IFRS全般(適正開示の枠組み、フレームワーク・・・)

2016年8月16日 (火曜日)

576【投資の減損 03】持分法〜ドラマの共有

2016/8/16

サッカー手倉森ジャパン、イチロー、体操、柔道、水泳、フェンシング、7人制ラグビーなどなど、そして天皇陛下のお気持ち表明。どれもドラマだなあと思う。DoCoMo のCMのキャッチ・コピー、“世界はひとりの複数形でできている”が頭に浮かんでくる。勝敗、ヒット数、メダルの色や数、ご公務への思いなどは、それぞれの人生の切り取られた一断面に過ぎない。しかし、それぞれの“ひとり”たちは、そこにこだわって生きてきたから、結果を万感の思いを持って受け止める。我々一般人もそれぞれの人生に同じようなシーンが思い当たる。だから、(一部に過ぎないが、)その感覚がジーンと伝わってくる。そして、企業にもドラマがある。

 

 

さて、IAS28「関連会社及び共同支配企業に対する投資」(2015/3に適用されるもの)は、持分法を次のように定義している(IAS28.3)。が、長い割につまらないので読み飛ばしてもらって問題ない。

 

持分法とは、投資を最初に取得原価で認識し、それ以後、投資先の純資産に対する投資者の持分の取得後の変動に応じて修正する会計処理方法をいう。投資者の純損益には、投資先の純損益に対する投資者の持分が含まれ、投資者のその他の包括利益には、投資先のその他の包括利益に対する投資者の持分が含まれる。

 

ただ、次の点は押さえておこう。重要だと思う。

 

・B/S価額は原価ベースとなること(よって、減損会計の対象となる)。

 

・投資先のP/Lを集約して連結P/Lに取り込むという、P/L起点の会計処理であること。

 

要するに、日本基準の持分法と同じだ。異なるのは、投資差額(連結子会社への投資の場合の旧連結調整勘定、のれんに相当する部分)を償却しないことぐらいか。

 

上に、“原価ベース”と“P/L起点の会計処理”を別なものとして2段書きしたが、これらはとても密接な関係があると思う。もしかしたら、一つのことの裏表と言えるかもしれない。

 

 

まず、原価について考えてみよう。

 

“原価”を“歴史的原価”と呼ぶことがある。どこかのテレビ番組で見たが、歴史を意味する英単語の“history”とは“his story”、すなわち、“彼(=勝者・支配者)の物語”なのだそうだ。すると歴史的原価とは、その企業が資産を取得してから収益化(=例えば、加工して販売)するまでの物語と考えることができる。

 

なるほど、原価は数字であり言語ではないが、付随費用を賦課したり原価計算したりといったプロセスは、まさに、その企業と資産の関わりの物語を表しているといっても良いのかもしれない。

 

これは、原価ベースゆえの会計プロセスであり、時価主義であれば不要だ。もし、時価主義ならば、期末の数量と時価さえ分かれば B/S 価額を決定でき、期首評価額との差額を P/L へ計上するだけで良い。したがって取得時点、場合によっては取得前からその資産に合わせてコストを集計するような作業・プロセスは全く不要になる。したがって、時価主義だとストーリーは生まれにくい。

 

 

次に、P/L だ。

 

これには、IASBのB/SやP/Lなどへの期待、すなわち、「B/SやP/Lがどの様に利用されるべきとIASBが期待しているか」を知ると良いと思う。現行概念フレームワーク(2010/9)の第1章「一般財務報告の目的」を読むと分かる*1

 

僕の結論は、B/Sは結果の表示、一方、P/Lはドラマや物語りだと思う。要するに、持分法がP/L起点の会計処理だとすれば、持分法の対象である関連会社の物語りは、連結グループのドラマの一部になる。もちろん、敵対する役どころではない。関連会社の利益が増えれば連結グループの利益も増えるのだから、両者は同じ方向を向いた味方同士のはずだ。

 

 

このように、持分法は原価ベースとP/L起点という特徴を持つことで、連結グループのドラマを表現する会計手法ということになる。

 

ただ、連結子会社のように、売上高のような科目ごとの詳細を連結P/Lへ引き継ぐわけではない。引き継がれるのは、純損益とその他の包括利益それぞれの区分を集計・要約した持分法による投資損益だけだ。同じドラマの味方同士だが、これでは関連会社のドラマは見えてこない。見えなくても良いのだろうか。

 

今回、もっとも強調したいのは、この点だ。

 

恐らく、関連会社という登場人物は、ドラマの本筋を味わう上で詳細を知らせる必要のない程度の存在感の薄さが想定されているのではないか。例えば通行人のような。エキストラが演じるような。

 

まあ、IASBが「関連会社はエキストラ」と考えているかどうかは別にして、持分法については、連結グループの主要企業や個性の際立った企業への適用を想定していないように思われる。想定しているのは、連結グループのドラマの筋書きへ大きな影響を与えない程度の、人的要素の際立たない、個性の目立たない役柄・人物だ。実際には強い個性の企業かもしれないが、持分法の性格上、連結グループのドラマの行方を左右しない程度の重要性のない投資先が想定されているように思われる。

 

しかし、グラウカス・レポートは、本来重要性がないはずの持分法を問題とした。2015/3期の伊藤忠商事の決算では、幾つかの関連会社(或いは、関連会社と一般会社の出入り)が、重要な役割を果たしたようだ。その影響たるや、もしグラウカスの主張が正しければ、伊藤忠の株価が半分程度に下落するほどだという。ここまで書いてきたような、持分法の地味なイメージではない。

 

ところが、理屈と実際は異なるのだ。持分法は理屈の上では地味な会計手法だが、現実には重要な影響を及ぼすケースがある。例えば、みなさんもご存知のように、ソフトバンク・グループは、アリババという巨大企業を関連会社にしている。

 

ということで、会計手法としての持分法の性格は別にして、持分法かどうかは、経営上の重要性と関係ないと考えた方が良さそうだ。この理屈と実際の不整合さは、持分法の欠点といえるだろう。それは、会計を行う企業が補う必要がある。例えば、次のような工夫をして。

 

もし、持分法適用会社が決算に重要な影響を与えるなら、その会社の個性やドラマが理解できるよう注記で情報を充実させる。

 

ちなみに、持分法が地味な、決算に影響の少ない企業に対する会計手法だとすれば、IFRS9が適用される一般株式投資などはどう考えれば良いのだろうか。これらは、原則として決算日時点で公正価値測定される資産であり、B/S起点で会計処理が適用される。その結果がP/Lへ影響する。すなわち、P/L起点の原価ベースの会計処理のようなドラマ性はない。

 

一般株式と連結グループは、共有するドラマがない。一般株式は赤の他人のようなものだ。統治は相手企業には及ばない。したがって、期末評価手法は受動的な方法(=外部データに基づく客観的な方法)に寄らざるをえない。公正価値は受動的な測定方法だ。

 

(公正価値における企業の見積もりは能動的であってはならない。あくまで客観性が重要となる。見積もりを能動的に行えるのは、原価ベースの資産に適用される減損会計の使用価値測定の算定時のみ。)

 

ということになりそうだ。これらの点を伊藤忠の開示とグラウカス・レポートを読む際に考慮すると良いかもしれない。今後、注意していこうと思う。

 

なお、直近の伊藤忠商事の終値は1,196円(8/15)。グラウカス・レポート公表日終値の1,182円より上昇している。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 ご存知のように、IASB 概念フレームワークの改定作業中だが、ここでは現行のバージョンを対象に、B/SとP/Lに対する IASB の役割期待を考えていく(改定後もB/SとP/Lの役割期待に大きな変化はないと思う)。

 

まず、利用者が財務情報を使う目的・必要性について。

 

現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者は、企業への将来の正味キャッシュ・インフローの見通しを評価するのに役立つ情報を必要としている。(OB3の末尾)

 

そして、上記の目的を果たすためのより具体的な情報の説明は以下のとおり。

 

将来の正味キャッシュ・インフローに関する企業の見通しを評価するために、現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者が必要としているのが、企業の資源、企業に対する請求権、及び企業の経営者や統治機関が企業の資源を利用する責任をどれだけ効率的かつ効果的に果たしたかに関する情報である。(OB4の冒頭)

 

ここでの“企業の資源”とはB/Sの資産のことであり、“企業に対する請求権”とはB/Sの負債のことだ(資産や負債の定義を見ていくと分かる)。さらに、“企業の経営者や統治機関が企業の資源を利用する責任をどれだけ効率的かつ効果的に果たしたかに関する情報”という長い文章は、その後“経済的資源及び請求権の変動”という表現に置き換わっていく(例えば、OB15と16を括る見出しに使用されている)。すなわち、一時点の企業の資源や偉業に対する請求権の情報がB/Sであり、それらの変動についての情報がP/L、持分変動計算書、キャッシュフロー計算書を示すことになる。さらに、これらからP/Lを抜き出して“財務業績”という言葉が使われていく(OB15〜)。

 

さて、いよいよB/SやP/Lはどのように利用されるとIASBが期待しているか。

 

B/S項目については以下のとおり。

 

報告企業の経済的資源及び請求権の内容及び金額に関する情報は、報告企業の財務上の強みと弱みを利用者が識別するのに役立つ。当該情報は、報告企業の流動性及び支払能力、追加的な資金調達の必要性、企業がその資金調達に成功する可能性はどのくらいかを利用者が評価するのに役立つ。現在の請求権の優先順位と支払要求に関する情報は、将来のキャッシュ・フローが報告企業に対する請求権を有する者の間でどのように分配されるのかを利用者が予測するのに役立つ。(OB13)

 

要するに資産や負債の種類・大きさから、支払能力や財務的安定性、配当能力などを読み取る参考になることを期待している。対象企業の物理的・法的側面に焦点が当たっており、不確実性の程度が低く、分析作業は比較的楽だ。しかし、経営者や組織風土など人的要素の香りがしない。

 

P/Lについては以下のとおり。

 

報告企業の過去の財務業績、及び経営者がどのように責任を果たしたかに関する情報は、通常、企業の経済的資源に対する将来のリターンを予測するのに役立つ。(OB16の末尾)

 

過去の財務業績(=過去数期のP/L)の分析や経営者の能力評価は、その企業のビジネス・モデル、それによって成し遂げようとしたことと結果を理解することであり、ドラマ性がある。人が活躍する様子が目に浮かぶよう。分析や評価は手間がかかるし難しい作業だが、将来キャシュフローの見通しという将来予測を行う利用者にとって、人的要素の理解は欠かせない。そこにはB/Sに計上されない企業の無形資産、自己創設のれんの存在があると僕は思う。

 

上記は、B/SとP/Lに記載された情報に優劣をつけようとしたものではない。ただ、人的要素の香りがする、企業のドラマが見えるのは、プロセスが記載されたP/Lということだ。オリンピックを見る際に、結果を知りたければハイライト情報を見れば良い。それはB/Sだ。しかし、ドラマを楽しみたければ P/Lの方が合っている。

 

 

 

2016年7月21日 (木曜日)

573【CF4-29】債務超過の優良企業〜ソフトバンクのARM社買収で考える

2016/7/21

東証1部売買高の1/4を任天堂が占めている。昨日は反落したものの、7月の株価は鰻登りだ。米国で1日に2000万人がプレイするなど、大ブームを引き起こしている例のポケモンGOの影響だ。もちろん、僕もこのポケモン祭りに参加したいのだが、残念ながら、任天堂株は高い。1単位(=100株)の購入でも、昨日の終値ベースで280万円ぐらい必要になる。何かを処分しなければならないが、一覧表を見ると、含み損を抱えたものばかりだ。

 

すると、どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「お祭りへ行くなら、宿題を済ませてからにしなさい」

 

“含み損一掃”なんて宿題はできそうにないから、「それならお祭りなんか行くんじゃない」、「身の程を知りなさい」と怒られているわけだ。子供の頃の僕なら、裏口からこっそり家を抜け出してお祭りに行ったかもしれないが、今はさすがにじっと我慢だ。

 

しかし、ソフトバンクの孫氏は、英国ARM(正確にはARM Holdings plc)を3兆3千億円で買収するという。そういえば、ソフトバンクは所有株式に多額の評価益を抱えており、その一部を売却して金策していたのだ。そう、宿題を済ませてあったわけだ。羨ましい。

 

とはいえ、本来この2つは比べられるようなものではない。次の2つの理由があるからだ。

 

一つ目は、280万円は僕にとっては多額でも、孫氏の3.3兆円から見れば、砂丘の砂つぶのようなものだからだ。

 

それにもう一つ、より重要なことは、僕は任天堂が発行している株式のホンの一部を所有しようとしただけだが、孫氏はARMを丸ごと買おうとしている。すなわち、ARM事業を買おうとしている。これは決定的な差だ。すなわち、僕は任天堂の将来を任天堂の経営者に任せ、生じた成果のお裾分けをいただこうとしているに過ぎないが、孫氏はARMの将来に深く関与し、自らが描く将来(=IoT時代を見据え「ネット社会の根源を握る圧倒的な世界一になる」*2こと)を実現しようと戦っている。

 

お祭りに浮かれているだけの僕とは、比べるべくもない。

 

しかし、孫氏も多少浮かれているのではないか? それは、3.3兆円があまりに多額すぎないかということだ。例えば、WSJは「買収額はARMが今年計上するとみられる利益の50倍近い*3と言っているし、FTには「昨年の売上高がわずか15億ドルの会社に43%ものプレミアムを払う*1」と書いてある。

 

FTはさらに続けて次のように記載している。

 

昨年の売上高がわずか15億ドルの会社に43%ものプレミアムを払うことで、孫氏はグローバルな半導体産業の基準に照らすと小規模な英国企業を、ハイテク界最大の新市場の一つ、いわゆる「モノのインターネット(IoT)」の主役に変える自分の能力に賭けた。

 

43%ものプレミアム”は、会計上“のれん”の一部となる。以前*4も記載した通り、のれんの主な構成要素には、継続企業要素の部分と、シナジー効果により生み出される部分がある。前者は市場で評価済みなのでプレミアムにはならない。したがって、後者(=シナジー効果)こそが “43%のプレミアム” の正体だ。

 

しかし、孫氏は「これまでの買収とは次元が異なるとの認識で、現時点で本業との相乗効果が見えないことを認め*5」ているそうだ。だから、ソフトバンクとのシナジー効果は見込んでいないことになる。じゃあ、“43%のプレミアム”は何か?

 

上記のFTの記事は、それを“自分の能力に賭けた”と言っている。“自分”とは、孫正義、その人のことだから、自らの能力に約1兆円の値段を付けて(株価に)上乗せして支払おうとしている、と言っているのだ。アローラ氏にパッキャオ氏のファイト・マネー以上の報酬を支払うことにも驚いた*6が、これはそれに比べても2桁違いの大きさだ。凄いの一言に尽きる。(ちょっと、茶化すような書きぶりになっているが、僕は、心から、孫氏を凄いと思っている。)

 

さて、実はここからが本題だ。数字をシンプルにして、整理すると次のようになる。

 

 ARM社の市場価値            2.3兆円

 43%のプレミアム(=孫氏の能力の評価額) 1兆円

 

ARM社は多額の資産・負債を持たない事業モデル(半導体の設計専業)であるため、3.3兆円のかなりの部分が、会計上、のれんとなる可能性がある。ここでは単純化のため、①から生じるのれんを2兆円、②ののれんを1兆円、のれんの総額を3兆円とする。

 

②の1兆円は、ソフトバンクの一部である孫氏に対する評価額だ。これは、ソフトバンクの自己創設のれんと言って良いと思う。それが今後、ソフトバンクの(連結)F/Sの資産に計上されることになる。

 

おっ、会計では自己創設のれんを資産計上することが禁止されているのではないか!? いやいや、買収時に生じたものだけ、すなわち、買取のれんだけは例外的に、資産計上が認められる。

 

さらに考えてみると、①の2兆円も、自己創設のれんなのではないか。確かに、連結する最初の年は外部から購入したのれんかもしれない。しかし、その後はソフトバンク・グループとして積み上げられる自己創設のれんに置き換わっていくのではないか。だが、現在のIFRSでは、減損しない限り、永遠に資産計上処理が続けられる。

 

なるほど、外部から買ってきたものに関連する場合は、内容が実質的に自己創設のれんでも、資産計上される。では、自己株式を外部から買った場合はどうなる? 自己株式は、払込資本+自己創設のれんで構成される。

 

すると、一見、自己株式も、払込資本の部分は持分控除でも、自己創設のれんの部分は資産計上できそうな感じがするが、570-7/8 の記事に記載した通り、全額、持分(=資本の部)の控除項目として処理される。(そのために、フィリップ・モリスのように、多額の自己株を購入することで債務超過になる企業が出てくる。) のれんと自己株式は、その内容に同じような自己創設のれんを含みながら、会計処理は異なっている。これはどうしてだろうか?

 

仮に、自己創設のれんを構成要素とするものを、持分控除として処理することに統一すると、ARM社の買収から生じるのれん3兆円は、資産計上ではなく持分控除となる。その結果、ソフトバンクの(連結)B/Sの資本の部は2016/3期は3.5兆円なので、当期末は1兆円を割るようになるかもしれない。しかし、フィリップ・モリスは債務超過でも優良企業とされているので、ソフトバンクの良し悪しも資本の部の絶対額ではなく、キャッシュ・フローを生み出す能力で考えるべきだ。そう、ソフトバンクもキャッシュ・フローを生み出す能力さえ評価されれば、優良企業とされる可能性がある。

 

ちなみに、ソフトバンクの2016/3期の営業C/Fは、約9400億円だ。悪くない。のれん3兆円を資産計上ではなく持分控除処理すると、総資産が3兆円減るので、その分、資金の運用効率が良く見えることになる。もちろん、ROE(=return on equity、自己資本利益率)も、分母になる資本の部が急減するので大幅にアップすることになる。要するに、買取のれんを持分控除処理すると、財務指標がよく見えるのだ。しかし、今週のマーケットでは、ソフトバンクの財政状態の悪化が懸念され、株価が1割ほど下落した(約6000円約5400円)。買取のれんを資産計上すると財務指標が悪く見える。(まあ、1兆円を借入で調達するのに嫌気が差したのかもしれない。)

 

自己創設のれんは、原則として会計処理の対象にならない。しかし、買取のれんと自己株式には自己創設のれんが含まれていても会計処理される。そして、両者の会計処理は異なる。その結果、財務指標の見え方が変わってくる。買取ののれんが増える場合は財務指標が悪く見え、自己株式が増える場合は良く見える。

 

ん〜、ますます、買取のれんと自己株式の会計処理が異なることで感じる矛盾が強まっていく。僕にはどうすれば良いか定見はないが、少なくとも両者の処理を揃えるべきではないだろうか。みなさんはどう思われるだろう。

 

 

ところで、ポケモンGOのダウンロードは、昨日から開始するという報道があったが、本日以降に延期されたようだ。任天堂株式のお祭り騒ぎには参加できないが、アプリをダウンロードしてゲームには参加できる。財布を痛めない注意点についても調査済みだ*7。ちょっとだけ、やってみようと思う。

 

 

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*1 [FT]孫氏、IoTに照準 3.3兆円の賭け  日経電子版 7/20

 

*2 ソフトバンク社長「ネット社会の根源握る」 英社巨額買収で 日経電子版 7/19

 

*3 ソフトバンク、高くつくARM買収 WSJ 7/18 有料記事

 

*4 のれん ー 毎期規則的に減損するのはどう?(3)のれんの構成要素」 2012/11/17

 

*5 孫氏、着想10年・交渉2週間 英アーム買収3.3兆円 日経電子版 7/20 有料記事 

 

*6 481【投資】パッキャオ越え! 165億円の役員報酬って?」 2015/6/24

 

*7 コラム:人気ポケモンGO、「財布の破綻」避ける6つのワザ REUTERS 7/20

 

2016年7月14日 (木曜日)

572【CF4-28】(ちょっと横道)ヘリコプター・マネー

2016/7/14

“ヘリコプター・ベン”の異名を持つベンジャミン・シャローム・ バーナンキ氏が来日し、安倍首相や黒田日銀総裁と会談したそうだ。ご存知の方が多いと思うが、同氏は前FRB議長(=米国中央銀行総裁)で、リーマンショック以降の金融政策を主導した。現在は、経済政策や金融政策をブログで論じているという。大恐慌や日本の平成不況の研究が有名で、デフレ経済から脱出する方法として、マネタリズムを主唱したノーベル賞経済学者のミルトン・フリードマン氏の“ヘリコプター・マネー”を推奨している。

 

“ヘリコプター・マネー”とは、“空から降ってくるような(タダで貰える)お金”のことで、そのようなお金を政府がばら撒けば、人々はモノやサービスの購入を増やすので物価が上昇し、デフレを克服できるということらしい。その代わり、お金の価値の下落が止まらなくなるリスク、すなわち、ハイパー・インフレのリスクがあると批判されている。一度美味しい思いをした国民は、借金返済にまともに向き合わず、何度も“ヘリコピター・マネー”を政府に要求する可能性が高いからだ。そうなれば、為替レートは円安に極端に大きく振れる、暴落する可能性がある。

 

このハイパー・インフレの裏側には、僕は、“中央銀行の(実質的な)債務超過”があるのではないかと思う。というのは、例えば、日銀が発行する貨幣、すなわち、“円”が信用を失い価値が下落すると、日銀のB/Sの(円)資産はどんどん目減りしていくからだ。

 

ただ、負債も円建なので同様に目減りしていき、形式的には日銀は債務超過にならないかもしれない。しかし、一般的な意味での日銀の“信用”、信頼感はガタ落ちし、日銀ののれんは輝きを失う。日銀は、実質的に債務超過会社であるかのような不名誉な烙印を押されることになるのではないか。

 

この日銀の“のれん”は自己創設のれんであり、M&Aの時の買取のれんのようには会計処理の対象にならなず、簿外にある。しかし、もし、こののれんが会計処理の対象になってB/Sに計上されていれば、ハイパー・インフレの際には減損が発生し、多額の減損損失が計上されるだろう。

 

この自己創設のれんと買取のれんの扱いの差にこそ、会計の本質が隠されていると僕は思う。IFRSを含め、会計基準は、企業価値を示すようには設計されていない。企業価値は財務報告の利用者が見積もるものとされている*1

 

会計は企業価値を(直接的には)示さない。会計は自己創設のれんを会計処理の対象にしない。この2つの事実は、何を語っているのだろうか。実は、自己創設のれんこそが、企業価値なのではないか。次回は、この点をもう少し考えてみたい。

 

ということで、“ヘリコプター・マネー”政策は、通貨価値、すなわち、日銀ののれんの輝き(=自己創設のれんの価値)を上手にコントロールできるかどうかが、重要となりそうだ。政策決定者は、法律判断や官僚的な判断ではなく、経営者的な判断を適切に行うことが要求されている気がする。相当難しそうだ…

 

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 概念フレームワークの公開草案(2015/5)には、次のように記載されている。

 

(1.7)一般目的財務報告書は、報告企業の価値を示すようには設計されていないが、現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者が報告企業の価値を見積るのに役立つ情報を提供する。

 

(6.79)一般目的財務諸表は企業の価値を示すようには設計されていないため、持分合計は以下のものと一般的には等しくならない。

(a) 企業の株式の市場価値の総額

(b) 企業全体を継続企業ベースで売却することによって調達できる合計額

(c) すべての負債を決済した後にすべての資産を売却することによって調達できる合計額

 

個々の資産や負債を組み合わせて利益を獲得する企業の能力は自己創設のれんだが、それが会計処理の対象にならないため、資本の部や持分合計額は、企業価値とはならない。それは、あくまで財務報告の利用者が見積もるべきもの、ということになっている。

 

2016年7月12日 (火曜日)

571【CF4-27】“債務超過の優良企業”と概念フレームワーク

2016/7/12

参院選は与党の大勝利に終わったが、安倍内閣が経済改革に邁進されることを心から望みたい。間違っても、あの上から目線の憲法草案を持ち出さないでほしい。あれにふさわしい場所はシュレッダーの中にしかないと、僕は思っている。

 

しかし、世の中は、思いや予想を覆す出来事が多い。例えば、UEFA EURO 2016(通称“ユーロ”)の決勝だ。クリスチアーノ・ロナウド選手を前半早々に負傷で欠いたポルトガルが、ドイツを破って絶好調のフランスを、延長の末退けて優勝した。ゲーム内容はフランスが押していたのだが…。

 

試合終了後のロナウド選手の涙は(ちょっと芝居がかってはいたが)、感動的だった。ただ、延長戦の後半では、同選手が監督を押しのけてテクニカル・エリアからピッチの選手達へ指示を出していた。これでは監督の立場がない。今後のフェルナンド・サントス代表監督との人間関係がちょっと心配だ。これがまた予想外の出来事の連鎖を生むかもしれない。サントス監督が大人でいてくれることを祈るしかない。

 

 

さて、余計なことはここまでにして、本題へ入ろう。前回(570-7/8)予告したように、今回は、“債務超過の優良企業”について、そんなことがあって良いのか、それとも、別に何の問題もないことなのか、IFRSの概念フレームワークの公開草案(2015/5)に照らして、考えてみたい。

 

前回紹介した日経の記事では、「現金を生み出す能力こそ重要であり、たとえ債務超過でも(自己資本、持分の大きさは)問題にならない」旨の考え方が記載されていた。果たして、これは正当化されるだろうか。

 

結論から書くと、「正当化される」だが、「まるで詭弁のよう」と多くの方々は感じられるのではないか。詭弁と感じられる最も大きな理由は、「自己資本、持分が大きい会社が良い会社」という先入観だ。

 

“先入観”などと書いてはいけないかもしれない。我々世代は、そう習ったのだから。自己資本比率(=自己資本/総資本)の大きい会社は良い会社だと。それこそが優良企業だと。だから、“先入観”ではなく、“陳腐化した間違った考え方”とすべきだろう。ショックを受ける方もいらっしゃるかもしれないが、そういうことだ。

 

「自己資本比率が高い会社は良い会社」は、間違っている。「“自己資本比率が高い良い会社”もあるが、“自己資本比率の高い悪い会社”もある。もっと他に見分ける方法がある、目の付け所は他にある」というのが、現在の正しい考え方だと思う。

 

おっと、ちょっと先走りすぎたかもしれない。とにかく、今回は概念フレームワークの公開草案に照らして考えてみよう。

 

 

 

最もみなさんが疑問に思われるのは、「債務超過を問題なしとするには、概念フレームワークの持分の定義やガイダンスの記載内容とぶつかるのではないか」という点ではないだろうか。もし、概念フレームワークが、持分を「株主にとっての重要なもの」と表現しているのであれば、持分がマイナスとなっている債務超過は、良いものであるはずがない。だから、債務超過の優良企業などありえないと。

 

ということで、まず、持分の定義やガイダンスの記載を見てみよう。

 

定義:持分とは、企業のすべての負債を控除した後の資産に対する残余持分である。(4.43)

 

これは、単に、「持分=資産-負債」という計算式を文章表現したにすぎない。「大きい方が良い」というような価値判断を含んでいない。

 

しかし、資産は金を生むもので、負債は金が出て行くものだから、資産が大きい方が良いだろうと反論されるかもしれない。加えて、4.44以下のガイダンスには“持分請求権”*2について説明されており、そもそも“請求権”は、プラスでなければ意味をなさない、とか、大きければ大きいほど請求権者にとってメリットがあるという前提があるようにも思われる。

 

では、やはり「債務超過は悪い会社」か。ん〜、確かに、そう考えるのが自然かもしれない。

 

だが、そうではない。決めつけてはいけないと思う。なぜなら、概念フレームワークの持分のところに記載されているのは、“仕組み”だけで、どういう状態が良いとか悪いとか、正しいとか正しくないといった観点とは無縁だと思うからだ。

 

では、そういう観点はどこに記載されているのか。

 

残念ながら、概念フレームワークには、良い企業と悪い企業を見分ける価値判断の方法や基準については、記載されていない。他のIFRS個別基準にも記載されていない。会計基準は、企業の財政状態や経営成績(=財務業績)をありのままに表現する方法を規定するものであって、良い企業と悪い企業を見分けるものではない。財務報告をどのように評価するかは、投資家や株主、債権者など読み手に任されている。

 

「それを言っちゃ、お終いよ」と思われた方もいらっしゃるだろう。そこでもう少し続けよう。

 

そうはいっても、財政状態や経営成績(=財務業績)を表現するにあたって、IFRSが何に一番重点を置いているかについては、“第 1 章:一般目的財務報告の目的”から読み取ることができる。それが、キャッシュ・フローを生み出す能力(経営者の能力を含む)の評価に資するような情報だ*3

 

財政状態は、みなさんもご存知の通り、B/Sで表現される。それぞれのB/S項目は、将来キャッシュ・フローが出入りする量やタイミングを表しているが、重要なのは、それが全てではないことだ。特に、B/Sに計上されている有形固定資産などの生産・営業用の設備は、それらを利用することで製品やサービスを生み出し、それが新たな将来キャッシュ・フローとなっていく。しかし、その将来生み出される製品やサービスは、B/Sには載っていない*4。そこを補うのが経営成績(=財務業績)、P/Lというわけだ。P/Lによって過去の財務業績を分析し、B/Sに載っていない将来キャッシュ・フローを利用者が予想することが期待されている。

 

この手順に従うと、“債務超過の企業”は、B/Sから把握される将来キャッシュ・フローはマイナスでも、P/Lから予想される将来キャッシュ・フローが、そのマイナスを補って余りあるほどプラスであれば、良い会社と評価される可能性がある。すなわち、“債務超過の優良企業”が正当化される。

 

これって、まさに、前回紹介した日経の記事に書いてあるとおりのことだ。“将来キャッシュ・フロー”こそが、会計の本質で、それを生み出す能力の評価が企業評価だ。というわけで「この問題が解決した」と考えて良いのか?

 

ん〜、じゃあ、自己資本とか、持分とか呼ばれるあの区分は、一体何なのか? 例の先入観、陳腐化した間違った考え方が抜けきらないのか、僕には何となく納得がいかない。そう、“会計の本質”などというには、まだ掘り足りない気がしてならない。EURO2016は終わったが、この話題には、まだ続きがありそうだ。

 

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1概念フレームワークの公開草案(2015/5)”と書いたが、この記事の対象となる部分については、現行のフレームワークとあまり変わらない。

 

*2 持分請求権

 

これを、直接定義した文章はない。が、持分請求権は、株式会社であれば“株主の権利”に当たるものと思われる。例えば、残余財産分配請求権とか、配当請求権などがその典型だ。“持分請求権”を最もわかりやすく説明した部分は、次のガイダンスだと思う(4.44の一部)。

 

持分請求権とは、企業のすべての負債を控除した後の資産に対する残余持分に対する請求権である。言い換えると、企業に対する請求権のうち負債の定義を満たさないものである。

 

企業が負っている義務のうち、負債に対する義務以外の義務が、全て持分請求権ということになる。(会計上、企業の資産にアクセスできるのは、負債を持っている人と、持分を持っている人の2種類しかいない。非常に単純化されている。)

 

*3 例えば、“一般財務報告の目的”では、財務報告の利用者が次のような情報を必要としている、としている(1.3の一部)。

 

投資者、融資者及び他の債権者のリターンに関する期待は、企業への将来の正味キャッシュ・インフローの金額、時期及び不確実性(見通し)に関する彼らの評価及び企業の資源に係る経営者の受託責任の評価に左右される。したがって、現在の及び潜在的な投資者、融資者及び他の債権者は、それらの評価を行う企業への将来の正味キャッシュ・インフローの見通しを評価するのに役立つ情報を必要としている。

 

*4 この部分は、1.14の文章の内容をわかりやすく記載した(つもり)。

 

 

 

 

2016年7月 8日 (金曜日)

570【CF4-26】債務超過の優良企業

 

2016/7/8

面白い記事を読んだ。面白いだけじゃなく、会計の本質について考えさせられる機会となった。下記の記事だ。

 

一目均衡 債務超過でも自社株買い 証券部 土居倫之氏 7/5 日経電子版有料記事

 

“債務超過”といえば、この3月期のシャープのように東証一部を維持できなくなるとか、そうならないために粉飾する企業があるとか、或いは、継続企業の前提に重要な疑義が生じかねない状況だ。人でいえば、医者から余命宣告されそうな重篤なイメージ。しかし、この記事には債務超過の“優良企業”が紹介されている。なんと、その格付けはシングルA相当だそうだから、まったく死にそうにない。愛煙家の方ならご存知とのフィリップ・モリス・インターナショナル(以下、“PMI”と記載)だ。

 

そのカラクリは、PMIが多額の自己株式買いを繰り返しているためで、債務超過額は114億ドル(1兆円を楽に超える)、保有自己株式は356億ドルに達するという。なるほど、自己株式は資本の部のマイナス項目として表示されるため、多額であれば債務超過もあり得るわけだ。(日本では)20年前なら、自己株式は資産の部に計上されていたから、逆に242億ドルの資産超過となって問題なかった。しかし、現行の会計基準ではとても正常なB/Sに見えない。

 

もう少し考えてみよう。

 

資本の部には、主に株式発行対価として記録される資本金及び資本準備金のいわゆる払込資本と、過去の事業成果としての利益剰余金などがある。したがって、もし、自己株式を発行価額で買い戻していれば、100%全て買い戻しても、利益剰余金などが残るから債務超過にならない。債務超過になっているということは、PMI株式に発行価額以上の価値が市場で認められ、発行価額より高い金額で買い戻したということだ*1

 

PMIが好業績を上げ、市場がPMI株式の評価を高めれば高めるほど、買戻し額は発行価額に比べ割高となり、資本控除項目である自己株式残高及び債務超過額が膨らむ。すなわち、B/Sは異常性を増す。企業財政の健全性を表す自己資本比率や経営の効率性を表す資本の部が分母のROE(=Return On Equity、自己資本利益率)などの代表的な財務指標は、全く役に立たない。もはや、B/Sは、読者に適切なメッセージを送ることができない。しかし、上述のように格付けはシングルAだし、時価総額も1600億ドル(16兆円を超える)と世界で50位に入るらしい*2。即ち、異常なB/Sでも高評価だ。

 

この記事では、投資家などF/Sの読者がキャッシュフローを生み出す能力を評価しているという。「現金を生み出す力の強さが同社のリスクをカバーしている」という格付会社S&Pの評価や、「自己資本ではなくフリーキャッシュフロー(純現金収支)と債務のバランスが重要との考え方がグローバルでは一般的」というムーディーズ・ジャパンの柳瀬志樹シニアアナリストの言葉を紹介している。

 

これは、会計理論上、どうなんだろう。自己資本が大事と思い込んでいる我々の頭を打ち砕くような話ではないか。PMIはテロリストか!

 

というわけで、もう少し深く突っ込みたい。改めて、IFRSの概念フレームワークの公開草案を振り返ってみよう。ただ、申し訳ないが、次回に繰り越させていただきたい。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 自己株式(=企業が自らの資本性金融商品を買い戻したもの)は、一般の金融商品とは異なる扱いになる。自己株式の売買は、企業とその企業の所有者との直接の取引、即ち、資本取引として扱われるため、損益を生じない。期末の時価評価も行わない(=取得原価が付される)。IFRSや日本基準については IAS32.33、企業会計基準第1号第7項などを参照のこと。US-GAAPについては、申し訳ないが条文や会計処理の確認をしていない。

 

*2 ちなみにトヨタ自動車の時価総額は、7/7現在で約28兆5千億円(REUTERSより)。

 

 

2016年4月19日 (火曜日)

560【CF4-25】会計情報の有用性〜使用価値と公正価値→純利益とその他の包括利益

2016/4/19

なんと1か月ぶりの本題復帰、このシリーズの前回は3/15の「555【CF4-24】会計情報の信頼性〜使用価値」だ。みなさんもお忘れのことと思うが、僕も、何を書いたか復習が必要だ。そこで、ちょっと書き加える分も含めて、ポイントを箇条書きにしてみたい。

 

  • IFRSの測定基礎の主なものは“使用価値”と“公正価値”

 

概念フレームワークの公開草案では、測定基礎は“歴史的原価”と“現在価額”となっている。しかし、歴史的原価は使用価値で減損テストされるので、歴史的原価は実質的には使用価値で下支えされている。一方、現在価額を測定するための主な測定基礎は公正価値測定だ。

 

  • (イメージとしては)使用価値=歴史的原価+自己創設のれん

 

“自己創設のれん”は資産計上が禁止されているので、プラスの場合はB/S価額算定上ゼロとなる。一方、マイナス値をとる場合は、減損が生じている可能性がある。自己創設のれんは、経営者の見積りによることになるため、客観的でなく恣意的となる可能性がある。実際には、事業から生じると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在割引価値を計算するが、その際には「現状を前提としなければならない」。その意味は、次の通り。

 

  • 経営者の現状認識の適切かどうかが、使用価値の信頼性として問われる。
  • 将来の改善事項、未着手の改善事項は除外して見積りを行わなければならない。

 

  • ということで、使用価値は歴史的原価の信頼性を下支えする役割を担い、その使用価値は経営者の事業に対する現状認識の適切さに支えられている。

 

経営者の現状認識能力は、適切な経営判断の基礎だから、意外かもしれないが、使用価値は経営者の事業遂行能力を表現している、と言えないこともない。おそらく、言える。

 

このシリーズの前回の記事と、概念フレームワークの一般財務報告の目的の章の記載を合わせて考えてみよう。そこには、一般財務報告の目的として、次の2つが挙げられている。

 

  • 将来キャッシュフローの見通しの評価
  • 経営者の業務遂行能力の評価

 

使用価値は、将来キャッシュフローの見積り現在価値だし、経営者の業務遂行能力の重要な一端を反映しているので、これらの目的に、実に良く合っている。

 

 

さて、これに関連して、先週、面白い記事がWSJに掲載された。

 

CFOが野球から学べることとは 4/15 無料記事

 

クレディ・スイスの最新レポートによると、「増収率・増益率・粗利益という3つの一般的な財務データは野球で使われている打率、奪三振率、出塁率プラス長打率(OPS)というデータに比べ、はるかに役に立たない」のだそうだ。

 

役に立つかどうかは、過去に起きたことと相関関係があるかどうか(持続性)と、結果を正確に予測できたかどうか(的中率)という2つの面から評価された。

 

みなさんもご存知の通り、米国にはGAAPベースの財務数値の他に、非 GAAPベースの財務データも多くの企業で開示されている。この記事では、どちらを対象に分析されたかは分からないが、会計の有用性に関して実に本質をついた分析だ。

 

但し、この記事も最後で指摘しているように、企業の増収率等の予測は、打率の予測ほど簡単ではない。では、何が簡単でなくしているのか。もちろん、打者は、通常、2〜4割の打率の範囲に収まる可能性が極めて高いのに対し、企業収益等は内外の激しい環境変化もあって半減する場合もあれば倍になる可能性もある。特に利益率の変動は著しい。

 

 

しかし、それだけでなく、会計自体にもこの予測を難しくしている問題があるかもしれない。それは、公正価値の変動をP/L計上する損益区分の問題だ。

 

公正価値は、基本的には企業の外部で決まる市場価格で、したがって、使用価値とは異なり客観的な数値であるが、その代わり、予測不能だ。それが、事業利益と区別されずに当期純利益へ計上される。これが財務データを分かりにくく、使いにくくしているのではないだろうか。

 

経営者がその専門能力を駆使して見積もる使用価値に関連する損益と、余資運用や年金制度などによって保有する資産・負債の公正価値変動に関連する損益は分けて表示した方が、その企業の、或いは、経営者の将来予測や経営能力の評価に役立つのではないだろうか。このような整理を、純損益とその他の包括利益の区分で採用してみたらどうだろう。

 

そうすると、事業損益に関する経営者の能力と、事業を遂行するための付随的な活動の結果が区分して表示できる。前者の場合は経営者の専門能力がより濃く反映され、後者については市場価格の変動による影響が強く出てくる。もちろん、どちらも経営判断の結果なので、後者について経営者を免責しようということではない。あくまで、将来予測と経営能力の評価をしやすくすることが目的だ。

 

要するに、その企業の主要な事業と直接関係のない市場価格の変動による金融商品の損益は、評価損益だけでなく売却損益についても、その他の包括利益へ計上すべきではないか、と僕は思っている*1

 

なお、2016/3期に大手商社で計上された資源関連事業の減損損失のように、使用価値の見積過程に公正価値測定が含まれる場合もあるが、その公正価値変動の予測は商社の事業に直接関連したものであり、経営者の能力でこなす必要がある。したがって、現行の表示の通り、公正価値変動の影響が主要な原因であっても、純利益の区分に計上されるべきものと思う。

 

 

「あのピッチャーのシンカーが、あのコースに決まったら打てるバッターはいない」という場合は、三振してもバッターは免責される。同様に経営者の場合も、「この外部環境の変化で経営責任を問うては、他に経営できる人がいない」という判断は、当然、ありえる。或いは、「このバッターは三振が多いが、大事な時にホームランが期待できる」と同様に、「この企業、或いは、この経営者は、失敗もあるが大きなことをやってくれそう」という評価もありえる。

 

しかし、そういう評価をするための材料がもっと欲しい。財務情報がすべてではないが、財務情報にできることはもっとありそうだと思う。

 

 

最後になるが、熊本大地震で被災されたみなさんには、お見舞いを申し上げたい。できることで応援させていただきたいと思う。

 

 

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*1 使用価値の表示については、注記の内容についても工夫が必要と思う。経営者の現状認識が、どのように将来キャッシュフローの見積りに反映されているかを、もっと丁寧に説明すべきと思う。ただ、使用価値は非常に多くの場面で見積もられており、そのすべてに詳細な注記をすることはできない。しかし、セグメント・レベルならどうだろう。可能かもしれない。そうすれば、財務報告の目的に照らして、より有用性が増すように思う。

 

 

2016年3月15日 (火曜日)

555【CF4-24】会計情報の信頼性〜使用価値

 

2016/3/15

GoogleAI(=人工知能)“AlphaGo”は、4局目にして韓国の世界最強プロ棋士李セドル九段に敗れたそうだ。

 

プロ囲碁棋士、4局目にしてグーグルAIに初勝利! GIZMODE 3/14

 

李棋士は“一矢を報いた”というより、3連敗から学んで“AIとの戦い方を覚えた”のではないだろうか。AIは、きっと事前に李棋士の棋譜を勉強しまくったのだろう。これでようやく条件が揃った。今日が最終戦のようだが、この勝負は勝敗数より、最後にどちらが勝つかの方が重要なような気がする。もちろん、僕は李棋士を応援している。

 

 

さて、このブログではAIを離れて会計情報の信頼性や価値について考えていきたい。しかし、前回までAIを切り口にして公正価値と使用価値について考えてきたが、改めてそれを整理しよう。

 

まず、IFRSの概念フレームワークの公開草案(2015/5、以下“ED”と記載)によれば、測定基礎は次の2つに分類されるという(ED6.4)。

 

(a) 歴史的原価

 

(b) 現在価額

・公正価値

・使用価値(資産)、履行価値(負債)

 

“歴史的原価”は、従来の“取得原価”を、負債を含めて言い換えたものと言って良いと思う。例えば、有形固定資産や貸付金などに加え、前受金、借入金などの負債項目、見越・繰延項目などの測定基礎(=“評価基準”)として利用されている(金融資産・負債については“償却原価”とも呼ばれる)。

 

上述のED6.4の記載によれば、公正価値と使用価値はともに現在価額だから、「この両者を比較しても歴史的原価が検討漏れではないか」と思われるかもしれない。

 

しかし、何度も記載してきた通り、歴史的原価を付された資産は使用価値ベースの減損テスト対象となる。すなわち、歴史的原価が付された資産は、使用価値の方が大きい場合に限り、歴史的原価がそのままB/S価額となるが、使用価値が小さくなると使用価値まで減額される(=減損損失の計上)。要するに、その資産を利用することで流入が期待される将来キャッシュ・フローの現在価値が、歴史的原価の上限となる。というわけで、使用価値を検討することは歴史的原価(の最低ライン)を見ることになる。

 

数式的として記載すると次のようになる。

 

使用価値=歴史的原価+自己創設のれん

 

自己創設のれんがマイナス値をとると、減損が生じる可能性が出てくる。一方、自己創設のれんがプラスの値であっても歴史的原価に評価益は計上されない。自己創設のれんは事業活動の成果としてキャッシュ・フローの流入が確実になった時に、損益計算書で利益計上される。

 

このような使用価値の利用方法(=減損テスト)から、IFRSにおける使用価値は、歴史的原価に生じかねない含み損を防止するキャップの役割を期待されていると思う。

 

したがって、使用価値の信頼性とは、歴史的原価に含み損を生じさせないキャップの役割を果たしているかどうかにかかっている。ここで、552-2/16の記事後半に記載したことを再掲しよう。

 

経営者が「このままでは買収した効果が得られない。何か対策を打たなければ」と考えた時の「このままでは」を金額にしたものが、減損テストで利用される使用価値だと考えれば良いと思う。

 

「このままでは買収した効果が得られない」

=「このままでは将来損失が発生する」

=「このままでは投資を回収できない」

=「含み損が生じている」

 

ということだ。

 

経営者が甘い現状認識を持っていれば、問題が放置され、事業が廃れていく。これは誰もが同意できる真実だと思う。この“現状認識”こそがIFRSの“使用価値”なので、甘い“使用価値”を見積もる企業、甘い減損テストを行う企業の株は買えない。進歩が期待できないからだ。

 

 

李棋士は違う。恐らく、昨日の勝利は厳しい現状認識の上に新しい戦略・戦術を編み出した成果なのだ。今日も昨日に続き、きっと勝ってくれるに違いない。AIは再び、事前に勉強した棋譜とは異なる李棋士に振り回されると思う。

 

 

 

2016年3月11日 (金曜日)

554【CF4-23】AIに会計上の見積りができるか?〜結論;英雄は色を好むが、AIに色はない。

 

2016/3/11

この“AIシリーズ”は、549-2/9 の記事の次のような書き出しで始まった。

 

会計上の見積りは、IASBにとっては会計情報の価値を高める極めて重要なツールである一方で、その信頼性や手間(=コスト)の多さが批判の的になっている。僕は、このテーマを考えるために、勝手に次のような問題設定をしたが、この設定にみなさんはご納得いただけるだろうか?

 

A. 本当に会計情報の価値は高まるか?

B. 会計情報に求められる信頼性とは何か?

C. そのうち会計業務は人工知能(=AI)に置き換わるのだから、手間など掛からなくなる?

 

Aが最も本質的な問題だと思うが、そのためにはBをはっきりさせなければならない。Cは、ABをシンプルに考えるための思考実験といった感じ。

 

Cについては、公正価値の見積りはAI(=人工知能)で概ね可能になるが、使用価値についてはAIでは無理ではないか、とこのシリーズの前回(552-2/16)までに記載した。もっとも、経営者でさえAIに置き換わるような時代になれば別だ。使用価値もAIが算定するだろう。

 

但し、僕やみなさんが生きている間は、そこまで実現しないように思う。AIは恐らく、まず、現場へ導入されて徐々に活動範囲を広げていくと思われ、経営全般に行き着くまでに、人間による様々なチェックを受けることになる。というか、極めて強烈な文化的・社会制度的抵抗を受けるに違いない人は、AIに管理される、まるでSFのような世界には容易に馴染めない。車の運転と会社経営の間には、人間とAIの上下関係を逆転させるという大きな壁がある。これを乗り越えるには、非常に長い時間がかかるに違いない

 

ということで、Cについては、次のような結論が出せそうだ。

 

『使用価値の算定を除く会計業務は、そのうちAIに置き換わるだろう。会計業務は大幅に省力化されるが、使用価値の算定は経営者や経理マンの業務として残り続ける。』

 

みなさんは、もしかしたら「公正価値と使用価値で、AIにとっての難易度がそんなに違うのか?」と思われるかもしれない。「そこが、本当に、AIの限界ラインなのか」と。

 

ん〜、そういえば、囲碁のトップ・プロがAIに負けたという衝撃的なニュースがあった*1。特に、「チェスよりもはるかに複雑な囲碁でAIが勝つには、少なくとも10年はかかると思われていたが、今回の対局でそれが事実でないことが明らかになった」とされている。このペースで進歩するなら、上記のAIの限界ラインなど、易々と突破されてしまうかもしれない。

 

確かにルールのあるゲームの世界ではそうかもしれない。しかし、僕はあえて反論したい。前例やルールの乏しい世界、リスク選好やイノベーティブな面が要求される世界では、AIは人間を超えられないのではないだろうか。公正価値測定はルールの世界だが、使用価値測定は経営者の主観が重要となる。使用価値はゲームの世界ではない。次の記事が参考になるかもしれない。

 

出会い系「アシュレイ・マディソン」利用で分かる企業の性格 WSJ 3/8 有料記事

 

この記事は、AIとは関係のない記事だが、人のリスク選好やイノベーティブな面が異性関係への積極性と関連があることを記載している。いわゆる「英雄、色を好む」的な内容だ。

 

要約すると、昨年話題になった既婚者向け不倫サイト(=アシュレイ・マディソン)の会員情報流出事件で流出した会員情報を分析すると、このサイトの利用者が多く所属する企業は、リスク志向でイノベーティブな傾向があるらしい。そして最後に、次のように結んでいる。

 

配偶者を相手にクリエイティブな言い訳をしなければならない人々は他の点でもクリエイティブなのかもしれない、ということのようだ。

 

この手の研究は、“英雄、色を好む”でググると他にも出てくる*2。どうやら、テストステロンという男性ホルモンが関係しているという説があるらしい。人間には、このホルモンが生物として必須なもので、その量が多い方が仕事面でも良い成果があげられるらしい。しかし、AIにテストステロンはない。あっても役立たない。

 

AIだって、リスク選好度や創造性の高低は、パラメーターで調整可能じゃない?」という反論も聞こえてくるが、さてどうだろう。リスク選好度や創造性を上げる代償として、情報探索の範囲を広げるコストがかかるが、その情報がデジタル化されていないとすれば、膨大なコストになるだろう。

 

ちょっと話を元に戻すと、「公正価値の見積りは市場価格など公開情報から妥当な結論を導き出せるが、使用価値は一般化されない特殊な状況(=公開情報のみでは適切な判断が困難)に対する高度な判断が要求されるので、AIには難易度が高い」点について記載してきた。

 

言い方を変えれば、「公正価値は測定が容易で客観的だが、使用価値は測定の難易度が高く主観的」と言える。但し、公正価値の元になる市場価格は変動しやすく、かつ、変動の根拠も曖昧だが、使用価値の元となる主観的な判断は、常人にはなしえない経営者の特殊能力が発揮されたもので、その後の事業経営の起点・原点となる(552-2/16の記事に記載したように、減損テストに利用される“現時点”の使用価値は、経営者の現状認識。現状を正しく認識してこそ、事業環境の変化や将来の不確実性に対処できる)。

 

ということをCの結論とし、引き続き、ABについて考えていきたい。

 

 

ところで、今日はあれから5回目の3.11。未だに多くの方が自宅に戻れてないし、喪失感に苛まれている。しかし、5年の間に積み上げられた被災者や関係者のみなさんの努力に感謝したい。復興のスピードや方向性に全て満足しているわけではないが(特に原発関係)、今日は変化したことに目を向けたい。あの直後は本当にひどかったから。

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 この記事には、AIの勝利について、世界のメディアの反応が要約されている。

 

人間対AI:囲碁ソフト勝利、海外メディアの反応は? 朝鮮日報 3/10

 

*2 例えば、以下の記事にはペンシルベニア大学のアラン・ブース教授の研究が紹介されている。

 

「英雄色を好む」は真実らしい!? excite.ニュース 2011/2/15

 

但し、ネットには「英雄じゃなくても色を好むのでは?」という疑問や、「色を好むからといって、英雄ではない」と諌める意見もあるので要注意だ。

 

2016年2月16日 (火曜日)

552【CF4-22】AIに会計上の見積りができるか?〜使用価値〜減損テスト

2016/2/16

日経平均株価は、15日、1,000円・7%を超える上昇を記録し、16,000円台に戻した。551-2/14の記事に記載したドイツ銀行の破綻懸念の後退や、米国の小売売上高指標の堅調さが、投資家の気分を落ち着かせたらしい。 (551-2/14の記事に記載したように)ドイツ銀行の件は誤解に端を発したものだし、米国の小売売上高については、前月に伸び率がマイナスに転じて心配されていたが、今月それが遡及訂正されてプラスになり、さらに最新データの伸び率が市場予想を超えた。マーケットは、誤解と訂正に揺れたことになる。

 

投資家が虫の居所の悪い時、市場価格は、ちょっとしたことで乱高下する。それを会計では“公正価値”と称して利用するが、自ずとそれ特有の限界がある。良い点もたくさんがあるが、欠点もある。客観性はあるが、それほど中身・実態に信頼性があるわけではない。

 

同様に、使用価値についても、良い点もあれば欠点もある。ゲームを見てないので詳しいことは分からないが、このシリーズの前回(550-2/12)に記載した岡崎選手は、2/14のアーセナル戦で、まだ早い時間帯(後半16分)に途中交代させられたようだ。ラニエリ監督は岡崎選手の働きに不満があったのだろう。今度は、交代時に、あの熱烈な抱擁はなかったに違いない。チームも1-2で負けた。監督の評価は変わっただろうか? それとも揺るぎない信頼が続いているだろうか。経営者目線の使用価値は、確実性や実現可能性の点で問題がある。経営者の夢・想い・戦略が分かって良いが、主観を排除できない。

 

 

さて、一般的に“使用価値”というと、減損テストに利用されるものが想起されるだろう。IFRSは、取得原価などの歴史的原価を適用する資産を除き、B/S価額は公正価値で測定される。使用価値で測定されるのは、歴史的原価が付された資産で行われる減損テストに合格せず、減損された資産だ。

 

この結果、使用価値による測定には次の特徴がある。

 

・使用価値は、減損損失が計上されたときのみB/S価額となる。

 

・(公正価値とは異なり)使用価値で評価益が計上されることはない*1

 

これらは、上述した公正価値と使用価値の良い点、悪い点(以下“性質”)を反映したものだ。公正価値も使用価値も完全ではないが、それぞれの性質に合わせて、測定対象や測定方法が規定されている。減損テストに落ちたものだけに使用価値が付されるのであれば、使用価値は利用される機会があまりないので、AIに算出させるメリットも少ないか?

 

もちろん、そうではない。減損テストは取得価額が付された全ての資産に課されるので、測定に利用されなくても、使用価値は非常に多くの資産・資産グループについて算出しなければならない。手間がかかるのだ。手間がかかるのと同時に、使用価値があまりに楽観的・主観的だと、減損テストがいい加減になってしまう。では、楽観的・主観的にならないための歯止めはなんだろうか。それは、IAS36「資産の減損」の44に次のように記載されている。

 

将来キャッシュ・フローは、資産の現在の状態で見積らなければならない。将来キャッシュ・フローの見積りには、次のことから発生すると見込まれる見積将来キャッシュ・インフロー又はアウトフローを含めてはならない。

(a) 企業が未だコミットしていない将来のリストラクチャリング

(b) 当該資産の性能の改善又は拡張

 

このシリーズの前回、僕はラニエリ監督が岡崎選手の使用価値として、次のことを見込んでいるのではないかと書いた。

 

岡崎選手は他の選手を輝かせるという間接的な影響力を持っている。

 

これは、岡崎選手が“将来”このような影響力を持つという話ではなく、“現在”の話を記載した。岡崎選手の将来の成長に対する期待ではなく、現在の能力について書いたのだ。僕は上記に「経営者の夢・想い・戦略」と書いたが、減損テストで算定される使用価値には、夢も想いも含まれない(戦略については、すでに着手され実行されることが確実であれば、見込めるかもしれない)。だが残念なことに、この点が、経営者のイメージと合わないのだろう。しばしば、悲しいニュースを目にする。例えば…

 

楽天の三木谷社長「減損を除けば営業増益」 日経電子版 2/12 有料記事

 

この中で、三木谷氏はM&Aで発生したのれんの減損処理をしたことに関して、次のように言ったとされている。

 

10年に買収したフランスのネット通販会社、プライスミニスターの業績が当初計画から少し乖離(かいり)しているという監査法人の判断だが、‥‥

 

これでは、まるで監査法人の判断で減損したかのようだが、会社の決算は会社が行うものだ。監査人が決めるものではない。減損テストは、簿価を上回る将来キャッシュ・フロー(の現在価値)、即ち、使用価値が見込めるかどうかであり、それは経営者が“現在の状況で”判断するものだ。

 

経営者が「このままでは買収した効果が得られない。何か対策を打たなければ」と考えた時の「このままでは」を金額にしたものが、減損テストで利用される使用価値だと考えれば良いと思う。その対策が、期末までに打たれていれば対策込みの使用価値が算定されると思うが、未着手であれば見込むことはできない。

 

この発言からは、監査人が三木谷氏のイメージする使用価値対して“楽観的”と指摘したことが想像されるが、それは三木谷氏が打った対策のタイミングがこの決算に対して遅すぎたか、或いは、簿価を回収するに十分でなかったと考えるべきだと思う。M&Aに投下した資本を回収する意思決定者としての責任を果たすために、より早く、より十分な対応が必要だったと考えるべきだと思う。

 

或いは、投下した資本をより多く、より確実に回収するためには、ここで減損損失というコストを一旦認識しておく方が良い、という判断もあるかもしれない。というのは、買収先の経営を軌道に乗せるには、当初の想定を上回る時間が必要な場合もあるからだ。全てを買収前(或いは、買収直後)に見込むのは難しい。

 

何れにしても、減損は監査人の判断でもなければ、監査人の責任でもない。使用価値は、経営者によって決定されるものだ。

 

ということで、「このような経営者が行う高度な判断は、AIではできないだろう」と、改めて結論付けたいが、次のようなFinancial Timesの記事を見てしまった。

 

[FT]科学者が人工知能による大量失業に警鐘  日経電子版 2/15 無料記事

 

驚いたことに、売春婦でさえ、AIに置き換わるという。僕は詳しくないが、相手を喜ばせるために、嘘もつけるようになるのではないか。感情を操るのだから極めて高度だ。もしかして、いずれは経営者もAIに置き換わるかもしれない。そうなると、使用価値もAIで算定できることになる。まあ、少なくても25年は先のことらしいが。

 

 

🍁ー・ー🍁ー・ー

*1 IFRS5「売却目的で保有する非流動資産及び非継続事業」では、売却目的保有に分類する際に評価益が計上されることがあるが、それは使用価値ではなく、公正価値の変動により生じるもの。売却目的保有に分類された非流動資産(または処分グループ)は、“簿価”と“処分価値控除後の公正価値”のどちらか低い方で測定される。

 

 

 

2016年2月12日 (金曜日)

550【CF4-21】AIに会計上の見積りができるか?〜使用価値〜レスター岡崎選手の価値は?

2016/2/12

イングランドのプレミア・リーグでは、岡崎慎司選手が所属するレスター・シティFCが、マンチェスター勢やロンドン勢のビッグ・クラブを抑えて首位を快走している。NHK BS1で直近の試合(現地2/6、第25節マンチェスター・シティ戦。3-1でレスター勝利)を見たが、レスターのクラウディオ・ラニエリ監督の“岡崎愛”が凄かった。ラニエリ監督は、後半36分に岡崎選手を交代させたが、熱烈なハグで迎えた。いや、ほんと、熱烈。男同士でこれ以上のハグはないだろう、というぐらいのハグ。しかも、公衆の面前で。

 

そういえば、前節(リバプール戦。2-1でレスター勝利)後のラニエリ監督の記者会見も流れていた。そこでもラニエリ監督は岡崎選手をべた褒めしていた。「慎司はファンタスティック。なぜって、みんなにエネルギーをくれるんだ。彼が動き出すと、みんなも動く」みたいなことを、熱く語っていた。僕は、この監督は岡崎選手のことが相当好きなんだと思った。

 

前季の今頃、レスターは最下位(20位)だった。ところが、今季は1位。一体、何が違うのか。ラニエリ監督の様子を見ていると、岡崎選手がその理由のように思えるが、どうだろう?

 

選手の一覧表*1を見ると、先発メンバーで今季加入選手は、岡崎選手のほか、左サイドバックのフックス選手、ボランチのカンテ選手の3名。あとは、監督が変わった。

 

今季大活躍してレスター躍進の立役者といえば、まず、ヴァーディ選手とマレズ選手が思い浮かぶ。ヴァーディ選手は、今季11試合連続ゴール記録を樹立し、すでに18ゴール3アシスト。マレズ選手は14ゴール9アシスト。ところがこの両名は前季から在籍している。岡崎選手は4ゴールで、チーム内では3位だが、ヴァーディ選手やマレズ選手に比べると寂しい実績だ。チームのゴール数は合計で47。要するに、客観的で分りやすいゴールやアシストでは、昨季からのメンバーが活躍している。

 

コスト面を見てみよう。レスターの選手人件費は、プレミア・リーグの中ではかなり安い。昨年末時点(シーズン折り返し時点)のデイリー・メール紙の報道では、レスターが49億円なのに対し、昨季の覇者チェルシーは177億円*2。この49億円のうち、岡崎選手の分を推定すると約4.5億円(移籍金と年棒の推定額を期間按分*3)。レスターの中では1割近いので、決して安くない。フォワードとしては、ゴール数に見合ってない。

 

ということは、上記で見る限り、岡崎選手のコスト・パフォーマンスが特に良いとは言えない。なのに、ラニエリ監督の“岡崎愛”は凄い。なぜだろう?

 

すでにご存知の方が多いと思うが、岡崎選手の評価は、ゴール数やアシスト数ばかりではない。数字にならない“献身的な動き”に対する評価も大きい。守備面や味方の攻撃陣をサポートする動きだ。敵陣を駆け回り相手の攻撃の起点を妨害したり、相手守備陣を撹乱して味方が攻撃しやすくする動き。

 

しかし、これらもドイツ時代から高く評価されており、移籍金や年棒にすでに反映されているだろう。移籍金や年棒は、言って見れば“公正価値”だ。“公正価値”に見合う働きをしたからといって、チェルシーやユベントス、インテルといったビック・クラブの監督を歴任した経験豊かな64歳のラニエリ監督が、こんな“岡崎愛”を示すだろうか。

 

僕の想像では、ラニエリ監督は岡崎選手のもっと違う部分も評価している。それは周りの選手やチーム全体に対する影響力だ。その一端が、上述のリバプール戦後のインタビューに現れていると思う。「慎司はみんなにエネルギーをくれる」という部分だ。さらに、岡崎選手は動き続ける、プレスし続ける、すると後ろの選手が動き出す、みたいなことを述べているが、レスターの選手はとにかく攻守によく走る。そして、そのエネルギーを岡崎選手が供給していると、ラニエリ監督は見ているようだ。

 

恐らく、それは試合の時だけでなく、練習の時からそうなのだ。ラニエリ監督は、リーグ戦第2節に岡崎選手がプレミア・リーグでの初ゴールを決めた時、「これはまぐれではない」とか「これは当然の結果だ」みたいなコメントを述べていた。この監督は当時から岡崎選手を高く買っている。そして、岡崎選手を褒めることで、他の選手に「岡崎のように献身的になれ」とメッセージを送っていたのだと思う。それは、リーグ戦が始まる前の練習時から、他の選手が岡崎選手の献身性に目を惹かれていたからであり、それをラニエリ監督がもっと引き出したかったのだろう。他の選手への化学変化を期待したのだ。

 

それが実現した。その結果、前季から所属するヴァーディ選手やマレズ選手が突然ブレイク、その他の選手も変わった。ラニエリ監督は、岡崎選手をそれぐらいに思っているのかもしれない。(僕はそう思っている。)

 

昨年、残留争いをしていたチームが、数倍の選手人件費予算を持つビック・クラブを相手に、今年は優勝争いをしている。それが岡崎選手の影響だとすれば、岡崎選手獲得に要した移籍金や年俸など安いものだ。それが、ラニエリ監督の“岡崎愛”になっているのではないか。それなら、本当の岡崎選手の価値はいくらだろう?

 

プレミアのビック・クラブは、100億円以上かけて補強し、優勝を目指す。それを考えれば、岡崎選手の本来の価値はそれに匹敵するものかもしれない。但し、100億円以上かけて補強されるような選手は、スペインやイングランドなどの一流リーグで、ゴール数やアシスト数などのとてもわかりやすい実績を持っている。岡崎選手にはそれがない。その代わり、岡崎選手は他の選手を輝かせるという間接的な影響力を持っている。しかし、これはなかなか評価が難しい。

 

僕は、この難しい評価が、まさに“使用価値”だと思う。次の2点が特徴だ。

 

・(選手の移籍)市場では評価しきれない価値がある。

 

今まさに進行中のシーズンで初めて認識された価値で、ラニエリ監督には見えているが、まだ市場には浸透していない。

 

・(他の選手を通して)間接的に創出される価値を含む。

 

監督の指導の仕方や他の選手との相性など、岡崎選手の個性・能力以外の要素も影響する。よって、その効果の発現は不確実性が高く、監督の(或いは、チーム・マネジメントの)チーム戦略が重要となる。

 

岡崎選手の獲得に、レスターは2年を要したという。監督だけでなく、レスター・シティFCというクラブが、岡崎選手を溺愛していたのだ。公正価値以上の使用価値を、予め、見込んでいたに違いない。優勝争いは出来過ぎだが、岡崎選手がチームを変えてくれるという期待があり、また、そういう化学反応を起こしやすいチーム運営をする方針があったのだと、僕は感じている。

 

こんな“使用価値”をAIが見積もれるだろうか? 仮に、世界のどこかに岡崎選手にこのような高評価をしている文献が存在していたとして、それをAIがメイン・シナリオに据えて将来キャッシュ・フローを見込むだろうか。いや、しないだろう。こんな判断は、事業(=サッカーとリーグとチーム事情)を熟知した経営者にしかできない。そして、チームに違う未来を引き寄せる。これが経営だ。

 

 

企業に当てはめれば、AIが見積もることのできる公正価値的な思考では、製品/サービス市場で競合する他の企業と、差別化することは(可能だが)限界がある。そうではない使用価値の部分にこそ、経営上の価値がある。そんな風に僕は考えている。

 

 

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*1 下記のページによる。

 

http://www.siraida.com/team.php?team=leicester_city

 

*2 下記の記事による。

 

英プレミアリーグの費用対効果、岡崎のレスター1位 英紙 1/4 日経電子版無料記事

 

昨年末時点の英デイリー・メール紙の試算によると、勝ち点1あたりの人件費はレスターが71万ポンド(=125百万円)で、前覇者のチェルシーはその7倍の500万ポンド(=890百万円)だという*1。もし、これが人件費への投資効率を表しているとすれば、レスターはチェルシーの7倍を超える。

 

*3 下記のホームページを参考にした。

 

岡崎慎司レスターでの年俸や年収!プレミア移籍金高騰の背景とは すぽかね 2015/7/17

 

・移籍金移籍金1000万ユーロ(約13億8200万円)

・年棒5億、6億

なんて記載から、4年契約であることを考慮して次のように計算しました。

 

移籍金の期間按分)14億円4年✖️半期=1.75億円

年棒の期間按分)5.5億円✖️半期=2.75億円

合計 )            4.5億円

 

 

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