605【番外編】統計問題の解決
2019/02/25
統計が信頼できるとメディア報道の検証もできる。そんな例を見つけたので紹介したい。英国では国家統計を“国家統計局”が作成しており、“国家統計局”は内閣から独立した機関となっている*1。
ホンダ英国工場撤退で大騒ぎの不思議 コリン・ジョイス氏
Newsweek日本版 2/23
みなさんもご存知のようにホンダが英国工場を2年後に締めることを決めた。これが英国でも大いに話題となって、3,500名の工場従業員や地元スウィンドンに同情し、さらには英国製造業全体に対する「ボディーブロー」だとするニュースがたくさん流されたそうだ。
しかし、コリン・ジョイス氏は、このニュースと同じ日、英国の失業率が「1975年以来で最低水準(最低水準とは失業者の比率が最も少なくて素晴らしい状態のこと)」というニュースもあったと指摘する。
この2つのニュースを合わせて理解すれば、「3,500人の労働者が職を失うが、イギリスでは日々1,216人が新たに職を得ている」ことになる。コリン・ジョイス氏は「今の状況は、良いニュースよりも悪いニュースを極端に偏重するメディアの傾向を物語っているように思う。それに、多くの人が「ブレグジット大惨事」の筋書きに飛びつきたくて常にうずうずしていることを明確に示してもいる。」としている*2。
なるほど、事実は「3,500名の失業が発生する」と「毎日労働人口が1,216名増えている」であり、3,500名の失業など、たった3日で解消されるかもしれない。
ただ、当事者であるホンダのスウィンドン工場従業員にしてみれば、突然の悲報・悲劇であり、大袈裟な報道で注目が集まった方が多少心が鎮まるかもしれない。一方、スウィンドン以外の人々にしてみれば異なる評価だろう。このニュースがブレグジットに関連づけられ、大袈裟に英国衰退の予兆のごとく報じられたのは、事実を正確にイメージすることを阻害されたという意味で迷惑だったに違いない*3。
さて、ここで日本の問題、例の国家統計問題へ話題を移そう。
毎月勤労統計は厚生省が不正の事実を認めたものの、報告書の適切性や肝心の防止策の策定が蔑ろにされていると僕は感じている。しかし、国会では首相官邸が不正の意図を持って統計を操作したのではないかと別の観点から問題提起され、その事実解明に衆議院予算委員会の多くの時間が割かれている。そして、「与党側は「予算委員会で審議時間は積み重なりつつある」として、新年度予算案の年度内成立に向けて来月1日にも予算案の採決に踏み切る方針*4」だそうだ。
仮に首相官邸に不正の事実が認められた場合、不正を企画した者・実行した者の処罰に焦点が当たってしまい、“統計の信頼性を担保するガバナンス問題”が蔑ろにされるのではないだろうか。
“統計の信頼性を担保するガバナンス問題”とは、厚生省は正確な統計を作成・公表しようという意欲に欠け、人事を含めた管理も適当だし、システム開発・保守にもコストをかけてこなかったことだ。それが今回の毎月勤労統計問題に表出したと僕は思っている。同様のことは他の省庁でも見受けられる。これをどう解決するかこそが僕の関心事だ。このままでは国家統計に対する信頼が回復されず、民主主義や適切な政策策定に支障をきたす状態が続くのではなかろうかと心配になる。
一方、首相官邸に不正の事実が認められない場合、或いは、野党がそれを追求しきれない場合は、全ての問題が蔑ろになる。上述のように与党は単に審議時間を消化させているだけで、本格的な問題解決をしそうにない。
野党はこの問題が発覚して、「厚生省が特別調査委員会の報告書を手際よく出してこの問題を早々に片付けようとするのは、何か裏がある。それは首相官邸によるもっと大きな不正だ」と考えたのだろうか。早々に照準を統計のガバナンス問題から首相官邸に移した。しかし、意図の有無を問うような、事実認定が難しいところに飛び込んで時間を費やしている。この努力は報われるのだろうか。どうも心配だ。
コリン・ジョイス氏は、英国の労働統計を特段疑問を持たずに用いてる。それによると、英国では賃金も実質で3.4%も上昇しているという。労働者不足で賃金上昇という市場原理に沿った自然な状態にあるわけだ。一方、日本では実質賃金が増加したのか減少したのか、どちらか分からない状態だ。これでは、政策の評価も立案も難しい。野党は何を解決しようとしているのか*5、無駄な政局争いにはしないで欲しい。
安倍政権に問題があるのは間違いないが、野党にそれを突き詰めて改善させる力はあるのか、足りないように感じる。有権者としては何をしたら良いのだろう。
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*1 Wikipedia「国家統計局 (イギリス)」
*2 コリン・ジョイス氏は、さらに、英国における製造業、日本における農業の社会的イメージに視点を広げていて面白い。一読をお勧めする。
なお、僕はわざと、失業が発生するのは2年後で、労働人口が増えたのは2018/10-12の(前年同期比較)こと、という時間のズレがあることを記載しなかった。したがって、失業の発生と労働人口の増加はうまくタイミングが合わない可能性がある。ただ、スウィンドンの労働者は、直ちに職探しを始めることが可能だ。それほどタイム・ラグは大きくない。
*3 この伝え方は何かに役立っただろうか? もし、このニュースが双方の危機感を高め、交渉に向かう姿勢を変化させるのに役立ったのであれば良いのだが。
*4 NHKニュースWeb(2/25)より。
*5 現在の統計の不備は、統計の信頼性だけでなく分析の難しさにもある。
国家統計は単に算出して公表すれば良いというものではない。それを政策評価や政策立案に活かせなければならない。それには統計を分析できることが必要だ。なぜ統計数値が変化したのかしなかったのか、その理由を把握できる計算過程が必要だ。それには統計算出過程を絶えず見直す必要がある。統計対象事象の状況を反映するできているかどうか、毎年チェックすることが必要だ。ちょうど、会計方針の変更の必要性を毎年チェックするIFRSのように。
しかし、野党は「なぜ作成方法を変更したのか」と“変更”にばかり注目している。まるで変更してはいけないかのように! しかし実際は、「失業率が下がっているのに賃金が上がらない」という市場原理とは違う状況が何年も計測されており、それに関する有効な説明ができていなかった。したがって、説明のための分析ができるように作成方法を見直すのは当然だ。問題は、見直し内容がそういう分析に耐えられるようなものだったかどうかであって、見直し指示があったか、なかったか、というのは本筋ではないと思う。
ちなみに、官僚は「前年と同じ処理・同じ作成方法」が楽で、変更を嫌がると思う。より良い方法へ変更することは、必要なことであり、そうしなければ怠慢だ。したがって、変更を嫌がることそれ自体が問題だ。野党はそういう認識で統計を、この問題を扱っているだろうか。
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