限り過去に遡って丹念に分析し、資本主義が富の偏在(=富裕層と貧困層の格差拡大)を生むと主張した。そして、その是正のために、国際的に整合性ある資産課税制度などを提案した。

 

この記事のタイトルを見て、僕は、「貧富の格差が株式市場にも影響を与えているらしい。しかも、そこにキーとなる3つの何かが不均衡を起こしているようだ」という印象を持った。みなさんも、このタイトルからそうイメージされるのではないか。そして、「やっぱり、貧富の格差が大きいのは良くないことだ。株式市場も例外ではない」と思えるような記事の内容を期待するのではないだろうか。

 

しかし、実際は、貧富の格差はほぼ出てこない。3つの不均衡というのは、次のもの。

 

第1:資源を巡る消費国の黒字と輸出国の赤字という経常収支を巡る不均衡

 

第2:世界的な製造業と非製造業の景況感の格差

 

第3:日欧(金融緩和)と米(利上げ)の金融政策の違い

 

第1は、オイルマネーが株式市場から退出し、株価を大きく揺さぶったという内容。確かに、これは今まで株を買ってきた産油国が売り始めたので、株式市場への影響は大きかった。ただ、株をやっている人にはよく知られたことで、改めて読んで感心する話ではない。しかし、株に関心のない一般の人が読んだら、「へぇ〜」と思ったかもしれない。しかし、ピケティには関係ない。

 

ただ、中東産油国の所得配分政策(=貧富の格差是正策)とフランスのテロとの関係に言及している部分があった。しかし、軽く取って付けた感じで、株価との関連性には及んでいない。実際、昨年のフランスのテロは、2回とも、株価にはあまり影響はなかった(ほんの一時的な影響しかなかった)。

 

第2、第3は、そもそも“株式市場に影響を与える3大要因”に掲げるようなものだろうか? それに、ピケティとも全く無関係だ。

 

第2は、単に業種や会社ごとに景況感に差があるという話で、当たり前のことではないか。それを製造業と非製造業に大括りするから大ごとのように感じるだけだ。製造業の中にも良いものも悪いものもある。非製造業も同様だ。

 

例として、アマゾン株の上昇とアップル株の下落を挙げているが、アマゾンはクラウド事業が時流に乗って絶好調で、アップルは主力商品のiPhoneがマイナー・チェンジの年だったにすぎない。それぞれ、個別の事情が大きいと思う。

 

そしてこの記事は、この項目の最後を次のように締めている。

 

非製造業の景気も製造業の生産性や所得の制約を受けると考えれば、製造業の低迷ぶりは、経済の先行きに影を落としかねない。

 

では、非製造業の好調さが、製造業への需要を喚起する効果はどうなの? そこの違いをちゃんと解説すべきではなかっただろうか。

 

第3の説明箇所には「マイナス金利の弊害」が書いてある。「日欧と米の金融政策の違い」はどこへ行ったのか。一体なんだこの文章は。

 

このコラムの締め括りの見出しは「1万6000円割れから2万3500円まで、割れる日経平均の市場予想」となっていて、その出だしは「16年に3つの不均衡はさらに拡大するのか、それとも縮まるのだろうか。」とある。そして最後に「強弱感が極端に対立しており今年同様、波乱の展開を覚悟したほうがいいかもしれない。」と締めている。

 

みなさんはお分かりと思うが、“不均衡”と言えるのは第1だけで、第2・第3は、“不均衡”ですらない。それらが「拡大するのか」と問うているが、その答え(=この編集委員の意見)はない。そして、このコラムの結論(=この編集委員の結論)は「株式アナリストの見方が分かれているから気をつけなさい」だ。

 

ん〜、ピケティが行方不明だ。それに日経平均の予想がなぜ分かれているか、その理由がない。唐突に、「分かれているから気をつけなさい」と言われても、何を気をつければ良いのか分からない。要するに、文章の起承転結が繋がってない。この編集委員は、自分の確たる意見がないのだろう。ただ、警告しとけば良いと思っている。恐らく、現場の記者は、こんな文章は書かないと思う。もし書けば、上司に怒られるに違いない。

 

 

さて、ここまで読み進められた方は、何人いるだろう。ほとんどの方が、批判ばかりに嫌気がさして、途中で力尽きてしまったに違いない。新年最初の記事が、こんな内容で、本当に申し訳ない。しかも、実は、もう一つ批判用の記事を用意している。

 

消費増税、再延期ない? 反動減は小規模の可能性  2016/1/4 日経電子版有料記事

 

この記事のタイトルにも騙された。5%を8%に上げた当時(=2014/4)、日経新聞は財務省の主張に沿って、消費税率の引上げによる消費の減少、即ち、消費の反動減は夏場には回復し、日本経済に大きな影響はないとの予想を書いてきた。しかし、ご存知のように、未だに消費は低迷している。GDP成長率は2014年に2四半期連続マイナスとなり、“リセッション(=不況入り)”と言われた。昨年も、もう少しで2期連続マイナスとなるところだった。現実には、とても影響が大きかった。

 

恐らく、経済報道機関として、「西のFinancial Times、東の日経」ぐらいのプライドを持つ日経新聞は、予想を大きく外したことを反省し、10%に上げる時はもっと慎重になるだろうと僕は思っていた。そこに「反動減は小規模の可能性」という見出しだ。きっと、今度こそ、しっかりした根拠を持って記事を書くだろうと期待したのだ。

 

ところが、この記事の内容は、期待外れ。タイトルに合わない上に根拠の薄い憶測記事だった。しかも、(特定個人の意見であることを示す)署名記事ですらない。

 

この「反動減は小規模の可能性」に関しては、「今回は2%の引上げなので、3%の時より反動減は相応に小さくなる」としか書いてない。こんなことは小学生でも想像できる。それでも心配なのが、ほとんどの読者なのではないか。

 

ちなみに、西のFinancial Timesは、「安倍氏の問題は、2017年に消費税を再び引き上げると誓ったことだ。危機的な状況が訪れかねないのは、そのときだ。」と書いて、消費税の引上げを警戒している*1。2014/4の引上げについては「安倍晋三首相率いる政府は、消費税を早計に引き上げることで問題を悪化させた。消費者が支出してくれることを望んでいたまさにそのときに、人々のポケットからお金を奪ってしまったのだ。」としている。

 

 

一昨年には、朝日新聞が慰安婦報道などで報道姿勢を問われたが、根拠の薄い憶測を事実であるかのように紹介することは、他でも行われている。それによって国民が惑わされる。「主張と事実の紹介を明確に区別し、主張にはしっかり根拠を提示せよ」といった当然の要求を、読者がするべきだと僕は思う。そして、新聞社には、「読者を、タイトルで釣って記事を読ませ、主張をこっそり刷り込ませる」みたいなことをやって欲しくない。

 

冒頭に記載したように、中東はますます混沌としてきた。その上、今年は温暖化の影響もさらに強まるかもしれない。国政選挙もある。日本の株式相場の格言では申年は「騒ぐ」とされているそうだ。上記の編集委員氏に指摘されるまでもなく、今年は気をつける必要がありそうだ。そのためにも、情報収集を怠れない。マスコミ報道の役割は大きい。

 

 

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*1 [FT]FT執筆陣が大胆に占う2016年の世界の4ページ目 2016/1/1 日経電子版無料記事

 

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