企業会計審議会(IFRS)

2015年4月22日 (水曜日)

463.【収益認識'14-04】“顧客との契約”~収益認識モデル

2015/4/22

金融庁は4/15に“IFRS適用レポート”を公表した1。これは同日開催された企業会計審議会第2回会計部会において金融庁から報告されたもの。2014/6/24に閣議決定された“『日本再興戦略』改訂2014”において、

 

「IFRSの任意適用企業がIFRS移行時の課題をどのように乗り越えたのか、また、移行によるメリットにどのようなものがあったのか、等について、実態調査・ヒアリングを行い、IFRSへの移行を検討している企業の参考とするため、『IFRS適用レポート(仮称)』として公表するなどの対応を進める」

 

とされたものを受けている。

 

僕は“監査対応”の部分などを読んだが、原則主義の解釈の仕方、監査人との意見相違など問題、その乗越え方などについて個別基準レベルの記載があり、大変面白かった。もし、まだお読みでない方は、欄外の脚注にリンクを貼ったので、ご覧いただけると良いと思う。

 

 

さて、このシリーズの前回(4604/14)は“キャッシュ・フロー”に着目した。本来、収益金額とキャッシュ・フロー金額は別もので、この基準でもそれはその通りだが、しかし、僕はこの基準で使われている“キャッシュ・フロー”という言葉に“測定基準”のような意味があるのではないかと感じた。従来の収益金額より、より回収されるキャッシュ・フローを強くイメージし、回収までのすべてのリスクを測定に織り込むというようなIASBの意思を感じたことを記載した。

 

今回は、IFRS15のタイトルにも付いている“顧客との契約”にこだわってみたい。「そんな“言葉”にこだわってどうするの? 文学作品でもないのに」という声も聞こえてきそうだが、僕には、IASBがこだわっているように思えるのだ。

 

そもそも、P/Lの一行目の“売上高”は、単なる収入ではない。企業が事業目的を遂行することで稼ぐ収入を計上する。不要になった固定資産の売却収入、損害をカバーするための保険収入などは計上されない。それらは顧客からの収入ではないためだ。IFRS15のタイトルは、“顧客”が経営の最上位にあること、そして、それを反映するかのように、P/Lも顧客からの収入を最上位に記載することを改めて思い起こさせる。

 

というのは僕の感想で、IASBがそういってるわけではない。では、どういってるかについて、今回と次回の2回に分けて、IFRS15の結論の根拠を見ていきたい。今回は“収益認識モデル”、即ち、IFRS15の根底にある認識(=いつ記帳するか=伝票日付)や測定(=いくらで記帳するか=伝票金額)の考え方に、“顧客との契約”がどのように関わっているかがテーマだ。

 

IFRS15の基準本体には“収益認識モデル”という言葉は出てこないが、結論の根拠には、“代替的な収益認識モデル”という言葉を使って、IFRS15で基準化されたものとは別のタイミングや金額で収益認識する方法を検討したことが記載されている。その“代替的な収益認識モデル”がなぜ採用されなかったかを考えることが、この基準の理解に役立つように思う。

 

 

まず、このIFRS15に採用された収益認識モデルと、代替的な収益認識モデルのそれぞれを代表する、そして、特徴づけるテクニカル・タームを紹介したい。

           
 

 

 
 

   IFRS15       ⇔ 代替的な収益認識モデル

 
 

認識

 
 

支配の移転、履行義務の充足   ⇔ 活動モデル

 
 

測定

 
 

配分後の顧客対価(=取引価格) ⇔ 現在出口価格

 

 

 

次に“認識”のテクニカル・タームから、代替的な収益認識モデルが採用されなかった理由について、“顧客との契約”がいかに深く関わっているかについて記載したい。

 

“認識”の“支配の移転”と“履行義務の充足”は、概ね同じことを表現していると思う(詳しくは、いずれ検討する)。一方、これらと“活動モデル”は異なっており、その最も重要な相違”は、「顧客との契約を前提としているか否か」だと考えられる。具体的に見てみよう。

 

A.“支配の移転”や“履行義務の充足”は、特定の顧客との契約(或いは約束)が前提にある。

 

“支配の移転”や“履行義務の充足”は、顧客に対する契約(や約束)の内容として存在するもの。財・サービスの提供企業側だけの状況や都合ではない。

 

例えば、検収基準は、“検収”が顧客との契約(や約束)を顧客が確認する手続なので、こちら側に属する考え方になると思われる。(但し、IFRS15は“検収”だけに焦点を当てておらず、顧客との契約(や約束)が成立するところから履行義務を把握・管理する点(=5つのステップ2)が、単純な検収基準とは異なる。)

 

B.“活動モデル”は、企業活動の進行状況によって収益を認識する。顧客との契約を意識する必要がない。

 

例えば、税法の出荷基準は“出荷”という企業活動にのみ焦点を当てるので、こちらに入ると思われる。また、費用の発生状況で収益実現の進捗を測る従来の進行基準もこちらに属する考え方と思われる。

 

IFRS15が A を採用した理由をIASBは次のように記載している(BC17)。

 

両審議会は、顧客との契約から生じる資産又は負債の認識及び測定と、契約の存続期間にわたる当該資産又は負債の変動に焦点を当てることで、利益稼得過程アプローチに規律がもたらされると判断した。したがって、従前の収益認識の要求事項の場合よりも、企業が収益をより整合的に認識する結果となる。

 

規律がもたらされる」とは、概ね、“不正防止に有効”という意味だろう。Aのような顧客との契約や約束を前提としたアプローチの方が、企業の活動だけに着目するより不正が行われにくいと両審議会(IASBとFASB)は考えたようだ。この結果、IFRS15は、受注活動の段階から補足することが求められる5つのステップ2が設けられた。恐らく、内部統制報告書制度へ対応している既存の上場企業にとっては、特別なことではないと思われる。逆に、IFRS15がCOSOフレームワークに歩調を合わせたともいえる。

 

また、純粋理論的には、顧客に対する“契約資産”(=対価を受取る権利)及び“契約負債”(=財・サービスを移転する義務)を認識するとしている。収益は、これらの資産・負債のネット・ポジションの変動によって認識される(あくまで理論的なものであり、実際にこのような会計処理は行われないが)。この考え方は、概念フレームワークの収益や費用の定義が、資産や負債の増減に伴うものとされているので、それと整合させる意味があると思う。

 

ただ、それだけでなく、収益の側については、実務的に次の点には注意する必要がありそうだ。

 

・顧客との契約がなければ(=受注前は)契約資産は生じない。即ち、収益は認識されない(BC19BC22)。

 

・受注時点では「契約資産=契約負債」からスタートする。即ち、受注時点で収益は認識されない(BC19)。

 

・収益は、企業が約束した財又はサービスを顧客に移転し、それにより契約における履行義務を充足した時にのみ認識する(BC20)。

 

そのタイミングで、契約資産が増加(又は、契約負債が減少)し、資産・負債のネット・ポジションが変動すると考えるため。これは、契約の有無に関係なく、企業活動の進捗によって収益を認識する活動モデルを否定することへ繋がる(BC23(a)など)。

 

一方、費用については、特定の顧客があろうがなかろうが使えば発生するため、別途規定があり3、それに従うことになる。顧客から回収可能なものなど一定のものは資産計上できる。日本の感覚とあまり変わらないようだ。いや、むしろ、緩いかも。という表現は宜しくない。これを“合理的”というのだろう。事実認定をしっかりやれることが鍵になりそうだ。(恐らく、これについても、後日、立ち寄ることになると思う。)

 

以上は、IASBが“顧客との契約”へこだわりを見せた部分だが、これらの他、“活動モデル”でなく A を採用した理由として、次の点も挙げている。

 

・多くの財務諸表利用者にとって直観に反する(BC23(b)

 

約束した財又はサービスを顧客が交換に受け取っていない時点で、企業が対価を収益として認識することになる。しかし、財務諸表の利用者はそのように考えない。

 

・従前の収益認識の要求事項及び実務の重大な変更となる(BC23(d)

 

IFRSでは、従来から、財の販売による収益の認識を、企業がその財の所有権を顧客に移転した時に要求していた。また、進行基準についても、“支配の移転”や“履行義務の充足”を基礎とする考え方で適用可能(…適用できる範囲は狭まると思うが)。

 

 

最後に、測定のテクニカル・タームについて。

 

契約資産及び契約負債を“現在出口価格”で測定すると、受注時点で見込み利益(又はその一部)が計上されることになり、受注時点で収益認識をしないとする(認識の)方針に反することになる(BC19BC25(a)など)。したがって、“現在出口価格”アプローチは採用しなかったとしている。

 

この場合の契約資産や契約負債の“現在出口価格”とは、例えば、受注金額や見積りコストをイメージしてみると良いと思う。また、IASBは、契約負債の“現在出口価格”は、観察不能で見積りやその検証も困難なことが多いとしている(BC25(c))。

 

なお、今回は“配分後の顧客対価”について触れないが、いずれ、検討することにしたい。しかし、“顧客対価”という表現からも分かる通り、これも“顧客のと契約”が前提になっていると思われる。

 

 

以上から、改めてIFRS15の収益認識モデルを考えてみると、その特徴は次のようになるのではないかと思う。

 

・“顧客との契約”を前提に考える。

・5つのステップを想定する。

 

この2つから導き出されたものが、IFRS15になっている。そう思われるほど、“顧客との契約”という言葉は重要な役割を果たしているように思う。

 

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1 IFRS適用レポートの公表について(金融庁HP)

 

(関連記事)

[データは語る]システム対応期間は1年4カ月、金融庁がIFRS適用企業の実態を調査ITpro 4/17

「IFRS適用レポート」の公表と日本の会計基準の今後(新日本監査法人 5/15

 

2 459.【収益認識'14-02】5つのステップ4/10)を参照。

 

 

3 IFRS15.9198

2014年9月14日 (日曜日)

396.【番外編】会計の本質論と公認会計士の立場

2014/9/14

え~っ、朝日新聞社長が謝罪会見!? 第三者委員会を設置して外部調査?

 

どこかで見たような・・・、そうだ、このブログの終戦記念日の妄想記事だ(385-8/15)。と思って読み返してみたら、やはり大分違う。そんなに簡単に未来予想が当たるわけがない。特に、社長が謝罪会見を開いて第三者委員会を設置するのは、(はっきりとは書いてはないが)もっと、数か月も経ってからのイメージだった。

 

随分早いなあ、朝日新聞は意外に自浄能力が高いんだ。

 

と一旦は感心しかかったのだが、どうもそういうことではないらしい。みなさんもご存じのとおり、朝日新聞は、池上彰氏のコラム“新聞ななめ読み”で問題を起こしていた。「慰安婦報道に関する訂正は遅きに失した。謝罪もするべき」という趣旨の池上氏の原稿を、予定されていた 8/29 に掲載しなかったという(遅れて 9/4 に掲載)。(僕は昨日放送の「激論!クロスファイア」で知った。)

 

その経緯について、朝日新聞は 9/6 に説明している。それによれば朝日新聞は、今までも池上氏から厳しい指摘を度々受けており、それらはそのまま掲載してきた。しかし、今回に限っては間違った判断で掲載を見合わせてしまったという。

 

なるほど、朝日新聞が「朝日新聞に対する批判も可」として、その自由さを売りにしてきたコラムで掲載を拒み、しかも正当な理由がなかったというのは、“言論の自由”で成り立っている新聞社のやるべきことではない、というより許されない。誤報ならミスの範疇と思うが、これは報道機関としての”意思“や“基本の考え方”が間違っている。単なるミスでは済まない致命的な失点だ。いわば、ゴールデン・ゴール方式(或いは、サドン・デス方式)の延長戦における“オウン・ゴール”だ。それで時期がこんなに早まったのか。

 

「何を偉そうに。相変わらず、他人には厳しい。自分には甘いくせに」と怒られそうだが、次のようにも思っている。

 

今回の謝罪会見は、朝日新聞社内からの批判もきっかけになったらしい。それなら、変化の兆しと考えて良いかもしれない。

 

でも、あくまで“兆し”であって、これからが茨の道だ。朝日新聞の精神に巣食う色眼鏡を掛けた鬼を全部退治して、健全な批判精神を持つ新聞社へ変わってほしい。第三者委員会の活躍に期待したい。(ちなみに、この謝罪会見は、福島第一原子力発電所の吉田氏の証言に係る記事を取消すことに関して開かれたものらしい。鬼はあちこちにいそうだ。)

 

 

ところで、新聞社の方針と違うことでも自由に書くコラムといえば、日経新聞の“大磯小磯”がある。日経新聞を紙で読んでいたころは、目に入れば必ず読んでいた。テーマの裏側まで見られるような気がして、けっこう面白い。ただ、最近は電子版なので目に入ることがなく、すっかり縁遠くなっていた。

 

日経電子版の購読をされている方はご存じと思うが、日経電子版にキーワードを登録すると、そのキーワードが含まれている記事のリンクが、朝と夕方にメールで送られてくる。それをきっかけに、久しぶりに“大磯小磯”を読んだ。次の記事だ。

 

国際会計基準より大事なこと (9/11 有料記事

 

このタイトルを見た瞬間、「これは本質的な議論をしているに違いない」と直感した。会計は、経済実態を忠実に描写する“道具”であって、会計自体が“目的”になることはないはず。ところが、最近の議論はおかしいのではないか、そんな議論が展開されていると思ったのだ。だが、違った。

 

有料記事なので、あまり内容を紹介することはできないが、最初と最後の段落だけ拝借させていただきたい。

 

(最初)

国際会計基準(IFRS)を巡る議論が活発だが、国際化ばかり強調されている。哲学も不明確なまま国際情勢と異なる実態を取り上げ、技術論に終始しているのには違和感を感じる。本来は企業にとってのメリットが説明され、監査制度や市場監督の質向上とあわせて議論されるべきだ。

 

(最後)

公認会計士は根拠もなくIFRSの必要性を主張したり、制度改正を求めたりすべきではない。企業の立場で導入のメリットと向き合い、監査の質向上と合わせた議論を期待したい。

 

匿名なので、誰が書いているかは分からない。もしかしたら、上記の池上氏のように新聞社に依頼されて外部の方が書いているのかもしれない。

 

この記事は、拝借した最初の段落が具体的に展開されて、最後の段落の結論を導く形になっている。最初の段落から素直に想像していただければ内容はお分かりと思うが、3年前に企業会計審議会でIFRS反対派が主張していた議論が繰返されている。このブロクでも取上げた Oxford Report の要約版のようだ。

 

しかし、この議論では1年前の7月の初めに、日本版IFRSを作るなどの(中間的な)結論を出したはずだ。なぜ、3年前に後戻りするような主張がなされるのだろう? 「何か新しい要素でも出てきたのか」と思って読み返しても、殆どない。唯一新しいと思えるのは、米国に上場した(IFRS採用の)中国企業が上場廃止になったぐらいのことだ。だが、そんなことで何年も時間を巻き戻し、この間の努力を無駄にする根拠になるのだろうか。

 

特に、のれんの非償却についての批判がたくさん書かれているが、ASBJやその他の努力でIASBも見直しを始めようとしているところだ。みんなで前向きな努力をしているのだが、そういうことは書いてない。

 

ただ、監査に目を向けてもらったのはちょっとうれしい。見積りの監査は確かに難しい。欧州でのれんの減損が“too little too late”と批判されているが、監査も重要な原因だ。

 

3年前の企業会計審議会で、公認会計士の委員がやはりこの点を指摘している。だが、“だからIFRS導入に反対”ではなかった。確か、「監査証拠の入手ができるように企業における監査環境を整えてくれ」という主張だったように記憶している。それは何故だろうか。なぜ「監査が難しくなるからIFRS反対」と主張しなかったのか。このコラムを書いた方は、それを考える必要がある。

 

恐らく、次のような理由ではないかと僕は思う。

 

複雑な利害や制度が絡み合う問題を整理・解決するには、問題の優先順位付けを行う必要がある。IFRS導入問題も、監査制度や証券監督、税制、会社法など色々な制度が絡み合う。そこに、それぞれ利害関係を持つ人々がいるから、優先順位を間違えると問題解決にも失敗する。

 

企業の財務情報開示制度の中で、会計と監査の関係は分かりやすい。明らかに“会計が主で監査が従”だ。まず会計があって、その信頼性を担保する仕組みとして監査がある。したがって、まず、会計のあるべき論があって、それを実現するために監査がどうサポートするか、という順序にしないと、本末転倒の議論になる。

 

企業経営の立場で考えてみると、会計の役割は経済実態の忠実な描写だ。経営者はそれを見て(もちろん、もっと他の情報も見るが)、経営が順調であるかどうかを確認・判断したり、今後の戦略・戦術の立案や選択に利用する。企業の立場からはこれが最も重要な会計の役割だから、あるべき会計論は「どのような会計が経済実態の忠実な描写になるか」という観点で行われる。そして、このレベルの議論では、経営者も投資家・株主も、利害を共有する(と僕は思う。もっと議論をブレーク・ダウンしていくと、利害が分かれていくが)。この段階の議論では、まだ監査に出番はない。

 

証券監督も、税法も、会社法も、監査と同じ立場ではないか。まず、企業及び経営者、そして投資家や株主が、経済活動を行う上で適切な判断ができる基盤(≒会計)があることが優先されると思う。実際に企業会計審議会における法務省の委員はオブザーバー参加で、この議論の聞き役に回っていた。ちなみにTKC関係者の委員も、本来このような立場であるべきだった(が、強烈な反対論をぶっていた)。

 

以上を踏まえたうえで、公認会計士法の第1条を見てみよう。

 

(公認会計士の使命)

第1条 公認会計士は、監査及び会計の専門家として、独立した立場において、財務書類その他の財務に関する情報の信頼性を確保することにより、会社等の公正な事業活動、投資者及び債権者の保護等を図り、もつて国民経済の健全な発展に寄与することを使命とする。

 

公認会計士は、財務書類(≒会計)の信頼性確保が使命であり、公認会計士にとって財務書類の内容は“所与”だ。

 

だからといって、公認会計士が会計規準の議論に一切参加しないということではない。極端にいえば、財務諸表が、デタラメの会計規準に準拠して作成されていれば、経営者に、そして投資家や株主に信頼されるだろうか。そんな財務情報に存在意義はない。会計がちゃんと役割を果たす必要がある。

 

会計が十分に役割を果たせないのであれば、会計自体の改善が必要だ。それなしに監査も何もない。こういう観点では、独立した立場から議論に参加する。したがって、公認会計士は「会計が経済実態を忠実に描写しているか」という議論であれば参加する。「監査が難しい」という公認会計士の都合は、後ろに控えさせながら・・・。それが、公認会計士の立場だと思う。(くどいが、本当は「監査が難しい」という問題意識も持っているから、今回のように第三者が問題提起してくれるのはうれしい。)

 

したがって、もし、この「会計が経済実態を忠実に描写しているか」という議論を“技術論”と、このコラムの筆者が批判の対象にしているのであれば、それは違うと思う。これこそが“本質論”だ。そこに、哲学がある。そして海外と事情が違うことは、積極的に日本は主張しようとしている(公認会計士も貢献している)。

 

 

長くなって恐縮だが、最後にもう一つ。

 

上記「公認会計士は根拠もなくIFRSの必要性を主張したり・・・」の「根拠もなく」には、ちょっとヒヤリとした。僕は根拠を示しながらこのブログを書いているつもりだが、最近は妙に想像や妄想が多くなった。想像や妄想には確かに根拠がない。しかも、「他人に厳しく自分に甘い」という自覚も、芽生えつつある。この状態で想像・妄想するのは危険かもしれない。上に引用した公認会計士法第1条の次はこうなっている。

 

(公認会計士の職責)

第1条の2 公認会計士は、常に品位を保持し、その知識及び技能の修得に努め、独立した立場において公正かつ誠実にその業務を行わなければならない。

 

品位かあ。そういえば、監査基準の前文にも“高度な人格を持て”と書いてあった。これは難しい。果たして、このブログから“品位”とか“高度な人格”など、みなさんに感じてもらえるだろうか。恐らく無理だろう。頑張っても育ちの悪さは隠せない(また親のせいにしてる!)。ただ、“品位”とか“高度な人格”が、「金銭欲に支配されない人格」を指すなら大丈夫、ご安心戴きたい。見てお分かりと思うが、このブログに金銭は絡んでいない。

 

 

 

2014年9月 9日 (火曜日)

394.CF-DP67)純損益とOCI~まとめ~益出し取引はどうなる?

2014/9/9

前回(393 - 9/7)の記事を見て、「なぜアギーレJAPAN のウルグアイ戦のことに触れてないのか?」と意外に思われた方がいらっしゃるかもしれない。僕の感覚としてはまだ注視している段階であって、論評するタイミングではない。結果が出るのは今日のベネズエラ戦だ。

 

今回、僕が最も注目しているのは、アギーレ監督だ。アギーレ監督は、ウルグアイ戦とベネズエラ戦の2試合のために新チームを招集した。ならば、両方見てから評価しようと思うのだ。どうせ暫定評価に過ぎないが、それでも今の段階で評価するのは、売上を早期計上することに等しい。まだ、十分に要件が整っていないと思う。

 

 

ところで前回の日経新聞のスクープ記事を見て、“FVTOCI 指定された持合い株式等のリサイクリング禁止規定の妥当性”というテーマは、もう終わりにした方が良いと思われた方は多いと思う。フーガ―ホースト氏が見直すと発言しているのだから、もう“勝負あった”のではないか、と。ASBJの努力の結果、IASBが日本の主張へ歩み寄ると分かれば、それで十分と。しかし、こちらもまだ要件が整っていないように思う。

 

僕も、気付いたら「未実現の状態でOCIへ計上された損益が、その後どのような結末を迎えたかをP/Lで知ることができない」とか、「純損益だけ見ていると、何が起こったか分からない」と書いている。要するに、IASBが「好ましくない取引の抑制」などという目的をこっそり取り込んだために、財務情報が持つべき重要な質的特性のひとつ、“忠実な(経済実態の)表現”を損ねたということだ。これで、探していた“実害”が見つかった。・・・と思ったのだが。

 

しかし、それでも消えない疑問がある。もし単純に、持合い株式等へリサイクリングを要求すると、それを利用した利益平準化取引も許容することになる。IASBは、本当にそれを許すだろうか?

 

財務報告にとって、どちらの実害が大きいのだろう? 利益平準化の弊害か、それとも忠実な表現の不備か。IASBはこれらの大きさを客観的に測る基準や尺度を見つけて、比較したのだろうか。その上で、リサイクリングを要求する方向へ舵を切ろうとしているのか。

 

と書いておきながら、実は、僕の予想というか想像では、この問題の解決に“実害の大きさ”は関係ない。恐らくIASBは、“経済実態を忠実に描写する”という大原則を優先させ、「好ましくない取引を抑制する」という余計な目的を後退させると思う。なぜなら、これこそが原則主義の在り方だと思うからだ。

 

具体的には、例えば益出し取引をやった場合は、現行のようにリサイクリングを禁止して純損益から除外するのではなく、リサイクリングによって純損益へ計上させ、それを益出し取引と分かるように開示方法を工夫する方向を考えているのではないだろうか。

 

こう考える理由は、次の2つだ。

 

・流行りの“Comply or Explaine”原則とも相性が良い

 

益出し取引等の利益平準化は違法か? 会計原則で禁じられているか? 要件設定が難しく規制は困難であり、いずれも No だ。しかし、非常に好ましくない、或いは、まったく適当でないと考えられている。このような取引を抑制するために、関係者の自治機能に委ねる“Comply or Explaine”原則が利用されることがある。

 

法律で禁止された行為をやれば違法、会計原則で禁じられた処理は虚偽記載や粉飾。しかし、何を持って益出し取引とするか、要件設定は難しい。この“Comply or Explaine”原則は、守らないならその理由を説明させる。それを関係者が納得すれば罰せられることはないが、納得されなければ手痛いしっぺ返しを食う。したがって、状況によって例外を柔軟に設けられるし、同時にこのような取引の抑制効果もある。これは、コーポ―レート・ガバナンス分野で流行りのルール、原則、或いはアプローチだ。ご存じのとおり、日本でも会社法改正に組込まれている(詳しくは、こちら【大和総研のレポート】)。 またこの原則は、IFRS財団でも取り入れられている(例えば、IFRS開発手続等を定めた Due Process Handbook 2013/2 改定版 P15)。

 

この方式を利用した開示が考えられる。持合い株式等の売却取引についてもリサイクリングが適用されるが、その一方で、それが目立つように記載され、かつ、利益平準化のための益出しではない理由も詳しく開示される。そして株式市場が納得すれば株価は下がらないし、株主総会も荒れないが、納得されなければ大変なことになる。そんなイメージが想像される。(但し、これが有効に機能するには、“益出しは悪”と一般的に認識されることが前提。)

 

・FASBペーパーの提案(387-8/20 の記事)とも相性が良い

 

この提案は、米国で慣習的に開示されている“非GAAP利益”のような区分利益を“営業利益”としてIFRSのP/Lへ開示しようというもの。その場合、恐らくこのような“益出し取引”は“営業利益”には含まれず、P/Lとは別表となる営業利益から包括利益までの表へ記載されると思う。

 

この米国版“営業利益”は、事業に関する包括的な利益であり、日本の“営業利益”や“経常利益”より範囲が広い。そして、なにを“営業利益とするか”の状況は企業ごとに異なるので一律の規定は難しいと思う。したがって、「P/Lとは別表となる営業利益から包括利益までの表」は、例外項目のみが記載されるはずのため、反って注目されると思う。或いは、注目されるよう興味を惹きつける詳細な注記が要求されるのではないだろうか。そんなことが想像される。

 

 

ちょっと調子に乗って、色々書き過ぎたかもしれない。上記はいずれも、“想像”というより“妄想”だ。実際にこの片鱗でも見えるのは、早くて来年1Qの概念フレームワークの公開草案公表時となる。結果が出るのはまだまだ先の話だ。今の段階でこのテーマを書くのは、売上の早期計上どころか、まだ受注前の提案書の起草段階にもならない。でも売上計上(=記事に)してしまった。これは完全な暴走、粉飾決算だ。

 

こんな妄想するなら、錦織圭選手の US オープン決勝戦を応援した方が遙かに良い。(この記事がアップされる頃は、まだ第1セットぐらいか。)

 

しかし、今まで僕は、数時間に及ぶテニスの試合をまともに観戦できたことがない。こんな妄想なら、あっという間に数時間が経つのに! ということで、応援の気持ちだけを送ることにしよう。

 

錦織選手、がんばってくれっ! 既に歴史的な快挙だが、まだ売上ではない。

 

ん~、完全にダブル・スタンダードだ。自分に甘すぎる。

2014年9月 7日 (日曜日)

393. JMISに対するIASBの反応と日経のスクープ

2014/9/11 下記の Deloitte. の記事が、監査法人トーマツのHPに日本語で掲載されていたので紹介します。

2014.09.03 IASB議長が、日本の修正国際基準(JMIS)および未実現損益を考慮しないことの危険性について論じる

 

2014/9/7

JMISに関するIASB議長ハンス・フーガーホースト氏の反応について2つの記事を紹介する。一つは日経新聞(9/5「企業・市場に冷めた声」:有料記事)で、9/3 に東京都内で開かれた会計シンポジウムの発言として紹介されている。もう一つは、Deloitte.のHPで公開されている 9/3 付のIAS Plus の記事(「IASB議長、JMISと未実現利益無視に対する危険を議論」 原文は英語)だ。こちらは東京で開かれたIFRSカンファレンスでのスピーチとして紹介されている。

 

どちらも同じ講演を取材したもののようだが、日付や開催地の情報がなければそうとは気が付かないかもしれない。両者は、かなり印象が違うように思う。

 

(日経新聞)

 

「日本の新基準を使うメリットは少ない。海外投資家はIFRSとみなさないからだ」

 

これは、「会計規準が一杯あっても誰の役にも立たない」とJMISを批判する記事の一部であり、この会計シンポジウム自体を報じるものではない。このためか、これ以外に同氏の発言は紹介されていない。そこで、もう一つの記事で詳しい内容を補足しよう。

 

Deloitte.

 

Mr Hoogervorst commented that the increase of the voluntary use of IFRSs in Japan was especially encouraging as Japanese companies have the choice of several sets of standards and would only choose to adopt IFRS if they thought it was a strong business case.

 

参考までに、この部分の拙い僕の翻訳も記載する。

 

フーガ―ホースト氏は次のように言及した。日本でIFRSの任意適用が増加していることは、特に喜ばしい。なぜなら、複数の会計規準の選択肢があるなかで、日本の会社はIFRSを選んだと考えられるからだ。ビジネス上の強いメリットが理由ではないか。

 

としたうえで、“ビジネス上の強いメリット”を次のように説明している。

 

He explained that IFRSs are a cost effective alternative for companies with subsidiaries as they can apply one single financial reporting language for both internal and external reporting. In addition, the use of IFRS would make it more attractive to foreign investors to invest in Japanese shares if the financial statements were prepared in a reporting language they understand.

 

議長は、連結子会社を持つ会社にとって、IFRSがコストに優れた選択肢であることを説明した。それは、国内でも海外でも一種類の連結パッケージで足りることだ。加えて、IFRSを使用すると、海外投資家が理解する基準で財務諸表が作成されるので、日本株への投資がより魅力的になる。

 

もし、僕が日経新聞の記者で、フーガ―ホースト氏の発言を正確に伝えようとすれば、恐らく次のように紹介すると思う。(但し、これでは、この記事にフーガ―ホースト氏の発言を引用する意味がなくなってしまうが。)

 

「IFRSの任意適用が増加していることは喜ばしい。ビジネス上のメリットが大きいからだろう」

 

フーガ―ホースト氏は、ここではJMISに言及していない。一方、日経新聞は「JMISにメリットがない」と書いた。印象が異なる理由は、ここにありそうだ。日経新聞は、ちょっと意訳が過ぎるのではないか。

 

とはいえ、日経新聞にもこう書いた理由がないわけではない。Deloitte.の記事のタイトルでも分かるように、フーガ―ホースト氏は、この講演で、JMISの前提になっているASBJのシンプルな考え方、即ち、純損益とOCIを区分する「不可逆性(=実現)の規準」について反論したからだ。日経新聞は、それを総合的考えて、「JMISにメリットがない」と書いてもよいと判断したのかもしれない。

 

しかし、ASBJ関係者は、この講演を聴いて首をかしげたのではないか。というのは、フーガ―ホースト氏の反論は、ASBJがASAFに提出したいわゆるASBJペーパー(8/8 の記事で紹介)をちゃんと理解しているように思えないからだ。その特徴的なところを Deloitte.の記事から紹介すると、次のようになっている。

 

He explained that a systematic relegation of unrealised income items to OCI could result in a lack of faithful presentation, especially as unrealised income does not only consist of gains, but also of losses.

 

彼は、機械的に未実現利益項目をOCIへ追出すことは、忠実な表現を欠く結果になるだろうと説明した。特に、未実現利益は利得だけでなく、損失をも含むのだから。

 

ASBJは、現行規程で純損益へ計上している未実現項目、例えば、売買有価証券やその他の公正価値評価する有価証券の評価損をOCIへ計上する、というような主張はしていない(僕は、リサイクルを前提にその方が良いと思うが)。もちろん、減損損失も、現行通り純損益に計上するとしている。それなのに、なぜフーガ―ホースト氏は、「ASBJの考えだと損失が先送りされる」みたいな反応をしたのだろうか?

 

むしろ、IFRSの“のれんの非償却”や“リサイクリング禁止”の方が危ない。のれんは、減損のタイミングが遅い、損失の先送りと批判されているし、リサイクリングが禁止された項目は、資本の部のOCIがこっそり利益剰余金へ振替えられる。即ち、未実現の状態でOCIへ計上された損益が、その後どのような結末を迎えたかをP/Lで知ることができない。例えば、(日本の持合い株のようなものに適用される)OCIオプションを指定すると決算時の評価益がOCIへ計上されるが、いざ売却時に損失となっても純損益に損失計上されない(OCIへ計上される)。純損益だけ見ていると、何が起こったか分からない。

 

まったく不思議だ。議長としてのポジション・トークだろうか。

 

現行のIFRSの方が、のれんに関して費用または損失のタイミングが遅いし、OCIに注目していないと危ない。「OCIを無視するな」との警告は、JMISではなくリサイクリングを禁止するIFRSに対して発せられるべきもののように思える。批判の対象が逆ではないか?と思えるのだ。しかし、フーガ―ホースト氏は、議長だから、IASBの批判をするわけにはいかないのだろうか。

 

 

もしかしたら、日経新聞の記者もおかしいと思ったのかもしれない。フーガ―ホースト氏に直接インタビューをしたらしい。それが 9/6 付の次のタイトルの記事(有料)になっている。

 

「のれん」会計、見直しも 国際会計基準 前倒し処理しやすく 持ち合い株売却は最終損益に計上

 

この記事では、フーガ―ホースト氏が「現在の基準が完璧でないことは認める」とか、「IFRSが方針を転換する。」と発言したことを紹介している。IASBが、のれんと持ち合い株式の会計規準を見直すのだ。日本の主張の方向へ歩み寄ると考えて良い。これは、スクープだ。

 

もしかしたらフーガ―ホースト氏は、この講演でIFRSの方を批判したかったのではないか。でもそれは立場上できないから、ASBJペーパーへの反論という衣を着せたのではないか。

 

しかしそうなると、冒頭の日経新聞の記事の「JMISにメリットはない」というフーガ―ホースト氏の発言の紹介の仕方はおかしい。「誰のためにもならない」というこの記事の主張もおかしい。「でも、日本の意見を主張するのに役立っている」と、少し趣旨を変えるべきだったと思う。

 

 

2014年8月 6日 (水曜日)

383.修正国際基準(JMIS)の公開草案~OCIリサイクリング

2014/8/6

修正国際基準は、ピュアIFRSに必要最小限の修正をASBJが加えたもの(381. 8/1の記事)であり、その必要最小限に選ばれたのは、のれんの償却とOCIリサイクリングであった。前回(382. 8/4の記事)は、のれんの償却について記載したので、今回はOCIリサイクリングに関して修正を行う“その他の包括利益の会計処理(案)”だ。

 

修正の内容だが、これものれんの償却と同様に、日本基準に戻すイメージとなっている。対象となった項目は以下のとおりで、いずれも、「いったんOCIに計上したものを、特定のタイミングと方法により、純損益へ振替える処理」(=リサイクリング)を追加することが、主な内容となっている。

 

A.“OCIを通じて公正価値の変動を測定すると指定した資本性金融商品”の公正価値の変動 <4>

 

これは従来、日本基準で“その他有価証券評価差額金”として資本直入していた処理に対応するものだが、IFRSではリサイクリングが禁止されるので、減損処理が不要となるが、同時に、売却しても売却損益を純損益に計上することができない。

 

この修正では、減損処理を復活させるとともに(減損時にリサイクリングを要求=減損損失が純損益に計上される)、売却時にもリサイクリングを要求している(売却損益が純損益に計上される)。

 

想像だが、IASBとしては、例えば持合い株式のようなものの事業上の必要性とか、事業目的に対する正当性が納得できず、むしろ、利益の平準化(=スムージング)のような不当な目的に利用されているのではないかという疑いから、売却損益を純損益に計上させていないのではないか(=リサイクリング禁止)と、374. 7/2の記事 376. 7/16の記事へ記載した。

 

これに対して、ASBJは全く違う観点からリサイクリングを正当化している。これは、この公開草案が公表されたために中断している“純損益とOCIシリーズ”のASBJペーパーでの主張と、恐らく共通するのではないかと思われる。この観点については、後述の“結論の背景”の中で記載したい。

 

 

B. 金融負債の発行者自身の信用リスクに起因する公正価値の変動 <5>

 

これは、373. 6/27の記事に記載した、リーマンショック後に欧米の巨大金融機関が計上した不可解な利益計上~信用悪化が利益になる~処理を是正する会計基準(の改正)に関連したものだ。例えば、社債を発行した企業が、のちに信用力を悪化させ社債の市場価格が下落すると、この企業がその社債を公正価値で測定すると指定していた場合は負債の額が減少するので、その分(純損益に)利益計上されるという会計処理が、この当時は行われていた。

 

その後 2010年にIFRSは改正され、信用力の悪化による公正価値の変動部分については、純損益ではなくOCIへ計上するとされた。よって、今では「信用を無くすことで利益を生む」会計処理は行われないとされている。

 

ASBJが修正したのはこの部分ではなく、この“価格が下落した社債”がこの企業のB/Sから消滅する場合、例えばこの社債を市場から買入消却するようなケースで生じる利益の扱いだ。(額面金額から買入金額を控除した残額。価格が下落しているので、額面金額より安価に買入できる。)

 

IFRSはこのような場合でも、なお、リサイクリングを禁止している(資本の部の中で直接利益剰余金へ振替ることはできる)。ASBJはここを修正して、例えば買入消却にリサイクリング(=純損益に計上)を要求した。

 

「5年後に 元本100 円払いますから、お金を貸してください」と言って借りたお金を、自己の信用力が低下したとして、例えば 90 円で3年目か4年目に買入消却すると、貸してくれた人に損害を与えることになる。それを利益計上するというのは、借りる側の倫理観としていかがなものか? それを正当化するような会計処理で良いのか? という意見もある。それでもASBJがリサイクリング(=利益計上)を要求する理由は、上記と同じ“全く違う観点”による。

 

 

C. 退職給付の“確定給付負債又は資産(純額)”の再測定 <6項、第8>

 

ご存じのとおり、確定給付の退職年金制度に係る資産及び負債は、専用の計算技法を用いて毎期現在価値ベースの金額に洗い替えられる(その過程で、勤務費用等の退職給付に関するコストが予定額ベースで計算され、純損益へ計上される)。この洗い替えで発生する損益(=数理計算上の差異等)は一括してOCIへ計上されるが、IFRSではこれに対するリサイクリングが禁止されている。

 

ASBJは、「これでは数理計算上の差異等が純損益に計上されないため純損益の有用性が低下する」として、リサイクリングするよう修正した。リサイクリングの方法は、平均残存勤務年数にわたって期間配分する方法による。

 

 

D. 上記に関連する表示 <7項~第11>

 

詳細は省略するが、例えば、リサイクリングを行うことで資本の部の中で直接の振替を行わなくなった場合に、その振替に関する注記を要求しているIFRSの条項を削除したり、リサイクリングを行うために必要となった“数理計算上の差異等を純損益に振替える年数”の開示などを追加している。

 

 

 

“結論の背景”の“リサイクリング処理の必要性”について

 

“結論の背景”は、次のような構成になっている。

 

最初に簡単に経緯を述べた後、まずこの“リサイクリング処理の必要性”を記載し、その後に上記 AC の個別テーマごとに特有の状況を記述している。

 

これからわかるように、“リサイクリング処理の必要性”には、OCIリサイクリングが必要最小限の「修正又は削除」項目として、のれんの償却とともに残された理由と、我が国の会計基準の基本的な考え方、即ち、日本の主張が記載されている。

 

以下このブログでは、この“リサイクリング処理の必要性”について紹介するが、この後に記載されている各個別テーマの状況については省略させていただく。

 

さらに、この“リサイクリング処理の必要性”の構成をみると、まず、IASBがOCIリサイクリングを禁止している理由を個別項目ごとに紹介し、次にASBJがOCIリサイクリングを必要と考えている理由を記載している。面白いのは、ASBJがIASBの意見に個別の反論をするのではなく、まったく別の観点を提示し、一括して反論していることだ。

 

(IASBがOCIリサイクリングを否定する理由)

 

上記 AC 、及び、有形固定資産と無形資産の再評価モデルに係る再評価剰余金(資本の部のOCIの内訳項目)の計4項目について、IASBの主張を各IFRSの記載に基づいて紹介している。これらについては、すでにこのブログの“純損益とOCI”シリーズに記載したこととダブるが、ここに記載されているIASBがOCIリサイクリングを禁止した理由を簡単に紹介する。(なお、再評価モデルに係る再評価剰余金については、実態資本維持の議論(物価変動会計)もあるので「削除または修正」の対象から外したとされている。)

 

A. “OCIを通して公正価値で測定すると指定した株式等”の公正価値の変動

 

 投資に対する利得及び損失の認識は一度だけとすべき。

 

OCIリサイクリングを行うと、いったんOCIで認識されたものが、再び純損益にも認識されるので禁止。

 

 OCIリサイクリングを適用すると会計基準(や会計実務)が複雑になる。

 

OCIリサイクリングを行うと、金融商品の分類が増えるし、これまでも実務上の問題が指摘されていた株式等に対する減損処理が引続き必要になる。禁止すれば不要になって、財務報告が改善され、複雑性が減少する。

 

B. 金融負債の発行者自身の信用リスクに起因する公正価値の変動

 

OCIに関する統一的な会計処理は、まだ確立していない。ならば、(これに対応しそうな資産側の項目である)A と整合的になる方法が良い。

 

C. 退職給付の“確定給付負債又は資産(純額)”の再測定

 

OCIリサイクリングに関する一貫した方針は確立されておらず、かつ、確定給付負債又は資産(純額)について、リサイクリングするための適切な基礎が識別できていない状況である。

 

D. 有形固定資産と無形資産の再評価モデルに係る再評価剰余金

 

OCIリサイクリングを禁止する理由は、IAS16号「有形固定資産」や38号「無形資産」に記載されていない。

 

これに対するASBJの“全く別の観点からの反論”とは、「純損益は包括的な指標であるべきであり、その他の包括利益に含まれた項目はすべて、その後、純損益へのリサイクリング処理が必要である。」(17項)という“当期純利益観”に基づいている。これは、「財務諸表利用者が企業業績を評価するにあたって当期純利益を最も重視する」となるような当期純利益を計算・開示すべきという考え方、会計観だと思う。(参考までに、これに対応するIASBの考え方を簡単に記載すると、「企業業績や企業価値は財務情報や非財務情報のすべてから判断されるべきもの」となる。詳しくは、363. 5/21の記事をご参照いただきたい。)

 

(1) 将来キャッシュ・フローの見通しと純損益の整合性

 

リサイクリングを行わない項目があると、企業の全生涯を通じたキャッシュ・フローの合計額と純損益の合計額は一致しないこととなる。このようなキャッシュ・フローの裏付けのない純損益では、業績指標としての有用性が低下する。

 

(2) 包括利益では純損益の代替にならない

 

この点、包括利益はキャッシュ・フローの裏付けがあるが、財政状態の観点が重視されている未実現損益などを含む損益であり不確実性が高く、純損益に代わるような業績指標にはならない。

 

(3) この包括利益の欠点をリサイクリング(した純損益)で補える

 

全てにリサイクリングを行えば、包括利益と純損益の企業全生涯に渡る合計額は一致する。(不確実性が十分減少した段階で純損益へリサイクリングする。)

 

(4) このような純損益は、業績評価だけでなく、経営者の受託責任の評価にも有用

 

リサイクリングすることで、すべての取引が純損益に計上されるので、包括的な経営者の評価が行いやすくなる。

 

なるほど~っ! 実に綺麗な論理展開。エクセレントだっ。キャッシュ・フローと結びつかない業績指標、企業の全取引を網羅しない業績指標では、確かに心許ない。という気にさせられる。純損益の会計上の地位向上を図りたいというASBJの思いが、ヒシヒシと伝わってくるようだ。

 

(但し、業績評価や企業価値評価の実際は、“すべての取引”とか“企業全生涯のキャッシュ・フロー”は、あまり意識されないかもしれない。むしろ、過去の実績からノイズを除外することが大事かもしれない。問題は、上記の AC が、その“ノイズ”であるかどうかだ。)

 

 

ということで、今回の公開草案の紹介は以上だが、最後に一つ付け加えたい。それは、この修正国際基準(JMIS)の適用時期とピュアIFRSとの差異を開示するかどうか、及び、開示する場合の方法だ。これについては、「コメントの募集及び概要」の末尾に「修正国際基準が金融庁により制度化される段階で定められる見込みである。」と記載されている。

 

本来であれば、会計基準設定主体であるASBJが決めることだが、このJMISは金融庁の審議会「企業会計審議会」によって導入が提案されたものなので、適用時期(=導入開始時期)や、採用企業数に影響を与えそうな開示コストの問題に関しては、企業会計審議会の判断が必要ということかもしれない。

 

昨年6月までに、すっかり「企業会計審議会」に悪いイメージを持ってしまった僕は、また“決められない”審議が続けられるのではないかと心配だが、しかし、今度はスッキリ決めて欲しい。

 

ちなみにピュアIFRSとの差異に関しては、JMISを日本基準と考えるなら開示は不要と思うが、「JMIS採用企業は実質的なIFRS採用企業」とIASBに認めて欲しいという下心があるなら開示すべきと思う。しかし、いずれにしても会計基準が乱立する状況には変わりはないので、少しでも利用者の負担・戸惑いを軽く・少なくさせようとするなら、差異は開示されるべきだろうと思う。

2014年8月 4日 (月曜日)

382.修正国際基準(JMIS)の公開草案~のれんの償却

2014/8/4

公開草案として公表された5つの文書のうち、個別の会計基準に係るもの(=ASBJによる修正会計基準)は、2つのみだ。今回は、そのうちのれんの償却について記載する。なお、後半の“結論の背景”についての記載には、僕の感想・意見がたくさん記載されているので、無用と思われる方は読み飛ばしていただきたい(直接公開草案を読んでいただいた方が良い)。

 

前回(381.8/1の記事)も記載したように、“削除又は修正”は必要最小限にとどめられているため、例えば「のれんを直すなら、無形資産も同じだろう」という論点について修正を見送っている。また、修正内容は、基本的に日本基準へ戻す内容と考えてよさそうだ。

 

IFRSに対する具体的な修正は、以下の項目となる。

 

(のれんの償却の復活 第4項)

 

のれんは、耐用年数にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却しなければならない。

 

耐用年数: その効果の及ぶ期間によるが、20 年を超えてはならない。企業結合ごとに決定。

 

償却方法: 定額法その他の合理的な方法により規則的に償却。企業結合ごとに決定。

 

償却費: 純損益に認識。取得日から償却開始。

 

B/S表示: 取得日において認識された金額から償却累計額及び減損損失累計額を控除。

 

(持分法上ののれんの償却及び減損 第5項)

 

関連会社又は共同支配企業に対する投資に係るのれんは、耐用年数にわたって、定額法その他の合理的な方法により規則的に償却しなければならない。

 

耐用年数: その効果の及ぶ期間によるが、20 年を超えてはならない。投資ごとに決定。

 

償却方法: 定額法その他の合理的な方法により規則的に償却。投資ごとに決定。

 

償却費: 純損益に認識。関連会社又は共同支配企業となった日から償却開始。

 

B/S表示: のれんは投資と区分して表示されない(投資原価に含まれる)。

 

減損: 償却や持分法適用後に減損の有無を検討する。

IAS39「金融商品:認識及び測定」に従う。)

 

関連会社又は共同支配企業に対する投資に係るのれんについては、減損戻入を禁止。

(上記の第4項に同様の記述がないが、のれんの減損戻入の禁止は、ここで改めて修正せずとも IAS36「資産の減損」で規定されている。)

 

(開示 第6項)

 

関連して、以下の注記を修正又は追加している。

 

のれんの償却方法及び耐用年数並びにのれんの償却費が含まれている包括利益計算書の表示科目

 

報告期間の期首と期末ののれんの帳簿価額の調整表における修正及び追加

 

・期首帳簿価額(償却累計額控除前)及び償却累計額(減損損失累計額との合計)

・償却費

・期末帳簿価額(償却累計額控除前)及び償却累計額(減損損失累計額との合計)

 

 

 

修正項目は以上だが、この記載のあとに“結論の背景”というセクションがあり、修正の理由を記載している。基本的には、修正されたIFRSの項目が現在の規定となった経緯と、それに対する日本での議論の内容が記載されている。量的には 3 ページ半ぐらいなので、興味のある方は直接読まれることをお薦めする。以下には、特に印象に残ったところ、即ち、のれんの償却を復活させる理由について(、僕の感想・意見を交えて)記載する。

 

(のれんの償却を復活させた理由)

 

・収益との期間対応(14(1)

 

・・・。企業結合後における企業の利益は、投資原価を超えて回収された超過額であると考えられるため、当該投資原価と企業結合後の収益との間で適切な期間対応を図る観点から、投資原価の一部であるのれんについて償却を行うことが必要である。

 

「・・・。」とした部分は、ん?と思ったから転記を省略した。その省略した部分は、「のれんは企業結合において資産及び負債を取得するために支払う投資原価の一部である」というところ。しかし、資産及び負債はすべて認識されてB/Sへ個別に記帳され、認識できなかったものがのれんになるのだから、のれんは、「(認識可能な)資産及び負債以外のもの」だ。僕は、以前「のれんは人的要素の評価」(2013/1/10の記事など)と記載したこともあり、のれんを「資産及び負債を取得するため」支出の一部と考えるのは、どうも納得がいかない。のれんは“資産や負債といった物的なもの、契約から派生した権利や義務といったもの”を有機的に結び付けて、“事業として機能させる人的な要素からなるシステム”ではないかと思う。

 

しかし、のれんが(事業の)投資原価であることは間違いがなく、企業結合後の収益と対応させて償却することが必要という部分(=転記した部分)については賛同する。

 

 

・収益力の減価の反映(14(2)

 

のれんの構成要素の一部が超過収益力を示すとすると、競争の進展によって通常はその価値が減少するものであり、のれんの償却を行わないとその減価を無視することになる。

 

“超過収益力”とせずとも、単に“収益力”だけで十分だと思う(理由は 2012/11/27 の記事に記載したが、要は、平均を下回る収益力しかない企業、即ち、超過収益力のない企業でも、買収対象とされるのが実際だから)。この言葉は、EFRAG等と共同で出したディスカッション・ペーパー(379. 7/28の記事)でも、2か所のみで集中的に使われていて、ちょっと苦笑いだった。

 

但し、主張の趣旨(=収益力は簡単に維持できるものではなく、内外の環境変化に対応する努力、即ち、自己創設のれんを新たに発生させることなしには維持できない。その過程で、のれんは自己創設のれんによって置き換えられていくが、自己創設のれんは資産計上すべきではないため、のれんを償却することが必須となる、という主張)にはまったく賛同できる。

 

 

・規則的償却は現実的・実務的(14(3)

 

耐用年数や費消パターンに関する見積りの難しさはのれんに限定されたものではなく、有形固定資産の減価償却についても同様である。

 

この記載の前に「企業は、通常、買収にあたり被取得企業の事業などについて十分な分析を行った

上で買収するか否かを決定するため、耐用年数の見積りは可能であると考えられる。」という記述があるが、そういう場合もあれば、そうでない場合もある(むしろ、調査方法・期間に対する制約・限界が大きくて、“十分な分析”は難しいことが多い)というのが僕の感想だ。しかし、会計上の見積りに 100% の自信は必要ない。ここの記載のように、有形固定資産の償却方法や耐用年数も、ストレートに毎年減価するのか、それとも、何らかの加速度があるのか、また、その期間の長さについて確証は持てないが、決めている。言われてみれば、まったく尤もだ(但し、日本の場合は税法に依存し過ぎていて、企業が決めているといえない状況だが)。

 

これを読んで、上述のEFRAG等とのディスカッション・ペーパーに記載のあったアンケート結果の記述を思い出した。

 

・・・、過半数をやや上回る作成者は、IFRS の適用に関する彼らの経験によると、のれんの回収可能価額の見積りの方が、のれんの消費パターンの見積り(耐用年数の見積りを含む)よりも困難でありかつ負担が大きいと考えていた。26項)

 

ヨーロッパの作成者は、「のれんの減損より、償却の方が現実的・実務的」と考えているということだろう。減損テストに使う回収可能額の計算(将来キャッシュ・フローを見積り、それを現在価値に割引く)より、のれんを償却するための耐用年数や償却方法の見積りをする方が、容易であり手間もないという。これには、思わずニヤリとした。確かにその通り! なのに、なぜ「耐用年数や償却方法の見積りに合理性がない」と、償却が否定されて、今の減損だけのIFRSになったのか。確かに疑問だ。

 

 

・自己創設のれんの費用計上とのれんの償却は、ダブらない(14(4)

 

12 (2)(に記載されているように、IASB)はこの自己創設のれんの不計上との整合性を理由にのれんの償却を否定しているが、広告費などに係る会計処理と企業結合で取得したのれんの事後測定は別の議論と考えられる。

 

12 (2) に記載されているように、「広告宣伝費等でのれんの価値が維持される」のであれば、広告宣伝費等は、のれんのメンテナンス・コスト、修繕費なので、費用計上されるのは当然であり、のれんの償却を否定する材料にはならない(=二重計上ではない)、ということだと思う。これにも賛同する。

 

 

・減損テストの精度に問題があるのに減損のみで良いか

 

のれん償却を復活する理由について記載しているこの 14 項には、(5) もあるが、これを紹介する代わりに、上述のEFRAG等とのディスカッション・ペーパーに指摘されていた減損テストの問題点に触れたい。

 

それは、7/28 の記事でも若干触れたが「ターミナル・バリュー」の問題だ。IFRSでも日本基準でも、これを減損テストに使用する将来キャッシュ・フローの見積りに含めて良いとは一切書いてない。(ただ、含めていけないとも書いてない。) 現実に存在するのであれば、見積りに含めることは認められるだろうが、この金額を合理的に計算するのは芸術の域、神技であり、合理的な根拠を示すのは難しい。

 

ターミナル・バリューは、企業が永遠に継続すると仮定して計算される価値のことだ。例えば、5年間の事業計画が作成されているとすると、その5年間の将来キャッシュ・フローは、事業計画を評価して作成することができる。そして、ターミナル・バリューは、その先も「永遠に企業が将来キャッシュ・フローを生み続ける」として計算される。しかし、いったいどうやって、そんな仮定を正当化するのだろう。これに関しては、IFRSも日本基準も何のガイダンスもない。

 

そのディスカッション・ペーパーでは、ヨーロッパにおいて、「減損損失は通常、非常に遅れて認識され、減損損失が認識される時には事業に対する期待はすでに悪化している。」(23(b))と考えている人が多いという。正確には、欧州金融危機の際の減損の会計処理が、プロシクリカル(景気循環増幅的)な影響を及ぼす可能性があると考えた人が、回答者の過半数を占め(会計規準設定主体からの回答を含む)、その回答者が、このような説明をしているという。

 

こうなる大きな原因として、このターミナル・バリューの問題があると思われる。

 

僕の経験では減損テストでこれが使われているのを見たことはない。しかし、M&Aの相手企業の評価資料(FA、即ち、ファイナンシャル・アドバイザーが作成した資料)に、詳細な根拠が示されずに用いられていたのを覚えている。それがバカにならない金額だった。もしかしたら、希望売価から、個別に積上げた企業価値を差引いた差額になるように逆算したのではないかと思ったぐらいだ。(そのM&Aでは、買い手側が独自にFAを立てておらず、売り手側と共通だった。買収額が大きい方がFA報酬が高くなる仕組みだったので、余計に疑念を持った。後年、やはり期待は外れで、このM&Aに係るのれんは減損されることになった。)

 

実は、この 14(5) には、「費用配分を行う償却と回収可能価額に着目する減損テストは、目的が異なっているため、減損テストによって償却を補うことはできないと考えられる。」と書いてある。即ち、減損と償却が補完関係にないと主張されているが、僕は、あると思う。減損テストの精度に問題がある場合、特にターミナル・バリューのようなものが使用されるケースがあるからなおさらだが、せめて、償却しないと、財務情報として企業価値が過大に表示される可能性が高まると思う。現に、ヨーロッパでは、「償却をしないと、企業についての価格が高くなるであろう。」とする回答者が過半数いるのだから(上記ディスカッション・ペーパーの 23(a))。日本でも、このターミナル・バリューについて、会計基準による対処が必要ではないだろうか。

 

まず日本基準を直して、その結果をこのJMISにも反映させてほしいというのが僕の希望だ。

 

 

“結論の背景”には、上記の他、以下のものが記載されているが、長くなり過ぎるので、詳細は省略させていただく。詳しく知りたい方は、直接公開草案をご覧いただきたい。

 

・関連会社又は共同支配企業に対する投資に係るのれんの償却

 

主に、上記のM&Aにより取得したのれんに平仄を合わせたという説明。

 

・のれんの償却に関する開示

 

会計処理の変更に合わせた開示の変更である旨の説明

 

・関連する論点

 

修正点を必要最小限に絞るとの観点から、今回は「削除又は修正」の対象にしなかった旨の説明。以下の論点が挙げられている。

 

(1) 毎年におけるのれんの減損テスト

 

(2) 企業結合で取得した無形資産の識別

 

(3) 耐用年数を確定できない無形資産の非償却

 

 

2014年8月 1日 (金曜日)

381.修正国際基準(JMIS)の公開草案~概要

2014/8/1

昨日、ASBJより修正国際会計基準(案)が公表された。

 

公開草案「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準)(案)」の公表7/31 企業会計基準委員会)

 

そこで、ざっと特徴を記載してみたい。みなさんが、この公開草案を読まれるときの参考にしていただければと思う。が、すべてを読込む時間はなく、“コメントの募集及び概要”を読んで、興味を持った項目について修正会計基準案の該当箇所を読んだ程度だ。要するに、「速報・ダイジェスト番組だけでW杯を語る」ようなもの。しかし、僕は、今回の修正基準の核となる“のれんの償却”と“その他の包括利益(OCI)のリサイクリング”については、このブログを通じてヨタヨタとだが勉強してきたので、ちょっと寄り道したい。なお、コメントを募集期間は10月末までとされている。

 

 

まず、正式名称から。(知っていると、意外と使える場面が多かったりする。)

 

(日本名)

修正国際基準: 修正会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準

 

(英文名称)

Japan's Modified International Standards (JMIS): Accounting Standards Comprising IFRSs and the ASBJ Modifications

 

JMIS”は、“ジェイミス”と読むらしい。(これは会計教育研修機構の研修で聴いた。)

 

 

次に、この基準の意味というか、役割というか、位置づけというか。

 

まず、次の式を頭に入れると良い。

 

修正国際基準(JMIS) =  ピュアIFRS + ASBJによる修正会計基準

 

“ピュアIFRS”は、厳密には金融庁が財務諸表規則が規定する“指定国際会計基準”に指定したもののこと。金融庁の判断によってはピュアにならないこともありえるが、現時点ではIASBが公表したものをそのまま受け入れている(=アドプション)。

 

ASBJは、それとは別の手続(=エンドースメント)によって、“ASBJによる修正会計基準”を必要に応じて開発する。この両者を合わせたもの、即ち、ピュアIFRSにASBJが修正を加えたものが、“修正国際基準(JMIS)”となる(上式の意味するところ)。この過程で、ASBJは公開草案を公表して、一般に意見を求めるという。

 

以上の結果、今回の公開草案も、次のような計5通の文書構成になっている。

 

・ピュアIFRSの内容(=金融庁が指定した個別IFRSやIFRICの番号と名前)を記した「修正国際基準の適用(案)」

 

・個別の“ASBJによる修正会計基準”案(のれんとOCIの計2通)

 

・コメントの募集要項や質問を記した文書と、ここまでの経緯を記載した文書(計2通)

 

さて、ここでもう一度冒頭の式を思い出してほしい。もし、“ASBJによる修正会計基準”がゼロになれば、「修正国際基準(JMIS)=ピュアIFRS」になる。“ASBJによる修正会計基準”は、あくまで一時的なもの(“当面の扱い”と表現されている)で、IASBとのコミュニケーションによって解消していくべきもの、逆にいえば、日本からグローバルへ主張するメイン・テーマと位置付けている。

 

解消されていけば、JMIS適用企業は、自然とIFRS適用企業になっていく。そういう意味で、JMISは我が国におけるIFRS適用促進のための取組みとされる。また同時に、開発の過程で公表される公開草案等により、我が国の議論の裾野が広がることが期待されている。そして、これがASBJがグローバルへ発信する意見の基礎になっていくとされている。

 

(良くできたストーリーだが、どちらも気の長い話だ・・・。)

 

 

“ASBJによる修正会計基準”案と、その選択について

 

これらはIFRSを修正する箇所を記述したもので、「正誤表+その根拠」のようなイメージで作成されている。前半の“正誤表”のような部分は、原文に対して、削除箇所には取消線を引き、追加箇所には波の下線を入れている。そして後半に、日本の会計基準のように“結論の背景”という“その根拠”を記載したセクションを置いている。

 

現時点で、JMISは1号(のれん)と2号(OCIリサイクリング)の公開草案が示されているが、この2つが選ばれた理由とその意味は、“「削除又は修正」の判断基準”や“初度エンドースメント手続における検討”のセクションで、次のような趣旨が説明されている(“「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準)」の公開草案の公表にあたって”という文書のⅦとⅧ)。

 

・「削除又は修正」は必要最小限に

 

IFRSは、既にIASBの所定のデュー・プロセスを経ており、グローバル(もちろん我が国も参加している)の議論の結果だ。それに多くの修正を加えては、グローバルから国際基準と見做されなくなる可能性があるし、他国の状況も、やったとしても最小限にしている。比較可能性の問題も生じる。我が国としても、“単一で高品質の会計基準の策定”というグローバルな目標にコミットしている。

 

少数に絞った方が、我が国の主張を考え方を強く表明することができる。

 

・“必要最小限”を前提に、次の基準で項目を抽出する

 

(a) 会計基準に係る基本的な考え方に重要な差異があるもの(日本 vs.IASB)

 

今回は、この基準で“のれんの償却”と“OCIリサイクリング”が抽出された。これ以外にも次のものが識別されたが、“必要最小限”とするために削除または修正の対象から外した。

 

・公正価値測定の範囲

 

有形固定資産・無形資産の再評価モデル、投資不動産の公正価値モデル、市場性のない株式等の公正価値測定、生物資産及び農産物の公正価値測定

 

・開発費の資産計上

 

(b) 任意適用を積み上げていくうえで実務上の困難さがあるもの(周辺制度との関連を含む)

 

この基準で識別されたものを次のように大別している。

 

・ガイダンスや教育文書の開発・公表により、実務上の困難さを軽減してくもの

 

減価償却方法の選択、市場性のない株式等の公正価値測定、決算日が相違する子会社・関連会社の扱いなど。

 

・該当する企業にとっては重要だが、一部業種に限られるなどの観点から、“必要最小限”にするために外したもの

 

機能通貨や開示分野の問題

 

なお、今回、“ASBJによる修正会計基準”案の対象にならなかったものについて、“「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準)」の公開草案の公表にあたって”という文書の“別紙”に内容の説明がある。

 

 

ということで、あとはいよいよ、2つの“ASBJによる修正会計基準”案の内容に入りたいが、残念ながら、僕の能力では時間切れ。明日以降に繰り越したい。

 

だが、最後に、「気の長い話だ・・・」と書いた部分について説明を加えたい。

 

みなさんもお分かりの通り、これは、既にIASBによって確定された基準に対する修正要求をどう実現するかという話で、言ってみれば、“敗者復活戦”だ。いったん確定した規準を変えるのは、例えば、“のれんの償却”について 7/28 の記事(379に記載したように、ASBJはEFRAGなどと協力し果敢に再導入へ挑戦しているが、なかなか大変なことだ。時間がかかる。IFRSがのれんを非償却にしてから、既に10年が経過している。

 

より重要なのは、IASBが規準を開発している段階でどう関わるか、即ち、IASBが規準を開発しているときに、国内で質が高く裾野の広い議論を盛り上げて、ASBJを後押しすることだと思う。これは、今回の公開草案の範囲には関係ないので、言及されていないのは当然だが、どこかで必要な議論だと思う。

 

IASBは、基準開発中の議論の過程について情報公開に努めているが、英語なので読める人、Webcast を視聴できる人は限られる。例えば、IASBの公開草案に対して日本からのコメントが増えるように、日本でどのように情報公開を行うかや、日本に於ける議論の方法について、検討することが必要ではないだろうか。

 

2014年3月 3日 (月曜日)

343.企業会計基準委員会(1/27、2/7)、クリミア半島(余談)

2014/3/3

今日はひな祭りだが、ご存じのようにウクライナはキナ臭い状況になっている。ひな壇に行儀よく納まっていると大怪我をしそうな感じだ。

 

さて今回は、1/271/7 に開催された企業会計基準委員会(ASBJ)の webcast を視聴したので(いずれの日もIFRSに関連しそうなところのみ視聴)、その報告を簡単にしよう。ポイントは次の2点だ。

 

1/27の日経の朝刊に報道されたのれんの非償却化について

 

この時点では、未だ、そのような話は聞いていないということだった。2/7 については、視聴した範囲では具体的な言及はなかった。また、日本版IFRSの検討を行っている作業部会の報告では、2/7 はのれんの償却に関する検討が時間切れでできなかったそうだ(時間切れ? ん~、何かあったのだろうか)。

 

・IASBのリース会計基準の開発状況

このブログでも取上げたリースの2013公開草案(以下 ED)には、600ものコメントが寄せられ、IASB(とFASB)では、大幅な変更が検討されているようだ。方向性としては、従来のオペレーティング・リースの会計処理(いわゆる賃貸借処理)を適用できる範囲が広がるようなので、根本的な方針変更と考えてよさそうだ。詳細は、また別の機会としたい。

 

 

ところで、余談だが、話をウクライナに戻させていただきたい。

 

2/22 にヤヌコビッチ氏が大統領を解任され逃亡したのも、あまりに急展開で驚きだったが、2/27 に南部のクリミア半島で武装したロシア系住民(もしかしてロシア軍?)が議会など主要施設を制圧したというのはもっと驚きだった。すでに幹線道路の検問まで実施しているという。これは、あまりにタイミングが良いし、なんてスムーズなんだろう。3/1 にはロシア上院が軍事介入を承認している。

 

同じ黒海沿岸でクリミア半島の東南東方向にあるソチでは、オリンピックが 2/23 まで開催されていたが、その裏で綿密な“リスク管理計画”が練られていたのかもしれない。

 

クリミア半島の住民、即ち、クリミア共和国(ウクライナに属する自治共和国)の住民の6割はロシア語を話すロシア系住民という。次に多いのはウクライナ系で2割程度。このクリミアの地は、15 世紀にタタール人(モンゴル系・イスラム教徒)の国となり、オスマン帝国を後ろ盾としてロシアやウクライナへ侵略・略奪(奴隷狩り)を繰返したようだ。しかし、オスマン帝国が帝政ロシアに敗れると一転してロシアに併合され、それ以降のロシア系・ウクライナ系住民の大量移住と、タタール人への迫害で、今やクリミア・タタール人の人口はわずか十数パーセント程度だという。モンゴル帝国以前も、色々な民族が入替り立代り征服していたので、とても複雑な歴史を持つ土地だ。(以上、Wikipedia のクリミアやタタール関係の数項目を参考にして記載した。)

 

欧米は、ウクライナを分断させてはいけないと言っているが、ロシアは分割したいらしい。最も重要なのは住民の意思だが、上述の通り、ロシア系、ウクライナ系、クリミア・タタール人が入り乱れており、それぞれ他の民族に対して複雑な、或いは、厳しい感情を持っている。多数派のロシア系に他の民族が従うとは思えない。もともとクリミア・タタール人は民族意識が強く、クリミアを「第二のチェチェン」と称するような状況もあるらしい。では内戦か。或いは、クリミア共和国国内やウクライナ国内に留まらず、NATOやロシアを巻き込む戦争になるのか。ウクライナがこれからどうなるか予断を許さない。

 

これに比べると、東アジア情勢は単純に思えてくる。とはいえ、日本と大陸・半島の間にも、2度の元寇、豊臣秀吉の朝鮮出兵、それから明治以降の戦争がある。もし、ウクライナが3者の共通の利益を探し出すことに成功し、迫害や暴力なしにクリミアを納められたら、日中韓にも道があると思えるような気がする。そう考えると、遠くユーラシア大陸の反対側の出来事も、関心を持ってみられるし、上手く納まって欲しいと願う気持ちも強くなるように思う。

 

 

2013年6月27日 (木曜日)

261.【製造業】最後に驚愕!~3年目に突入

2013/6/27

長い、なが~い、この製造業シリーズが漸く終了を迎える。始めたのが昨年の9月なので、9ヶ月を超えることになった。昨年11月に、製造業シリーズの子シリーズとして始めたのれんシリーズが全く想定外に手間取り、3月まで4ヶ月も要してしまった。そして、減損戻入シリーズもその後3カ月。こんなマイペースにブログを書き続けるなんて、きっとオヌシはB型だろう、と思われるかもしれないが、僕はO型だ。マイペースというより頑固なのかもしれない。そして、ふっと気付くと、今日でこのブログは3年目に突入する。

 

その間、企業会計審議会は、政権交代の影響か、動きが止まっていた。お陰で、長々と時間をかけても、状況に大した変化はない。・・・と思っていたら、そうではないことに気が付いた。実は驚愕している。

 

 

というのは、昨年オックスフォード・レポートで大々的に主張されて以降、「IFRSは製造業に合わない」という主張が全くされなくなっていたのだ。それにやっと気が付いた。今まで気付かなかった。最近出た経団連の資料や企業会計審議会資料などを見ても、それらしき文章は見当たらない。おかしいなあ、と思って、金融庁のホームページに掲載されている企業会計審議会の議事録や資料で「製造業」や「物づくり」を検索してみたが、昨年(2012年)7月の中間的論点整理、或いは、その案が検討された2012/6/14の大武委員の発言まで1年遡らないと引っかからない。

 

もしかして、もうこのテーマは時代遅れ?

だとすれば、凄い変化じゃないか!?

それに気が付かずに9ヵ月も費やしたのかっ!!

 

ちょっと、足が震えるような衝撃だ。

 

オー・マィ・ガッ! (欧米人なら、こう言うに違いない。)

ガチョ~ン!! (僕らの年代はこう言いながら腕を引いて震わす。)

とにかく、びっくりだ。(眉毛もピクピク震わせている。)

 

その一回前の2012/4/17の議事録には、上記主張に基づいた純利益重視と原則主義反対を主張する和地委員の発言がある。その前の2012/3/29の議事録にも、上記主張の佐藤委員の発言がある。2012/2/29では、経団連の提出資料に関連する原価計算の記述がある。さらに遡って、主なものだけざっと拾ってみると・・・

 

2011/2/17 議事録)

この回は海外視察の報告がメイン。正面からこの主張をしている発言はないようだ。

 

2011/12/22 議事録)

逢見委員が欧米主要国に比べて日本は製造業の比率が高いことに配慮すべきと主張。

大武委員が、包括利益は製造業に馴染まないと主張。

 

なお、討議資料(3)は前月(下記11/10)に引続き使用されている。また、参考資料Ⅲは製造業と他業種の資金調達状況を比較したものとなっているが、これは(下記の)11/10に佐藤委員からリクエストされたもの。

 

2011/11/10 議事録)

佐藤委員が、製造業の経営にプライオリティが高いのは損益アプローチ、IFRSは投資回収管理に悪影響と主張。その他、保守主義、確定決算主義(税法)などにも主張を展開。また、金融庁事務局が用意したと思われる資金調達の資料に、製造業の状況が分かり難いとクレーム。

 

討議資料(3)は日本の製造業に関するデータ(GDPシェアや雇用者数など)。

 

2011/10/17 議事録)

大武委員が、IFRSは製造業軽視、研究開発など長期的、ゴーイングコンサーンの視点が欠けている、PLを重視すべきと主張。

 

2011/8/25 議事録)

大武委員が、IFRSを強制適用すると製造業中心の日本は弱体化すると主張。

 

2011/6/30 議事録;この時からIFRS導入論の見直しが始まった。)

逢見委員、大武委員が、製造業の償却資産も時価評価させる前提でIFRSを批判。(誤解だが。)

 

 

ということで、中間的論点整理の前までは、そしてオックスフォード・レポートまでは、確かに「IFRSは製造業に合わない。だからIFRSは日本に合わない。」という主張があったのだが、その後はパタリとなくなっていた。確かに、企業会計審議会は、この後ずっと活動を休止していたので、この変化が分かり難かったかもしれない。しかし、それにしても、長々と9ヵ月もピンボケの検討を続けていたとは・・・

 

では、この主張は一体どこへ行ってしまったのだろうか?

 

いま振り返ってみると、どうやら、のれんの非償却、開発費の資産計上、当期純利益と包括利益の区分等々の個別の論点に吸収され、日本からIASBへの検討要求という形で昇華されていったように思える。IFRSが製造業に不利とか、日本に不利とか、そういう情緒的なイメージ論では島国日本から出られないが、昇華させられれば、IASBや世界の会計世論に働きかけられる。

 

 

なるほど。そういうことなら僕も理解できる。

 

減損戻入や開発費に関してはあまり感じないが、それ以外の、のれん非償却の再検討や、その他の包括利益の性質の明確化などは、僕ももっと改善が必要と感じていた。でもそれらは、製造業だけの問題ではないし、日本特有の問題でもないと思っていたから、この主張には強い違和感があったのだ。

 

それから、元IASBボード・メンバーの山田辰己氏や、現IASB議長のフーガーホースト氏の反論(1/12の記事)も、この主張が語られなくなった理由の一部かもしれない。

 

 

ということで、この9ヵ月間の僕の作業は、そして、記事を読むのに使われたみなさんの時間は、少々価値を失ってしまったかもしれない。みなさんには申し訳ないと思う。が、その反面、あれほど存在感のあった「IFRSは製造業に合わない」という主張が、いつのまにそういうことになったのか分かり難い、と企業会計審議会の議論の仕方に文句を言いたくなる。(これは完全に八つ当たりだ。)

 

ただ、実はこの9ヵ月間、僕はこの作業をかなり楽しんでいた。僕は楽しかったから良いのだが、みなさんには時間を割いて読んでいただいたのに申し訳ないと思う。とはいえ、みなさんにも一つ良いことがある。それは、もし、この主張を見かけたら「時代遅れ」と判断できることだ。もう、騙されない。(そんなことは言われなくても分かってたよ、という方には申し訳ない。)

 

 

思えば、会計士になりたての頃も、監査チームの上司や先輩にピンボケをよく指摘されたし、監査先の方々にも迷惑をかけた。慣れないことをやると、その悪い習性が這い出してくる。しかし、これからは今回を糧にして、ピンボケに注意して繰返さないようにしたい。・・・が、染みついた習性、若しくは、僕の能力の問題なので、自信をもって保証することは困難だ。

 

そんな頼りないことで申し訳ないが、3年目も引続き、お付き合いいただけるとありがたい。

 

 

なお、このシリーズでは、とりあえずのまとめを3/12の記事「225.【製造業】残っている論点は?(まとめ2)」に行った。そして、それ以降、今回までの検討結果も、この記事に反映した。よって、改めてのまとめ記事を書かないことにした。もしよろしかったら、この3/12の記事もご覧いただきたい。

2013年6月25日 (火曜日)

260.【製造業】最後のテーマ;投資家のためじゃない会計

2013/6/25

オックスフォード・レポートには「そもそもの議論のスターティングポイントが異なる」とあるが、その“スターティング・ポイント”ってなんだろうか? 「理屈っぽい」、「出だしから理屈か?」などと読者のみなさんから批難の声が聞こえてきそうだが、僕には分からない。

 

素直に“スタート位置”と考えればよいだろうか。例えば、100m競走でスタート位置が違ったら競走にならない。それと同様に、オックスフォード・レポートは、IFRS推進派と慎重派の議論になっていない状況、議論がかみ合ってない状況を、このような比喩で表現しているのだろうか。

 

しかし、スタート位置が違っても、距離が同じ100mで、勾配のない平面で、風が強くない、等々の条件がそろっていれば、記録を比較することができる。オックスフォード・レポートも、色々な人にインタビューしたり、企業会計審議会の議論を引用したりと、違う場所での議論を並べて比較を試みている。比較のために条件をそろえるのはレポートの書き手の腕だ。条件をそろえられないインタビューや議論なら、最初からレポートに載せなければよい。

 

しかし、載せたうえで“スターティング・ポイントが異なる”と指摘している。ということは、どうも“スタート位置”ではなさそうだ。もっと的確な理解の仕方があるに違いない。だが、それはいったい・・・。ということで、改めて、オックスフォード・レポートの記載を見てみよう。

 

P124

IFRS推進派の関心は投資家のため会計の推進という点(或いはもっと狭義にIFRSという投資家のための会計とその技術論)に限られているのに対し、IFRS慎重派は会計が投資家のためのものになっていること自体に懸念ないしは不満があり、そもそもの議論のスターティングポイントが異なる。

 

立場の違いがあるのだから、関心の向く先も違うのは当たり前だ。しかし、このレポートが敢えて“スタート・ポイント”といっているのは、「会計は誰のためにあるか?」という基本命題が、この両者の差の根本原因となっていることに、レポート作成時点で気が付いたということだろうと思う。(もし、以前から気が付いていれば、それに焦点を当てたインタビューを行って、もっと明確に比較対照でき、このレポート上でちゃんと“議論”にできたはず。)

 

したがって、“スタート・ポイント”と表現したのは、議論の対象が異なっている状況、即ち、一方は「投資家のための会計」を、もう一方は「投資家のためじゃない会計」を議論の対象にしている状況を表現したかったということではないかと思う。(加えて、“スタート・ポイント”には、インタビュー時点に遡ってやり直さないと議論にまとめられないというイメージもあったかもしれない。)

 

あれっ、でも、これってIFRSの議論をしてるはずだよなあ。

なぜ「投資家のためじゃない会計」が出てくるんだ?

・・・

これだ! この疑問がこのレポート(のこのセクション)を読む大切なキーになる。

 

ということで、「投資家のためじゃない会計」についての記載と思われるところを、このセクション(P119~)から拾い出してみよう。

 

P120

まず、長期開発、投資資金回収、再投資を得意とする日本の製造業には、それを可能にせしめてきた合理的な経済行動としての保守主義的会計行為が実務として定着しているが、こうした行為がIFRS では認められないのは不合理であると表明された。また同様に、IFRS 下のセグメント情報ではマネジメントアプローチがとられ、企業内部の管理・報告方法に基づいたディスクロージャーが要求されるが、各事業分野や地域の業績管理が保守的な思想のもとになされているにもかかわらず、IFRS がそうした保守的な思想を排除するのは矛盾していることも指摘された48

 

ここでは、保守主義について、2つの面から記載されている。即ち、研究開発を含む投資回収管理の観点と、セグメント情報の観点から。そして、その後に出てくる複数の方々の証言では、原価計算についての言及も多い。

 

しかし、これらの証言の、IFRSに保守主義がないとか、原価計算がおかしいといったことについては、誤解に基づくものだろうと既に僕は結論付けている(3/12のまとめ記事など)。したがって、ここでは細かく触れない。

 

一方、セグメント情報については未検討だった。といっても、これについては『「のれん」の定期償却や「開発費」の即時費用化を含む保守主義に基づく内部管理報告制度とIFRS上のマネジメントアプローチの矛盾については、IASB に近い日本の識者にも認識されている。』(P121)とあるので、のれんとか開発費(及び原価計算)のことらしい。それなら上記の通り検討済みだ。

 

その他、セグメント情報について、「そもそも企業秘密を外に出すわけがないじゃないですか」(P121)という証言も、その前後も含め、かなり大きな扱いで紹介されている。これには少々驚いた。

 

なぜなら、これをこのように肯定的に紹介されては(=IFRSのマネジメント・アプローチの否定材料として利用されている)、それこそ資本市場が行き詰る。先日報告した統合報告のセミナー(6/7開催)でも、こういう企業の意識を克服していくことが、企業行動をより持続可能的に変え、長期投資家を育て、増やすための大きな課題とされていた。本来、肯定的に取り上げるべきものではないはずだ。

 

こういう意識が企業側にあることを指摘するのは良いが、資本市場という共有財産(各企業にとっても財産だ)を維持・発展させていくために、企業内の人を含めて、多くの人が努力していることを忘れてはいけない。肯定したら、こういう努力に砂をかけることになる。本来、このレポートの作者もその一員であるべき立場の人ではないか?(が、ここを見る限りそう思えない。こんな記載のまま、よく、金融庁のホームページに掲示され続けるものだ。)

 

このレポートに突っ込み始めるときりがなくなるので、もう一度元の流れに戻すと、「投資家のためじゃない会計」として、企業側には「企業秘密を守りたい」という意識があるという事実の指摘があった。だが、これは克服の対象であって、保護や維持の対象ではない。

 

更に読み進めると、次のテーマ「公正価値会計」に移って行く。

 

P121

・・・、IASB が公正価値会計や貸借対照表アプローチを採用し投資家のための会計を推進しているという、全体的な方向性に関する懸念である。ここまで貸借対照表アプローチと公正価値会計に関する各論には触れたが、全体として、製造業の立場からすれば経営はゴーイング・コンサーンの前提のもと投資回収・再投資というサイクルの中で業務が遂行されるのであり、IASB の推進する期末時点で解散した場合に企業の価値がいくらであるかというような印象を与えかねない会計が推進されることは製造業の持続的成長・発展を阻害するとの懸念である。

 

この「貸借対照表アプローチと公正価値会計に関する各論」が間違っているのであり(学者に対してこういう書き方は失礼と承知しているが)、特に減損会計をじっくり見れば、使用価値は投資回収管理としっかり結びついていることが分かる。また、僕に言わせれば「単に減価償却すれば投資回収を管理していることになる、長期的視点を持っていることになる」と考える方が間違いだ。これらは、すでにくどくどと記載済。

 

また、ちょっとここでの本論から外れるが、IASBが推進しているのは「期末時点で解散した場合に企業の価値がいくらであるかというような印象を与えかねない会計」ではない。公正価値を要求しているのは、金融資産・負債など一部に過ぎないことは以前も記載したし、このオックスフォード・レポートにも次のような記載がある。

 

P65

・・・現在のIFRS会計実務が「修正取得原価主義とでもいうような、これまでの会計とあまり変わらないものに落ち着いている」[Int. Corp. (TSE1 Electronic, Director of Accounting, anon.)-A-Tokyo, Jan., 2012]との見方が正しいとすれば、今後はこうした「IFRS=公正価値会計」観についての批判・検討を加える必要が少ないのかもしれない。

 

但し、この記載に続けて、このレポートは3つの問題がまだ残っているとしている。最初の2つは包括利益(=貸借対照表アプローチ)の理論的問題と、当期純利益や営業利益の実際の有用性を指摘したもの。営業利益や当期純利益の開示が認められているので、相対的にこれらの問題の重要性は低まっている。残りの一つはIAS41「農業会計」の公正価値評価の問題点を指摘したものだが、これも「果実生成型植物」について原価ベースの原価へ改正する検討がIASBで進められている。もう、公開草案が公表されてもよい時期だ。

 

いずれも、まだ改善が足りない、もっと改善を、という意見もあると思うが、少なくとも「期末時点で解散した場合に企業の価値がいくらであるかというような印象」と表現される状況ではないと思う。

 

ということで、IFRSが「投資家のための会計」である根拠として、「ゴーイング・コンサーンの前提のもと投資回収・再投資」される会計ではないと指摘されているが、これは間違いだと思う。事実は、日本企業は損益管理はするが、投資回収管理までできていない会社が多い。これに対して、IFRSの減損会計は、投資回収管理を前提としている点で、むしろ、「投資家のためじゃない会計」だ。

 

では、減損会計対象外の資産・負債についてはどうか。減損会計対象外の資産・負債とは、ほぼ金融資産・負債であり、主に公正価値で評価される。「その部分は公正価値会計じゃないか」と言われる方もいらっしゃるかもしれないが、金融資産・負債は製造業特有の問題ではないし、このセクションでも話題の対象にすらなっていない。

 

 

ということで、このテーマの結論だが、以前も記載したように、会計は経済実態を表現するものであり、経営者と投資家の両方に対して有用となるべきと僕は考えている。経営者のための管理会計とか、投資家のための財務会計などと区分するのは、もう古い。もちろん、完全に一致することはないが、有用性が一般に認知された管理会計的な手法は、財務会計にも採用されていくし、その逆もありえる。例えば、退職給付会計のような現在割引価値を計算する手法は管理会計にあったものだし、金融機関の貸付金の償却原価や貸倒引当金の測定は、金融機関のリスク管理手法であるBIS規制と共鳴している。

 

即ち、「投資家のためじゃない会計=投資家のための会計」というのが僕の考えだし、実際にそういう方向へ向かっていると思う。もちろん、投資家にそのすべてが開示されるわけでなく、目的適合性のある重要なもののみが開示される。

 

このレポートの言う“スターティング・ポイントが異なる”というのは、IFRSに対する誤解がそうさせてるのであって、IFRSが日本基準より経営、内部管理に親和的であることを、このレポートの作者を含め、多くの人がまだ知らないのではないかと思う。もっとそれをアピールする必要がありそうだ。

 

それには、社会に役立つ情報を提供する役割の会計の研究者が、企業経営や企業の現場に関心を持ち、IFRSの規程を、実際の経営管理の現場を踏まえて理解することが必要ではないだろうか。単純に、規程の文言だけを眺めて解釈するようなことは、やらないでほしい。これには、監査人も重要な役割が果たせるのではないか。そういう役割の自覚が必要だと思う。

 

特に監査人が気を付けなければいけないのは、「海外の提携事務所がこういう解釈をしています」とか、「英語の文献を調べました」ということも大切なことだが、そこで終わりじゃなく、それに加えて日本の実情、その会社の実情をどう考えるか、そこが問題だ。そこの議論を会社としっかり行う必要がある。そしてできればそのエッセンスを会計の研究者と共有できると望ましい。秘守義務に触れないレベルでなんとかできないか、と思う。

 

 

 

さて、最後に一つ付け加えたい。2011/8の企業会計審議会における元国税庁長官・現TKC全国会会長である大武健一郎委員の発言の発言が、かなり長く紹介されていて、そのなかに次のような個所がある。

 

P122

これからの日本の経営を引っ張っていこうとすれば、個々の企業が長期的視点に立って研究できるような会計を考えていただきたいと思います。

 

その通り! 僕も大賛成だ。

 

だがそれには、企業が行うべき長期的視点に立った経営戦略の立案と実行に会計が寄り添えるよう、税法の確定決算主義を見直したらいかがだろうか。企業がもっと自由に、耐用年数や減価償却方法、そして開発費の範囲を決められ、さらに、IFRS採用企業がのれんやその他の無形資産を償却しなくても、税務上は償却したことにできるよう、確定決算主義を変えてほしい。

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