日記・コラム・つぶやき

2011年9月18日 (日曜日)

災害ボランティアの貢献とその活用(3/3)

最後にボランティア・センターの運営に関連し、地方自治体や各地域の社会福祉協議会が直面しそうな問題について記載したいと思う。特に僕の地元静岡は30年以上前から地震のリスクが叫ばれている。経済効果210億円とは凄い金額だ。果たして活用できるかどうか。

 

=自治体等のボランティア活動に対する平時の備え=

災害発生時にボランティアを活用できるかどうかは、行政として非常に重要なテーマになると思う。人口2万人の七ヶ浜町が年換算で6億円の収入を得るとすると人口70万人の静岡市が同様にボランティアを活用した場合は人口比35倍の210億円ということになる。しかしそんな簡単に活用できるものではない。ソフト面・ハード面の備えが必要だ。

 

まず、ボランティア・センターの運営組織の準備やノウハウの取得が必要だ。七ヶ浜町では7月まで他地域(山口県)の社協職員がサポートに参加していた。静岡の社協職員もいずれかの地域でボランティア・センターの運営を体験したと思われるが、そういったものをしっかりまとめておく必要がある。ボランティア・センターの運営には、上記に記載したマッチング系以外にもいろいろ悩みが出てくるようだ。社協の通常業務と全く違う業務に社協職員がどう向き合うか、身一つできたボランティア、或いは自家用車の中に宿泊しながらボランティア活動をする強者ボランティアをどうサポートするか、ボランティア活動への理解と意識が薄い行政当局との折衝・説明など、七ヶ浜町の社協でも相当苦労や葛藤があったようだ。

 

また、ボランティアは自発的に行われるものであり、ボランティアに対して上から目線はNGだ。無理をさせて翌日の仕事(ボランティア活動ではなく、その人が生計を立てている仕事)に差障ってはいけない。しかしあまり自由にさせても被災者の神経を逆なでするようなことをしでかす可能性がある、というかたくさん来る人の中には必ずそういう人もいる。一方で充実感を持って帰ってもらってリピーターのボランティアとしてまた来てもらいたい。そして被災者の役にも立たなければいけない。このような中で、ボランティアにどう接するのがよいのかノウハウがある。そして多数のボランティアを組織的に動かすには現場リーダーの質が重要となるが、それをどう確保するか、育成するか。

 

七ヶ浜町のボランティア数200人を人口比で単純に35倍すると静岡は7000人のボランティアを受けいれることになるが、7000人のマッチングを一か所ではできまい。どうやってやるか? そもそも、想定される東海・東南海・南海連動の大地震の際には、ボランティアは関西や中京を優先し、静岡を素通りするに違いない。浜松もある。沼津や富士とも競争だ。静岡に足を止めてもらう工夫、関西や中京より静岡を助けよう、静岡が働きやすい、やりがいがある、と思わせる工夫は考えられているだろうか。或いは県内自治体で何らかのボランティア活用組織を共同で作るとか。

 

また7000人のボランティアが必要かどうかは被害想定による。どの程度の被害ならどの程度のボランティアを確保することが好ましいか、ボランティアに被災していない宿泊施設を提供できるか、テントを張ったり車中泊する人に場所を提供できるかなど検討項目は色々ある。ボランティア団体や宗教団体、旅行会社との日頃の付き合い方もあるだろう。

 

210億円の事業だから当たり前だが、事前準備なしにできる気がしない。我が町静岡はどうしているだろうか、故郷の沼津はどうだろうか、気になるところだ。

2011年9月17日 (土曜日)

災害ボランティアの貢献とその活用(2/3)

今日は、ボランティア・センターの運営やその経済効果について記載したいと思う。ボランティアは所詮素人集団だとバカにしてはいけない。被災者の気持ちになって、自分たちを助けようと自発的に集まってくる素人集団を想像してほしい。

 

=ボランティア・センターの運営~主としてボランティア作業の割当(マッチング)=

ボランティア・センターは、住民等からのボランティア作業の要望を集め、ボランティアに割当てる。ボランティア・センターの運営主体は社会福祉協議会(通称社協)で、普段は障害者のお世話などを行っているが、災害時にはガラッと業務内容を変えてボランティア・センターの運営を行っている。

 

ボランティア・センター・スタッフの仕事を詳しくは知らないのだが、住民からの要望・ニーズの収集は社協のメンバーが行っているようだ。少なくとも現地の人でないとお年寄りなどの詳しい事情は理解できない(言葉の問題と地域特有の状況への知識と理解)。ボランティアの申込者数やボランティア人数の予想と、ボランティアへの要望・ニーズを突き合わせ、スケジュールをまとめる。それを毎日朝「今日のボランティア作業」として来場したボランティアに提示し、どの現場に行くかボランティアに手をあげさせる。その際、団体(昨日記載の①~③)は、予め作業に割当てられている。団体がカバーできない現場、作業に④の個人が手をあげる。

 

ボランティア・センターはその日のボランティア作業が終わった後に現場リーダーを集めてミーティングを行う。その日の報告や翌日の作業割当についてリーダーたちの意見を聴いたり、指示を与えたりするのだろう。リーダーたちの意見は柔軟に取り上げられて改善が図られている印象だ。

 

=作業の実施=

現場ごとにリーダーが配置される。リーダーは、特に力仕事系はすべてベテラン・ボランティアだが、現場作業のことはかなり権限委任されているようだ。ボランティアはリーダーから作業内容や注意点を教えてもらう。どの現場でも初めての人の割合が多いので、一週間いると被災者の気持ちを大切にすること、被災者が現場に現れたときの態度、怪我をしないこと、熱中症対策などを繰返し習うことになる。

 

=ボランティアの経済効果=

7月に僕が行ったとき定休日はなかったが、その後月曜日が休みとなった。毎日平均二百名が週6日労働し、日当や昼食代、現地・現場への移動・宿泊経費等を含め一人当たり一日1万円かかるとすると一週間で12百万円、月5千万円、単純年換算6億円の経費がボランティア負担となって、七ヶ浜町や住民は節約できることになる。ボランティアの中にプロが混じることもあるが、ほとんどは素人の集団であることが多く、一日一万円のコストが果たして適正かという問題はあるが、ボランティアが適切な態度で現地住民に接し、また作業する前提で、以下の効果もある。

 

 全国から自分の地域に人が集まってくる状況を見て、この被災地域が社会から忘れられていないという安心感を生む。または社会からの疎外感を減ずることができる。

 特に直接作業を受けた被災者は前向きな力、気持ちを得ることが多い。

Ø 住宅地の瓦礫整理などは被災者がどう頑張っても個人でやることは無理だが行政はやってくれない、手が回らない。

Ø 自分の敷地で数十名のボランティアが真面目に作業している姿になにか温かい、前向きなものを感じる。

 将来ボランティアが町のファンとなって戻ってきてくれる可能性(観光客として)。

 長期ボランティアの中には住み着いてしまう人もいるかもしれない。

 

ボランティア同士の会話で、本来七ヶ浜町は良い街だ、美しい街だ、菖蒲田浜の砂は細かくていい、などと聞こえてくる。

2011年9月16日 (金曜日)

災害ボランティアの貢献とその活用(1/3)

前回少し記載したが、震災地域へ行って昨日戻ってきた。被災地で監査人や会計士として役立つことはない。僕の価値は肉体労働力だ。しかし、帰り際に次回は現場リーダーをやってもらいたいと依頼されたので、また行くことになりそうだ。まだ肉体は若いのだろうか。

 

さて、前回(7/23掲載の「東日本大震災の「復旧」と東北人(番外編)」)と同様、今回も再び番外編でIFRSは出てこない。その代り僕が体験したいわゆる災害ボランティアがどんなもので、ボランティアにどんな価値があるか、地方自治体、特にわが町静岡はそれを活用できるかといったことについて、僕の思うところを3回にわたって記載したいと思う。1回目はまず現状説明だ。

 

=現地の様子=

僕が行ったのは仙台市の東方、石巻・松島の手前の七ヶ浜町だ。車で30分、1時間の範囲に、被災直後に悲惨な状況が報道されていた仙台市若林区、津波が襲う様子がテレビで再三放映されていた仙台空港のある名取市があり、車で十数分のところにはイオンの屋上から津波に襲われる様子が撮影されユーチューブに動画が投稿されて話題になった多賀城市や同じく塩竃市がある。七ヶ浜町もやはり十メートルを超える津波に襲われた。リアス式海岸というほどではないが、小高い丘が海にせり出す地形で海岸が七つの浜(正確には八つらしい)に仕切られていることからこの町名になっているそうだ。丘の上は津波を免れたが平地の住宅の多くは全壊、半壊の被害を受けている。人口は約2万人、面積も狭く車で5分も走れば突き抜けてしまう小さな町だが、東北電力の火力発電所があるせいか、スポーツ施設等が充実しており自治体としては裕福な印象を受ける。しかし、これらの施設はグラウンドを瓦礫の集積所にされたり、仮設住宅が建設されたり、僕がお世話になったボランティア・センターとして利用されたりしている。地震のひび割れでいまだ使用できない施設もある。

 

=ボランティアの仕事=

僕が行っていた先週から今週にかけての期間、ボランティアは平日でも200名ぐらい、土日ではその倍ぐらいが来ていた。前回7月の倍ぐらいに増えている。大学生が夏休みでたくさん参加していることも一因だが、多賀城市や塩竃市のように県外ボランティア受入れを止める自治体が増える中、七ヶ浜町は県外ボランティアを一貫して歓迎し続けていることも大きい。もちろん宮城県内からきている人も多いが、日本全国北海道から沖縄までの人が来ている。外国人もいる。そして仕事は、被災者からリクエストの多い全壊住宅跡地の瓦礫除去や半壊住宅の壁抜きなど力仕事がほとんどであるが、被災者の引越し手伝い、写真など津波に流された遺留品の洗浄、仮設住宅等にある集会所での被災者のメンタル・ケア、ボランティア・センターの雑用などだ。僕は仲間から「おまえは顔が怖いので被災者と接しないように」と忠告されていたので、今回も前回ももっぱら力作業をやってきた。

 

=ボランティアの分類=

ボランティアは便宜上、団体と個人に分けられる。団体は①会社などの組織でまとまって来る人たち、②旅行会社や大学生協などのツアーを利用してくる人たち、③西本願寺など宗教団体の宿泊施設やレスキューストックヤードなどの災害ボランティア団体が確保した宿泊施設・移動手段を利用してくる人たちがある。これ以外に④全くの個人で直接ボランティア・センターに来る僕のようなボランティアが常時二~三十人いる。①の中には半ば会社命令に準じたケースもあるだろうが、基本的には個人が自発的に①から④の枠組みを利用してボランティア・センターへ来る。

 

ハードなのは②のうちの旅行会社の弾丸ツアーだ。夜行バスで中国地方や関西、中京方面から来て午前中に到着し、翌日の午後にはまた夜行バスで戻っていく。作業の熟練度は低くとも、作業態度は真摯だ。このように1日、半日、数日という人が多いので、僕のように1週間単位で来る人は割と長期とみなされる。しかし、③や④の人たちの中には、数か月に及ぶ長期間ボランティア活動を行う人々がいる。地元の人もいるが、県外の人もいる。こういう人たちがボランティア・センターの運営をサポートし、現場リーダーを引き受ける。

 

さて、みなさんも弾丸ツアーなら土日を利用して被災地へ行くことが可能だ。弾丸ツアーを利用するかどうかは別として、テレビや人伝えでなく、ご自身が一度現地に足を運んでみることを僕はお勧めする。増税議論など色々有権者が判断しなければならないことは多い。

2011年7月27日 (水曜日)

NHKスペシャル「なでしこジャパン 世界一への道」 に関連して

先ほどビデオを見たが、みなさんに報告したいことがある。それは選手が自分で考え、行動し始めたことを、なでしこのチームとしての成長ととらえ、優勝の要因としていることだ。トップダウンも大事だが日本企業はもともとボトムアップの優秀さが評価されていた。もう一度それを見直そう。原則主義のIFRSを導入するには現場力が重要だ。

(番組のあらまし)

勝手な僕の解釈で申し訳ないが、NHKは選手へのインタビューから、サッカーの技術論ではなく、チームが成長する過程で起こった個々の選手の精神的な成長に焦点を当てていると思われる。特に次の2つだ。一つはよく言われる諦めない気持ち、もう一つは優勝という目的のために選手がより積極的自主的に考え行動するようになったことである。特に後者の観点から番組内容を要約すると以下の通りであると見える。

①若い選手は澤選手にあこがれて日本代表に入ってきた。

 ・北京オリンピックでは「苦しいときは私の背中を見なさい」と澤選手が若い選手を
  引っ張っていた。

③予選リーグではまだなでしこの歯車は噛み合っていなかった。

 ・イングランド戦では疲れもあって積極性が出せず、かつ、試合中にその軌道修正が
  できないまま完敗した。

 ・準々決勝のドイツ戦の前まで練習を減らして疲れを取ること、試合では積極的な
  気持ち(パス回し)を選手側から提案し、議論し、監督も受け入れた。

④決勝のアメリカ戦では、逆に若い選手たちが澤選手を後押しした。

 ・開始20分はアメリカの勢いを止めるのに精一杯だったが、なでしこは監督からの指示を
  きっかけにキーパーの海堀選手、センターバックの岩清水選手が中心となって試合中
  に軌道修正し、ペースを引き寄せた。
 

 ・後半アメリカの戦術変更が当たり先制された。すると監督の指示を待たずに澤選手は
  自主的な判断でポジションを前目に変え、それが宮間選手の同点ゴールの背景と
  なった。

 ・延長前半に追加点を取られると川澄選手の提案によって右サイド前目のポジションを
  丸山選手と入替した。それがアメリカの猛攻を防ぎ、かつ、あのコーナーキックの背景
  となった。

 ・コーナーキックからの同点弾は宮間選手の発案に澤選手が反応し成功したもの。

 ・澤選手はPK戦を若い選手に委ねて自分は蹴らなかった。

(僕の解釈)

どうだろうか。時間の経過とともに若い選手の成長がチームの成果に結びついてきているのがお分かりになるだろうか。監督と選手、チーム内での澤選手と他の若い選手の関係が変化してきているところが面白い。その結果チーム全体が活性化している。

北京五輪後と今回のワールドカップでの宮間選手のコメントの違いが象徴的だ。北京のインタビューでは澤選手に対するあこがれが表情に現れているのだが、今回は澤選手を尊敬しつつも、チーム全員の勝利であることを強調している。

また佐々木監督も、澤選手が単独に素晴らしい選手というよりは、なでしこのなかにいてこその澤選手だ、という感じのコメントをしていた。まわりの選手の成長があってこその発言だ。

(IFRSで成功するには)

いままで何度も「より高次元の目的・目標を持つ」ことを強調してきたが、そうなることは現場の成長なくしてありえない。細かいルールで縛るのではなく、現場にもっと自由と責任を与え、成長を促すことが重要だ。現場とはいわゆる営業現場や製造現場ということだけでなく、CFOにはCFOの、経理部長には経理部長の、経理部員一人一人にも現場がある。もちろん、営業も製造も、研究開発部門にも現場がある。要は、一人一人がもっと自由と責任を持てる仕組みを構築する必要がある。

IFRSを導入するに当たっては、IASBのせいにしてはならない。IASB頼みはだめだ。原則主義のIFRSに細かいことが書いてないのは当たり前だ。趣旨を理解し、現場を理解し、判断に各自が責任を持つのが良い。だからFASBの影響を受けてIFRSが細則主義的になることを僕は危惧している。次回からはこの観点から、日本公認会計士協会が7月22日に公表した下記の文書を検討してみよう。

『IFRS財団評議員会の戦略レビューの報告「グローバル基準としてのIFRS:財団の第2の10年に向けての戦略の設定」に対する意見について』

これはいま企業会計審議会で議論されている日本のIFRS導入に関する議論を理解するうえでも重要な視点を与えてくれるだろう。なぜなら、IFRSが何を目指しているのかの一端が垣間見られるからだ。我々は、或いは企業会計審議会のメンバーはIFRSの性格を正しく理解しているだろうか。さて、お楽しみに。

2011年7月23日 (土曜日)

東日本大震災の「復旧」と東北人(番外編)

最初にお断りをするが、今回はIFRSの話ではない。ブログをさぼった一週間は、仙台方面のある町の災害ボランティア活動をしていた。僕は主に津波被害にあった家の瓦礫を取り除いたり、被災者の引っ越しの手伝いなどをしたが、その町はまだましな地域ようだ。名取や石巻などその他の被災地の状況も被災者の生活も復旧には程遠い。しかし、僕が会った人たちはみな力強くも優しく生きていた。その報告をしたい。

 東日本大震災の被害の総額についての報道をネットで拾ってみると次のようになる。(いずれも福島第一原発事故関連の損失を含まない。)

 3/25 政府試算 16兆円~25兆円

 6/24 内閣府推計 16.9兆円(直接被害のみ)

途方もない金額だ。しかしこれがすべてではない。内閣府の推計は主に社会インフラなどの固定資産の損害を対象にしており、被災者が収入を絶たれ、預金を取り崩して或いは負債を増やして生活をしている状況は考慮されていない。小学校が丸ごと流され、将来を担う人材を多数失った過疎の町はこれからどうなるであろうか。瓦礫が散乱している農地では農業ができない、それを取り除く重機も、それを操作できる人材も足りない、まだ動いていない信号が散見される街中ではまだ商業施設や飲食店が戻ってない、いや、もう戻らないかもしれない。

とりあえず、避難所、仮設住宅等々が整備され、生き残った人たちの生活は不自由なりに小康状態となったかもしれない。しかし、そこまでである。とても「復旧」などという言葉は当たらない。まだまだみんなで関心を持ち続けなければならない。

しかし、単に関心を持てばよいということでもない。実際に自分が被災しないとちゃんと理解することは難しいと思うが、被災者の感情とは繊細なもののようだ。誰も自分の弱った姿や自分の町の惨状など外部の人に見せたくない。例えば、ボランティア作業の現場を記念に写真に残しておこうとカメラや携帯を構えることはやってはいけないことの一つだ。被災者にとっては、自分の家の無残な姿を他人の写真に残される、自尊心を傷つけられることなのだから。そんな感情もあってか、他県からのボランティアを受け入れない地域もある。改めて、人の立場になって考えることの大切さを考えさせられる。

津波に流され、ほぼコンクリートの土台しか残っていないお宅の敷地にある瓦礫を数十人で肉体労働、力作業で取り除いていた時のことだ。炎天下だというのに、仮設住宅からだろうか、その家の奥さんが我々の作業をわざわざ見に来てくれた。そして少し訛りのある語り口でぼそっと言った。「昔の地図にはうちの名前がちゃんと載っていたのに、新しい地図にはもう載っていない。ここにはもう住むなってことかもしれない、住めないかもしれない」と。厳しい現実だ。

我々は、作業の最後にそのお宅の庭に小さな畑を作って向日葵の種を蒔くことになっている。阪神大震災の時のエピソードに由来する儀式だそうだ。種蒔きを終えた畑を見ながら、向日葵が咲いたらこの場所も綺麗に見えるし、生命の力強さを感じられる。そんな話をしているとその奥さんが言った。「もう一度この場所で生活してみようと思います。みなさんに勇気づけられた気がします」と。とんでもない、その言葉を聞いた我々が本当に感動した。いま蒔いたばかりの向日葵の種がもう大輪の花を咲かせたようなものだ。

今回は、まったくIFRSに関係のない話になってしまったが、もうひとつエピソードを。

ボランティアの中には、テントや自家用車に寝泊まりしている人も多い。しかし、軟弱な僕は隣町の塩釜市や多賀城市に宿をとった。その多賀城のホテルも被災していて1か月前に営業を再開したばかりだ。そしてそのあたりには、津波でおぼれて亡くなった方々がたくさん流れ着いていたらしい。斜向かいに、大工に頼んでも手が回らないからと、ご主人が自分で店を直して営業を再開した中華料理屋がある、広東麺がうまいと評判だと聞いて、夕食を食べに行った。もちろん僕はボランティアをしに来たなどというわけもないのだが、ご主人は服装や雰囲気で分かったらしい。食事が終わってレジで精算を済ませると、そのご主人は「冷えているから飲んでください」と言って、そっとリポビタンDを僕に差し出してきた。もう、この地の人々には感動させられっぱなしだった。

自分たちは被災していて親族や知人を失くし経済的にも大変で、しかも他県から来たボランティアには複雑な感情がある、しかし感謝の気持ちと思いやりを持って接してくれる。そんな素晴らしい人々がいま苦しんでいる。

2011年7月22日 (金曜日)

なでしこJAPANの勝因

僕がブログをサボっていた一週間の間に素晴らしいことが起こった。ご存じのとおり「なでしこJAPAN」がワールドカップを制覇した。その勝因を僕なりに考えてみた。それは「目的・目標」の持ち方にあったのではないだろうか。僕はサッカーは好きだが、戦術や技術論、個々の選手の活躍をここに記載するつもりではない。「意識の持ち方」が結果を左右する可能性ついて書いてみたい。

 

(フジテレビのアナウンサーへの違和感)

準決勝のスウェーデン戦はフジテレビで観戦した。フジテレビのアナウンサーは終始「メダルの確保」に意識を置いた話し方をしていて、僕はそれが嫌だった。しかし、宿泊していたホテルのテレビでは衛星放送、BS1が見られなかったので、チャンネルを変えられなかった。

 

なでしこJAPANが前回五輪で成しえなかったメダルを取ることを今回目標に掲げていたのは、僕も知っている。しかし、アナウンサーが「メダルを取るために」とか「ここで勝利すればメダルが確定する」などというたびに違和感を覚えた。選手や我々観戦者にとってメダルを取ることがそんなに大事だろうか? それより決勝戦に出場してアメリカと優勝を争う権利を得ることの方が大切なのではないだろうか。ついそう思ったのである。

 

(選手は、NHKアナウンサーは)

昨日帰宅して録画されていたBS1を見たが、試合前のインタビューで選手たちは「メダルを確保するために」とは決して言わなかった。みんな決勝へ行くんだと口をそろえていた。「メダルを確保する」などというのは3位決定戦に進んだチームの低い目標であって、準決勝を戦う選手がそんなことを口にするはずがない。NHKのアナウンサーも「決勝に進むために」とは言ったが、「メダルを確実にするために」などとは言わなかった。

 

僕は理屈をこねているつもりではない。むしろ精神論ではないが、それに近いことを書いているかもしれない。ある目標を達成するためには、その目標より大きな、より高い次元のところに視点を置き、そこから戦略を考える。するとより柔軟にアイディアが生み出せるし、変な緊張感に苛まれずリラックスしやすくなる。諦めない気持ち、粘り強く頑張るエネルギーも持ちやすくなる。

(IFRS導入・運用) 

IFRSの導入・運用も同じだと思う。東京電力の損害賠償に関する偶発債務の注記について記載した「目的に向かったか~東京電力の損害賠償引当金府警上の判断」や同じルールを採用しても運用次第で結果が変わることを記載した「日英サッカー審判の違い」でも同じことを強調したが、より大きな「目的」「目標」を強く意識することが困難に向き合う最善の方法だと思う。細則にばかり目を奪われ、本当に実現しなければならないことに意識が向けられないと、場当たり的で戦略性のない対応になってしまう。

 

ところで、アメリカとの決勝戦に勝利した後、澤選手はインタビューで次のような趣旨の発言をしたそうだ。「(私たちは)サッカーの大会というより、もう少し大きなことができるかもしれないと思っていた」 高い目線、志、目標が感じられる。

2011年7月12日 (火曜日)

監査人の経験から会計問題を考える~2/2

(減価償却)

以前は監査をやっていると会計と税務の違いに悩まされた。「会計上正しいのはわかるが、別表4で調整するのが面倒なので、このままやらせてください」などと言われて修正してもらえなかったりした。でも最近はそういうこともなくなってきた。

その代り、会計と税務の乖離は激しくなっているので、会社は別表4に多くの調整を入れなければならない。その結果、税効果会計の対象となる事象が増えた。このままコンバージェンスが進んでいけば、さらに調整項目が増加し、税効果会計が複雑となり、処理を間違えるリスクが増える。多くの企業で税務上の耐用年数ではなく自主耐用年数が採用されるとなると、もう、別表4・5の調整なんかやってられない。石川教授が指摘するように、有形固定資産も公正価値を付すことになると、もはや税制との乖離は決定的だ。税法側がもっと企業会計に歩み寄ってくるか、或いはもう決別して確定決算主義を放棄するかしてほしいと思うが、いずれの場合であっても、もっとシンプルな制度にしてもらうことが必須だと思っている。噂ではイギリスの税務上の耐用年数は1つしかないという。そういう議論を企業会計審議会にお願いしたい。

僕は、石川教授と同様にすべての企業に有形固定資産を公正価値で評価するようIFRSによって強要されることはない、そうなってほしくないと思っている。しかし、例えば歴史のある企業がしばしば多額の含み益のある資産を保有しているが、それを正当に評価するために公正価値を使う選択肢があるのはよいと思う。会社の状況にあった選択をすればよい。IFRSが用意する選択肢がうまくないのであれば、各企業の比較可能性を損なわない方法を日本として提案していくことが求められると思う。各社が正しい判断をしていけば、結果としてメーカーの生産設備など原価計算の対象になるような資産が公正価値になることはないし、賃貸物件に施した内装工事に公正価値をつけることもない、そういうところには減価償却制度が必要だろうと思う。

 

(公正価値)

期末の資産負債に着目しそれを時価評価することに、あまり抵抗はない。なぜなら、時価を考えることはその資産・負債のリスクを読み解くことだからだ。しかし、さすがに生産拠点などの有形・無形固定資産を時価にすることは別だ。そういう使用価値がメインとなる資産についてリスクを識別するには、減損会計の制度を生かせば十分だと思う。

しかし、石川教授が指摘するバブルの影響を受けた時価を貸借対照表に反映させる今の手法の問題点は、極めて深刻と言わざるを得ない。

石川教授も記載されているが、バブルかどうかを判定し、バブルであればその時点の市場価格を貸借対照表価額にしないなどという芸当が、会計にできるとは思えない。会計以前のところで解決すべき問題だ。しかし現実問題は、その会計以前のところでなかなかその解決策が見つからない。

僕が担当していた会社もリーマン・ショックの時はデリバティブで多額の損失を計上した。その原因はずっと継続的に上昇していたWTI(代表的な原油取引市場)の市場価格がその年の7月以降大幅に下落したことと円相場の上昇による。しかしその6月まで、まさか7月に相場がそんなに変動するとは僕も思っていないかった。市場のことはわからない、そう実感させられた出来事だった。ただ、原油市場に投機マネーが大量に入っていることは散々報道されていた。実需ベースの価格の試算値も報道されていた。では実需ベースの市場価格を公正価値として利用するか? いや、株式市場で実需ベースの市場価格など見たことはない。しかも、実需ベースの市場価格も試算値に過ぎない。投機マネーの規制をしてもらうしかないと思う。しかし、現実は米国のQE3が囁かれるなど、いまでもバブルがないとは言えない状況だ。

一方で「リスク情報の開示」は、「経営者の責任範囲の拡大」を要求している。即ち、マーケットが予想を裏切る動きをしたために、会社が損失を被ったのは、経営者の責任かそれとも経営者の責任範囲外のことか、ということである。経営のプロである経営者に株主が付託しているのは、どこまでの範囲なのであろうか。仮に「株主は経営者に素晴らしい製品を低コストで供給することを求めている」と仮定したとして、素晴らしい製品を作るための原材料・エネルギー価格は市場の影響を受ける。その影響をコントロールしようとデリバティブを行うと、また新たな価格変動リスクと付き合うことになる。どこに生産拠点を持つかを考えるときに、土地の値段や労働コストを考えない経営者はいない。さて、どこまでが経営者の責任、或いは、経営者が判断材料に含めるべき領域なのだろうか。

一般論としての答えは「すべて」ということになるように思う。結果的に想定外の外部環境から大きな影響を受けて会社の業績に変動を与えることはある。それは個別・具体的な事情から「確かにそれば想定外でやむを得なかった」と会社の利害関係者が冷静に判断するしかない。ただそのときに、想定外の事情の影響を含めて、情報開示がなされていないと、利害関係者は適切な判断ができない。

いずれにしてもリスク情報の開示は極めて重要だ。従来の取得原価主義でリスク情報は注記で開示するパターンと、公正価値をなるべく使用しリスク情報を注記で開示するパターンのどちらがリスク情報をうまく伝えられるか比較することが必要だ。

僕は、公正価値+注記の方を支持する。公正価値を計算する過程が、この資産或はこの事業がどのようなリスクに直面しているかを拾い上げる機会を与えるし、実際にP/LやB/Sの数字が動いているから、その読者の関心を生んで注記が注目されると思うからだ。取得原価主義で安定的な数字を出しておきながら、注記で実はこんなリスクがありますよと書いてもあまり注目度が上がらないであろう。いまの有価証券報告書の事業等のリスク情報が、会社によって蔑ろな記載で済まされているのは、その一つの例だ。

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さて、以前書いたように、しばらく新しい記事はストップします。次は再来週になると思います。ただ、もし訪問先の通信事情が良ければ、なんらかの記事を上げるかもしれません。

2011年7月11日 (月曜日)

監査人の経験から会計問題を考える~1/2

石川教授が提示した問題は大きな問題だ。僕ごときに対案や解決策が見出せるわけもない。とはいえ、会計の研究者とは違った角度の業務経験から、次の点についてそれなりの意見を2回にわたって記載したいと思う。ただ、詳細についてはIFRSの概念フレームワークやその他個別規定のところに譲ることになる。

●会計の目的-利益配分か、リスク開示か
●減価償却
●公正価値

 

(会計の目的-利益配分か、リスク開示か)

利益配分問題の具体的な対象としては、株主と債権者については配当規制が象徴であり、会社と国については課税所得の計算ということになる。まず前者については思うところを記載したい。

現在の会計は払込資本と利益剰余金の区別を重視する(「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」第19項)が、会社法としては、必要があれば減資して剰余金を増やしたり、またそれを財源に配当することも可能だ(会社法446条、448条)。その一方で会社法は、剰余金からのれん等調整額の一部や投資有価証券や土地の評価益を配当財源から控除することを要求している(会社法446条、会社計算規則186条)。

会計は投資とそのリターンの関係を崩したくないので、投資効率を測る分子・分母たる払込資本と利益剰余金を混同させたくないが、会社法は債権者の実務的な観点である、その時点での財政状態の健全性を維持することを考えているように思う。即ち、そこに期間損益の考え方はあまり入っていない。したがって、会社法は株主と債権者の利害調整を図っているが、それは期間利益よりむしろ財政状態によっていると思う。

実際に銀行が資産査定を行う際に重視しているのは、貸付先がどの程度将来キャッシュフローを生み出せるかであり、過去の利益はそれを予想する参考値の位置づけだ。将来のキャッシュフローは事業利益から見込むだけでなく、B/S面、財政状態からも見込む。即ち、最も重要なのはこれからその会社がどうなるかであって、それをサポートするのが貸付先が直面しているリスク情報と直近の財政状態と過去の業績だ。

後者の課税所得の計算においては、会社法における債権者保護の観点の代わりに、公平な課税負担という観点が入ってくる。これについては法人税法が期間利益を課税ベースとしているため、利益額が会社と国の利害調整の対象であることに疑いはない。

では期間利益計算は会計の目的として重要ではないのか、税法にとってのみ重要か、ということになるが、そうではない。当然重要だ。過去の利益の分析なしに、今後の経営を行うことは難しい。経営者が適切な経営ができること、これこそ、投資家・株主・債権者・国のすべてが求める会計の機能だと思う。ただし、経営には利益だけでなく財政状態も将来のリスクを測るうえで重要であり、したがって投資家・株主・債権者にとっても重要だ。

そういえば、石川教授は、この著作の中で会社法の配当規制のことにはあまり触れられていなかった。もちろんこのようなことをすべてご理解されてのことだと思う。

(IFRSについて)

僕は監査現場にいて、銀行監査も経験したし、監査先の経営者と接し、経営者を通じて投資家や株主、そして税務調査の話も聞いた。税務当局は確かに過去の利益に強い関心を持つが、その他の会計の利用者は、その会社の将来に強い関心を持っている。会計はそこに貢献の場を移しつつあると感じている。IFRSはその最先端にいるイメージだ。

ただ心配されるのは、石川教授が指摘し、心配しているが、リサイクルリング禁止問題や当期純利益の廃止問題(その他の包括利益の性格づけ)だ。リサイクリングは実務上相当負担になると思う。しかし、リサイクリングをやめると「当期純利益」の純度が下がり、開示する意味がなくなる。とはいえ、外部環境の変化、特に市場、相場変動の影響と、会社の事業の成果が区分できなくてよいのだろうか、とも思う。このあたりはIASBによい代替案が出せないか、日本の貢献が問われるところだ。

2011年7月 3日 (日曜日)

7/2放送のHNKスペシャル「果てなき苦闘・・・」の石井医師

ビデオ録画してあったNHKスペシャルを見て感動した。なににかというと、石巻赤十字病院の災害対応を統括する石井医師の活躍だ。この災害対応に、監査人が今回の東京電力のような前例のない対応を迫られるケースを重ね合わせてみると、なんとも味わい深い話になる。

石巻市の事前の計画で同病院は、地域医療機関146と連携して地域の災害対応を行う拠点病院にすぎなかった。ところが146すべての医療機関が被災し機能を停止し、石巻市20万人の災害医療を一手に引き受けることとなった。それだけでも大変なことなのに、被災して機能が低下している行政を補完し、避難所の衛生・医療状況の評価、食料の調達、上水の供給など、たった3か月の間に医療機関の役割を超える対応を行ったという。下記に記憶に残った石井医師の言動を記載する。

①全国から120名の医師が応援に来るという・・・
「今この瞬間にもどこかの避難所で人が死んでると思う。それくらいの危機感がないと危ないですね。いかにこの限られた医療資源を投入するか早く決めないと。」

②石井医師の言葉ではなくナレーションだが・・・
「本来避難所の実態を調査すべき市は被災しています。医師自らが調査をするという災害医療の常識を超えた作戦を石井医師は提案したのです。300以上の避難所すべてを調査するローラー作戦が始まりました。」

③食料はあるのに避難所に届いていない。宮城県庁にて・・・
「7万人分の食糧が不足している。市に食べ物を送ったからあとはよろしくというレベルじゃない。もっと大きな力で石巻地区の食べ物の配給システムの確立をお願いしたい。」

④簡易な上水施設を避難所に設置して・・・
「これは行政の仕事だからやりませんとか、医療だからやりますとか、食料だからやりませんとか言ってる場合じゃないんです。お互い知恵を出し合ってこの国難を乗り切らなきゃいけない。」

⑤同じ災害が過去にあるわけじゃない、被害を事前に想定できるわけじゃない・・・
「そもそもマニュアル化して災害対応というのはいいのか。その場その場で考えるのであって心だと思うんですよね。」

「人の命を救う」という大きな目標を達成するために、当初計画を臨機応変に変更し(もしかしたら無視し)、事前に与えられた役割に拘らず、その状況に最も合った選択を行っていく判断力と行動力。これを監査人の立場に置き換えれば、今回の東京電力のような前例のない対応が必要なとき、淡々とルールに定められた開示を行えばよいと考えるか、より大きな目標である適正な情報開示ができるためにどうすればよいかと考えるのでは大きく結果が異なる気がする。石井医師はもちろん見事な判断で後者の対応を行った。

なぜこのブログにこの話題が? と思われた方が多いと思うが、これは監査の世界では「準拠性の枠組み」と「適正表示の枠組み」と呼ばれる大きなテーマなのである。東電が損害賠償額の見積もりを2011/3期決算に織り込まなかったことについて、一つの視点を与えてくれる。具体的にはまた後日・・・。

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