547【CF4-18】資産等の定義・認識規準・測定規準と会計上の見積り
2016/2/2
U23日本代表がアジア・チャンピオンになった。韓国との決勝戦は、このドーハでの戦いを象徴する厳しい内容で、かつ、劇的だった。反撃開始の1点目と決勝点の3点目のゴールを挙げた浅野拓磨選手、50代のおっさんの僕もテレビの前でジャガー・ポーズさせてもらいましたよ。ありがとう!
さて、このシリーズの前回(545-1/27)では、今回の準備として、有用な財務情報の2つの基本的な質的特性である、“目的適合性”と“忠実な表現”を、僕の独断と偏見で次のようにおさらいした。
“目的適合性”には、財務情報の利用者の視点を代表し、「情報価値を高めよう」という意図が見える。
“忠実な表現”は、財務情報の作成者に、「(自らが作成した)財務情報は経済実態か?」と問いかけることを求めるものだと思う。
このような観点から、ED(=概念フレームワークの公開草案)の資産等の定義や認識基準、測定基準の改正案を眺めてみようというのが、今回の趣旨だ。なお、具体的には資産について検討する*1。
現行の概念フレームワークとEDの比較の詳細については脚注の*2をご参照願いたいが、僕の分析結果は以下のとおりだ。
- 以前から何度か記載しているが、不確実性に関する記述が定義や認識規準から追い出されて、測定へ吸収された。その結果、特に定義は非常にシンプルで分かりやすくなった。
- 不確実性と“会計上の見積り”がぴったり対になった*3。“会計上の見積り”とは測定手法の一つで、現在価額だけでなく、償却原価など歴史的原価の一部にまで幅広く利用されている。作成者(経営者)の“判断”が重要な役割を果たす場合がある。作成者にプレッシャーがかかる。
- “会計上の見積り”の欠点は手間(=コスト)と不確実性だが、
- IASBはそれらの批判を“目的適合性”でかわそうとしている(脚注*3の第2章1など)。即ち、手間や不確実性の問題より、情報価値を高めることをできる限り優先すべきと主張しているようだ。
- IASBはそれらを“忠実な表現”で補おうとしている(脚注*3の第2章2など)。即ち、不確実性下における慎重性の発揮や適切なプロセス(≒内部統制)の適用を求めている。
こうしてみると、IASBが “会計上の見積り” に思いっきり肩入れしているように思える。実は、“会計上の見積り”が、隠れた主役なのかもしれない。IASBは“会計上の見積り”をもっと使いたいらしい。それは、利用者目線で財務情報の価値を高めるためだ。但し、そのために、財務情報の作成者(経営者や経理マン)に一層の努力を求めている。“判断”を監査するのは難しいので、監査人にも、間違いなく大きな負担となる。
さあ、これをどう評価すれば良いのだろう。会計の価値を高めることは、他の産業で考えれば製品・サービスの価値を高めることなので、当たり前に必要なことだ。IASBはそれをやろうとしているにすぎない。しかし、“会計上の見積り”を神推しすることが正しいだろうか。不確実性は、返って、財務情報の価値を下げてしまうのではないだろうか。
手倉森誠監督は、アジア・チャンピオンになったU23日本代表がもっと強くなると言った*4。確かに、A代表やJリーグ・チームと比べても、このチームには改善すべきところが多い。IFRSも同じなのだろう。ただ、IFRSには具体的に比較したり、目標にする財務情報が乏しい。改善の方向性を決めることは簡単ではない。“会計上の見積り”をさらに多用することが正しいかどうか、じっくり考えてみたい。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 資産のみを検討することについて
財務諸表の構成要素の定義や認識基準をおおまかに理解するには、資産だけ見ておけば良い。負債は、資産に於ける権利を義務に置き換えた、“負の資産”ともいうべき資産とパラレルな定義になっているし、収益・費用・持分は、資産・負債の増減や加減算で定義されている。これらは、すべて、資産の定義の応用・利用なので、資産を押さえておけば対応可能だ。
ちなみに、このような定義の体系から、必然的に期間損益は包括利益が計算される。期末時点のすべての資産や負債の評価額が決まると、差引計算で期末持分額が決まり、期首持分額との期中増減で期間損益計算が行われるからだ。このような損益計算には、事業から獲得した利益のほか、資産・負債の評価額の増減から生じた利益まで、すべての損益が含まれることになる(=包括利益)。
IFRSの根本概念が、このような包括利益の枠組みによる期間損益計算であるにもかかわらず、今回のEDでIASBが、“純利益”を(或いは、“純損益計算書”を)「当期の財務業績に関する主要な情報の源泉」と表現し、P/Lの必須の区分利益とすることを提案したことは、IASBの大きな方向転換といえると思う。ただし、この提案は表示上の改善に過ぎず、会計理論の根本に変化を与えるような扱いではなさそうだ。
というのは、純利益については、“第7章 表示及び開示”に記載が追加されたからだ。会計理論の根本に影響を与えるなら、“第4章 財務諸表の構成要素”に、もっとしっかりと記載されるべきだったろう。
*2 定義等の改正案の内容
現行とEDの比較は以下の通り。水色は、現行の概念フレームワークやEDからのコピペ箇所。黒やオレンジには、僕の意見が含まれている。
項目 |
現行 |
ED |
EDの特徴等 |
定義 |
(4.4)資産とは、過去の事象の結果として企業が支配し、かつ、将来の経済的便益が当該企業に流入すると期待される資源をいう。 |
(4.4)資産とは、企業が過去の事象の結果として支配している現在の経済的資源である。
(経済的資源とは、経済的便益を生み出す潜在能力を有する権利である。) |
・現行の不確実性の記述(≒蓋然性規準、“将来の経済的便益が当該企業に流入すると期待される”)の削除。 →不確実性は測定基準へ吸収 ・経済的資源を別定義 |
認識規準 |
(4.38)構成要素の定義を満たす項目は、次の場合に認識しなければならない。 (a) 当該項目に関連する将来の経済的便益が、企業に流入するか又は企業から流出する可能性が高く、かつ、 (b) 当該項目が信頼性をもって測定できる原価又は価値を有している場合 |
(定義を満たすものを全て認識する。但し、IASBが)(5.10)ある項目を認識すべきかどうかを決定する際には判断が必要となり、認識の要求事項を基準間で異なるものとする必要がある場合がある。 (この“判断”は、目的適合性・忠実な表現・コスト制約に照らして行われる) |
・現行の(a)、即ち、不確実性の記述(≒蓋然性規準)は削除。 →不確実性は測定基準へ吸収 ・現行の(b)、即ち、信頼性基準は、“忠実な表現”に照らして行われる“判断”に吸収。 |
測定基準規準 |
(4.55)財務諸表においては、いくつかの異なる測定基礎が、異なる程度に、また、種々の組合せによって使用されている。測定基礎には、次のものがある。 (a) 取得原価 (b) 現在原価 (c) 実現可能(決済)価額 (d) 現在価値 |
(6.4)測定基礎は、次のいずれかに区分することができる。 (a) 歴史的原価 (b) 現在価額
ちなみに、 ・歴史的原価には、取得原価や償却原価(金融資産・負債も含まれる)が含まれる。それらを生じさせた過去の取引又は事象からの情報を用いた測定値。 ・現在価額には、公正価値、使用価値(資産)及び履行価値(負債)が含まれる。測定日現在の状況を反映するように更新した情報を用いた測定値。 |
具体的な測定規準は個々の資産等の項目ごとに、個別IFRSへ規定される。そのためと思われるが、不確実性に関連する記述は、このEDの“第6章 測定”には、この表の下の第6章の1を除き見当たらない。
|
*3 上記*2の分析の結果、このEDが不確実性に言及しているのは、以下の部分となった。
(第2章:有用な財務情報の質的特性)
- 目的適合性の一部として“測定の不確実性”を説明している。内容は“会計上の見積り”が目的適合性の高い情報作成に有用なため、不確実性のレベルが高くても見積りが正当化されうるという主張。
- 忠実な表現の一部(慎重性や、不確実性の開示)で“会計上の見積り”に関連して説明している。その内容は、見積りに大きな影響を与える不確実性がある場合でも、適切なプロセスが適用され(その説明も適切であ)れば、忠実な表現となる可能性があり、その適切なプロセスには、不確実性の状況下で慎重な判断が行われることが含まれる。
(第5章:認識及び認識の中止)
- 第2章の1の言い換えをしている箇所がある。
- “存在の不確実性”の説明。これはディスカッション・ペーパーでは存在感のある扱いだったと思うが、EDではほぼ無形資産と条件付債務限定のような扱いになっている。何れにしても、これも“会計上の見積り”の話だ。
- 第5章にも“測定の不確実性”という見出しがある。内容はほぼ上記に記載した第2章の1と2を合わせたようなもので、“目的適合性”だけでなく“忠実な表現”にも強く関連させている。これも“会計上の見積り”が対象だ。
(第6章:測定)
- 公正価値の説明の中で“(将来キャッシュ・フローに固有の)不確実性”が何度も使用されている。これも“会計上の見積り”に関連している。
*4 手倉森監督「できすぎなくらいのシナリオ」「神様のプレゼント」 産経WEST 1/27
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