560【CF4-25】会計情報の有用性〜使用価値と公正価値→純利益とその他の包括利益
2016/4/19
なんと1か月ぶりの本題復帰、このシリーズの前回は3/15の「555【CF4-24】会計情報の信頼性〜使用価値」だ。みなさんもお忘れのことと思うが、僕も、何を書いたか復習が必要だ。そこで、ちょっと書き加える分も含めて、ポイントを箇条書きにしてみたい。
- IFRSの測定基礎の主なものは“使用価値”と“公正価値”
概念フレームワークの公開草案では、測定基礎は“歴史的原価”と“現在価額”となっている。しかし、歴史的原価は使用価値で減損テストされるので、歴史的原価は実質的には使用価値で下支えされている。一方、現在価額を測定するための主な測定基礎は公正価値測定だ。
- (イメージとしては)使用価値=歴史的原価+自己創設のれん
“自己創設のれん”は資産計上が禁止されているので、プラスの場合はB/S価額算定上ゼロとなる。一方、マイナス値をとる場合は、減損が生じている可能性がある。自己創設のれんは、経営者の見積りによることになるため、客観的でなく恣意的となる可能性がある。実際には、事業から生じると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在割引価値を計算するが、その際には「現状を前提としなければならない」。その意味は、次の通り。
- 経営者の現状認識の適切かどうかが、使用価値の信頼性として問われる。
- 将来の改善事項、未着手の改善事項は除外して見積りを行わなければならない。
- ということで、使用価値は歴史的原価の信頼性を下支えする役割を担い、その使用価値は経営者の事業に対する現状認識の適切さに支えられている。
経営者の現状認識能力は、適切な経営判断の基礎だから、意外かもしれないが、使用価値は経営者の事業遂行能力を表現している、と言えないこともない。おそらく、言える。
このシリーズの前回の記事と、概念フレームワークの一般財務報告の目的の章の記載を合わせて考えてみよう。そこには、一般財務報告の目的として、次の2つが挙げられている。
- 将来キャッシュフローの見通しの評価
- 経営者の業務遂行能力の評価
使用価値は、将来キャッシュフローの見積り現在価値だし、経営者の業務遂行能力の重要な一端を反映しているので、これらの目的に、実に良く合っている。
さて、これに関連して、先週、面白い記事がWSJに掲載された。
CFOが野球から学べることとは 4/15 無料記事
クレディ・スイスの最新レポートによると、「増収率・増益率・粗利益という3つの一般的な財務データは野球で使われている打率、奪三振率、出塁率プラス長打率(OPS)というデータに比べ、はるかに役に立たない」のだそうだ。
役に立つかどうかは、過去に起きたことと相関関係があるかどうか(持続性)と、結果を正確に予測できたかどうか(的中率)という2つの面から評価された。
みなさんもご存知の通り、米国にはGAAPベースの財務数値の他に、非 GAAPベースの財務データも多くの企業で開示されている。この記事では、どちらを対象に分析されたかは分からないが、会計の有用性に関して実に本質をついた分析だ。
但し、この記事も最後で指摘しているように、企業の増収率等の予測は、打率の予測ほど簡単ではない。では、何が簡単でなくしているのか。もちろん、打者は、通常、2〜4割の打率の範囲に収まる可能性が極めて高いのに対し、企業収益等は内外の激しい環境変化もあって半減する場合もあれば倍になる可能性もある。特に利益率の変動は著しい。
しかし、それだけでなく、会計自体にもこの予測を難しくしている問題があるかもしれない。それは、公正価値の変動をP/L計上する損益区分の問題だ。
公正価値は、基本的には企業の外部で決まる市場価格で、したがって、使用価値とは異なり客観的な数値であるが、その代わり、予測不能だ。それが、事業利益と区別されずに当期純利益へ計上される。これが財務データを分かりにくく、使いにくくしているのではないだろうか。
経営者がその専門能力を駆使して見積もる使用価値に関連する損益と、余資運用や年金制度などによって保有する資産・負債の公正価値変動に関連する損益は分けて表示した方が、その企業の、或いは、経営者の将来予測や経営能力の評価に役立つのではないだろうか。このような整理を、純損益とその他の包括利益の区分で採用してみたらどうだろう。
そうすると、事業損益に関する経営者の能力と、事業を遂行するための付随的な活動の結果が区分して表示できる。前者の場合は経営者の専門能力がより濃く反映され、後者については市場価格の変動による影響が強く出てくる。もちろん、どちらも経営判断の結果なので、後者について経営者を免責しようということではない。あくまで、将来予測と経営能力の評価をしやすくすることが目的だ。
要するに、その企業の主要な事業と直接関係のない市場価格の変動による金融商品の損益は、評価損益だけでなく売却損益についても、その他の包括利益へ計上すべきではないか、と僕は思っている*1。
なお、2016/3期に大手商社で計上された資源関連事業の減損損失のように、使用価値の見積過程に公正価値測定が含まれる場合もあるが、その公正価値変動の予測は商社の事業に直接関連したものであり、経営者の能力でこなす必要がある。したがって、現行の表示の通り、公正価値変動の影響が主要な原因であっても、純利益の区分に計上されるべきものと思う。
「あのピッチャーのシンカーが、あのコースに決まったら打てるバッターはいない」という場合は、三振してもバッターは免責される。同様に経営者の場合も、「この外部環境の変化で経営責任を問うては、他に経営できる人がいない」という判断は、当然、ありえる。或いは、「このバッターは三振が多いが、大事な時にホームランが期待できる」と同様に、「この企業、或いは、この経営者は、失敗もあるが大きなことをやってくれそう」という評価もありえる。
しかし、そういう評価をするための材料がもっと欲しい。財務情報がすべてではないが、財務情報にできることはもっとありそうだと思う。
最後になるが、熊本大地震で被災されたみなさんには、お見舞いを申し上げたい。できることで応援させていただきたいと思う。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 使用価値の表示については、注記の内容についても工夫が必要と思う。経営者の現状認識が、どのように将来キャッシュフローの見積りに反映されているかを、もっと丁寧に説明すべきと思う。ただ、使用価値は非常に多くの場面で見積もられており、そのすべてに詳細な注記をすることはできない。しかし、セグメント・レベルならどうだろう。可能かもしれない。そうすれば、財務報告の目的に照らして、より有用性が増すように思う。
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