554【CF4-23】AIに会計上の見積りができるか?〜結論;英雄は色を好むが、AIに色はない。
2016/3/11
この“AIシリーズ”は、549-2/9 の記事の次のような書き出しで始まった。
会計上の見積りは、IASBにとっては会計情報の価値を高める極めて重要なツールである一方で、その信頼性や手間(=コスト)の多さが批判の的になっている。僕は、このテーマを考えるために、勝手に次のような問題設定をしたが、この設定にみなさんはご納得いただけるだろうか?
A. 本当に会計情報の価値は高まるか?
B. 会計情報に求められる信頼性とは何か?
C. そのうち会計業務は人工知能(=AI)に置き換わるのだから、手間など掛からなくなる?
Aが最も本質的な問題だと思うが、そのためにはBをはっきりさせなければならない。Cは、AやBをシンプルに考えるための思考実験といった感じ。
Cについては、公正価値の見積りはAI(=人工知能)で概ね可能になるが、使用価値についてはAIでは無理ではないか、とこのシリーズの前回(552-2/16)までに記載した。もっとも、経営者でさえAIに置き換わるような時代になれば別だ。使用価値もAIが算定するだろう。
但し、僕やみなさんが生きている間は、そこまで実現しないように思う。AIは恐らく、まず、現場へ導入されて徐々に活動範囲を広げていくと思われ、経営全般に行き着くまでに、人間による様々なチェックを受けることになる。というか、極めて強烈な文化的・社会制度的抵抗を受けるに違いない。人は、AIに管理される、まるでSFのような世界には容易に馴染めない。車の運転と会社経営の間には、人間とAIの上下関係を逆転させるという大きな壁がある。これを乗り越えるには、非常に長い時間がかかるに違いない。
ということで、Cについては、次のような結論が出せそうだ。
『使用価値の算定を除く会計業務は、そのうちAIに置き換わるだろう。会計業務は大幅に省力化されるが、使用価値の算定は経営者や経理マンの業務として残り続ける。』
みなさんは、もしかしたら「公正価値と使用価値で、AIにとっての難易度がそんなに違うのか?」と思われるかもしれない。「そこが、本当に、AIの限界ラインなのか」と。
ん〜、そういえば、囲碁のトップ・プロがAIに負けたという衝撃的なニュースがあった*1。特に、「チェスよりもはるかに複雑な囲碁でAIが勝つには、少なくとも10年はかかると思われていたが、今回の対局でそれが事実でないことが明らかになった」とされている。このペースで進歩するなら、上記のAIの限界ラインなど、易々と突破されてしまうかもしれない。
確かにルールのあるゲームの世界ではそうかもしれない。しかし、僕はあえて反論したい。前例やルールの乏しい世界、リスク選好やイノベーティブな面が要求される世界では、AIは人間を超えられないのではないだろうか。公正価値測定はルールの世界だが、使用価値測定は経営者の主観が重要となる。使用価値はゲームの世界ではない。次の記事が参考になるかもしれない。
出会い系「アシュレイ・マディソン」利用で分かる企業の性格 WSJ 3/8 有料記事
この記事は、AIとは関係のない記事だが、人のリスク選好やイノベーティブな面が異性関係への積極性と関連があることを記載している。いわゆる「英雄、色を好む」的な内容だ。
要約すると、昨年話題になった既婚者向け不倫サイト(=アシュレイ・マディソン)の会員情報流出事件で流出した会員情報を分析すると、このサイトの利用者が多く所属する企業は、リスク志向でイノベーティブな傾向があるらしい。そして最後に、次のように結んでいる。
配偶者を相手にクリエイティブな言い訳をしなければならない人々は他の点でもクリエイティブなのかもしれない、ということのようだ。
この手の研究は、“英雄、色を好む”でググると他にも出てくる*2。どうやら、テストステロンという男性ホルモンが関係しているという説があるらしい。人間には、このホルモンが生物として必須なもので、その量が多い方が仕事面でも良い成果があげられるらしい。しかし、AIにテストステロンはない。あっても役立たない。
「AIだって、リスク選好度や創造性の高低は、パラメーターで調整可能じゃない?」という反論も聞こえてくるが、さてどうだろう。リスク選好度や創造性を上げる代償として、情報探索の範囲を広げるコストがかかるが、その情報がデジタル化されていないとすれば、膨大なコストになるだろう。
ちょっと話を元に戻すと、「公正価値の見積りは市場価格など公開情報から妥当な結論を導き出せるが、使用価値は一般化されない特殊な状況(=公開情報のみでは適切な判断が困難)に対する高度な判断が要求されるので、AIには難易度が高い」点について記載してきた。
言い方を変えれば、「公正価値は測定が容易で客観的だが、使用価値は測定の難易度が高く主観的」と言える。但し、公正価値の元になる市場価格は変動しやすく、かつ、変動の根拠も曖昧だが、使用価値の元となる主観的な判断は、常人にはなしえない経営者の特殊能力が発揮されたもので、その後の事業経営の起点・原点となる(552-2/16の記事に記載したように、減損テストに利用される“現時点”の使用価値は、経営者の現状認識。現状を正しく認識してこそ、事業環境の変化や将来の不確実性に対処できる)。
ということをCの結論とし、引き続き、AやBについて考えていきたい。
ところで、今日はあれから5回目の3.11。未だに多くの方が自宅に戻れてないし、喪失感に苛まれている。しかし、5年の間に積み上げられた被災者や関係者のみなさんの努力に感謝したい。復興のスピードや方向性に全て満足しているわけではないが(特に原発関係)、今日は変化したことに目を向けたい。あの直後は本当にひどかったから。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 この記事には、AIの勝利について、世界のメディアの反応が要約されている。
人間対AI:囲碁ソフト勝利、海外メディアの反応は? 朝鮮日報 3/10
*2 例えば、以下の記事にはペンシルベニア大学のアラン・ブース教授の研究が紹介されている。
「英雄色を好む」は真実らしい!? excite.ニュース 2011/2/15
但し、ネットには「英雄じゃなくても色を好むのでは?」という疑問や、「色を好むからといって、英雄ではない」と諌める意見もあるので要注意だ。
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