566【番外編】企業と株主の建設的な対話〜3つの企業価値
2016/6/10
今回は「564【番外編】企業と株主の建設的な対話〜答申」の続編だ。ところで、“建設的な対話”って、なんだろう。
首脳会談などのインタビューで「建設的な対話だった」と首脳が答える場合は、議論が決着せず物別れに終わった時だ。でも、「お互いが納得・共有できる結論に向かっている」という雰囲気を醸し出そうとする印象・意図を感じることができる。おそらく、“建設的な対話”とは、結論を得られたかどうかの問題ではなく、お互いの共通認識の幅が広がったかどうかを指すのだろう。
企業と株主に結論が必要な場合は、株主総会の議題にあげれば良い。企業開示制度の改善・充実を図る場合の“建設的な対話”とは、株主(や投資家)が、その企業への投資を継続するかどうか、追加の投資を行うかどうか、経営者をどのように評価するかを判断するために、有用な情報を効率的に提供できる状況のことだと思う。
これは、IFRSの概念フレームワークに記載されている一般財務報告の目的と概ね同じだ。ただ、IFRSと違うのは、このテーマには財務情報のみならず非財務情報も含まれる。財務情報は会計基準や場合によっては監査基準によって厳密に範囲が限定されている。例えば、自己創設のれんは財務報告・財務情報には含まれない。会計上の見積りは財務情報だが、将来情報・予想は財務情報ではない。
今回のテーマは、財務情報の範囲にとらわれず(=財務情報も非財務情報も含めて)、株主や投資家が企業を理解するために、どんな情報があったら効率的かを考えてみたい。僕は3つの企業価値を企業が提供することで、現状を大きく改善できると思う。
3つの企業価値とは次のものだ。
A. B/Sの純資産(=会計上の企業価値。これのみ財務情報)
これは現在も提供されている情報なので特に説明は不要かもしれない。上場企業の場合は一株あたり純資産(=BPS:Book-Value Per Share)や株価純資産倍率(=PBR:Price Book-value Ratio)として、株価との比較で分析に利用されることが多い。しかし純資産は、企業の特定の価値を表しているわけではなく、資産と負債のそれぞれの項目を各々の基準で評価して差し引きした結果であり、計算上の差額に過ぎない(IFRSにしても日本基準にしても、会計基準は企業価値を算定するようには設計されてない*1)。即ち、実は、それほど意味のある数字ではなく、利用価値は高くないと思う。
例えば、極端に悪い場合(例えば、債務超過など)は上場維持が困難になったり、金融機関から融資の返済を迫られたりするケースがあるが、企業は純資産が小さいから倒産するのではない。手元資金が不足するから倒産する。純資産の大小は、上場規則や財務制限条項で規制の対象となっているなどの極端なケースを除き、企業価値をダイレクトに表現するものではない。
とはいえ、資産は金を生むもの、負債は逆に金を流出させるもの、という会計上の定義(大雑把な言い方で申し訳ない*2)を考慮すると、為替換算調整勘定などの資産・負債評価の調整項目を除く株主資本については、企業所有者の新たな意思決定や新たな減損が発生しない限り「外部流出せず企業内部にとどまる可能性が高い資源」と考えることはできる。
但し、それを企業価値と言うかどうか。言ったとしても、限定的・消極的な意味しかないと思う。(財務情報は、業績を表すP/Lの方が利用価値があると思う。)
B. 期末時点の使用価値(=Aに自己創設のれんを加えたもの。企業の自己評価価値。非財務情報)
企業は資産・負債を、概ね公正価値か原価でB/S計上する。原価計上される資産は、必ず、減損テストを受ける。減損テストとは、原価と使用価値を比較し、原価が過大評価でないことを確認する手続きだ。使用価値とは、資産をそれが使われている事業の一部として評価した価値だ。それには、その企業が資産を使用してキャッシュ・フローを生み出す事業運営能力の評価・価値が含まれる。すなわち、自己創設のれんが含まれる。
その資産を利用する企業の能力がプラスである限り、BはAより大きい。即ち、企業が事業からプラスのネット・キャッシュ・インフローを獲得することが見込まれる限り、BはAより大きくなる。
将来キャッシュ・フローの見込みは経営者の見積りなので、Bは企業の自己評価価値と考えることが可能だ。また、おおよそ、投資家の株価評価とも理論的にある程度の親和性がある。したがって、Bと市場株価を比較すると、興味深い分析が可能なように思われる。特に、B(=企業の自己評価)より株価が著しく低い場合、経営者が企業の先行きに過度に楽観的でないか(≒減損テストが甘くなっていないか)について、投資家や株主に警告を与えてくれる可能性がある。
企業の多角化・グローバル化の状況を考慮すると、大きくてもセグメント情報の単位では使用価値を公表すると良いと思う。一株あたり使用価値と株価の差の分析は、企業と株主の対話の良い材料になると思う。
減損テストのために、現在の企業会計制度の中でBはすでに算定されているか、或いは、すでに算定されているものを改良すれば算定できる。
C. 将来時点の使用価値(=将来の企業像を金額的に示したもの。経営目標となる価値。非財務情報)
5年後、10年後、その企業は、どんな事業を営み、どれぐらいのキャッシュ・フローを生み出す能力を持っているか。そのイメージを金額にしたものがこのCで、これを計算している企業はあまりないに違いない。
でも、日本企業に足りないと言われる戦略的思考をスタートさせるには、長期的な目標を持つことが必要だ。その目標は実績と比較しやすいよう会計上の概念と親和性の高いものであることが望ましい。それはAやBとの共通概念である“(事業が生み出す)将来キャッシュフローの現在価値”だと思う。それがCだ。
Cを計算するには、製品/サービス市場の変化を予想し、戦略的対応行動の計画を立てることになる。と言っても、大雑把なものにならざるえないが、目標となるイメージを持つことが重要だ。
長期的な投資家や株主は、BよりCをイメージして投資する。現在ではなく将来を想像して株式を購入するかどうかを決める。企業が自らの将来イメージをCとして公表すれば、投資家や株主がAやB、その他過去のP/L情報、事業モデルの情報などから実現可能性を評価し、投資の意思決定を行えるようになる。
投資家や株主が、このCとAやBとの差、Cを実現するシナリオを企業へ質問すれば、企業の戦略性がみえそうな気がする。企業がおとぎ話をしているのか、それとも、事業環境の変化・事業の進化を真剣に考えているのか、或いは、真剣に変化に対応する気がないのか。このような対話をして投資を決めた株主は、その後の企業の経営状況に関心を持つことができて、その株式を長期保有するのではないだろうか。
子供と将来について語り合おうとすれば、その子の夢が分かっているかどうかで会話の内容が随分変わってくるだろう。夢が分かっていれば、そこへ向かう経路をある程度特定できるから、親としては、“いくらぐらいかかりそうだ”という現実的なイメージにもつながる。これがちょうど Cに当たる。Cは子供の夢のようにきっちりしたものにはならないだろうが、子供じゃないのだから事業のプロとしての先見性やセンスが求められる。
子供の現在の実力・能力が分かると、その経路の出発点を確認できる。特に、子供が自分自身や身の回りの状況をどう評価・理解しているかは重要だ。親は、単なる希望なのか、本気でやる気があるのかの見当がつく。これがBだ。
親としては、さらに、子供の過去の行動を振り返ることだろう。この子はすぐ諦めてしまう子なのか、それとも言い出したら止まらない子なのか。これが過去の財務情報、ここではAに当たる。
企業と株主、或いは投資家との対話も、このようなA、B、Cの材料が必要なのではないだろうか。親が子供の夢の実現にコミットするかどうかは、このような対話によって、夢を実現する経路のイメージを互いに共有できるかどうかにかかっている。同様に、企業と株主・投資家にとっても、A、B、Cを材料とする対話こそが、共通認識の幅を広げる“建設的な対話”じゃないかと僕は思う。
さて、僕は、このテーマの前回の「564【番外編】企業と株主の建設的な対話〜答申」で、次のように記載した。
これに使用価値を利用できないだろうか。そうすることで、経営者の見積りの強気・弱気のバイアスを、投資家や株主が評価する材料も、新たに加えられる。監査の限界を補う材料にもなるだろう。
使用価値の利用方法について記載してきたが、果たしてこれが監査の限界を補うことになるだろうか。
Bのところに記載したように、現在の使用価値であるBと株式市場の評価である株価を比較すれば、面白い分析ができそうに思う。株価は将来の使用価値であるCを織り込むので、通常であればBより高くなるはずだ。しかし、意外に多くの会社でそうならないことが予想される*3。そうなると、簡単に経営者の見積りの強気・弱気のバイアスを株主や投資家が察知するのは難しいかも知れない。
このA、B、Cが監査の限界を補えるかどうかについて結論を出すには、もっと具体的な検討が必要だ。BやCが開示されてないので難しい検討になるが、引き続き、考えてみたい。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 例えば、IFRSの概念フレームワークには次のように記載されている。
一般目的財務報告書は、報告企業の価値を示すようには設計されていない・・・(OB7)
IFRSも日本基準も、会計期間における企業の変化をP/Lに業績として表現するものだと思う。資産や負債について公正価値測定を多用しても、それは前期末との変化を記録するためであって、B/Sは企業価値にならない。
もし、企業価値を算定するなら、自己創設のれんや企業ブランドの価値評価を避けることはできないが、会計はそれを行っていない。
*2 これは僕のお気に入りの言い回しだが、詳しくは次の記事をご覧いただきたい。IFRSにおける資産の定義について記載している。
IFRSの資産~会計上の「資産」とは 2011/11/1
*3 例えば、現在、銀行の株価は株価純資産倍率が1を割り込んでいるところが多い。日銀のマイナス金利政策の影響もあるが、それだけではない。株価はBどころか、会計上の企業価値であるAよりも低いのだ。ということは、株式市場は、銀行のB/Sに減損すべき不良資産がたくさんあると評価しているのだろうか。
米国のエネルギー関連企業に多額の融資をしている銀行は、昨年来の原油価格の下落による信用不安で株価が低下している可能性がある。しかし、日本の地銀にそのような心配はない。日本では企業倒産が減少を続けており、信用不安はない*4。では、何が原因だろう。
僕は、Cを十分に投資家や株主に理解させていないからだと思う。或いは、そもそも、投資家や株主にしっかり説明できるようなCを持っていないか。即ち、戦略性にかけると評価されている可能性が考えられる。そのような場合、自己創設のれん(或いは企業のブランド価値)に対する株式市場の評価が低くなる。例えば、人口減少や産業空洞化に対する銀行の対応の不透明さがこれに当たるのではないかと思う。
株価純資産倍率が1を割り込んでいるというのは、自己創設のれんがマイナス評価されている。異常事態だ。株式市場が銀行業界へ強烈な警告を発していることになる。もちろん、銀行も理解しているはずだが、まだ業界再編などの動きは低調。また、M&Aだけでは対応不足だ。地銀の海外展開も時々話題になるが、インパクトに欠ける。銀行業界がどのように経営環境の変化に対応しようとしているか、よくわからない。
*4 例えば、東京商工リサーチのHPには、昨年2015年の倒産件数について次のように記載されている。
倒産件数が8,812件 25年ぶり9,000件割れの低水準
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