番外編

2017年11月23日 (木曜日)

590【番外編】行政文書管理制度への意見〜寒い!

 

2017/11/23

最近急に寒さが厳しくなってきたが、みなさんのところも同じだろうか。ただ、寒く感じるのは気温のせいばかりではない。今、僕は行政管理制度ガイドラインの改正について、首筋にひんやりしたものを感じている。さて、みなさんはどう思われるだろう。

 

 

まだ内容は読んでいない。ニュースでは何週間も前から改正案が公表されたが如く報道されているが、実際には漸く22日に「行政文書の管理に関するガイドライン」の一部改正案についての意見の募集について(内閣府ホームページ)が公表され、パブリックコメントが募集された。

 

募集期間は12/10までだ。あまり時間はない(会計基準なら数カ月募集する)。公表された資料は募集要項や概要、新旧対照表、現行のガイドラインのみで、改正案はない。改正案は自分で想像しろ、ということらしい。このパブリックコメントは、公文書管理委員会という会議体で話し合われてきたことだが、8月以降開催された直近3回分の議事録は公表されていない*1。改正の趣旨や背景にある議論に興味を持っても知ることができない。

 

なるほど、このガイドラインの改正は内閣府大臣官房公文書管理課にとって、あまり重要性な話ではないのだな。同じく22日に募集された「豆腐の規格基準」とか「愛玩動物飼料安全性」などはもっとパブリックコメントの募集期間が長いのだが*2、それより軽いテーマなわけだ。

 

ふ〜む、「公文書等の管理に関する法律」の第1条に記載されている“民主主義の根幹を支える公文書管理”(前回11/12の記事を参照)とは、その程度のものなのか。この状況はそう思わずにいられないが、これが官僚のセンスなのだろうか、それとも安倍政権の姿勢か、う〜みゅ。“謙虚に丁寧に”はどこへ行った?

 

 

寒い。とっても寒い。寒さに対抗するには熱が必要だ。

 

というわけで、このテーマ、いつもより情熱を持って進めていきたいと思う。いや、いつも情熱を持ってやっているつもりだが、さらに温度を上げていこう。

 

 

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*1 下のページは公文書管理委員会の開催状況のページだが、現時点(11/23)で8/30開催の第56回以降、議事録が掲示されていない。

 

2017年度 委員会開催状況

 

*2 下のページが政府のパブリックコメント募集のページ。

 

パブリックコメント:意見募集中案件一覧

 

ここを見ると、22日には11件募集案件が新たに掲載されたが、そのうち9件は、このガイドラインの改正案より意見募集期間が長い。

 

 

 

2017年11月12日 (日曜日)

589【番外編】行政文書管理制度への意見〜罰則を設けよ!

2017/11/12

2ヶ月程前に急に涼しくなったが、それからは季節が足踏みしており、過ごしやすく心地よい日々が続いている。みなさんのところはいかがだろうか。

 

この間、総選挙やトランプ氏のアジア歴訪、そして日本シリーズなどに世間の関心、というかマスコミの関心が向いていた。僕の関心は「行政文書の管理に関するガイドラインの一部改正案」に向いている例の“モリカケ”や南スーダン派遣部隊の日報で注目を浴びた官僚の文書管理の杜撰さをなんとかしようという問題だ。マスコミでは11/8に報じられた*1が、それによれば、この改正案について一般への意見募集が行われるという。

 

まだ意見募集は行われていないらしい。内閣府のホームページを探しても、意見募集の対象となるその案すら見当たらない。

 

というわけで、僕なりに現在の行政文書管理制度を検討してみようと思う。現在の行政文書管理制度については、内閣府のホームページの「行政文書の管理」に記載されている内容を対象としたい。

 

 

予め申し上げておくと、僕は(恐らく、みなさんと同様に)、この行政文書管理制度には非常に悪いイメージを持っている。政治家や官僚がこの制度を悪用したと感じているからだ。

 

本来保管が必要な見積もり資料や入退館記録を廃棄し、核心をつく会議メモを行政文書ではないと否定し、現政権と自分自身にのびる追及の手から逃れようとした。自衛隊の日報に至っては、現場情報としての重要性を無視して、「行政文書から外してしまえ」などという極端な意見を識者が堂々とテレビで述べている。

 

言ってみれば、会計基準を歪めて粉飾決算を行なったのに、その会社が罰せられることなく上場し続けているようなもので、その会計基準の見直しには心血をそそぐ必要があると思うのだ。

 

おっと、そういえば、東芝は粉飾決算のあとも上場を維持している。オリンパスも然り。ん〜、現実には「粉飾=上場廃止」ではない。しかし、少なくとも経営陣は一掃されるし、リストラされるし、株は売られるし社会的非難も浴びている。したがって、総選挙で自民党が大勝利したから、問題官僚が出世・栄転したことが正当化されるとか、問題閣僚が再選されたからその傷が消えるなどいう政治の世界ほど簡単なことではない。政治や官僚の世界もこんな簡単なことにならないようにする必要があるように思う。

 

 

ということで、まず、この制度の目的を押さえておこう。そもそもこの制度は何を目指しているのか。それによって我々の不満や不安をカバーしうるものか、それとも別の制度が必要なのかが分かる。公文書等の管理に関する法律(平成21年7月1日法律66号)」第1条には次のように記載されている。

 

この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。*2

 

うん、難しい。誤解を恐れず平易・簡潔に表現すると次のようになるだろうか。

 

行政文書は民主主義の根幹を支えるものの1つである。適切な管理(行政の効率性を含む)は、国などの諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務を果たすために必要なものである。

 

議会が決めた法律(政策)を行政が執行するが、それを気に入らなければ次の選挙で議会の顔ぶれを国民が変更する。アベノミクスやインド太平洋戦略といった大きなテーマについては、のちの世代の国民が成功・不成功を評価して次の戦略策定と執行に生かしていく。

 

このような民主主義の仕組みと合わせて考えると、なるほど、行政文書の管理・情報開示は民主主義の根幹をなす重要な制度だ。これら情報の記録・保管が適切に行われず、嘘があったり重要なことが不明瞭であったりすれば、国が進路を誤ったり政権選択という国民の権利が侵害され恐ろしいことになる。

 

これは、当初の想定より重要性が高いテーマのようだ。影響が極めて大きい。何しろ国の根幹に直接関わる問題だ。しかし、構図としては監査調書の保管と似ていそうな感じがして取組み易い気もする。

 

 

ちょっと進路変更をしたい。上には「内閣府のホームページの「行政文書の管理」に記載されている内容を対象」と書いたが、事柄の重要性に鑑み、“案”が開示されるのを待って、ちゃんと検討したい。

 

とりあえず現在気が付いたことを書いておきたい。

 

それは「罰則がない」だ。上記の「目的」の引用元である「公文書等の管理に関する法律」にもなさそうだし、内閣府のホームページにも記載がない。ということは、“公文書偽造”などの一般的な刑法が適用されるのだと思うが、事の重要性や“モリカケ”に見受けられる構図を考えると、行政文書管理専用の罰則が必要だ。

 

刑法の規定は、偽造の対象が証明書などの特定のものに限定されていて、ここで言う行政文書の大半が抜け落ちてそうだ。また、“偽造”が対象であり、廃棄・紛失・隠蔽といった行為及びそれを指図した者に対する罰則がないようなのだ。音声・動画などの電子ファイルの扱いについても、同様の心配がある。

 

企業が嘘の開示をすればそれ用の罰則がある。監査人が監査調書を適切に作成・保管しなければ監査人としての資格を失う。これらは刑法の一般規定ではなく、金融商品取引法や公認会計士法といったそれ専用の法律に基づくものだ。

 

そういうことであれば、政治家や官僚が行政文書を不適切に扱った場合は、当然にそれ専用の罰則規定が必要と思う。政治家や官僚に、国の根幹・民主主義を支えている自負があるなら、自ら進んで重い責任を負ってもらいたい。

 

 

実は、もう一つ、僕が関心を持っているものがある。11/10にフランスで行われたサッカー日本代表のブラジル戦だ。結果は1-3で敗れたが、3失点した前半の出来が、どうも納得できない。日本代表はもっとやれたはずだ。

 

説明責任はハリルホジッチ監督にあるのだろうが、言葉でなくても良い。次の11/15のベルギー戦で前半から素晴らしい戦いを見せてくれれば満足するだろう。安倍政権にも同様の期待を持っている。

 

 

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*1 NHKは次のように報じている。

 

行政文書取り扱い 政府が新たなガイドライン案 11/8 NHK NEWS WEB

 

*2 行政文書管理制度の目的について

この記事の対象としている“行政文書”を含む公文書管理制度の目的は、本文に記載した内閣府のページには書いてない。上記の法律第1条の記載は、次のリンク先の文書から転記した。

 

公文書等の管理に関する法律 - 内閣府

 

2017年10月20日 (金曜日)

588【番外編】内部留保金課税が日本経済を浮揚させる?

 

2017/10/20

次の日曜日が総選挙の投票日だ。ご存知の通り、安倍氏による抜き打ち解散が民進党(衆院)を解党させ、希望の党や立憲民主党を産んだ。メディア報道では、小池氏の“排除”発言が風向きを変え、希望の党への逆風、立憲民主党への追い風となっているようだ。世論調査の分析では、分裂した野党をよそに、自由民主党が300議席を越す勢いという。

 

世間では注目度を下げている希望の党だが、僕は非常に興味をそそられた。それは次の2点を感じたからだ。

 

  1. 自民党に対抗しうる選択肢が生まれた。
        

我々はかつて民主党に希望を託したが、“決められない政治”で失望させられた。この党は党内議論をまとめられず、政権与党として戦略的な政策を立案・実行する力なかった。選挙に負けて“解党的出直し”がなされ、その後民進党になっても、“批判はすれども提案なし”の状況のまま現在に至っている。

 

そこで、小池氏(と前原氏)は、主に安全保障に対する考え方で民進党衆院議員を篩に掛けた。いわゆる“排除の論理”だ。この結果、民進党(衆院)は希望の党へ参加した者と、立憲民主党へ参加した者(と、無所属)に分裂した。

 

この篩の目の注目点は、先ごろ与党などが強引に成立させた安保法制を白紙撤回させるか、それとも、この安保法制を(一旦は)認めるかだ。

 

僕の感覚では、北朝鮮情勢を鑑みれば、白紙撤回はありえない。「この北朝鮮が危ない時に解散・総選挙なんてありえない」と批判するなら、安保法制の白紙撤回はもっとありえない。なぜなら、選挙は数週間で終わるが、安保法制を一からやり直せば年単位の時間がかかるからだ。白紙撤回して一から議論するという主張は、僕には現実的な対応に思えない。

 

というわけで、希望の党へ入党した人たちは建設的な党内議論・国会議論ができやすい人々、と考えたわけだ。それなら自民党に対抗する選択肢になりえる。

 

  1. 選挙公約に内部留保金課税が含まれている。
        

メディアでは“二重課税”などという税務テクニカルな批判がなされ、他の公約と合わせて「希望の党にはろくなアドバイザーがいない、政策立案能力がない、とってつけたような公約だ」など報道されている。確かにその通りではあるが、僕は、この問題の本質、内部留保金課税を公約に掲げた目的は、経営者への批判や企業経営に対する不満の表明にあると思った。

 

かつて、超円高など“六重苦”と呼ばれた日本企業を取り巻く経済的悪条件*1は、アベノミクスによって改善されつつあり、コーポレート・ガバナンス・コードにより企業経営が成長へ前向きになるようプレッシャーをかけさせ、さらには資本主義の国としては異例なことに、首相である安倍氏自らが賃上げを経済界へ求めた。

 

それでも投資は低調で(足元では増加の兆しあり)、実質賃金は上がらず、仕入先への支払いも渋いまま、企業の手元資金だけが積み上がっているという。“金は天下の回りもの”というが、お金は使われないと経済を盛り上げない。

 

希望の党は、お金の流れが目詰まりを起こしており、その原因が経営者にあると見立てている。内部留保金課税を公約に含めたのはそういう意味だろうと思った。

 

もちろん、日本にも素晴らしい経営者がたくさんいると思う。でも周りを見渡してみよう。そうすれば、米中韓などの企業の躍進に比べて見劣りしているように見える(のは僕だけではないだろう)。

 

希望の党は“課税“には拘らないと言っている*2。そこが、いかにも“とってつけたような公約”っぽいが、それで良いのだ。まだ生まれたての政党なのだから。そして、「企業の手元資金が経済で有効活用されれば良い、税収の自然増につながる」と主張している。確かに、消費を冷やす消費税の増税よりよっぽど良い。

 

 

会計のブログとしては、“二重課税”について詳しく書いた方が良いような気がするが、すでに権威のある方々が書いておられるので、それらを紹介することにしよう。末尾をご覧いただきたい*3

 

早速、金融庁がこれらの議論に乗じて、企業開示制度に手を加えようとしている*4。とても良いアイディアだと思う。

 

何れにしても、この話題は選挙後も継続して盛り上がっていくと良いと思っている。財務や税務の枠に収まらず、経営者の闘争本能を呼び覚ますワイルドな議論に発展することを祈りたい。

 

 

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*1 六重苦 コトバンク

 

円高、高い法人税率、自由貿易協定への対応の遅れ、製造業の派遣禁止などの労働規制、環境規制の強化、電力不足のことらしい。“電力不足”が入っているということは、東日本大地震(2011/3)の後の超円高の頃の経済環境を指すと思われる。

 

*2 内部留保活用「課税にこだわらず」 希望・小池氏 日経電子版 10/13 有料記事

 

*3 内部留保金課税に関するコラムについて

 

いくつか読んだものの中から、次のものを推薦する。ただいずれも、批判で飯を食ってる人たちなんだなあ、という感じはする。(僕も監査人時代はこんな雰囲気だったかもしれない。今もかな?)

 

希望の党「内部留保課税」に安心の希望が見出せない理由 DIAMONDonline 10/17

森信茂樹:中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員 

 

著者は、希望の党に”かなり否定“で入っているようだが、日本の同族会社に対する内部留保金課税や、米国や韓国の制度にも触れており、具体的な知識がありそう。

 

『「大企業は、内部留保の過大な積み上げをやめて、賃金や設備投資、配当の増加にまわすべきだ」というのは、全くの正論である。』とした上で、希望の党の内部留保金課税について次の観点から批判している。

 

・懲罰的な税制であること

・消費税の代替財源(=恒久的財源)として扱うこと(二重課税)

 

裏付けとして、韓国の例を挙げている。賃上げや設備投資ではなく、配当の増加(個人株主は2割程度と少ない)へお金が使われたということらしい。現在、制度の見直しが検討されているとのこと。

 

小池新党の「内部留保課税」は設備投資や雇用に全く効果がない DIAMONDonline 10/13

塚崎公義:久留米大学商学部教授 

 

内部留保は会計上資本の部にあるが、一般の議論はあたかも会社の資産のようなイメージで語られており、その誤解を解くことから解説を始めている。そして、

 

・企業が設備投資をするかどうかは儲かるネタがあるかないかであり、内部留保金課税は設備投資の多寡に影響を与えないだろう、税額を減らしたければ配当を増やすだろうとしている。

・「企業は株主のもの」という考え方が浸透してきたので、課税を避けるために賃金を上げることはさらに考えにくいとしている。やはり、配当されてしまうとのこと。

・「配当が増えれば株式市場が盛り上がる」こともないという。配当が増えた分、企業の財務基盤が揺らいで(倒産確率が上がって)日本経済のためにならないという。

・この方は、内部留保金のB/S残高に課税されるとの前提から、二重課税というより多重課税に当たる、と批判している。

 

企業が儲かるネタをもっと見つけやすくなるにはどうしたら良いだろう。そして、賃金・給与を上げることが企業の成長・発展につながると考えられるにはどうしたら良いだろう。

 

*4 内部留保、成長投資へ活用促す 金融庁が指針議論 日経電子版 10/17 有料記事

 

企業統治改革の会議(「成長戦略の具体策を練る政府の未来投資会議」のことか)で議論を開始し、来年の株主総会に間に合わせるよう“指針”を作成するという。“指針”を通じて企業と投資家が建設的に意見交換し、企業内部だけでは難しい課題の解決につなげることを期待する、となっている。さすが、金融庁。機をみるのが敏だ。

2017年9月18日 (月曜日)

587【番外編】人が残酷になる条件、それを避ける条件

 

2017/9/18

会計のブログにこのタイトルはおかしいだろう。みなさん、そう思われたと思う。今回は、番外中の番外、会計とは無縁の内容となる。何かというと、北朝鮮問題だ。もちろん、僕にこの問題を解決できる名案などあろうはずもない。ただ、北朝鮮に(金正恩以外の)多くの人々が生活していることを、時々、思い出した方が良いと思うのだ。長文になってしまったので、初秋の貴重な3連休を台風で台無しにされ暇を持て余している方などにお読みいただけると嬉しい。台風被害を受けられたみなさんにはお見舞いを申し上げる。

 

 

さて、みなさんは、先月NHK BS1で放送された「ショックルーム ~伝説の“アイヒマン実験”再考~*1」(BS世界のドキュメンタリー)という番組をご覧になっただろうか。内容は、ナチス戦犯アイヒマンの裁判に触発されて心理学者ミルグラムが行なった実験を検証し、ミルグラムとは違う角度から教訓を引き出そうとするものだ。

 

まず、このミルグラムの心理実験の内容とその結論を説明しよう。

 

被験者は「罰は教育効果を高めるかを実験によって検証する」と説明され、「これには“教育への貢献”という崇高な社会的意義がある」と感じて、実験に参加する。そして、この被験者が与えられた役割は、生徒とは別の部屋からマイクを通じて生徒に簡単な記憶問題を問い、生徒が間違ったら生徒へ罰(=電気ショック)を与えることだった。

 

実はこれは“ドッキリ”で、実際には被験者がスイッチを押しても生徒に通電することはない。しかし、それを知らない被験者は最悪な体験をすることになる。

 

なぜなら、被験者は、事前にさりげなく生徒(役を演ずる人)が心臓に持病を抱えていると聞かされ、しかも、生徒が答えを間違えて被験者がスイッチを入れるたびに生徒の呻き声や悲鳴を聞かされることになる。実験を中断するよう提案しても、研究者役の人は受け入れてくれないし、崇高な研究目的と研究者という権威を盾に「大丈夫だから」「責任はないから」などと続けることを強要する。加えて、問題を間違えるごとに被験者は電気ショックの電圧を上げねばならいことになっており、その度に生徒の苦しみ方は激しさを増していく。そして、順調に実験が進むと致死量の電圧に至る(スイッチを入れても生徒が反応しなくなる)。

 

この実験の本当のテーマは「教育と罰」ではなく、「どんなに残酷な命令でも、目的の崇高さや命令者の権威が人の良心を麻痺させ、実行されることがある」を証明することだった。この実験を行なったミルグラムは、次のような結論を導いた。

 

一定の条件下では、人は「自分はただ命令に従っているに過ぎない」と自分に言い訳をすることで残虐な命令をも実行する。

 

1962年に行われたこの実験は、「ナチスは、なぜユダヤ人にあそこまで残酷なことをし得たのか」という問いに一つの答えを与えたとされたらしい。それで、ナチスのホロコーストの残虐行為に主導的役割を果たしたとされるアイヒマンの名をこの実験の名称にしたようだ。

 

戦後アルゼンチンに逃亡していたアイヒマンは、1960年にイスラエルに拘束され、翌1961年にエルサレムで裁判を受けたが、一貫して「自分は命令に従っただけ」と主張した。結局、死刑となったが、その姿は『人格異常者などではなく、真摯に「職務」に励む一介の平凡で小心な公務員』のように見えたという。*2

 

平凡な小市民にあんな残虐行為ができるのか。「できる」ことをこの実験は示唆している。

 

ということは、我々も、一定の環境条件が整えば命令された残虐行為を実行したり、それを容認する(見て見ぬ振りをするようなことも含む)可能性があるということだろう。実験では最後にネタばらしをして被験者がホッとして泣き出したり、喜んだり、多くの場合ハッピーエンドになったようだが、この結果の意味するところは恐ろしい。

 

 

それはそうと、これと北朝鮮とどういう関係が? そうそう、そこが大事なところだ。

 

この実験の「崇高な目的」を「朝鮮半島からの核廃絶」に、「研究者の権威」を「国連安保理の権威」に、そして「電気ショック」を「経済制裁」に置き換えてみよう。我々は、北朝鮮が安保理決議に違反するたびに、経済制裁の厳しさを引き上げている。これはちょうど、生徒が問題を間違えるたびに電気ショックの電圧を上げていく行為に当たらないだろうか。いずれは電気ショックが生徒の息の根をとめる。すると被験者は「そんなつもりじゃなかった」とひどい後悔に苛まれることになる。この実験はドッキリだから生徒は死なないが、北朝鮮問題の場合、北朝鮮の国内、日本や韓国はどうなるだろうか。

 

ここで誤解のないように、北朝鮮問題に対する僕の考え方を書いておきたい。恐らく、多くのみなさんとあまり変わらない意見だと思う。

 

僕は北朝鮮に厳しい経済制裁を課すべきだと思っているし、トランプ氏の北朝鮮(や中国)に対する脅しを悪いと思っていない。米国の強硬姿勢に常に同調する安倍政権の対処も良いと思っている(だからといって、選挙で支持するとは限らない)

 

なぜなら、北朝鮮の目標は朝鮮半島から米軍を追い出し韓国を併合する形で朝鮮戦争を終結させることであり、核保有やICBM開発はその有力な手段となるからだ。この目標が実現しないでほしいと願っている。だが、単純な話し合いでは北朝鮮に目標を取り下げさせることはできないだろう。何せ、金王朝親子3代にわたる宿願なのだから。というわけで北朝鮮には強いプレッシャー、高い電圧が必要だ。そのために経済制裁のレベルを上げていくことは避けられない。同様に考えている方は多いのではないか。

 

しかし、このまま続けていけるのだろうか。これも、みなさんが心配していることだと思う。いつか、致死量に達した時に何が起こるか。プーチン大統領が述べたように雑草を食べても(=「大量の餓死者が出ても」という意味だと思う)耐え抜くのか、中国が心配しているように大量の難民が押し寄せるのか、それとも自棄自暴になって戦争を始めるのか。そうすれば、韓国や日本、そして米軍に大量の被害が出る。どれも悲劇だ。

 

 

さて、また“アイヒマン実験”に話を戻そう。上述したようにミルグラムはこの実験から人間の良心が麻痺する条件を指摘した。崇高な目的や命令者の権威などの条件が揃うと、人は恐ろしい命令であってもそれに従う。

 

しかし、このドキュメンタリー番組はこの実験の異なる面に焦点を当てている。

 

実はこの実験は、上記のドッキリ条件に変更を加えた様々なケースでも実施されていた。但し、ミルグラムはそのうち人間の良心が弱くなるケースの実験結果のみに焦点を当てて分析し、上記結論を導いたようだ。この番組は他のケースも合わせて分析すると、異なる結論が得られるとしている。では、他にどんなケースがあったかというと・・・

 

生徒と被験者の位置関係

 

生徒と被験者が同じ部屋にいて、生徒が苦しむのを被験者が横で見ているようにすると、すべての被験者は研究者に強い抵抗を示し実験を中断させる。生徒が死ぬところまで実験は進まない。

 

一方、別の部屋にいる生徒の悶絶する声を被験者が聞けない環境だと、実験は完遂されてしまう(生徒が10秒以上質問に回答しない場合は、間違えたとみなして被験者は電気ショックを与え実験を継続することになっているので、生徒の反応がなくなった後も、電圧が機械の能力いっぱいにあがるまで実験が続けられる)。

 

研究者と被験者の位置関係

 

研修者と被験者が同じ部屋にいる場合は、実験が継続される可能性が高まる。一方、被験者と実験者が別の部屋にいてマイクのみでつながっている場合は、実験が中断される可能性が高まる。

 

研究者の言葉

 

被験者が実験の中断を提案した際に、研究者が実験の継続を強制するような強い言葉を発した場合は、被験者は抵抗し実験を中断する可能性が高まる。例えば、「あなたは続けるしかない。あなたには他に選択肢はない」など高圧的な言葉を研究者が使うと、被験者は「選択肢はある、私はもうやらない」と反発する。

 

ということは、生徒の苦しみを被験者が認識できるとか、研究者と被験者の信頼関係が薄くなる場合には、実験が中断される、或いはその可能性が高まることになる。特に生徒の苦境を被験者が認識した場合の効果は絶大だ。この番組はこの点を逆手にとって、普通の人が残虐行為にまで及ぶ悲劇を防ぐことができると主張している。これこそが実験の教訓だと。

 

 

たびたび話題を変えて恐縮だが、もう一度、北朝鮮問題へ戻ろう。

 

金正恩は“普通”の人ではなさそうだ。だからこの実験を彼に当てはめる必要はないだろうと思う。一方、我々は普通の人だし、ビジネスマンのトランプ氏も金正恩と比べれば、“普通”の範疇に含めても良いように思う。更に、トランプ政権の安全保障政策を支える3将軍もこの意味では普通の人以上に普通、すなわち、悲劇につながるような武力行使には慎重と考えて良いように思う。そして金正恩以外の北朝鮮の人々も、多くは普通の人だろう。

 

ここでこの番組の主張を借りれば、普通の人は生徒の苦境を知れば悲劇を防ごうとする。要するに、我々が北朝鮮の一般の人の苦境・苦悩へ意識を向けることが、悲劇の可能性を下げることにつながるのではないかと思うのだ。

 

北朝鮮の核開発・ICBMの完成が近づいている。それに対応して、電気ショックの電圧を上限いっぱいに引上げる期限を早めなければならないかもしれない。しかし、そもそも、どこが上限なのかさえ正確にはわからない。短期間で難しい判断が求められている。

 

しかも北朝鮮は閉ざされていて、日米韓などの政府機関も一般の人々の状況を正確にはわからないだろうし、我々一般人がそこまで意識が向かないのは当然だと思う。しかし、悲劇を避けるには意外にそこが重要なのではないだろうか。そこで僕は、北朝鮮の一般の人々の状況を知ったり、逆にこちらの意図を知らせたりする有効な方法が欲しいなあ、と思っていた。

 

そんな時に、韓国政府が国連機関を通じて日本円にして8億円超の人道支援を検討するというニュースがあった。それを読むと、日本政府も日本のマスコミも、国際社会が結束して制裁をしようという時に「援助」を口にする韓国政府に対して冷ややかなようだった*3

 

僕の見方は違う。

 

韓国政府は、8億円程度の僅かな援助で北朝鮮の人々が助かるなどと思ってはいまい。しかし、国際機関を通じてであっても、そのような接点を持つことで、一般の人々の状況に関する新たな情報を得ようとか、何らかの意図を伝えようなどとしたのではないか。単なる援助を目的としたのではない、もっと裏の意図があったのではないか。

 

韓国は、慰安婦問題とか、戦時中の労働に関する損害賠償とか、変なことをいっぱい言う妙な国だが、この件は別。面白いアプローチだなあと思った。北朝鮮の一般の人々の状況がわかれば分かるほど、悲劇を避けられる可能性が高まるのだから。

 

一方、日本政府や日本のマスコミは、北朝鮮への経済制裁などのプレッシャーの強度とその効果をどのように、どういう観点で評価しようとしているのだろうか。人の言葉とは思えないような汚い金正恩のプロパガンダに踊らされながら、核とICBMの開発をやめるかどうかのただ一点しか見ないのか。

 

 

僕の勝手な感想を書けば、「日本は今なお20世紀の取得原価主義の世界に生きてるなあ」となる。20世紀の取得原価主義は、一旦支出額で評価したら、いくら環境が変わっても後生大事にその評価額を維持する。ワンパターンの減価償却しかしない。当時の経営者から見れば、「会計は支出した時点で思考停止してしまう」と思っただろう。だから管理会計が重宝された。ちょっと言い過ぎかもしれないが、環境変化に合わせて違った見方をしようとか、現在の新しい考え方で見直してみようとか、会計にはそういう発想があまりない時代だった。

 

北朝鮮の科学技術力がなぜか急速に進歩し、核開発などのスピードが予想を超えるものになった。それに対応して、米中露が素早く妥協し、国連安保理がスムーズに動くようになった。そうした環境変化の結果、重要性が増してきたのは、安保理決議等による制裁の効果が十分かどうかを評価する方法やその精度だ。やりすぎれば悲劇を招くし、足りなければ無法者国家が増長し国際秩序が大きく不安定化、最悪の場合は崩壊するかもしれない。その評価方法の精緻化と、今後も繰り返される追加制裁のサジ加減の調整がとても重要な局面になってきたと思う。

 

公正価値評価の議論でも出てくるが、評価や評価方法の有用性は、適切な情報を入手できるかどうかに大きく依存している。しかし、北朝鮮問題ではその情報が乏しいから、これを何とかする必要があるように思う。というわけで、これからは、今までのように核実験の規模やミサイルの性能ばかり話題にしててもしょうがないような気がしている。恐らく、中露は北朝鮮の内実について我々より多くの情報を持っている、或いは、その気になれば情報を取れる状況・立場にあるのではないだろうか。韓国もそうかもしれない。

 

日本はどうしていくのが良いのだろう。日本は現在、強硬路線の米国に同調する方針をとっているが、いずれどこかで、悲劇を避けるために米国にブレーキをかけるよう主張する事態に突き当たる可能性がある。その時が勝負だ。できるだろうか、自信と裏付けを持って。

 

 

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*1 この番組は、NHKオンデマンドで配信されているらしい。

 

ショックルーム ~伝説の“アイヒマン実験”再考~ 有料、期間限定(9/21まで?)

 

 

*2 Wikipediaのアドルフ・アイヒマン、および、ミルグラム実験より。

 

 

*3 例えば日経は次のように伝えた。

 

韓国、北朝鮮への人道支援検討 国際機関通じ8億円超  無料記事 日経電子版 9/14

 

2017年7月31日 (月曜日)

586【番外編】リース契約の区分と分割-富士フイルム

 

 

2017/7/22

富士ゼロックスのリース事業は、金融業か、サービス業か、それとも、物品販売業か。

 

一般にリース会社は“ノンバンク”などと呼ばれるので、金融業を営んでいるイメージがあるだろう。金融業の収益といえば、受取利息がイメージされる。

 

しかし、大きな駅の近くには“〇〇オートリース”などという看板があって、自動車のレンタルサービスをやっている。この場合の“リース”はサービス業ではないか。サービス業の収益といえば、サービス提供の都度、或いは、サービス期間にわたって計上される収益がイメージされる。

 

さらにいえば、最近は個人でも自動車の購入にリースを利用することができる。この場合は割賦購入に近い感覚で、売り手から見れば物品販売をしているのに近い。このように、メーカーやその販売子会社が販売の一形態として“リース”を利用する場合、その収益は物品販売、特に割賦販売のようなものに感じられるだろう。

 

その結果、リースの貸し手側の会計処理は、次のように3パターンが考えられる。

 

A. 融資のように、受取利息のみを収益計上する。*1

 

B. サービスの対価としてサービス提供の都度、或いは、契約期間にわたって収益計上する(利息部分はAと同様の認識)。*2

 

C. 物品の引渡し時に一括して(或いは、リース料入金の都度)売上計上する(利息部分はAと同様の認識)。*3

 

本稿のタイトルは「リース取引の区分」だが、問題になるのは、富士ゼロックス社のニュージーランド事業(=FXNZ)が上記のどのリースに当たるのか、ということだ。メーカーの販売子会社という位置付けを考えればC(一括売上計上)のパターンを採用するのが自然で、実際にFXNZはこの問題が明るみに出るまでそうしていた。

 

だが、一つ大きな問題があった。それは、このリース契約が“顧客の機器利用量に応じてリース料を変動させる”ものだったことだ(最低使用量は契約に明示されているが、顧客の義務にはなっていない)*4。割賦販売ならば、利用量に関係なく製品対価を回収できるが、このように利用量に応じて変動させるとなれば原価さえ回収できなくなる可能性がある。逆に、製品対価を大きく超える金額を回収することもあり得る。

 

僕が監査人なら次の点を疑うだろう。前者なら、製品引渡し時に粗利を含めて売上計上するのは明らかに早すぎるし、後者なら、リース対象となる製品以外のサービス等の存在が疑われ、そのサービス等がいつ提供されるのかが問題となる。後者の僕の疑問について首をかしげる方がいらっしゃるかもしれないが、顧客が著しく過大な製品対価を支払うとは思われないし、もし支払うのなら、その製品以外の何かを期待していると思うからだ。その製品以外の何かが、もし製品納入後に提供されるものなら、製品引渡し時にリース料総額を一括して売上計上することは適切でない。

 

第三者委委員会報告書では、US-GAAPに照らして、このタイプの契約がCの会計処理の条件に合致しているかどうかを検証している。そしてUS-GAAPでは“最低支払いリース料総額の回収が合理的に予想できる”ことがCの処理の条件となっており、この点を満たさないことが指摘されている*5

 

FXNZは、2009年に2つの会計事務所からCを採用することについて意見書を入手しているが、これらの意見書は「リース期間中のミニマムペイメントの現在価値がリース資産の公正価値のほとんどすべてに値する」というFXNZ経営陣の判断を前提に示されたものであり、実態調査の結果ではない。即ち、リース対象となった製品の原価及び粗利をリース料で回収できるかどうかを、両会計事務所は直接調査していない。そこはFXNZ経営者の判断を尊重したということだ。

 

では実態はどうかというと、前回も記載した通りで、この経営者の判断は間違っていた(或いは、嘘だった?)ことがこの第三者委委員会報告書に記載されている。

 

 

ん〜、みなさんはお気づきだろうか。「僕が監査人なら次の点を疑う」で始まる段落には“前者”(=原価と粗利の回収可能性)と“後者”(=製品以外のサービス等の存在)の2つの疑問を記載したが、この第三者委委員会報告では、前者についてしか記載されていない。後者については、僕が“的外れ”だったということか。まあ、それならそれで良いので、一応、もう少し確認してみよう。というのは、気になることがある。

 

FXNZ主力製品の複写機・複合機のリース料には、消耗品(コピー用紙やインク代等と思われる)などの運用コストも含まれている*6。この部分は特にカラーコピー機になってから、その比率が著しく増加し、会計上も著しく重要性が増しているはずだ(多分、カラーコピーは白黒から10倍以上に単価アップしている)。みなさんのオフィスにも「コピー1枚40円、無駄コピーはやめよう」などと張り紙があるかもしれない。カラーコピー機は運用コストが高いのだ(例えば、提案書・見積書などを大量に印刷する営業部門では、コピー機の値段より運用コストの方がはるかに高い可能性もある)。契約上は運用時に発生する消耗品などメンテナンス部分までリース料総額に含まれているので、もし、製品納入時に全額売上計上されていたら、大変なことになる。運用時に発生する収入は納品時の売上に含まれるべきでなく、運用サービスの提供に応じて売上計上する必要がある。ということで、実際にFXNZは大変なことになった*7。コピー用紙もインクも提供してないのに売上にされた。これは誰にでも不正とわかる手口、大胆な粉飾だ。

 

 

だが、もう少し考えてみよう。オフィスに「コピー1枚40円」などと張り紙がある件だ。(ニュージーランドではなく)日本のオフィスに。

 

ここまでニュージランド事業の話を書いてきたわけだが、日本でもコピー枚数に応じてリース料を支払う契約が行われているのではないだろうか。そうでなければこんな張り紙はないと思う。実は僕は監査法人勤務時代 にOA機器の管理担当をしていたことがあり、カラーコピー機(ネットワークプリンタ複合機)を購入(リース)したことがある。もう、10年以上昔のことだ。それは、確かに、コピー(印刷)枚数連動のリース料支払い契約だった。富士ゼロックス以外からも相見積もりを取ったが、いずれも同じような契約だったと思う。(最低使用量の扱いについては具体的な記憶はないが、“後者”の問題には関係ない。)

 

ということで、富士フイルムの有価証券報告書(2016/3)を見てみよう。何か複写機・複合機のリース契約に関する収益認識についてヒントがあるに違いない。収益認識の会計方針には次のようにある(関連しそうなところを抜粋。全文は欄外*8を参照)。

 

・・・

サービスについては、主として顧客に販売した機器のメンテナンスから生じており、サービスが提供された時点で収益を認識しております。販売型リースは、主として複写機及びオフィスプリンターから生じており、当社は、リースの開始時点で収益を認識しております。

・・・

当社は、製品、機器及びサービスが組み合わされた取引については、基準書605-25に規定されて いる別個の会計単位の要件を満たす場合、収益を各々の販売価格の比率により按分しております。 当該要件を満たさない場合には、未提供の部分が提供されるまで収益を繰り延べております。

・・・

 

販売型リース契約のうち運用に関連する収益を分割し、サービス収益として認識していれば問題ないが、どうもはっきりしない書き方だ。というのは、「製品、機器及びサービス学位合わされた取引については、・・・収益を各々の販売価格の比率で按分」とあるが、リース契約上、機器とメンテナンスサービス価格は分けて記載されておらず、販売価格がわからないと思うからだ。したがって、リース取引はこの記載の対象になっていないようにも読める。ちなみに、同業を持つキャノンの会計方針は次のように記載されている(富士フイルム同様キャノンもUS-GAAPを採用)*9

 

・・・

販売型リースでの機器の売上による収益は、リース開始時に認識しております。

・・・

機器のリースとメンテナンス契約が一体となっている場合は、リース取引と非リース取引の相対的な見積公正価値を考慮して、収益を按分しております*10。通常、リース取引は、機器、ファイナンス及び履行費用を含んでおり、非リース取引は メンテナンス契約及び消耗品を含んでおります。

・・・

 

これは分かりやすい。リース契約を機器リースと運用サービス(=メンテナンス契約・非リース取引)に収益を分割し、機器リース部分はリース開始時に売上計上するが、運用サービス収益はサービス提供に応じて収益認識していると、明確に読める。

 

 

さて、みなさんもご存知の通り、富士フイルムホールディングスは、本来6月中に提出すべき有価証券報告書(2017/3)の提出期限を7/31、即ち、今日まで延期した。監査法人から監査報告書を入手できなかったためだ。もし、今日中に提出できないのであれば、事前にニュースが流れるだろうが、今のところ、僕は知らない。したがって、無事に提出されるだろう。

 

しかし、今後も少し注意が必要かもしれない、と投資家としての僕は感じている。ニュージランドとオーストラリア以外にも同様の問題をはらんだ契約がありそうに思う。そして、その会計処理が、ちゃんとリースとサービスに分割して、それぞれに合う形で収益認識されていることを確認したい。

 

それはいつ?

 

多分、会計方針の注記がキャノンのように丁寧な注記に改まるまで、ということになるだろう。今回の有価証券報告書で確認できれば嬉しい。

 

 

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*1 これは、リース会計基準適用指針(平成23年3月25日)第51項の以下の条文に該当する取引をイメージしている。

 

(3) 売上高を計上せずに利息相当額を各期へ配分する方法

 

リース取引開始日に、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために支払う付随費用がある場合は、これを含める。)により、リース投資資産を 計上する。
各期の受取リース料を利息相当額とリース投資資産の元本回収とに区分し、前者を各期の損益として処理し、後者をリース投資資産の元本回収額として処理する。

 

*2 これは、企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」の第5項の“ファイナンスリース”の定義に入らないリース、即ち、オペレーティングリース取引に該当するイメージ。オペレーティング取引の会計処理は、同基準15項に「通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理を行う」とされている。

 

*3 これは、リース会計基準適用指針第51項の以下のいずれかの条文に該当する取引をイメージしている。

 

(1) リース取引開始日に売上高と売上原価を計上する方法

 

リース取引開始日に、リース料総額で売上高を計上し、同額でリース投資資産を計上する。また、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供するために 支払う付随費用がある場合は、これを含める。)により売上原価を計上する。
リース取引開始日に計算された売上高と売上原価との差額は、利息相当額として取り扱う。
リース期間中の各期末において、リース取引開始日に計算された利息相当額の総額のうち、各期末日後に対応する利益は繰り延べることとし、リース投資資産と相殺して表示する。

 

 

(2) リース料受取時に売上高と売上原価を計上する方法

 

リース取引開始日に、リース物件の現金購入価額(リース物件を借手の使用に供す るために支払う付随費用がある場合は、これを含める。)により、リース投資資産を 計上する。
リース期間中の各期に受け取るリース料(以下「受取リース料」という。)を各期 において売上高として計上し、当該金額からリース期間中の各期に配分された利息相 当額を差し引いた額をリース物件の売上原価として処理する。

 

*4 第三者委員会報告書P12に記載されている。

 

*5 第三者委員会報告書P16からに記載されている。

 

*6 第三者委員会報告書P17に、今回の問題となったリース契約の概要が記載されている。それによるとこの契約のサービス内容は次の通り記載されている。

 

機器代金・消耗品代金・保守料金・金利をまとめて毎月のコピー料金で回収する、機器販売と保守サービス等を一体化させた契約。

 

*7 僕の読み方が悪いのかもしれないが、第三者委員会報告書には消耗品供給などの運用サービスを含めてリース料総額を一括して製品引渡し時に売上計上したことがはっきり記載されていないように思う。しかし、間接的にそういう処理になっていたに違いないと判断した。それは以下の理由による。

 

・本文に記載したように、リース契約の内容に運用サービスが含まれていること。

・FXNZは個々の契約ごとに会計処理するのではなく、契約の種類ごとにまとめて販売型リースと判定し会計処理していたとされること。(このような処理方法・プロセスではリース料に含まれる製品対価とサービス対価を区分することはできないように思われる。契約ごとの処理が必要になるからだ。)

 

*8 2015年度(2016/3)有価証券報告書P112の収益認識の会計方針の全文。

 

(12) 収益認識基準

当社は、収益が実現し、又は実現可能でありかつ稼得したときに収益を認識しております。当社は、契約書等の説得力のある証拠が存在していること、顧客に対して製品・商品又はサービスが提 供されていること、その価格が確定している、又は確定可能であること、対価の回収が合理的に保 証されていることのすべてが満たされたときに収益が実現、もしくは実現可能でありかつ稼得した と考えております。一般的に、これらの条件は、所有権及び危険負担が当社から顧客に移転した時 点で満たされます。

当社は、コンシューマー製品及び医療・印刷等の業務用製品については、所有権及び危険負担が 当社から顧客に移転する時期に応じて、製品が顧客に引き渡された時点、又は出荷された時点で収 益を認識しております。医療・印刷機器及びオフィス事務機器等、顧客の受入が必要となる特定の 機器については、機器が設置され、顧客の受入が得られた時点で収益を認識しております。サービ スについては、主として顧客に販売した機器のメンテナンスから生じており、サービスが提供され た時点で収益を認識しております。販売型リースは、主として複写機及びオフィスプリンターから 生じており、当社は、リースの開始時点で収益を認識しております。販売型リースにかかる受取利 息相当額については、利息法によりリース残高の残投資額を基準として期間按分し、連結損益計算 書の「売上高」に含めております。オペレーティング・リースからのレンタル収入はそれぞれのリ ース期間にわたって認識しております。

当社は、製品、機器及びサービスが組み合わされた取引については、基準書605-25に規定されて いる別個の会計単位の要件を満たす場合、収益を各々の販売価格の比率により按分しております。 当該要件を満たさない場合には、未提供の部分が提供されるまで収益を繰り延べております。

当社は、基準書605-50に基づき、製品価格の下落を補填するために支給される販売奨励金や販売 量に応じた割戻、一部の現金歩引等を売上高から控除しております。これらは顧客からの請求又は 契約上合意した比率等により算出した額に基づいて計上しております。

サービ スについては、主として顧客に販売した機器のメンテナンスから生じており、サービスが提供され た時点で収益を認識しております。販売型リースは、主として複写機及びオフィスプリンターから 生じており、当社は、リースの開始時点で収益を認識しております。販売型リースにかかる受取利 息相当額については、利息法によりリース残高の残投資額を基準として期間按分し、連結損益計算 書の「売上高」に含めております。オペレーティング・リースからのレンタル収入はそれぞれのリ ース期間にわたって認識しております。

 

なお、収益認識の新基準である基準書606「顧客との契約から生じる収益」は、平成30年4月1日より始まる連結会計年度から適用するとしている(2015年度有価証券報告書P113)。

 

*9 キャノン有価証券報告書(2016/12)P82。

 

*10 FASB-ASC Subtopic 605-25「Multiple-Element Arrangement;複数要素契約」に基づく処理と思われる。僕はUS-GAAPの知識は乏しいが、IFRS15「顧客との契約から生じる収益」にも、概ね同様の規定が採用されていると思う(少なくとも公開草案の段階では)。

 

2017年7月19日 (水曜日)

585【番外編】重要性のない子会社に潜む悪魔-富士フイルム

2017/7/19

一昨日、日経電子版での『富士ゼロ会計不祥事、HDの責任追及「不十分」 *1という記事を読んだ。「そうだそうだ」と思い、改めて、先月富士フイルムホールディングスに提出された第三者委員会報告書*2を読もうと思った。“改めて”というのは、一回挫折したのだ。この報告書、AAだのHHなど、短縮略号・記号が多すぎて、内容が頭に定着しない。僕の頭は、ワーキング・メモリーの容量が乏しいので、この手の文書は苦手だ。更に言えば、会計処理の記述が分かりにくい。

 

さて、文句は脇に置いて話を進めよう。

 

真正面から勝負を挑んでダメな場合でも、ほかの方法でなんとかなることがある。そこで、目次を眺めながら「僕が本当に興味があるのはどの領域だろう」と考えてみた。要するに、全部読むことは諦めて、関心のある領域に集中することにした。妥協したのだ。

 

すると、次の領域に目が留まった。

 

第3章 FXNZにおける問題点
(注:“FXNZ”とは富士ゼロックスのニュージーランドの会計単位、2つの子会社を同国において連結したもの)

 

第10章 会計監査人による監査

 

その結果、異常な会計処理の内容(粉飾の具体的手口)と、監査人の監査対応に関する第三者委員会の評価に関心を持っていることを、自分で自覚することになった。

 

みなさんは「冒頭の“HDの責任追及”、即ち、企業統治の話はどうなった?」とご不満かもしれない。しかし、その前にこの問題の性質・本質を僕なりに理解したいのだ(と後付けで解釈した)。企業統治の話はこれを理解した後が良かろう。もし、上記の2つの章を読んで、まだ企業統治への関心が続いていれば企業統治へ話を進めれば良い。(だが、きっと気力が続かず事切れるだろう・・・)

 

というわけで、全部で12章もある報告書をたった2章で済まそうという僕のいい加減さに呆れない方は、どうぞ、この先をお付き合いいただきたい。とりあえず、これらの概要を記載することにして、力が残っていれば、続きを次回以降に繰り越したい。

 

「第3章 FXNZにおける問題点」の概要

 

FXNZについては、純資産を318億NZドル(75%の持分比率を勘案し2016/3/31基準日で換算すると185億円)の減額修正を要するとしており、そのうち、247億NZドルは“リース取引に係る会計処理の修正等”によるものとしている。

 

富士フイルムは米国会計基準を採用しているが、日本のリース会計基準でいうところのオペレーティングリースとファイナンスリースの区分に問題があり、本来オペレーティングリースとして契約期間にわたって収益認識すべきものを、ファイナンスリースとして契約時にリース料総額を一括して売上計上していた、ということのようだ(社内でMSA契約・GCSA契約と呼ばれているものが対象)。

 

オペレーティングリースは長期契約であっても(レンタル)サービスの提供として、サービス提供期間にわたって収益を期間配分すべきだ。しかし、それを物品販売のように一時に売上計上していた。したがって、収益の計上が年単位で早過ぎたことになる。大胆な粉飾だ。巨額(=247億NZドル)になるわけだ。

 

しかも、これらの契約ではリース料はコピー機等の使用量に応じて回収される契約になっていた。そのため、契約時に見積使用量を計算して売上計上していたがこれが過大であったり、また、最低使用量が決まっていても顧客側に義務を負わせる契約でないため、コピー機等の原価を回収できないものまであったらしい。要するに、売上時のリース料総額の見積もり(=売上高)が過大となっており、その相手勘定の売上債権(=リース債権)の回収可能性に問題が発生していた。これらについてリース料債権を減額したり、貸倒引当金の追加計上が必要とされている(それぞれ23億NZドル、12億NZドル)。

 

上記のほか、いわゆる未受注・未出荷売上のようなもの(架空取引を含む)で23億NZドル、費用の繰延べに係る不正処理12億NZドルが指摘されている。

 

以上が、上述の318億NZドルの内訳となる。

 

同種の問題はオーストラリアでも発生しており、その必要修正額は111豪ドル(持分比率を考慮した2016/3/31時点の円換算額は96億円)となるという(第4章)。全て合計すると、日本円で281億の純資産のマイナスとなる。(なお、これら以外に、付随してリース資産の減損や税効果に関するさらなる修正が必要になるが、この報告書では金額を算定していない。)

 

 

「第10章 会計監査人による監査」の概要

 

会計監査人は、2016/3期までが会計事務所1-1*3、2017/3期から会計事務所2-1*3が担当しており、海外子会社はそれぞれの海外メンバーファームが行なっている*3。連結監査においては、ニュージランド子会社もオーストラリア子会社も、親会社(=富士フイルムホールディングス)の監査責任者(監査報告書に署名する公認会計士)が、これらのメンバーファームの業務を、監査上の重要性を考慮して管理する。また、両子会社とも各国の会社法の規定による法定監査も受けているという。

 

この報告書では、日本公認会計士協会の監査基準委員会報告書600号「グループ監査」に照らして、会計事務所1-1や2-1の評価を試みたようだ。しかし、限られた期間に過去数年にわたる詳細まで調査することは現実的でないと判断し、結論は留保している。

 

以上がこの章の概略だ。

 

思わず引き込まれたのは、この事案が現地ニュージーランドで報道され(2016/9/22)、その情報が会計事務所2-1にもたらされた後の、会計事務所2-1の対応について記載された部分だ。会計事務所2-1は、2017/3/21、ついに不正に関する追加の調査が必要である旨、富士フイルムホールディングスの経営陣へ正式に通知した。

 

しかし、この問題を理解する上で僕が重要と思ったのは、親会社の監査責任者が各現地監査人の専門能力や業務をどう評価するか、および、連結子会社のグループ監査上の重要性の評価に関する記述だ。特にニュージーランド子会社は、いずれの監査人にも、この件が発覚するまで重要性なしと判断されていた。

 

この報告書は、複数の財務数値などに基づいて行われたというこの重要性の判断について、具体的な問題を指摘していない。仮に僕が調査したとしても、指摘できないだろう。しかし、どうも引っかかる。どうもすっと先へ進めない。

 

というのは、この問題のニュージーランド子会社が法定監査の対象になっているからだ。現地監査人は、法定監査において、この子会社の業務内容(経営環境、業務フロー、内部統制、および会計処理プロセス)をどのように理解していたのか。法定監査は連結監査とは別物なので、グループ監査上の重要性の基準とは別に、法定監査のための重要性、即ち、遥かに細かい基準値を利用して、会社を理解しチェックしていたはずだ。上記のリース取引区分のような本業の根幹の問題に気づく機会、リスクを感じる機会はなかったのだろうか。

 

何れにしても、今後、親会社監査人が行うニュージランド事務所の専門能力や業務の評価は、今までと同じ「メンバーファームなので限定的な手続きでOK」というわけにはいかなくなるのではないか。いや、ニュージーランドだけではないかもしれない。例えば、日本の会計事務所から派遣された駐在員が安いスタッフを使って数日で監査を仕上げる、現地事務所での審査も特別扱いで緩い、監査報酬も激安、みたいな実態があるかどうかわからないが、もしあるなら、そうした現地会計事務所の評価は、メンバーファームであっても特別な注意が必要になるのではないか。

 

さて、こんなことを書きながら、ちょっと後ろめたいものを感じている。実は、僕も監査人だった頃、重要性のないものを軽視していたからだ。当時も「重要性のない子会社こそが危ない」と、審査部門から口を酸っぱく何度も言われていた。しかし、僕は、そのたびに「重要性がないものには重要性がないんだよ」と、叫んでいた。もちろん、心の中で。マンパワーもないし、コストの無駄使いに繋がることは極力避けたかったのだ。

 

しかし、改めて考えてみると、本業でない事業をひっそり行っている重要でない子会社であっても、粉飾が発覚すると連結財務諸表に相当なインパクトを与えることがある。最近では、この富士フイルムのように、株主総会までに監査報告書が入手できず、有価証券報告書の提出期限を延長しなければならないような大事になる。

 

覚えていらっしゃる方も多いと思うが、次のような事例がある。

 

 ・本田技研工業

誰もが知る超有名自動車会社だが、子会社のホンダトレーディングの食品事業部で150億円の損失(2011年)。このニュースが流れるまで、ホンダに食品事業があることを知っていた人は少なかったと思う。詳細は同社ホームページ

 

 ・メルシャン

これも有名ワイン会社で当時はキリンの上場子会社(この反省からキリンが100%子会社にした)。地方の水産飼料事業で循環取引が発覚、65億円の損失(2010年)。同事業部は、メルシャンの子会社ではなく事業部だが、本業とかけ離れており、メルシャン社内での関心が薄かったとされている。詳細は第三者委員会報告

 

 

監査上の重要性の判断は、会社およびそのグループの事業内容(事業環境、内部統制、会計処理プロセスなど)を全て理解していることが前提で、金額基準はその上で成り立つものだ。これは、外部監査も内部監査も同じだと思う。

 

そう書くのは簡単だが、実行にはコストがかかる。規模が大きい会社ほど大変だ。しかし、やらなければならない。経営者がそのコストを低く抑えたいのであれば、社内コミュニケーションが重要だ。部門・子会社の垣根を低くして風通しを良くし、光が当たらない影の部分を減らす努力をするのが賢明だと思う。(これが賢明な策なのは、“監査のため”ばかりではない。)

 

 

ここまで考えて、改めて、今回の第三者委員会報告書の目次に戻って眺めてみると、さっきと違って見えてくる。

 

読み飛ばした第5章から第9章、第11章には、きっと、富士ゼロックスの隠蔽体質・風通しの悪さが、特にアジア・パシフィックエリアの組織を中心に、色々な角度から記載されているのだろう。そしてその改善に積極的に取り組まなかった富士フイルムホールディングス経営陣への批判も記載されているに違いない。そして最終章の第12章には、社風を変えるための組織改革とか、内部監査体制の改善とか、内部通報制度などが記載されているのではないかと思う。

 

ん〜、ここまで整理できるとだいぶ読みやすそうだ。じゃあ、もう一度チャレンジしてみようか。

 

いや、多分しないと思う。僕のパソコンの中でもう1ヶ月以上開きっぱなしになって、貴重なメモリを占有し続けているこの第三者委員会報告書のPDFファイルを早く閉じてしまいたい思いが強いのだ。でもその気持ちを抑えて、リース会計にかかる粉飾のところを、次回、もう少し詳しく書いてみようと思う。

 

富士フイルムホールディングスは米国会計基準を採用しているが、リース会計に関しては、日本基準とそう違わないはずだ(僕の記憶だが)。それをお読みいただければ、ニュージランド子会社の会計基準の解釈の何が悪いのか、そして、僕が“大胆な粉飾”と書いた理由について、もう少しわかっていただけるように思う。

 

 

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*1 この記事へのリンク。

 

富士ゼロ会計不祥事、HDの責任追及「不十分」  7/17 日経電子版有料記事

 

有料記事の内容を記載することは憚られるが、最終段落の見出しが(富士フイルムホールディングスの)「ガバナンスは最低ランク」であり、その文章の最後が『カーン氏は「株主の代表である社外取締役が最高権力者の古森氏を監督するガバナンス体制作りが何より必要だ」と指摘する。』であることを紹介しておこう。かなり辛辣に経営者を批判した記事となっている。

 

翌日の日経ニュースメールでは「これでよかったのか 富士フイルムの富士ゼロ不正対応」というタイトルで、同じ記事へのリンクが配信されていた。

 

*2 富士フイルムへの第三者委員会報告書へのリンク

 

(差替)「第三者委員会調査報告書の受領及び今後の対応に関するお知らせ」の ファイル差替について 6/12 同社ホームページ

 

*3 監査法人の名称がなぜか報告書に記載されていないが、次のようになる。

 

会計事務所1-1 = 新日本有限責任監査法人

会計事務所1-2 = アーンスト・アンド・ヤング(EY)のニュージランド事務所

 

会計事務所2-1 = 有限責任あずさ監査法人

なお、あずさ監査法人はKPMGのメンバーファームなので、会計事務所2-2はそのニュージランド事務所と思われるが、会計事務所2-3という記述もある(P177)。僕にはそれが何を指すのかよくわからなかった。

 

 

2017年6月28日 (水曜日)

584【番外編】「粉飾の傷口広げた“第三者”の助言」

2017/6/28

前回(5/16)、東芝のことを書いて自損事故を起こしたような気持ちになった(=自分で自分の気分を悪くした)僕は、もう2度と東芝に触れまいと思っていた。しかし、日経ビジネス(6/26号)の「粉飾の傷口広げた“第三者”の助言」という記事を読んで、また戻ってきてしまった。ありえない、と思いたい。

 

この記事は、4つのパートの2つ目、即ち、起承転結の“承”の部分に当たる。内容は、デロイトトーマツが、ウェスティングハウス社に関連する減損損失不計上や、有償支給取引を利用した“バイセル取引”という不正行為の隠蔽に関連した助言を行い、当時の東芝の経営陣が監査人を欺く手助けをしていたというのだ。それだけではない。前回の記事に書いた「第三者委員会の調査対象から原子力事業を外した東芝経営陣の判断の軽さ」にも関わっているという。これらが、東芝が真面目に問題に向き合う機会から遠ざけ、その傷口を広げた、というわけだ。

 

これらは新しい話ではない(=以前から日経ビジネスなどが主張していた*1)が、今回のように問題全体の中で整理されると説得力が増す。

 

これが事実なら、業界を代表する大監査法人(の実質的子会社)が、自らの利益のために、公認会計士の社会的存在意義を否定するような反社会的行為を行ったことになる。東芝同様、監査法人トーマツも天に唾を吐いたのか。

 

おっと、待て。日経ビジネス誌の巧みな論理展開と熱い主張の勢いにのまれて大事なことを忘れてないか。そう、情報を理解し受け入れるには検証が必要だ。

 

 

そこで冷静に読み返してみると、デロイトトーマツに関連する記述は直接的な証拠・事実を押さえておらず、状況証拠から推測したものになっていることに気づく。例えば、日経ビジネス誌は、契約案件「名」は入手できたが、契約の詳細とか、その契約による成果物は確認できていないようだ。だから、東芝の社内メールや粉飾隠蔽のマニュアルなどの間接証拠からキャッチーなキーワードを取り出して、デロイトトーマツと関連付けている。即ち、東芝がデロイトトーマツに何を依頼しどんな助言を受けたかは、具体的な事実として記事になっていない。だが本来は、それこそがデロイトトーマツ関与の決め手だろう。

 

日経ビジネス誌は状況証拠から問題提起型のストーリーを作り、それに沿って入手した材料を解釈しているようだ。従って、そのストーリーが正しいかどうかについては、読者が判断することになる。

 

でも、どうやって?

 

それは日本公認会計士協会や公認会計士・監査審査会の検査だと思う。日経ビジネス誌には、取材上の限界があるが、これらの検査では監査法人内のあらゆる情報を入手できる。契約前のプレゼン資料から契約内容の詳細や遂行プロセス、その成果物(助言の内容も含む)も閲覧できるし、監査法人には「そんなものはありません」と言い訳することは許されない。財務省や文科省とは違うのだ。保管してなければ、それ自体が重大な問題だ。

 

ただ残念ながら、これらの検査では個別の案件について「〇〇は白でした」などと分かりやすい結果報告はしてくれないかもしれない(“黒”なら、その内容がある程度公表される)。でも、もし、これらの、通常は決まり文句しか記載されない検査結果に余計な記述があれば、そこは日経新聞がきっちり取材し報道してくれるだろう。それを待つしかない。いつ検査が行われ終了するかは分からないが、必ず行われるはずだ(もう行なっているかもしれない)。そして、早く白黒がはっきりすることを期待したい*2

 

 

何れにしても、繰り返しこのような報道がなされることの影響は大きく、この先、トーマツのブランド毀損は免れないのではないか。そして、このようにタチの悪い話は監査法人のブランドに留まらず、公認会計士全体や監査制度への信頼にも影響しかねない。

 

そう考えると、トーマツには説明・釈明の機会があっても良いと思う。だが、記事によれば秘守義務があるためにトーマツ関係者は取材に応じていないようだ。昔は秘守義務が会計士や監査制度を守ったかもしれないが、社会一般に情報開示が進んだ今もまだ同じだろうか。

 

やるべきことをやっている、或いは、問題があったので改善した、などとタイミング良く知らせる方法があると良いのだが。日本公認会計士協会や公認会計士・監査審査会の検査が、企業の第三者委員会調査のようにタイミングよく機能すると良いかもしれないが、現実的でない。それより外部法律事務所に調査を依頼し報告書をまとめてもらうといった対応が、秘守義務に抵触しないでできると良いと思う。

 

今日は東芝の株主総会が開催される。長期保有株主の方々は、この日経ビジネスの記事を読んでどんな感想を持たれただろうか。会計士に愛想をつかしていなければ良いのだけれど。それを想像すると、また自損事故を起こしたような気持ちになる。会計士が業界内で生臭く共食いしてる、或いは、会計士のコンサルはなんでもありだ、みたいなイメージが定着しないことを祈りたい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 このブログでも、以前、この件に関連する文藝春秋の記事を扱ったことがある。

 

556【番外編】3/15公表の東芝報告書と文藝春秋の記事をざっと読んでみた。2016/3/16

 

*2 白か黒か、早く結果を公表してほしい。

 

*1の記事にも記載したが、僕の経験からは、日経ビジネス誌が主張するような内容の契約が、監査法人の受注承認プロセスを通過できるとは思えない。一方で、いかに良いルールでも、その目的が正しく理解され賛同されない限り、不正な運用がなされる可能性がある。

 

したがって、日経ビジネス誌が問題提起型の報道をするのは、マスメディアの役割として大切なことと思う。しかし、社会全体としては、それだけでは中途半端だ。結果に白黒をつけ、黒であれば責任を取るべき人に責任を取らせ、再発防止を図るところまで見届ける必要がある。白であれば嫌疑を晴らしてもらわなければならないし、おそらく、この問題の起承転結には別の“承”があるだろう。日経ビジネス誌や他のマスメディアには、そこまでのフォローを期待したい。

 

このようにメディアの関心が続くことで、日本公認会計士協会や公認会計士・監査審査会などの検査も洗練されていくと思う。だが、社会の関心がそこまで続くかが問題だ。途中で忘れ去られてグレーな印象だけがもやっと残る、というのが最悪だ。

 

というわけで、検査結果を早く、分かりやすく公表してほしいと思う。

 

 

2017年5月16日 (火曜日)

583【番外編】東芝の意見不表明レビュー報告書

2017/5/16

僕は、投資家としては、東芝に興味がない。しかし、意見不表明経験のある元監査人としては惹きつけられる部分もある。東芝の監査人はどんなレビュー報告書を書いたのだろう。

 

しかし、「粉飾発覚 監査人交代 また粉飾発覚 意見不表明」 の流れからすると、レビュー報告書を読むことは、癌の告知を聞きに行くようなもの、いやいや、最近癌は治る病気になっているのでこの表現は適切ではない、要するにとても希望のない作業となる。だから、ずっと先送りにしてきた。

 

そんな時に次の記事に接した。

 

東芝、15日に3月期業績概要を公表 監査法人意見付かず  日経電子版 5/12

 

意見不表明のレビュー報告書は2016年度第三四半期決算に関してだが、年度の決算についても(現時点では)監査意見がつかないという。だが、みなさんも、この程度の見出しでは驚くまい。「ああ、そうなったか」という程度の感想ではないだろうか。なるべくしてなったのだ。東芝は天に向かって唾を吐いたのだから、自分の顔が汚れても仕方ない。

 

それにしても、汚い唾だ。あれから3ヶ月経っても落ちないのだから。一体、どんな汚れ方をしたのだろう。という興味が湧いて、ようやく、このレビュー報告書を読む気になった。今回は、その報告をさせていただこうと思う。

 

 

焦点になるのは「結論の不表明の根拠」第2段落の次の記載だ。

 

 継続中の評価の対象事項には、注記19.企業結合に記載されている、2016年度第3四半期末における四半期連結貸借対照表計上額495,859百万円の前提となる取得日現在の公正価値635,763百万円の工事損失引当金について、当該損失を認識すべき時期がいつであったかを判断するための調査に対する当監査法人の評価も含まれている。また、その他にも当監査法人の評価が終了していない事項があり、これらの影響についても、確定できていない。

 

少し分かりやすく書くと次のようになると思われる(正確ではないかもしれないが)。

 

 まだレビュー手続が終わっていないのは、連結B/Sの工事損失引当金約5千億円に関してで、特に、この損失をどの時期に計上すべきであったかが不明である。これ以外にも不明な点が残っている。

 

Edinetを見る限り、東芝はこの企業買収を行なった2015年度や、2016年度の第1四半期、第2四半期の開示書類について、この問題に関する訂正をしていない。したがって東芝としては、この2016年度の第3四半期に全額損失計上するのが正しいと判断したと思われる。しかし、監査人はそこに納得していない。

 

みなさんは、この監査人の意見には同感されるのではないか。総額6千億円を超える複数案件の巨額の工事損失が、まるで災害にでもあったが如く、この第3四半期一期間に集中して生じたとはとても信じがたい。

 

一方で、第1四半期や第2四半期にいくら損失が発生したかは不明であっても、第3四半期P/Lは、4月から12月までの9ヶ月間を対象としているので、第3四半期のP/LとB/Sは正しいのではないか、と思われる方もいらっしゃると思う。それなら、第1四半期や第2四半期はダメでも、第3四半期のP/LとB/Sには意見表明しても良いのではないか、と。

 

これについて監査人には、おそらく次のような危惧があったと想像される。

 

・3ヶ月情報の重要性

開示資料から3ヶ月単位の売上高や利益などの業績指標を計算し、その推移を分析することが一般的であることを考慮すると、四半期財務情報には、どの四半期に損失が生じたかが正確に表現されていなければならない。しかし、その確証が得られない。

 

・その時点の経営者の最善の見積もりを後から再現することの難しさ

いわゆる“経営者の見積もり”という会計手法の弱点だが、このような問題があって遡求修正が必要な場合に、各々の決算当時に遡って、その当時に知り得た情報のみで会計上の見積もりをやり直すということは、意外に難しい。時の経過と共に新しい情報に更新され、新しい事象が発生し、試行錯誤していたことにも結果が出ている状態から、それらの影響を一つ一つ引き剥がして元に戻していくことは、古い絵画や遺跡を修復するような作業であり、極めて手間・暇がかかる。

 

・2015年度に損失が生じていた可能性

この企業買収(=WECによるS&Wの買収)は、当時米国原子力事業が抱えていた訴訟問題を一挙に解決する起死回生の策として実行されたが、そもそもその判断があまりに楽観的すぎたのではないか、さらには、問題の本質を隠蔽する意図があったのではないか。WECの経営幹部が会計上の見積もりにプレシャーを与えたという内部告発は、そういう可能性を示唆していると監査人がリスクを感じても不思議はない。

なお、東芝は米国弁護士などに依頼して、約60万件のメールをチェックしたり、数十名のインタビューをするなどして、過去の決算に訂正は不要と判断している*1。しかし、監査人はその判断をそのまま受け入れなかったのだろう。これには検証が必要だ。この損失の質的・量的重要性を考慮すると、手間のかかる検証手続が想像される。

 

恐らく、東芝と監査人は、これらについてお互いの意見をぶつけ合い、監査スケジュールの見通しなどを検討したことだろう。ところが納得が得られず、ついには、東芝が一時会計監査人の選定、即ち、監査人交代までしようとした。だが、問題を改善するための原因追求と正しい開示のためには、東芝も監査人も相当な時間が必要、というのが、僕の妄想の結論だ。

 

改めて残念に思うのは、2年前、2015年に最初の粉飾が疑われ第三者委員会を設置した時に、原子力事業を調査対象から外した東芝経営陣の判断の軽さだ。その後も外した理由の説明さえない。そして、それが尾を引いて今の問題につながっている。この問題が発覚するまで原子力事業は好調だと言い続けていた。まさに、唾を吐き散らし続けてきたのだ。

 

僕の記憶が正しければ、2月に、東芝が上場を維持するために、メモリー事業を分離して売却するというニュースが流れた時に、日経プラス10のキャスター山川龍雄氏は次のようなコメントを述べた(記憶なので正確ではない)。

 

東芝は上場にこだわるより、しっかり出直した方が良い。即ち、一旦非上場になって、しっかり再生することに集中した方が良い。

 

全く賛成だ。というか、すでに現時点で上場会社であるべきではないように思う。投資家、或いは、監査人という立場からすると、撒き散らしているのは、唾というより、毒かもしれない。次は東証の判断が注目される。

 

 

ん〜、みなさんは、僕の東芝批判を読んでとても嫌な気持ちになったかもしれない。大変申し訳ない。実は、書いてる僕も自己嫌悪だ。そして恐らく、一生懸命やっても意見不表明という結論しか得られなかった監査人もやりきれない思いでいることと思う。とにかく、「粉飾+意見不表明」は、誰にとっても最悪の組合せじゃないかと思う。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 日経電子版の以下の記事による。

 

東芝、適切な監査に疑問 上場維持へ苦渋の選択 4/26 有料記事

 

 

2017年2月16日 (木曜日)

582【番外編】東芝ドタバタ劇場

2017/2/15

日米でドタバタが世間の注目を集めている。両者の共通点は、情報開示が規格外なことだが、相違点は動機だ。自国民のためにやっているトランプ大統領に対して、東芝は保身に手一杯で、周囲にまで思いが及んでいないようだ。

 

 

すでにみなさんもご存知の通り、東芝が決算発表を1ヶ月延期した。もし詳しい経緯が知りたい方は、例えば日経電子版の無料記事*1、シンプルに延期理由を知りたい方は、Reutersの記事*2がコンパクトだ。東芝のホームページにはプレスリリース*3が開示されている。

 

これらを読んでみると、どうやら、ウェスチングハウス経営者が会計上の見積もり(2015/12の原子力施設建設会社の買収資産に関連したもののようだ。特に未成工事支出金が疑われる)に不適切なプレッシャーを与えていた可能性があるらしい。要するに粉飾決算の可能性が示唆されている。内部通報は1/8と1/19にあり(タイミングからすると、連結パッケージに絡んでいるようだ)、通報者へのインタビューは1/28に行われたという。しかし、まだプレッシャーの存否やその影響の大きさに関する評価が終わらない。経営陣は、この状況を決算発表予定日の前日、すなわち、2/13の午後に把握したという。

 

なぜすぐ(2/13)に決算発表や四半期報告書提出の延期を申し出なかったのか。なぜ決算発表開始時間を過ぎてもなおバタバタしていたのか。

 

以下は、全く想像に過ぎないが、あえて書こうと思う。というのは、これは単なる企業情報開示の問題ではなく、企業がその存在を社会に許されている原点・理由を東芝上層部が忘れているように見えるからだ。すなわち、重症なのは財務状況だけではない。

 

13日に分かっていたことへの対応が、14日の昼過ぎまでバタバタしたのは、その現実を受け入れ、如何に対応するかについて、東芝の上層部がまとまらなかったからだと思う。予定通り決算発表を強行しようとする一派がいて、そんな状況ではないと対抗するもう一つの派とせめぎ合い、時間切れが後者に味方したと想像される。

 

しかし、報道やプレスリリースなどを見る限り、常識的に後者の対応が当然ではないだろうか。それ以外に選択肢があったように思えない。それにも関わらずここまで縺れたのは、前者の勢力が強大だったこと、すなわち、前者が東芝上層部の主流派・多数派だったから、と想像される。後者は、時間の助けを借りてギリギリ主張を貫いた、という感じがする。(だからといって、後者が今後の主導権を勝ち取ったとは限らない。)

 

今回の東芝の決算は減損金額の確定が予告されていたことや、内容によっては日本の原子力戦略に影響を与えかねないために、世間の注目を集めていた。それを分かった上でもなお繰り広げられた東芝ドタバタ劇場は、その主流派・多数派が如何に世間常識から外れ、自己中心的で閉鎖的な井の中の蛙集団であったかを示しているように思う。

 

 

TBS系列の日曜夜9時“日曜劇場”は、最近では「倍返しだ!」の『半沢直樹』が話題になるなど、永く世間の注目を集めてきた。遡るとかつては東芝が一社でスポンサーを務め、“東芝日曜劇場”と呼ばれていた。長い歴史があるのだ。

 

今回のドタバタ劇場も、繰り返されて長い歴史を刻んでいくのだろうか。主流派・多数派の頭の中を変えるのは容易ではない。しかし、東芝に残された余裕・時間はわずかしかない。

 

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 東芝迷走の1日 「不適切」の影再び 」(日経電子版 2/14

 

*2  東芝、決算発表を1カ月延期 提出期限延長を申請」(Reuters 2/14)

 

*3 第178期第3四半期報告書(自 2016年10月1日 至 2016年12月31日)の 提出期限延長に関する承認申請書提出に関するお知らせ (東芝ホームページ)

 

 

2016年11月 3日 (木曜日)

581【番外編】Pokémon GO

2016/11/3

みなさんは、Pokémon GO を楽しんでおられるだろうか。このゲーム、なかなか奥の深いところがあって、考えさせられる。もしかしたら、我々人間社会の縮図かもしれない。

 

プレーヤーを青・赤・黄の3チームに分けてポケモンをバトルさせ、チーム間で“ジム”と呼ばれるバーチャルな施設を奪い合うのだが、どうも多くの地域で青チームが圧倒的に強いようだ*1。しかし、恐らく、かなり多くの青チームのプレーヤー(以後、“青プレーヤー”と記載する)は、あまり幸せを感じてないと思われる。実は、意外と多くの青プレーヤーが劣勢である赤や黄プレーヤーより不遇なのだ。そのため、敵である赤や黄プレーヤーに、期待を託しているようだ。何を? それが信じられないことに、「青チームが支配しているジム(以後、“青ジム”と記載する)への攻撃を」だ。

 

こんなチーム戦にあるまじき思考がなぜ生じるのだろうか。それは邪悪な考えなのだろうか、それとも、何か前向きな意味があるのだろうか。ちなみに、僕は赤チームだ。

 

 

Pokémon GO にはポケモン採集や健康的な運動促進など色々な側面があって、もっと違う遊び方、楽しみ方もあると思うが、上記に関連する部分について、ちょっと書いてみようと思う。

 

僕の理解では、Pokémon GO は現実世界をゲーム盤に見立てたモノポリーのような面がある。 ジムポケモンのバトルに勝利して、ジムをより多く占有したチームのプレーヤーが、多くの利益を得られる仕組みになっている。そうしたプレーヤーは、ポケコインというゲーム上の通貨による配当を得られるのだ。一つのジムについて最大10名までがポケモンを配置でき、その10名が配当を受けられる。

 

ところが、そう単純ではない、モノポリーより複雑な面がある。

 

ゲーム盤を(青・赤・黄のいずれか)一色に染めてしまえば、そのチームが勝ちというわけではない。いや、仮に全てのジムが青一色に染められたら、即ち、すべてのジムが青チーム10名によって“完全支配”されたら、もはや青プレーヤーはポケモンのバトルができなくなる。バトルという楽しみが奪われる。それでも、ジムにポケモンを配置して配当をもらえるプレーヤーはまだいいが、配当をもらえないプレーヤーは、一切、配当をもらう道が絶たれる。青チームは貧富の差が完全に固定化される。

 

なぜなら、プレーヤーは自分が所属するチームが“完全支配”したジムを攻撃できないからだ。やってもいいが、徒労に終わる。何も得るものはない(というか、バトルさせたポケモンの元気を回復させるために、手持ちの道具を消費する分、持ち出しとなる)。というわけで、青プレーヤーはバトルという楽しみがなくなってしまうとともに、配当も増やせない。もはや、このゲームにおける自分の状況を向上させられない。

 

一方、赤や黄プレーヤーは、青チームのジムを自由に攻撃できる。青チームが支配しているジムがたくさんあるから、辺り一面にバトル・チャンスがゴロゴロある。ポケコインという金貨がそこら中に転がっているようなものだ。スマホ片手に、そこら中歩き回って良いポケモンをゲットし、進化・強化させてバトル力を高めれば、ゲームにおける自分の環境をいくらでも向上させられる。

 

青プレーヤーにはさらに悲劇がある。青ジムを、他のチームが攻撃するよう願うようになるのだ。即ち、味方の悲劇・損失を望むようになる。

 

例えば、もし、10人で完全支配している青ジムを赤プレーヤーが攻撃すれば、10人のうち何人かが削られて、ポケモンの配置に空きができるかもしれない。そうなれば、自分のポケモンを配置して配当をもらえるチャンスが出てくる。或いは、赤プレーヤーが完全に勝利して青プレーヤー10人全員のポケモンを削れば、そのジムは赤ジムになるので、青プレーヤーが攻撃できるようになる。バトルという楽しみ、配当への期待が復活する。

 

おまけに、青ジムの10人は、多くの場合、お互いに面識があるわけではない。中には、集団でジム・バトルを仕掛け、リアルな仲間でジムを支配することもあるが、大概は、たまたま同じ船に乗り合わせた程度の間柄でしかない。いや、お互いに顔も知らないのが普通だろう。

 

だから無理もない、不遇な状況にある一部の青プレーヤーは、味方の悲劇を願い、敵を応援するという居心地の悪い願望を持つようになる。中には、もう一つ、赤や黄チームのアカウントを持っていて、そのアカウントで青ジムを攻撃して仲間のポケモンを削って自分のポケモンの空きを作ってしまう青プレーヤーもいるようだ(青プレーヤーだけじゃないけど)。ここまでやると、本当に邪悪だ。

 

この状況は、まるで“独占”、或いは、“寡占”が経済に与える影響を表しているようだ。或いは、既得権者が支配する社会の縮図と言えなくもない。ジム支配にも参加できず、バトルする場を奪われた青プレーヤーは、息苦しいにちがいない。

 

ジムに参加し配当を受取っている青プレーヤーにとっても、Pokémon GO がつまらないゲームになってしまうと思う。もう何もやることがない。ポケモン採集しても、それを使う機会がないから、楽さ半減だ。そんな時に、赤や黄プレーヤーが青ジムを攻撃しているところに出くわすと、思わず、嬉しくなるだろう。「この野郎!」と思う反面、また「バトルができる」とほくそ笑むに違いない。

 

既得権者や支配層が入れ替わるなど、社会の流動化を促す現象を、人々が望むのは自然なことだ。だから、青プレーヤーが、ジムの既得権を持った仲間が他チームに削られるのを願うのは、自然なことなのだ。それによって、青チームの活性化が促される。赤や黄プレーヤーの活躍で、青プレーヤーも生き返る。

 

 

社会は、既存の枠組みを壊す新しい勢力が台頭できるようにしておかないと楽しくない。既得権がのさばり、強固なガードを築き上げてしまうと、変化も進歩も止まってしまう。階層が固定されてしまい、頑張っても報われないから、希望もない。Pokémon GO では、3つにチーム分けすることで、その固定化を防いでいる。

 

さて、日本社会は、現在どんな状況なのだろう。階層の流動性が失われてないか。新しいものが既存の“常識”によって排除されてないか。既得権が固定化されてないか。多数派の青をも楽しくする少数派の赤や黄の価値は尊ばれているだろうか?

 

という、疑問形でこの記事を書き終えるが、僕は、「尊ばれていない」と感じている。それは僕が赤チームだから、というわけではない。ニュー・カマーや新世代への注目やサポート、多様性の尊重などが足りないように感じるのだ。恐らく、みなさんの周囲でも、様々な場面でみられるのではないだろうか。(とまた、疑問形で終わる。)

 

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 青チームが強い理由は、青チームに所属することを選んだプレーヤーの人数が一番多い、という単純な理由によるものらしい。青チームが優遇されるようなゲーム上の仕様はないと思う。

 Pokémon GO を起動したスマホの画面は、 800m ぐらい先までの現実世界の地図に、ゲーム上のジムやポケスポットが表示されたバーチャル・リアリティになっている。例えば、電車の中でスマホの Pokémon GO の画面を見ていると、ほとんどのジムが青チームに支配された青ジムになっている。たまに赤ジム、稀に黄ジムがある。新幹線に乗っても同じ状況だ。

 

 

“ジム”とは、プレーヤーが捕獲したポケモンをバトルさせる場で、このバトルに勝つために、各プレーヤーはより多くのポケモンを探してGet、進化させ、強化する。バトルに勝つと、ジムはそのプレーヤーが所属するチーム(青・赤・黄の3チームがある)のものとなり、そのチームのプレーヤーはジムに自分のポケモンを置くことができるようになる。ジムにポケモンを配置すると“ポケ・コイン”と呼ばれるゲーム上の通貨で配当を得る権利を与えられる(実際に配当を得るには、別の操作が必要)。ポケ・コインは、ゲームを有利に進められるグッズ購入に使用できるので、とてもありがたい。

 

だが、オセロのように対面勝負のゲームではないから、ゲーム参加者(=プレーヤー)ははるかに多く、かつ、青・赤・黄の3チームに分かれているから、なかなか決着がつかない。ポケモンのバトルによってジムの占有は覆され、改めてジムを占有するための競争・バトルが繰り返される。但し、争いに敗れたプレーヤーが諦めない限り、だ。この点が重要だ。プレーヤーが諦めたらこのゲームは誰もいない寂しい世界になってしまう。

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