550【CF4-21】AIに会計上の見積りができるか?〜使用価値〜レスター岡崎選手の価値は?
2016/2/12
イングランドのプレミア・リーグでは、岡崎慎司選手が所属するレスター・シティFCが、マンチェスター勢やロンドン勢のビッグ・クラブを抑えて首位を快走している。NHK BS1で直近の試合(現地2/6、第25節マンチェスター・シティ戦。3-1でレスター勝利)を見たが、レスターのクラウディオ・ラニエリ監督の“岡崎愛”が凄かった。ラニエリ監督は、後半36分に岡崎選手を交代させたが、熱烈なハグで迎えた。いや、ほんと、熱烈。男同士でこれ以上のハグはないだろう、というぐらいのハグ。しかも、公衆の面前で。
そういえば、前節(リバプール戦。2-1でレスター勝利)後のラニエリ監督の記者会見も流れていた。そこでもラニエリ監督は岡崎選手をべた褒めしていた。「慎司はファンタスティック。なぜって、みんなにエネルギーをくれるんだ。彼が動き出すと、みんなも動く」みたいなことを、熱く語っていた。僕は、この監督は岡崎選手のことが相当好きなんだと思った。
前季の今頃、レスターは最下位(20位)だった。ところが、今季は1位。一体、何が違うのか。ラニエリ監督の様子を見ていると、岡崎選手がその理由のように思えるが、どうだろう?
選手の一覧表*1を見ると、先発メンバーで今季加入選手は、岡崎選手のほか、左サイドバックのフックス選手、ボランチのカンテ選手の3名。あとは、監督が変わった。
今季大活躍してレスター躍進の立役者といえば、まず、ヴァーディ選手とマレズ選手が思い浮かぶ。ヴァーディ選手は、今季11試合連続ゴール記録を樹立し、すでに18ゴール3アシスト。マレズ選手は14ゴール9アシスト。ところがこの両名は前季から在籍している。岡崎選手は4ゴールで、チーム内では3位だが、ヴァーディ選手やマレズ選手に比べると寂しい実績だ。チームのゴール数は合計で47。要するに、客観的で分りやすいゴールやアシストでは、昨季からのメンバーが活躍している。
コスト面を見てみよう。レスターの選手人件費は、プレミア・リーグの中ではかなり安い。昨年末時点(シーズン折り返し時点)のデイリー・メール紙の報道では、レスターが49億円なのに対し、昨季の覇者チェルシーは177億円*2。この49億円のうち、岡崎選手の分を推定すると約4.5億円(移籍金と年棒の推定額を期間按分*3)。レスターの中では1割近いので、決して安くない。フォワードとしては、ゴール数に見合ってない。
ということは、上記で見る限り、岡崎選手のコスト・パフォーマンスが特に良いとは言えない。なのに、ラニエリ監督の“岡崎愛”は凄い。なぜだろう?
すでにご存知の方が多いと思うが、岡崎選手の評価は、ゴール数やアシスト数ばかりではない。数字にならない“献身的な動き”に対する評価も大きい。守備面や味方の攻撃陣をサポートする動きだ。敵陣を駆け回り相手の攻撃の起点を妨害したり、相手守備陣を撹乱して味方が攻撃しやすくする動き。
しかし、これらもドイツ時代から高く評価されており、移籍金や年棒にすでに反映されているだろう。移籍金や年棒は、言って見れば“公正価値”だ。“公正価値”に見合う働きをしたからといって、チェルシーやユベントス、インテルといったビック・クラブの監督を歴任した経験豊かな64歳のラニエリ監督が、こんな“岡崎愛”を示すだろうか。
僕の想像では、ラニエリ監督は岡崎選手のもっと違う部分も評価している。それは周りの選手やチーム全体に対する影響力だ。その一端が、上述のリバプール戦後のインタビューに現れていると思う。「慎司はみんなにエネルギーをくれる」という部分だ。さらに、岡崎選手は動き続ける、プレスし続ける、すると後ろの選手が動き出す、みたいなことを述べているが、レスターの選手はとにかく攻守によく走る。そして、そのエネルギーを岡崎選手が供給していると、ラニエリ監督は見ているようだ。
恐らく、それは試合の時だけでなく、練習の時からそうなのだ。ラニエリ監督は、リーグ戦第2節に岡崎選手がプレミア・リーグでの初ゴールを決めた時、「これはまぐれではない」とか「これは当然の結果だ」みたいなコメントを述べていた。この監督は当時から岡崎選手を高く買っている。そして、岡崎選手を褒めることで、他の選手に「岡崎のように献身的になれ」とメッセージを送っていたのだと思う。それは、リーグ戦が始まる前の練習時から、他の選手が岡崎選手の献身性に目を惹かれていたからであり、それをラニエリ監督がもっと引き出したかったのだろう。他の選手への化学変化を期待したのだ。
それが実現した。その結果、前季から所属するヴァーディ選手やマレズ選手が突然ブレイク、その他の選手も変わった。ラニエリ監督は、岡崎選手をそれぐらいに思っているのかもしれない。(僕はそう思っている。)
昨年、残留争いをしていたチームが、数倍の選手人件費予算を持つビック・クラブを相手に、今年は優勝争いをしている。それが岡崎選手の影響だとすれば、岡崎選手獲得に要した移籍金や年俸など安いものだ。それが、ラニエリ監督の“岡崎愛”になっているのではないか。それなら、本当の岡崎選手の価値はいくらだろう?
プレミアのビック・クラブは、100億円以上かけて補強し、優勝を目指す。それを考えれば、岡崎選手の本来の価値はそれに匹敵するものかもしれない。但し、100億円以上かけて補強されるような選手は、スペインやイングランドなどの一流リーグで、ゴール数やアシスト数などのとてもわかりやすい実績を持っている。岡崎選手にはそれがない。その代わり、岡崎選手は他の選手を輝かせるという間接的な影響力を持っている。しかし、これはなかなか評価が難しい。
僕は、この難しい評価が、まさに“使用価値”だと思う。次の2点が特徴だ。
・(選手の移籍)市場では評価しきれない価値がある。
今まさに進行中のシーズンで初めて認識された価値で、ラニエリ監督には見えているが、まだ市場には浸透していない。
・(他の選手を通して)間接的に創出される価値を含む。
監督の指導の仕方や他の選手との相性など、岡崎選手の個性・能力以外の要素も影響する。よって、その効果の発現は不確実性が高く、監督の(或いは、チーム・マネジメントの)チーム戦略が重要となる。
岡崎選手の獲得に、レスターは2年を要したという。監督だけでなく、レスター・シティFCというクラブが、岡崎選手を溺愛していたのだ。公正価値以上の使用価値を、予め、見込んでいたに違いない。優勝争いは出来過ぎだが、岡崎選手がチームを変えてくれるという期待があり、また、そういう化学反応を起こしやすいチーム運営をする方針があったのだと、僕は感じている。
こんな“使用価値”をAIが見積もれるだろうか? 仮に、世界のどこかに岡崎選手にこのような高評価をしている文献が存在していたとして、それをAIがメイン・シナリオに据えて将来キャッシュ・フローを見込むだろうか。いや、しないだろう。こんな判断は、事業(=サッカーとリーグとチーム事情)を熟知した経営者にしかできない。そして、チームに違う未来を引き寄せる。これが経営だ。
企業に当てはめれば、AIが見積もることのできる公正価値的な思考では、製品/サービス市場で競合する他の企業と、差別化することは(可能だが)限界がある。そうではない使用価値の部分にこそ、経営上の価値がある。そんな風に僕は考えている。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 下記のページによる。
http://www.siraida.com/team.php?team=leicester_city
*2 下記の記事による。
英プレミアリーグの費用対効果、岡崎のレスター1位 英紙 1/4 日経電子版無料記事
昨年末時点の英デイリー・メール紙の試算によると、勝ち点1あたりの人件費はレスターが71万ポンド(=125百万円)で、前覇者のチェルシーはその7倍の500万ポンド(=890百万円)だという*1。もし、これが人件費への投資効率を表しているとすれば、レスターはチェルシーの7倍を超える。
*3 下記のホームページを参考にした。
岡崎慎司レスターでの年俸や年収!プレミア移籍金高騰の背景とは すぽかね 2015/7/17
・移籍金移籍金1000万ユーロ(約13億8200万円)
・年棒5億、6億
なんて記載から、4年契約であることを考慮して次のように計算しました。
移籍金の期間按分)14億円➗4年✖️半期=1.75億円
年棒の期間按分)5.5億円✖️半期=2.75億円
合計 ) 4.5億円
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