経済・政治・国際

2011年11月 9日 (水曜日)

TPPとIFRS

「国論を2分している」とも言われるTPP問題を11日に首相が判断するという(10日かも知れない)。きっと、このような状況で判断を行うプレッシャーはとてつもなく大きなものなのだろう。せっかくなら、どちらの判断が下されても日本は良い結果を得たいものだ。しかし、残念ながらそんな楽観はできないというのが僕の意見だ。みなさんも同じではないだろうか。

 

(環境の変化、日本の変化)

日本を取巻く環境が激変していて、それにどう対応しようかという話なのに、周りは変わっても日本だけは変わらなくていい、変わらなくても生活水準を維持する方法がある、そんな暗黙の前提で議論されている気がする。日本は、FTAに出遅れたうえにその原因である農業政策に行き詰って農業分野の改善は進んでいないにもかかわらず、自動車や家電といった日本の看板産業は厳しい状況に追い込まれている。そして中国にはGDPで追越され、尖閣諸島から五島列島周辺の排他的経済水域の安全を脅かされている。

 

(日本の戦略)

技術立国と経常収支の黒字。僕は、この2つが日本の戦略でありKPI(Key Performance Indicator)だと思っていた。しかし、日本の人口は減少に転じているのに世界の人口は爆発的に増加していて、これらが地球環境、天然資源や農産物の配分に及ぼす影響、天然資源や農業生産能力の偏在を考慮すると、日本の戦略とKPIをどうしていけばよいのか。そういう議論が必要ではないだろうか。

 

(コミュニケーションの重要性)

外交交渉を止めると残された国益実現の手段は戦争ということになる。TPPが直接戦争に結びつくとは思えないが、外交交渉というコミュニケーションの重要性は認めるべきだ。多国籍間の枠組みを一緒に構築しようと誘われたのにも拘らず、その検討プロセスに加わることさえも断った場合、のちのち日本にどのような影響があるのだろうか。

特にTPPがよく分からないからこの段階で参加すべきでないという意見は子供じみている。良く分からないのは日本の国内事情(政治家やマスコミの不作為)によるもので、外国に主張できる話ではない。そんな理由でコミュニケーションの窓口を閉ざしてよいものか。なぜ協議に参加して理解しようとしないのか。

 

(国益の基準)

TPPへ参加することが有利か、不利かといった議論をする場合、どうもTPPへ参加した場合と現状とを比較して議論しているようだ。例えばTPPに参加すると農業にひどい影響があるとされているが、TPPに参加しなくてもジリ貧ではないか。両方の5年後、10年後、20年後を比較すると、不幸なことに意外と不利でなかったりするかもしれない。

 

(アメリカの策略)

アメリカの策略に乗せられるな、アメリカに騙されるな、日本は損するぞ、こういう意見は、日本に戦略がないことの裏返しに思えて少し恥ずかしい。日本に戦略があって、ちゃんと将来を見据えて意思決定しているのであれば、乗ってもよいはずだし、乗ってもよいようにTPPを変えていけばよい。

 

 

さて、みなさんも様々な意見をお持ちだと思うが、僕の意見は上記のとおりTPP協議には参加すべきで、結果としてTPP協議から離脱することになっても、それが日本の戦略に基づいたものであるとすれば、まだ納得がいくだろうと思う。戦略はTPPに参加して時間を稼いでいるうちに国論をまとめていくしかない。農業や混合医療といった個別問題の議論に終始し、どちらの団体の声が大きいか、などというレベルで決まってほしくない。

 

さて、実はTPPのことを書いたのは専門外のことに関する僕の粗雑な意見をみなさんに披露したかったためではない。上記の文章の「TPP」を「IFRS」に置き換えて読んでみて欲しかったからだ。TPP協議へ参加するかどうかという問題と、IFRS開発へ参加するかという問題の議論の仕方は、役者こそ違うが、妙に重なってくる。

 

2011年8月16日 (火曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(まとめ)

なんとこのテーマで10回も書いてしまった。加えてデュー・プロセス(基準等の発行手続き)についても書く予定だったが、そろそろ本題のIFRS本体に入らねばと思っている。そこで今回は、長々と書いてきたこのテーマのまとめと、最後にデュー・プロセスに関連して記載しようと思っていたことを簡単に書こうと思う。

 

(まとめ)

a. IFRSの目的は、企業の財政状態及び業績の忠実な表現を提供する財務報告基準となることであり、他の政策目的は副次的なもの。

b. 投資家に有用な情報を提供することが他の利害関係者にも役立つ(他の利害関係者の典型が経営者)。

c. 事業リスクを評価し、その対応策を立案し、かつそれを決算に反映する会計プロセスを持つことを、IFRSは企業に求めている。

d. IFRS財団審議会は、IFRSの完全な適用をモニタリングする観点から、将来的に各国にアドプションを求めている。しかし、アドプションの内容自体にかなり幅があり、各国の意思や実力、IASBが寄せる信頼感によっても実質的に異なってくる(アメリカのコンドースメント方式がIASBに容認されるかどうかはこの範疇の問題)。

e. 各国は勝手にIFRSの解釈を行えないが、原則主義は各国の実情に合わせたIFRSの導入を意図しており、この「解釈」と「導入」の境界は、アドプションの内容と同様に、各国の意思や実力、IASBが寄せる信頼感によって実質的に異なってくると考えられる。

 

以上を書き換えると以下の通りで、これが現時点での僕の意見だ。

A. IFRSの趣旨を正確に理解し遵守することが重要であって、細部で教条主義に陥らない

B. リスク評価と対応策の立案およびそれを会計プロセスに反映させる仕組みが企業経営に求められている

C. 各国のIFRSを採用する制度や個別企業へのIFRSの適用は、誰か(例えばIASB)の指示待ちではなく関係者が主体的に検討し提案すべき余地・価値が現時点では大きい

 

特に原則主義に関連した部分では、僕の考えは企業やその監査人の自由度が大き過ぎ、統一のグローバル基準としてのIFRSの意義を損ねるのではないか、という批判が聞こえてきそうだ。或いは基準の読み方に幅がありすぎて、IFRSの適切な適用を保証する監査が行えるのか、という意見もありそうだ。

 

しかし、もう一度6/30からの東京電力関係の記載や7/3の「7/2放送のHNKスペシャル「果てなき苦闘・・・」の石井医師」を見てもらえると有難い。サッカー好きの人は7/4の「日英サッカー審判の違い」や7/22の「なでしこJAPANの勝因」でもよい。細部に拘ってもより大きな目的が達成できないということになっては、それこそ本末転倒だ。IFRSを経営に生かす観点がより重要だ。

 

いずれにしてもIFRSは、将来予測が増える分、企業も監査人もより多くの難しい判断が求められる基準だ。より大きな責任を負うことを覚悟する必要がある。

 

 

(デュー・プロセス)

さて、また長くなって恐縮だがIASBの基準等の発行手続(デュー・プロセス)については、「デュー・プロセス・ハンドブック」なるものが開示されているので、興味のある方はこれを参照されるようお願いしたい。

 

IASBのデュー・プロセスは、企業会計審議会等より透明性が高く、関係者が意見を申し述べる機会も確保されていることがお分かりいただけると思う(ただし英語)。しかし僕が注目しているのは、ハンドブックに記載されている「遵守か説明か」アプローチだ。IASBは、外部に対して、或いはIFRS財団審議会など内部に対しても、原則でできないものは、しっかり説明をすればよい、という考えを持っている。IFRSの適用・運用を考えるうえでも参考になる。

2011年8月14日 (日曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(2.アドプション の4)

=監査制度の統一、余談=

 

IFRSの開発や普及について、IFRS財団審議会は各国の規制当局や会計基準設定主体の協力を得たいと思っている。監査についても同様だ。世界中の上場企業の財務諸表をIASBがチェックするわけにはいかない。そこでIFRS財団審議会は、監査人がIFRSによる財務諸表を監査する際に、唯一の国際財務報告基準である「フルセット」のIFRSに適切に準拠しているか否かの意見を表明することを求めている。

 

これについてもいくつか課題が考えられる。

 国の制度の欠陥を個別の会社の監査意見として表明することを要求
規制当局および会計基準設定主体が「我が国の制度はフルセットのIFRSに完全に準拠している」と国際的に、或いはIASBに対して表明している場合でも、アドプションやコンバージェンスの方法によっては、個別企業の監査実施時にその国の制度の不備を発見することがあり得る。その監査人に対し、会社の財務諸表はIFRSに準拠していないと意見表明することを要求していることになる。

 各国の監査制度(監査意見の内容)の統一を要求
現在の監査制度は、各国の国内法が要求する監査意見を表明する仕組みになっている。ISAInternal Standard of Auditing:国際監査基準)も、監査意見の内容は国によって異なることが前提、或いは容認されている。しかし、IFRS財団審議会の要求は、フルセットのIFRSへの準拠という統一の監査意見を表明する監査制度を各国に要求している。

 各国の監査の質をそろえることを要求
監査人の質はもちろんのこと、監査環境(被監査会社との協力関係や被監査会社の事業内容、事業リスク)が相違するなかで、レベルをそろえることは実際には難しい問題だ。

 

最後にあげた監査の質の問題は国が異なるとなかなか難しいものがあるが、まずは監査人がプロフェッションとしての自覚を持って自ら解決すべきものと思う。実際には各国の職業会計士団体(日本ではJICPA)による自己規制や会員指導、監督官庁・監督機関(日本では金融庁や公認会計士・監査審査会など)によるモニタリングがあり、その結果日本でも廃業する監査法人は珍しくない。さらに監督官庁・機関が国際的な連携を強めている。またBig4など国際的に連携・展開している大規模監査法人は、国によるサービスの質の差異を最小にするためのマニュアルや研修、さらに業務審査を国際的に行っている。

 

一方、①および②に関しては制度的な工夫が必要だ。しかし、JICPAはアドプション、IFRSからの逸脱といった言葉の定義や翻訳から生じる誤解のリスクを指摘するに留まっている。おそらくその理由は、このような問題点はもう十分認識されていて、しかも、JICPAの課題というより制度設計をする金融庁、企業会計審議会等が考えるべき課題として関係者間で整理されているのであろう。例えばアドプションやコンバージェンスの方法次第で、これらの問題はクローズアップされてくる。ただ、僕自身は、そのような情報は不勉強にして知らないのでまったく確認はできていない。推測するだけだ。

 

まったく余談になるが、そういう問題意識の共有や情報開示は、どこで行われているのだろうか。そういう場があれば申し述べたいのは、高度な会計知識を持って、日本の法律制度や商習慣に熟知して、それを英語で表現できる人材をこのIFRS関連分野に手厚く投入することだ。6/30の企業会計審議会の資料やその他の論調を見ていて、会計基準は国家戦略に係る重要問題だとする意見をよく目にするようになった。それなら国や民間の資源(人材)をこの分野につぎ込み、IASBへの貢献を高めることだ。アメリカやアジアの動向を気にしながら日本の立場を強めようなどという話になっているが、余所をきょろきょろするぐらいでは存在感は高まらない。足元を見られるだけだ。

 

IASBHPに記載されたメンバーの略歴をざっと見ると、ボード・メンバー15名のうち、4~5名はアメリカ人だ。ボードのメンバーでなくてもよい、スタッフでもよい。そしてそのスタッフ達に、日本の実情調査など日本から全面的なバックアップをしてあげられたらと思う。IASBに日本人スタッフは何人ぐらいいるのだろうか。そうやってIASBと日本の関係当局、ASBJJICPA等との信頼強化を行っていけば、日本に導入するにあたってIFRSを正しく理解できることになり、翻訳による誤解を防止できると思う。

 

2011年8月13日 (土曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(2.アドプション の3)

=アドプション、コンバージェンス、コンドースメント=

 

IASBは各国と連携するしかない。任せることは任せ、自らの役割と分担する。皆さんのプロジェクトでも各部署のメンバーに課題を与え、それを取りまとめていくのと同じだ。

 

IFRS財団の役割・・・IFRS適用状況のモニタリング

・各国の規制当局の役割・・・IFRSの国内基準としての権威づけ、監査制度の整備

・各国の会計設定主体の役割・・・国内の状況に合わせたIFRSの適用

 

アドプション、コンバージェンス、コンドースメントは、このうちIFRSの国内基準としての権威づけの話だ。ただ、どうもこれらの言葉の使い方は人によって異なるようで、なかなか理解が難しい。そこでこれらの言葉とは関係なく、国内基準として権威づけるためのパターンをいくつか記載してみる。

 

 IASBが新しい基準を発行したら、一切国内の手続を経ずに国内基準とする。
・・・内閣府令や会社法に採用すべき会計基準をIFRSと指定してしまう。

 IASBが新しい基準を発行したら、一定の国内手続きを経て国内基準とする。
・・・企業会計基準委員会/財務会計基準機構(ASBJ/FASF)等の審議や承認の後にその都度内閣府令等に適用を指定する。このプロセスは審議や承認の手続きに様々なパターンが考えられる。

 IASBが新しい基準を発行したら、それに相当する国内基準を発行する。
・・・発行される国内基準について、IFRSの逐条訳のようなものから、意訳まで、その程度はいろいろあるだろう。

 IASBが新しい基準を発行したら、既存の国内会計基準の体系に組込むよう国内会計基準を改定する。
・・・例えば、日本では2011/4/1以降開始事業年度より企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」及びその適用指針が独立した規定として発行されたが、IFRSではIAS1号の一部、IAS8号の一部などに記載されている。国内基準とIFRSの体系が異なる状況を温存している。

 

みなさんがすでにご想像の通り、①が典型的なアドプションで②もアドプションに含めていると思う。もしかしたら③もIFRSの各規定と国内基準の規定の対応が明確で、内容的にも同等であると国内会計基準設定主体が主張すればアドプションに入るかもしれない。④はコンバージェンスの典型例(日本の例)。ではコンドースメントとは?

 

IASBはある国の会計基準がIFRSに準拠しているという場合、IFRSの各会計原則とその国の会計原則がどのように対応しているか明確にするよう求めてくる。米国はその整理作業を終えているようだが、IFRSの規定だと抽象的すぎて訴訟社会である米国の社会風土に合わないようだ。米国でIFRSを運用するには、米国に合った形、より細則ベースのものが必要になると判断しているのだと思う。僕は③の形でIFRSを米国の風土に合わせて細則ベースにしたものを米国は目指しているのではないかと思っている。IASBFASBMoUプロジェクトを進めているわけだが、IASBは細則を望んでいないので、両者は一字一句相違しない共通の会計基準は採択できない。英語圏でどこまで表現の相違を認めるか、いま、両者とも将来のIFRSの運用を考えていくうえで、非常に重要な難しい折衝をしている最中なのではないだろうか。

 

日本も米国のやり方を見て、日本の風土に合う形でIFRSを日本に取り入れるのは良いが、細則主義の部分で米国を真似したり、米国を後押ししたりをしないよう気を付ける必要がある。IFRSが細則を決めれば決めるほど、日本でIFRSを適用するのに型にはめられて無駄が生じるからだ。IFRSは趣旨を表現してくれればよい、あとは日本のことは日本でやる、ぐらいにできると一番良いと思う。

 

また仮に②のパターンを採用するとしても、IFRSの規定の精神をどのように日本の実情・実務に取り入れるかは、各国の会計基準設定主体、そして各企業およびその監査人の判断に任されている部分が多いのではないかと思う。或いはそう主張していくべきだ。分からないからもっと細かく決めてくれとIASBに要求するのは違う気がする。

IFRSの解釈はIASBやIFRIC(国際財務報告基準解釈指針委員会)しかしてはならないが、各国の実情に合わせた導入は各国がやる。その解釈と導入の線引きは、各国の会計基準設定主体や企業、監査人のやる気と実力次第で変わってくるというのが僕の考えだ。

2011年8月12日 (金曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(2.アドプション の2)

IFRS開発を取り巻く環境と原則主義の採用=

 

IFRS(国際財務報告基準)は、その前身IAS(国際会計基準)と呼ばれていた時代から、具体的にはIOSCO(証券監督者国際機構)が19876月にIAS(国際会計基準)に関心を持って以降、グローバルでの財務情報の比較可能性を高めることを至上命題としてきた。そう考えれば、基準を発行したのちに、各国でIFRSが適切に運用されていることを確かめようとするのは至極当然の話だ。このグローバルでの比較可能性の確保こそが、IFRSの存在意義だからだ。

 

一方で、この戦略には書いてないが、IASBIFRSを原則主義としている理由の一つは、法体系、商習慣等々が異なる国々に同一のルールを適用するには細則主義は合わないからだ。

 

したがってIFRSは、一方では同じルールを世界で完全適用したい、もう一方ではそれぞれの国の事情にあった柔軟な適用をという二律背反する課題に直面している。しかもIFRS財団は民間組織で予算上の制約も厳しく、時には拠出金を減らすぞと脅されることもあるようだ。

 

さて、みなさんがIFRS財団、IASBの立場なら、この状況をどのように解決するだろうか。例えば、あなたが社内の管理会計の改善プロジェクトのリーダーに指名されたと想像してほしい。プロジェクト・メンバーは関連部署から集められるが、各部署はそれぞれ管理ポイントが異なっていてなかなか共通の仕組みにするのが難しい。そして、あなたのマンパワーは限られている。IASBもそんな立場だ。あなたは準備段階でおそらく以下のことを考えるのではないだろうか。

 

a. プロジェクト目的の明確化(プロジェクト・メンバーへの分かりやすい説明)

b. 工程表の概要イメージ(必要十分な議論の場の設定と最小公倍数的な成果物を得られるプロセス)

c. プロジェクト・メンバーとの連携、役割分担

d. プロジェクトの効果的なモニタリング方法

 

そしてキック・オフ・ミーティングに臨む・・・。

 

なんとなく想像していただけると思うが、IASBにしてみれば上記のaが会計の目的やIFRSの概念フレームワーク、bがデュー・プロセスといわれる会計基準等の発行までの手続や仕組み、cが各国の規制当局や会計基準設定主体との関係、dが各国監査制度や基準からの逸脱を国際的に発見・公表する仕組みである。そしてIASBのマンパワーや予算の制約を考えれば、自らは「一組の高品質な国際的会計基準の意義」を唱えて主導権を確保しつつも、細かいところは各国規制当局や会計基準設定主体の協力を引出し任せる。その結果、原則主義が採用されるということになっていると思う。なぜなら、あまり細かいところまでリーダーが決めることはリーダーの能力の限界を超えるし、みなさんのプロジェクトの各部門代表のメンバー、特に頼りにしたい能力が高いメンバーがやる気を失ってしまうからだ。

 

アドプション、コンバージェンス、コンドースメント。これらはこういうIASBと各国規制当局の綱引きの中で検討され、当面は各国固有の事情で様々なパターンが生まれると思うし、それを一様にするのは難しいのではないだろうか。それについては次回に記載してみたい。ついでに言えば原則主義についても同じことが言える。IASBA国の会計基準設定主体、IASBB国の会計基準設定主体との関係は、表面的には平等を装われるだろうが、IASBがその国の会計基準設定主体に寄せる信頼で実質は異なってくるはずだ。

 

2011年8月11日 (木曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(2.アドプション の1)

大雑把にいうと、IFRS財団は制度の根幹について堅苦しいことを言っていて、それに対してJICPA(日本公認会計士協会)は、翻訳や用語の定義といった些細なことの改善を要求しているという印象があるが、本当にそうなのか考えてみたい。

 

IFRS財団の戦略の概要>

IFRS財団評議会の戦略では、コンバージェンスを採用している国にも長期的にはアドプションを目指してもらうとしている。ただアドプションの仕組みは国によって異なることを認めている。

また、各国の監査制度はIFRSへの完全な準拠かどうかについて監査人に意見表明させるようにしてもらうとしている。

 

各国のアドプションが不完全だったり、IFRSから逸脱している場合は、IFRS財団は各国にその状況の完全な開示を求めるとしている。また、各国がIFRS準拠を主張していても、実際には不完全である事例を公表する仕組みを作りたいとしている。

 

JICPA(日本公認会計士協会)のコメントの概要>

IAASB(国際監査基準の設定主体)との協働を勧めてはいるが、上記に同意したうえで、以下の追加提案をしている。

・  IFRSへのアドプション、IFRSからの逸脱といった言葉が意味するところをより具体的に説明することが、適切なアドプションや逸脱等の開示につながる。

 完全なIFRSの適用には翻訳という問題があることを認識すること(基準発行後の注意)。

 IFRSの開発・発行までの検討段階においても翻訳によって意味が変わってしまうリスクを認識すること(基準開発段階での注意)。

 

 

以上について以下の点に関して次回以降に僕の意見や感想を記載したいと思う。

 グローバル基準を維持する方法
IASB
はなぜアドプションに拘るのだろうか。また各国のアドプションの逸脱や不備の開示(会計基準設定主体や関係官庁)、各社のIFRSからの逸脱や不備の開示(監査人)を求め、さらにその他の仕組みも作るとしているが、その意図は何か。

 IFRSにおける監査意見
IFRS
財団の戦略は各国の監査制度(監査意見の内容)にも触れているが、JICPAは監査制度や監査意見ではなく、用語の定義や翻訳という「側面」の指摘に留まっているように見える。それはなぜか。

 

以前も記載したと思うが、僕はIFRSは、細則で理解するものではなく、全体として理解するものだと考えている。その全体には、IFRS財団の性格や今検討している戦略についての理解も含まれる。難しい話ではないが、みなさんが、もし、IFRS財団の立場に自分がなったらどうする?と仮定しながら考えてもらえると、僕の意見に賛成してもらえる方が増えると思う。

2011年8月 9日 (火曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(1.会計の目的 の6)

-投資銀行用の会計基準と製造業用の会計基準 の4-

 

すでに3回にわたって見てきたように、公正価値会計は経営者が会社の実態を理解し、意思決定に役立つ情報を提供できる仕組みとの関連性が一層高い。製造業からそれを奪う理由はない、というより製造業にも当然必要な仕組みと思う。その結果、投資家にも適切な情報提供ができる。

 

また、公正価値会計だと原価計算に支障が出るとの主張については、IFRSに誤解をしていないだろうか?と思っている。仮に支障があるとしても、原則主義による柔軟なIFRS適用で解決できないだろうか。実は僕はこの主張を理解している自信がない。なぜ支障が出る?という印象なのだ。もしかしたら、僕自身が勉強不足かもしれない。

 

今回はもうこのテーマで4回目、すでに十分長いので、重要論点だがのれんや試験研究費の会計基準については別の機会に譲りたいと思う。でもヒントは、IFRSは、会社の企業価値を計算しようとする会計が目指すべき方向へ真剣にトライしているということだ。この目的に照らしてIFRSはまだまだ発展途上だが、従来の会計基準に比べればずっと進歩している。もしみなさんに時間があれば、会社の価値を計算しようとしたら今の会計に何が不足しているかを「本気で」考えてみてほしい。安易に「保守主義」に逃げずに。そのときのれんや試験研究費をどのように扱うだろうか。IASBの基準開発は直球勝負だ。即ち目的に向かってシンプルだ(それゆえ実務での問題解決を求められる)。理解するには既成概念があるとむしろ邪魔になる。

 

もう一つ「経営の常識」が重要だ。これが見積もりの質に決定的に重要な影響を与える。特に試験研究費やのれんについては、IFRSの細則を一生懸命なぞるような導入はあまり意味がないと思う。そうすると恣意性が入るとか基準の適用にばらつきが出るなどと批判を受けそうだが、これらの項目について「客観性」を求めるのを「もともと限界がある」と一度、諦めてみてほしい。なぜなら、それが現実だからだ。でもそうしてみると本質的に大事なものが見えてくる。経営者やその組織の持っているスタンス、常識だ。実態を把握することにどれだけ真剣に取り組んでいるか、見たいもの、当たり障りのないものばかり見ている組織になっていないか。その企業の本質が問われるのだと思う。

 

以上の結果、のれんや試験研究費についてまじめに取り組んでみると、各企業の「大人の判断」、「経営の常識」に基づいた管理制度の向上を求められていることに気付くのではないだろうか。それは積極的に取り組むべき価値のある課題だと思う。メーカーだから不要というものではない。いやむしろ、メーカーならやらなければならない、のかも知れない。

なお、「IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について」シリーズの「1.会計の目的 の2」に、「会社法や税法など日本の制度に起因する問題の調整をIASBに求めるべきか」と疑問を提起したが、これは6/30の企業会計審議会の内容に関する報道を読んでいるときに心配になったので、何か触れようと思って記載したものだ。しかし、冷静に考えてみると、きっとそんなことはあり得ない話で、きっと企業会計審議会ではきちっと整理して議論が進められると思うので、記載を省略したい。ただ、今後の企業会計審議会の議論の進展によってまた取り上げるかもしれない。発生している事象や制度間の調整が必要な矛盾は、どれも並列しているわけではない。優先順位、重要性、何が原則かをしっかり判断できれば整理できるはずだ。8/6に放送されたNHKスペシャル「原爆投下 活かされなかった極秘情報」の旧日本陸軍上層部のように、自己の利益を考えすぎると目が曇ってそれが分からなくなる。

 

ところで、次回の企業会計審議会はいつ開催されるのだろうか? 早くIFRS導入時およびその後の制度の概要を示さねばならないのに。それとも導入期間を3~5年を5年~7年にし、US-GAAPの使用期限を撤廃したことで満足してしまったのだろうか。それなら6/30の審議会はなくてもできたことだ。6月21日の自見大臣の発言にもう出ていたことだから。

 

 

最後にちょっともう古いが、IFRSを任意適用し、7/292011/4-6期の四半期決算を公表したHOYAの記事を読み感銘を受けたことを報告したい。証券アナリスト・投資家向け説明会でのやり取りが記事になっていたが、鈴木CEO、江間CFOが、勉強不足と思われる参加者(IFRSは分かりにくい、開示の後退という発言があったそうだ)とのやり取りに苦労されたようだ。しかし、そこからはIFRSを経営に生かそうとする強い意志が感じとられた。投資家にとっても好ましいことに違いない。またIFRS教育の重要性とスピードアップの必要性も感じられた。アナリストにもIFRSに慣れてもらうことが必要だ。

さて、次回以降はJICPAIFRS財団審議会に対する回答のIFRSのアドプションの話に移りたい。そこでアドプション、コンバージェンス、コンドースメントといったことに触れたい。IFRS財団審議会は「アドプション」を目指している。IFRSを理解するために、その意味を検討する必要がある。

 

2011年8月 8日 (月曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(1.会計の目的 の5)

-投資銀行用の会計基準と製造業用の会計基準 の3-

 

会計は変わらなければいけない、というかIFRSはもう変わった。

 

過去の取引データを正確に記録し分類集計することは重要だし大変な業務である。しかし、それは今後の対応、即ち意思決定に生かされてこその重要性だ。取得原価主義ではそこが一歩足りない。将来のリスクを考慮して、このシナリオならこうなるとか、或いは経営者がこうなる可能性が高いと思っているシナリオならこうなるが、その場合にこういう前提条件がそろっていることが必要だとか、その前提条件で外部要因への依存が大きく達成が難しいのはこういう項目だとか、そういう情報が経営に必要で、公正価値会計は企業の企画・経理部門にそこまで守備範囲を広げることを求めている。

 

そのために企画・経理部門は両者間で、そしてもっと現場と密接な連携が必要になるし、外部環境の変化にも敏感にならなければいけない。それが外部公表するための見積もりの会計処理に根拠を与える。IFRSを導入するということはそういうことだと僕は思うが、経営者はそれを望まないだろうか。いや、公正価値会計がそういうこと、即ち、経営に必要な情報がずっと充実すると理解した経営者は、製造業であっても公正価値会計を望むのではないだろうか。

 

さて、会計基準の国際的調和(最近はそれをコンバージェンスと呼んでいる)を目指して導入された減損会計は、非常に評判の悪い会計基準だった。監査人としての経験の中で、その導入に最も苦労した会計基準をあげろと言われたら減損会計だ。減損会計を単に決算だけの作業として位置付けた会社にとっては今でも期末に突然巨額の損失が出てくるので頭痛の種だろう。しかし、予算管理と密接に関連付け、管理会計と一体で運用する会社にとっては、減損会計は悔しいけど有難い会計基準、いや、事業を深く掘り下げて管理している会社にとっては3年も猶予のある生ぬるい会計基準と思われているのかもしれない。

 

減損会計と公正価値会計は同じではないが、上述した将来リスクをキャッシュフローに見込む基本構造は共通だ。消極的に経理部門だけで減損会計基準を適用しているか、それとも積極的に事業としての性格を踏まえて様々なリスクの把握と評価を企画部門や現場各部門と連携して利用しているかで、会社の経営の質が大きく変わっている。後者はB/S面を含めた事業の棚卸を毎年やっていることになるから経営の目が行き届く。

 

なお、会計基準の規定と管理会計の計算手続が異なる場合、IFRSのフレームワーク(資産・負債の概念)とその会社の事業に照らして管理会計に軍配が上がるとすれば、その管理会計を尊重すべき、それが原則主義だと僕は思っている。事業リスクの実態把握と評価という経営プロセスに役立つ情報が外部公表数値の作成にも適切で役立つことがかなり多いと思う。逆にそのプロセスがない、或いは不完全な会社は、この機会に導入や改善を急ぐべきだ。一番の改善は、経理部や企画関係部署の意識改革をすることだ。それには経営者がこれらの部署に求めることである。そして投資家はそういう会社のリスク認識やその評価の仕組みを知りたがっていると思う。

2011年8月 5日 (金曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(1.会計の目的 の4)

 -投資銀行用の会計基準と製造業用の会計基準 の2-

 

製造業と投資銀行の違いはなんだろうか。製造業は自分のことを会計処理するが、投資銀行は投資先となる会社の会計処理が問題となる。製造業の「経営者」にとってはどうだろうか。自社の会計処理は自分自身の成績表という思いもあるだろうが、経営対象の実態把握という面もある。後者は投資銀行の立場と似ている。

 

投資銀行は、過去の業績で投資を決めるのではない。将来性である。ただ過去安定して好業績をあげていることが明るい将来への確信を高める効果はある。しかし、例えば過去に輸出で稼いできた会社の将来は、過去情報だけでは評価できない。今後の円相場の見通しやその会社の円高対策の内容の評価が必要だ。

 

製造業の経営にとっても同じことが言える。過去ずっと成功してきた製品が今後も成功できるかどうかは外部環境の変化に対応できるかどうかだ。どんなリスク要因があるかを把握し、それを評価し、対応策を立案することが必要となる。最も重要なのは顧客ニーズの変化だが、円相場や技術革新などいろいろ重要項目はある。社内に内在するリスクもある。

 

複数事業を営んでいる会社では、限られた経営資源をどの事業に配分するかを決定する。こうなると経営者の事業評価は投資銀行とほとんど変わらない。もちろん事業理解の深さは全然異なるが、見方としては基本的に同じだ。

 

さて、何が言いたいのかというと、経営者は実態が知りたいし、将来への対策をしたい。過去の好業績に浸っていたいわけではない。過去の業績は将来の対策を立てるための分析に使いたいだけだ。なのになぜ製造業の会計から公正価値会計を排除しなければならないのだろうか。

 

公正価値の算定は、簡単に言えば将来キャッシュフローを見積もって現在価値に割り引く。そのなかで将来のリスクを分析・評価する作業が必要になる。一方取得原価主義では過去いくらで買ったかを正確に記録しておけばよいので、将来に対して関心が向かない。

 

会社で経理や管理会計を担当されている方は、せっかく作成した分析資料を経営者からダメだしされた経験をお持ちだと思う。「過去は分かった、でもこれからどうしたらいいんだ。」そんなセリフを何度も聞かされているのではないだろうか。会計への興味が薄い経営者の多くは、提供される会計情報が過去のことしか含まれていないことに不満を感じている、そんなものに手間をかけるか?と思っている。僕はそう思うが皆さんはどうだろうか。こういう経営者の多くが、上記のような公正価値会計の意味を理解すると、経理部にそこまでできるのか、企画部門との調整ができるのか、現場とのコミュニケーションはどうだ、と惑い心配されるだろう。そこを可能にするのがIFRSの準備プロジェクト(のはず)だ。システムの話はそのあと。

2011年8月 4日 (木曜日)

IFRS財団評議会の戦略レビューの報告について(1.会計の目的 の3)

-投資銀行用の会計基準と製造業用の会計基準 の1-

 

IASBは企業の実態を忠実に表現するためにIFRSを開発している。IFRS財団評議会やJICPAはそう認識している。これに関連して我が国には、IFRSは投資銀行用の会計基準であり、製造業等には合わないとの批判がある。さて、投資銀行用の会計基準、製造業用の会計基準とはなんだろうか。

 

具体的には公正価値会計と取得原価主義会計の争いのようだ。公正価値会計はM&Aを仲介する投資銀行用の会計基準で、取得原価主義会計こそは製造業にあっている、という主張のようだ。もう少し詳しく書くと、僕の理解では主に次の通りだと思う。

 

 IFRSは資産(や負債)の評価中心、貸借対照表中心の会計であり、取引実績を集計し利益を計算する損益計算書が軽んじられている。

 

 公正価値は期末日時点で計算されるため、期末の株式市場、金利や為替など外部市場の変動に影響され、期末になるまで業績が分からない。

 

 B/S中心で一時点の状況を示すので発想が短期的になりやすく、長期的経営をしている製造業中心の日本の風土に合わない。

 

 取得原価主義は製造業の経営にとって重要な原価計算と整合的だがIFRSは原価計算の考え方と合わない。IFRS用のシステムと別に管理会計用のシステムが必要となる。

 

これに関して僕の印象は以下の通り。

 

 恐らくちゃんとIFRSを理解した経営者はこのようには考えないであろうと思う。

 

 ただ「会計のイメージ」が変わるので、戸惑う経営者は多いと思う。

 

 投資銀行と経営者には相違点はあるものの、ものの見方に共通点が多いと思う。

 

 

要するに、経営者はちゃんと説明を受ければ反対しないのではないだろうか。いやむしろ望むのではないだろうか。もちろんこの「経営者」には製造業の経営者も含まれる。また、僕にはIFRSになると日本の製造業が不利になると言い切る自信はない。もうひとつ、投資家のための開示が他の利害関係者にも役立つというが、「他の利害関係者」の典型が経営者だ。

 

今日はここまで。次回以降、僕が上記のように思う理由を書きたいと思う。

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