570【CF4-26】債務超過の優良企業
2016/7/8
面白い記事を読んだ。面白いだけじゃなく、会計の本質について考えさせられる機会となった。下記の記事だ。
一目均衡 債務超過でも自社株買い 証券部 土居倫之氏 7/5 日経電子版有料記事
“債務超過”といえば、この3月期のシャープのように東証一部を維持できなくなるとか、そうならないために粉飾する企業があるとか、或いは、継続企業の前提に重要な疑義が生じかねない状況だ。人でいえば、医者から余命宣告されそうな重篤なイメージ。しかし、この記事には債務超過の“優良企業”が紹介されている。なんと、その格付けはシングルA相当だそうだから、まったく死にそうにない。愛煙家の方ならご存知とのフィリップ・モリス・インターナショナル(以下、“PMI”と記載)だ。
そのカラクリは、PMIが多額の自己株式買いを繰り返しているためで、債務超過額は114億ドル(1兆円を楽に超える)、保有自己株式は356億ドルに達するという。なるほど、自己株式は資本の部のマイナス項目として表示されるため、多額であれば債務超過もあり得るわけだ。(日本では)20年前なら、自己株式は資産の部に計上されていたから、逆に242億ドルの資産超過となって問題なかった。しかし、現行の会計基準ではとても正常なB/Sに見えない。
もう少し考えてみよう。
資本の部には、主に株式発行対価として記録される資本金及び資本準備金のいわゆる払込資本と、過去の事業成果としての利益剰余金などがある。したがって、もし、自己株式を発行価額で買い戻していれば、100%全て買い戻しても、利益剰余金などが残るから債務超過にならない。債務超過になっているということは、PMI株式に発行価額以上の価値が市場で認められ、発行価額より高い金額で買い戻したということだ*1。
PMIが好業績を上げ、市場がPMI株式の評価を高めれば高めるほど、買戻し額は発行価額に比べ割高となり、資本控除項目である自己株式残高及び債務超過額が膨らむ。すなわち、B/Sは異常性を増す。企業財政の健全性を表す自己資本比率や経営の効率性を表す資本の部が分母のROE(=Return On Equity、自己資本利益率)などの代表的な財務指標は、全く役に立たない。もはや、B/Sは、読者に適切なメッセージを送ることができない。しかし、上述のように格付けはシングルAだし、時価総額も1600億ドル(16兆円を超える)と世界で50位に入るらしい*2。即ち、異常なB/Sでも高評価だ。
この記事では、投資家などF/Sの読者がキャッシュフローを生み出す能力を評価しているという。「現金を生み出す力の強さが同社のリスクをカバーしている」という格付会社S&Pの評価や、「自己資本ではなくフリーキャッシュフロー(純現金収支)と債務のバランスが重要との考え方がグローバルでは一般的」というムーディーズ・ジャパンの柳瀬志樹シニアアナリストの言葉を紹介している。
これは、会計理論上、どうなんだろう。自己資本が大事と思い込んでいる我々の頭を打ち砕くような話ではないか。PMIはテロリストか!
というわけで、もう少し深く突っ込みたい。改めて、IFRSの概念フレームワークの公開草案を振り返ってみよう。ただ、申し訳ないが、次回に繰り越させていただきたい。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 自己株式(=企業が自らの資本性金融商品を買い戻したもの)は、一般の金融商品とは異なる扱いになる。自己株式の売買は、企業とその企業の所有者との直接の取引、即ち、資本取引として扱われるため、損益を生じない。期末の時価評価も行わない(=取得原価が付される)。IFRSや日本基準については IAS32.33、企業会計基準第1号第7項などを参照のこと。US-GAAPについては、申し訳ないが条文や会計処理の確認をしていない。
*2 ちなみにトヨタ自動車の時価総額は、7/7現在で約28兆5千億円(REUTERSより)。
« 569【金融商品/番外編】英国EU離脱と欧州不良債権問題 | トップページ | 571【CF4-27】“債務超過の優良企業”と概念フレームワーク »
「IFRS全般(適正開示の枠組み、フレームワーク・・・)」カテゴリの記事
- 576【投資の減損 03】持分法〜ドラマの共有(2016.08.16)
- 573【CF4-29】債務超過の優良企業〜ソフトバンクのARM社買収で考える(2016.07.21)
- 572【CF4-28】(ちょっと横道)ヘリコプター・マネー(2016.07.14)
- 571【CF4-27】“債務超過の優良企業”と概念フレームワーク(2016.07.12)
- 570【CF4-26】債務超過の優良企業(2016.07.08)
この記事へのコメントは終了しました。
« 569【金融商品/番外編】英国EU離脱と欧州不良債権問題 | トップページ | 571【CF4-27】“債務超過の優良企業”と概念フレームワーク »
コメント