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2019年5月 7日 (火曜日)

608【番外編】平成の歌はスガシカオ『Progress』〜平成を象徴する会計基準は減損会計

2019/5/7

すでにみなさんは、あちこちで耳にタコができるぐらい“平成”時代の位置付けを聞いているだろう。冷戦とバブルが終わり、昭和の清算を強いられた停滞の時代。大災害に見舞われた時代。国際化の時代。日本のスポーツが世界に躍進した時代。日本が戦争しなかった時代。

 

企業会計の世界では、2000年(平成12年)ごろに“会計ビックバン”なるものが起こった。日本の会計基準が一気に世界に追いついた時期だ。代表的なのは、減損会計、金融商品会計、退職給付会計だ。それを税効果会計がサポートした。

 

一部の方には意外かもしれないが、伝統的な“取得原価主義”はバブルを煽った。資産価額が支出額でB/Sに計上される取得原価主義は、取得額が割高でも是正されないため、いわゆる含み損の蓄積を誘発し、企業の財政状態を蝕んだ。それに気がつかない、或いは、気がつかないふりをした金融機関は融資額を膨らませた。これがバブルだ。もちろん、当時も著しい価値の下落について評価損を計上する実務はあったが、今に比べれば非常に限定されていた。

 

例えば、バブル崩壊後も「地価は下がらない」という神話がなかなか消えず、「土地の評価損計上などありえない」という人もいた。さすがに90年代後半(平成7年とか)になると、土地価格の下落が無視できなくなり、評価損を計上する企業も現れた。でも、“著しい下落”と“相場のある”という条件が、評価損計上対象を狭め、かつ、処理を遅らせていた。

 

取得原価主義はP/L中心主義でもあった。「事業利益が計算できれば良い、B/Sは気にしない」という考え方だ。財務諸表の作り手も読み手も、資産や負債の価値に対する関心が著しく低かった。ところが、バブルはB/Sに潜んでいた。上記の3つの会計基準はこれを是正するもので、バブルの反省でもある。もちろん、国際的な会計基準動向が大きいのだが。

 

金融商品会計基準は、相場のある、或いは、時価が計算可能な金融商品に対し時価を付すことを要求した。それ以外の時価のない資産・負債の価値については、減損会計が評価損を要求した。退職給付会計は、従来の“発生した(退職)コストをB/Sへ積立てる”のではなく、B/Sに計上すべき退職給付債務の価値変動から逆算した費用をP/Lへ反映させるという発想の転換を要求した。これらは全てB/S項目の価値変動を起点にしてP/L計上額を計算するという、従来のP/L中心主義と逆の発想を要求した。

 

企業はこれらの会計手法を導入するにあたり、痛みを伴うことが多かった。それまで監査人を応援団、若しくは、無害な人と思ってた経営者もいたかもしれない。でも、この3つの会計基準の導入は、監査人に対する見方を“サディスト”に変えていった。その責めの厳しさは、会計基準ごとに異なる。

 

金融商品会計には、評価益を計上できる可能性があったし、B/S項目に時価を付すことは比較的納得を得やすいので、財務諸表作成に手間がかかるものの、導入は割合スムーズだった(金融庁の検査対象となる自己査定のある金融機関を除く)。

 

それに比べると退職給付会計は、退職給付債務の価値を計算するにあたり、様々な前提・仮定をおいて自前ではできないような複雑な計算を行うし、一時的ではあっても多額の費用計上を伴ったので抵抗は大きかった。しかし、従来の退職給与引当金が全く経済実態を表しておらず、多額の費用計上が退職制度のあり方に起因したものであったことが多かったから、退職金制度見直しへもつながって、抵抗が吸収されていった。労働組合が弱いのも手伝った。

 

これらに比べ減損会計は企業経営者に大きなショックを与えた。即ち、「監査人=サディスト」のイメージを広げる働きが強かった。

 

すでに、この時期までに多くの会社がバブルの清算を済ませていた。清算の痛みは会社によって異なるが、会社によっては、せっかく蓋をして隠したバブル時代の臭いものを、蓋をこじ開けて腐臭を解き放ち、玄関前に並べさせられたというひどい体験をした直後の時期だった。しかし、それがバブルの清算であればやむをえなかった。むしろ、きっかけさえあれば早く処理したいという本音もあった。腐ったものは、隠しただけではなくならない。なくなるどころか、放置して腐敗が進めば会社の存続を危うくすることもある。実際に多くの企業が破綻していた。減損会計を導入した時期は、ようやく清算を終えて、ホッとしていたタイミングかもしれない。

 

バブル後に、新しい事業を始めるなど多角化したり海外進出する企業は意外に多かった。環境が変わって従来の事業だけでは成長できないのだから、企業としては生き残りをかけた当然の戦略だ。しかし、物が売れないデフレ時代に事業リスクは高まっていた。成功は厳しくなった。昔のイケイケどんどんの感覚が消え切らず、市場調査も製品研究も不十分な状態で進出した事業であればなおさらだ。

 

当時、単年度のP/L予算を策定している企業は多かったが、複数事業年度に渡るB/S・キャッシュフローを考慮した事業計画を策定している企業は少なかった。「日本企業は長期的経営」などと自画自賛の自画像を描いていたが、実際には、長期的経営は経営者(しかも、一部の!)の頭の中にしかなかった。それを実行するのに必要な経営管理ツール、将来像を社内で共有する具体的な経営管理ツールを、かなりの企業が持っていなかったのだ。

 

そこに減損会計が入るとどうなるだろう。せっかくの生き残り戦略が否定されかねない…

 

当時の経営者にすれば、バブルは先輩経営者の責任だからまだ言い訳ができるが、減損会計導入時の損失は、自らの経営責任が問われることになる。

 

・2期連続赤字で翌期も黒字が見込めない事業(キャッシュフロー生成単位)は減損対象。

 

・事業から見込まれる正味のキャッシュ・イン・フローが、事業資産評価額の上限。


・事業計画の策定や事業評価という経営の専権事項を、お節介にも、会計基準に要求される。

 

・割引価値の考慮までを求められる。

 

会計基準からこんなに鞭をいっぱい受けて、実行しても、監査人からさらに甘さを追求される。やむなく減損損失を計上した事業は、経営失敗の烙印を押されたも同然だったから、減損会計にナイーブになる経営者が現れても当然だ。

 

監査人が会計基準を作ったわけではないので、会計基準の中身について監査人が非難されるのは筋違いだが、一部の経営者は他に怒りの持って行きどころがなかった。それに監査人に凄みをきかせれば監査が甘くなるという期待もあったのだろう。この後、監査人交代の噂話・裏話で、減損に関する経営者と監査人の意見の相違というのがよく聞かれるようになるので、この基準の放つ鞭は監査人にも厳しかった*1

 

僕が監査報告書にサインするようになったのはちょうどこの頃だ。減損会計などを導入・定着させるちょうどその時期に、僕は監査の現場責任者やパートナーとして会社と密接にコミュニケーションする立場だった。おかげで緊張の瞬間を何度も経験した。

 

不思議とやり甲斐こそ感じたものの、不幸を嘆いたことはなかった(と思う*2)。この基準こそバブルの反省という思いが強かったからだ。あの悲惨なバブル清算を2度と繰り返さないために、含み損の可能性を徹底的に摘み取ろうと思っていた。

 

そもそも、事業に失敗はつきもので、悪いのは失敗を放置することだ。それが積み重なると企業の生き残りを危うくする。これは経営の怠慢だ。減損会計は、このような状況に対して次のような警告メッセージを発する。

 

減損が出ないように早め早めに問題解決の手を打とう、それでも減損が出るならもっと大きな方向転換をしよう、企業の存続自体を危うくする前に。そのためには長期・短期の目標と現実の差異、或いは、進捗状況をタイムリーに正しく認識しよう。PDCAサイクルを回せ!

 

どうだろう、前向きではないだろうか。そう、実は、前向きな会計基準だ。

 

今回は、『Progess』に触れずにきたが、ここから『Progess』の歌詞*3が関わってくる。しかし、長くなってしまったので続きは次回に繰り越したい。

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

 

*1 この他、減損会計の厳しさのために、日本企業の経営が消極的になったという批判もあるかもしれない。

 

リーマン・ショック前の数年、そしてまたアベノミクスが始まってから、日本企業の経営者の能力に疑問符が投げかけられることが多くなった。日本経済が停滞しているのは経営者が投資を怖がって、B/Sに現金を滞留させているからだ、即ち、投資や従業員・仕入先に対する適正な報酬支払に対する経営者の消極的な態度が、日本経済の活力を奪っている、デフレの一因、という批判だ。

 

「もしかしたら減損会計の影響だろうか?」との考えが頭をよぎることがある。減損会計は経営者経由で日本経済にも鞭を入れてるのか!? 

 

ただ、減損会計は世界の主要国が似かよった内容(米国と日本はほぼ同じ、その他もIFRSで共通)で導入している。日本だけ厳しい基準、ということはない。それでも減損会計が日本の経営者を萎縮させたというなら、やはり日本の経営者に問題があるのだろう。と、僕は自分で納得している。

 

*2 カッコつけたつもりはないが… 例えば、愚痴を言って酔い潰れたようなことは覚えていない。都合の良い様にしか覚えていないという生来の性格によるのかもしれない。いや、他の件でなら頭にきて相手に説明資料を投げつけたくなったことを覚えているから、やはり、減損会計に関することではなかったと思う。ちなみに、書類を投げつけたくなった相手は経営者ではない。中の人だ。

 

*3 『Progess』にご興味のある方は、次のページをどうぞ。一番下に歌詞がある。

 

NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』の紹介ページ

 

 

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