549【CF4-20】AIに会計上の見積りができるか?〜公正価値
2016/2/9
会計上の見積りは、IASBにとっては会計情報の価値を高める極めて重要なツールである一方で、その信頼性や手間(=コスト)の多さが批判の的になっている。僕は、このテーマを考えるために、勝手に次のような問題設定をしたが、この設定にみなさんはご納得いただけるだろうか?
A. 本当に会計情報の価値は高まるか?
B. 会計情報に求められる信頼性とは何か?
C. そのうち会計業務は人工知能(=AI)に置き換わるのだから、手間など掛からなくなる?
Aが最も本質的な問題だと思うが、そのためにはBをはっきりさせなければならない。Cは、AやBをシンプルに考えるための思考実験といった感じ。
最初に、現在時点での僕の結論を書くと、「会計上の見積りは会計情報の価値を高めるが、その価値は公正価値(公正価値測定も見積りの一手法)の量に比例しない」となる。言い換えれば、「公正価値以外の見積りの方が、会計情報の価値を高める効果がある」ということだ。ただ、恐らくこれは、IASBが考えていることと合わないかもしれない。
ということで、Cから入って話をシンプルに整理することにトライしよう。まず今回は、公正価値測定について考えてみよう。
古いネタで恐縮だが、ちょっと前に「AIの進歩によってこの先10〜20年でなくなる仕事」みたいなことが、あちこちのメディアで話題になった。それには会計士も含まれている*1。すでに1990年代から、システムで検収や出荷の操作をすると、裏で仕入や売上の自動仕訳が発生するような仕組みはあったが、AIはそれだけにとどまらない。ビックデータを読み込んで、相当高度な判断もするようになるらしい。恐らく、会計基準は当然のこと、各種文献や各社開示データも学習して、会計業務をこなすと期待されているのだろう。これはすごい。
でも具体的に、どこまでAIに任せられるだろうか。ん〜、多分、公正価値測定のほとんどは任せられそうだ。
このブログでも、IFRS13号「公正価値測定」を何度か勉強した。それによれば、「公正価値は、市場を基礎とした測定であり、企業固有の測定ではない」(IFRS13.2)。したがって、公正価値測定に必要な評価モデル(≒評価技法)やそれへのインプット(情報)は、概ね、企業外部にある。AIが得意顔で必要な情報を探してくるだろう。恐らく、“非金融資産の最有効使用”の組合せ*2さえ、その業界の最新の専門情報から導き出してくるに違いない。
ではもう少し具体的に、公正価値ヒエラルキー*3ごとに考えてみよう。
レベル1のインプット(≒市場価格)
これは問題なく、AIが探してくるだろう。「取引市場が複数ある場合に、どの市場の価格を優先するか」意外は、大した判断要素もない。AIには楽勝だろう。
レベル2のインプット(≒評価モデルへの投入や若干の調整がなされる市場価格)
これも問題ないだろう。評価モデルや調整方法についてもAIが探してくると思う。公正価値は、市場参加者が行う評価だ。AIが、それに合わせて恣意性のない中立な測定値を計算するだろう。評価モデルや調整方法の首尾一貫性にも問題は起こらないだろう。
レベル3のインプット(≒測定値の計算に重大な影響を及ぼす市場で観察不能のデータや調整)
これには、インプットの作成方法次第で、問題があるかもしれない。AIは鉛筆ナメナメは苦手だろう。観察不能なインプットでも、生成方法が明確であれば、AIは前年と同じ処理をやり続けるだろう。
ただ、前年の処理を変更した方が実態を表している場合の判断を、AIができるかどうか、またその場合に、どのような処理を選ぶかのルールが確立していない場合の判断を、AIができるかどうかについては、疑問がある。
それでも、市場参加者の目線で測定値を計算することは不可能ではないかもしれない。AIが入手可能な情報の質次第では、計算可能かも知れない。公正価値は外部目線の測定値なので、AIが役割を果たせる可能性は否定できない。
以上のように、僕は、AIが外部目線で、中立性・客観性(≒恣意性の排除)といった“忠実な表現”の中核を成す要素を得意とすると考えた。だから、公正価値測定は、概ね、任せられると思ったのだ。AIは、導入コストは高いかもしれないが、運用コストは極めて安いだろう。公正価値測定に限れば、「会計上の見積りに手間がかかる」ことはなくなると思う。
では、企業独自の評価を行う使用価値はどうだろう。使用価値は、減損テストに利用される会計上の見積りで、企業経営者独自の事業見通しがより重要な役割を果たす。主観的な要素が重要となる見積りでも、AIは活躍できるだろうか。そして、経営者の主観は会計情報にどのような価値を与えるだろうか。それは次回に繰り越したい。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 例えば、下記のもの。
機械に奪われそうな仕事ランキング1~50位! 会計士も危ない!激変する職業と教育の現場 DIAMOND online 2015/8/19
元になったオックスフォード大学マイケル・A・オズボーン氏の論文は、2013年に公表されたもの。この記事の中で『ある監査法人の会計士は「確かに会計士の仕事の8割は機械に代わる作業かもしれない」と述べる』という箇所があるので、会計士が100%不要というわけではない。
上記では会計士が危ないことになっているが、他では弁護士業務が例示されている。例えば、下記の記事。
オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」702業種を徹底調査してわかった 現代ビジネス 2014/11/8
これを読むと、なくなるのは事例を調査するなど定型的な業務だが、定型的といってもかなり高度な知識が必要で、かなり専門的な判断も要求される業務も置き換えられると予想されていることが分かる。
*2 非金融資産の最有効使用(IFRS13.31-33)
金融資産には、概ね、それを取引するマーケットがあるため、公正価値測定は、その金融資産単独の売却価格(=出口価格)を利用する(ヘッジ等の場合を除く)。ところが、生産設備などの事業性の非金融資産は、その資産単独より、それを補完する他の資産・負債と組合せた方が(≒資産単独より、事業として括った方が)企業にとって有利な評価が得られる場合がある。そのような場合に、一定の制限はあるが、その有利な組合せ(=最有効使用)を仮定して評価を見積もることが容認されている。このブログでは、以下で詳しく扱った。
346.DP-CF35)公正価値~“最有効使用”の仮定(非金融資産)
(上半分は前置きなので、上半分は読み飛ばした方が良いと思う。)
*3 公正価値ヒエラルキー(IFRS13.72〜)
多用される公正価値測定の首尾一貫性や比較可能性を向上させるため、IFRSでは公正価値測定に利用するインプット(=入力データやその調整方法)の性質の違いで3段階に区分し、それぞれに開示が求められる。レベル1のインプットは、そのまま測定値に利用される市場価格。レベル2は、評価モデルに投入される(≒調整される)市場で観察可能なインプット。レベル3は市場で観察できないインプット。即ち、企業独自の入力値や調整手法。このブログでは、下記で詳しく扱った。
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