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2016年7月

2016年7月28日 (木曜日)

574【投資の減損 01】伊藤忠のグラウカス・レポート

2016/7/28

ポケモンGOも面白いが、これはもっと興味をそそる。元監査人の僕としては、“気の引き締まる思い”というか、スリルを感じる。グラウカス・リサーチ・グループ(=Glaucus Research Group California, LLC.)*1は、公表資料から企業の不正をあぶり出して、その企業の株を空売りするファンドだそうだ。株価が下落すると、このファンドは儲けが増える。

 

今回は、伊藤忠商事の株式評価に関する会計不正・粉飾決算を発見したとして、レポートが公表されている。40ページを超える詳細なもので、ざっと目を通したところ、迫力満点な出来栄えとなっている。要点は、すでに報道機関が報じている*2

 

それらによると、レポートには、2015/3期決算において3つの投資(コロンビアの石炭鉱山への投資、中国中信集団(CITIC)への投資、頂新(ケイマン)ホールディングへの投資)の評価に問題が指摘されており、伊藤忠商事の株価は、50%下落すると予想している。

 

レポートのサマリー部分の記載によると、上記投資の評価の問題点は、主に持分法を適用するかどうかの観点から論じられている。すなわち、

 

 持分法を適用すると巨額の投資損失・減損損失となるため、それを回避するために(再評価せずに)持分法適用の範囲から除外したケース(コロンビア石炭鉱山、減損回避見積額1,531億円)

 

 逆に持分法を適用すべきでない投資へ持分法を適用することで、(2016/3期以降の決算やその後の業績予想へ)利益を取り込んだケース(2015/1の中国中信集団の株式取得)

 

 持分法適用の範囲から除外する際に行われた投資の再評価益の計上が、あからさまな決算対策と見受けられるケース(頂新、不正な特別利益600億円)

 

伊藤忠商事といえば、資源投資の巨額の減損損失でガタガタだった三菱商事や三井物産を尻目に、非資源分野の安定した収益で、ついに商社トップに躍り出たと大評判だった(2016/3期)。上記の指摘がもし事実なら大ショックだが、伊藤忠商事側の反論が、同社のホームページに開示されている*3

 

グラウカスのレポートが「実態が従前と変わらないのに持分法適用を除外した」とか、「実際には経営に重要な影響を及ぼしえないのに持分法を適用した」といった“実態”に関するポイントを突いてきているのに対し、伊藤忠商事側の反論は“契約内容の変化”の観点から簡潔に説明している。数十ページに及ぶ迫力満点の問題提起に対して、たった1ページの反論であることもあり、ちょっと噛み合わない印象もある。

 

伊藤忠商事の株価は、このレポートが公表された7/27に 6.3%下落した(1,262円1,182円)。この下落幅は決して小さくはないが、この程度で済むのであれば、証券取引所も、金融庁も、日本公認会計士協会も、特別な対応は取らないかもしれない。しかし、今後さらに株価が大きく下落し、市場関係者や投資家が騒ぎ出せば、このレポートが言及している東芝の時のような展開へ向かうかもしれない。第三者による調査委員会の設置や、特設注意市場銘柄への指定、監査法人に対する特別の検査などだ。真相に興味をお持ちの方は、それを待つと良いだろう。

 

その間、このブログはどうするかというと、IFRSの金融商品や持分法の規定に照らして、両者の主張を検討してみたい。真相や実態は、僕には分からない。でも、このレポートが詳しい情報をまとめくれてるおかげで、IFRSの個別規定の勉強にはうってつけの材料になる。

 

とりあえず、現時点で感じているのは、関連会社(持分法)とその他の投資で、評価方法にどのような違いがあるか、及び、このような分類・区分を変更する際にどのような会計処理が要求されているかだ。

 

持分法は、投資先の期間利益を投資損益として連結財務諸表に取り込む手法で、原価主義ベースの会計処理だ。原価主義ベースの会計処理には減損会計が適用されるはず。一方、その他の投資は原則として公正価値評価されると思うが、仮に原価評価されるにしてもやはり減損会計が適用される。

 

持分法であれ、その他の投資であれ、同じ減損会計が適用されるのなら両者に発生する損益に大きな違いはないと思う。であれば、持分法かどうかでこの指摘ほど大きな違いが出るのだろうか。また、市場価格のない株式に対する公正価値評価と減損会計の使用価値評価にどんな差が生じるのだろう(コロンビアの石炭鉱山)。

 

そして、持分法適用範囲から除外された2つの投資(コロンビアの石炭鉱山と頂新)は、一方には大きな損益が発生しなかったのに、なぜ、もう一方には多額の特別利益が生じたのか。

 

レポートの問題提起とはちょっとずれるが、興味の湧くテーマとなりそうだ。“債務超過の優良会社”シリーズは、いよいよ自己創設のれんに焦点が当たり始めて面白いが、その一方で僕には荷が重くなっていた。そこでちょっとお休みして、こちらの問題を検討していきたい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 ホームページはこちら。

ここで、話題のレポートを入手できる。僕はメールアドレス等を登録したが、登録しなくても入手できるかもしれない。

 

https://glaucusresearch.com

 

*2 グラウカス・リサーチに関して、或いは、今回の伊藤忠の開示に関して、次のような報道がある。

 

企業の不正を調査・空売り、米グラウカスが日本株投資へ 7月めど REUTERS 6/23

 

この記事は、今回の件に先立ち、グラウカスの紹介がされている。「これまでに米国、香港、インドなどの計22銘柄に投資をし、うち5社の経営者は証券詐欺で告訴された。」とされている。

 

伊藤忠を日本初の標的に、空売り投資家グラウカスが会計手法批判 Bloomberg 7/27

伊藤忠株が下落、米グラウカスのレポートを嫌気 REUTERS 7/27

伊藤忠、米社が不正会計指摘 議論の焦点は連結の範囲 日経電子版 7/27 有料記事

 

これらの記事には、レポートの要点が記載されている。特に、有料だが、日経電子版の記事は詳しい。

 

*3 当社の会計処理に関する一部報道について(その2)

 

“その2”とあるが、“その1”はグラウカス側の40ページに及ぶ詳細な問題指摘に対して、全く具体性のない、そっけないものだったため、改めて、より多少詳しい反論を“その2”として出したもののようだ。

 

 

2016年7月21日 (木曜日)

573【CF4-29】債務超過の優良企業〜ソフトバンクのARM社買収で考える

2016/7/21

東証1部売買高の1/4を任天堂が占めている。昨日は反落したものの、7月の株価は鰻登りだ。米国で1日に2000万人がプレイするなど、大ブームを引き起こしている例のポケモンGOの影響だ。もちろん、僕もこのポケモン祭りに参加したいのだが、残念ながら、任天堂株は高い。1単位(=100株)の購入でも、昨日の終値ベースで280万円ぐらい必要になる。何かを処分しなければならないが、一覧表を見ると、含み損を抱えたものばかりだ。

 

すると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「お祭りへ行くなら、宿題を済ませてからにしなさい」

 

“含み損一掃”なんて宿題はできそうにないから、「それならお祭りなんか行くんじゃない」、「身の程を知りなさい」と怒られているわけだ。子供の頃の僕なら、裏口からこっそり家を抜け出してお祭りに行ったかもしれないが、今はさすがにじっと我慢だ。

 

しかし、ソフトバンクの孫氏は、英国ARM(正確にはARM Holdings plc)を3兆3千億円で買収するという。そういえば、ソフトバンクは所有株式に多額の評価益を抱えており、その一部を売却して金策していたのだ。そう、宿題を済ませてあったわけだ。羨ましい。

 

とはいえ、本来この2つは比べられるようなものではない。次の2つの理由があるからだ。

 

一つ目は、280万円は僕にとっては多額でも、孫氏の3.3兆円から見れば、砂丘の砂つぶのようなものだからだ。

 

それにもう一つ、より重要なことは、僕は任天堂が発行している株式のホンの一部を所有しようとしただけだが、孫氏はARMを丸ごと買おうとしている。すなわち、ARM事業を買おうとしている。これは決定的な差だ。すなわち、僕は任天堂の将来を任天堂の経営者に任せ、生じた成果のお裾分けをいただこうとしているに過ぎないが、孫氏はARMの将来に深く関与し、自らが描く将来(=IoT時代を見据え「ネット社会の根源を握る圧倒的な世界一になる」*2こと)を実現しようと戦っている。

 

お祭りに浮かれているだけの僕とは、比べるべくもない。

 

しかし、孫氏も多少浮かれているのではないか? それは、3.3兆円があまりに多額すぎないかということだ。例えば、WSJは「買収額はARMが今年計上するとみられる利益の50倍近い*3と言っているし、FTには「昨年の売上高がわずか15億ドルの会社に43%ものプレミアムを払う*1」と書いてある。

 

FTはさらに続けて次のように記載している。

 

昨年の売上高がわずか15億ドルの会社に43%ものプレミアムを払うことで、孫氏はグローバルな半導体産業の基準に照らすと小規模な英国企業を、ハイテク界最大の新市場の一つ、いわゆる「モノのインターネット(IoT)」の主役に変える自分の能力に賭けた。

 

43%ものプレミアム”は、会計上“のれん”の一部となる。以前*4も記載した通り、のれんの主な構成要素には、継続企業要素の部分と、シナジー効果により生み出される部分がある。前者は市場で評価済みなのでプレミアムにはならない。したがって、後者(=シナジー効果)こそが “43%のプレミアム” の正体だ。

 

しかし、孫氏は「これまでの買収とは次元が異なるとの認識で、現時点で本業との相乗効果が見えないことを認め*5」ているそうだ。だから、ソフトバンクとのシナジー効果は見込んでいないことになる。じゃあ、“43%のプレミアム”は何か?

 

上記のFTの記事は、それを“自分の能力に賭けた”と言っている。“自分”とは、孫正義、その人のことだから、自らの能力に約1兆円の値段を付けて(株価に)上乗せして支払おうとしている、と言っているのだ。アローラ氏にパッキャオ氏のファイト・マネー以上の報酬を支払うことにも驚いた*6が、これはそれに比べても2桁違いの大きさだ。凄いの一言に尽きる。(ちょっと、茶化すような書きぶりになっているが、僕は、心から、孫氏を凄いと思っている。)

 

さて、実はここからが本題だ。数字をシンプルにして、整理すると次のようになる。

 

 ARM社の市場価値            2.3兆円

 43%のプレミアム(=孫氏の能力の評価額) 1兆円

 

ARM社は多額の資産・負債を持たない事業モデル(半導体の設計専業)であるため、3.3兆円のかなりの部分が、会計上、のれんとなる可能性がある。ここでは単純化のため、①から生じるのれんを2兆円、②ののれんを1兆円、のれんの総額を3兆円とする。

 

②の1兆円は、ソフトバンクの一部である孫氏に対する評価額だ。これは、ソフトバンクの自己創設のれんと言って良いと思う。それが今後、ソフトバンクの(連結)F/Sの資産に計上されることになる。

 

おっ、会計では自己創設のれんを資産計上することが禁止されているのではないか!? いやいや、買収時に生じたものだけ、すなわち、買取のれんだけは例外的に、資産計上が認められる。

 

さらに考えてみると、①の2兆円も、自己創設のれんなのではないか。確かに、連結する最初の年は外部から購入したのれんかもしれない。しかし、その後はソフトバンク・グループとして積み上げられる自己創設のれんに置き換わっていくのではないか。だが、現在のIFRSでは、減損しない限り、永遠に資産計上処理が続けられる。

 

なるほど、外部から買ってきたものに関連する場合は、内容が実質的に自己創設のれんでも、資産計上される。では、自己株式を外部から買った場合はどうなる? 自己株式は、払込資本+自己創設のれんで構成される。

 

すると、一見、自己株式も、払込資本の部分は持分控除でも、自己創設のれんの部分は資産計上できそうな感じがするが、570-7/8 の記事に記載した通り、全額、持分(=資本の部)の控除項目として処理される。(そのために、フィリップ・モリスのように、多額の自己株を購入することで債務超過になる企業が出てくる。) のれんと自己株式は、その内容に同じような自己創設のれんを含みながら、会計処理は異なっている。これはどうしてだろうか?

 

仮に、自己創設のれんを構成要素とするものを、持分控除として処理することに統一すると、ARM社の買収から生じるのれん3兆円は、資産計上ではなく持分控除となる。その結果、ソフトバンクの(連結)B/Sの資本の部は2016/3期は3.5兆円なので、当期末は1兆円を割るようになるかもしれない。しかし、フィリップ・モリスは債務超過でも優良企業とされているので、ソフトバンクの良し悪しも資本の部の絶対額ではなく、キャッシュ・フローを生み出す能力で考えるべきだ。そう、ソフトバンクもキャッシュ・フローを生み出す能力さえ評価されれば、優良企業とされる可能性がある。

 

ちなみに、ソフトバンクの2016/3期の営業C/Fは、約9400億円だ。悪くない。のれん3兆円を資産計上ではなく持分控除処理すると、総資産が3兆円減るので、その分、資金の運用効率が良く見えることになる。もちろん、ROE(=return on equity、自己資本利益率)も、分母になる資本の部が急減するので大幅にアップすることになる。要するに、買取のれんを持分控除処理すると、財務指標がよく見えるのだ。しかし、今週のマーケットでは、ソフトバンクの財政状態の悪化が懸念され、株価が1割ほど下落した(約6000円約5400円)。買取のれんを資産計上すると財務指標が悪く見える。(まあ、1兆円を借入で調達するのに嫌気が差したのかもしれない。)

 

自己創設のれんは、原則として会計処理の対象にならない。しかし、買取のれんと自己株式には自己創設のれんが含まれていても会計処理される。そして、両者の会計処理は異なる。その結果、財務指標の見え方が変わってくる。買取ののれんが増える場合は財務指標が悪く見え、自己株式が増える場合は良く見える。

 

ん〜、ますます、買取のれんと自己株式の会計処理が異なることで感じる矛盾が強まっていく。僕にはどうすれば良いか定見はないが、少なくとも両者の処理を揃えるべきではないだろうか。みなさんはどう思われるだろう。

 

 

ところで、ポケモンGOのダウンロードは、昨日から開始するという報道があったが、本日以降に延期されたようだ。任天堂株式のお祭り騒ぎには参加できないが、アプリをダウンロードしてゲームには参加できる。財布を痛めない注意点についても調査済みだ*7。ちょっとだけ、やってみようと思う。

 

 

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*1 [FT]孫氏、IoTに照準 3.3兆円の賭け  日経電子版 7/20

 

*2 ソフトバンク社長「ネット社会の根源握る」 英社巨額買収で 日経電子版 7/19

 

*3 ソフトバンク、高くつくARM買収 WSJ 7/18 有料記事

 

*4 のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(3)のれんの構成要素」 2012/11/17

 

*5 孫氏、着想10年・交渉2週間 英アーム買収3.3兆円 日経電子版 7/20 有料記事 

 

*6 481【投資】パッキャオ越え! 165億円の役員報酬って?」 2015/6/24

 

*7 コラム:人気ポケモンGO、「財布の破綻」避ける6つのワザ REUTERS 7/20

 

2016年7月14日 (木曜日)

572【CF4-28】(ちょっと横道)ヘリコプター・マネー

2016/7/14

“ヘリコプター・ベン”の異名を持つベンジャミン・シャローム・ バーナンキ氏が来日し、安倍首相や黒田日銀総裁と会談したそうだ。ご存知の方が多いと思うが、同氏は前FRB議長(=米国中央銀行総裁)で、リーマンショック以降の金融政策を主導した。現在は、経済政策や金融政策をブログで論じているという。大恐慌や日本の平成不況の研究が有名で、デフレ経済から脱出する方法として、マネタリズムを主唱したノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏の“ヘリコプター・マネー”を推奨している。

 

“ヘリコプター・マネー”とは、“空から降ってくるような(タダで貰える)お金”のことで、そのようなお金を政府がばら撒けば、人々はモノやサービスの購入を増やすので物価が上昇し、デフレを克服できるということらしい。その代わり、お金の価値の下落が止まらなくなるリスク、すなわち、ハイパー・インフレのリスクがあると批判されている。一度美味しい思いをした国民は、借金返済にまともに向き合わず、何度も“ヘリコピター・マネー”を政府に要求する可能性が高いからだ。そうなれば、為替レートは円安に極端に大きく振れる、暴落する可能性がある。

 

このハイパー・インフレの裏側には、僕は、“中央銀行の(実質的な)債務超過”があるのではないかと思う。というのは、例えば、日銀が発行する貨幣、すなわち、“円”が信用を失い価値が下落すると、日銀のB/Sの(円)資産はどんどん目減りしていくからだ。

 

ただ、負債も円建なので同様に目減りしていき、形式的には日銀は債務超過にならないかもしれない。しかし、一般的な意味での日銀の“信用”、信頼感はガタ落ちし、日銀ののれんは輝きを失う。日銀は、実質的に債務超過会社であるかのような不名誉な烙印を押されることになるのではないか。

 

この日銀の“のれん”は自己創設のれんであり、M&Aの時の買取のれんのようには会計処理の対象にならなず、簿外にある。しかし、もし、こののれんが会計処理の対象になってB/Sに計上されていれば、ハイパー・インフレの際には減損が発生し、多額の減損損失が計上されるだろう。

 

この自己創設のれんと買取のれんの扱いの差にこそ、会計の本質が隠されていると僕は思う。IFRSを含め、会計基準は、企業価値を示すようには設計されていない。企業価値は財務報告の利用者が見積もるものとされている*1

 

会計は企業価値を(直接的には)示さない。会計は自己創設のれんを会計処理の対象にしない。この2つの事実は、何を語っているのだろうか。実は、自己創設のれんこそが、企業価値なのではないか。次回は、この点をもう少し考えてみたい。

 

ということで、“ヘリコプター・マネー”政策は、通貨価値、すなわち、日銀ののれんの輝き(=自己創設のれんの価値)を上手にコントロールできるかどうかが、重要となりそうだ。政策決定者は、法律判断や官僚的な判断ではなく、経営者的な判断を適切に行うことが要求されている気がする。相当難しそうだ…

 

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 概念フレームワークの公開草案(2015/5)には、次のように記載されている。

 

(1.7)一般目的財務報告書は、報告企業の価値を示すようには設計されていないが、現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者が報告企業の価値を見積るのに役立つ情報を提供する。

 

(6.79)一般目的財務諸表は企業の価値を示すようには設計されていないため、持分合計は以下のものと一般的には等しくならない。

(a) 企業の株式の市場価値の総額

(b) 企業全体を継続企業ベースで売却することによって調達できる合計額

(c) すべての負債を決済した後にすべての資産を売却することによって調達できる合計額

 

個々の資産や負債を組み合わせて利益を獲得する企業の能力は自己創設のれんだが、それが会計処理の対象にならないため、資本の部や持分合計額は、企業価値とはならない。それは、あくまで財務報告の利用者が見積もるべきもの、ということになっている。

 

2016年7月12日 (火曜日)

571【CF4-27】“債務超過の優良企業”と概念フレームワーク

2016/7/12

参院選は与党の大勝利に終わったが、安倍内閣が経済改革に邁進されることを心から望みたい。間違っても、あの上から目線の憲法草案を持ち出さないでほしい。あれにふさわしい場所はシュレッダーの中にしかないと、僕は思っている。

 

しかし、世の中は、思いや予想を覆す出来事が多い。例えば、UEFA EURO 2016(通称“ユーロ”)の決勝だ。クリスチアーノ・ロナウド選手を前半早々に負傷で欠いたポルトガルが、ドイツを破って絶好調のフランスを、延長の末退けて優勝した。ゲーム内容はフランスが押していたのだが…。

 

試合終了後のロナウド選手の涙は(ちょっと芝居がかってはいたが)、感動的だった。ただ、延長戦の後半では、同選手が監督を押しのけてテクニカル・エリアからピッチの選手達へ指示を出していた。これでは監督の立場がない。今後のフェルナンド・サントス代表監督との人間関係がちょっと心配だ。これがまた予想外の出来事の連鎖を生むかもしれない。サントス監督が大人でいてくれることを祈るしかない。

 

 

さて、余計なことはここまでにして、本題へ入ろう。前回(570-7/8)予告したように、今回は、“債務超過の優良企業”について、そんなことがあって良いのか、それとも、別に何の問題もないことなのか、IFRSの概念フレームワークの公開草案(2015/5)に照らして、考えてみたい。

 

前回紹介した日経の記事では、「現金を生み出す能力こそ重要であり、たとえ債務超過でも(自己資本、持分の大きさは)問題にならない」旨の考え方が記載されていた。果たして、これは正当化されるだろうか。

 

結論から書くと、「正当化される」だが、「まるで詭弁のよう」と多くの方々は感じられるのではないか。詭弁と感じられる最も大きな理由は、「自己資本、持分が大きい会社が良い会社」という先入観だ。

 

“先入観”などと書いてはいけないかもしれない。我々世代は、そう習ったのだから。自己資本比率(=自己資本/総資本)の大きい会社は良い会社だと。それこそが優良企業だと。だから、“先入観”ではなく、“陳腐化した間違った考え方”とすべきだろう。ショックを受ける方もいらっしゃるかもしれないが、そういうことだ。

 

「自己資本比率が高い会社は良い会社」は、間違っている。「“自己資本比率が高い良い会社”もあるが、“自己資本比率の高い悪い会社”もある。もっと他に見分ける方法がある、目の付け所は他にある」というのが、現在の正しい考え方だと思う。

 

おっと、ちょっと先走りすぎたかもしれない。とにかく、今回は概念フレームワークの公開草案に照らして考えてみよう。

 

 

 

最もみなさんが疑問に思われるのは、「債務超過を問題なしとするには、概念フレームワークの持分の定義やガイダンスの記載内容とぶつかるのではないか」という点ではないだろうか。もし、概念フレームワークが、持分を「株主にとっての重要なもの」と表現しているのであれば、持分がマイナスとなっている債務超過は、良いものであるはずがない。だから、債務超過の優良企業などありえないと。

 

ということで、まず、持分の定義やガイダンスの記載を見てみよう。

 

定義:持分とは、企業のすべての負債を控除した後の資産に対する残余持分である。(4.43)

 

これは、単に、「持分=資産-負債」という計算式を文章表現したにすぎない。「大きい方が良い」というような価値判断を含んでいない。

 

しかし、資産は金を生むもので、負債は金が出て行くものだから、資産が大きい方が良いだろうと反論されるかもしれない。加えて、4.44以下のガイダンスには“持分請求権”*2について説明されており、そもそも“請求権”は、プラスでなければ意味をなさない、とか、大きければ大きいほど請求権者にとってメリットがあるという前提があるようにも思われる。

 

では、やはり「債務超過は悪い会社」か。ん〜、確かに、そう考えるのが自然かもしれない。

 

だが、そうではない。決めつけてはいけないと思う。なぜなら、概念フレームワークの持分のところに記載されているのは、“仕組み”だけで、どういう状態が良いとか悪いとか、正しいとか正しくないといった観点とは無縁だと思うからだ。

 

では、そういう観点はどこに記載されているのか。

 

残念ながら、概念フレームワークには、良い企業と悪い企業を見分ける価値判断の方法や基準については、記載されていない。他のIFRS個別基準にも記載されていない。会計基準は、企業の財政状態や経営成績(=財務業績)をありのままに表現する方法を規定するものであって、良い企業と悪い企業を見分けるものではない。財務報告をどのように評価するかは、投資家や株主、債権者など読み手に任されている。

 

「それを言っちゃ、お終いよ」と思われた方もいらっしゃるだろう。そこでもう少し続けよう。

 

そうはいっても、財政状態や経営成績(=財務業績)を表現するにあたって、IFRSが何に一番重点を置いているかについては、“第 1 章:一般目的財務報告の目的”から読み取ることができる。それが、キャッシュ・フローを生み出す能力(経営者の能力を含む)の評価に資するような情報だ*3

 

財政状態は、みなさんもご存知の通り、B/Sで表現される。それぞれのB/S項目は、将来キャッシュ・フローが出入りする量やタイミングを表しているが、重要なのは、それが全てではないことだ。特に、B/Sに計上されている有形固定資産などの生産・営業用の設備は、それらを利用することで製品やサービスを生み出し、それが新たな将来キャッシュ・フローとなっていく。しかし、その将来生み出される製品やサービスは、B/Sには載っていない*4。そこを補うのが経営成績(=財務業績)、P/Lというわけだ。P/Lによって過去の財務業績を分析し、B/Sに載っていない将来キャッシュ・フローを利用者が予想することが期待されている。

 

この手順に従うと、“債務超過の企業”は、B/Sから把握される将来キャッシュ・フローはマイナスでも、P/Lから予想される将来キャッシュ・フローが、そのマイナスを補って余りあるほどプラスであれば、良い会社と評価される可能性がある。すなわち、“債務超過の優良企業”が正当化される。

 

これって、まさに、前回紹介した日経の記事に書いてあるとおりのことだ。“将来キャッシュ・フロー”こそが、会計の本質で、それを生み出す能力の評価が企業評価だ。というわけで「この問題が解決した」と考えて良いのか?

 

ん〜、じゃあ、自己資本とか、持分とか呼ばれるあの区分は、一体何なのか? 例の先入観、陳腐化した間違った考え方が抜けきらないのか、僕には何となく納得がいかない。そう、“会計の本質”などというには、まだ掘り足りない気がしてならない。EURO2016は終わったが、この話題には、まだ続きがありそうだ。

 

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1概念フレームワークの公開草案(2015/5)”と書いたが、この記事の対象となる部分については、現行のフレームワークとあまり変わらない。

 

*2 持分請求権

 

これを、直接定義した文章はない。が、持分請求権は、株式会社であれば“株主の権利”に当たるものと思われる。例えば、残余財産分配請求権とか、配当請求権などがその典型だ。“持分請求権”を最もわかりやすく説明した部分は、次のガイダンスだと思う(4.44の一部)。

 

持分請求権とは、企業のすべての負債を控除した後の資産に対する残余持分に対する請求権である。言い換えると、企業に対する請求権のうち負債の定義を満たさないものである。

 

企業が負っている義務のうち、負債に対する義務以外の義務が、全て持分請求権ということになる。(会計上、企業の資産にアクセスできるのは、負債を持っている人と、持分を持っている人の2種類しかいない。非常に単純化されている。)

 

*3 例えば、“一般財務報告の目的”では、財務報告の利用者が次のような情報を必要としている、としている(1.3の一部)。

 

投資者、融資者及び他の債権者のリターンに関する期待は、企業への将来の正味キャッシュ・インフローの金額、時期及び不確実性(見通し)に関する彼らの評価及び企業の資源に係る経営者の受託責任の評価に左右される。したがって、現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者は、それらの評価を行う企業への将来の正味キャッシュ・インフローの見通しを評価するのに役立つ情報を必要としている。

 

*4 この部分は、1.14の文章の内容をわかりやすく記載した(つもり)。

 

 

 

 

2016年7月 8日 (金曜日)

570【CF4-26】債務超過の優良企業

 

2016/7/8

面白い記事を読んだ。面白いだけじゃなく、会計の本質について考えさせられる機会となった。下記の記事だ。

 

一目均衡 債務超過でも自社株買い 証券部 土居倫之氏 7/5 日経電子版有料記事

 

“債務超過”といえば、この3月期のシャープのように東証一部を維持できなくなるとか、そうならないために粉飾する企業があるとか、或いは、継続企業の前提に重要な疑義が生じかねない状況だ。人でいえば、医者から余命宣告されそうな重篤なイメージ。しかし、この記事には債務超過の“優良企業”が紹介されている。なんと、その格付けはシングルA相当だそうだから、まったく死にそうにない。愛煙家の方ならご存知とのフィリップ・モリス・インターナショナル(以下、“PMI”と記載)だ。

 

そのカラクリは、PMIが多額の自己株式買いを繰り返しているためで、債務超過額は114億ドル(1兆円を楽に超える)、保有自己株式は356億ドルに達するという。なるほど、自己株式は資本の部のマイナス項目として表示されるため、多額であれば債務超過もあり得るわけだ。(日本では)20年前なら、自己株式は資産の部に計上されていたから、逆に242億ドルの資産超過となって問題なかった。しかし、現行の会計基準ではとても正常なB/Sに見えない。

 

もう少し考えてみよう。

 

資本の部には、主に株式発行対価として記録される資本金及び資本準備金のいわゆる払込資本と、過去の事業成果としての利益剰余金などがある。したがって、もし、自己株式を発行価額で買い戻していれば、100%全て買い戻しても、利益剰余金などが残るから債務超過にならない。債務超過になっているということは、PMI株式に発行価額以上の価値が市場で認められ、発行価額より高い金額で買い戻したということだ*1

 

PMIが好業績を上げ、市場がPMI株式の評価を高めれば高めるほど、買戻し額は発行価額に比べ割高となり、資本控除項目である自己株式残高及び債務超過額が膨らむ。すなわち、B/Sは異常性を増す。企業財政の健全性を表す自己資本比率や経営の効率性を表す資本の部が分母のROE(=Return On Equity、自己資本利益率)などの代表的な財務指標は、全く役に立たない。もはや、B/Sは、読者に適切なメッセージを送ることができない。しかし、上述のように格付けはシングルAだし、時価総額も1600億ドル(16兆円を超える)と世界で50位に入るらしい*2。即ち、異常なB/Sでも高評価だ。

 

この記事では、投資家などF/Sの読者がキャッシュフローを生み出す能力を評価しているという。「現金を生み出す力の強さが同社のリスクをカバーしている」という格付会社S&Pの評価や、「自己資本ではなくフリーキャッシュフロー(純現金収支)と債務のバランスが重要との考え方がグローバルでは一般的」というムーディーズ・ジャパンの柳瀬志樹シニアアナリストの言葉を紹介している。

 

これは、会計理論上、どうなんだろう。自己資本が大事と思い込んでいる我々の頭を打ち砕くような話ではないか。PMIはテロリストか!

 

というわけで、もう少し深く突っ込みたい。改めて、IFRSの概念フレームワークの公開草案を振り返ってみよう。ただ、申し訳ないが、次回に繰り越させていただきたい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 自己株式(=企業が自らの資本性金融商品を買い戻したもの)は、一般の金融商品とは異なる扱いになる。自己株式の売買は、企業とその企業の所有者との直接の取引、即ち、資本取引として扱われるため、損益を生じない。期末の時価評価も行わない(=取得原価が付される)。IFRSや日本基準については IAS32.33、企業会計基準第1号第7項などを参照のこと。US-GAAPについては、申し訳ないが条文や会計処理の確認をしていない。

 

*2 ちなみにトヨタ自動車の時価総額は、7/7現在で約28兆5千億円(REUTERSより)。

 

 

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