573【CF4-29】債務超過の優良企業〜ソフトバンクのARM社買収で考える
2016/7/21
東証1部売買高の1/4を任天堂が占めている。昨日は反落したものの、7月の株価は鰻登りだ。米国で1日に2000万人がプレイするなど、大ブームを引き起こしている例のポケモンGOの影響だ。もちろん、僕もこのポケモン祭りに参加したいのだが、残念ながら、任天堂株は高い。1単位(=100株)の購入でも、昨日の終値ベースで280万円ぐらい必要になる。何かを処分しなければならないが、一覧表を見ると、含み損を抱えたものばかりだ。
すると、どこからともなく声が聞こえてくる。
「お祭りへ行くなら、宿題を済ませてからにしなさい」
“含み損一掃”なんて宿題はできそうにないから、「それならお祭りなんか行くんじゃない」、「身の程を知りなさい」と怒られているわけだ。子供の頃の僕なら、裏口からこっそり家を抜け出してお祭りに行ったかもしれないが、今はさすがにじっと我慢だ。
しかし、ソフトバンクの孫氏は、英国ARM(正確にはARM Holdings plc)を3兆3千億円で買収するという。そういえば、ソフトバンクは所有株式に多額の評価益を抱えており、その一部を売却して金策していたのだ。そう、宿題を済ませてあったわけだ。羨ましい。
とはいえ、本来この2つは比べられるようなものではない。次の2つの理由があるからだ。
一つ目は、280万円は僕にとっては多額でも、孫氏の3.3兆円から見れば、砂丘の砂つぶのようなものだからだ。
それにもう一つ、より重要なことは、僕は任天堂が発行している株式のホンの一部を所有しようとしただけだが、孫氏はARMを丸ごと買おうとしている。すなわち、ARMの事業を買おうとしている。これは決定的な差だ。すなわち、僕は任天堂の将来を任天堂の経営者に任せ、生じた成果のお裾分けをいただこうとしているに過ぎないが、孫氏はARMの将来に深く関与し、自らが描く将来(=IoT時代を見据え「ネット社会の根源を握る圧倒的な世界一になる」*2こと)を実現しようと戦っている。
お祭りに浮かれているだけの僕とは、比べるべくもない。
しかし、孫氏も多少浮かれているのではないか? それは、3.3兆円があまりに多額すぎないかということだ。例えば、WSJは「買収額はARMが今年計上するとみられる利益の50倍近い*3」と言っているし、FTには「昨年の売上高がわずか15億ドルの会社に43%ものプレミアムを払う*1」と書いてある。
FTはさらに続けて次のように記載している。
(昨年の売上高がわずか15億ドルの会社に43%ものプレミアムを払う)ことで、孫氏はグローバルな半導体産業の基準に照らすと小規模な英国企業を、ハイテク界最大の新市場の一つ、いわゆる「モノのインターネット(IoT)」の主役に変える自分の能力に賭けた。
“43%ものプレミアム”は、会計上“のれん”の一部となる。以前*4も記載した通り、のれんの主な構成要素には、継続企業要素の部分と、シナジー効果により生み出される部分がある。前者は市場で評価済みなのでプレミアムにはならない。したがって、後者(=シナジー効果)こそが “43%のプレミアム” の正体だ。
しかし、孫氏は「これまでの買収とは次元が異なるとの認識で、現時点で本業との相乗効果が見えないことを認め*5」ているそうだ。だから、ソフトバンクとのシナジー効果は見込んでいないことになる。じゃあ、“43%のプレミアム”は何か?
上記のFTの記事は、それを“自分の能力に賭けた”と言っている。“自分”とは、孫正義、その人のことだから、自らの能力に約1兆円の値段を付けて(株価に)上乗せして支払おうとしている、と言っているのだ。アローラ氏にパッキャオ氏のファイト・マネー以上の報酬を支払うことにも驚いた*6が、これはそれに比べても2桁違いの大きさだ。凄いの一言に尽きる。(ちょっと、茶化すような書きぶりになっているが、僕は、心から、孫氏を凄いと思っている。)
さて、実はここからが本題だ。数字をシンプルにして、整理すると次のようになる。
① ARM社の市場価値 2.3兆円
② 43%のプレミアム(=孫氏の能力の評価額) 1兆円
ARM社は多額の資産・負債を持たない事業モデル(半導体の設計専業)であるため、3.3兆円のかなりの部分が、会計上、のれんとなる可能性がある。ここでは単純化のため、①から生じるのれんを2兆円、②ののれんを1兆円、のれんの総額を3兆円とする。
②の1兆円は、ソフトバンクの一部である孫氏に対する評価額だ。これは、ソフトバンクの自己創設のれんと言って良いと思う。それが今後、ソフトバンクの(連結)F/Sの資産に計上されることになる。
おっ、会計では自己創設のれんを資産計上することが禁止されているのではないか!? いやいや、買収時に生じたものだけ、すなわち、買取のれんだけは例外的に、資産計上が認められる。
さらに考えてみると、①の2兆円も、自己創設のれんなのではないか。確かに、連結する最初の年は外部から購入したのれんかもしれない。しかし、その後はソフトバンク・グループとして積み上げられる自己創設のれんに置き換わっていくのではないか。だが、現在のIFRSでは、減損しない限り、永遠に資産計上処理が続けられる。
なるほど、外部から買ってきたものに関連する場合は、内容が実質的に自己創設のれんでも、資産計上される。では、自己株式を外部から買った場合はどうなる? 自己株式は、払込資本+自己創設のれんで構成される。
すると、一見、自己株式も、払込資本の部分は持分控除でも、自己創設のれんの部分は資産計上できそうな感じがするが、570-7/8 の記事に記載した通り、全額、持分(=資本の部)の控除項目として処理される。(そのために、フィリップ・モリスのように、多額の自己株を購入することで債務超過になる企業が出てくる。) のれんと自己株式は、その内容に同じような自己創設のれんを含みながら、会計処理は異なっている。これはどうしてだろうか?
仮に、自己創設のれんを構成要素とするものを、持分控除として処理することに統一すると、ARM社の買収から生じるのれん3兆円は、資産計上ではなく持分控除となる。その結果、ソフトバンクの(連結)B/Sの資本の部は2016/3期は3.5兆円なので、当期末は1兆円を割るようになるかもしれない。しかし、フィリップ・モリスは債務超過でも優良企業とされているので、ソフトバンクの良し悪しも資本の部の絶対額ではなく、キャッシュ・フローを生み出す能力で考えるべきだ。そう、ソフトバンクもキャッシュ・フローを生み出す能力さえ評価されれば、優良企業とされる可能性がある。
ちなみに、ソフトバンクの2016/3期の営業C/Fは、約9400億円だ。悪くない。のれん3兆円を資産計上ではなく持分控除処理すると、総資産が3兆円減るので、その分、資金の運用効率が良く見えることになる。もちろん、ROE(=return on equity、自己資本利益率)も、分母になる資本の部が急減するので大幅にアップすることになる。要するに、買取のれんを持分控除処理すると、財務指標がよく見えるのだ。しかし、今週のマーケットでは、ソフトバンクの財政状態の悪化が懸念され、株価が1割ほど下落した(約6000円→約5400円)。買取のれんを資産計上すると財務指標が悪く見える。(まあ、1兆円を借入で調達するのに嫌気が差したのかもしれない。)
自己創設のれんは、原則として会計処理の対象にならない。しかし、買取のれんと自己株式には自己創設のれんが含まれていても会計処理される。そして、両者の会計処理は異なる。その結果、財務指標の見え方が変わってくる。買取ののれんが増える場合は財務指標が悪く見え、自己株式が増える場合は良く見える。
ん〜、ますます、買取のれんと自己株式の会計処理が異なることで感じる矛盾が強まっていく。僕にはどうすれば良いか定見はないが、少なくとも両者の処理を揃えるべきではないだろうか。みなさんはどう思われるだろう。
ところで、ポケモンGOのダウンロードは、昨日から開始するという報道があったが、本日以降に延期されたようだ。任天堂株式のお祭り騒ぎには参加できないが、アプリをダウンロードしてゲームには参加できる。財布を痛めない注意点についても調査済みだ*7。ちょっとだけ、やってみようと思う。
🍁ー・ー🍁ー・ー
*1 [FT]孫氏、IoTに照準 3.3兆円の賭け 日経電子版 7/20
*2 ソフトバンク社長「ネット社会の根源握る」 英社巨額買収で 日経電子版 7/19
*3 ソフトバンク、高くつくARM買収 WSJ 7/18 有料記事
*4 「のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(3)のれんの構成要素」 2012/11/17
*5 孫氏、着想10年・交渉2週間 英アーム買収3.3兆円 日経電子版 7/20 有料記事
*6 「481【投資】パッキャオ越え! 165億円の役員報酬って?」 2015/6/24
*7 コラム:人気ポケモンGO、「財布の破綻」避ける6つのワザ REUTERS 7/20
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