571【CF4-27】“債務超過の優良企業”と概念フレームワーク
2016/7/12
参院選は与党の大勝利に終わったが、安倍内閣が経済改革に邁進されることを心から望みたい。間違っても、あの上から目線の憲法草案を持ち出さないでほしい。あれにふさわしい場所はシュレッダーの中にしかないと、僕は思っている。
しかし、世の中は、思いや予想を覆す出来事が多い。例えば、UEFA EURO 2016(通称“ユーロ”)の決勝だ。クリスチアーノ・ロナウド選手を前半早々に負傷で欠いたポルトガルが、ドイツを破って絶好調のフランスを、延長の末退けて優勝した。ゲーム内容はフランスが押していたのだが…。
試合終了後のロナウド選手の涙は(ちょっと芝居がかってはいたが)、感動的だった。ただ、延長戦の後半では、同選手が監督を押しのけてテクニカル・エリアからピッチの選手達へ指示を出していた。これでは監督の立場がない。今後のフェルナンド・サントス代表監督との人間関係がちょっと心配だ。これがまた予想外の出来事の連鎖を生むかもしれない。サントス監督が大人でいてくれることを祈るしかない。
さて、余計なことはここまでにして、本題へ入ろう。前回(570-7/8)予告したように、今回は、“債務超過の優良企業”について、そんなことがあって良いのか、それとも、別に何の問題もないことなのか、IFRSの概念フレームワークの公開草案(2015/5)に照らして、考えてみたい。
前回紹介した日経の記事では、「現金を生み出す能力こそ重要であり、たとえ債務超過でも(自己資本、持分の大きさは)問題にならない」旨の考え方が記載されていた。果たして、これは正当化されるだろうか。
結論から書くと、「正当化される」だが、「まるで詭弁のよう」と多くの方々は感じられるのではないか。詭弁と感じられる最も大きな理由は、「自己資本、持分が大きい会社が良い会社」という先入観だ。
“先入観”などと書いてはいけないかもしれない。我々世代は、そう習ったのだから。自己資本比率(=自己資本/総資本)の大きい会社は良い会社だと。それこそが優良企業だと。だから、“先入観”ではなく、“陳腐化した間違った考え方”とすべきだろう。ショックを受ける方もいらっしゃるかもしれないが、そういうことだ。
「自己資本比率が高い会社は良い会社」は、間違っている。「“自己資本比率が高い良い会社”もあるが、“自己資本比率の高い悪い会社”もある。もっと他に見分ける方法がある、目の付け所は他にある」というのが、現在の正しい考え方だと思う。
おっと、ちょっと先走りすぎたかもしれない。とにかく、今回は概念フレームワークの公開草案に照らして考えてみよう。
最もみなさんが疑問に思われるのは、「債務超過を問題なしとするには、概念フレームワークの持分の定義やガイダンスの記載内容とぶつかるのではないか」という点ではないだろうか。もし、概念フレームワークが、持分を「株主にとっての重要なもの」と表現しているのであれば、持分がマイナスとなっている債務超過は、良いものであるはずがない。だから、債務超過の優良企業などありえないと。
ということで、まず、持分の定義やガイダンスの記載を見てみよう。
定義:持分とは、企業のすべての負債を控除した後の資産に対する残余持分である。(4.43)
これは、単に、「持分=資産-負債」という計算式を文章表現したにすぎない。「大きい方が良い」というような価値判断を含んでいない。
しかし、資産は金を生むもので、負債は金が出て行くものだから、資産が大きい方が良いだろうと反論されるかもしれない。加えて、4.44以下のガイダンスには“持分請求権”*2について説明されており、そもそも“請求権”は、プラスでなければ意味をなさない、とか、大きければ大きいほど請求権者にとってメリットがあるという前提があるようにも思われる。
では、やはり「債務超過は悪い会社」か。ん〜、確かに、そう考えるのが自然かもしれない。
だが、そうではない。決めつけてはいけないと思う。なぜなら、概念フレームワークの持分のところに記載されているのは、“仕組み”だけで、どういう状態が良いとか悪いとか、正しいとか正しくないといった観点とは無縁だと思うからだ。
では、そういう観点はどこに記載されているのか。
残念ながら、概念フレームワークには、良い企業と悪い企業を見分ける価値判断の方法や基準については、記載されていない。他のIFRS個別基準にも記載されていない。会計基準は、企業の財政状態や経営成績(=財務業績)をありのままに表現する方法を規定するものであって、良い企業と悪い企業を見分けるものではない。財務報告をどのように評価するかは、投資家や株主、債権者など読み手に任されている。
「それを言っちゃ、お終いよ」と思われた方もいらっしゃるだろう。そこでもう少し続けよう。
そうはいっても、財政状態や経営成績(=財務業績)を表現するにあたって、IFRSが何に一番重点を置いているかについては、“第 1 章:一般目的財務報告の目的”から読み取ることができる。それが、キャッシュ・フローを生み出す能力(経営者の能力を含む)の評価に資するような情報だ*3。
財政状態は、みなさんもご存知の通り、B/Sで表現される。それぞれのB/S項目は、将来キャッシュ・フローが出入りする量やタイミングを表しているが、重要なのは、それが全てではないことだ。特に、B/Sに計上されている有形固定資産などの生産・営業用の設備は、それらを利用することで製品やサービスを生み出し、それが新たな将来キャッシュ・フローとなっていく。しかし、その将来生み出される製品やサービスは、B/Sには載っていない*4。そこを補うのが経営成績(=財務業績)、P/Lというわけだ。P/Lによって過去の財務業績を分析し、B/Sに載っていない将来キャッシュ・フローを利用者が予想することが期待されている。
この手順に従うと、“債務超過の企業”は、B/Sから把握される将来キャッシュ・フローはマイナスでも、P/Lから予想される将来キャッシュ・フローが、そのマイナスを補って余りあるほどプラスであれば、良い会社と評価される可能性がある。すなわち、“債務超過の優良企業”が正当化される。
これって、まさに、前回紹介した日経の記事に書いてあるとおりのことだ。“将来キャッシュ・フロー”こそが、会計の本質で、それを生み出す能力の評価が企業評価だ。というわけで「この問題が解決した」と考えて良いのか?
ん〜、じゃあ、自己資本とか、持分とか呼ばれるあの区分は、一体何なのか? 例の先入観、陳腐化した間違った考え方が抜けきらないのか、僕には何となく納得がいかない。そう、“会計の本質”などというには、まだ掘り足りない気がしてならない。EURO2016は終わったが、この話題には、まだ続きがありそうだ。
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*1 “概念フレームワークの公開草案(2015/5)”と書いたが、この記事の対象となる部分については、現行のフレームワークとあまり変わらない。
*2 持分請求権
これを、直接定義した文章はない。が、持分請求権は、株式会社であれば“株主の権利”に当たるものと思われる。例えば、残余財産分配請求権とか、配当請求権などがその典型だ。“持分請求権”を最もわかりやすく説明した部分は、次のガイダンスだと思う(4.44の一部)。
持分請求権とは、企業のすべての負債を控除した後の資産に対する残余持分に対する請求権である。言い換えると、企業に対する請求権のうち負債の定義を満たさないものである。
企業が負っている義務のうち、負債に対する義務以外の義務が、全て持分請求権ということになる。(会計上、企業の資産にアクセスできるのは、負債を持っている人と、持分を持っている人の2種類しかいない。非常に単純化されている。)
*3 例えば、“一般財務報告の目的”では、財務報告の利用者が次のような情報を必要としている、としている(1.3の一部)。
投資者、融資者及び他の債権者のリターンに関する期待は、企業への将来の正味キャッシュ・インフローの金額、時期及び不確実性(見通し)に関する彼らの評価及び企業の資源に係る経営者の受託責任の評価に左右される。したがって、現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者は、それらの評価を行う企業への将来の正味キャッシュ・インフローの見通しを評価するのに役立つ情報を必要としている。
*4 この部分は、1.14の文章の内容をわかりやすく記載した(つもり)。
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