« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016年4月

2016年4月25日 (月曜日)

561【投資】急激な円安、日銀の観測気球?

2016/4/25

先週金曜日(4/22)昼過ぎ、急激に円安が進んだ。その後も一段と進み、ニューヨークのドル円の終値は111.78円で、1日でなんと2円32銭(WSJのトップ・ページによる)も変化した。きっかけは、Bloombergの「金融機関に対する貸し出しに対してもマイナス金利の適用を検討する案が浮上している」という記事だったという*1。今週は、27-28日に日銀の金融政策決定会合が開催される。

 

えっ、マイナス金利で円安? ん〜、1月末の日銀のマイナス金利導入では、一時円安に振れたものの、数日後に逆に円高を招いた形になった。さて、今回はどうなるのだろう。

 

 

金融政策としての“マイナス金利”には、功罪両面があり、特に最近は“罪”の部分が強調されることが多い。それは「民間金融機関の業績を圧迫し、体力を奪われ、逆に一般企業に対する貸出を減らす可能性がある」というものだ。民間金融機関に融資拡大を促す金融緩和(マイナス金利)が、逆に金融引き締めになってしまい、経済活動を減速させることになる。日銀は1月末にマイナス金利を採用したが、ECB(=ヨーロッパ中央銀行)は2014/6から始めているので、マイナス金利は単なる理論ではなく、実践された経済圏を観察することができる。ヨーロッパの金融機関の業績は低迷しているようで、その銀行セクターの株価は下落しているとの情報に接することがある。

 

とはいえ、日銀が導入したマイナス金利は、金融機関からの一定額以上の預入についてマイナス金利を適用するものなので、ECBの制度より金融機関に優しい設計となっている。それでも、1月末以降の状況は、日本の金融株(銀行や保険会社など)の株価がヨーロッパと同様に下落し、かつ、皆さんもご存知の通り、当時進んでいた円高に、日銀の意図に反して一層の円高を呼び込む形となった。その結果、もはや、日銀は円相場に対する影響力を失ったとか、さらには、アベノミクス自体も失望に変わった、などと言われた。アベノミクス第1の矢で輝いていた日銀の威信に陰りが見えていた。

 

さて、その残念なマイナス金利が、なぜ、今回は急激な円安を招いたのか。

 

それは、日銀が「金融機関への貸出にマイナス金利を適用する」からだろう。これは、金融機関の業績を安定させ、従来のマイナス金利政策の“罪”とされていた金融機関の融資を減少させる欠点を補うことになりそうだ。金融緩和効果が格段に高まる可能性がある。

 

もし、これが実施されれば、一定の要件を満たした融資案件には、日銀からその融資を行う金融機関に、マイナス金利で資金が提供される。その結果、おそらく、その融資の借り手にも恩恵が及び、相当条件の良い(=低利の)借入金になることだろう。従来のマイナス金利は、金融機関にとっては鞭だったが、このマイナス金利は飴になる。しかも、その飴はとっても甘いので、その金融機関の融資先にも美味しい。金融機関にとっても、融資先にとっても、嬉しいプレゼントが日銀から送られることになる。となると、金融緩和効果は相当高そうだと、一応は考えられる。しかし、問題は市場がどう反応するかだ。

 

日銀は1月のマイナス金利導入で市場から冷たくあしらわれた。相当ショックを受けたことだろう。威信を回復するには、もうミスができない。

 

今までの黒田バズーカーは、市場をびっくりさせることで、劇的な効果を上げていた。そのために、事前に検討内容が漏れるようなことはなかったが、今回は漏れてきた。しかも、Bloombergという外国通信社に。これは何を意味しているのだろうか。

 

おそらく、今回は“びっくり”をやめて、事前に観測気球を上げて市場の反応を確かめようとしたのではないか。そのために、日銀は、海外投資家に伝わりやすい外国通信社に情報をリークしたのではないだろうか。だとすると、日銀は、今頃、ほくそ笑んでいるだろう。うっしっし、今度は大丈夫、と。

 

 

ところで、世の中、全く欠点のないものはない。民間金融機関に収益をもたらすこの政策は、日銀にはコストとなる。日銀は多額の国債を購入しているので、その利息収入もたくさん入ってくる。おそらくそれがこのコストの財源となるのだろう。しかし、その多額の国債にはすでに8兆円超の損失が発生しているそうだ*2。利息収入とのバランスが重要になる。ということは、我々有権者は、日銀の財政状態についても、より高い関心を持つ必要がありそうだ。

 

それに、この新しいマイナス金利は“一定の要件”の融資案件が対象になるから、“一定の要件”を満たすものに融資資金が集中する可能性がある。例えばこれが無駄な不動産開発につながれば、中国が苦しんでいるような不動産バブルを引き起こしかねない。日銀には、これまで以上にキメの細かい経済観察が必要になる。果たして、そういう能力があるだろうか。

 

究極的には、この政策も、融資案件を収益化させられる有能な経営者がいるかどうかにかかっている。そういう経営者が活躍しやすい環境整備が重要なので、成長戦略の革新や実行こそが本質だ。そういう意味で、4/19に産業競争力会議が取りまとめた成長戦略の骨子案*3が、どのように肉付けされていくかに期待がかかる。

 

もし、これが市場に評価されるものになれば、もう一度日経平均が2万円を超える場面もあるかもしれない。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 日経電子版の下記無料記事より。

 

NY円、急反落 1ドル=111円75~85銭、日銀追加緩和への思惑で

 

この記事には、“Bloomberg”とは記載されていないが、Reutersなどではそう書かれている。おそらく、下記の記事がそれに当たると思われる。

 

日銀:金融機関への貸し出しにもマイナス金利を検討-関係者 Bloomberg 4/22 13:30

 

この記事には、“貸出支援基金”という言葉が出ている。この基金の貸出金利をマイナス(=金利を金融機関に提供する)にすることが検討されているという。

 

日銀は、物価をコントロールするために、民間金融機関が日銀に持つ当座預金を通じて、金利を上げ下げしたり、金融機関へ資金を供給したり逆に資金を引き揚げたりする。貸出支援基金はこれとは別の制度で、日銀のB/S上資産側の勘定になる。日本経済の成長基盤強化や(民間金融機関の)貸出増加を支援するという、より積極的な金融緩和効果を目指しているようだ。下記の日銀の開示資料によると、2010/6に最初の制度の導入が決定された。

 

当面の金融政策運営について(現状維持、成長基盤強化を支援するための資金供給の導入、12時56分公表)  [PDF 180KB]

 

*2 下記の元日銀副総裁へのインタビュー記事による。

 

日銀、国債購入損失8兆円で限界 マイナス金利を拡大へ=岩田一政氏 Reuters 4/21

 

恐らく、含み損が8兆円を超えているということだと思うが、この3年間の金融緩和の結果、長期金利までが低下しているので、むしろ、国債価格は上昇し、含み益があると思われる。この含み損8兆円が、その含み益とネットした結果なのか、それともグロス・ベースなのかはこの記事からは分からない。

 

或いは、次のようなものかもしれない。2月以降、10年ものまでマイナス利回りをつけているので、国債の市場価格が額面を上回って高騰し、最近は、満期まで持っても投資を回収できないものばかりに違いない。そう考えると、満期まで保有しても回収できない部分が8兆円ということかもしれない。

 

何れにしても、財務省HPによると、国債利払い費は平成27年度に10兆円もあり、その相当程度は日銀へ支払われている。日銀の国債利息収入も増加している。ちなみに、平成27年度末の国債発行残高(見込み)は1,167兆円で、このうち日銀が保有しているのは301兆円(取得価格ベースか、額面ベースか、時価ベースかは不明。日銀HPの資料から集計)。

 

*3 GDP600兆円に向け数値目標 成長戦略の骨子案 NHK NEWS WEB 4/19

 

2016年4月19日 (火曜日)

560【CF4-25】会計情報の有用性〜使用価値と公正価値→純利益とその他の包括利益

2016/4/19

なんと1か月ぶりの本題復帰、このシリーズの前回は3/15の「555【CF4-24】会計情報の信頼性〜使用価値」だ。みなさんもお忘れのことと思うが、僕も、何を書いたか復習が必要だ。そこで、ちょっと書き加える分も含めて、ポイントを箇条書きにしてみたい。

 

  • IFRSの測定基礎の主なものは“使用価値”と“公正価値”

 

概念フレームワークの公開草案では、測定基礎は“歴史的原価”と“現在価額”となっている。しかし、歴史的原価は使用価値で減損テストされるので、歴史的原価は実質的には使用価値で下支えされている。一方、現在価額を測定するための主な測定基礎は公正価値測定だ。

 

  • (イメージとしては)使用価値=歴史的原価+自己創設のれん

 

“自己創設のれん”は資産計上が禁止されているので、プラスの場合はB/S価額算定上ゼロとなる。一方、マイナス値をとる場合は、減損が生じている可能性がある。自己創設のれんは、経営者の見積りによることになるため、客観的でなく恣意的となる可能性がある。実際には、事業から生じると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在割引価値を計算するが、その際には「現状を前提としなければならない」。その意味は、次の通り。

 

  • 経営者の現状認識の適切かどうかが、使用価値の信頼性として問われる。
  • 将来の改善事項、未着手の改善事項は除外して見積りを行わなければならない。

 

  • ということで、使用価値は歴史的原価の信頼性を下支えする役割を担い、その使用価値は経営者の事業に対する現状認識の適切さに支えられている。

 

経営者の現状認識能力は、適切な経営判断の基礎だから、意外かもしれないが、使用価値は経営者の事業遂行能力を表現している、と言えないこともない。おそらく、言える。

 

このシリーズの前回の記事と、概念フレームワークの一般財務報告の目的の章の記載を合わせて考えてみよう。そこには、一般財務報告の目的として、次の2つが挙げられている。

 

  • 将来キャッシュフローの見通しの評価
  • 経営者の業務遂行能力の評価

 

使用価値は、将来キャッシュフローの見積り現在価値だし、経営者の業務遂行能力の重要な一端を反映しているので、これらの目的に、実に良く合っている。

 

 

さて、これに関連して、先週、面白い記事がWSJに掲載された。

 

CFOが野球から学べることとは 4/15 無料記事

 

クレディ・スイスの最新レポートによると、「増収率・増益率・粗利益という3つの一般的な財務データは野球で使われている打率、奪三振率、出塁率プラス長打率(OPS)というデータに比べ、はるかに役に立たない」のだそうだ。

 

役に立つかどうかは、過去に起きたことと相関関係があるかどうか(持続性)と、結果を正確に予測できたかどうか(的中率)という2つの面から評価された。

 

みなさんもご存知の通り、米国にはGAAPベースの財務数値の他に、非 GAAPベースの財務データも多くの企業で開示されている。この記事では、どちらを対象に分析されたかは分からないが、会計の有用性に関して実に本質をついた分析だ。

 

但し、この記事も最後で指摘しているように、企業の増収率等の予測は、打率の予測ほど簡単ではない。では、何が簡単でなくしているのか。もちろん、打者は、通常、2〜4割の打率の範囲に収まる可能性が極めて高いのに対し、企業収益等は内外の激しい環境変化もあって半減する場合もあれば倍になる可能性もある。特に利益率の変動は著しい。

 

 

しかし、それだけでなく、会計自体にもこの予測を難しくしている問題があるかもしれない。それは、公正価値の変動をP/L計上する損益区分の問題だ。

 

公正価値は、基本的には企業の外部で決まる市場価格で、したがって、使用価値とは異なり客観的な数値であるが、その代わり、予測不能だ。それが、事業利益と区別されずに当期純利益へ計上される。これが財務データを分かりにくく、使いにくくしているのではないだろうか。

 

経営者がその専門能力を駆使して見積もる使用価値に関連する損益と、余資運用や年金制度などによって保有する資産・負債の公正価値変動に関連する損益は分けて表示した方が、その企業の、或いは、経営者の将来予測や経営能力の評価に役立つのではないだろうか。このような整理を、純損益とその他の包括利益の区分で採用してみたらどうだろう。

 

そうすると、事業損益に関する経営者の能力と、事業を遂行するための付随的な活動の結果が区分して表示できる。前者の場合は経営者の専門能力がより濃く反映され、後者については市場価格の変動による影響が強く出てくる。もちろん、どちらも経営判断の結果なので、後者について経営者を免責しようということではない。あくまで、将来予測と経営能力の評価をしやすくすることが目的だ。

 

要するに、その企業の主要な事業と直接関係のない市場価格の変動による金融商品の損益は、評価損益だけでなく売却損益についても、その他の包括利益へ計上すべきではないか、と僕は思っている*1

 

なお、2016/3期に大手商社で計上された資源関連事業の減損損失のように、使用価値の見積過程に公正価値測定が含まれる場合もあるが、その公正価値変動の予測は商社の事業に直接関連したものであり、経営者の能力でこなす必要がある。したがって、現行の表示の通り、公正価値変動の影響が主要な原因であっても、純利益の区分に計上されるべきものと思う。

 

 

「あのピッチャーのシンカーが、あのコースに決まったら打てるバッターはいない」という場合は、三振してもバッターは免責される。同様に経営者の場合も、「この外部環境の変化で経営責任を問うては、他に経営できる人がいない」という判断は、当然、ありえる。或いは、「このバッターは三振が多いが、大事な時にホームランが期待できる」と同様に、「この企業、或いは、この経営者は、失敗もあるが大きなことをやってくれそう」という評価もありえる。

 

しかし、そういう評価をするための材料がもっと欲しい。財務情報がすべてではないが、財務情報にできることはもっとありそうだと思う。

 

 

最後になるが、熊本大地震で被災されたみなさんには、お見舞いを申し上げたい。できることで応援させていただきたいと思う。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 使用価値の表示については、注記の内容についても工夫が必要と思う。経営者の現状認識が、どのように将来キャッシュフローの見積りに反映されているかを、もっと丁寧に説明すべきと思う。ただ、使用価値は非常に多くの場面で見積もられており、そのすべてに詳細な注記をすることはできない。しかし、セグメント・レベルならどうだろう。可能かもしれない。そうすれば、財務報告の目的に照らして、より有用性が増すように思う。

 

 

2016年4月12日 (火曜日)

559【番外編】セブンイレブンのコーポレート・ガバナンスとアベノミクス

2016/4/12

アベノミクスも、最初の黒田バズーカから3年が経ち、曲がり角を迎えている。金融政策と財政政策で時間稼ぎをし、その間に成長戦略を進めてデフレを脱却しようとしたアベノノミクスは、果たして成果を上げられただろうか。先週大きく報道されたセブンイレブン社長人事の件は、日本が抱えている問題の本質と、その改善が遅々としている現状を象徴しているような気がする。

 

 

セブンイレブンの社長人事にかかる報道ぶりを僕なりに、ざっとまとめてみると、次のようになる*1

 

セブン&アイ・ホールディングス(以下、“7&”と記載)CEOの鈴木敏文氏は、子会社セブンイレブン・ジャパン(以下“7-11”と記載)の井阪隆一社長を交代させようと7&の指名報酬委員会に諮るが、承認を得られずに取締役会にかけた。しかし、そこでも承認を得られなかったため、逆に鈴木氏が7&のすべての役職を退くと先週7日に会見を開いて公表した。

 

鈴木氏が指名報酬委員会の反対を振り切って取締役会にかけた強引さの理由について、メディア(例えば、4/7のBSジャパンの日経プラス10)では、(鈴木氏は会見で明確に否定したのに)鈴木氏には社内に子息(鈴木康弘7&CIO)がおり、彼を後継者に引き立てようとしたとの見方が報道された。指名報酬委員会は、4名のうち2名が社外取締役で、その2名が反対した。その理由は「7年間最高益を続けた社長を辞めさせるのは世間の常識が許さない」だった(正確には5期連続最高益)。その他、米国の物言う株主として名高いサード・ポイントが、なぜか鈴木氏の人事案を知っていて、それに反対する書簡が届いていたという。

 

一方、鈴木氏が会見で明らかにした井阪氏降板の提案理由は、次のようなものだった。

 

・会社全体としてみると物足りなかった(“全く新しいこと”をしなかった*2)。

・慣例の在任期間7年が経過した。

・社長交代内示後の井阪氏の反応・態度(自分の貢献を過度にアピールしたなど)。

 

鈴木氏が明らかにした自らの引退理由は、次のようなものだった(が、これは僕が書きたい問題とあまり関係がない)。

 

・この件から、ヨーカ堂創業家の伊藤雅俊名誉会長の信任が得られなくなった。

・取締役会で、社内取締役全員からの賛同が得られなかった。

 

この一連の流れに関するメディアの評価(主に日経)は、次のようなものだったと思う。

 

お家騒動はいただけないが、鈴木氏の強権に歯止めをかけ世襲を防いだことは、コーポレート・ガバナンスが機能していると言えそうだ。

 

サード・ポイントからも「セブン&アイ・ホールディングスの企業統治が安倍政権の掲げる第3の矢である成長戦略に沿って進化を遂げたことを喜ばしく思う」とのコメントが発せられたという*3

 

 

僕は、このメディアの評価が腑に落ちない。特に、鈴木氏が経営者に「新しいこと」を求めた点を、メディアは過小評価してないか。日頃、イノベーションの必要性や経営環境激変への対応を説き、日本企業のアニマル・スピリット不足を嘆いているのに、なぜ、同じ目線で鈴木氏の「新しいこと」へのこだわりを見ようとしないのだろう。鈴木氏が、7-11のトップに立つ人へ「新しいこと」を求めるのは、メディアの普段の主張と同じではないか。

 

すでにメディアによって言い尽くされているが、現状改善を積み上げていく能力と、無から有を生み出すような、或いは、現状破壊的なイノベーションを生み出す能力は、かなり根本的な部分で異なる。鈴木氏は、7-11の現任者の能力・特性をこの7年間で見極め評価した。その結果、慣例の7年間を超えてまでトップを任せられる人材ではないと判断し(、よりイノベーティブな人材を当てようと考え)たことは、それほどおかしなことなのだろうか?

 

もちろん、日経の記者が、日頃から質の高い豊富な量の情報を集めていることを否定することはできない。“世襲批判”も、社内で囁かれていて、社外取締役の2名やサード・ポイント、そしてヨーカ堂創業者の伊藤氏も耳にしていたかもしれない。そして、鈴木氏の意識の奥底には、本当に“世襲”があったのかもしれない。

 

しかし、僕は思う。これって、リスク過敏症ではないか。社外取締役や委員会設置会社といった形、器ばかりを評価して、どういう能力を持った人が経営者になるべきかという経営の本質に関わる重要な問題を見逃していないか。このままで、日本企業に不足しているアニマル・スピリットを回復できるのか。これこそ、デフレ・マインドの根本原因の一つなのに。

 

 

アベノミクスが第1の矢、第2の矢で行っている“時間稼ぎ”は、成長戦略だけでなく、日本企業のアニマル・スピリット復活を待つものでもあったはずだ。しかも単なる“時間稼ぎ”ではなく、円高を是正して業績と手許現金に余裕を持たせ、投資や賃上げ、仕入先との協働を促した。さらにマイナス金利で借入もしやすくなった。これでアニマル・スピリットが復活しなければ、どういう時に復活するのか? 企業は、この3年の間に、政府にこれ以上はないお膳立てをしてもらったのだ。

 

それでも、経常的な経営・運営能力とアニマル・スピリットの持ち主が異なるとすれば、経営陣の顔ぶれが変わらない限り、企業が新しいことに“チャレンジ”することは難しい。

 

みなさんもご存知の通り、鈴木氏は、間違いなく、全く新しいことに(勝算を持って)果敢にチャレンジするアニマル・スピリットの持ち主だった。日本を代表する大経営者だ。今回のことは、その鈴木氏が引退して、鈴木氏からそれが欠けると評価された人が、7-11の社長に留まる結果となりそうだ。それが、アベノミックスのコーポレート・ガバナンス改革の成果だとすれば、僕にはなんとも皮肉なことだと感じられる。みなさんはどうだろうか。

 

もし、僕が7&の株主で、今年の総会に取締役人事に関する議案が上程されたら、とりあえず反対票を投ずると思う。残念ながら株主ではないが*4

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 ベースは、下記の記事によっている。

 

セブン会長、引退会見で見せたお家騒動の恥部 日経ビジネス 4/8

 

*2 これは会見で語られたことではなく、記者の取材で明らかにされた。

 

鈴木氏守ったセブン&アイの否決  日経電子版 4/7 有料記事

 

 *3 以下の記事による。

 

流通のカリスマ退場 セブン&アイ鈴木氏「私の不徳」 日経電子版 4/8 無料記事

 

*4 鈴木氏をここまでべた褒めしながら、なぜ僕は株を買わなかったか。

 

お金がない、というのが最も大きい理由だが、それ以外にもう一つある。実は、昔の悪いイメージが残っていて、なんとなく気が進まなかったのだ。その悪いイメージとは、僕が監査スタッフの頃のことだが、確認状をヨーカ堂に送っても、全く回答を返してくれなかった。もちろん、当時からヨーカー堂は大会社で監査を受けており、自分は確認状を発送して他社からその回答をもらっていたはずだが、自らは、“会社の方針として”回答を拒否していた。自己中な会社というイメージがある。今もそうなのかは分からない。

 

2016年4月 5日 (火曜日)

558【番外編】決算対策

    2016/4/5

    会計は、企業の財政状態や経営成績の実態を、投資家・株主等の利害関係者に報告するためのツールだ。それが株式市場、延いては国民経済の健全な発展の礎となる。この重要なツールが有用であるためには、何が何でも“実態”が報告されなければならない。そのために、会計基準や内部統制基準、それらを支える関連法制度があり、外部監査も行われる。

     

    とはいえ、みなさんもご存知の通り、しばしば粉飾決算のニュースが新聞紙面を賑わせる。残念だが、これが現実だ。

     

    いわゆる“決算対策”というのは粉飾であることも多い。しかし、メディアではこの“決算対策”を肯定するかのような記述がなされることがある。一つ、格好の材料がある。みなさんは、どう感じられるだろうか。

     

     

    以下に紹介する記事は、東芝の医療系子会社の売却取引について、次の2点を指摘している。

     

    ・この3月期(2016/3期)決算に売却益を計上することの問題提起。東芝はこれによって当期の赤字を大幅に減らすことを狙っているという。

     

    ・この売却益が、米原子力子会社ののれんの減損損失計上とセットと考えられているという。

     

    焦点:東芝、債務超過回避に自信 医療事業売却スキームには異論も REUTERS 4/2

     

    REUTERSは登録不要の上に無料なので、時間のある方は是非お読みいただきたい。ただ、もう既に読まれた方には申し訳ないが、一応、簡単に(僕の理解で)内容を紹介しながら、僕の意見を記載していきたい。但し、僕の意見は間違っているかもしれない。おそらく、間違っている。

     

     

    しばらく前から話題になっているように、東芝は優良子会社の東芝メディカルシステムズをキャノンへ売却することを決めた。しかし、我が国を含め、世界各国の独占禁止法上の規制があって、通常なら売却取引の確定は2016/3期決算には間に合わない。そこで、キャノン側から提案されたのが、両社の間にペーパー・カンパニーを介在させた規制回避の奥の手だ。このスキームについて、2人の独禁法専門家(弁護士)の次のようなコメントが、上記の記事に紹介されている。

     

    「形式的には違法な形にしていないが、全体のスキームとしては脱法的な行為ではないかという疑義は持たざるを得ない」

     

    「東芝を救済する利益と、企業結合で守るべき市場での競争維持という利益のバランスだと思う」

     

    弁護士のコメントは、独禁法に関するものであり、会社法や金融商品取引法によるコーポレート・ガバナンスや企業開示制度を考慮したものではない。もし、それを考慮すればどうなるだろうか。まずは、会計原則に照らして、考えることになる。

     

    しかし、逐条解説的な小難しい話はなしにしよう。要は、実態があるかどうかだ。

     

    実態とは、企業結合と事業分離だ。キャノンにとっては東芝の医療事業を自らの事業と不可逆的に統合する作業を開始できること。東芝にとっては、医療事業を永遠に切り離すこと。これを確認するには次のことに注目したら良いと思う。

     

       
    1. キャノンが2016/3に企業結合の会計処理をするか否か。もしするなら、キャノンから近日中にその旨の適時開示がなされるだろう。
            
    2.  
    3. もし、後日、いずれかの国の独禁法により企業結合(の一部)が否定されても、東芝に医療事業が戻ってくることはなく、キャノンから支払われた譲渡代金を返金する可能性もない。

     

    Aは必要条件、Bは十分条件。まずAだが、キャノンが当該子会社を取得したと認識していないのに、東芝だけが売却処理することはありえないと思う。キャノンは自らの医療事業と統合を行うので、独禁法対応をその子会社と共同で主体的に進めていくことになる。統合や独禁法対応の情報は東芝よりキャノンに集まる。キャノンはその子会社のすべてを知り得るが、東芝はキャノンの医療事業のことを詳しくは知らないはずだ。だから、東芝が先走る事はできないはず、と思う。

     

    しかし、キャノンが独禁法に関する判断を誤ることも考えられる。それでも、東芝がすでに受取った譲渡代金を返金する義務を負わない、即ち、一旦切り離した医療事業がその一部でも、東芝に戻ってこないのであれば、2016/3期の売却益計上に問題はない可能性が高い。よって、Bが十分条件。

     

    Bが成立するなら、独禁法により買収が否定された国の事業は、東芝ではなく第三者へ売却されることになる。その売却価額が低ければ、ペーパー・カンパニーに売却損が生じるが、おそらくこれはキャノンが、実質的に、補填・負担しなければならないだろう。そういう契約になっているのだろうか。東芝が売却益を計上するなら、このような点についても丁寧に説明してほしい。

     

    最後に、これらが成立しても、独禁法の脱法行為とみなされペナルティを受けるリスクを考慮する必要があるだろう。上記のREUTERSの記事のコメントでは、二人の専門家がいずれも法的なリスクを指摘している。日本の当局が良くても、海外の当局は厳しいのではないか。適切な注記やリスク情報の開示が必要になる可能性が高いように感じられる。

     

    REUTERSによれば、この会計処理について東芝は「現在慎重に検討を進めている」(3月17日の報道資料)としているそうだ。決算は、経営者が、その経営実態を把握する重要な機会でもある。余計なことを優先させれば、経営実態を誤解することにつながる(だから、東芝はここまで悪くなった)。金額が巨額なこともあり、本当に慎重であることを期待したい。

     

     

    さて、もう一つ、この売却益と原子力事業の減損が対になっているという記載についてだが、これは独禁法とは関係のない、純粋に会計の話だと思う。…あってはならない。

     

    期末日時点の状況で、売却取引が成立していれば売却益を認識するし、減損が生じていれば減損損失を計上する。それらが異なる期なら、異なる期に計上しなければならないし、どちらが先ということもない。実態次第だ。それを、時々、このようなタイミングを合わせる“決算対策”を可とするようなメディアの記事を見かけるが、それ自体が会計基準違反であることは論を待たない。たとえそれが債務超過を回避するためであったとしても、粉飾は粉飾だ。

     

    とはいえ、このような記事を書くメディアに悪意があるわけではない、とも思う。読者にそのような損失の可能性と、それが明るみに出るタイミングやイメージを知らせたいのだろう。確かに、それも重要な情報だと思う。ただ、それは本当のことなのか?

     

    もし、単なる憶測記事であれば、“決算対策”という粉飾行為を肯定するイメージを与えることになる。「そんなことしていいんだ」と投資家や経営者も誤解をする。“決算対策”が横行する。経営幹部が無駄な仕事に精を出す。悪い影響の方が大きい。

     

    この手の記事については、メディアの側に、より一層慎重であることを期待したい。

     

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2023年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ