583【番外編】東芝の意見不表明レビュー報告書
2017/5/16
僕は、投資家としては、東芝に興味がない。しかし、意見不表明経験のある元監査人としては惹きつけられる部分もある。東芝の監査人はどんなレビュー報告書を書いたのだろう。
しかし、「粉飾発覚 → 監査人交代 → また粉飾発覚 → 意見不表明」 の流れからすると、レビュー報告書を読むことは、癌の告知を聞きに行くようなもの、いやいや、最近癌は治る病気になっているのでこの表現は適切ではない、要するにとても希望のない作業となる。だから、ずっと先送りにしてきた。
そんな時に次の記事に接した。
東芝、15日に3月期業績概要を公表 監査法人意見付かず 日経電子版 5/12
意見不表明のレビュー報告書は2016年度第三四半期決算に関してだが、年度の決算についても(現時点では)監査意見がつかないという。だが、みなさんも、この程度の見出しでは驚くまい。「ああ、そうなったか」という程度の感想ではないだろうか。なるべくしてなったのだ。東芝は天に向かって唾を吐いたのだから、自分の顔が汚れても仕方ない。
それにしても、汚い唾だ。あれから3ヶ月経っても落ちないのだから。一体、どんな汚れ方をしたのだろう。という興味が湧いて、ようやく、このレビュー報告書を読む気になった。今回は、その報告をさせていただこうと思う。
焦点になるのは「結論の不表明の根拠」第2段落の次の記載だ。
継続中の評価の対象事項には、注記19.企業結合に記載されている、2016年度第3四半期末における四半期連結貸借対照表計上額495,859百万円の前提となる取得日現在の公正価値635,763百万円の工事損失引当金について、当該損失を認識すべき時期がいつであったかを判断するための調査に対する当監査法人の評価も含まれている。また、その他にも当監査法人の評価が終了していない事項があり、これらの影響についても、確定できていない。
少し分かりやすく書くと次のようになると思われる(正確ではないかもしれないが)。
まだレビュー手続が終わっていないのは、連結B/Sの工事損失引当金約5千億円に関してで、特に、この損失をどの時期に計上すべきであったかが不明である。これ以外にも不明な点が残っている。
Edinetを見る限り、東芝はこの企業買収を行なった2015年度や、2016年度の第1四半期、第2四半期の開示書類について、この問題に関する訂正をしていない。したがって東芝としては、この2016年度の第3四半期に全額損失計上するのが正しいと判断したと思われる。しかし、監査人はそこに納得していない。
みなさんは、この監査人の意見には同感されるのではないか。総額6千億円を超える複数案件の巨額の工事損失が、まるで災害にでもあったが如く、この第3四半期一期間に集中して生じたとはとても信じがたい。
一方で、第1四半期や第2四半期にいくら損失が発生したかは不明であっても、第3四半期P/Lは、4月から12月までの9ヶ月間を対象としているので、第3四半期のP/LとB/Sは正しいのではないか、と思われる方もいらっしゃると思う。それなら、第1四半期や第2四半期はダメでも、第3四半期のP/LとB/Sには意見表明しても良いのではないか、と。
これについて監査人には、おそらく次のような危惧があったと想像される。
・3ヶ月情報の重要性
開示資料から3ヶ月単位の売上高や利益などの業績指標を計算し、その推移を分析することが一般的であることを考慮すると、四半期財務情報には、どの四半期に損失が生じたかが正確に表現されていなければならない。しかし、その確証が得られない。
・その時点の経営者の最善の見積もりを後から再現することの難しさ
いわゆる“経営者の見積もり”という会計手法の弱点だが、このような問題があって遡求修正が必要な場合に、各々の決算当時に遡って、その当時に知り得た情報のみで会計上の見積もりをやり直すということは、意外に難しい。時の経過と共に新しい情報に更新され、新しい事象が発生し、試行錯誤していたことにも結果が出ている状態から、それらの影響を一つ一つ引き剥がして元に戻していくことは、古い絵画や遺跡を修復するような作業であり、極めて手間・暇がかかる。
・2015年度に損失が生じていた可能性
この企業買収(=WECによるS&Wの買収)は、当時米国原子力事業が抱えていた訴訟問題を一挙に解決する起死回生の策として実行されたが、そもそもその判断があまりに楽観的すぎたのではないか、さらには、問題の本質を隠蔽する意図があったのではないか。WECの経営幹部が会計上の見積もりにプレシャーを与えたという内部告発は、そういう可能性を示唆していると監査人がリスクを感じても不思議はない。
なお、東芝は米国弁護士などに依頼して、約60万件のメールをチェックしたり、数十名のインタビューをするなどして、過去の決算に訂正は不要と判断している*1。しかし、監査人はその判断をそのまま受け入れなかったのだろう。これには検証が必要だ。この損失の質的・量的重要性を考慮すると、手間のかかる検証手続が想像される。
恐らく、東芝と監査人は、これらについてお互いの意見をぶつけ合い、監査スケジュールの見通しなどを検討したことだろう。ところが納得が得られず、ついには、東芝が一時会計監査人の選定、即ち、監査人交代までしようとした。だが、問題を改善するための原因追求と正しい開示のためには、東芝も監査人も相当な時間が必要、というのが、僕の妄想の結論だ。
改めて残念に思うのは、2年前、2015年に最初の粉飾が疑われ第三者委員会を設置した時に、原子力事業を調査対象から外した東芝経営陣の判断の軽さだ。その後も外した理由の説明さえない。そして、それが尾を引いて今の問題につながっている。この問題が発覚するまで原子力事業は好調だと言い続けていた。まさに、唾を吐き散らし続けてきたのだ。
僕の記憶が正しければ、2月に、東芝が上場を維持するために、メモリー事業を分離して売却するというニュースが流れた時に、日経プラス10のキャスター山川龍雄氏は次のようなコメントを述べた(記憶なので正確ではない)。
東芝は上場にこだわるより、しっかり出直した方が良い。即ち、一旦非上場になって、しっかり再生することに集中した方が良い。
全く賛成だ。というか、すでに現時点で上場会社であるべきではないように思う。投資家、或いは、監査人という立場からすると、撒き散らしているのは、唾というより、毒かもしれない。次は東証の判断が注目される。
ん〜、みなさんは、僕の東芝批判を読んでとても嫌な気持ちになったかもしれない。大変申し訳ない。実は、書いてる僕も自己嫌悪だ。そして恐らく、一生懸命やっても意見不表明という結論しか得られなかった監査人もやりきれない思いでいることと思う。とにかく、「粉飾+意見不表明」は、誰にとっても最悪の組合せじゃないかと思う。
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*1 日経電子版の以下の記事による。
東芝、適切な監査に疑問 上場維持へ苦渋の選択 4/26 有料記事
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