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2017年7月

2017年7月31日 (月曜日)

586【番外編】リース契約の区分と分割-富士フイルム

 

 

2017/7/22

富士ゼロックスのリース事業は、金融業か、サービス業か、それとも、物品販売業か。

 

一般にリース会社は“ノンバンク”などと呼ばれるので、金融業を営んでいるイメージがあるだろう。金融業の収益といえば、受取利息がイメージされる。

 

しかし、大きな駅の近くには“〇〇オートリース”などという看板があって、自動車のレンタルサービスをやっている。この場合の“リース”はサービス業ではないか。サービス業の収益といえば、サービス提供の都度、或いは、サービス期間にわたって計上される収益がイメージされる。

 

さらにいえば、最近は個人でも自動車の購入にリースを利用することができる。この場合は割賦購入に近い感覚で、売り手から見れば物品販売をしているのに近い。このように、メーカーやその販売子会社が販売の一形態として“リース”を利用する場合、その収益は物品販売、特に割賦販売のようなものに感じられるだろう。

 

その結果、リースの貸し手側の会計処理は、次のように3パターンが考えられる。

 

A. 融資のように、受取利息のみを収益計上する。*1

 

B. サービスの対価としてサービス提供の都度、或いは、契約期間にわたって収益計上する(利息部分はAと同様の認識)。*2

 

C. 物品の引渡し時に一括して(或いは、リース料入金の都度)売上計上する(利息部分はAと同様の認識)。*3

 

本稿のタイトルは「リース取引の区分」だが、問題になるのは、富士ゼロックス社のニュージーランド事業(=FXNZ)が上記のどのリースに当たるのか、ということだ。メーカーの販売子会社という位置付けを考えればC(一括売上計上)のパターンを採用するのが自然で、実際にFXNZはこの問題が明るみに出るまでそうしていた。

 

だが、一つ大きな問題があった。それは、このリース契約が“顧客の機器利用量に応じてリース料を変動させる”ものだったことだ(最低使用量は契約に明示されているが、顧客の義務にはなっていない)*4。割賦販売ならば、利用量に関係なく製品対価を回収できるが、このように利用量に応じて変動させるとなれば原価さえ回収できなくなる可能性がある。逆に、製品対価を大きく超える金額を回収することもあり得る。

 

僕が監査人なら次の点を疑うだろう。前者なら、製品引渡し時に粗利を含めて売上計上するのは明らかに早すぎるし、後者なら、リース対象となる製品以外のサービス等の存在が疑われ、そのサービス等がいつ提供されるのかが問題となる。後者の僕の疑問について首をかしげる方がいらっしゃるかもしれないが、顧客が著しく過大な製品対価を支払うとは思われないし、もし支払うのなら、その製品以外の何かを期待していると思うからだ。その製品以外の何かが、もし製品納入後に提供されるものなら、製品引渡し時にリース料総額を一括して売上計上することは適切でない。

 

第三者委委員会報告書では、US-GAAPに照らして、このタイプの契約がCの会計処理の条件に合致しているかどうかを検証している。そしてUS-GAAPでは“最低支払いリース料総額の回収が合理的に予想できる”ことがCの処理の条件となっており、この点を満たさないことが指摘されている*5

 

FXNZは、2009年に2つの会計事務所からCを採用することについて意見書を入手しているが、これらの意見書は「リース期間中のミニマムペイメントの現在価値がリース資産の公正価値のほとんどすべてに値する」というFXNZ経営陣の判断を前提に示されたものであり、実態調査の結果ではない。即ち、リース対象となった製品の原価及び粗利をリース料で回収できるかどうかを、両会計事務所は直接調査していない。そこはFXNZ経営者の判断を尊重したということだ。

 

では実態はどうかというと、前回も記載した通りで、この経営者の判断は間違っていた(或いは、嘘だった?)ことがこの第三者委委員会報告書に記載されている。

 

 

ん〜、みなさんはお気づきだろうか。「僕が監査人なら次の点を疑う」で始まる段落には“前者”(=原価と粗利の回収可能性)と“後者”(=製品以外のサービス等の存在)の2つの疑問を記載したが、この第三者委委員会報告では、前者についてしか記載されていない。後者については、僕が“的外れ”だったということか。まあ、それならそれで良いので、一応、もう少し確認してみよう。というのは、気になることがある。

 

FXNZ主力製品の複写機・複合機のリース料には、消耗品(コピー用紙やインク代等と思われる)などの運用コストも含まれている*6。この部分は特にカラーコピー機になってから、その比率が著しく増加し、会計上も著しく重要性が増しているはずだ(多分、カラーコピーは白黒から10倍以上に単価アップしている)。みなさんのオフィスにも「コピー1枚40円、無駄コピーはやめよう」などと張り紙があるかもしれない。カラーコピー機は運用コストが高いのだ(例えば、提案書・見積書などを大量に印刷する営業部門では、コピー機の値段より運用コストの方がはるかに高い可能性もある)。契約上は運用時に発生する消耗品などメンテナンス部分までリース料総額に含まれているので、もし、製品納入時に全額売上計上されていたら、大変なことになる。運用時に発生する収入は納品時の売上に含まれるべきでなく、運用サービスの提供に応じて売上計上する必要がある。ということで、実際にFXNZは大変なことになった*7。コピー用紙もインクも提供してないのに売上にされた。これは誰にでも不正とわかる手口、大胆な粉飾だ。

 

 

だが、もう少し考えてみよう。オフィスに「コピー1枚40円」などと張り紙がある件だ。(ニュージーランドではなく)日本のオフィスに。

 

ここまでニュージランド事業の話を書いてきたわけだが、日本でもコピー枚数に応じてリース料を支払う契約が行われているのではないだろうか。そうでなければこんな張り紙はないと思う。実は僕は監査法人勤務時代 にOA機器の管理担当をしていたことがあり、カラーコピー機(ネットワークプリンタ複合機)を購入(リース)したことがある。もう、10年以上昔のことだ。それは、確かに、コピー(印刷)枚数連動のリース料支払い契約だった。富士ゼロックス以外からも相見積もりを取ったが、いずれも同じような契約だったと思う。(最低使用量の扱いについては具体的な記憶はないが、“後者”の問題には関係ない。)

 

ということで、富士フイルムの有価証券報告書(2016/3)を見てみよう。何か複写機・複合機のリース契約に関する収益認識についてヒントがあるに違いない。収益認識の会計方針には次のようにある(関連しそうなところを抜粋。全文は欄外*8を参照)。

 

・・・

サービスについては、主として顧客に販売した機器のメンテナンスから生じており、サービスが提供された時点で収益を認識しております。販売型リースは、主として複写機及びオフィスプリンターから生じており、当社は、リースの開始時点で収益を認識しております。

・・・

当社は、製品、機器及びサービスが組み合わされた取引については、基準書605-25に規定されて いる別個の会計単位の要件を満たす場合、収益を各々の販売価格の比率により按分しております。 当該要件を満たさない場合には、未提供の部分が提供されるまで収益を繰り延べております。

・・・

 

販売型リース契約のうち運用に関連する収益を分割し、サービス収益として認識していれば問題ないが、どうもはっきりしない書き方だ。というのは、「製品、機器及びサービス学位合わされた取引については、・・・収益を各々の販売価格の比率で按分」とあるが、リース契約上、機器とメンテナンスサービス価格は分けて記載されておらず、販売価格がわからないと思うからだ。したがって、リース取引はこの記載の対象になっていないようにも読める。ちなみに、同業を持つキャノンの会計方針は次のように記載されている(富士フイルム同様キャノンもUS-GAAPを採用)*9

 

・・・

販売型リースでの機器の売上による収益は、リース開始時に認識しております。

・・・

機器のリースとメンテナンス契約が一体となっている場合は、リース取引と非リース取引の相対的な見積公正価値を考慮して、収益を按分しております*10。通常、リース取引は、機器、ファイナンス及び履行費用を含んでおり、非リース取引は メンテナンス契約及び消耗品を含んでおります。

・・・

 

これは分かりやすい。リース契約を機器リースと運用サービス(=メンテナンス契約・非リース取引)に収益を分割し、機器リース部分はリース開始時に売上計上するが、運用サービス収益はサービス提供に応じて収益認識していると、明確に読める。

 

 

さて、みなさんもご存知の通り、富士フイルムホールディングスは、本来6月中に提出すべき有価証券報告書(2017/3)の提出期限を7/31、即ち、今日まで延期した。監査法人から監査報告書を入手できなかったためだ。もし、今日中に提出できないのであれば、事前にニュースが流れるだろうが、今のところ、僕は知らない。したがって、無事に提出されるだろう。

 

しかし、今後も少し注意が必要かもしれない、と投資家としての僕は感じている。ニュージランドとオーストラリア以外にも同様の問題をはらんだ契約がありそうに思う。そして、その会計処理が、ちゃんとリースとサービスに分割して、それぞれに合う形で収益認識されていることを確認したい。

 

それはいつ?

 

多分、会計方針の注記がキャノンのように丁寧な注記に改まるまで、ということになるだろう。今回の有価証券報告書で確認できれば嬉しい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 これは、リース会計基準適用指針(平成23年3月25日)第51項の以下の条文に該当する取引をイメージしている。

 

(3) 売上高を計上せずに利息相当額を各期へ配分する方法

 

リース取引開始日に、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用がある場合は、これを含める。)により、リース投資資産を 計上する。
各期の受取リース料を利息相当額とリース投資資産の元本回収とに区分し、前者を各期の損益として処理し、後者をリース投資資産の元本回収額として処理する。

 

*2 これは、企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」の第5項の“ファイナンスリース”の定義に入らないリース、即ち、オペレーティングリース取引に該当するイメージ。オペレーティング取引の会計処理は、同基準15項に「通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理を行う」とされている。

 

*3 これは、リース会計基準適用指針第51項の以下のいずれかの条文に該当する取引をイメージしている。

 

(1) リース取引開始日に売上高と売上原価を計上する方法

 

リース取引開始日に、リース料総額で売上高を計上し、同額でリース投資資産を計上する。また、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために 支払う付随費用がある場合は、これを含める。)により売上原価を計上する。
リース取引開始日に計算された売上高と売上原価との差額は、利息相当額として取り扱う。
リース期間中の各期末において、リース取引開始日に計算された利息相当額の総額のうち、各期末日後に対応する利益は繰り延べることとし、リース投資資産と相殺して表示する。

 

 

(2) リース料受取時に売上高と売上原価を計上する方法

 

リース取引開始日に、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供す るために支払う付随費用がある場合は、これを含める。)により、リース投資資産を 計上する。
リース期間中の各期に受け取るリース料(以下「受取リース料」という。)を各期 において売上高として計上し、当該金額からリース期間中の各期に配分された利息相 当額を差し引いた額をリース物件の売上原価として処理する。

 

*4 第三者委員会報告書P12に記載されている。

 

*5 第三者委員会報告書P16からに記載されている。

 

*6 第三者委員会報告書P17に、今回の問題となったリース契約の概要が記載されている。それによるとこの契約のサービス内容は次の通り記載されている。

 

機器代金・消耗品代金・保守料金・金利をまとめて毎月のコピー料金で回収する、機器販売と保守サービス等を一体化させた契約。

 

*7 僕の読み方が悪いのかもしれないが、第三者委員会報告書には消耗品供給などの運用サービスを含めてリース料総額を一括して製品引渡し時に売上計上したことがはっきり記載されていないように思う。しかし、間接的にそういう処理になっていたに違いないと判断した。それは以下の理由による。

 

・本文に記載したように、リース契約の内容に運用サービスが含まれていること。

・FXNZは個々の契約ごとに会計処理するのではなく、契約の種類ごとにまとめて販売型リースと判定し会計処理していたとされること。(このような処理方法・プロセスではリース料に含まれる製品対価とサービス対価を区分することはできないように思われる。契約ごとの処理が必要になるからだ。)

 

*8 2015年度(2016/3)有価証券報告書P112の収益認識の会計方針の全文。

 

(12) 収益認識基準

当社は、収益が実現し、又は実現可能でありかつ稼得したときに収益を認識しております。当社は、契約書等の説得力のある証拠が存在していること、顧客に対して製品・商品又はサービスが提 供されていること、その価格が確定している、又は確定可能であること、対価の回収が合理的に保 証されていることのすべてが満たされたときに収益が実現、もしくは実現可能でありかつ稼得した と考えております。一般的に、これらの条件は、所有権及び危険負担が当社から顧客に移転した時 点で満たされます。

当社は、コンシューマー製品及び医療・印刷等の業務用製品については、所有権及び危険負担が 当社から顧客に移転する時期に応じて、製品が顧客に引き渡された時点、又は出荷された時点で収 益を認識しております。医療・印刷機器及びオフィス事務機器等、顧客の受入が必要となる特定の 機器については、機器が設置され、顧客の受入が得られた時点で収益を認識しております。サービ スについては、主として顧客に販売した機器のメンテナンスから生じており、サービスが提供され た時点で収益を認識しております。販売型リースは、主として複写機及びオフィスプリンターから 生じており、当社は、リースの開始時点で収益を認識しております。販売型リースにかかる受取利 息相当額については、利息法によりリース残高の残投資額を基準として期間按分し、連結損益計算 書の「売上高」に含めております。オペレーティング・リースからのレンタル収入はそれぞれのリ ース期間にわたって認識しております。

当社は、製品、機器及びサービスが組み合わされた取引については、基準書605-25に規定されて いる別個の会計単位の要件を満たす場合、収益を各々の販売価格の比率により按分しております。 当該要件を満たさない場合には、未提供の部分が提供されるまで収益を繰り延べております。

当社は、基準書605-50に基づき、製品価格の下落を補填するために支給される販売奨励金や販売 量に応じた割戻、一部の現金歩引等を売上高から控除しております。これらは顧客からの請求又は 契約上合意した比率等により算出した額に基づいて計上しております。

サービ スについては、主として顧客に販売した機器のメンテナンスから生じており、サービスが提供され た時点で収益を認識しております。販売型リースは、主として複写機及びオフィスプリンターから 生じており、当社は、リースの開始時点で収益を認識しております。販売型リースにかかる受取利 息相当額については、利息法によりリース残高の残投資額を基準として期間按分し、連結損益計算 書の「売上高」に含めております。オペレーティング・リースからのレンタル収入はそれぞれのリ ース期間にわたって認識しております。

 

なお、収益認識の新基準である基準書606「顧客との契約から生じる収益」は、平成30年4月1日より始まる連結会計年度から適用するとしている(2015年度有価証券報告書P113)。

 

*9 キャノン有価証券報告書(2016/12)P82。

 

*10 FASB-ASC Subtopic 605-25「Multiple-Element Arrangement;複数要素契約」に基づく処理と思われる。僕はUS-GAAPの知識は乏しいが、IFRS15「顧客との契約から生じる収益」にも、概ね同様の規定が採用されていると思う(少なくとも公開草案の段階では)。

 

2017年7月19日 (水曜日)

585【番外編】重要性のない子会社に潜む悪魔-富士フイルム

2017/7/19

一昨日、日経電子版での『富士ゼロ会計不祥事、HDの責任追及「不十分」 *1という記事を読んだ。「そうだそうだ」と思い、改めて、先月富士フイルムホールディングスに提出された第三者委員会報告書*2を読もうと思った。“改めて”というのは、一回挫折したのだ。この報告書、AAだのHHなど、短縮略号・記号が多すぎて、内容が頭に定着しない。僕の頭は、ワーキング・メモリーの容量が乏しいので、この手の文書は苦手だ。更に言えば、会計処理の記述が分かりにくい。

 

さて、文句は脇に置いて話を進めよう。

 

真正面から勝負を挑んでダメな場合でも、ほかの方法でなんとかなることがある。そこで、目次を眺めながら「僕が本当に興味があるのはどの領域だろう」と考えてみた。要するに、全部読むことは諦めて、関心のある領域に集中することにした。妥協したのだ。

 

すると、次の領域に目が留まった。

 

第3章 FXNZにおける問題点
(注:“FXNZ”とは富士ゼロックスのニュージーランドの会計単位、2つの子会社を同国において連結したもの)

 

第10章 会計監査人による監査

 

その結果、異常な会計処理の内容(粉飾の具体的手口)と、監査人の監査対応に関する第三者委員会の評価に関心を持っていることを、自分で自覚することになった。

 

みなさんは「冒頭の“HDの責任追及”、即ち、企業統治の話はどうなった?」とご不満かもしれない。しかし、その前にこの問題の性質・本質を僕なりに理解したいのだ(と後付けで解釈した)。企業統治の話はこれを理解した後が良かろう。もし、上記の2つの章を読んで、まだ企業統治への関心が続いていれば企業統治へ話を進めれば良い。(だが、きっと気力が続かず事切れるだろう・・・)

 

というわけで、全部で12章もある報告書をたった2章で済まそうという僕のいい加減さに呆れない方は、どうぞ、この先をお付き合いいただきたい。とりあえず、これらの概要を記載することにして、力が残っていれば、続きを次回以降に繰り越したい。

 

「第3章 FXNZにおける問題点」の概要

 

FXNZについては、純資産を318億NZドル(75%の持分比率を勘案し2016/3/31基準日で換算すると185億円)の減額修正を要するとしており、そのうち、247億NZドルは“リース取引に係る会計処理の修正等”によるものとしている。

 

富士フイルムは米国会計基準を採用しているが、日本のリース会計基準でいうところのオペレーティングリースとファイナンスリースの区分に問題があり、本来オペレーティングリースとして契約期間にわたって収益認識すべきものを、ファイナンスリースとして契約時にリース料総額を一括して売上計上していた、ということのようだ(社内でMSA契約・GCSA契約と呼ばれているものが対象)。

 

オペレーティングリースは長期契約であっても(レンタル)サービスの提供として、サービス提供期間にわたって収益を期間配分すべきだ。しかし、それを物品販売のように一時に売上計上していた。したがって、収益の計上が年単位で早過ぎたことになる。大胆な粉飾だ。巨額(=247億NZドル)になるわけだ。

 

しかも、これらの契約ではリース料はコピー機等の使用量に応じて回収される契約になっていた。そのため、契約時に見積使用量を計算して売上計上していたがこれが過大であったり、また、最低使用量が決まっていても顧客側に義務を負わせる契約でないため、コピー機等の原価を回収できないものまであったらしい。要するに、売上時のリース料総額の見積もり(=売上高)が過大となっており、その相手勘定の売上債権(=リース債権)の回収可能性に問題が発生していた。これらについてリース料債権を減額したり、貸倒引当金の追加計上が必要とされている(それぞれ23億NZドル、12億NZドル)。

 

上記のほか、いわゆる未受注・未出荷売上のようなもの(架空取引を含む)で23億NZドル、費用の繰延べに係る不正処理12億NZドルが指摘されている。

 

以上が、上述の318億NZドルの内訳となる。

 

同種の問題はオーストラリアでも発生しており、その必要修正額は111豪ドル(持分比率を考慮した2016/3/31時点の円換算額は96億円)となるという(第4章)。全て合計すると、日本円で281億の純資産のマイナスとなる。(なお、これら以外に、付随してリース資産の減損や税効果に関するさらなる修正が必要になるが、この報告書では金額を算定していない。)

 

 

「第10章 会計監査人による監査」の概要

 

会計監査人は、2016/3期までが会計事務所1-1*3、2017/3期から会計事務所2-1*3が担当しており、海外子会社はそれぞれの海外メンバーファームが行なっている*3。連結監査においては、ニュージランド子会社もオーストラリア子会社も、親会社(=富士フイルムホールディングス)の監査責任者(監査報告書に署名する公認会計士)が、これらのメンバーファームの業務を、監査上の重要性を考慮して管理する。また、両子会社とも各国の会社法の規定による法定監査も受けているという。

 

この報告書では、日本公認会計士協会の監査基準委員会報告書600号「グループ監査」に照らして、会計事務所1-1や2-1の評価を試みたようだ。しかし、限られた期間に過去数年にわたる詳細まで調査することは現実的でないと判断し、結論は留保している。

 

以上がこの章の概略だ。

 

思わず引き込まれたのは、この事案が現地ニュージーランドで報道され(2016/9/22)、その情報が会計事務所2-1にもたらされた後の、会計事務所2-1の対応について記載された部分だ。会計事務所2-1は、2017/3/21、ついに不正に関する追加の調査が必要である旨、富士フイルムホールディングスの経営陣へ正式に通知した。

 

しかし、この問題を理解する上で僕が重要と思ったのは、親会社の監査責任者が各現地監査人の専門能力や業務をどう評価するか、および、連結子会社のグループ監査上の重要性の評価に関する記述だ。特にニュージーランド子会社は、いずれの監査人にも、この件が発覚するまで重要性なしと判断されていた。

 

この報告書は、複数の財務数値などに基づいて行われたというこの重要性の判断について、具体的な問題を指摘していない。仮に僕が調査したとしても、指摘できないだろう。しかし、どうも引っかかる。どうもすっと先へ進めない。

 

というのは、この問題のニュージーランド子会社が法定監査の対象になっているからだ。現地監査人は、法定監査において、この子会社の業務内容(経営環境、業務フロー、内部統制、および会計処理プロセス)をどのように理解していたのか。法定監査は連結監査とは別物なので、グループ監査上の重要性の基準とは別に、法定監査のための重要性、即ち、遥かに細かい基準値を利用して、会社を理解しチェックしていたはずだ。上記のリース取引区分のような本業の根幹の問題に気づく機会、リスクを感じる機会はなかったのだろうか。

 

何れにしても、今後、親会社監査人が行うニュージランド事務所の専門能力や業務の評価は、今までと同じ「メンバーファームなので限定的な手続きでOK」というわけにはいかなくなるのではないか。いや、ニュージーランドだけではないかもしれない。例えば、日本の会計事務所から派遣された駐在員が安いスタッフを使って数日で監査を仕上げる、現地事務所での審査も特別扱いで緩い、監査報酬も激安、みたいな実態があるかどうかわからないが、もしあるなら、そうした現地会計事務所の評価は、メンバーファームであっても特別な注意が必要になるのではないか。

 

さて、こんなことを書きながら、ちょっと後ろめたいものを感じている。実は、僕も監査人だった頃、重要性のないものを軽視していたからだ。当時も「重要性のない子会社こそが危ない」と、審査部門から口を酸っぱく何度も言われていた。しかし、僕は、そのたびに「重要性がないものには重要性がないんだよ」と、叫んでいた。もちろん、心の中で。マンパワーもないし、コストの無駄使いに繋がることは極力避けたかったのだ。

 

しかし、改めて考えてみると、本業でない事業をひっそり行っている重要でない子会社であっても、粉飾が発覚すると連結財務諸表に相当なインパクトを与えることがある。最近では、この富士フイルムのように、株主総会までに監査報告書が入手できず、有価証券報告書の提出期限を延長しなければならないような大事になる。

 

覚えていらっしゃる方も多いと思うが、次のような事例がある。

 

 ・本田技研工業

誰もが知る超有名自動車会社だが、子会社のホンダトレーディングの食品事業部で150億円の損失(2011年)。このニュースが流れるまで、ホンダに食品事業があることを知っていた人は少なかったと思う。詳細は同社ホームページ

 

 ・メルシャン

これも有名ワイン会社で当時はキリンの上場子会社(この反省からキリンが100%子会社にした)。地方の水産飼料事業で循環取引が発覚、65億円の損失(2010年)。同事業部は、メルシャンの子会社ではなく事業部だが、本業とかけ離れており、メルシャン社内での関心が薄かったとされている。詳細は第三者委員会報告

 

 

監査上の重要性の判断は、会社およびそのグループの事業内容(事業環境、内部統制、会計処理プロセスなど)を全て理解していることが前提で、金額基準はその上で成り立つものだ。これは、外部監査も内部監査も同じだと思う。

 

そう書くのは簡単だが、実行にはコストがかかる。規模が大きい会社ほど大変だ。しかし、やらなければならない。経営者がそのコストを低く抑えたいのであれば、社内コミュニケーションが重要だ。部門・子会社の垣根を低くして風通しを良くし、光が当たらない影の部分を減らす努力をするのが賢明だと思う。(これが賢明な策なのは、“監査のため”ばかりではない。)

 

 

ここまで考えて、改めて、今回の第三者委員会報告書の目次に戻って眺めてみると、さっきと違って見えてくる。

 

読み飛ばした第5章から第9章、第11章には、きっと、富士ゼロックスの隠蔽体質・風通しの悪さが、特にアジア・パシフィックエリアの組織を中心に、色々な角度から記載されているのだろう。そしてその改善に積極的に取り組まなかった富士フイルムホールディングス経営陣への批判も記載されているに違いない。そして最終章の第12章には、社風を変えるための組織改革とか、内部監査体制の改善とか、内部通報制度などが記載されているのではないかと思う。

 

ん〜、ここまで整理できるとだいぶ読みやすそうだ。じゃあ、もう一度チャレンジしてみようか。

 

いや、多分しないと思う。僕のパソコンの中でもう1ヶ月以上開きっぱなしになって、貴重なメモリを占有し続けているこの第三者委員会報告書のPDFファイルを早く閉じてしまいたい思いが強いのだ。でもその気持ちを抑えて、リース会計にかかる粉飾のところを、次回、もう少し詳しく書いてみようと思う。

 

富士フイルムホールディングスは米国会計基準を採用しているが、リース会計に関しては、日本基準とそう違わないはずだ(僕の記憶だが)。それをお読みいただければ、ニュージランド子会社の会計基準の解釈の何が悪いのか、そして、僕が“大胆な粉飾”と書いた理由について、もう少しわかっていただけるように思う。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 この記事へのリンク。

 

富士ゼロ会計不祥事、HDの責任追及「不十分」  7/17 日経電子版有料記事

 

有料記事の内容を記載することは憚られるが、最終段落の見出しが(富士フイルムホールディングスの)「ガバナンスは最低ランク」であり、その文章の最後が『カーン氏は「株主の代表である社外取締役が最高権力者の古森氏を監督するガバナンス体制作りが何より必要だ」と指摘する。』であることを紹介しておこう。かなり辛辣に経営者を批判した記事となっている。

 

翌日の日経ニュースメールでは「これでよかったのか 富士フイルムの富士ゼロ不正対応」というタイトルで、同じ記事へのリンクが配信されていた。

 

*2 富士フイルムへの第三者委員会報告書へのリンク

 

(差替)「第三者委員会調査報告書の受領及び今後の対応に関するお知らせ」の ファイル差替について 6/12 同社ホームページ

 

*3 監査法人の名称がなぜか報告書に記載されていないが、次のようになる。

 

会計事務所1-1 = 新日本有限責任監査法人

会計事務所1-2 = アーンスト・アンド・ヤング(EY)のニュージランド事務所

 

会計事務所2-1 = 有限責任あずさ監査法人

なお、あずさ監査法人はKPMGのメンバーファームなので、会計事務所2-2はそのニュージランド事務所と思われるが、会計事務所2-3という記述もある(P177)。僕にはそれが何を指すのかよくわからなかった。

 

 

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