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2016年6月

2016年6月30日 (木曜日)

569【金融商品/番外編】英国EU離脱と欧州不良債権問題

2016/6/30

以前、「欧州には不良債権問題がある」と書いた*1。当時、欧州版の自己査定が始まるので、不良債権額が意外に膨らむかもしれない。新たな危機が生じないだろうか、と危惧したわけだが、大きく市場を揺るがすようなことはなかった。でも、くすぶっている。ん〜、熟成してきたというべきか。実は、蔵出しのタイミングも決まっている。2018年だ。まだ先だが、東京オリンピックよりは近い。

 

今回は、久しぶりにこのブログの本題であるIFRSにも絡む話題だ。

 

IFRS9の金融商品の減損についての規定が、2018年(に開始する事業年度)に適用される。すると、貸倒引当金の積増しが懸念されるのだ。みなさんもご存知かもしれないが、貸付金や売掛金などの評価規定が厳しくなる(“発生損失”から“予想損失”による減損計上へ変わる)。

 

非常に大雑把に言うと、現行IFRSの規定では、日本基準で言うところの、不良債権を認定して個別引当するようなケースしか貸倒引当金が計上されない。いわゆる、“一般繰入れ”の部分がほぼない。損失発生の事実を確認してから貸引計上するので、どうしてもタイミングが遅くなる(too little too late.)。リーマン・ショックの際にこれが批判されて、予想される損失を予め計上する考え方へ変更することになった。これが上述の2018年のIFRS9の改定(の一部)だ。

 

欧州の銀行は2014年に自己査定を始めたので、不良債権額は十分な精度で把握できるようになった。しかし、日本や米国から見ると、まだ引当不足の状態にある。それが2018年に解消され、積増しされる(ことが予想される)。そうなると、もっとも状況の悪いイタリアなどでは、銀行が資本不足に陥ることが予想される。これが蔵出しだ。

 

とはいえ、みなさんは「これと英国のEU離脱とは関係がないのでは?」と思われたかもしれない。僕もそう思う。しかし、現実には、次のような記事があって、どうも、この件を材料にしたヘッジ・ファンドの攻撃を心配しているようなのだ。

 

取り付け騒ぎ回避であらゆる手段=ユンケル欧州委員長 6/29 REUTERS

UPDATE 1-イタリア、銀行セクター支援策を準備 英EU離脱受け=関係筋 6/28 REUTERS

 

Brexitが確定した6/24以降急落していた欧州銀行株は、幸いなことに、6/28には一転反発した*2。これらの報道も影響したかもしれない。

 

マネックス証券のチーフ・アナリスト 大槻奈那氏(金融分野に強い)は、Brexitに関する最近のレポート*3の中で次のように指摘している。

 

中でもイタリアは、不良債権の総額は約30兆円と欧州の中でダントツである(図表5)。貸出に対する不良債権の比率は16.8%と日本の金融危機時を上回る高い比率となっている。引当金は計上されているが、不良債権額の約半分程度であり、残りは今後の損失に繋がりやすい。

 

・・・英国からの資本流出など悪い条件が重なった場合に、欧州側の金融システムの脆弱な部分(これがイタリアなど)にも刺激が及ぶ可能性が、指摘されている。それにしても、イタリアの状況は相当悪そうだ。

 

確かに、ヘッジ・ファンドが攻撃のネタにしそうな感じだ。単なる杞憂ではすみそうにない。恐ろしい話だ。でも、EUは対応の準備ができているようだ。これが大事。

 

金融市場は、変動することで実体経済の弱点を知らせてくれる。会計もそれに寄与している。これは便利な機能だが、行き過ぎると実体経済を過度に刺激し、悪化させる。これが難点だ。「Brexitなど、精々、関税がかかるぐらいなもので大したことない」と達観できれば、本当に大過なく過ごせるのだが、さて、どうなるだろうか。

 

特に、英国内、或いは、英国とEUの間で感情的なもつれが生じると、影響が大きく広がりそうだ。人々が冷静でいられるように祈るしかない。

 

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 404.【番外編】欧州の不良債権問題 2014/10/5

 

*2 欧州株は反発、金融株持ち直す 6/29 REUTERS

 

*3 BREXIT後の日・欧金融セクター:株価暴落の背景と今後 6/28 マネックス証券HP

 

 

 

2016年6月28日 (火曜日)

568【番外編】英国EU離脱とアベノミクス第4の矢

 

2016/6/28

実は、このブログも今週で6年目に突入した。その記念すべき最初の記事にふさわしくないのだが、今回は、全くのおふざけ記事になる。申し訳ない。

 

というのは、みなさんが、もう耳にタコができて、飽き飽きしている思われているであろう“英国のEU離脱問題”について書きたいのだ。おふざけでなければ、読んでもらえないだろう。僕の推理は、「これはアベノミクスならぬ、EUノミクスの隠された矢、“危機を煽って通貨安を誘導”する情報戦略の矢、情報操作の一環ではないか」というものだ。

 

世界中の権威あるニュース・メディアが悲観論を拡散しているが、ん〜、そんなに大変なことだろうか? これが、僕の率直な印象だ。英国の首相が辞任を表明し、EU主要国の指導者が失望感をあらわにするという凝った演出で、こんな小事を大事のごとく嘆き悲しむ結果、通貨ユーロとポンドは安値に沈み、そのうちに、英国とEU(特にドイツ)は輸出が増加し、経常黒字がチャリンチャリンと溜まっていく。

 

一方、円は“安全資産”などと言われて急騰し、日本株は下落し、アベノミクスが崩壊する。だが、日本もこれを参考に、金融政策、財政政策、構造改革の3本の矢に加え、情報戦略を第4の矢に加えたらどうだろう?

 

 

みなさんは「これが小事か?」と疑問を持たれると思う。なんせ、英国にとっては、第2次世界大戦後で最も大きな決断の一つなのだから。しかし、もし、英国と欧州の指導者が裏で結託していたらどうだろう。例えば、「英国はEUの単一市場からは離脱するが、安保・政治的な立場は従来通りEUと協調する」みたいな暗黙の了解があればどうか。

 

実際、安全保障は北大西洋条約機構(=NATO)による同盟関係が維持される。ロシア対応で協調できれば、英国と欧州は親しい友人のままでいられるのではないか。今後、英国は米国との結びつきを強め、対ロシアでは、より強硬な立場を強めるという見方をする専門家もいる。EUにとっては、内部に強硬派の大国を抱えるよりも、強硬な英米との間を取り持つような形でロシアと接する方が、心地良いだろう。

 

一方、単一市場から離脱した際に問題になるのが、関税や国際取引に係る規制や手続だ。英国とEUの間でFTAなどの貿易に関する取決めが(離脱通告から2年以内に)まとまらない場合、関税および貿易に関する一般協定(=GATT)のルールが適用されるらしい。

 

GATTのウルグアイ・ラウンドの合意に基づいて設立された世界貿易機関(=WTO)のアゼベド事務局長は追加負担が巨額になると警告した*1が、仮に全ての輸出に10%の関税がかかったとしても、為替レートが10%安くなれば相殺できる。上述の大芝居のおかげで、問題は軽くなるのでは? 日本と異なり、英国は通貨安が輸出増に直結する普通の経済構造がある*2ので、景気浮揚効果も大きい。(但し、輸入物価が上昇するので、消費者には、それに見合う所得増や政策経費が必要になるかもしれない。日本はアベノミクスで80円から125円の約5割の通貨安を経験したが、経常黒字が増えたのは原油などエネルギーの輸入価格の低下によるもので、景気は十分良くならなかった。)

 

国際取引に係る規制や手続、そしてサービス取引については、両者の意見が相違する分野となろう。しかし、英国の主要な不満の一つは、EU規制の細かさにあったわけで、EUと取引を継続するなら妥協が必要だし、むしろ、EU以外とは自由にやれると喜ぶことだろう。とはいえ、この分野の交渉は難しいし長引くに違いない。だが、これぐらいは仕方ないだろう。

 

このように考えてみると、ポンドが急落し、ユーロが連れ安するこの離脱問題は、英国やEUにとってそれほど悪いイベントではない。いやいや、もっと複雑な問題があると思うが、ロシアが重しになって、「なんとかの終わりの始まり」みたいな大袈裟なものにはならないかもしれない。なったとしても、たっぷり時間があるので、状況の進展に応じて対応を考えればよいのではないか。

 

 

しかし、そう悠長なことを言ってられない人々もいらっしゃるだろう。株や為替の取引をやっている方は(僕もそう)、思わず天を仰いだら日光で目眩しにあって、足元がふらついたような状況かもしれない*3

 

でも大丈夫。おそらく近日中に財務省のHPに、日本政府の貸借対照表が公表される。それを見ると国債が300兆も減っている。同時に、日銀が「300兆円の国債券を紛失し、同額の損失が発生しました」と臨時報告書を公表する。そう、ヘリコプター・マネーだ。日銀は大幅な債務超過に陥るから、きっと、円は大暴落するだろう。アベノミクスの第4の矢、情報戦略の矢だ。

 

海外の格付け会社が日本国債を格下げするが、損をするのは為替差損を被る海外の投資家だけ。そしてその後は、円が“安全資産”などと言われることは2度となくなるに違いない。(あくまで冗談。)

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 英国、EU離脱なら巨額の関税負担の可能性=WTO事務局長 REUTERS 5/25

 

*2 アベノミクスでは、円安が輸出を数量ベースで増加させなかった。そのため、円安の景気浮揚効果は限定的で、トリクル・ダウンが起こらなかった。しかし、英国経済は事情が異なるようだ。次のような報道がある。

 

英国EU離脱問題、期待できる好影響とは WSJ 2/23(多分、有料記事)

 

2008年の金融危機のポンド下落と翌年の輸出の増加、1992年の欧州為替相場メカニズム(ERM)脱退後のポンド急落とその後5年間の輸出の増加を例に挙げている。

 

4月の英貿易赤字は予想下回る120億ポンド、モノの輸出が大幅増 REUTERS 6/9

 

この記事にはないが、4月の対ドル平均レートは近年で最も安い(1.4310ドル/ポンド)。

 

 

*3 こんな報道もある。

 

円急騰で自殺者続出か 英EU離脱でFX投資家“数千万円損”も 日刊ゲンダイ 6/27

 

ちょっと大げさなタイトルになっているが、もし、本当にこのような個人投資家がいれば、ご愁傷様としか言いようがない。

 

 

2016年6月22日 (水曜日)

567【番外編】英国の大脳皮質

2016/6/22

Jリーグ第1ステージがいよいよ大詰めだ。先週末は、浦和レッズが優勝戦線に残れるかどうかを賭けて、因縁のサンフレッチェ広島と戦った。この好カードを、珍しく録画ではなくテレビ放送を直接見ようと思った僕は、ゲーム開始前の暇つぶしに他のチャンネルを窺っていた。すると、AKB総選挙が行われていた。

 

「16位、にゃんにゃん仮面」

 

ん!? 詳しくはないものの、AKBにそういうキャラクターがいるとは意外だったので、思わず、目が止まった。すると、にゃんにゃん仮面の正体は、僕が贔屓にしている“こじはる”こと、小嶋陽菜さんで、その正体を明かす流れで、彼女はAKBを卒業すると宣言した。

 

う〜ん、ついに、こじはるも卒業かあ。それじゃあ、英国もEU卒業(=Brexit)かなあ。こじはると英国に何のつながりもないが、そう思った。

 

こじはるは一昨年に、一度、卒業を匂わせたらしい(僕は知らない。忘れたのかもしれない)。その時は残留したものの、その後の総選挙には参加していなかった(これは知ってる。覚えている)。しかし、今回は最後の総選挙なのでAKBへ何か貢献したいと思い、仮面をかぶって参加したとのこと。そして、その仮面を剥いで、卒業宣言した。

 

 

そういえば、ちょうど1年前に大騒ぎしていたGrexit(=ギリシャのユーロ圏離脱)問題について、当時の名だたる英国メディアは、ギリシャに離脱を勧める意見を、結構、掲載していた。勇ましいと思ったものだ。離脱のショックは大きいが一時的なもので、長期的にはその方がギリシャのためになると。ユーロのような財政制度を伴わない不完全な通貨制度から飛び出して、通貨・金融政策の主権を取り戻せと。

 

その昨年7月のギリシャ国民投票でギリシャ国民は、EUECBなどの債権者たちの提案を拒否した(但し、ギリシャ・チプラス政権はそうしなかった)。そして今年は、英国がEU離脱を決めるかもしれない。先週時点では離脱派に勢いがあるとの報道だったが、もしかすると1年前の英国メディアは、今年を踏まえた仮の姿、にゃんにゃん仮面だったのか。その時点で、実は、彼らは密かにEU離脱の決心を固めていたのではないか。

 

いや、違う。というのは、当時、ギリシャにGrexitを勧めていたメディアは、今回、明確に残留を主張しているからだ。Financial TimesやThe Economistは、現在、離脱した場合の悲惨な経済効果を盛んに警告している。驚くほど厳しい表現で離脱派を批判している。ん〜、ギリシャには「混乱は一時的」と言っておきながら、自らのことになると安全第一か。

 

僕は英国に離脱を勧めたいわけではない。それは英国人が決めること。重要なのは議論の中身だ。だが、ちょっと期待はずれな印象を持っている。

 

英国といえば、市場で働く“神の見えざる手”を発見し、自由貿易を掲げて世界覇権を確立し、市場が破綻して大恐慌が起こると市場の不備を(賢い?)政府が補うケインズ理論を生み、その政府が肥大化するとサッチャー改革を行った。2度の世界大戦でも常に勝者の側にいる。要するに、大きな環境変化に柔軟に対応し、政治や経済の舵を切ってきた。EUを離脱するか留まるかという大問題を判断するに際しても、きっと興味深い議論がなされるに違いない。そう、期待していたのだ。

 

しかし、みなさんもご存知の通り、残留派は離脱リスクを強調して人々の不安を煽るばかりだし、離脱派はテロ・難民(移民)問題を足がかりに離脱楽観論を展開しているそうだ。テロも難民も(特に難民問題について)、傍観しているがごとき日本にいて、無責任な言い方かもしれないが。

 

でも一つ、“さすが”と思うことがあった。

 

Britain First!」と叫んだ暴漢(=離脱派と推定されている)による残留派下院議員殺害事件、Jo Cox 氏の悲劇への対応についてだ。両派は投票1週間前という重要な時期に、丸2日間も活動を停止した。

 

同じことが日本であったらどうだろうか。もし、国論を2分する大激論の最中に、一方の陣営の中枢にいる人物が他方に賛同する者に殺害されたら。

 

国論を2分する議論、ん〜、なんだろう。アベノミクスの是非か、原発問題か、或いは、憲法9条改正問題か。それで殺人事件? まあ、リアリティがないが、それでも頭に浮かんだのは、「弔合戦だ」と騒いで、悲劇を利用することだ。活動を中止するどころか、敵意剥き出しのキャンペーンを始めてしまうのではないか。もはや、冷静な議論は期待できず、扇動的な感情論に支配される …かもしれない。僕の妄想だ。

 

とにかく、英国は、この悲劇を反省のきっかけにしたようだ。先週まで議論がヒートアップし、お互いの非難・中傷合戦になっていたらしいが、平静を取り戻した。このような急激な感情の流れが正常な判断力を鈍らせることが予想されるときに、それをコントロールできる社会は素晴らしい。社会全体として、大脳皮質、理性を働かせたのだ。

 

 

さて、広島と浦和の試合は4対2で広島が勝利した。この結果、浦和の第1ステージ優勝の可能性はなくなった。広島がトドメを刺したのだ。かつて広島は、浦和に監督や主力選手をごそっと引き抜かれたが、その後4年間で3回もリーグ王者に輝いた。その当初こそ、広島は浦和に分が悪かったが、2014/9 以降は負けがなく、現在2連勝中だ。今や広島は、浦和の天敵なのかもしれない。

 

この両チームでは、明らかに残留した広島の選手たちに福があった。いや、こういう言い方はおかしい。“福”ではなく、努力と戦略の結果だ。浦和のようなビック・クラブではない広島が、限られた予算の中で素晴らしいチームを育成し、かつ、維持できるのは、もう驚異としか言いようがない。

 

全く関係ないが、英国も残留の方が福があるだろうか。いや、何に向かってどのように努力するか、議論の中から戦略を見出す必要があるように思う。それが重要だ。

 

ただ、大脳皮質の働きがしっかりしている英国社会のこと、実際には大切な議論が行われているのかもしれない。いずれ、日本にも報道・紹介されることを期待したい。

 

2016年6月10日 (金曜日)

566【番外編】企業と株主の建設的な対話〜3つの企業価値

2016/6/10

今回は「564【番外編】企業と株主の建設的な対話〜答申」の続編だ。ところで、“建設的な対話”って、なんだろう。

 

首脳会談などのインタビューで「建設的な対話だった」と首脳が答える場合は、議論が決着せず物別れに終わった時だ。でも、「お互いが納得・共有できる結論に向かっている」という雰囲気を醸し出そうとする印象・意図を感じることができる。おそらく、“建設的な対話”とは、結論を得られたかどうかの問題ではなく、お互いの共通認識の幅が広がったかどうかを指すのだろう。

 

企業と株主に結論が必要な場合は、株主総会の議題にあげれば良い。企業開示制度の改善・充実を図る場合の“建設的な対話”とは、株主(や投資家)が、その企業への投資を継続するかどうか、追加の投資を行うかどうか、経営者をどのように評価するかを判断するために、有用な情報を効率的に提供できる状況のことだと思う。

 

これは、IFRSの概念フレームワークに記載されている一般財務報告の目的と概ね同じだ。ただ、IFRSと違うのは、このテーマには財務情報のみならず非財務情報も含まれる。財務情報は会計基準や場合によっては監査基準によって厳密に範囲が限定されている。例えば、自己創設のれんは財務報告・財務情報には含まれない。会計上の見積りは財務情報だが、将来情報・予想は財務情報ではない。

 

今回のテーマは、財務情報の範囲にとらわれず(=財務情報も非財務情報も含めて)、株主や投資家が企業を理解するために、どんな情報があったら効率的かを考えてみたい。僕は3つの企業価値を企業が提供することで、現状を大きく改善できると思う。

 

 

3つの企業価値とは次のものだ。

 

A. B/Sの純資産(=会計上の企業価値。これのみ財務情報)

 

これは現在も提供されている情報なので特に説明は不要かもしれない。上場企業の場合は一株あたり純資産(=BPS:Book-Value Per Share)や株価純資産倍率(=PBR:Price Book-value Ratio)として、株価との比較で分析に利用されることが多い。しかし純資産は、企業の特定の価値を表しているわけではなく、資産と負債のそれぞれの項目を各々の基準で評価して差し引きした結果であり、計算上の差額に過ぎない(IFRSにしても日本基準にしても、会計基準は企業価値を算定するようには設計されてない*1)。即ち、実は、それほど意味のある数字ではなく、利用価値は高くないと思う。

 

例えば、極端に悪い場合(例えば、債務超過など)は上場維持が困難になったり、金融機関から融資の返済を迫られたりするケースがあるが、企業は純資産が小さいから倒産するのではない。手元資金が不足するから倒産する。純資産の大小は、上場規則や財務制限条項で規制の対象となっているなどの極端なケースを除き、企業価値をダイレクトに表現するものではない。

 

とはいえ、資産は金を生むもの、負債は逆に金を流出させるもの、という会計上の定義(大雑把な言い方で申し訳ない*2)を考慮すると、為替換算調整勘定などの資産・負債評価の調整項目を除く株主資本については、企業所有者の新たな意思決定や新たな減損が発生しない限り「外部流出せず企業内部にとどまる可能性が高い資源」と考えることはできる。

 

但し、それを企業価値と言うかどうか。言ったとしても、限定的・消極的な意味しかないと思う。(財務情報は、業績を表すP/Lの方が利用価値があると思う。)

 

B. 期末時点の使用価値(=Aに自己創設のれんを加えたもの。企業の自己評価価値。非財務情報)

 

企業は資産・負債を、概ね公正価値か原価でB/S計上する。原価計上される資産は、必ず、減損テストを受ける。減損テストとは、原価と使用価値を比較し、原価が過大評価でないことを確認する手続きだ。使用価値とは、資産をそれが使われている事業の一部として評価した価値だ。それには、その企業が資産を使用してキャッシュ・フローを生み出す事業運営能力の評価・価値が含まれる。すなわち、自己創設のれんが含まれる。

 

その資産を利用する企業の能力がプラスである限り、BAより大きい。即ち、企業が事業からプラスのネット・キャッシュ・インフローを獲得することが見込まれる限り、BAより大きくなる。

 

将来キャッシュ・フローの見込みは経営者の見積りなので、Bは企業の自己評価価値と考えることが可能だ。また、おおよそ、投資家の株価評価とも理論的にある程度の親和性がある。したがって、Bと市場株価を比較すると、興味深い分析が可能なように思われる。特に、B(=企業の自己評価)より株価が著しく低い場合、経営者が企業の先行きに過度に楽観的でないか(減損テストが甘くなっていないか)について、投資家や株主に警告を与えてくれる可能性がある。

 

企業の多角化・グローバル化の状況を考慮すると、大きくてもセグメント情報の単位では使用価値を公表すると良いと思う。一株あたり使用価値と株価の差の分析は、企業と株主の対話の良い材料になると思う。

 

減損テストのために、現在の企業会計制度の中でBはすでに算定されているか、或いは、すでに算定されているものを改良すれば算定できる。

 

C. 将来時点の使用価値(=将来の企業像を金額的に示したもの。経営目標となる価値。非財務情報)

 

5年後、10年後、その企業は、どんな事業を営み、どれぐらいのキャッシュ・フローを生み出す能力を持っているか。そのイメージを金額にしたものがこのCで、これを計算している企業はあまりないに違いない。

 

でも、日本企業に足りないと言われる戦略的思考をスタートさせるには、長期的な目標を持つことが必要だ。その目標は実績と比較しやすいよう会計上の概念と親和性の高いものであることが望ましい。それはABとの共通概念である“(事業が生み出す)将来キャッシュフローの現在価値”だと思う。それがCだ。

 

Cを計算するには、製品/サービス市場の変化を予想し、戦略的対応行動の計画を立てることになる。と言っても、大雑把なものにならざるえないが、目標となるイメージを持つことが重要だ。

 

長期的な投資家や株主は、BよりCをイメージして投資する。現在ではなく将来を想像して株式を購入するかどうかを決める。企業が自らの将来イメージをCとして公表すれば、投資家や株主がAB、その他過去のP/L情報、事業モデルの情報などから実現可能性を評価し、投資の意思決定を行えるようになる。

 

投資家や株主が、このCABとの差、Cを実現するシナリオを企業へ質問すれば、企業の戦略性がみえそうな気がする。企業がおとぎ話をしているのか、それとも、事業環境の変化・事業の進化を真剣に考えているのか、或いは、真剣に変化に対応する気がないのか。このような対話をして投資を決めた株主は、その後の企業の経営状況に関心を持つことができて、その株式を長期保有するのではないだろうか。

 

 

子供と将来について語り合おうとすれば、その子の夢が分かっているかどうかで会話の内容が随分変わってくるだろう。夢が分かっていれば、そこへ向かう経路をある程度特定できるから、親としては、“いくらぐらいかかりそうだ”という現実的なイメージにもつながる。これがちょうど Cに当たる。Cは子供の夢のようにきっちりしたものにはならないだろうが、子供じゃないのだから事業のプロとしての先見性やセンスが求められる。

 

子供の現在の実力・能力が分かると、その経路の出発点を確認できる。特に、子供が自分自身や身の回りの状況をどう評価・理解しているかは重要だ。親は、単なる希望なのか、本気でやる気があるのかの見当がつく。これがBだ。

 

親としては、さらに、子供の過去の行動を振り返ることだろう。この子はすぐ諦めてしまう子なのか、それとも言い出したら止まらない子なのか。これが過去の財務情報、ここではAに当たる。

 

企業と株主、或いは投資家との対話も、このようなABCの材料が必要なのではないだろうか。親が子供の夢の実現にコミットするかどうかは、このような対話によって、夢を実現する経路のイメージを互いに共有できるかどうかにかかっている。同様に、企業と株主・投資家にとっても、ABCを材料とする対話こそが、共通認識の幅を広げる“建設的な対話”じゃないかと僕は思う。

 

 

さて、僕は、このテーマの前回の「564【番外編】企業と株主の建設的な対話〜答申」で、次のように記載した。

 

これに使用価値を利用できないだろうか。そうすることで、経営者の見積りの強気・弱気のバイアスを、投資家や株主が評価する材料も、新たに加えられる。監査の限界を補う材料にもなるだろう。

 

使用価値の利用方法について記載してきたが、果たしてこれが監査の限界を補うことになるだろうか。

 

Bのところに記載したように、現在の使用価値であるBと株式市場の評価である株価を比較すれば、面白い分析ができそうに思う。株価は将来の使用価値であるCを織り込むので、通常であればBより高くなるはずだ。しかし、意外に多くの会社でそうならないことが予想される*3。そうなると、簡単に経営者の見積りの強気・弱気のバイアスを株主や投資家が察知するのは難しいかも知れない。

 

このABCが監査の限界を補えるかどうかについて結論を出すには、もっと具体的な検討が必要だ。BCが開示されてないので難しい検討になるが、引き続き、考えてみたい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 例えば、IFRSの概念フレームワークには次のように記載されている。

 

一般目的財務報告書は、報告企業の価値を示すようには設計されていない・・・(OB7

 

IFRSも日本基準も、会計期間における企業の変化をP/Lに業績として表現するものだと思う。資産や負債について公正価値測定を多用しても、それは前期末との変化を記録するためであって、B/Sは企業価値にならない。

 

もし、企業価値を算定するなら、自己創設のれんや企業ブランドの価値評価を避けることはできないが、会計はそれを行っていない。

 

*2 これは僕のお気に入りの言い回しだが、詳しくは次の記事をご覧いただきたい。IFRSにおける資産の定義について記載している。

 

IFRSの資産~会計上の「資産」とは 2011/11/1

 

*3 例えば、現在、銀行の株価は株価純資産倍率が1を割り込んでいるところが多い。日銀のマイナス金利政策の影響もあるが、それだけではない。株価はBどころか、会計上の企業価値であるAよりも低いのだ。ということは、株式市場は、銀行のB/Sに減損すべき不良資産がたくさんあると評価しているのだろうか。

 

米国のエネルギー関連企業に多額の融資をしている銀行は、昨年来の原油価格の下落による信用不安で株価が低下している可能性がある。しかし、日本の地銀にそのような心配はない。日本では企業倒産が減少を続けており、信用不安はない*4。では、何が原因だろう。

 

僕は、Cを十分に投資家や株主に理解させていないからだと思う。或いは、そもそも、投資家や株主にしっかり説明できるようなCを持っていないか。即ち、戦略性にかけると評価されている可能性が考えられる。そのような場合、自己創設のれん(或いは企業のブランド価値)に対する株式市場の評価が低くなる。例えば、人口減少や産業空洞化に対する銀行の対応の不透明さがこれに当たるのではないかと思う。

 

株価純資産倍率が1を割り込んでいるというのは、自己創設のれんがマイナス評価されている。異常事態だ。株式市場が銀行業界へ強烈な警告を発していることになる。もちろん、銀行も理解しているはずだが、まだ業界再編などの動きは低調。また、M&Aだけでは対応不足だ。地銀の海外展開も時々話題になるが、インパクトに欠ける。銀行業界がどのように経営環境の変化に対応しようとしているか、よくわからない。

 

 

*4 例えば、東京商工リサーチのHPには、昨年2015年の倒産件数について次のように記載されている。

 

倒産件数が8,812件 25年ぶり9,000件割れの低水準

 

 

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